しまったなあ!(II)

Tt1  昨日は富山県内で途切れた私の運用。おそらくあそこだろうと、多くの人が思っている場所から、今日は始まりました。



 写真は電鉄富山駅で出発を待つ14765(左)、及び10041。これは昨日も乗った電車です。







Tt2  一路立山へ。写真は立山駅、山小屋風の駅ですね。地階が地鉄、正面玄関から登ると、地鉄の真上にアルペンルートの出発点、ケーブルカーの駅があり、ここから山を登っていきます。そのうち、鉄道を離れてでも行きたい所ですね。



 観光案内所の方に、「雪の壁って、もう無いんでしょ!」と言うと、まだまだ10メートル近く残っている、と教わりました。正に絶景ですね!是非見に行きたいのですが、今回は電車の用事ですので、また次回。



Tt3  地鉄ホームに戻り、次の目的地へ。期せずして入ってきたのは、16014(左)使用の宇奈月発特急”アルペン”。右の、1時間前に来たと思われる電車14773(特急表示がありました)は、引上線に入りました。そしてレッドアローが富山行き各停になりました。









Tt4  シートの座り心地が良く、リクライニングでもあり、終点まで行きたかったのですが、岩峅寺で下車。わざわざ時間もかかる遠回りな不二越・上滝線に乗車しました。



 市内線終点の南富山には、写真の廃車体、3534が。北には確か3535だったかもあります。









Tt5  稲荷町で下車します。先回訪問の時に気をつければ撮れた14731(写真)、12021が。ほかにも色々あるのですが、数が多くなるので、掲載は止めました。













Tt6  稲荷町から一駅乗車します。途中の車窓からは、廃止になった旧富山港線富山口駅跡(ホームのみ、写真)が見えます。













Tt7  電鉄富山から地下道で北口に。富山ライトレール富山駅北駅があります(写真)。まだ物珍しいからか、多くの家族連れ等で賑わっています。なお、現在JR富山駅は、北陸新幹線関連か、北口をまた改造しています。地下道から跨線橋に北口へのアクセスを変えるようです。









Tt8  一路岩瀬浜へ。写真のとおり、駅は取り壊され駅前広場になりました。乗車したのはTLR0604A,B(黄緑)でした。













Tt9  同列車に乗って戻ります。多くの旧駅舎は壊されましたが、一部は残っているようです。 写真は2月訪問時には工事中だった城川原駅です。車庫も本社も(当たり前ですが)完成しています。紫が停まってますね!











Tt10  旧富山港線と軌道部分の境目、奥田中学校前踏切跡です。正面に旧富山港線のバラストが残っています(写真)。













Tt11  それで俄然行きたくなった南富山。将来的にはライトレールと地鉄市内線を繋ぎたいそうです。それで、敢えて予定を無視し、市内線で南富山に行きました。市内線も当然2日フリー乗車券の区間内です(バスは駄目のようです)。



 市内線電車で南富山に到着し、左に鉄道線の駅がありますが、1時間ヘッドなので、電車は停まっていません。ビルを抜け、線路に沿って歩いていくと、市内線の車庫があります。おそらく歩いた道路は、旧笹津線の跡地でしょう。回送の電車が来ないのを確認して踏切のど真ん中に立ちます。それがこの写真です。時々市内線の回送電車がこの線路上を走るので、安全には十分注意して頂き、鉄が鉄道会社に迷惑を絶対かけないように!



Tt12  予定より1時間遅れて富山駅に戻ります。普通で予定を組む癖(青春18きっぷユーザーとしては当然ですが)がついてしまい、特急は考えていなかったのですが、僅かでも早いほうがいい!財布に余裕もあったので、金沢まで特急に乗り、一路西金沢に行きました。



 さらにそこから歩き、北陸鉄道新西金沢へ。少しして準急鶴来行きが到着します。それが今日最後の目的地、北鉄石川線鶴来車庫でした。北鉄石川線は、今ほとんど旧東急の改造車になっています。



 写真は、鶴来車庫横の側線に停まるED301。スノープラウ装備済みです。



Tt13  同所から撮影した3752。後は3751、昔の車両のようです。















Tt14  少し北に歩いて撮影した、ED201です(写真)。今では多くの私鉄では機関車を使う機会は少なく、雪の降る地域では除雪、後は砂利やレールの運搬程度しか利用されていません。古き良き時代は、残念ながら終わってしまったのでしょう。











Tt15  最後に、歩道橋そばから撮影した旧式車でしたが、番号がどこにもありません。由来等、ご存じの方は投稿どうぞ。



 そんな感じで今日の行動を終えました。今日も泊まり、明日は何処へ行こうかなあ!

しまったなあ!(I)

Kr1  明日27日は、JR東日本大宮車両センター、琴電、ほか各地で、梅雨入り前の最後のイベントが開催されます。よく調べれば解っていたであろうこれらのイベントを蹴って、今日は北陸方面へ来ています。目的は、ゴールデンウィークにあわせ除雪を完了し、今年の営業を開始した黒部峡谷鉄道、それとその他周辺地域の近況を取材するためです。



 今朝自宅を出発し、”しらさぎ”で富山入りしました。富山駅で私を待っていたのは、富山地方鉄道16012(元西武レッドアロー)、特急”うなづき”でした。高校の遠足の団臨で乗った車両、先回地鉄を訪問した時もに乗りたかったのですがタイミングを逸し、本当に20年ぶりに乗車しました。懐かしい。



Kr2  横には、地鉄14764(左側)、10036(元京阪)が。ご存じの方は多いと思いますが、地鉄の前2桁はモーターの出力の上2桁(14は140kW)です。













Kr3  特急に乗り、宇奈月温泉に到着(写真)。乗車中、車掌の方と色々な話をしました。実は”サンダーバード”は高速形が災いし空転が多かったとか、実は名鉄キハ8200が割と調子よかった(要するに58ですもんね!)、とかです。レッドアローは2M1Tでしたが、M車からTc車に電動設備を移す改造を行い、2両で運用できるようになりました。やはり宇奈月や立山のような山の上の駅を目指す急勾配には、電動車比率を上げ、しかも歯車比も山岳対応でないと難しいようです。





Kr4  地鉄の宇奈月温泉駅から200メートル上に、黒部峡谷鉄道の宇奈月駅があります。すぐ発車の列車の、最後の整理券で乗車しました。写真の機関車はEDR25、後は33です。ナローで重連、まさに山男!いい感じですね!目指せ、強力!











Kr5  終点、欅平に到着しました。山中で幅が取れないため、延長が長く、出発ホームを一旦行き過ぎ、先の到着ホームで下車します。機関車は客車を解放し、先のトンネルに入り、機回し、回送線で反対側に連結し上り列車になります。











Kr6  先週の陽気のいい高松では、半袖TシャツでOKでしたが、今週の天気の悪い富山では、半袖の人はいません。増して山中、万年雪も残るような所で、寒さの余り震え上がりました。自宅出発時でもやばいと思っていたのに、こんなのでは最悪!私は何というアホか!写真は欅平の駅舎、少し前の現代建築です。









Kr7  そこですぐ次の列車で折り返しました。景色は最高、天気が良ければこれ以上のことはありません。教訓。山岳地には譬え夏でも、耐寒装備を忘れずに。



 震えながらもビデオで撮影し、宇奈月に戻ってきました。駅の地鉄寄りは客車留置場です(写真)。









Kr8  その東方は機関区、整備工場が(写真)。















Kr9  黒部峡谷鉄道から富山地方鉄道へ。地鉄宇奈月駅は、ツェルマットかと思うような、山小屋風の駅であることに気付きました(写真)。













Kr10  列車まで30分余りあったので、鞄の底まで探し、予備で昨冬から突っ込んだままだった長袖シャツを着ました。これで当面はしのげそうです。



 改札が始まり、レッドアローの普通に乗れるかと思ったら、残念。10041、元京阪でした。でもテレビカー用のスピーカー付き、やはり特急用ですよね!



 そんな感じで今日の行動を終えました。今はホテルのLANを有効に生かしています。



 明日も地鉄2日フリー乗車券で訪問しますが、やはり富山最新の話題はあれでしょう。地下通路も確認したので、明日も万全です。楽しみです。

5月と12月は、(後半戦)

Kd1  昨日高松で終わった私の運用は、当然今日は高松から始まります。平日なのにこんなことが出来るのは、やはり恵まれた仕事だと思います。



 それはさておき、今日琴電の瓦町に到着すると、今朝の一番は605、”おーいお茶”編成です(写真)。確か昨日は長尾線平木で待機していたと思います。もと名古屋市交通局(地下鉄)で、中間車の先頭車化改造車なのは、すぐにわかります。



Kd2  乗ろうと思った琴平行きを逃し、15分後の一宮行き、と思ったら滝宮行きでした。そうだ、今日は平日なのだと改めて思いました。ドアが片開き4ドアで、まるで京急みたいだと思ったら、やはり川崎車両製の京急改造の車両で、番号は1212、奥は1211です(写真)。



 琴電は標準軌(レールの間が1,435ミリ、新幹線と同じ)で、新製ではなく他社からの中古車の購入をする場合、レールに合った台車の車両を選ばねばなりません。関西なら、南海と近鉄南大阪線を除けば、大体どこでも合うのですが、関東では京急、及びそれに合わせた京成と都営浅草線位しかありません。しかし車両限界の都合で、新車で冷房化を達成せざるを得なかった名古屋市地下鉄(東山線及び名城線)の放出車を、屋根上改造だけで使えたのは運が良い。お買い得でした。



Kd3  それでも時間が余り(正確にはかなり早めに本線を折り返した)、少し昨日の500が気になりました。行ってみると、6番側線は入換の真最中!500が動いています(写真)。一度高松築港方面に行ったので、後に仏生山工場方面に向かったようです。











Kd4  志度線ホームに戻ると、こちらも名古屋市交通局改造車が多い!中にはサンクス編成も!



 暫くすると、普段入っているのを見たことない5番線に入線の自動放送が。来た、24が!(写真)今橋から回送されてきました。









Kd5  反対は65が(写真)。この運用は、本来の営業に割り込んで行われたため、通常ならその時間で折り返すはずだった編成は、一旦4番線に入り、この列車の出発後今橋に戻った模様です。



 車内の説明によると65は、京浜電鉄の大正2年(1913年)製の車両で、車齢92年を数える日本最古の車両だそうです。まさにオールドタイマー!







Kd6  志度に行き、また瓦町へ。昼食は、結局自販機のチョコになってしまいました。美味しい物は、また次回。



 暫くすると、旧式車が3番線に入ってきます。長尾、ではなく高松築港行きです。こんな天気の日でも、構造物の下では暗く、少しスピードが足りません。日当たりの良い高松築港へ戻り、それから改めて乗車します。写真は120、昨日も撮ったかなあ?







Kd7  長尾まで乗車し、下車します。十数分後、長尾駅に入線する325(写真)。この時は、もう一つ重要なことに気付いていませんでした。













Kd8  325の相方は300(写真)。発車準備をしています。















Kd9  300の戸袋窓は丸窓です(写真)。まるで名鉄の、モ510のようです。当時の流行なんでしょう。なお同形の325などにも、これは残っていません。













Kd10  そういえば、旧式編成が二つあるのなら、並びを撮らねば!と気が付いたのはかなり経ってから。しかしこれで高松に辿り着かねば予定の”マリンライナー”、及び指定した”のぞみ”にも遅刻し、後が大変です。恐らく花園で並ぶから、そこで並んだら、と思いカメラを準備しました。しかし琴電長尾線は3両で駅が整備されていることから、なんと下りと上りでは1両分ずれていました!それを見て、まあいいや、このまま帰ろう、と思いました。どうしても並びが撮りたいのならば、平木が良いのでしょう。私はもう諦めました。運の良い方、どうぞ。



 そして予定通り高松築港で最後の撮影を行い、JRに乗って帰途につきました(写真)。 後悔するところは幾つかあります。次回があれば、気をつけたいです。まだこれからの方は、同じ失敗をしないよう、お気をつけて!



 最後に琴電様、ありがとうございました。

5月と12月は、(前半戦)

Kt1_1  昨日の静岡行から1日。今日は朝自宅を発ち、一路高松へ。そして旧式車の宝庫である琴電の、今年引退する車両の最期を残すべく、撮影を試みました。



 この時期琴電の旧式車が毎年のように引退するのは、やはり冷房化率が原因です。冷房化改造が出来ない旧式車は、夏場の評判が悪く、多くの私鉄で当たり前のように冷房化100%となった今、中小私鉄でも冷房化向上は急務となっています。そこで、やはり去年も同じ時期に旧式車がさよなら運転をしたのでした。仏生山工場の電車祭りと併せ、当分は5月と12月は琴電の予定を入れないと、後で後悔するでしょう。



 JR高松駅から徒歩5分、琴電高松築港駅へと急ぎます。さらに乗車5分、瓦町駅で動く歩道で数分、瓦町駅4番線には既に琴電志度行き電車として、お目当ての旧式車は発車準備をしていました。写真は23です。



Kt2_1  そのまま志度へ。今日の23の相方は22です(写真)。















Kt3  23の車内です(写真)。他の旧式車は、内装の木の部分は淡緑色のペンキで塗られていますが、この車両はニス塗りで、ウッディーな雰囲気です。













Kt4  そして瓦町に戻り、長尾線ホームで暫く待つと、高松築港行き旧式車が。これが折り返すと、目的の長尾行きになります。瓦町は構造物(百貨店”天満屋”)の下で、光量がISO100では少々不足気味(ベルビアではなく、プロビア400にしておけば良かった!)のため、一旦高松築港に戻ります(写真)。琴平線も走る760です。









Kt5  そして乗車し長尾へ。相方は120でした(写真)。















Kt6  そして瓦町に戻れば今日の予定は終了ですが、まだまだお天道さんは高いので、琴電の全ての車両を管理する仏生山工場へ。駅を出てすぐに元阪神、1062が(写真)。駅の改札の横に顔を見せてる、あの位置にある車両です。昨年は仏生山で降りるという基本的なことを忘れ失敗したので、今年は大丈夫です。









Kt7  駅に戻り、高松方面のホームの端から見ると、明日の主役の一つ、300と325が(写真)。晴れ姿を見たいですね!













Kt8  色々撮影の後、また瓦町へ、そして志度線に戻り一駅、今橋へ。ホームの横は電留線です。335、横は65です(写真)。













Kt9  駅から歩き、前とは反対に東側から(写真)。明日の主役24、今日の運用を終えた22が見えます。来週の土日には、22、23、24の3連になり、更に証明書も出るそうなので、都合のつく方は如何ですか。













Kt10  また瓦町に戻りましたが、志度線ホームから直接裏口に出て、少し歩くと、長尾線に並行する6番線と書かれた線路に、旧式車が停まっています(写真)。315(手前)、500です。これも関係あるとか、ないとか。











 これで今回動静に影響ある車両は大体写しました。明日はこれらの動く姿を撮りたいですね。



 なお、高松築港、瓦町、琴平駅で1日乗車券を買うと、今回引退の6両の、どの切符にするか選べます。6種、7,200円あれば何も迷わないのですが、そうでない人は、どれにするか決めておきましょう。



 琴電は、冒頭にも触れたように旧式車の宝庫で、素晴らしい車両が多いのですが、如何せん冷房化が難しい車両が多く、サービス改善、体質改善のため、切らざるを得ない車両も多いのです。JR東海のように、佐久間レールパークのような施設を希望したい気はしますが、一私鉄、増して”そごう”が原因で民事再生法に基づき再建中となっている今、残すことは経理上不良資産となってしまいまい、とても無理なのです。我々は、その記録を残し、琴電を応援したいと思います。”頑張れ、琴電!”

予定外でしたが、

Sz1  「天気が悪い」「列車が取れない」という理由で、唐木田まで車で乗りつけた先週。本当はモブログではなく正式な記事にしたい気もしたのですが、写真が全部で10枚!結局母校の姿を確認しただけで(今でこそ私は東海人ですが、高校は都立K高校(小松川、いい線いってます)で、その後多摩地区で最もメジャーな大学(モノレールの駅名にもなりましたね!)の法学部を卒業しました)、喜びの余り処理もせず、一週間も経ってしまいました。それを僅かな写真で時期を失ってから記事にするのは、正直”時期に遅れた攻撃防御方法”でもあり、止めにしました。



 そこで今週は地元を巡りました、明日はお休みです、の予定でしたが、そういえば5月と言えば琴電、とホームページを見ると、ビックリ仰天!やはり5月と12月は琴電の月なんですよ。しかも来週は既にお金を払っており、キャンセル不可!仕方ない、明日行くかと、昨日手配をしてきました。



 そこで休日となった今日、静岡県方面を巡ってきました。



Sz2  先ずは新所原、と思うと、浜松行き新快速が遅延、しまいには豊橋で運転を打ち切ってしまい、新所原には30分遅れで着きました。そのため予定の1本後の天竜浜名湖線の列車に乗車することになりました。しかし、何故こうも私の乗る列車は遅延するのでしょう。



 写真は新所原で発車を待つ天竜浜名湖鉄道のキハ2101。新潟鉄工2001年製です。



 そして浜名湖の西から山中に入っていきます。浜名湖近辺は風光明媚です。 暫く走ると山中に分け入ります。すると、タイトルの写真、トロッコ列車が。今日の牽引機のディーゼルカーは普段と違うようです。



Sz3  本当は30分、乗り遅れても4分、天竜二俣駅で撮影できる予定でしたが、さらに途中で数分遅れ、機関区の撮影は殆ど出来ませんでした。僅かな時間で写した写真がこれです。下車もアリでしたが、これを降りると1時間遅れてしまうため、この後の予定を考え、残念ながら断念しました。なお天浜線ホームページによると、機関区公開は無期限で中止とのこと。皆さん、マナーを守りましょう。



 そして掛川へ。新所原、掛川間は正規でも1,280円だったはずですが、「みちくさきっぷ」(片道タイプ、途中下車可)で1,200円、「フリー切符」で1,800円です。お得な方を選びましょう。



Sz4  掛川から静岡へ。そして静鉄の新静岡へ(写真)。クハ115 188の手配も兼ねて来たのですが、走行距離が要検査までいってしまったのか、115自体出会えませんでした。そしてカメラを提げて静岡の繁華街の中を通り抜け、少し視線の冷たさを感じました。まあいいや、趣味のため!と割り切ります。









Sz5  そのまま終点の新清水まで行きました(写真)。静鉄は、昼間は6分間隔と、大変便利です。でも、静鉄1000て、ワンハンドルマスコンなんですね!昭和40年代製とされているのに!











Sz6  そして車庫のある長沼で下車。ホームの向こうにはこんな光景が広がっています(写真)。電車の奥には、20と書かれた旧式電車が停まっています。













Sz7  新静岡に戻り、静岡、浜松と辿り、最後に新浜松へ。遠州鉄道です。反対ホームには30と書かれた旧式車が停まっています(写真)。













Sz8  2000系電車に乗り、終点西鹿島に行きました。今日2度目ですね!通常ホームの奥に2番線、その向こうは天浜線です。2001の横には27という電車が停まっています(写真)。











Sz9  新浜松方には、工場、及び2103、61が(写真)。















Sz10  二俣方終点方面には25と書かれた電車が(写真)。最近D200のミスショットが時々見られるようになりました。そんな過酷な使い方をした覚えは無いのですが。













Sz11  往き道に西ヶ崎で逃したED252です(写真)。編集時に気付いたのですが、窓に「休車」と貼ってあるのですね!残り幾何もない、撮れて良かった!



 そして帰途へ。やはり珍車は見つかりません。夏に、青春18きっぷと共に、本格的調査をしないといけませんね!



 明日はお出かけです。朝が早く、気が重い!何で来週を使っちゃったんだ!

えれーこった!

えれーこった!

予定がキャンセルになったので、小田急9000系のイベントに来ています。予定より早く雨になってしまい、大変でした。ホームセンターの駐車場に停めようなんて根性の腐った人は、何時間待っても入れません。悪しからず。

大変でした!(IV)

Ka1_1  5月2日の夜に発ち、旅行先で3回投稿し、本来なら昨晩4回目の投稿をするのが通常のパターンです。しかし昨日は、諸般の事情により、事実上不可能でした。そのため、帰宅した本日2日分の整理をしたいと思います。



 昨日の朝は非常に遅く、9時に間に合うように準備をしました。そこで鹿児島中央駅に出て、撮影したのがこの一枚。485、キハ200なのはな、475が並んでいます。 Ka2_1  



 乗車予定の717系普通にそのまま乗車しても良かったのですが、もともと普通を狙ったのは475急行色を撮影するためで、それを昨日果たした今、それに拘ることはないなあ、と思い、計画変更しました。



 その理由の一つ、3両に増結した”はやとの風”号(写真)。またそのうち乗車できると良いですね。





Ka3_1  もう一つの理由。1時間後に鹿児島中央に到着した”なのはなDX”です。その前日も撮った気がしますが、やはり足回りが写っていないと!もし私が旅先でも勤勉なら、朝7時に乗車するべきだったのですが、気合いが入りませんでした。今度はこれもセットです!



 最後の理由は、日豊線の延岡~佐伯間は昼間時間帯に特急しか走っておらず、早足で普通に乗っても、結局延岡で一緒になってしまうのでした。結果オーライ、まあいいや!



 鹿児島から”きりしま”で都城、南宮崎、ここで”にちりん”に乗り換え、一路大分へ。「本日は小倉まで延長運転いたします」とのことで、時間によってはレッドエクスプレス色でもなく、旧”ハウステンボス”色でもなく、まして”きりしま”色でもない、正真正銘の国鉄色485系が走っていたようです。探せば、まだあるんですよ!



 少し気になったので、延岡から出発する時にホームを見ると、高千穂線のディーゼルカーが1両取り残されていました。再起できぬまま、処分、悲しいですね。



Ka4_1  大分で下車し、豊肥線・久大線のホームには元”赤い快速”が(写真)。筑豊線電化で玉突きになってしまいました。当然、もっと古いのは廃車です。













Ka5_1  大分で下車したのは、勿論このため、”富士”の発車シーンを捉えるためです(写真)。しかし6両、機関車を入れても7両のため、反対ホームからそれほどきつくない広角で入ってしまう、ああ悲しい!



 ただ帯の問題は改善されたようです。JR九州も、東京発九州特急の編成美に気を使ってくれて、また撮ろうという意欲を復活させてくれました。でもそんな時間が前半戦とは、口が裂けても言えません。







Ka6_1  ”富士”出発後、時間があったのでブラブラしていると、懐かしい音が。トロQです(写真)。キハ58とキハ65の間に屋根をつけたトラ3両を挟み運転しています。別府よりはキハ58 569と分かりましたが、キハ65までは見えません。











Ka7_1  そして次なる目的地に向かうべく乗車します。”ソニック”883系7連です。883系はリニューアルが進み、旧塗色は少ないはずです。Ao4編成、旧塗色のままでした。黄色はデジタル化する前にリニューアルしそうですね。











Ka8_1  ”ソニック”に乗り、中津で”富士”を抜き、小倉、博多と乗車し、そして鳥栖へ。昨日ブログに投稿しなかった最大の理由は、「夜行に乗っていた」からです。”富士””はやぶさ”をやり過ごして乗車するのは、”なは””あかつき”でした。門司でEF81を撮影する、でも良かったのですが、天候が悪く、雨も激しさを増してきました。結局諦め、鳥栖で1時間あまり待っていました。



 鳥栖発10時ですが、後方に連結される”なは”は、9時40分前後に到着します(写真)。その位置には32レという小さな停止表示(駅舎側)があります。



Ka9_1  直ちにED76は切り離され、併結の準備を始めます(写真)。前に出た後、6番線の向こうの鳥栖サッカースタジアムの方に、折り返して走っていきます。













Ka10_1  そうこうしているうちに、3番線に”あかつき”34レが到着します(写真)。















Ka11_1  上り快速、普通と2本行き過ごし、一旦鹿児島本線上りの前方に入り、1番線に推進運転します(写真)。以前の”さくら””はやぶさ”でやっていたことと同じです。













Ka12_1  連結し、貫通路の準備が出来ると、さあ出発進行!















Ka13_1  翌朝京都駅に到着(写真)。こんな感じで九州遠征を終えました。でも、そういえば今朝、米原にC57 1号機が煙出して牽引の準備をしていたぞ!こんな天気でなければ寄ったのでしょうが、残念。



 なお次回は未定ですが、今回のケチケチ遠征の成果で、ちょっと遠くへも行けそうです。それでは、また。

大変でした!(III)

Ku1_1



 ゴールデンウィークの九州遠征も4日目です。本日も旅先で投稿しています。



 今朝非常にゆっくりと起き、ゆっくりと朝食を摂り、それでも時間が余ったのですが、既にホテルは掃除の時間でした。チェックアウトタイムを越え追加料金を取られても洒落になりません。そこで、その余った時間に、熊本市電(熊本市交通局)を訪問することを思いつきました。



 まず駅前から田崎橋に向かい、それから健軍町に行き、交通局前、上熊本と攻め、熊本駅へと辿るルートです。



 健軍町から交通局前に戻ると、写真の低床車、9751(写真側がA)が営業しています。低床車といい、日本初のVVVF第1号現車といい(昭和50年代後半)、熊本市電は先進的ですね!



Ku2_1  後を振り向くと、熊本市交通局の局舎と車庫が(写真)。北側(右手)が車庫です。















Ku3_1  局舎の西側は木柵で囲われた空き地になっています。その奥を覗いた写真です。きっとこの空き地も車庫だったのでしょう。













Ku4  停留所を見ると、101というレトロ車が(写真)。















Ku5  その後辛島町からルートを変え上熊本へ。工場です(写真)。茶色のツートンは5014Aと思われます。運用は、3系統(上熊本着発)が上熊本、2系統(熊本駅、田崎橋着発)が交通局本所の受け持ちのようです。



 実は私は東海人と言われ、私もそう思っていますが、生誕の地は実は熊本です。残念ながら今回も、市電にも近い生誕地を訪れることはありませんでした。











Ku6  何でそんな寝坊したのって、そりゃ、この為でしょう!”はやぶさ”熊本終着の図です(写真)。このヘッドマークも緑系ですね!













Ku7  そしてこれも後半戦、八代の肥薩オレンジ鉄道です(写真)。電線下の軽快気動車、何故?北越急行式もあるのに!当然全て新潟トランシス製です。













Ku8  出水には基地があります(写真)。”オレンジちゃん”も停まっています。















Ku9  やはり沿線は風光明媚です。晴れれば甑島が見えるそうですが、写真は如何?















Ku10  終点川内に到着です(写真)。”1日フリー乗車券”なら、片道無下車でも50円お得です。













Ku11  このために何度鹿児島を訪問したことか、瞼の恋人、GK5編成です(写真)。廃車前には無理と思っていましたが、こんな幸運と言うべきか、それともJR九州が私に贔屓したのか?しかもクハ455には腰部の60Hzの線(クリームの線)が入っておらず、本当に正確です。











Ku12  今日の最後は”なのはなDX”です(写真)。余剰キハ220 1100番台の改造車ですが、塗装も内部も中間扉の処理も見事!実は、キハ200、220一族は爪クラッチと共に、全て日車製でした(クラッチ自体は鉄道総研開発)。竜ヶ水駅土砂崩れでの廃車代替車までそうですよ!しかし乗車は出来ません。乗車は次回ですが、何日のことでしょう?



 当然今日の滞在先は分かります。今は携帯でアクセス中です。



 明日は帰宅準備日。本当は明日も”はやぶさ”シフトをひくつもりでしたが、また夜の甘木鉄道になってしまい、まあそうも拘る必要を感じないので、やはり予定通りに行動します。しかし、予報どおり雨かなあ?

失礼しました

Si1  失礼しました、こちらが「島鉄急行色」、キハ20 03の正面です。これは、かつて長崎本線が非電化だった時代、国鉄のディーゼル急行に併結させるため造られた車両で、国鉄の車両と区別するためこの塗色になったそうです。









Si2  また、このような塗色もありました(キハ20 18です)。かつての鉄道の黄金期を感じて頂けたでしょうか。

大変でした!(II)

Sm1  散々なスタートだった今回のゴールデンウィーク後半。九州での行動も2日目になり、やっとペースを取り戻したというべきか。今はホテルでパソコンと向き合っています。



 遅めに起きた今朝。ゆっくりと行動し、駅にたどり着くと、目の前に”あかつき”が到着します。寝台特急が到着する時間は、少し早めでないのならば、普通はゆったりとする時間なのです。かつての”さくら”の12時近くも極端ですが。ヘッドマークは”なは””あかつき”になっているのに気付きます。”あかつき”だけの時代の写真は、その意味で貴重になります。でも、緑?白とピンクが逆だった珍しい”さくら”のようです。



Sm2  そんなの、長崎に泊まるのは当然このため、島鉄に乗るためです。諫早の乗換口は混雑しています(写真)。車両は2505(2500型)でした。













Sm3  行く先は、迷わず南島原。目の前にはキハ20 06(島鉄急行色)が。猫の髭は見えません。













Sm4  3番線には、昨年秋からの新色、国鉄一般型色の、キハ20 13が。今回は、この為に来たようなものです。撮れて良かった!













Sm5  さらに諫早寄りには、キハ20 08(首都圏色(=タラコ色))と、同キハ20 03(これも島鉄急行色)です。親切なら昔の写真を出し、「これが島鉄急行色!」とイキたいのです(そのため40GBの携帯ハードディスクも持ってきました)が、容量の都合上、止めておきます。また、そのうちネタの無い時にでもやりますよ。









Sm6  撮影中に、キハ20 11牽引の(後にキハ2500型でプッシュプル)島鉄ハッピートレイン(トロッコ列車)がやってきました。













Sm7  目の前でキハ2504が運用を終え、洗車機に入ります。横では同型が洗浄線で手洗いされています。



 これで前半戦終了。島鉄を折り返し、諫早へ。少し値段は高いですが、硬券の切符はおみやげになります。









Sm8  後半戦突入。諫早から鳥栖へ、そして上熊本へ。心は既に熊本電気鉄道に動いていました。しかし鳥栖では、トイレに入っている間に、またしても”ゆふいんの森”を逃してしまいました。3度目です。酒は昼間には飲んではいけません。少なくとも、僅かなチャンス迄も狙うなら。



 そして上熊本でのお迎えは、青ガエル5102Aです(写真)。







Sm9  北熊本に先回来た時は、乗り換え時間が殆ど無く、満足に写真が撮れませんでした。その時は乗り鉄が目的だったのでいいのですが、今回撮影するにあたり、乗り換えを1つずらす(=30分間撮影する)ことで時間を得ました。



 先ず1枚目は北熊本で行き違う6111Aと6221Aの編成。どちらもモロに都営6000系です。富山港線のように上手くいきました。







Sm10  2枚目は、工場前に佇む6218Aの編成。横には、形式不明の年代物の茶色い電車が停まっています。”Little Brown Jug!”













Sm11  3枚目、藤崎宮寄りには旧熊電色の201A(南海?西鉄?正確な記憶が無いのですが、これは菊池とーまるとかいうサイトに、詳しく載っています。Yahooで検索してください)、青ガエルの片割れ5101A(平面ガエルの面)です。











Sm12  4枚目、更に藤崎宮寄りには6101Aの編成が。熊本電気鉄道の車両は、同じ都営6000でも、全て色が違います。この上は流山電鉄位でしょう。













Sm13  昨年夏(9月18日)には、上熊本駅はこんな感じでした(写真)。















Sm14  しかし現在では写真のとおり跡形もなく壊され、新幹線準備工に入っています。残念ですが、新時代のためと割り切りましょう。



 そんな感じで2日目を終えました。明日は、2日前の復習をしましょう。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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