名鉄の赤は何という赤?

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 写真は昨年末に正月フリー切符で名鉄を乗りつぶした時に撮影したもの。5500の15Fか17Fか19Fか正確な記憶はありませんが、拡大すればすぐ分かるし、現在残る3編成は今もなお塗色はそのままなので、来月の55ツアーの時に全部写せます。その時確認させてください。(5515F5516です。9/3追加)
 来月の55ツアーは余程人気が無いらしく、雑誌に載って三日後に電話しても、まだまだ残席があるようです。豊明といって困っている人も多いのでしょう。豊明は名古屋本線豊橋行きか豊川稲荷行きの急行に乗り、「前後」に停まるなら前後で、そうでなければ鳴海で各停に乗ればすぐです。時間があるなら、新名古屋から豊明行き各停に乗るというのも手です。55の勇姿を見れる最後の機会、これを逃したら後はない。名鉄観光豊橋支店へ電話急げ!
 東海豪雨までは5500も全車元気で、名鉄も日本初の大衆冷房車(昭和34年デビュー)として誇りに思っていたらしく、本線を5300や5700と共に(下手すりゃ7000や7700とも連結した!)走っていたのですが、新川工場で水没した5505Fが息を吹き返せず廃車となり、それからバタバタっと廃車が進んでしまいました。確かに古い車体でステンレスの窓枠からも錆が出ていましたが、手入れすればまだまだ使え、シートは6000に譲ってやりたい位立派です。まあ7000から廃車が出るご時世、仕方ないと言えば仕方ないですが、少し残念です。廃車しても5300に編入を、とも思うのですが、まあリサイクル電車5300(注、5300は5000,5200の足回りを流用)も代替部品が手に入らないところ、運が良かったと言うべきか。不評3100,3700に転換クロスシート車3150、3300が出るご時世、聖域無き構造改革にはやむを得ない決断だったのでしょう。
 SR5000,5200は5300に改造(車体を新製)、5500は廃車、次に手が着くのは7000でしょう。今もって名鉄のイメージリーダーであるパノラマカーは55の次に好きですが、いつまでもつか。7500も後半は1030に改造したし(そのうち1編成が事故で指定席を喪失し、一般車だけで1編成だけの1430系という新系列をつくった)、旧世代SR車は軒並み廃車です。残るのは7000後期型と5700位でしょうか(因みに5701F、5702Fは6両という名鉄では不便な長さ(本線にしか使えない)で、出番が減っています。どうせやるなら中間車2両を抜いて5600系を期待するのですが)。まあ、転換クロスシートである限り残るでしょう。
 一番心配なのは6000で、名鉄の苦境期に造った車両で100キロしか出ず、中期車は瀬戸電の旧式車淘汰に使われ始めました(瀬戸電はAL車で十分で、急行も100キロ出さない)。前期型2連は西尾蒲郡間でワンマン改造され、4連は三河線の山線等に使われ、かつての旧式釣掛車に近い状態になってきました。もともと6000は整備性に困難を来した釣掛車(いもむし、なまず、等々)を置き換えるために開発された車両で、ローレル賞も受けましたが、もともと優等列車用に開発された車両ではなく、快速急行では悲鳴にも似たモーター音をあげます。シートも名古屋では受けないロングシートで、その後の6500(6400ではない)、6800といった半導体通勤車に続く苦難の時代があるのでした。6500および6800前期型はバス用シートでクロスシートを作っていたという悲劇。1000が来るまで名鉄はずっと耐えていたのでした。
 本題に戻ります。子供の頃は赤い電車、カッコ悪い!と思っていましたが、名鉄ユーザーになってあの赤が妙に美しく見えてきました。あの赤は本当はスカーレットという色なのですが(風と共に去りぬ!)、それを知っている人はあまりいません。2月の特雪ツアーで関東の鉄に聞いても一人も知っている人はいませんでした。あの一色は7000からで、それより古い5500は茶とクリームのツートンでした。本当はパノラマカーは”Phoenix”という名前にしたかったのですが、昭和36年では余りに早すぎ、パノラミックウインドウからか、パノラマカーで落ち着いてしまいました。ご時世ですね。でも、それから40年経ち、まさに”不死鳥”の如く走り続けるパノラマカーは、今でもなお斬新ですね。
 55の廃車で、5555のぞろ目も無くなってしまいました。それだけプレートにして売ってくれたら、という声を聞きました。ぞろ目はあと1111を逃すと、この前解体したばかりのキハ22と33しかありません。3333は実現するでしょうか。そんな頃には6500からも廃車が出ていることでしょう。しまった、2222も可能性ある、でもそれじゃ1111が無くなってしまう!
 民鉄のナンバー付けで、同じインフレナンバーでも近鉄は番号付けが巧く、富山地鉄は下手とは聞きます。アーバンライナーNEXTは21020で、せこいっちゃ、せこいですけど、近鉄程の大私鉄なら当然か!名鉄は決して巧くはありませんが、丁度空き番があって再用ができて、5桁は無いですね。十数年前、神宮前から豊橋まで名鉄特急で通っていた頃、知立の駅の三河線ホームに3000何番かの旧式車が停まっていましたが、その相方は4000何番かでした。このクラスの番号の取り方は雄大と言うべきか。このかわいそうな釣掛車はすぐ廃車になり、ECB3500の増備となったのです。まあ4も9も日本では縁起が悪いので、名鉄は使わないのでしょう。
 最後に、私が今通勤に使っている瀬戸電の話になりますが、6000の弟分6600(製造当初は非冷房で窓もユニットサッシですが、7500のクーラーで冷改された)は僅か6編成、いずれも2連で、主力は6750(リサイクル車、AL車)です。しかし本線を追われた6000中期4連が大量に入線し、このまま行くと旧3300と同様の運命になりかねません。釣掛車フルノッチの音を聴くなら瀬戸電、今のうちの話です。録音マニアは急げ!
 中途半端に長くなり、もっと書きたい気もしますが、今夜はこの辺にします。

名鉄は赤と

名鉄は赤というのは7000以来の伝統。勿論リサイクル電車6750とて同様のこと。昔より大きな釣掛音で瀬戸電を走っています。f1000003.jpg

デジカメ対リバーサルフィルム

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 昨年春ニコンD100を手に入れ、それまでナンバーの記録を行っていたF100が無駄な用途から解放されました(同時にCanon IXYは用途廃止になりました)。そこでカメラの師匠鷲野氏のアドバイス「リバーサルでどんどん失敗してくれ!」の言葉を受け、とうとう私もリバーサルの世界に突入しました。最初はプロビア400でおっかなびっくりで写していましたが、ラボの現像の腕のせいか、だんだん調子を上げ、現在のメインはベルビア100になりました。その写真がこのJR四国の5000系5101号です。昨冬ネガをスキャナで取り込みデジタル化しましたが、どんな写りの良いネガもベルビアには敵わない、という結論に達しました。しかし大半はカメラとフィルムのお陰で、本人の腕はほとんど関係ありません。
 前になってしまった写真はD100の後継D70で今夏撮った「ドクター・イエロー」T3編成です。D100は長年の憧れでしたが、買って約1年でお蔵入りしてしまいました。半値で機能が上では、D70はたとえタイランド製でも軍配が上がります。ニコン技術陣の話しではD100は素材性、D70は見た目のきれいさに重点を置いて開発したとのこと。安易とはいえ、D70の方がやっぱりいいですね。
 本題のデジカメ対リバーサルフィルムですが、見た目はデジカメの方が少し上でしょうか。特にパソコン上で比較すればリバーサルがデジカメに追従しているというべきか。スキャナの性能を差し引いても、デジカメの方がいいのかな?しかもCD-Rにでも焼けば半永久的に衰える心配もありません。しかし、デジカメはホワイトバランスを間違えると大変なことになります。フィルムなら蛍光灯は青い程度ですが、デジカメでは何色になるかは皆さんご存じの通りです。だからオートホワイトバランスに設定しっぱなしという人も多いでしょう。最後は好みの問題ですが、やはり複雑で衰えると分かっていても、私はリバーサルの方が好きです。デジカメはかなりCCDに救われていますからね。
 最後に、一昨年ニコンが満を持して投入したデジカメ「クールピクスSQ」ですが、これは大抵の人はバツと言うでしょう。いきなりシャッターを切ると、まず間違いなくピンボケです。一眼レフみたいにまず半押ししてフォーカスをロックし、それからシャッターを切れば写るのですが、あのクラスのユーザーにそんなことをさせること自体無理なこと。「設計思想の違い」といってしまえばそれまでですが、スイバルデザインと共に消えゆく運命なのでしょうか。勿体ないというか、残念というか。やはり低価格デジカメの絶対条件は、「デザイン」と「簡単に写ること」。フルジュラルミンで、削ってもプラスチックが出なかったSQですが、歴史の片隅に消えゆく運命なのでしょう。合掌。
 夜はこれからですが、平日なのでこの位にしておきます。

祝!開通!

 とうとうブログ開通です。無意味な鉄道の小ネタ(しかも下らない)だけで通すつもりですので、よろしく。
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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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