45km/h#5

yokok17e1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、「碓氷峠鉄道文化むら」最終回です。


 車両展示の中央に、ありました、EF63 1です(写真)。量産先行車、高崎に配置され、各種試験の後、量産車が落成しました。「白山」のヘッドマークを掲出します。


 粘着新線開業時は、単機での使用も考えられていたようですが、実際には全部重連で使用されました。


yokok17e2.jpg


 客車を挟んで、EF62量産先行車、EF62 1があります(写真)。本務機仕様、上野から直江津までのスルー運用の目的で開発されました。軸重対策でC-C配置となったことは、先回も書きました。


yokok17e3.jpg


 奥には、動態機、EF63 25があります(写真)。最終号機ですが、事故廃車の代替機ですので、EF63が横川機関区に25両配置になったことはありません。


yokok17e4.jpg


 その隣は、EF63 12です(写真)。塗装等の補修中か、布が被せられています。


yokok17e5.jpg


 その横には、「あさま」色のクハ189 5、及びモハ189 5があります(写真)。以前は本線上にEF63と連結した、189系フル編成で静態保存されていましたが、部品盗や車内トイレ使用などがあり、現在はこれだけです。


yokok17e6.jpg


 そして、この日は、体験運転がEF63 24と11の重連で行われていました(写真)。一般人が運転するには、まる一日の講習が必要ですが、機関車運転免許保持者は、講習無しで運転出来るのでしょうか?



 その、重連登坂の様子です。下り勾配での制動も、注目です。


yokok17e7.jpg


 以降、客車を続けます。


 最初は、スニ30 8です(写真)。


yokok17e8.jpg


 続いて、白帯のマイネ40 11です(写真)。


yokok17e9.jpg


 続いて、EF62とEF63に挟まれる、ナハフ11 1です(写真)。軽量化設計の10系客車、ナハ11は、照明が電球から蛍光灯に変更された車両です。


yokok17e10.jpg


 車内(写真)。冷房がないのは時代で、扇風機のみで、照明は直管の蛍光灯です。シートは従来同様です。


yokok17e11.jpg


 次は、オハユニ61 107です(写真)。座席・郵便・荷物合造車です。


yokok17e12.jpg


 次は、オシ17 2055です(写真)。車内は食堂車の施設が無く、機関車運転講習用の車両になっています。


yokok17e13.jpg


 オハネ12 29です(写真)。10系の3段B寝台、急行や普通の寝台車に使用されました。


yokok17e14.jpg


 車内(写真)。ナハネ20、ナハネフ22に似ていますが、中段寝台は三角形の支柱を下に入れ、固定していました。


yokok17e15.jpg


 そして、12系改造お座敷客車が、現在休憩室になっています(写真)。


 記録を大体終え、これで帰途に就きました。


 熊ノ平に行き、めがね橋を通ったので、国道18号旧道は日陰で凍結し、速度オーバーに気をつけて走りました。それは、粘着新線と同様で、鉄道は時速45キロを超えると制御不能となり、事故もそれで起きています。もう勘弁、と思っていましたが、帰りも撮り直しで再び通り、クレージーにも程度があります。でも、碓氷バイパスも昨年大変でしたし、難しいです。


 それでは、次回をお楽しみに。

Forget Forgot Forgotten#9

hokka16g1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、遂に北海道遠征最終回となりました。


 滞在先を発ち、向かったのは帯広市内、「トテッポ通り」の十勝鉄道No.4です(写真)。日本車輌初期の製作です。


hokka16g2.jpg


 これに従う客車はコハ11、木製の客車です(写真)。規格は、軽便鉄道です。


hokka16g3.jpg


 続いて、国鉄広尾線(廃止)愛国駅には、19671が保存されます(写真)。もう少し南もありますが、都合で断念しました。


hokka16g4.jpg


 続いて、音更町には、3両の保存車があります。


 最初はジョルダン式除雪車、キ700形キ704です(写真)。


hokka16g5.jpg


 その後には、カットモデルとなった48624があります(写真)。


hokka16g6.jpg


 その後は車掌車、ヨ4730があります(写真)。


hokka16g7.jpg


 その北、糠平湖には、国鉄士幌線(廃止)旧線タウシュベツ橋梁があります。ダム建設で水没するため、付け替えられるも、廃止となりました。この日は頭が覗いているだけで、アーチは見えませんでした(写真)。


hokka16g8.jpg


 続いて、拓殖鉄道(廃止)鹿追駅跡の8622です(写真)。国鉄払い下げ機と思われます。


hokka16g9.jpg


 そして、新得町のD51 95へ(写真)。ナメクジ最終期の車両です。


hokka16g10.jpg


 翌日、南大夕張へ。ここには三菱大夕張鉄道関連車両が保存されます。


 まずは、線路前に並ぶ軌道自転車、モーターカーです(写真)。


hokka16g11.jpg


 続いて、これもモーターカーのようですが、ブルーシートを被り、詳細は分かりません。


hokka16g12.jpg


 続いてはラッセル車、キ1です(写真)。国鉄キ100形です。


hokka16g13.jpg


 その後は、スハニ6です(写真)。手前側に荷物室があります。


hokka16g14.jpg


 続いては、オハ1です(写真)。同鉄道最長の車両だそうです。


hokka16g15.jpg


 次は、ナハフ1です(写真)。緩急車です。


hokka16g16.jpg


 その更に後は、セキ1です(写真)。石炭を積み床下から落とす方式です。


hokka16g17.jpg


 同じく、セキ2です(写真)。


hokka16g18.jpg


 そして最後は、三菱鉱業バスです(写真)。


 そして、港からフェリーに乗りました。この切符を忘れ、一旦帰宅したのでした。


 秋田から始まった、長い遠征でした。仕事ボケをしないよう気をつけたいと思います。


 次回は、多分来年になると思いますが、もっと生きている車両や、乗車に重きを置きたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

Bad,Worse,Worst#2

joh16a1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、城北線をお届けします。


 今年3月のダイヤ改正で、既存のキハ11 200番代が引退し、JR東海所有の300番代に置き換えが決まっている城北線。19日に202によるお別れ運転がありますが、そちらは残念でした。しかし、それまでの記録をもう一度しようと思い、大江に続いて勝川を目指します。


 勝川近くのJRの高架橋から、車両が見えます(写真)。キハ11 202です。この時点で今日は失敗でしたが、このまま続行することとしました。


joh16a2.jpg


 勝川で降り、城北線へ。城北線勝川駅東方には、整備基地に準じた装備があり、キハ11が3両収納可能です。その一番東端に、キハ11 202が停まります(写真)。


joh16a3.jpg


 銘板(写真)。「東海交通事業」「新潟鐵工所 平成5年」と入ります。


joh16a4.jpg


 反対側、洗浄線の側からの写真(写真)。少々、窮屈です。


joh16a5.jpg


 間もなく、キハ11 301が到着(写真)。折り返し、枇杷島行きになります。


joh16a6.jpg


 中に入り、キハ11 202を撮ります(写真)。洗浄線の先で、ちょっと苦しいです。


joh16a7.jpg


 出発準備をする、キハ11 301(写真)。ヘッドライトが点きました。


joh16a8.jpg


 車内(写真)。右奥はトイレですが、使用停止になっているようです。城北線の運転時間では、通常は不要でしょう。


joh16a9.jpg


 出入口の、ステップ(写真)。従来のホームより高いため、階段は埋められています。


 間もなく出発時間となり、出発します。


joh16a10.jpg


 そして約20分、終点の枇杷島に到着(写真)。従来車との違いは、何といってもステンレス車体であること。ダイヤ改正でもう1両が入線し、置き換えが完了します。


joh16a11.jpg


 合間に、キハ85系「ワイドビューひだ」が、通過します(写真)。基本編成が2両増結、富山行き3両で9連になっています。


joh16a12.jpg


 そして、城北線は発車します(写真)。


 整備は美濃太田、検車等で代走が必要な時のために、203及び204もありましたが、入線することは無く、美濃大田車両所のキハ40が入ったりすることもありました。しかし、美濃大田区は全てキハ75及びキハ25に置き換わり、単行用の気動車はありません。今後は、名松線用キハ11 300番代も名古屋車両所の所属になることから、今後は此所との行き来になるのでしょう。


 なお、引退したキハ11 200番代は、一族4両全て「ひたちなか海浜鉄道」に移動します。一部は既に運用に就いており、そちらも見たいですね。


joh16a13.jpg


 枇杷島で、以降JR改札を通るために貰う、降車証明書(写真)。磁気券で、自動改札、精算機で使えます。


 そして、次を目指しましたが、投稿出来るでしょうか。


 それでは、次回をお楽しみに。

懲りない日#4

jit3d1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、再びポイントXネタです。


 工事の方は進捗がありますが、2日では一気には変わりません。よって今日も撮影可能で、寝坊気味に始めます。


 一枚目は3100系3119F+3500系3501F、急行新鵜沼行きです(写真)。


jit3d2.jpg


 次は、6800系6808Fです(写真)。6000系6045Fから続いた正面デザインの、最終編成です。


jit3d3.jpg


 続いて6000系6048Fです(写真)。落成時の4ライトになっています。


jit3d4.jpg


 1700+2330系、1704Fです(写真)。同系の最終編成です。


jit3d5.jpg


 5700系5705Fです(写真)。5700系最終編成です。


jit3d6.jpg


 2000系2012Fです(写真)。2000系最終編成です。


jit3d7.jpg


 (新)5000系5001Fです(写真)。特急車1000系の生まれ変わり、種車の対応表もあるようです。


jit3d8.jpg


 1700+2330系、1703Fです(写真)。製作時期が近く、凸凹にはなっていません。


jit3d9.jpg


 5300系5308Fです(写真)。(旧)5000系及び5200系の生まれ変わりです。


jit3d10.jpg


 1000+1200系1011Fです(写真)。A編成6編成は6様の「名鉄120周年」が表示されます。


jit3d11.jpg


 3300系3305F、普通金山行きです(写真)。現在の最終編成、(新)5000系増備後の増備はありません。


jit3d12.jpg


 6000系6008F、準急新可児行きです(写真)。「名古屋本線70th」の系統板です。


jit3d13.jpg


 1000+1200系1016Fです(写真)。これもA編成、通常と異なります。


jit3d14.jpg


 6500系6501F、普通金山行きです(写真)。6000系に続く系列、界磁チョッパ制御です。


jit3d15.jpg


 2000系2001Fです(写真)。2000系初号車です。


 そしてまだまだ続くのですが、長いので、まだ中間点ですが、ここで中断したいと思います。以降は、次回にて。


 それでは、次回をお楽しみに。

秋の始まり#6

sen14c1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の"Tetsu”をお届けします。今回も、東北からです。


sen14c2.jpg


 昨日も早々に切り上げ、車に戻った私は、次の被写体を求め走ります。栗原市で、「くりはら田園鉄道」廃線跡を跨ぐ高架に心が揺らぎますが、前回と違い今年は行きません。


 そして、花巻へ。いつもの、「うまづら電車」花巻電鉄(廃止)モハ3です(写真)。今回は、日没前に撮りました。


sen14c3.jpg


 そして昨日の最後は、盛岡市。「SL銀河」として復活した、C58 239が保存されていた場所(写真)。屋根付きで、状態が良好であったために、復活しました。しかし、保存されていた客車も、同時に無くなったようです。


sen14c4.jpg


 そして今朝は、まず小岩井農場へ。「SLホテル」の、D51 68と、20系客車3両(写真)。あまり状態は良好では無く、今後が心配です。


sen14c5.jpg


 奥中山高原を越え、青森県へ。八戸には、D51 762が保存されます(写真)。状況は、まあまあです。


sen14c6.jpg


 続いて、三沢市内には、D51 193が保存されます(写真)。悪戯が多いのか、正面が金網です。


sen14c7.jpg


 三沢まで来たので、三沢駅へ。十和田観光電鉄(廃止)三沢駅ホームの様子(写真)。レールはありませんが、今列車が来るような錯覚に陥ります。駅舎は、現在バスターミナルとして営業中です。


sen14c8.jpg


 そして、車庫のある七百へ(写真)。元東急のステンレスの電車どころか、旧型電車、電気機関車全部無くなってしまいました。残念です。


sen14c9.jpg


 終点十和田市は、駅舎のあったショッピングモール自体が更地となり、跡形なしです。


 同市内には、D51 663が保存されます(写真)。最後の、鉄道の痕跡です。


sen14c10.jpg


 野辺地には、C11 210が保存されます(写真)。状態が悪く、今後が心配されます。


sen14c11.jpg


 そして、青森へ。青森森林博物館には、森林鉄道DL(協三工業製)、客車「あすなろ」、運材車が屋根付きで保存されます(写真)。客車は転換クロスシートで、贅沢です。


sen14c12.jpg


 青森市内の公園には、C11 167が保存されます(写真)が、仮囲いがされています。補修と思われます。


sen14c13.jpg


 そして、青森駅前岸壁には、青函連絡船「八甲田丸」が保存されます(写真)。黄色の連絡船です。


 外を眺めて帰る予定でしたが、以降の予定は今日中には辿り着けないことから変更し、見学することとしました。


sen14c14.jpg


 車両甲板には、多数の車両が。最初は、車掌車ヨ6798と、控車ヒ768です(写真)。控車は、車両を押し込むために機関車と車両の間に入れ、船や桟橋に重量をかけないための車両です。計3両保存されていますが、全部形式が「ヒ600形」でした。


sen14c15.jpg


 船内で、車両が移動しないように固定する、連結器(写真)。緩衝器付きです。


sen14c16.jpg


 最後の郵便荷物客車、スユニ50形、手前509、奥510です(写真)。客車の500番代は、北海道用の酷寒雪対策車です。


sen14c17.jpg


 入換に従事したのでしょう、DD16 31が、ヒ833を従え置かれます(写真)。


sen14c18.jpg


 北海道のクイーン、キハ82 101が、保存されます(写真)。かつての北海道の全特急列車で運用されましたが、キハ183系登場で引退しました。丁度青函連絡船廃止の頃でした。


 この車両甲板も光線が曲者で、プリセットホワイトバランス用フィルターを持って行きましたが、以前より蛍光灯が増え、今はそれほどではありませんでした。一応、念のためセッティングはしました。


 以前の同船の船内は、客席もがらんどうで、船内の様子は分かりましたが、営業当時はどうだったかなど、思いをはせることはありませんでした。しかし、今は展示がてんこ盛りです。どっかで見たなあ、と思ったら、ほとんどが「船の科学館」に展示されていたものの、数年前解体された「羊蹄丸」の展示を移設したものでした。それで、観客が増えたようです。


 そして、今日はこのまま帰る予定であったところ、目的地を多数残してしまったので、明日も続行します。しかし、仕事に影響ないよう終えたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

カウンター
プロフィール

Seichiro

Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR