Jaipur#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、岡山県からです。


 早々に津山を発ち、向かったのは、新見市、布原。JR伯備線の信号場で、ホームはあるものの列車は芸備線の列車のみ停まる、そういう駅です。近隣には家が1軒あり、その家の住民が使用しているのか。詳細は不明です。


 先ずは、下り線ホームです(写真)。


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 少しいると、列車接近の放送が入り、警報器が鳴動します。列車は115系、G-07編成が通過(写真)。黄色の単色の編成です。伯備線では信号場の扱い、そのため通過です。


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 踏切を渡り、下りホームを見ます(写真)。駅というより、乗降場の雰囲気です。


 なお、カーナビで目的地をセットしても、カーナビの地図が無い場所で、案内になりません。しかし、坪尻と違い、車が通れる道はありますので、安心して下さい。


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 続いて、今回岡山で行きたかったのは、高梁市吹屋(写真)。銅山と弁柄採掘で繁栄し、現在でも鄙びた風景が広がるところで、一度カーナビ指示で通りがかったときに非常に強く記憶に残ったものの、場所を記憶せず、行く機会を失っていました。そこで、調査し、今回行くこととしました。


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 先ずは、弁柄商人の家(写真)。この家は、白いですが、大きく立派な家で、内部は有料の資料館となっています。


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 続いて、「ギャラリー吹屋」となる、古い家(写真)。


 ここの多くの家は、漆喰に弁柄が入っているらしく、ほとんどがピンク色の家です。雰囲気は、「ピンクシティー」の別名もある、インドのジャイプルと同じようですが、全部和風建築です。


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 そのため、一般の民家のような家でも、みんなピンク色で、往時の繁栄を物語ります(写真)。


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 旅館だった家(写真)。タイムカプセルに入っているようです。


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 集落の南端、案内所(写真)。廃屋で倒壊寸前のところを修復し、あの水戸岡鋭治氏が内部のデザインをしたとのことです。


 近辺に鉄道は無く、カーナビ指示で偶然通りがかっただけで気になったところですが、古い町並みが残り、長駆移動しただけのことはありました。機会があれば、行くと良いと思います。


 しかし、同じ岡山県とはいえ、津山からは、本当に遠いところです。


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 そのまま南に下り、帰っても良かったのですが、途中で気になるものを見かけ、結局1.5車線の道を戻ります。そして、その場所に行きました。


 真庭市久世の、遷喬小学校旧校舎(写真)。明治期の木造建築、平成に入るまで小学校として使用された建物です。


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 廊下(写真)。やはり規格通り、北側に廊下、南側に教室があります。


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 階段(写真)。左右の端にあります。


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 教室(写真)。木製の立派な机と椅子です。しかし他の教室では、近代的なパイプ椅子の机と椅子が、大半でした。


 なお、この教室は、映画「三丁目の夕日」で、撮影に使用されたそうです。


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 玄関部の2階が講堂です(写真)。ひな壇と、グランドピアノが設置されています。小規模校には、十分な施設です。


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 1階に降り、校長室へ(写真)。机と、算盤と、金庫は、建築当時から使用されるものだそうです。


 使用される木材は松で、杉や桧ではないとのこと。結果、丈夫で長持ちしたとのことでした。


 布原の話を除くと、建築のブログのようですが、どちらも貴重だと思います。ただ、鉄道で行くのは、いずれも非常に困難です。そこが、悩ましいところです。


 それでは、次回をお楽しみに。


斥候

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は東海道本線、滋賀県柏原へ行きました。


 日曜は天気が悪くなるとのことで、今日の晴天を生かしたい、しかし平日のみのカメラの修理の引き取りがあり、その程度では仕事は休めず、結果早めに切り上げられる場所とのことで、先回同様に四日市に行くことも考えましたが、しばらく行っていない柏原に行くことにし、金曜晩に出発。仮眠し、今日に備えます。


 朝一番で行きましたが、寸手のところで「しらさぎ2号」を逃し、最初は8052レ、EF210-123でした(写真)。まさか、それが後々に響くとは。


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 続いて、JR東海313系、2+2連普通大垣行きです(写真)。


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 続いて、313系6+2連、新快速です(写真)。


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 次は、7090レ、牽引機はEF210-15です(写真)。0番代は1C2M、100番代は1C1M制御です。



 その、動画です。ここから動画があります。


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 311系、G4編成他8連、普通大垣行きです(写真)。かつての看板列車でしたが、313系大量増備で影が薄くなっています。


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 JR東海キハ85系、特急「ひだ25号」です(写真)。大阪発高山行き、岐阜で名古屋発「ひだ5号」と連結し、高山本線に入線します。



 その、動画です。この区間を走るJR東海の特急としては、唯一となってしまいました。


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 下り特急「しらさぎ3号」が行き過ぎます(写真)。後追いの写真です。


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 上り特急「しらさぎ4号」が、名古屋に向け走ります(写真)。



 その、動画です。正面が平滑な681系、元「はくたか」車です。


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 下り特急「しらさぎ5号」が通過(写真)。展望グリーン車は、クハ681 2001と読め、元北越急行所有車両でした。


 この列車は、明らかに「しらさぎ2号」の折り返しであり、今回の主目的の一つでした。後ろ向きには、後悔しています。


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 EF210-150牽引1070レが、通過します(写真)。



 その、動画です。100番代が50両、時代です。


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 EF65 2096(1000番代PF形の、記録装置未装備により、区分のため生じた番代、原番号+1000)が、下り貨物5087レを牽引し、通過します(写真)。原色は、休日に都合良く走ったりしません。



 その、動画です。これがあの5087レと、納得しました。


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 特急「しらさぎ6号」です(写真)。北陸新幹線開業前は「はくたか」用車両で、北越急行線内では160キロで走りました。



 その、動画です。多数派の0番代160キロ対応車です。


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 EF64 1013が、無動のDE10 1750を牽きます(写真)。転配か、修繕か。しかしそれなら、通常は大宮車両所に牽くのでは?


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 EF66 123牽引、5050レが通過します(写真)。やはり、平日に来なければなりません。



 2本の列車は行き違いました。その動画です。


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 EF210-170が通過(写真)。1012レと思われます。



 その、動画です。50両じゃなく、70両です。東海道~山陽筋の主力貨物機関車と、誰もが認める数です。


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 EF210-117牽引1050レが通過(写真)。本当に、JR貨物の主力機関車になりました。



 その、動画です。節約型の0番代に、フル装備の100番代、いつの間にか逆転しました。


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 1062レを牽くのは、EF210で、帰宅後番号を確認すると、901号機でした(写真)。EF210の試作機です。



 その、動画です。EH500の試作機は大宮で何度も見ましたが、EF210-901は初めてです。


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 続いて、1070レは、Ef210-6でした(写真)。旧来の下枠交差形パンタグラフを装備します。これも、100番代との外観上の違いです。



 その、動画です。こちらで量産するはずが、JR貨物も経営に余裕が出来、100番代に発展しました。


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 そして、「しらさぎ8号」通過(写真)。これも落成以来JR西日本所有の編成です。



 その、動画です。この日は目的を達成しませんでした。


 昨年大阪「しなの」で来たときに、あまりに簡単に683系8000番代を撮れたので、今回も楽勝ムードでしたが、やはり名古屋行きは2時間に1本となってしまい、クジ運が必要です。また、来るべき場所が増えてしまいました。


 今回もいつも通り撮るつもりでしたが、フィルムカメラが引き取るまで使えず、予備機ではフィルム残が発生するのが明らかだったので、今日はデジカメのみで撮影しました。動画は、そのうちに。


 レンズは、AF-S85mmF/1.8Gを使う予定でしたが、フィルムカメラを使わなかった関係で、AF85mmF/1.8Dを使用しました。ここは、勿論50ミリでも良いですが、やはり85ミリ固め打ちが確実と思われ、中望遠の面目躍如です。今回は偵察、次回確実に決めていきたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

Satellite(Story2)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、日曜日の「金沢総合車両所公開」イベントを取材しました。


 南入曽、大井を発った私は、一路白山市へ。カーナビは信越~北陸ルートを指示と思いきや、長野原~豊野~直江津を指示、結局無視し碓氷峠へ。しかし釜飯は売り切れ、意味をなしませんでした。そして連夜の徹夜運転が祟り、遂に富山市内でダウン。駐車場で倒れ込むように停め、そのまま寝ました。


 そこで更に朝は寝坊を。余程止めて、このまま帰ろうか真剣に考えましたが、ここまで来たので、何とか行こうと思い、開場時刻を過ぎてしまいましたが、到達。中に入ることが出来ました。


 そして、エントランスを過ぎ、最初に写したいのは、2272(写真)。旧式なタンクSLです。


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 向きを変え一枚(写真)。0C1の軸配置が特徴です。手前には、後付けの空気ブレーキ用蒸気コンプレッサーが見えています。


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 同機の機関室に、初めて入りました(写真)。右側機関士なのが、その後の国産SLと異なります。


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 その手前には、475系、クモハ475 46他が停まります(写真)。既に運用は無く、最期の時を待っています。大目玉は要注目です。


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 その横は、ラッセル車キ205です(写真)。


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 その外側には、ナンバーの無いEF81とDE10が停まります(写真)。これも、同じです。


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 続いては、保線用軌陸車があります。こちら側は、バケット式アームを持つクレーン車です(写真)。


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 これも軌陸車、架線用昇降式作業台を持つ作業車です(写真)。


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 683系2000番代と思われる3連、「しらさぎ」塗装です(写真)。289系への改造を待っています。


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 同じ683系2000番代ながら金サワR11編成、「サンダーバード」波動用車両です(写真)。運転台見学車両です。


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 キハ40、「忍者ハットリ君」車両です(写真)。


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 その横では、DD15 15が停まります。除雪翼展開実演用に並びます。可動機は、これだけか、他にもあるのか。



 その、動作実演の動画です。来年は、DE15かもしれません。


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 トワ色のEF81 43です(写真)。京都鉄道博物館には、同じトワ色でももっと後の番号の機関車が行ってしまった気がします。


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 「ヨンダー」T51編成の先頭、クモハ683 5511が、リフティング用に並びます(写真)。朝一番に行かなかったために、動画は残念です。


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 奥には、車番不明の複線用DE15が、分解整備中です(写真)。駆動機関、DML61ZAは、大きいです。


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 113系から改造された七尾線用415系先頭車が、トラバーサに載っています(写真)。DD15の実演と近接してトラバーサも運転されましたが、ここにも朝一番に入らなかったことで影響が出ています。この車両に交流機器を提供した485系たちは、既に鬼籍に入っています。



 そして、工場の、輪軸削正用旋盤です。回転のみの実演、削正はまた別の機会に。


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 屋外には、DD15が3両並びます。昨年はクハ489が並んだ場所で、これらの車両の今後の処遇は、明らかです。


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 キハ48 4及び1004のペア、「花嫁のれん」です(写真)。輪島塗のような、豪華な塗装になっています。


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 そして、建屋にも、ナンバーの無いEF81があります(写真)。トワ色は「特別なトワイライト」牽引機でもうしばらく延命できますが、一般色は牽引する車両も無く、引退あるのみ、部品取り用としてのみ残るのでしょう。


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 軌陸式重機があります(写真)。アームの先で枕木をつかみ、スポットでの枕木交換に威力を発揮します。この実演動画も、残念でした。


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 軌間を検査する、「トラックマスター」です(写真)。正確な軌道の維持には重要です。


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 レール探傷機です(写真)。超音波で、レールの傷等の異常を発見できます。


 保線は地味ですが、一番大切なことです。色々な機材を使い、日々安心して列車が走れる軌道を整備していることを、忘れないようにしましょう。


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 最後は、681系2000番代付属編成、N11編成です(写真)。元北越急行所有車、「しらさぎ」用にJR西日本が譲受し、塗り替えました。


 もう少し居たかったのですが、後の用事があり、ここで帰途に就きました。


 やはり北陸ならではの車両もあり、行って良かったと思います。今後、新幹線の延伸に伴い、同所も変わってくるのでしょう。イベント時には出来るだけ来たいと思います。


 しかし移動は長く、睡眠不足が祟り、何度も仮眠して、やっとの思いで帰宅しました。来年は、出来るかなあ?


 それでは、次回をお楽しみに。

「あかさぎ」伝説

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、北陸方面を取材しました。


 今日は阪急のイベントのある日でした。行こうと思って準備していましたが、肝心の事前応募の葉書を出し忘れ、それでは当選通知も無く、参加できるわけがありません。そのため、仕方が無いので昨晩自宅を発ち、北陸方面へ。北陸新幹線開業、およびそれに伴うダイヤ改正の際に生じた、一つの疑問に答えるためです。


 それは、「『あかさぎ』は存在するか?」という疑問です。


 諸兄もご存じのとおり、北陸新幹線開業で特急「はくたか」は廃止、それに使用されていた北越急行の681系、683系は運用を無くしました。結局それらの車両はJR西日本が譲受し、「サンダーバード」「しらさぎ」等に使用されているのですが、仕様も違う車両たち、そのまま運用に就いているのか、ということです。そうすれば「しらさぎ」ならぬ「あかさぎ」で、撮れれば大成功です。そんなことがあるのかも含め、ポイント検索、今朝その場所に立ちました。


 手っ取り早く撮るのであれば、疋田の大カーブという気もしますが、残念ながらあそこは上り方、米原寄りでは全列車貫通扉となるため区別がつかず、結局断念しました。


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 一発目は、クロ683-3、近キトW33編成他6+3連です(写真)。「サンダーバード」、幸先良いスタートです。


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 続いては、クロ681ですが、番号は一桁である以外分かりません。編成も分かりませんが、「しらさぎ」運用に就くJR西日本オリジナル681系です。


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 続いては「ヨンダー」です(写真)。クロ683 4500番台、車番は不明ですが間違いありません。


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 521系、近ツルJ13編成です(写真)。初期の車両と、ヘッドライトの形状が異なり、同時期に製造された225系と似ています。


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 続いてはクロ681、「しらさぎ」色の編成ですが、後で確認すると、車番は2002、N02編成、則ち元北越急行所属車両です(写真)。帰宅後、先日大宮で手に入れた最新の編成表で確認すると、N01編成は、昨年のうちにJR西日本の塗装に塗り替えが終わっていたとの由。続いてN02編成も塗り替えられ、この姿になっています。つまり、「あかさぎ」はガセ、存在しません。


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 続いてはクロ681-8他、「しらさぎ」金サワW02編成です(写真)。これはオレンジの帯が追加されています。


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 続いて「サンダーバード」9+3連です(写真)。


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 「サンダーバード」、近キトW32編成他、6+3連です(写真)。


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 521系E03編成です(写真)。521系初期車、223系5000番代と正面は同じ、ヘッドライトは2000番代も同じです。ATS-Pも装備し、米原まで入線可能です。


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 EF510-502牽引コンテナ貨物列車です(写真)。ああ、「北斗星」も最期なのですね。


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 単機で走る、EF81 725です(写真)。これもEF65 2000番代と同じく、省令対応の有無で改番されています。


 燦々と降り注ぐ午前中の陽気の中、早速日に焼けてしまい、真っ赤です。


 そして此所での釣果の限界を感じたので、この場所を後にして、次の場所に向かったのですが、それは長くなるので、また次回としたいと思います。


 そうすると、683系であるN03編成、N13編成も塗り替えられ、運用に就いている可能性も大です。やはり、番号は、重要なのですね。改めて、感じます。


 それでは、次回をお楽しみに。

Falling Down#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、関西方面を取材しました。


 例によって金曜日夜に出て、土曜未明に関西入り。寝る場所が無く、苦労しました。


 そして土曜早朝に車を停めます。あの辺では格段に安い場所でしたが、出入りが困難で、やはり理由があります。


 そして鞄を持ち梅小路公園へ。「蒸気機関車館」開館には少々早い時間です(写真、退場時の撮影)。


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 梅小路公園の園地を歩くと、バッテリー電車となったNo.27の線路後の空き地には、閉館となった「交通科学博物館」収蔵車両で、来年開館の「京都鉄道博物館」にて展示されるであろう車両が、仮置きされています(写真)。左からナハネ20(車番不明)、モハ80001、クハ86001です。クハ86も、ポピュラーであった湘南窓の車両が残らず、残念でした。


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 その先には、市電の展示があります(写真)。計6両あり、それぞれの写真も撮りましたが、省略します。


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 蒸気機関車館横のゲート前に、人だかりがありました。行ってみると、食堂車サシ481あるいは489として生を受け、後に余剰となり客車になり、スシ24と改番、トワイライトエクスプレスの食堂車に抜擢された1両が、搬入されていました(写真)。動力は無いので、簡易軌条の上を人力で移動していたと思われます。美しく補修されていましたが、車番は書かれていませんでした。


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 そして、ゆっくり移動、この位置で一旦停止しました(写真)。調理場業務用扉が見えています。屋根上クーラーが「キノコ形」のAU12で、初期のサシ481と思われます。


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 開館時間となり、中に入ります。


 先ほどの車両搬入に使用したのは、扇形庫のこの線、ここから押し込まれ、「京都鉄道博物館」車両展示スペースに、大型移動クレーンで吊って、搬入します(写真)。ちょうど玉掛けの最中です。車両が載っているのは簡易軌道、フォークリフトで移動可能でした。


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 先回訪問時分解整備中で撮れなかった、北海道開拓使1、後に7101に改番された、「義経」です(写真)。明治初期ながら、既に1Cのモーガルになっています。


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 側面から(写真)。軸配置までよく分かります。


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 旧式な輸入テンダ機をタンク機に改造、工場入換用に使用され、後に引退、車庫深く眠っていたSL、1080です(写真)。形式は「1070形」と書かれます。斜めのシリンダーが特徴です。


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 C57 1「SLやまぐち号」の後継として、本線復帰するとアナウンスされた、D51 200。現在分解修理中らしく、庫内にキャブが置かれます(写真)。ボイラは、整備でしょうか、新製でしょうか。


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 隣では、動態機B20 10が、缶の蓋を開けています(写真)。


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 梅小路蒸気機関車館扇形庫は、土木学会選奨土木遺産で、プレートもあります(写真)。他色々なプレートもあり、歴史的な建築物なのでしょう。現役扇形庫では、勿論最大でしょう。


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 そういう目で見てみると、たしかに大きく、歴史的な建物です(写真)。17ミリでも全景は入らず、14ミリか、12ミリが必要です。しかし超広角では歪みが大きくなります。


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 本線側の線路には、オレンジバーミリオンの電車があります(写真)。車番はクハ103-1、初号車です。初期の103系、昭和30年代製の車両で、首都圏等ではとうの昔に全滅していますが、この車両は関西で数年前まで使用されていました。まだまだJR西日本では現役ですが、そろそろ心配になってきました。


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 今日の「SLスチーム号」の牽引は、C62 2です(写真)。除煙板に「燕」のマークが入り、昭和20年代から30年代まで国鉄の頂点であった「スワローエンゼル」、のちに北海道に移動、急行「ニセコ」の牽引機等として活躍しました。


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 車籍が無く本線は走れないものの動態機である8620形8630は、今日はテンダだけでした(写真)。こちらも、整備中か。


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 その隣には、D51 200のテンダが(写真)。主の帰還を待っています。


 そして、同館を後にしました。


 何度も行った「蒸気機関車館」ですが、この夏で閉館、来春に「京都鉄道博物館」として開館の予定です。そろそろ、最後の記録に行くべき時が来ているようです。


 そしてその後車に戻り、次の目的地に行ったのですが、それは長くなるので、ここで水入りとします。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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