こんな日に

Ta0  昨日は、結局近畿のみならず東海地方も雨となりました。それからうって変わって今日は快晴となりました。こんな天気の日に、旧谷汲駅でモ510を搬入してイベントをすると、地元のテレビで報道されました。その様子を見るべく今日出かけました。



 ご存じと思いますが、もともと谷汲線は谷汲山華厳寺の参拝のため敷設された鉄道で、残念ながら平成13年9月に揖斐線黒野~本揖斐間と同時に廃止されました。当面は黒野からバス乗り換えで利用されていましたが、昨年その黒野までの区間も廃止されてしまいました。そのために不要となったモ510を、モ755同様に谷汲駅跡に保存する、というイベントが今日行われました。



 昨日が昨日だったので、今日もかなり遅くに車で出発し、一路谷汲山を目指しました。旧線跡の側を通ると、まだ路盤の跡が残っているのに気付きます。残念ながら此処には二度と電車は通らないでしょう。



Ta1  昼過ぎに谷汲駅に到着。谷汲山参拝なら有料駐車場に入れなければなりませんが、旧駅前のバス用ロータリーは空きスペースで、無料で駐車可能になっていました。



 残念ながら既に昨日、514が搬入されるシーンがテレビでも流れており、今日の電車の手押しやブラスバンド演奏も終わり、旧駅は写真のとおりでした。中では関連グッズの販売が行われていました。



Ta2  旧改札をくぐると、既報の通りモ755が(写真)。この駅が廃止されてから4年あまり、屋根までついています。今日は車両の中も公開されていました。











Ta3  今日の主役、モ514が(写真)。すでに多くの人が集まっています。















Ta4  今日は中にも入れます(写真)。冷房は当然無いものの、転換クロスシートとは、何とも贅沢。













Ta5  ホームの前に出て、撮影を(写真)。メインイベントは終わったものの、まだ地元2局が取材していました。













Ta6  結局2両しか無いので、色々な角度から撮影しても、それほど時間はかかりません。一通り終え、そのまま家に帰ってもよかったのですが、まだ太陽は高かったので、寄り道を思いつきました。



 谷汲山門前の信号を南に下って20分足らず、かつての揖斐線終点の本揖斐に行きました(写真)。廃線から4年余り、当時を物語るのは駅前トイレと柵だけで、中途半端な雑草の緑地帯が間に残っていました。 Ta7   



 まだ物足りないと、国道303号に沿って行くと、揖斐線跡が並走します。道路のオーバークロスや鉄橋も残っていました。「もしや?」と思っていると、大野町で”黒野”という地名が出てきます。道を曲がると、あった!旧黒野駅です(写真)。写真を撮ろうとすると、バスが駅前に停まります。一時は此処が起点だったバスも、全線廃止でターミナルが変わり、一通過地点になってしまいました。



Ta8  踏切跡から駅を望む(写真)。本当に生きていた痕跡しかありません。奥に検修庫跡が見えます。













Ta9  駅の反対側に入り、以前廃止された方角を望みます(写真)。分岐の様子がよく分かります。まだ橋梁も残っていました。













Ta10  同位置から洗浄線、検修庫の方向を望む(写真)。悲しいですけど、痕跡のみですね。 Ta11  



 まだ時間があったので、忠節まで行きました。忠節駅は、写真のとおり閉鎖されています。車で撮影に来られた方が利用したであろう、隣にあった駅前駐車場も閉鎖されていますので、ご注意を。









Ta12  踏切跡から、忠節駅を望む(写真)。生きていたのは何時の頃の話になってしまったのでしょうか。













Ta13  併用軌道から専用軌道に変わる、忠節の交差点です(写真)。鉄道の方向はトラ柵で閉鎖されています。













Ta14  皆がこぞって写した、忠節橋です(写真)。既に架線及び支持線は撤去され、線路も所々アスファルト等で埋められ、電車が再び走るのは難しくなってきています。悲しいがこれが現実なのです。恐らくこのまま消えていくのでしょう。



 忠節からの帰り道、右折のために併用軌道の上に乗ります。不安でしたが、多くの車が「絶対電車は走らない」という確信を持っているのか、平気で線路の上を走ります。やはり、消え去るのは運命だったのか。



 例えば豊橋なら、市内電車のことを私鉄であるにもかかわらず「市電」と呼びます。路面電車が残った多くの都市では、何らかの親しみを込めた愛称を付けているものです。私には岐阜で就職するという話もありましたが、岐阜の市内線の愛称は、全く聞きませんでした。所詮は車の邪魔でしか無かったのでしょうか。恐らくそうだったのでしょう。それでは残る訳がない。廃止はやはり運命だったのでしょう。



 全面廃止から約1年、一時のブームも消え去り、落ち着いて名鉄600V区間を見ることが出来るようになりました。皆さんも、廃線跡探訪をしてみては如何ですか。



 私も、次回は美濃町線辺りでしょうか。

こんな雨の中で

こんな雨の中で

天候の変化は予報より早く、生駒では雨模様です。そんな中、今日はけいはんな線のイベントに参加しました。写真も撮り、いろいろ買い込んでしまいました。でもみんな雨にさらされてしまいました。帰りも団臨ですが、この後も大変!

如何ですか

如何ですか

ダイヤ改正初日、皆様ご苦労様です。皆忙しい今日は、近鉄のけいはんな線見学ツアーに来ています。生駒までは「あおぞらII」で、初めて乗車します。と言っているうちに、蟹江で特急に抜かれてしまいました。

最後ですね(出雲)

Iz1  3月18日のダイヤ改正まであと1週間弱です。今改正で廃止となる”出雲”の、主な場所での撮影を撮影を終え、後は?と思うと、終着の様子を撮ったことが無かったな、と思い、先日東京まで行って参りました。









Iz2_1  郊外での送別会で、交通機関の不便な所であったため、同僚たちは泊まりを決め込んでいましたが、私は駅まで送ってもらい、乗り換えの末”ムーンライトながら”に乗車します。しかし乗り換えには時間がかかったなあ!



 翌未明に東京駅に到着。7番線に到着し、そそくさと折り返しの準備を(写真)。返しは贅沢な普通静岡行きです。







Iz3_1  5時には東京駅9,10番線は電気がついていません。9番線の始発は、通常6時半のため、6時まで点灯しないのです。



 暫くすると、10番線に接近表示が。何だろう?と思うと、寝台急行”銀河”のお迎えの、PF1110号機です。10番線南端に到着し、すぐ待機のための側線に入ります(写真)。







Iz4_1  そうやっているうちに”銀河”到着です(写真)。今日はPF1109号機です。















Iz5_1  上り”銀河”の一番後は、カニ24 103号です。”銀河”って、テールマークはこんなんだったんですね!(写真)













Iz6_1  お迎えの1110号機が9番線に入線します(写真)。















Iz7_1  今まで牽引した1109号機は切り離され、暫くそのままです(写真)。















Iz8_1  客車が品川へ回送されると、1109号機は先ほど1110号機が待避した側線に入っていきます(写真)。













Iz9_1  そして真打ち”出雲”入線です(表題の写真)。日曜ということもあり、10番線は大混乱です。停止位置には更に多くのファンが構えています。押し合い、へし合いで、まともに写真が撮れたのは、折り返し、そのまま品川に引っ張られていく瞬間でした(写真)。勿論1109号機が先頭です。









Iz10_1  終わってしまえば小遣い稼ぎが。10分後9番線に到着した”サンライズ瀬戸、出雲”です。













Iz11_1  ”出雲”のすぐ後の10番線に、特急”東海”が。機関車ごと牽引した理由です。















Iz12_1  10時近くなって、やっとEF66 45号機牽引の”富士””はやぶさ”が。到着すると、直ちに先頭側の連結準備が(写真)。













Iz13_1  すると後の解結作業が(写真)。”はやぶさ”のマークが見えます。この後30分後にEF66が反対側に機回しされ、自ら品川に回送します。



 最後の日曜日ということもあり、多くのファンでごった返していました。ただ先日でも、営業に支障が出るほどでしたので、今後撮影に行かれる方は、決して鉄道会社に迷惑のかからないように撮影をして戴きたいものです。



 こんな感じで撮影行を終えました。本当の”最期の日”には行かないのはポリシーのため、来週は行きません。”出雲”も、長い間ご苦労様でした。

清々しき朝かな(餘部の朝)

Am1  3月のダイヤ改正で、やはり話題になる”出雲”。この”出雲”を一番撮りたい場所は?と考えると、やはり山陰線最大の景勝地でもあり、もうすぐ架け替え工事が始まる余部鉄橋でしょう。ここでの写真を撮るべく、昨晩愛車で出発しました。



 事前の天気予報では、金曜は雪、今日は晴時々曇でした。3月とはいえ、まだスキーが可能な季節、スリップでコースアウトしても困ります。勿論今年はスタッドレス装備済みですが、雪道では何の保証にもなりません。チェーンも用意しなければなりません。



 京都から国道9号線、京都縦貫道を抜け、和田山へ(現朝来市)。ここでも渋滞はなく、スキー客とはかち合わずに済みました。しかし、私にとってはスキーは寝不足でするスポーツなのですが。



 天気は曇りのままでしたが、春来峠トンネルを越え新温泉町に入ると、突如雪が。やはり、天気予報は当たりでした。コンクリート橋は雪が白く残り、凍結か!と思うと、雪国の最終兵器、地下水融雪施設が。今年は大雪と言いますが、地盤沈下は大丈夫でしょうか。しかも温泉地域、湯気が出ます。



 雪の中、午前3時半に余部鉄橋直下の駐車場に到着。既にほぼ満車でした。やはり架け替えプラス”出雲”で、大盛況です。しかし雪が止んだと思うと、空には北斗七星が。いつの間にか、晴れてきました。



 6時頃になると、騒がしくなってきます。空も少しずつ明るくなり、風景が見えてきます。「晴だ!」テスト撮影は上々です(写真)。



Am2  6時29分余部発の上り始発列車(写真)。まあこんな所です。餘部駅の接近放送が聞こえてきます。













Am3  それを追うように、上り”はまかぜ2号”です。旧国鉄色なら最高でしたが、今ではそんなの無いでしょう。













Am4  7時に香住で交換した真打ち、”出雲”です。トンネルを出てきました(写真)。















Am5  客車列車ということもあって、思ったよりスピードが遅く、フィルムカメラを使うタイミングがありました。デジカメに戻り、この一枚(写真)。長いこともあって、全部は入りません。次の一枚はDD51が山の中に入ってしまいました。











Am6  昨日は激しい雪だったそうで、餘部駅のホームに行くのに坂道の雪が凍結し、スニーカーでは滑ってとても登れません。車に戻って、タンクソールの登山靴に履き替え、再挑戦!何とか登り切りましたが、それでも四苦八苦!その間に、下り普通が一本行ってしまいました。



 やっとの思いで辿り着いた”お立ち台”!ここは多分混みすぎて、”出雲”は撮影できなかったでしょう。普通も入らない状態で一枚(写真)。余部鉄橋の記念撮影で終わり。



Am7  ホーム横に立つ標柱。昔は金網など無かったのに! 注意して降り始めましたが、本当に大変!やはり碓氷峠同様、登りより降りの方が危険なのです。柵を手で伝って降りたくても、柵自身が危険な所もあり、本当に大変です。雪国の人なら、長靴で来るでしょう。登山用のスパイク長靴が一番ですね。登山が仕事の私がこんな程度で、恥ずかしい。駅への小径には、対策が必要です。



 他に写真は少し撮りましたが、みんな出来損ないです。恥ずかしい。



 ダイヤ改正迄あと2週間、皆さんも有効に時間をお使い下さい。明日はどうですか?

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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