Travelling#5

kurih17b1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、東北最終日です。


 釜石を早々に切り上げ、他の目的地もカットしたのは、若柳もイベントの日だったから。逸る気持ちを抑え、目的地に向かいますが、結局雨天で中止となっており、残念でした。


 そこで、先ずは「チャチャワールド」へ行きました。凸型電機、ED201他が保存されます(写真)。


kurih17b2.jpg


 電動車、M152です(写真)。栗原電鉄時代の主力と思われます。


kurih17b3.jpg


 制御車、C152です(写真)。増結用の制御付随車、自車に動力がありません。「バス窓」に気付きます。


kurih17b4.jpg


 M152の中に、入れました。キャブ(写真、後の窓からの撮影)。主要部以外は木材なのが分かります。


kurih17b5.jpg


 車内(写真)。床面は木材、半鋼製の電車なのが分かります。


 同園は、この秋から内部の施設改装のため休園、今後これらの車両がどうなるかは、全く分かりません。気になる人は行っておいた方が良いと思います。


kurih17b6.jpg


 そして、くりでん起点の石越へ。現在は石碑が建っています。


kurih17b7.jpg


 くりでんの、駅跡(写真)。駐車場となり、痕跡も残っていません。


 かつて貨物を授受したJR石越駅も改築され、無人なのか。時代を感じます。


kurih17b8.jpg


 そして、三セク時代の終点、「細倉マインパーク」駅跡へ。ロータリーが残ります。


 駅舎横に、ED202が保存されます(写真)。「くりはら田園鉄道」のままです。


kurih17b9.jpg


 後には、半鋼製の有蓋緩急車ワフ(車番不明)を従えています(写真)。


 そして、もっと行ってきたいと思いましたが、台風接近により断念、帰宅しました。


 台風を避け、六十里越を通ったのに、台風が近づいてしまい失敗で、しかも翌日は台風一過、晴天で一日が無駄となってしまいました。収穫は、旧「田子倉」駅、臨時駅から廃止となった駅舎を見たくらいか。でも、真夜中でよく分かりませんでした。


 無駄の多い行程だったのは、反省です。以降、気をつけます。


 それでは、次回をお楽しみに。

Travelling#4

kurih17a1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、移動途中の話、「くりでんミュージアム」からお届けします。


 郡山を早々に切り上げ、移動するわけですが、途中で渋滞に捕まり、移動が遅れます。結果仙台から高速に乗り、何とか閉館までに到着しました。


 「くりでんミュージアム」は、「栗原電気鉄道」、後の「くりはら田園鉄道」の中心駅、若柳に設置された施設です。残念ながら廃止となった同鉄道の施設、車両を保存しています。


kurih17a2.jpg


 硬券にダッチングして、入挟し、修繕庫に入ります。最初の車両は名鉄から来たKD12、所謂「LEカー」です(写真)。2軸単車です。


kurih17a3.jpg


 運転台(写真)。営業当時を知りませんが、名鉄のキハ20とほぼ同様です。


kurih17a4.jpg


 移動式ジャッキ(写真)。足回りを外し、仮台車に載せ、走行装置と車体を別々に整備するのに必要な装置です。計4つあります。


kurih17a5.jpg


 奥には、鍛冶仕事用の炉があります(写真)。ここで、部品を造ります。


kurih17a6.jpg


 その南側には、「くりはら田園鉄道」の主力、KD95形KD952が保存されます(写真)。三セクになってからの車両、活躍は僅かな期間でした。


kurih17a7.jpg


 キャブ(写真)。富士重製「LEカー」の最終形、以降同社は鉄道事業から撤退しました。今走っていても普通な車両です。


kurih17a8.jpg


 車内(写真)。営業当時そのままです。


kurih17a9.jpg


 本館に戻ります。最初は、M153の顔出し(写真)。元は電化鉄道でした。


kurih17a10.jpg


 手荷物用秤(写真)。他営業当時に使用された器具類が多数保存されます。


 また、営業当時を縮小したNゲージのジオラマもあり、雰囲気が出ていました。


 そして、外に出ました。


kurih17a11.jpg


 道を挟んで反対側は、旧若柳駅跡です。旧駅舎(写真)。廃止後に、展示施設として整備されました。


kurih17a12.jpg


 金網の向こうは、保存車両の展示があります。


 凸型電機、ED203(写真)。貨車を従えます。


kurih17a13.jpg


 スイッチャー、DB101(写真)。小型のDLです。


kurih17a14.jpg


 その手前には、保線モーターカーがあります(写真)。富士重製の、汎用型のものです。


kurih17a15.jpg


 建屋には、KD953が入り、動態保存されます(写真)。イベント時には、周辺に数百メートル残る線路上を走るようです。


kurih17a16.jpg


 電車、M153(写真)。「栗原電気鉄道」当時のものです。


kurih17a17.jpg


 KD11(写真)。名鉄から移籍した富士重製「LEカー」、2軸単車なのが分かります。


kurih17a18.jpg


 KD951(写真)。「くりはら田園鉄道」使用の5両は、全部残っています。


 そして、釜石へと向かいました。


 ここで、翌17日は同施設でのイベントがあることを知り、再び戻ってきましたが、それは長くなるので次回とします。


 それでは、次回をお楽しみに。

Travelling#3

kamai17a1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、一昨日開催された「SL銀河一般公開in釜石」からお届けします。


 前日の郡山も早々に切り上げ、午後は寄り道しましたが、それは別の機会にて。そして岩手県入り、当日に備えます。


 当日は、釜石駅前で受け付け、順次会場に案内されます。


kamai17a2.jpg


 そして、間もなく始まりというときに、C58は出庫、転車台に向かいます(写真)。動画は、あると思います。



 その、動画です。確かに、生きたSLです。


kamai17a3.jpg


 そして、展示位置に据え付け(写真)。「SL銀河」、C58 239です。念願の、ご対面です。


 ダイヤモンドヘッドや、ロッド、シリンダー、他随所を記録します。これが、数年前大宮車両センターで部品のままだったSLとは思えません。


kamai17a4.jpg


 そして、建屋では、Nゲージの運転です(写真)。絞りが開き被写界深度が浅く、周辺はボケています。


kamai17a5.jpg


 C58 239の、顔出しと言うべきか(写真)。感じは、出ています。


kamai17a6.jpg


 整備に使われる工具(写真)。横では、締まったネジと緩んだネジを叩き、音の違いを感じる体験が行われていました。


kamai17a7.jpg


 右が加減弁の装置、左がブレーキの装置です(写真)。加減弁は蒸気供給を調節する弁で、アクセルに相当します。刻みが細かく、調整を容易としています。


kamai17a8.jpg


 試運転の時からの、ヘッドマーク(写真)。思いが伝わってきます。


kamai17a9.jpg


 ナンバープレート(写真)。下地が紫、緑、青、黒の4色で、違いがあります。


kamai17a10.jpg


 SL時代釜石線での主力であったD51、531号機の主動輪が保存されます(写真)。この地に再びSLが来ると、誰が思ったでしょうか。


 そして大方撮ったと思ったので、つみれ汁と大ホタテの浜焼きを頂き、会場を後にします。美味しい思いをしました。


kamai17a11.jpg


 機関庫は、三陸鉄道(南リアス線)ホームの先。ホームには、レトロ列車36-R3が、停まっています(写真)。


kamai17a12.jpg


 反対には、36-703が停まります(写真)。いわゆる「軽快気動車」で、新たな世代になっています。


kamai17a13.jpg


 JR1番線には、「SL銀河」の客車が停まります(写真)。正確にはJR北海道、札沼線で使用されたオハフ51及びオハ51改造気動車の、キハ143及びキサハ144で、C58では出力不足となる釜石線での、アシストが出来る車両です。電化で余剰廃車となるところ、ちょうど良い時期に、ちょうど良い車両がありました。


kamai17a14.jpg


 釜石線の現在の主力、キハ100-16他です(写真)。JR東日本が民営化後、最初に投入した気動車です。


kamai17a15.jpg


 最後に、前日は宮守で、ライトアップされた橋梁を撮っていました。すると、列車がやって来たので、ラッキーと撮りました(写真)。キハ100系気動車です。「銀河鉄道」の雰囲気がする場所です。なお、手前の柱は、軽便鉄道時代の橋脚で、煉瓦積みで出来ています。


 そして、釜石の後もあるのですが、それは長くなるので次回とします。


 それでは、次回をお楽しみに。

Travelling#2

kori17a1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、本日開催された「郡山総合車両センター一般公開」をお届けします。


 靖国神社から大移動して、郡山へ。朝一番に入場しました。


 写真は、希少車となったE501系、クハE501です(写真)。


kori17a2.jpg


 運転台(写真)。左手ワンハンドルマスコン、右手用ダミーハンドルが見えています。


kori17a3.jpg


 続いて、485系「ジパング」です(写真)。お座敷車の編成替えで余剰となった先頭車に、485系一般型電動車を挿入、車両の有効活用が図られています。


kori17a4.jpg


 続いては、レールスター2台が、E5系とE7系に塗られ、体験乗車を待っていました(写真)。



 車両屋根を見学する、高所作業車の動画です。X字状の足が、ジャッキで立ち上がる様子が分かります。


kori17a5.jpg


 隣では、サハE531-9が、リフティングに使用されます。ジャッキアップ中の様子(写真)。片手で一眼レフを持つと、こうなります。なお、動画は帰宅後に。


 この後、仮台車のまま、トラバーサに載せるという一連の動作があります。郡山の仮台車にはモーターがついています。



 それでは、動画です。先ずは、爪に載せ、車体を上昇させる動画です。



 車体を下ろし、仮台車に載せる動画です。



 仮台車で自走し、トラバーサに載る動画です。



 そして、車両を載せ、北トラバーサが移動する動画です。


kori17a6.jpg


 足回り見学で、「ひたち」「ときわ」用E657系、クハE657-6です(写真)。水カツ(勝田車両センター)K6編成です。


kori17a7.jpg


 キハ40 583です(写真)。大型車体の気動車ですが、重量の割に機関出力が小さく、燃費は良くないとのこと、機関換装や直噴化改造もされています。


kori17a8.jpg


 キハ110系、キハ112-217です(写真)。現在は、キハE120、キハE130系列に進化しています。


kori17a9.jpg


 3つあるトラバーサの、一番南のトラバーサは体験乗車用です(写真)。



 その、動画です。乗客を載せますが、屋根、壁つきで見えません。


kori17a10.jpg


 台車組立の様子(写真)。輪軸に台車枠を被せ、組み立てていく一連の動作は、全て必要な動作で、約30分かかります。展示だから失敗しても良いことにはならず、真剣そのものです。


kori17a11.jpg


 719系、H-26編成です(写真)。ブラックリストに載っているようです。



 電車ドアエンジンの動画です。再開閉ボタンを押しているので、途中で戻ります。



 パンタグラフ、PS33Aの上下の動画です。舟体2つの、シングルアームパンタです。


kori17a12.jpg


 そして、郡山駅からの列車、キハ110系、手前キハ112-103始め2両が、入場(写真)。これで入場する人もいます。



 その、入場の動画です。満員です。


kori17a13.jpg


 701系、盛岡の車両でしょう、紫帯のクモハ701-1042始め2連が、留置されます(写真)。まだ、解体には早い気がします。


kori17a14.jpg


 719系、H2編成が、解体場所に留置されます(写真)。今日も、解体作業を行っていました。


 そして、次の目的地へと進めました。


 展示ですが、本番ですので、やはり真剣です。そういう姿が見られたのが、良かったのだと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

Travelling#1

yas17a1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、靖国神社からです。


 3連休を前に、木曜に自宅発。今日がメインなのですが、昨日は移動日で、途中ネタを考えると、靖国神社に行っていないことに気づき、勇気を出して行きました。


 写真は、零式艦上戦闘機(零戦)52形で、一番数の多かった機体です(写真)。


yas17a2.jpg


 その横には、C56 31があります(写真)。ただのSLのようですが、これは南方戦線に徴用され、戦後ミャンマーで使用されるところ、日本に帰ってきた機体なのです。苦難の歴史が刻まれています・


yas17a3.jpg


 キャブには、名古屋日本車輌製造の銘板も残り、奇跡的な帰還を証明しています(写真)。ただ、注視すると、キャブ前方がドアになり、開閉可能になっています。これは、後の現地での改造です。大井川の44号機も、同様に改造されています。


 先の大戦では、多くの苦難があり、同様に徴用されたC56の、他の88両は帰還することがありませんでした。それが、戦争の現実です。しない方が良いでしょうが、もし、攻め込まれたら、そのままにも出来ず、やはり銃を取らねばならないのでしょうか。


 それでは、次回をお楽しみに。

ささやかなるイベント

shihq17a1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「幻のト20000形」イベントを取材しました。


 先週末も、昨日も晴れていましたが、取材はお休み。次のイベントシーズンへの準備となっていました。


 そして、昨日午後出発。今日のイベントを待ちます。


shihq17a2.jpg


 そして、会場へ。迷いつつ到着。アオリ戸が両側とも降りた状態で用意されています(写真)。


shihq17a3.jpg


 連結面(写真)。柴田式自動連結器に、エアホースが1本あります。


shihq17a4.jpg


 反対側(写真)。基本的には、同じです。


shihq17a5.jpg


 踏面用のブレーキシュー、及び床面の板です(写真)。古くなり、木材も傷んでいました。


shihq17a6.jpg


 ヘルメット持参の人は、床下を覗くことが出来ました。ブレーキ作用装置(写真)。側面の足踏みブレーキで、ブレーキシリンダーに供給するエアを調整、ブレーキ力を得ます。


shihq17a7.jpg


 車軸(写真)。ガイドの間を上下し、重ねた板バネで振動等を吸収します。


shihq17a8.jpg


 足踏みブレーキ(写真)。上限、下限をピンで調節出来ます。


 しかし、この設備を必要とした、ハンプで突放し、ヤードで貨車を分類する、ヤード輸送式の鉄道貨物が無くなって、もうどの位経つのでしょうか。DE10に死重を積み増した重入換専用機DE11も、行く先無しです。


shihq17a9.jpg


 側面に注目して(写真)。足踏みブレーキの位置関係、大きさが分かると思います。


 アオリ戸は、何人かで一斉に持ち上げないと上がらないほど重く、イベント参加者の思い出になりました。


shihq17a10.jpg


 荷札(写真)。「千頭」発「新疋田」行きになっています。


 ト20000形は、日本初の鋼製無蓋車とのこと、戦前に大量生産されたものの、使い勝手が悪かったらしく、早期に国鉄でも全廃、大井川鐵道ト111として残っていた車両が現存唯一とのことで、千頭駅で放置され解体する寸前のところを、記念すべき貨車として費用を出して移設、ここまで復元されました。実際には、トレーラーで陸送されました。


 そんな貴重な1両ですが、ここまで足を運んで見に来る人は、事前に各誌でアナウンスされても、数十人程度でした。場所が、関西からなら新快速敦賀行きで1本ですが、それ以外の地域では、米原から乗り換えが近江塩津であり、確かに大変です。しかし今後は、展示物になるまで当分公開はしないそうです。悪しからず。


 それでは、次回をお楽しみに。

ああ夏休み#3

komap17a1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、保存車ネタです。


 写真は数年前、夜行急行「能登」廃止で、記念に小松駅前に保存された、クハ489 501(写真)。横軽協調運転が出来る489系の、EF63と連結する側の先頭車、クハ481 100番代(MG出力アップ形)に関連装備を追加して製造された車両です。


 しかし、翌年から485系の製造が貫通型200番代に変わったことから、クハ489も200番代及び600番代に製造が変わり、更にクハ481が非貫通300番代に対応するようクハ489も300番代及び700番代にシフト、少数で多形式がひしめく系列です。しかし、その後の転配も考えてか、先頭車は方転出来る両渡りであったようです。


komap17a2.jpg


 クハ489 501の、協調用ジャンパ栓(写真)。反対側の解放テコとともに、クハ489 500番代の特徴となっています。


komap17a3.jpg


 先日の、松任からの帰り道、再び小松駅前に寄ってみました(写真)。噂どおり、連結器カバーが復元されており、またスカートの塗色が60Hzの帯入りの赤に塗色変更、クハ481登場当時とほぼ同じスタイルになっています。


komap17a4.jpg


 反対側も、横軽協調用のジャンパ栓が撤去され、クハ481同様の姿になっています。


 色々な考えはあるでしょうが、この復元を、クハ489 501で行う必要があったのかは、疑問を感じます。これなら、腐るほどあって、大量に解体したクハ481の通常形で十分で、クハ489の500番代である必要性が全く感じられません。それよりはるかに貴重であった、横軽用の解放テコとジャンパ栓は、永遠に失われてしまいました。「復元したい」という意図は、私は全く理解出来ません。ただ、私有財産権は絶対ですから、所有者が処分したければ、それは自由なので、それ以上言う資格はありませんが、馬鹿げています。


 残念な姿を見ることは分かっていましたが、改めて、惜しいことをしたと思います。「ヨコカル」が理解出来ない鉄道ファンはいないと思いますが、それ以外の人のしたことでしょう。改めて、残念と言いたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

ああ夏休み#2

matp17a1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日開催されたJR西日本「金沢総合車両所公開」からお届けします。


 前日の大井を早々に切り上げたのは、このイベントがあるから。しかし現地入りしたのは未明で、翌朝は寝坊するほど疲れていました。


 そして、入場。エントランスのラッセル車、キ209は、いつもどおりです(写真)。


matp17a2.jpg


 エントランス横には、2272が保存されます(写真)。明治期のSL、その当時からの鉄道整備工場です。


2272汽笛


 キャブに入った人は、1組に2回だけ、汽笛を鳴らすことが許され、その汽笛の音を録音しました。圧縮空気で鳴っています。


matp17a3.jpg


 その横では、高所作業用の軌陸車が、展示されます(写真)。架線吊架の見本が展示され、架線を中心とした作業用の軌陸車と思われます。


matp17a4.jpg


 その後は、トワ色のEF81、43号機が展示されます(写真)。ヘッドマークは「日本海」です。


matp17a5.jpg


 その反対側は、本来の「トワイライトエクスプレス」になっています(写真)。


matp17a6.jpg


 その横には、475系の先頭車がありました(写真)。腰部の、60Hz車識別用の帯から、クモハ475と思われます。


matp17a7.jpg


 無限軌道も装備した軌陸車の重機が、枕木交換実演用に準備されています(写真)。先端で掴み、交換するようです。


matp17a8.jpg


 軌間測定用のゲージの、使用体験が行われていました(写真)。保線の仕上げに使用します。


matp17a9.jpg


 奥には、DD15、左から15と14と思われる車両が留置されます(写真)。遂に、この時が来てしまいました。


matp17a10.jpg


 運転台体験用に、「しらさぎ」用681系が用意されます(写真)。使用数も新幹線開業前に比べ減っていますが、富山は乗り換えで不便になり、会社の旅費規程では新幹線には乗れず、悩ましいです。


matp17a11.jpg


 DE15 1541の、前頭部(写真)。2軸のラッセルヘッド、前後双方がありました。その前には、CではなくAAAの3軸台車もありました。


matp17a12.jpg


 リフティング用の、クモハ521-53です(写真)。JRの車両です。



 その、リフティングの動画です。ジャッキの上では降ろさず、元に戻しました。


matp17a13.jpg


 その後は、除雪翼の無い、キヤ143-2です(写真)。


matp17a14.jpg


 その横は、DE15 1541の機関車部分で、ダルマです(写真)。整備中のようです。


matp17a15.jpg


 その北側には、トラバーサがあります(写真)。521系を載せ、実演されます。



 トラバーサ運転の様子の動画です。長いので、片道でカットしています。


matp17a16.jpg


 初めて見た、キヤ143の完全な姿(写真)。9番です。ラッセル車、除雪翼は現在複線用ですが、単線用に変化出来る筈です。


matp17a17.jpg


 683系2000番代のほとんどは、289系に改造され、山陰あるいは紀勢線用に転用されましたが、一部サンダーバード増結用に製造されたグループが、改造されず、リニューアルされています(写真)。数少ない残存車です。


matp17a18.jpg


 奥では、「あいの里富山鉄道」AK13編成、クハ510-23が、整備中でした(写真)。外観も、JR時代から変更されました。


matp17a19.jpg


 資料館には、北陸交流電化の初期形、ED70 1のプレートが、保存されています(写真)。国内の独自技術で開発されています。


matp17a20.jpg


 エントランス横では、ナンバーの無いEF81が、留置されます(写真)。トワ用とは、連結器の緩衝器が無く、ジャンパ栓も異なるのが分かります。


 そして、帰途に就きました。


 長い移動で、昨日は寝坊するほど、大変疲れました。体力の限界を感じたときが、止め時なのでしょう。


 それでは、次回をお楽しみに。

ああ夏休み#1

oiq17a1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日開催された「東京総合車両センター夏休みフェア」をお届けします。


 例によって金曜晩に出て、土曜早朝に到着。仮眠をしていると、暑く、結局起きてしまいました。


 そして行列は長く、延々と場外に延びる方向へ。エントランスの、クハ901-1は、いつも通りです(写真、退場時の撮影)。


oiq17a2.jpg


 そして、開場。E235系洗車体験へ行けば良かったのですが、車両撮影しか頭に無く、結局乗らず終いでした。


 写真はE231系500番代、A510に編成番号を変え、中央・総武緩行線用に改造された車両(写真)。外観はラインカラーのみウグイスからカナリアイエローに変わっています。これが進まないと、上野東京ラインで車両を必要とする、常磐快速線用のE231系が捻出出来ません。


oiq17a3.jpg


 隣は、車掌体験用のE233系、中央快速線用の車両、T21編成です(写真)。


oiq17a4.jpg


 車両展示は、一番奥。左はEF65 1115、右はEF81 81です(写真)。PFは「出雲」を掲出、81はお召しと同じ国旗を掲揚しています。どちらも運用数が激減し、今後が心配されます。


oiq17a5.jpg


 隣は、クモハ12052、その右はクモヤ143-8です(写真)。クモヤは牽引車でしたが、牽引する車両がVVVF車となり使用が困難となり、訓練車になっているそうです。


oiq17a6.jpg


 そして、中央の広場に。大井工場名物、「ノントラ」です(写真)。車体を車体工場に運搬する内燃式動力車、前後2両で呼吸を合わせ運搬します。


oiq17a7.jpg


 その横には、千代田線乗り入れ車、クハE233-2017が、仮台車に載っています(写真)。車体上げはこの車両で行います。


 この車両に関して言えば、千代田線を介し小田急にも乗り入れ、小田急のATSも装備されたようです。



 リフティングの動画です。仮台車からノントラまではイマイチなので、ノントラから戻すところのみです。


oiq17a8.jpg


 工場内に、跨線橋の古い支柱の一部が保存されています(写真)。逗子駅の跨線橋の鉄製の支柱、大井工場の前身、鉄道寮新橋工場製の鉄柱です。明治期のものです。


oiq17a9.jpg


 ミニ電車の顔出しが幾つか並びますが、この201系バーミリオンは、本物の201系快速用の、電動式方向幕と「特別快速」の電動式表示器が装備され、かなりリアルです(写真)。AC100Vで動けば、売れたのでは。ただ50Hz用、富士川以西では使えません。


oiq17a10.jpg


 クモヤ193系、クモヤ192-1は解体され、側面のナンバープレートのみ保存されます(写真)。


oiq17a11.jpg


 E235系の主電動機、MT79です(写真)。209系以降、メンテナンスフリーが主眼となっていますが、その現在の姿、分解せずに軸受けが交換出来るような設計になっているそうです。


oiq17a12.jpg


 ユニットブレーキのカットモデル(写真)。JR東日本では、本当にメンテナンスフリー、かつ汎用化が進み、車両保守が簡略化されています。コスト半分、寿命半分です。


oiq17a13.jpg


 手前の建屋、車体工場に戻ります。奥には、A513編成、ウグイスの山手線E231系500番代の車両が、ジャッキに載っています(写真)。総武・中央緩行線用に、改造する前の姿です。


 そして、会場を後にしました。


 洗車以外にも、台車組立や、他多数の見どころはあるのですが、正直残暑が厳しく、根性がありませんでした。


 センター前に広い駐車場がありますが、あれはミュージカル劇場用のもので、あの日のイベント時には入出庫は歩行者の邪魔となり、多分閉場まで出られません。そこで、知恵を巡らしました。


 今年は、南入曽と1週間ずれ、余裕を持って行くことが出来ました。掛け持ちだと、日曜のイベントが辛い。一昨年は、本当に死ぬ思いでした。止めましょう。


 それでは、次回をお楽しみに。

好きで無ければ出来ません

chihi17a1_20170820223400949.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、筑西市の保存車両をお届けします。


 南入曽を発ち、帰宅を中断、寄り道を。しかし道程は100キロを超え、長い長い移動で、閉園を心配する時間になってしまいました。


 そして、到着。元青森運転所のEF81 139が、寝台特急「北斗星」のヘッドマークを掲出し停まっています(写真)。


chihi17a2_20170820223402e09.jpg


 その後は、オロハネ24 551でした(写真)。ユニットトイレ、シャワー室もあるA個室「ロイヤル」と、2人B個室「デュエット」の合造車です。


chihi17a3_20170820223402d9c.jpg


 その後は、電車改造車、スシ24 505です(写真)。食堂車、電車特急の余剰車から改造され、24系純正のオシ24とは別形式です。


chihi17a4_20170820223405992.jpg


 続いてロビー車、オハ25 503です(写真)。寝台車の寝台と仕切りを外し、ロビーカーに改造された車両です。


chihi17a5_20170820223405601.jpg


 末尾は、オハネフ25 12です(写真)。テールサインも「北斗星」です。


 本当は、車体の金帯も、金メッキか真鍮でしたかったのでしょうが、腐食の観点からか、ペイントでした。


chihi17a6_2017082022340629f.jpg


 隣の列は、元国鉄キハ30形、転じて関東鉄道キハ101です(写真)。車体更新車も含め、関東鉄道で多用されましたが、遂に博物館入りです。塗装は、首都圏色(タラコ色)です。


chihi17a7_20170820223408344.jpg


 その後は、同じくキハ102です(写真)。青白のツートンです。


chihi17a8_201708202234090c9.jpg


 その後は、鹿島臨海鉄道7001、「はまなす」です(写真)。イベント車、現役当時には一度もお会いすることが出来ませんでした。


chihi17a9_20170820223411b75.jpg


 その相方、7002です(写真)。


chihi17a10_20170820223414e8b.jpg


 展示の様子(写真)。東方に「北斗星」、西方に「はまなす」があります。


chihi17a11_20170820223414ede.jpg


 南側(写真)。右「北斗星」、左関東鉄道です。


 そして帰途に就きましたが、帰宅は日の出の直前で、本当に大変でした。


 下館駅からも距離があり、内燃機関が無いとちょっと行けない雰囲気の場所です。しかし、好きで無ければこれだけの車両を輸送して集め、展示することは出来ません。費用だけで千万単位です。並々ならぬ熱意というものを感じます。


 それでは、次回をお楽しみに。

カウンター
プロフィール

Seichiro

Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR