大井川を遡り

Oi1  本日はこんな微妙な天気の中、既報のとおり大井川鉄道を訪問しました。先回は、7年前の平成11年の秋に訪問し、多くの人がSLしか興味を持たないのに、私は古い車両も使っていて、そっちも興味ある鉄道だなあと感じていました。その時の写真から、確か北陸鉄道のステンレス車、”しらさぎ”号です。現在は故郷で静態保存されているそうです。





Oi2  2枚目も当時の写真から、C12 164(日本ナショナルトラスト所有)です。















Oi3  今日訪問したのは、たまたま今年の大鉄のSL運転計画を見たところ、12月迄に今日と明日のみ3往復設定されており、これを逃すとオールスターキャストを見逃すと思い、急遽ドライブの予定を変更し、馳せ参じました。



 乗換案内で6分前に到着する予定で時間を確認し、安眠した昨晩。しかし今朝になり、「本当に間に合うのだろうか?」と心配になり、結果早起きし(といっても平日より遅いのですが)、何とか1本前の”こだま”に間に合い、30分前に金谷駅に到着しました。やはり心配は当たり、直ちに大鉄の駅で券を買おうにも行列になり、窓口も一つに集中してしまい、10分近くかかりました。予定通りだったらどうなっていたことかと思い、ほっと胸をなで下ろしました。勿論今日明日は大鉄も社員を総動員でしょうが、メール予約の確認をとる方法は少し考えて頂けないでしょうか。



 幸いメール予約で席は確保していたため、立ち席にはならずに済みました。しかし残念なことにB席でした。やはりもっと早く取らねば!10時の列車でそんな感じで、多くの人が乗る11時過ぎの列車は、1週間以上前から満席表示になっていました。重要な日は、お早めに。



 そういっているうちに新金谷行き16000(もと近鉄南大阪線16000系)が発車すると、その後にE102が。更に客車5両、向こうにSLが来ているのですが、金谷の大鉄ホームの有効長ではSLは入りきらず、発車準備は写真に入りません。降りては撮れず、残念。



Oi4  途中の風景もいい感じですが、一番の目的、SLはやはり千頭でしか撮れません。ああ、今日のカマはC11 227かあ!













Oi5  横を見ると、大阪の方が懐かしがるであろう、京阪3000系です(写真)。















Oi6  その反対側には、49616(いわゆる9600形)、E103が(写真)。















Oi7  E102を2番線に入れ、C11と前後を交代します。そして金谷方にC11を着け、転線、井川線ホームの向こうの側線に移動します(写真)。手前には転車台が写っています。











Oi8  E103の反対側は、ミャンマー帰りのC56 44が(写真)。本当に、「ビルマの竪琴」の世界の機関車です。横には普通運用に着く16103が写っています。













Oi9  井川線ホームやミニSLの写真を撮っていると、突如時刻表外のSLが(写真)。慌てて撮っても写真になりません。C11 190の団臨です。単機で5両を牽いていましたが、時間的余裕が無いらしく、到着すると直ちに切り離し、入換、これは井川線につながる短い側線に入っていきます。そして3本目の入線に備えます。









Oi10  暫くすると、普通運用の16001が(写真)。04は近鉄のまま廃車となりました。















Oi11  側線に収まったC11 190(写真)。















Oi12  一番乗客が多い11時の列車が到着です(写真)。カマは現存唯一のC10 8です。後補機はE10-1です。













Oi13  その後の普通は、南海21000系(いわゆるズームカー)でした(写真は21002)。次の金谷行きは16000で、心をかなり動かされましたが、結局行きと同じSLに乗りました。











Oi14  発車を待つC11 227(写真)。金谷、新金谷に転車台が無いため、上りはバックになってしまいます。













Oi15  上りは一つ手前の新金谷で下車。車で乗りに来た人たちの駐車場がある所です。降りる人と反対の方向に歩くと、571(もと近鉄6421系)、”いぶき”501(三岐線にもありました)、16000(おそらく16002の編成)が工場に停まっていました。











Oi16  以前は電車急行にも使われた、クハ513・モハ313の編成(写真)。西武351系だそうです。













Oi17  ホームの横には展望車スイテ82 1、ナロ80 1、2の編成が停まっています(写真)。これを使える程友人が出来ると良いのですが。













Oi18  さらに車庫の中を覗くため駅を出て、駐車場の中を歩きます。部外者立入禁止に引っ掛からない範囲で撮影したのがこれ、C11 312の整備中の姿です(写真)。デジカメ写真を補正すると、この通り。



 満足して駅前のプラザ・ロコに入ります。以前は千頭の側線に停めてあった旧式SLを今は屋内に展示しています。食事も安かったため、買い物をしていると金谷行きが接近してきます。慌てて乗車するとすぐに戸は閉まりました。ズームカーでした。



 折角静岡まで来たので、JRでクハ115 188にお目にかかりたかったのですが、そうも出会えるものではありません。浜松行きは115系でしたが、600番台(恐らくS6編成)と思われ、残念。しかしこの編成も今年度限り、価値がそのうち出てくるでしょう。



 そんな感じで自宅に帰り、まず満足でした。次回はゴールデンウィークのメインイベントになりそうです。

予報が外れたのでしょうか

予報が外れたのでしょうか

今日は大井川鉄道に来ています。新金谷と井川線のどちらにしようか考えましたが、先ずは新金谷、千頭の先は次回の楽しみです。

ほっと一息

San1  昨日も予告したとおり、本日も取材を行いました。今日もし雨ならば、休日にしようと思ったのですが、幸い朝のうちにあがったようで、目覚めた頃には地面が濡れているだけでした。



 そこで既報のとおり、まず予定していた近鉄塩浜検修車庫を訪問しました。







San2  去年も撮ったような気がするのですが、今年は塩浜駅の階段の下から覗いた機関車他。私鉄車両編成表にも出てこない、謎の機関車です。ご存じの方は、どうぞ投稿を。













San3  中に入り最初に見たのは、一つ前の投稿のモト94(多分反対は96)です。それから中を巡っていると、人集りがあるので覗くと、電車の台車の脱着を行っていました(写真)。多くの電車工場では宙吊りのクレーンが多いですが、塩浜の規模ではリフターを使っているようです。









San4  それが終わると、皆トラバーサに移動します。準備OKとなると、内燃式のアントがエンジンをかけ、電車一両を引っ張りトラバーサに乗せます(写真)。













San5  トラバーサは電車を乗せ前後に移動します(写真)。そしてアントを使い元に戻します。トラバーサは50トンまでOKだそうです。昨年もこのイベントに来たのですが、ここまでは見なかったので、今年来たのはやはり正解でした。次回も楽しみにしたいですね。











San6  そのまま家に帰っても良かったのですが、まだまだ昼半ば、勿体ないと思い、そういえば遠征中で事故の詳細を知らない三岐線に乗ろうと思い、近鉄富田で降りました。そこで、また飽きずに東藤原のセメント工場まで行ってきました。



 「東員からバス代行か、何処だろう?」と路線図を眺めても、東員駅はありません。代行バスに乗る前に東藤原に着きました。事故車が4両というのも、最大3両の三岐線としてはおかしいと思っていました。北勢線なんですね。



 東藤原では、ED45重連がセメント貨車の入れ換えをしていました(写真)。前はED45 8、後は同3のようです。やはりED301を写すは無理なのか!



San7_1  貨車を工場に収めると、機関車だけが戻ってきます(写真)。三岐線はセメントや中部空港の土砂など貨物が多く、苦しいながらもなんとかやっていけるようです。



San8  少し帰るのに時間があったので、駅の反対側へ。ED45 6と、同2が待機しています(写真)。













San9  さらに奥には(富田側)、デキ202が(写真)。日立製でした。でも、203は?



 そういえば帰りにED何とかという凸型電機が、途中駅に屋根付きで保管されていました。この写真も撮らねば!















San10  三岐線は無事と確認すると、まだ時間があったので、どうせなら北勢線も取材しようと思い、桑名へ。桑名駅東口から徒歩数分、北勢線西桑名に行き、乗車しました。



 やはり東員は北勢線で、ここから代行バスへ乗り換えです(写真)。









San11  東員からバスで暫くすると、大泉に着きます。大泉には2編成停まっていますが、一方は”Out Of Service”と出ています。4両編成という事からも、この写真の編成がどうもその編成のようです。しかし大きな傷等は見られません。











San12  この時間にこの方向に行く人はあまりいないようです。ただ、楚原からは、かなり多くの高校生と思われる生徒が西桑名に向け乗車しているようでした。やはりナローで大変でも、必要な電車なんですよね。



 久しぶりに阿下喜へ(写真)。昔のホームの手前に1面2線の島式ホームが出来ていました。







San13  その横には鉄道の小公園があったのですが、今は車両が野ざらしになり、写真の転車台も寂しそうです。



 帰りもやはり楚原で高校生がたくさん乗車して、4両が一杯になります。そこで大泉のバスも混み合いました。そして西桑名に戻ってきました。するとJR桑名に上り快速”みえ”が入線。走っても間に合わないので、帰りが30分遅くなってしまいました。関西線が複線なら、こんなことも無いのでしょうけど。



 例の事故の詳細は私は詳しくは聞いていませんが、事故区間も、早急に復旧するよう心から願うのみです。三岐鉄道も大変でしょうが、頑張っていただくよう、お願いします。これで今日の取材を終えようと思います。

こんな天気の日に

こんな天気の日に

今日は天気予報では雨でしたが、さいわい今は止んでいます。そのため予定通り近鉄塩浜検車区に来ています。新"あおぞらII"の横はモト94他2連です。この後はどうしよう。

折角の天気ですから、

Ake1  先回の北海道行きで腰が抜けてしまい、また財布の心配をしなければならず、暫く近距離にしようと誓った先週。そこで、今回は信楽でも、と思い予定をたて、天気がよいと期待をしていた昨晩。



 今朝起き、あと10分位寝ててもいいや、と放置し、気付くと、すでに乗車予定の列車の発車時刻に。「あかん、寝坊だ!」と気付くも、既に遅し。このまま1時間遅れで行くと、信楽に撮影可能時間前には着けず、結果このまま寝過ごそうかとも思ったのですが、明日は恐らく雨、行動は難しく、しかも雨でなければ予定があり、やはり行かねば!と重い腰を上げました。



 この時間に間に合う所と思い、近場で思い巡らすと、そういえば明知鉄道に乗るという計画を思い出し、早速行って参りました。



Ake2  セントラルライナーに乗り、一路恵那へ。気付くとライナー券はオンラインの自販機に換わっていました。席の指定まであり、技術の進歩を感じました。恵那で少々撮影し、JR駅の隣の明知鉄道駅舎へ。切符は硬券で、鋏をまだ使っていました。やはり硬券には鋏が最高のサービスですよ。



 暫くすると、ホームにアケチ10型11が(写真)。ここも近代化が進んでいます。







Ake3  岩村(女城主の岩村城の町)で反対列車と交換し、山岡へ。側線には、アケチ1型1が(写真)。なお、アケチ2は、阿木駅に止まっていますが、見るも無惨な姿です。













Ake4  まもなく明智に到着します(写真)。奥は停止表示ではなく、車庫及び整備工場です。左の側線にアケチ13、中の車庫にアケチ6(らしい)、右の工場にアケチ14が停まっているようです。











Ake5  駅をうろついていると、腕木信号機の時代のテコが(写真)。まだまだ、いい感じですね。なお、明智のお土産は、創業百有余年続く菓子屋のカステラで、甥達のため買ってきました。310円か410円だと思います。あとはやはり駅で買った硬券でしょう。有人駅にはあるようです。









Ake6  明知鉄道の途中には写真のような小屋が幾つか建っています。標識には、○○警戒所と書かれています。なぜあるのかは不明ですが、柵のない線路敷に入っている人がいて、汽笛を鳴らしていたのと関係があるのでしょうか。











Ake7  交換駅の岩村駅の、恐らく3番線と呼ぶべき線路の前には、今でも腕木式信号が残っています(写真)。使用可能かどうかは不明です。反対から、アケチ10が入線してきました。











Ake8  それで恵那に戻ると1時半少し前、慌てて走ればセントラルライナーに間に合ったのですが、最後に走れず、断念。と思ったら、後から走ってきた人を待ってドアを閉めました。やはり私が列車を遅らせれば悪いでしょう。鉄が鉄道会社に迷惑をかければ最低です。



 そこで次の列車まで30分近くあったので、コンビニ弁当で昼食を摂り、時刻表をめくりました。そこで、全線走破をしたことのない愛知環状鉄道と、乗ったことのない東海交通事業城北線と、どちらにするか考えました。愛環はまだ乗れる可能性があるが、城北線は多分乗る機会が無いと思い、勝川まで乗ることにしました。



 勝川駅は今高架化の真っ最中で、あと半年位すれば、下りは高架化が出来そうです。そこで構造物を見ると、下りの島式ホームの反対に、高架をなだらかに下る坂になるように鉄筋がはみ出ています。その先は城北線の方向を向いています。線路に沿って約5分、城北線側からJR勝川方面を望むと、写真のとおりです。明らかに城北線の方向からJRの高架を潜るように見えます。最終完成形は、どうなるのでしょうか。



Ake9  後を振り向くと、キハ11 201が(写真)。エンジンはかかっていません。元々は貨物線で計画された同線。ここに駅を造る予定は無かったため、少し無理な構造に。歩道やホームのある場所は、本来単なる高架線で、線路予定地だというわけです。201の向こうは、洗浄線です。









Ake10  といっている内に列車が到着(写真)。キハ11 202です。















Ake11  勝川の駅を出ると、すぐに複線です(写真)。その気になれば輸送量はどれだけでも増やせそうですが、需要が少なく、またJR以外とは殆ど接続が無く、中途半端です。しかし、非電化複線に単行ディーゼルとは。この上は平成筑豊鉄道位(非電化複線にレールバス)しか思いつきません。









Ake12  20分足らずで枇杷島に到着(写真)。枇杷島からも線路が続いていますが、それもその筈、名古屋貨物ターミナルに続く線路です。則ちこの先は”あおなみ線”で、電化して乗り入れといった事も考えては?ただ需要は保証しかねます。











Ake13  そのまま枇杷島から帰っても良かったのですが、勝川の高架から113系を見てしまい、113系を撮りたくなりました。そこで片道の筈が往復になり、860円になる(片道430円)ので、城北線1日フリー切符(土休日のみ)を700円で買いました。



 勝川に戻り、再び歩いてJRへ。神領に停車中の車両でも良かったのですが、駅でも写しにくく、やはり味気ない。そこで営業中の車両にしようと思い、勝川で暫く待とうか、と思った矢先に、「高蔵寺行き、6両でまいります」と自動放送が流れます。「もしや?」と色めき立つと、やはり113でした!一発自摸!そこで高蔵寺で撮影しました(写真)。N6編成です。



Ake14  結局後戻りをしてしまい、何か他に無いかと思うと、定光寺寄りから1番線に接近が。愛環2000系G5編成です(写真)。因みに車両がいるのが旧来の愛知環状線の線路、左奥の登り坂が万博時のエキスポシャトルが登った渡り線です。











Ake15  折角ここまで来たので、愛環にも乗りたかったのですが、家族との約束もあり、断念。この先はまた次回の楽しみにしておきます。そこで中央線上りに乗りました。神領を出てすぐに、クモヤ145 112が(写真)。この高蔵寺寄りには、キハ75二次車(武豊線用)が停まっていました。









Ake16  神領から加速する途中に、車両区から見えるクロ381 12が(写真)。P1編成ですね。



 こんな感じで取材を終え、久しぶりに自宅で土曜の夕食を食べました。



 やはり午後からは曇、明日はやはり雨でしょう。天気が持ちこたえたら、また明日も行きたいですね!

なんじゃこりゃ!

Ch1  先日のちほく鉄道の訪問の際、帰り際に見つけた謎の車両群。そのまま帰ると何か勿体なく感じました。翌日はそのまま女満別空港へ向かっても良かったのですが、帰りの飛行機はかなり遅く、寝坊しても時間が余ります。そのため、前日ホテルへ帰る途中に、ちほく鉄道本社一階にある北見市観光案内所に寄り、北見市の地図を手に入れ、訪問の準備をしました。



 16日の天気は前日からうって変わって曇り、何となくイヤな感じでした。地図を見ながら歩いていくと、石北線跡(現在石北線は地下を通っている)の緑道を越え、道が留辺蘂と置戸に分岐します。置戸側に曲がり、少し歩くと踏切があります。踏切を右に見ると、「えっ!」下路式の転車台の残骸があるではありませんか!まさに鉄道の分岐点の駅、機関区があった時代が思い浮かばれます(写真)。



Ch2  そのすぐ後には、緑色の巨大な構体が(写真)。「何だろう?」すぐに思いつきません。















Ch3  横を見ると、「75m3 S56.9.27」と書かれています(写真)。その時、やっと”給水タンクの下面”ということが分かりました。しかし昭和50年代後半まで塗り直しており、永く使われていたのですね。











Ch4  その後の私有地みたいな場所には、廃車体のオンパレードが。まずはロータリーDD14 312号機です(写真)。













Ch5  その横は、軌道自転車の後にマックレー車、キ754が(写真)。後には、キハ27 36が置かれています。













Ch6  キハ27の前は、ラッセル車のキ229です(写真)。















Ch7  その横には、郵便車スユ15 2033です(写真)。最後の配属は、北スミのようです。















Ch8  スユ15の後は、写真右からヨ8083(手書き)、ヨ4674、ワフ(2950形しか分かりません)でした。













Ch9  一通り撮り終えると、踏切が鳴り出します。後はちほく鉄道、普通か?と思うとやはりそうでした(写真)。バックにちほく鉄道の車両区があります。













Ch10  車両区横には、廃車体が。CR70-4及び5が、無惨な姿をさらしています(写真)。調子が悪かったのでしょうが、あまり見たい姿ではありません。













Ch11  これらの車両は、タマネギと並ぶ北見の名産品、ハッカにまつわる”ハッカ記念館”の側になります(写真)。これらは北見駅からも歩いて15分もかからない所にあります。線路に沿って歩けばすぐです。



 豆好きの甥に”ハッカ豆”を買い、早めに空港に着くと、いつのまにか飛行機も客もいなくなってしまいました。すると「天候の都合で着陸できない場合には、欠航になります。」という放送がかかり、真っ青になって外を見ると、曇りの筈が、いつのまにか雪になってしまいました!俺は雪男か!もし欠航になったら、宿泊代も、帰りの旅費も追加が必要で、しかもまず何より仕事を休まなければなりません!この時期に二日も休むなんて、正直リーマン失格と言われそうで、震えていました。ただ、地上職に訊くと、「この位なら大丈夫ですよ、いつもの事ですから。」と言われました。その後他社便とはいえ、二時間ぶりに飛行機が着陸した時は、涙が出そうでした。これで、クビにならずに済む、本当にそう思いました。



 仕事を休んで鉄道を追うことが、こんなに怖いことなのだと、初めて感じました。ゴールデンウィークまであと二週間、その後も暫くは休日だけの趣味にしようと思います。仕事があると、やはり両立は難しいですね。趣味を楽しめるのも、仕事があるからで、今後は少し仕事も頑張りたいですね。

勿体ない!

Chi1  既報の通り、私は今北海道に来ています。その理由も既報の通り、ちほく鉄道ふるさと銀河線を訪問するためでした。飛行機で女満別に飛び、北見に到着しました。そして最期を迎えるちほく鉄道に、乗車を試みました。なお写真は、昨日撮影した北見駅の様子です。







Chi2  けさ北見駅に到着すると、駅の電光掲示は写真のとおりでした。特別快速”きたみ”は9時12分、快速”銀河”は9時20分です。ささやかな晴れ舞台です。もし”きたみ”が特急”オホーツク”だったら、道東の農民はどうやって出稼ぎに行けば良いのでしょう。まさに急行”津軽”(出世列車と呼ばれた)と同じですね。









Chi3  快速”銀河”は乗車時にトラブルが多いらしく、改札は20分前から行われます。時間ギリギリでの着席は、通常時でもほぼ困難でした。さらに今の状況です。皆様、お気を付け下さい。



 席を確保して、撮影を。CR-70-8(写真)と、7の2連です。この時間に池田までスルーするのはこの列車しかなく、結果他の行き先の乗客まで集中し、この列車だけ異常に混み合うのです。1時間前、および1時間後に、池田行きがあれば、仮に各停でも、十分に乗客を見込めるはずです。なのに無いのは、少し研究不足では。



Chi4  途中の取材もしたかったのですが、乗車した快速”銀河”を逃すと、後追いの列車が無く、降りると池田へも行けず、辿り着いても帰って来られず、途中下車は事実上不可能でした。やっと降りられたのは、ちほく鉄道の端の池田でした(写真)。ここでは十数分停車します。









Chi5  一旦引き上げ線に入り、特急”おおぞら”と行き違う各停(釧路発滝川行き)が池田駅3番線に入ります。それを確認し併結の為入線します(写真)。













Chi6  3メートル前で一旦停止し、連結(写真)。前の各停はガラガラです。”銀河”の乗客も半分以下に減ります。













Chi7  ”銀河”は帯広行きなので、帯広で解結します(写真)。各停滝川行きは、30分近く帯広に停車し、行き違う特急の出発後出発します。それから暫くの間、池北線の車両は停泊します。











Chi8  帯広駅ホームの札幌方を見ると、池北線の”鉄郎”塗色車が(写真)。今日は予備車です。













Chi9  居る場所がなくなった池北線車両が、”鉄郎”車両の滞泊する引き上げ線へと入っていきます(写真)。













Chi10  その間に特急”とかち”が。釧路方のキハ183-200番台も貴重(初期型のエンジン換装車両)ですが、末尾にはキハ183-1554(もと”サロベツ””利尻”専用車)も編成に入っていました。











Chi11  快速”銀河”の帰還も、各停への併結です。キハ40の後に連結されます(写真)。















Chi12  帰りも快速”銀河”です。結局帰りも事実上選択が一つで、異常に混みます。他は単行でも余剰があるはずなのに。こういう不便なダイヤでは、努力不足と言うべきか、正直研究不足で、これでは1日1往復と同じです。やはり”廃止ありき”だったのでしょうか。勿体ない!



 降りたら終わり、帰れなくなるので、必死に今の席を確保します。それで「途中に魅力があります」なんて言われても、”カフェ・バグダッド”と同じですよ。そんな観光客にも地元住民にも背を向けたダイヤでは、基金を食いつぶすのは当然。どうしてなのか?



 陸別駅に、軌道モーターカー(レール運搬用)と除雪用モーターカーが停まっています(写真)。後続があれば、降りて写すのに!



Chi13  もうすぐ”銀河”は北見に到着します。案内放送がかかる頃に見える不思議な車両群(写真)。明日の飛行機出発前に取材できるといいですね!













Chi14  終点北見に到着(写真)。除雪ヘッドを外したDE15も待機しています。



 確かにちほく鉄道は開業時に蓄えた基金を使い果たしたかもしれません。しかし、実際の営業はまだ研究の余地があると言わざるをえません。所詮は”道路ありき”なのです。



 池北線の跡地を、高速道路に使おうという案があるそうです。そうでしょう、明治の土木技術で出来た網走本線、トンネルも無く、工事も簡単でしょう。やはり道路なんですね。



 廃止まであと1週間、多くの人が記録を残すことを希望します。しかし多くの人には、ゴールデンウィーク前に休むことは”何考えてんだ!”と非難される行為なのです。工場のラインの止まる連休くらいしか、普通は休めないのです。そういったことも考えず連休前に廃止とは、多くの労働する鉄道ファンから恨み言がきかれるでしょう。南部縦貫鉄道の例もあるのだから、その位は考えてくださいよ!



 多くの無念と共に、池北線、そして網走本線は消えていきます。まさに「無念!」

予想どおり

予想どおり

昨日はるばる女満別までやって来たのも、すべてこのため、ちほく鉄道に乗るためです。続きはそのうちに。

金シャチ号だ!

金シャチ号だ!

普段は台北・上海など国際線に運用される金シャチ号が、国内線の隣のゲートに止まっています。

鉄ならわかるでしょ!

鉄ならわかるでしょ!

今日は仕事を休んで中部国際空港に来ています。パソコンを持っていると万博並に大変!しかも行き先は女満別です。鉄道は無理なのでマイレージですが、これはどう見てもB3ですよね!この時期に乗る理由は、鉄ならわかるでしょ!
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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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