ただいま格闘中

minori481
 8月末にホームページを作成してはや2か月。ホームページの容量は十分確保できたものの、搭載ソフトの都合でフォトアルバムが5個に制限され、初心者には良かったものの最近は手狭に感じていました。そこで更なるパワーアップを目指し、ホームページビルダーを手に入れ増強作戦を行っております。やっとホームページビルダーが手についてきた感じです。ただ今回の表題写真もそうですが、稚拙な写真が多いのはご愛嬌。がんばって来月の終わりにはパワーアップさせたいものですね。
 今週末は松本と甲府に行きます。早足ながら、楽しめればと思っています。それでは今夜も早めにあがります。

鉄道の日顛末

189-500
 皆さんもご存じの通り10月14日は鉄道の日です。それに合わせ多くの鉄道イベントが行われます。昨年土崎工場のイベントに行くのに、朝6時と12時の臨時こまちしか無く、かなり苦労した覚えがあり、今年はイベント発表前にムーンライトながらだけは確保しました。今年も10月9日は土崎に行くつもりでしたが、結局東武の5070(6連釣掛電車)の引退イベントに参加しました。東武野田線の清水公園という小駅まで東京駅から高速バスを走らせるというサービスぶりで、イベント自体には大満足でしたが、皆が危惧したとおり台風に巻き込まれ、帰りの館林からの特急が運休になり、東武動物公園で降りなければいつ東京に戻れるか分からない位列車は間引かれてしまいました。北千住の先の浅草までの区間でも水没があり、どうやってホテルに辿り着こうかと思いました。北千住でエネルギーを充填し、さあ常磐線に乗ろうと思うと、常磐線快速線の緑の電車は全く来ず、仕方なく千代田線に乗り西日暮里に行き、田端のホテルに辿り着きました。その頃には台風は過ぎ去り、壊れた傘がそこら中に転がっていました。
 台風一過、晴れわたる東京を後にして、10月10日は長野車両センターに行きました。そこでの写真が今回のタイトルの写真です。今でもなお189は生き延びていますが、「あさま」が走っていた時代はもう遠く、新潟行き「みのり」も廃止され、いまでは快速「妙高」で細々と命脈を保っています。横にはE351が展示されており、工場内ではE257が作業中でした。主役はJRになってからの車輌のようです。碓氷峠が無くなりはやはや7年、時代は流れてしまったようです。
 帰りまで時間があったので、午後は長野電鉄に乗りに行きました。長電長野駅に行くと、湯田中行きの特急が。渡りに船と安易に乗ったのが失敗でした。湯田中では3両編成の特急はホームでスイッチバックを。まだ上まで行けそうですが、電車はここまで。ここからはバスやタクシーを利用して下さい。同列車で折り返し、屋代線に乗ろうと思い、須坂で降りると、屋代線は昼は2時間に1本!止めようとも思いましたが、ここで行かなければここ数年内には多分チャンスが無いと思い、結局時刻表を買って帰りに間に合うことを確認し、2時間待ちました。中には多分保留車のOSカーが停めてあり、特急を除くと日比谷線ばかりの長電に楽しみを与えてくれました。まあ長野市内は地下鉄と同様の構造で(地下鉄のある最小の都市!)、地下鉄の車輌を使うのは自然ですが、画一的な車輌では車輌的面白味が無いので、その中ではOSカーを写せたのは運が良かったと思います。名鉄5000(非冷房)の同型が写せれば最高でしたが、まあそれは無理でしょう。
 2時間後日比谷線に乗り、真田の城下町松代を経由して屋代にたどり着き、すぐにしなの鉄道に乗りました。昔国鉄は165や169のs3両付属編成を直通させていたのだから、乗り入れすればいいのに、それが出来ないのは残念!規格も同じなのに。
 それで長野に戻り、長野駅で1時間程撮影する時間がありました。夕刻にクハ183-1500を先頭にする妙高が!すかさず撮影しました。余ったフィルムとコンパクトフラッシュの容量で383「しなの」を写しました。
 そして「しなの」で帰路に。長野からはガラガラでこのまま名古屋にたどり着くかと思ったらさにあらず。やはり松本で一杯になりました。かつて381で9両繋いでいた時代には、篠ノ井線区間はどういう無駄をしていたことでしょう。
 いろいろあった3連休でしたが、お楽しみの多い休みでした。来週は事故3度のスーパーあずさに乗ります。その写真が整理できたら、新規写真集の公開としましょう。
 まだ書きたい気もしますが、今日はここで終わりにします。

次は何方へ

img1058
 四国、山陰、九州と代表的な車両をホームページに載せた後、一つの不安に駆られました。それは、「次、どこやろう。」でした。今まではD100とか近代的な装備で、技術的にも進歩してからの写真が多くあったのですが、他の地区は写真があっても稚拙で、人前に出すのも恥ずかしいような写真ばっかりで、いっそ止めにしてしまおうかとも思いました。特に北海道へは鉄道では2000年以来行っていないので、確かにキハ183 901の写真もありますが、整理も不十分で、正直言ってこれでは人前には出せないような写真ばかりでした。ここで止めてしまえば、苦しみも止まり、何も言われずに済みますが、でもやはり整理も兼ねホームページの容量を一杯まで使ってみようと考えを直し、送り出したのが「ボンネットの王国」でした。
 タイトルにかかわらず、ボンネットは5枚だけじゃないか、と言われそうですが、かつて白山が3往復あった時代を思い出し、未だに協調用ジャンパ栓を残す489を思い出したいだけでした。因みに今回のタイトル写真は運転手がいるだけではなくて、中の写真から3か月前の上野駅での写真で、典型的な「ボツ」写真でした。
 北陸へは名古屋からは「しらさぎ」が便利で、「加越」では米原まで新幹線で行くのが手間、増して「はくたか」「能登」は、通常はまず乗ることがない車両でした。そのため、金沢か上野(越後湯沢)かしか写すチャンスがありませんでした。そこで適当な写真が少なく、かなり苦労しましたが、幸い「しらさぎ」の名古屋方整備の拠点が地元の熱田駅ということもあり、廃車になったTc489-205,504の写真が撮れたことは本当に幸いでした。
 今後ですが、地元名古屋の写真が一番少ないため、北陸の次は、信州でしょうか、越後でしょうか。正直言って新潟は上沼垂のTc481-1500位なので、やはり信州ですね。
 それでは言い訳はこの辺にして、夜はまだまだこれからですが、風邪が進行しないうちに筆を置きます。
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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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