怪我の功名(後半戦その1)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、飽きずにポイントXネタです。




 先回も、1384系(1030+1230系が踏切事故に遭い、指定席を廃車して一般形車に編入された形式)を撮りたいと思っていましたが、昔は河和線普通に入る運用もあったものの、所属が犬山と思われることから、通常は各務原線、あるいは犬山線から豊明に入る普通が主で、常滑方面は可能性があるなら朝、あるいは平日昼間と思われます。平日はそう何度も休めないので、もう一つの可能性、朝に張ることとしました。




 しかし今日は寝坊。既に昼パターンの時間になってしまいました。1枚目は空港特急、2200系2205F岐阜行きです(写真)。




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 続いては6000系6022F、急行新鵜沼行きです(写真)。




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 続いては2000系4+4連、2002F他、ミュースカイ岐阜行きです(写真)。岐阜からは一旦茶所へ戻り、そのまま帰庫するか、4連に仕立て再び岐阜に戻り、運用に就きます。基本的に一番大事な特急車は、茶所がねぐらです。また、8連なのは朝の空港ラッシュの折り返し、だからそんなに寝坊した訳でもありません。




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 1011F、特急名古屋行きです(写真)。正面が「ココロをつなぐ、あしたへはこぶ。」と入る、120周年表示です。やはり1000+1200系は、A編成が要注意です。




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 6000系最終編成、6052F、普通金山行きです(写真)。6000系最終グループは、抵抗制御のみは同じですが、それまでの正面貫通の電車顔を廃し、デザイン変更されています。




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 1030+1230系、1032F特急名古屋行きです(写真)。実は、これもリサイクル車、高速型パノラマカー7500系を再利用しています。




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 2000系、2001Fです(写真)。初号車は、目立ちます。




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 同じく2200系、2201Fです(写真)。




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 1700+2330系、1702Fです(写真)。




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 3700系3705F、準急新可児行きです(写真)。VVVF車第2陣、3100系と同時にデビューしましたが、5編成で製造終了、つまり最終編成です。以降はステンレスボディの3300系ですが、5000系製造で新造が止まっています。




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 6000系6028F、急行新鵜沼行きです(写真)。




 間を飛ばし飛ばししている関係で、ここで昼になり、一旦中止。以降午後の部になりますが、長さの関係で今回はここまでです。




 今後のストーリーを確認すると、「その3」まで出来そうです。長くなりますので、以降ご期待下さい。




 それでは、次回をお楽しみに。

肉を食らう

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、再びポイントXからです。




 先週に引き続き、今週末も晴れています。今日の相鉄、とまでいかなくても、どこか行きそうなものですが、家族との約束があり、今週末も掃除を。一時はゴミ箱の方が綺麗ではないか、という程でしたが、やっと人間の住居らしい状況まで戻すことが出来ました。




 そこで、少々時間があったので、あまり考えずポイントXへ。遙か彼方では、N700系が行き違います(写真)。




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 始まりが遅いので、全列車が対象です。光線は午前の左方から昼の背後、右方へ回り、この時間は半逆光から順光に切り替わる時間です。




 一発目は6500系、6509F急行新鵜沼行きです(写真)。6500系前期のスタイルです。




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 続いては、6000系6006F普通金山行きです(写真)。6000系デビュー当初の、連続窓です。




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 続いて6523F、準急新可児行きです(写真)。6500系後期のスタイルです。




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 次は1115F、特急名古屋行きです(写真)。河和、内海方面発は、今は佐屋行きか名古屋行きかのどちらかです。




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 続いて1800系1802F、普通金山行きです(写真)。1000+1200系特急が増結されない日は、一日中こういった運用です。




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 続いて2200系2202F、特急岐阜行きです(写真)。始発は、中部国際空港です。




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 そういえば、”BIGMA”があることを思いだし、レンズを交換します。広角側は50ミリですが、望遠側は500ミリ、超高倍率ズームです。正直重いですが、短時間ならと試してみます。




 来たのは3500系、3529Fです(写真)。急行新鵜沼行きです。




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 次は、6045F+6817F、普通金山行きです(写真)。6000系は前面デザイン変更後、6800系も変更後の車輌です。




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 名鉄の頂点、ミュースカイ、2001Fです(写真)。現在、全車指定の特急は同系列のみ、他は一般席併結で、1000系は(新)5000系に生まれ変わり、1600系は1700系とされ方転、2330番代と併結します。




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 5000系5013F、準急新可児行きです(写真)。1000系の生まれ変わりですが、車体は本線では最新です。次に、名鉄はどこに手をつけるのか。注目されます。




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 1000系ではありません、1030+1230系、1132Fです(写真)。元は120キロ走行可能なパノラマカー、7500系のリサイクル車で、4編成ありましたが、事故で1編成は1384系になりました。専用の増結車、1850系もあります。




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 3500系3515F、普通金山行きです(写真)。3500系が万能なのは分かりますが、100キロ車でやるのか、それとも110キロ車でやるのか、はたまた120キロ車でやるのか、車輌運用にあまりポリシーを感じません。




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 6504F、急行新鵜沼行きです(写真)。




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 3511F、準急新可児行きです(写真)。




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 今日待っていたのは1700系でしたが、直近で現れたのがこの時間で(写真、1703F)、中部空港から折り返す頃には日没であろうことから、当分は無理、と判断。次の中部空港からの特急を見て、終わりにしようと思いました。




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 その特急がこれ、2207Fでした(写真)。




 ここで打ち止め、帰宅しました。




 一般的に私の作風が、広角を多用したいわゆる「草食系」が中心で、望遠の圧縮効果を効かせたいわゆる「肉食系」の写真が少ない、というのは感じます。そこで、今回は”BIGMA”を使用し挑戦をしたのですが、結局300ミリ前後に集まってしまい、普段とあまり変わらない感じもします。確かに、クロップも使っていますし。でも、レンズは2.2キロ、補助ストラップを使っても少々重いです。




 一般に高倍率ズームはレンズメーカーのお得意で、昔は純正レンズではあまり取り入れられていませんでした。普段の焦点距離、28~300ミリはT社が最初、純正の28~300ミリを見て、D700購入を決断したのですが。メインがD800になってからは、「大三元」とまでいかなくても、もう少し倍率を下げてでも、良いレンズに、とは正直思います。




 昔、DX(Dの4ケタ)のカメラに、24~120ミリF4(F6登場時のレンズではなく、ナノクリの方)を使っている人を見て、「広角側が足りなくて、ストレス溜まってるよなあ、」と余分な心配をしていましたが、今考えると、レンズはカメラの3倍の値段で、ナノクリだから使っていた訳で、今その人を見たら、「もう少しカメラに金使え」と言いたくなってしまいます。




 また、D300は良く出来ているので、D400を待ち望む声も聞きますが、メーカーは多分D7100とD600の間は考えていないはずです(景品も同じだった)。もしかしたら出るかもしれませんが、多分D9000でしょう。そういう人は、今中古に大量に出ているD600、あるいはトラブル嫌いならD610を、DXで使うべきではないかと思います。バッファーの話を知っていれば、当然すぎる判断です。自分が中級者であると思うなら、FXにステップアップしてはどうでしょうか。




 それでは、次回をお楽しみに。

Across The Channel#3

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、先回の記事の補足です。




 現在門司港駅駅舎は修復中ですが、その修復前の姿(写真、平成22年5月撮影)。大きな木造駅舎で、手入れが大変でしょう。




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 続いては、その近くに立つ元の「門司鉄道管理局」、後のJR九州本社となったビルです(写真)。現在は博多に移転、空き家となっているようです。




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 最後、「旅立ちの鐘」「幸福の泉」です(写真)。通常の方法ではダメな方は、どうぞ。




 それでは、次回をお楽しみに。

晴れた日に

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、武豊線方面を取材しました。




 愛車が引退となり、乗り換える関係で、今日は洗車を。しかし洗車してもあまりきれいにならず、ガックリしています。そしてミラーレスを持って転がしていると、たまたま鉄道施設の側を通ったので、車を停めました。




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 その場所(写真)。円形のテントとなっています。




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 それは、武豊線の旧「武豊港」停車場(廃止)の、貨車方向転換用の、転車台です(写真)。石油タンク貨車を、1両ずつ進行方向を変えるのに使用された、とのことです。戦時中近辺に石油関連施設があったからですが、現在は遺構としてのみ残ります。




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 側には、「転車台ポケットパーク」という、JR東海形の駅名標を模した看板が立ちます(写真)。




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 その向こうには、石碑が建ちます(写真)。



 同所は、東海道本線東海地区建設のため、武豊港から建設を開始した関係で、東海地区で最初の鉄道開業区間となっています。その後武豊駅移転で一旦廃止になりましたが、戦時に「武豊港」として復活、しかし戦後また廃止となり、現在に至ります。武豊線開業100年を機に、この転車台近辺が公園として整備されたそうです。




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 続いて、半田へ移動。半田駅北東方には、C11 265が保存されます(写真)。手入れが行き届き、非常に美しいです。




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 その横には、「半田市鉄道資料館」があります(写真)。毎月第1、第3日曜日に開館します(1月のみ異なります)。




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 そして、半田駅の中には、写真のような表示があります(写真)。




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 その近辺は、写真のようになっています(写真)。




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 それは、この跨線橋です(写真)。明治43年に建設された、JRで最古の跨線橋だそうです。主要部分のみ金属で、他は木で造られています。電化工事のコン柱が写真に入ってしまい、早く来るべきであった、と反省しています。




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 駅側の橋脚部(写真)。歴史ある鉄柱が4本立ちます(写真)。後には、煉瓦造りの油庫があります。




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 ホーム側の橋脚(写真)。こちらもクラシカルな鉄柱4本で、後の工作でしょう、筋交いが入っています。




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 丁度ワンマン普通武豊行き、キハ25 2始め2連が入線(写真)。JR気動車初の編成番号、P2編成を名乗ります。車号が示すとおり1エンジン車で、電化後は太多線へ移動でしょうか。以前高山で、P1編成の走行試験に出会ったことがあります。




 今日はネタ切れの状態で、取材のイメージが湧きませんでしたが、何とか行ってきました。明日以降も、検討したいと思います。




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 おまけ。半田市には、明治後期に、ドイツ式の製法を直輸入した「カブトビール」というビール会社がありました。主に中埜家(酢の「ミツカン」創業家)と盛田家(日本酒「国盛」蔵本、ソニーの盛田氏の実家)が関与し、煉瓦を一個一個磨いた煉瓦造りの工場を建設、ドイツ製の機械とドイツの職人を呼び寄せ、本格ビールを製造しました。後の不況で清算、その後紆余曲折を経て現在の姿になります(写真)。なお、北側には銃痕も残ります。中は、約30度の気温にもかかわらず涼しく、発酵には適した環境である、と思いました。




 それでは、次回をお楽しみに。

The Wondering#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の"Tetsu”をお届けします。今回は、北陸方面へ来ています。




 今回の連休は車で行こうか考えましたが、往復料金で4日間周遊できるJRの切符があり、それを選択。今回は乗り鉄です。




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 列車は「しらさぎ」ですが、1号ではなく51号を選択。米原まで新幹線で行き、米原から乗ります(写真)。683系2000番台、5両で米原発、+3両または6両で名古屋発の運用に就きます。




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 しかし、現在は越美北線の列車に接続しません。仕方が無いので、えちぜん鉄道に乗ります(写真、6002始め2連)。元愛知環状鉄道車両、100形と200形はニコイチし、300形はそのまま単行列車になりました。片開きドアがそのままです。




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 そして、三国芦原線終点三国港へ。同駅そばには名建築、「めがね橋」があります(写真)。下部は石積み、上部は煉瓦積みで「ねじりまんぼ」で斜めに積まれています。




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 田原町まで戻り、福井鉄道へ(写真、803、赤十字前にて)。元名鉄、600V区間全廃で801は豊橋鉄道市内線、802と803は福井鉄道に移動しました。




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 同形式は2001年ローレル賞を受賞しました(写真)。当時はまだ名鉄もやる気があったようですが、結局は全廃、車両は各地に散っていきました。




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 赤十字前には、留置線があります。以前は保留車が留置されていましたが、今日はデキ11が停まっていました(写真)。横にバラスト用ホキが2両停まります。




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 反対側にも複線用スノープラウを装備していました(写真)。同機はどうも除雪機械になったようです。




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 そして福井駅前に戻り、やっと越美北線に乗ります(写真、キハ120 203、九頭竜湖にて)。所属は金オオ(越前大野鉄道部)ではなく、金ツル(敦賀車両管理室)になっていました。




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 九頭竜湖は福井県最東端の駅らしく、乗車券があれば「到着証明書」が無料で発行して貰えます(写真)。




 なお、同駅は印刷された「青春18きっぷ」を販売する駅として有名ですが、今シーズン分は売り切れだそうです。




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 越前大野には、腕木式信号機が残ります(写真)。もちろん、現役ではありません。




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 そして、再び福井に戻り、再びえちぜん鉄道に行くと、7001始め2連が入線します(写真)。これは元JR東海119系、昨年全車引退したうちの2両が、再び登場しました。正面は改造されていますが、両開きドアが特徴です。




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 車内の様子(写真)。119系時代のままですが、モケットは張り替えられています。




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 そのまま勝山のテキ6でも良かったのですが、結局武生へ行き、越前武生へ。772始め2連(元名鉄770形)が、出発を待っています(写真)。




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 名鉄車両が入線するまで主力であった鉄道線車両、手前からモハ203-2始め2連(リバイバル塗色)、202-2始め2連が並びます(写真)。




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 車両工場のある、北府へ行きました。留置線には車両は停まっていませんでしたが、奥にはデキ3が停まっていました(写真)。工臨が、今の主な仕事のようです。




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 ちょうどそこに、「ビア電」がやって来ました(写真)。見るからに名古屋市営地下鉄、昔は色もオリジナルの黄色であった気がします。




 そして福井駅前まで乗っていきたい気もしましたが、時間の都合で断念。今日の滞在先に向かいました。




 今日は色々行ったり来たり、彷徨いました。接続も悪く、効率が悪かったのですが、列車が無ければ仕方ありません。でも、もう少し、何とかして!




 明日は、今日の続きです。




 それでは、次回をお楽しみに。

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Seichiro

Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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