黄昏時に誘われて(前半戦)

Twilight0001  先回の津山行から3週間近く経ちました。その間Tetsuをまたお休みし、しばらく投稿をしなかったのは、事実鉄活動をしなかったから。色々な悪口も聞かれましたが、少し早い夏休みを頂いたので、久しぶりに投稿します。



 一昨日自宅を発ち、一路向かうは大阪駅。予想より早く到着し、11番線で構えると、10番線に”トワイライトエクスプレス”が入線します(写真)。撮影の後、乗車しました。本当に予約はやっとの思いでした。



Twilight0001_1  本当はスシ24で、フランス料理のコースを食べたかったのですが、こちらも既に予約で一杯でした。結果「日本海懐石御膳」が夕食でした(写真)。













Twilight0001_2  梅雨時なのに晴れ、「これで夕日もばっちり!」とタカをくくっていると、みるみる雲が出てきて、気付けば水平線は見えませんでした。慌てて写真を撮ったのがこれ。直江津駅構内の、こんな出来の悪い写真しかお日様が写っていません。











Twilight0001_3  がっくりしてパブタイムの食堂車を利用し、夜が明けました。終点札幌での一枚(写真)。反対ホームまで重い荷物を抱え必死に渡りました。カマはDD51、前は1083、後は1138でした。











Twilight0001_4  暫くして汽笛一声、札幌運転所に向け発車します(写真)。















Twilight0001_5  さあ行こう、と思った瞬間に列車がやってきます。”北斗星1号”でした(写真)。こちらもカマはDD51、前は1137、後は1141でした。”北斗星ガマ”で単機なのは、急行”はまなす”だけのようです。











Twilight0001_6  ひととおり撮影を終え、次の目的地追分へ。かつての駅、ヤード跡を歩道橋から望む(写真)。













Twilight0001_7  歩道橋で駅裏へ渡り、暫く北上すると、追分鉄道記念館があります(写真)。パワムが3両、スハ45 25と共に屋外に展示され、隣は機関庫様の建物があります。中に機関車が入っているようです。











Twilight0001_8  本当は道産子第1号(苗穂工場製)であったことから、この公園のメインの展示物となる予定が、火災に遭い滅失したD51 241の缶の蓋と動輪が展示されています。中は日立製230のようです。正直、展示物が少なくがっかりでした。



 歩いて駅に戻り、時間があったのでよく掲示を見ると、平日昼間なら、記念館の道の反対側の「鹿公園」の公衆電話から、旧追分町(現安平町)教育委員会(教育課だったでしょうか)に電話をすると、機関車の前のシャッターを開けてくれると書いてありました。「しまった!」と思ったものの既に遅し。戻るわけにもいかず、断念。実はまだまだあるとわかり、次回の楽しみになりました。そして宿泊地に向かいました。



 なお、毎月第2、4金曜日で、天気が良ければ機関車を外に出すとのことで、運の良い方はどうぞ。



 現在は道内の秘密基地にいます。また夜行なので、今度は自宅からになりそうです。

思い出したのですが、

Aozo1  これもモブログだけで終わりになっていた、3月ダイヤ改正日の生駒行。そういえばあの日乗車したのは”あおぞらII”で、これも置き換えて間もない車両でした。今回は近鉄ネタでいってみましょう。









Aozo2  1999年秋、”さよならビスタカー”イベントで、最終運用が名古屋発賢島行き名伊甲特急でした。そうくれば、当然最初の停車駅は宇治山田、そこで下車しました。車両は最終30115編成でした。



 宇治山田で撮影しようと構えると、反対はなんと一足先にリニューアルされた”ビスタEX”で、意外な形で並びました(写真)。あちらは大阪上本町を目指すようです。





Aozo3  ビスタEXが足早に走り去ると、今度は近鉄では珍しい色が。旧”あおぞらII”です(写真)。18301の入った編成(18201編成)で、これも並びました。今度はビスタカー3世が発車します。











Aozo4  するとこちらも発車です(写真)。暫く呆然としていました。



 先代”あおぞらII”も、標準軌なら線区を選ばず(かつて車両限界が小さかった京都線用特急車だった)、便利だったのですが、如何せん転換クロスシートで、今時の特急車としては見劣りがするものとなってしまい、今年2月に置き換えられました。



 先日の生駒行きでは、待ち時間に特急・急行・普通てんこ盛りで、普段は京都の地下に入っているような車両まで登場でオールスターキャストだったのですが、これも時期を逃し、残念。でもメインのけいはんな線も上々のようで、ひとまず安心です。



 明日からは少し早い夏休み第1回目の遠征ですが、パソコンを打てる場所がなく、次回は何時でしょう?

お腰につけた吉備団子(後半戦)

Ts1  昨日は岡山県内で行動を終えました。そして今日、という話になるのですが、もともと今回の遠征の最大の目的は、ズバリこの写真を撮るためでした。皆さんご存じですよね、悲劇の機関車、DE50 1を。



 いつも同様に得意技の朝寝をかましてから朝食を摂り、ホテルを出発しました。







Ts2  2003年(平成15年)のシーズンにD100を手に入れる前は、フィルムオンリーで、しかも当時はリバーサルではなくネガカラーフィルムを使っていました。その最後のシーズンであろう、2002年(平成14年)冬の急行”つやま”の姿です(写真)。正確な記録はありませんが、ズームアップするとキハ58 7202と書かれているようです。まだ当時は旧”砂丘”色のキハ58系が僅かながら残っており、更に当時はキロ28の最後の末裔、キロハ28 100番台がまだ残っていました。これらの車両は、翌冬には旧米子運転所の片隅に留置されており、解体されたか、タイにでも行ったのか、ハッキリは知りません。



Ts3  今日は1本後の各停に乗る予定でしたが、思ったより早く準備が整い、岡山から急行”つやま”に乗車しました。見ると、広島色の(岡山気動車センターに移籍していましたが)キハ48で、ロングシートも残っていました。現状からすればやむを得ない措置か。これに乗り津山に到着しました(写真)。手前がキハ48 6で、反対がキハ48 5です。







Ts4  予定より1時間早く津山に着き、時間を待っていると、何か駅の中が騒がしい。カメラを抱えた鉄道ファンとおぼしき人々が慌てて入場券を買って中に向かっていきます。何か?と改札から覗くと、何と前後をDE10に挟まれたマヤ34が!マヤ検です!なかなかお目にかかれない姿でもあり、早速入場券を購入し撮影します(写真)。



 マヤは34 2005で、津山口方がDE10 1151で、東津山方がDE10 1141でした。機関車は背合わせでした。その後東津山方引上線に入り、転線、結局津山機関庫に入っていきました。今日のおかずです。



Ts5  予定の時間となり、記念の”しいたけ弁当”と今日の次第を受け取ります。弁当はそのまま食べてしまい、その後JRとの共同イベントになりました。駅の奥の機関庫に入り、矩形庫の後の扇形庫が見えます(写真)。











Ts6  勿論扇形庫の中心は転車台(写真)。後で、これを実際に動かす姿をビデオに撮りました。一応自動で動きます。













Ts7  今日の最大のお目当て、DE50 1です(写真)。鉄道では日本最大の内燃機関を持ち(2,000PS)、DD51に取って代わるため開発され、DE10、11、15の母体ともなった機関車ですが、実際には日立で1両製作されるのみで終わってしまいました。昔岡山気動車センターの片隅に放置されていたことから、よっぽど”トワイライトゾーン”に謎の機関車として投稿しようとも思ったのですが、余分な恥をかかずに済みました。今は扇形庫の中で、安住の地を見つけたのか。状態は、長年野晒しであった割には、まだ見るに堪えるものでした。



Ts8  扇形庫から駅よりの留置線には、先ほどのマヤ検ご一行様が停止しています(写真)。



 子供がウロチョロして怪我したらどうするんだとは思いましたが、幸い事故は無く、無事終了しました。でも子供の中には、ポイントのトングレールに足を挟む子もいるそうなので、今後はご注意下さい。







Ts9  我々を待ち合わせたかのように訪れたマヤ検。解散後撮影のチャンスがありました。暫くすると姫新線姫路方面へ向かって発車していきました(写真)。



 先日のキヤ141系の落成で、キヤ191 3の編成(小郡(新山口))や、マヤ34の今後の動向が気になります。キヤ191 2の編成では土崎での解体寸前の姿を捉えることに成功したのですが、3では、どうか。解体前には、新山口でイベントをやって下さいね、JR西様!C57 1まで来れば盆と正月が一緒に来るようなものですよ!



 今回は珍しいものを写せました。津山の皆様、及び今回関係した各地の皆様、本当にありがとうございました。

お腰につけた吉備団子(前半戦)

Mz1  随分精力的に”鉄”活動を続けた5月。先週はTetsuもお休みして、次の行動を考えていました。すると、前々から申し込んであった美作からの案内がやっと届き、慌てて手配をした今週。そして週末がやってきて、2週間ぶりの鉄の活動の記録となりました。







Mz2  まずは”のぞみ”で福山へ。昼食を摂り神辺へ。神辺には、井原鉄道(”いばら”なんですね!)の車両、IRT355-101が停車していました(写真)。車内は転換クロスシートで、十分に贅沢。しかし元固定クロスだったのか、シートと窓の位置は微妙です。











Mz3  井原鉄道の運転手は早雲の里荏原で代わります。それは当然基地もあるからです。駅を発車した車両から車庫が見えます(写真)。そして清音に到着しました。次回は2種鉄道事業者でも、終点総社まで行きたいですね。











Mz4  清音から伯備線一駅、倉敷へ。倉敷駅の改札を出て徒歩1分、水島臨海鉄道の倉敷市駅があります。写真は発車を待つMRT302。これに乗車し、水島まで行きました。













Mz5  水島駅は高架、車庫はありません。右の本線で車両は帰庫します(写真)。左は貨物駅と川崎重工と、駅員さんが教えてくれました。













Mz6  三菱自工行きは暫く後、ぼーっとしていると、突然貨物列車が(写真)。DE10 1732牽引で、荷物はコンテナ、貨車はコキ100シリーズで、さっき帰庫した本線から出てきました。撮影をしていると、突然後へ。水島の自社ディーゼルでプッシュプルでした。この後、貨物駅で編成を仕立て山陽本線に入るそうです。









Mz7  20分後、午後初の三菱自工行きに乗車し、一駅で到着しました(写真)。ここから、徒歩で先に見える車庫に向かいました。













Mz8  歩道はすぐに草だらけで歩きにくいですが、事故に遭うことを思えば仕方ありません。写真は先に見えた水島臨海鉄道の車庫です。













Mz9  冒頭の写真はキハ208、この写真はキハ203です。完全に国鉄キハ20ですね!















Mz10  横には水島の自社ディーゼル、DD50 5が(写真)。















Mz11  後の工場に近いところには、キハ204、そして同型の車両ですが、塗色は古く、型番も読めません(写真)。他にも、DE10や自社DD50の保留車が停まっています。













Mz12  撮影に満足し、駅へ帰る途中、踏切が鳴り出します。え!列車!と心配すると、恐らく先ほどのプッシュプル運転から帰ってきたDD50 1が、車庫へ帰還する所でした(写真)。



 40分後に、午後初の上り三菱自工発の列車に乗車し、倉敷市に出発しました。予定を立てた時は、40分でも余るのでは、と思ったのですが、いざ来てみると、もう一本後でもいい位写すものがありました。皆さんも、キハ20国鉄色を撮りに来られては如何ですか。



 明日は、今日の続きです。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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