余興

jink16b1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、余興、神宮前跨線橋ネタです。


 先日は、JRが支持物を設置し、工事が進んでいると書いたのですが、昨日確認すると、名鉄側は3線分撤去を完了しました(写真)。先日名鉄側に大型のクレーン車が置かれていたのに気になっていましたが、昨日は無く、そのクレーン車がこの部分の跨線橋を撤去した模様です。


jink16b2.jpg


 そうすれば、あとは一線分のみです(写真)。仮支柱を設置し、元の支柱から切り離す準備をしています。これが終われば、クレーンで吊って、一発で完了します。


jink16b3.jpg


 JR側は、西側の支柱からの切断を行っている最中でした(写真)。仮支柱で受ければ、後は簡単です。


jink16b4.jpg


 JR側は、それを吊るためか、エンジンだけで2階建て、アームは5階建てビル相当の、普段都会では見ない超巨大クレーン車が準備しています(写真)。名鉄は夜間走らないので一気に出来ますが、JRは貨物列車等が夜間走るので、短時間に一気に進める必要があり、鉄骨アーチが組まれたこの跨線橋の撤去には、まだ一苦労です。


jink16b5.jpg


 昨日は、見てはいけないものを見てしまいました。豊橋行き急行が「急行・岐阜」を表示します(写真)。東京なら間違いなく「幕張本郷」(いわゆる千ラシ)ですが、名鉄は岐阜行きの折り返しは、考えるまでも無く豊橋行きなので、あまり問題にはなりません。ただ、この編成の前2両の、3150系の反射液晶の方向幕までそうだったのは、単なる幕故障とも思われず、ドキッとしました。


 色々ありましたが、こんな感じです。


 それでは、次回をお楽しみに。

前座

jink16a1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、神宮前踏切と、跨線橋のネタです。


 数年前、新跨線橋工事のため、廃止となった神宮前踏切。JR東海道本線と、名鉄の複々線の、双方とも有人の第1種踏切で、近辺で一番通行本数の多い踏切でもあり、昼間はほぼ「開かずの踏切」として有名でした。そのため、結局廃止となり、新跨線橋が完成したことから、従前の跨線橋が廃止となり、撤去が進められています。


 昨日は、講演会のため上京したのですが、その往き道に通りがかり、気になったので、一枚(写真)。踏切跡が、見えています。現在、こちら側はエレベーターのみであることから、スロープを建設中で、その準備工が始まっています。


jink16a2.jpg


 ズームアップして見た姿(写真)。踏切跡は、撤去までにはもう少し時間がかかりそうです。


jink16a3.jpg


 そして、今日の行きがけに、神宮前で降りたので、撮ってみます(写真)。JR側は、階段の撤去が終わっています。現在は仮の支柱が、アーチの跨線橋を支持しています。


jink16a4.jpg


 JRと、名鉄の境目(写真)。JR部分と名鉄部分は切断され、分離されており、それぞれの会社で撤去出来るようになっています。


jink165.jpg


 名鉄側(写真)。こちらは、まだ変化がありません。


 昔、某民放のニュースでこの踏切が取り上げられたときは、「10年以内に解消する。」とのことでしたが、結局これしか解決法は無いのでした。この踏切を車で通っていれば自慢になりましたが、直前で踏切が降り、踏切操作手に「止めて下さい。」と言われ、通過を断念したこともありました。まあ、無くなっても大きな影響は無い踏切でした。


 そして、今日も取材に行きましたが、それは、次回にて。


 それでは、次回をお楽しみに。

標準機

ef16a1.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、思い出写真集です。


 先日の、京都鉄道博物館訪問時に、平坦区間用直流機の決定版、EF65の1号機がありました(写真)。新性能直流標準色を身に纏い、窓Hゴムも、グレーのオリジナル同色を使用し、出来る限りオリジナルに復元されています。初号機で、保存機なので、こうなのでしょう。


 それで、興味があって、過去の写真を捲ってみました。


ef16a2.jpg


 すると、かつてのJR東海浜松工場のイベント時に、オリジナルに最も近いEF65とされた、111号機の記録がありました(写真)。これが、EF65新製時の、オリジナルそのままの状態です。


ef16a3.jpg


 同イベントでは、解体中であったEF65 106が、見られました(写真)。「ユーロライナー」色、専用機の1両でした。


ef16a4.jpg


 翌年の浜松のイベントでは、同じく「ユーロライナー」塗色のEF65 112が並んでいました(写真)。塗色以外に、窓Hゴムが黒に交換されています。


ef16a5.jpg


 EF65の話をすれば欠くことべからざる、65P初号機501、通称「Pトップ」です(写真)。現在も高崎で、稼働状態にあります。


ef16a6.jpg


 最後の特急色65Pの1両、535号機です(写真)。この頃現役を引退し、その後時々イベントで見かけます。一般形からPに改造編入された「シンデレラP」の1両です。


ef16a7.jpg


 伝説の「茶ガマ」EF65 57です(写真)。JR貨物広島車両所のイベントでの1枚です。


 65全盛期には写真を撮っておらず、最後に慌てて撮った、そんな感じの記録です。後悔が残ります。


ef16a8.jpg


 「ユーロライナー」色が出ていたので、おまけです。ユーロ色の64、66号機です(写真)。


ef16a9.jpg


 翌年は、同じく35号機が登場(写真)。何れも、現存しません。


ef16a10.jpg


 さらにおまけ。浜松のイベントでは、欠かすことが出来なかった、ED18 2です(写真)。かつては「トロッコファミリー号」牽引機にも使用された同機、甲高い汽笛が記憶に残ります。今は、「リニア・鉄道館」保存機です。


 ここまで来ると、58もする必要を感じますが、そういう記事は、別館ブログのネタと思うので、再構成してみたいと思います。


 こういった感じで、過去の記録が出てきました。博物館へ行ったもの、公園等に静態保存されるもの、現役だったり、解体されたり、いろいろ運命は分かれました。運良く残ったカマたちが、永く残るよう願いたいですね。


 それでは、次回をお楽しみに。

Intermission(谷間のネタ)

aim1a2.jpg


 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、タイトルのとおり谷間のネタです。


 昨日は台風の影響で、イベントは中止または延期となり、取材は中止しました。その移動中に、気になる場所があったので、道の途中でもあり、行ってみました。


 それがこの場所、牧戸駅(写真)。濃飛バスの「駅」とされていますが、丁度かつての国鉄バス「名金線」の途上、おそらく国鉄バスの駅施設として設置された後、濃飛バスに譲渡されたものと思われます。手前がバス停、その横が待合室及び出札口跡で、その後方が業務用スペースになっています。場所的にも飛騨街道(国道156号)と白川街道(国道158号)の交差点の近く、交通の要衝で、華やかだった時代が思い浮かばれます。


aim1a1.jpg


 そして、もう一つは、8日の皆既月食。標準300ミリでこんな写真ですが(写真)、500ミリを当てにしてBIGMAを出すと、手持ちではブレてとても写真が撮れず、三脚を出すのも手間だったので、結局止めにしました。


 谷間のネタで、申し訳ありません。


 それでは、次回をお楽しみに。

Latitude 35 Degree North

Kanoq1



 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も思い出写真集、加悦鉄道関連です。



 加悦鉄道関連は、昨年2度訪問しているのですが、その際は加悦SL広場に関する情報が多く、なかなか関連施設まで手が回りませんでした。今回はその関連施設がネタです。



 最初は加悦鉄道と宮津線の接続駅、現北近畿タンゴ鉄道「野田川」駅です(写真)。



Kanoq2



 同駅の旧称は「丹後山田」、KTRに移管されるときに改称しました。同駅には「丹後山田駅資料室」があります(写真)。



Kanoq3



 資料室左手には木製およびホーローの駅名票、他写真等が保存されます(写真)。



Kanoq4



 右側には、最盛期の丹後山田駅のジオラマがあります(写真)。サイズはNゲージと思われ、スケールは150分の1です。



Kanoq5



 同駅改札から見た駅のホーム(写真)。ホームの向こうに島式ホームがあります。その奥の草原は、加悦鉄道の駅およびヤードの跡です。



Kanoq6



 同駅北東側には写真のような施設があり(写真)、かつては貨物駅だったようですが、現在は保線基地として使用されます。



Kanoq7



 同駅から南方に行った先に、与謝野町加悦庁舎があり、その前には旧加悦駅を移築した「加悦鉄道資料館」があります(写真)。かつては加悦庁舎の位置にあったそうですが、現在は180度回転し移築されました。



Kanoq8



 同館入口(写真)。駅名票を模した看板があり、横には昔懐かしいポストがあります。中に入ります。



Kanoq9



 最初の部屋は旧待合室。C57 189の赤ナンバーが飾られます(写真)。



Kanoq10



 奥が改札、ホームにつながる位置でした(現在は180度回転しているため反対側になる)。右手には出札、手荷物窓口跡が残り、大きな掛け時計があります(写真)。



Kanoq11



 事務室跡も資料室になっています(写真)。信号、転轍機、タブレット閉塞の機械、その他多数展示されます。



Kanoq12



 入口右手には、車両の座席があります(写真)。背ズリにクッションがない、3等車の座席です。



Kanoq13



 同館の道を挟んだ反対側に、サイクリングロードがあります(写真)。これが加悦鉄道廃線跡で、加悦庁舎裏側に回り込んで終わっています。



 先月から今月にかけての2度の大雪で、あちらもきっと雪が降り積もり、KTRも運行が大変でしょう。そんな思いを馳せながら、今回は終わりたいと思います。



 今週は風邪で取材に行けず、残念でした。来週は、一年来の懸案、開業1周年で仕切り直しを狙う、あの線に行きたいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

カウンター
プロフィール

Seichiro

Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR