3年目、ありがとうございます

 2004年8月24日に、拙い試験通信から始まった本ブログ。この2年間で、8,000件余りのアクセスがありました。毎度お世話になります。特に、昨秋からはHTMLの理解も進み、技術的にも格段の進歩を遂げたのも、ひとえに皆様のご指導のお陰です。



 今後とも、「新鮮」に、「正確」に、「徹底的」に取材を行う所存ですので、今後ともご期待の程、よろしくお願いします。

復活の烽火(III)

Kari1  今回の長征も3日目を迎え、とうとう帰還しました。一時は怪しい十数人に囲まれ生命の危機も感じたのですが、何とか無事終了しました。今回はその結びです。



 今朝ホテルを出た私は、まず水戸駅へ。水戸駅7,8番ホームは、改札内改札があり、ここを通れるのは上野方面への特急券を持っている人か、鹿島臨海鉄道の乗車券を持っている人だけです。そして8番線には、乗車する鹿島臨海鉄道の車両が出発を待っていました(写真)。昭和60年日車製の6006、後は6013でした。



Kari2  大洗に鹿島臨海鉄道の車庫があります。そこで6013を切り離し、単行運転に。しかしコーヒーの量が足りなかったのか、またしても居眠りを。気付くと乗客が皆前に集まっています。何と、もう鹿島神宮に!間の記憶は殆どありません。気を取り直して写真を(写真)。鹿島神宮終着の図です。









Kari3  それから下車し、JRを待とうか、今来た道を戻ろうか迷いました。というのも、直ちに戻るなら列車はあるものの、JRは1時間以上の待ち合わせで、無駄を感じたからです。しかし乗り鉄も目的でもあり、コーヒーを飲んで鹿島線を待つことにしました。



 40分位待つと、高架駅に振動が。鹿島線普通がやってきました。折り返し、千葉行きになります。写真はクハ111 558ですが、国府津の113系の転属で編成番号は分かりません。これで成田を目指しました。



Kari4  列車は千葉を目指します。しかし単線で、行き違いは多いです。



 確か下総神崎と思いますが、下り普通と行き違った後、「7分待ち合わせます」と放送がかかり、「”すいごう”でもあるまいし?」と思うと、やってきました、貨物列車が!カマはEF65 1038です。一昨年冬、佐倉で張っている時にも来たカマで、余程縁があるのでしょう。PFとしては若番でありながら、今でも国鉄特急色を維持しているJR貨物高崎機関区の機関車です。そういえば佐原でもPF牽引の貨物列車と行き違いましたが、こちらは普通のJR貨物標準色で、窓の反対側で写真にならず、残念。



Kari5  そして成田に到着。ここからは、成田線我孫子行きE231系通勤形(写真はクハE230 53、東マト106番編成)です。これに乗車しました。













Kari6  我孫子では2番線から1番線へで乗り換えはスムーズでした。そして取手~藤代間のデッドセクション(電気の交直切り替え場所)を越え、交流区間へ。取手以遠が交流なのは、つくばの地磁気研究で強力な直流による磁界発生が支障になるからです。だからつくばエクスプレスも守谷~みらい平間で、わざわざ交直切り替えをするのです。関東鉄道に至っては、電化を放棄したように見えます。それだけディーゼルカーも技術的進歩をしたわけですが。



 そして藤代の次、佐貫へ。佐貫からは、先回訪問時満足な取材が出来なかった関東鉄道竜ヶ崎線を改めて訪問しました。写真はキハ2001です。この車両の特徴は、前にも書きましたが、ホームが佐貫、入地、竜ヶ崎いずれも下り進行方向右手しかないため、運転台が下り上り両方ともホーム側に付いていることです。これは竜ヶ崎線在籍車両全ての共通点だそうです。ドアは一応反対側にもあり、昔の和田岬線のキハ35のようなことはありません。



Kari7  竜ヶ崎に到着。ホームのすぐ横に生活道路をはさんで車両工場があります(写真)。車両はキハ2002です。













Kari8  工場の北側にショッピングセンターがあり、その前庭から見た工場(写真)。キハ532が見えます。この佐貫方に歩道橋があります。













Kari9  その歩道橋からの様子(写真)。全体がよく分かるでしょう。



 この後キハ532にエンジンがかかったと思ったら、何と工場の建屋の中に入ってしまいました。早めに来て、よかった!











Kari10  佐貫に戻り、また直流区間へ。本当は関東鉄道常総線にも行きたかったのですが、このブログを書く時間が足りなくなります。しかし中途半端に時間がある。そうだ、また流山電鉄に乗ろう!と思い、柏で下車。



 そして203系(東マト53編成)に乗って、新松戸へ。徒歩3分、流山電鉄、幸谷に到着(写真)。電車は、”青空”です。







Kari11  終点流山へ。奥は工場です(写真)。前は”明星”、工場内に”流星”が入っています。















Kari12  2番線には、”流馬”が。行き違った列車を除くと、あと一つです。















Kari13  ”青空”とともに今日の営業に入っているのは、”なの花”でした(写真)。小金城趾でまた行き違いました。













Kari14  終点馬橋に待機するは、”若葉”です(写真)。同じような電車にも、実は顔がある、ということが分かる流山電鉄でした。きっと”あかぎ”を廃車する時は、皆涙を流したに違いありません。











Kari15  馬橋から203系100番台(ボルスタレス台車で新製された、後期型)で松戸、反対ホームには日本初のサイリスタ・チョッパ車、営団、じゃない東京地下鉄6000系、6134です(写真)。現在東京地下鉄千代田線6000系、有楽町線7000系、半蔵門線8000系では、駆動装置をVVVFへと更新改造中です。それより新しい201系を廃車するJR東日本とは大きく違います。しかし、このデザイン、未だに衝撃的ですよね!







Kari16  そして松戸からE231系通勤形10+5連に乗車(写真)。ドアは、片側に全部で60個ついているんですよ!103系なら、まさに壮観ですね。



 こんな感じで無事今回の取材を終えました。関係者の皆様、とりわけ「わ鉄」の1日乗車券を売ってくれた桐生駅の駅員さんには、お陰で助かり、感謝しています。正直、間籐で最期を迎えるのでは、と本気で思いましたからね。

復活の烽火(II)

Iba1  昨日に引き続き今日も関東地方にいます。今回は先回の続きです。



 また2日分寝てしまった今朝は、ギリギリまで寝坊をしようと思ったものの、既にインターネット申し込みで「要朝食」としてあったため、普段並に起きました。朝食は非常に美味しかったです。



 しかしその後も寝惚け、気付けば既に水戸線の友部に!写真も撮らないで、今日は何しに来たのでしょう。



 昼過ぎてやっと本調子に。勝田駅には、団臨用485系が(写真)。手前は、クハ481 345(元ビバあいづ?)でした。



Iba2  そして前半戦、茨城交通へ。キハ3710-02です(写真)。入り口は勝田駅1番ホームの中にあります。



 なお夏休み期間中だけでしょうか、現在茨城交通は「湊線1日サマーきっぷ」というフリー切符を1,000円で発行しています。この切符、今後も続くといいですね!









Iba3  一路阿字ヶ浦へ。奥には廃車体が(写真)。手前の茶色は、元羽幌炭砿鉄道キハ22 1です。奥は茨城交通色ですが、ナンバーは読めません。













Iba4  唯一交換できる那珂湊へ戻ってきました(写真)。往きにも行き違った、キハ205です。













Iba5  向こうには、ストロークリームに赤帯のキハ2004、青の国鉄標準色のキハ222、更に茨城交通色が(写真)。













Iba6  ホームの間の中線には、ケキ102が(写真)。ロッド式ですね。















Iba7  後に下がり、湊機関区の全景を(写真)。



 この後、初めて改札を外に出ます。駅で、記念切符、記念品、チョロQ、等々、皆さんのお好みをお選びください。待合室には自販機が。昨日の中央前橋の何でも100円も凄いですが、こちらもなかなか。少し得をしました。



 そしてキハ205に乗車し、ほっと一息つくと、反対側に両面湘南形コルゲートのステンレスのキハのダルマを発見。鉄道絵画館でも有名なあれですよ!反対側の窓で、写真にできず。しまった、今度こそは!



Iba8  キハ205は勝田に到着(写真)。勝田車両センターも、そのうち行きたいですね!















Iba9  そして後半戦へ。石岡に到着。JR3番ホームからの方が、鹿島鉄道の石岡機関区の様子はわかりやすいです。写真はDD902です。百里基地のジェット燃料を運ばなくなって、もうどの位になるのでしょうか。その結果、確実な収入が無くなった鹿島鉄道は、廃止の危機に面しています。小中高生が、”がんばれ!かしてつ!”と知恵を絞っています。











Iba10  そしてかしてつホームへ。キハ432です(写真)。これもあまり位置が変わってないかなあ?













Iba11  多分玉里の行き違いにて、キハ601です(写真)。ヘッドマークつきです。かしてつ最古ですからね!













Iba12  列車は今回も常陸小川折り返しのため、いつも写るDD901です(写真)。やはりこれもロッド式です。しかし、こちら側のナンバープレートって、以前から無かったっけ?













Iba13  常陸小川で、キハ505(左)、キハ602(右)が行き違います(写真)。キハ602に乗車しました。













Iba14  そして終点鉾田へ(写真)。ありがちですけど、木造の駅舎です。ここから鹿島臨海鉄道の新鉾田は、地図でも距離がありそうでした。













Iba15  キハ602の車内です(写真)。木の床、内装はデコラで、何度も改造し今の姿に落ち着きました。













Iba16  そして石岡に帰着(写真)。ISOを1600まで上げれば、まだ写る時間です。キハ432等撮りましたが、行きと同じになりそうで、やはり止めました。



 なお、明日は「かしてつ祭」だそうで、通常1,100円のフリーきっぷが、明日だけたったの100円!嘘みたいですが、まず間違いありません。その他お楽しみも色々あるそうなので、明日常磐線石岡まで行ける方は、是非是非、行ってみてください。私は予定があり、非常に残念です。



 そんな感じで今日の行動を終えました。明日は、今日の続きです。

復活の烽火(I)

Jou1  非難ゴーゴーの桃花台行から1週間。今週は「青春18きっぷ」を使って、関東地方を辿っています。今日は第1日目の報告をいたします。



 昨晩”ムーンライトながら”で関東入りし、小田原で下車。小田原の次の停車駅は大船で、その後の都合から大船にはしませんでした。列車が行き去ると、向こうには小田急、5551の編成が(写真)。そろそろこれも危険信号なんでしょうか。西には、先ほど小田原~箱根湯本間の運用が廃止になった、箱根登山鉄道の車両用の短いホームが廃止になっていて、信号にバッテンがかけてありました(同区間は小田急車両のみが運用されます)が、容量の都合上割愛します。



Jou2  乗車する東海道線始発普通の停車するホームからは、伊豆箱根鉄道大雄山線が(写真)。この車両の車検は駿豆線大場の工場で行うため、回送は”鉄道ダイヤ情報”にも載り、興味があるのですが、そんなにも関東には行けません。











Jou3  小田原から茅ヶ崎に行き、相模線へ。そして橋本へ(写真)。相模線205系500番台と、横浜線205系基本番台(旧山手線205系と同仕様、現存する数少ない原型車)が並んでいます。上には多摩ニュータウンメインルート闘争に勝利した京王が高架で入っています。普通ニュータウンには鉄道系は入るものですよ。なお、その後の点線は更に相模湖沿岸に向け続いているのを見たことがあります。そのためか横浜線をオーバークロスし、西に延伸もできるようになっています。





Jou4  横浜線で八王子、さらに八高線、川越線へ(写真)。電化区間用205系3000番台(山手線のなれの果て、VVVF改造車)です。これで高麗川、さらにキハ111,112で高崎に辿り着きました。











Jou5  高崎に来たら、やっぱり一番に見たいのは上信電鉄のデキ1,3です(写真左奥)。手前が1でした。残念、2は引退し静態保存されています。上信線に乗車しました。













Jou6  ”H”マーク付きの車両に乗車します。てっきりディーゼルかと思ったら、新潟鉄工製の電車モハ6001でした。まるでキハ45000みたいに、日野のエンジンを搭載したディーゼルカーではありません。



 上州富岡には、有名なデキトイレが。パンタグラフもついています。しかし下車しないと満足のいく写真は撮れません。



 そして下仁田に到着(写真)。日野は夕方まで動かず、次に来た1番線の電車で高崎に戻りました。隣は”群馬サファリパーク”電車です。確か上信の下仁田では電車が貨物の入れ換えをするそうです。



Jou7  高崎から前橋へ、そこから中央前橋に行くのにタクシーも覚悟しましたが、何と100円シャトルバスが!(写真)日本中央バスの車両です。その前身、群馬中央バスは、行政法の論点として必ず出る「群馬中央バス事件」の当事者です。詳しくは、有斐閣の「行政判例百選I、II」にて。









Jou8  中央前橋に到着すると、上毛電鉄は風鈴電車でした(写真)。黄と赤の編成がそうです。青(正確にはターコイズ)はその他の編成すべてですが、完全に井の頭線ですよね!渋カジ色も昔はあったのに!











Jou9  車庫のある大胡には、黄色と茶色の旧式車が。黄は失念しましたが、茶は101でした(写真)。













Jou10 東武との接続駅赤城では、東武特急”じょうもう号”が1面2線を独占しています(写真)。











Jou11  終点西桐生駅は、擬洋風のハイカラな建物です(写真)。















Jou12  徒歩300メートル、桐生駅は前橋駅同様何の変哲もない高架駅です。ここに本日の仕上げ、わたらせ渓谷鉄道が発車を待っています(写真)。冷房の能力を超えたのか、あまり効きません。かつて暑い名古屋で、名鉄も同様に苦しみました。まあ足尾線と思えば、窓を開けて気にもなりません。









Jou13  東武との接続駅相老を過ぎ、車庫のある大間々には多くの車両が。旧12系に混じり、かつての”サロンエクスプレス東京”、その後”ゆとり”の成れの果ての客車が(写真)。機関車のDE10も大変です。











Jou14  早くホテルに辿り着くために、何度も途中で断念しかけましたが、何とか間籐に到着(写真)。陶芸教室もあるそうです。しかも日光にトンネル一つの距離で、現在ここは栃木県日光市です。鉄道で穴を開けられるのは、堤康二郎位だと運転手さんは言っていました。









Jou15  そして大間々に帰還。イベント用のわ89-314が営業に就きました(写真)。ここで日没、今日のホテルに到着です。



 長い一日でしたが、明日も頑張ります。だって、私の故郷は関東ですから。

拝啓 名古屋の鉄道事業者の皆様

 先日の「ピーチライナー」以来、地元の交通機関を気にするようになりました。「あおなみ線」のホームページを見ると、市交通局の「土日エコきっぷ」も使えず、1日乗車券の予定もない、とのことでした。「ゆとりーとライン」(ガイドウェイバス)も同様、唯一「リニモ」は800円であるそうです。正直いって、今後の取材には支障となる感じです。しかしそれが無いのは大好きな瀬戸電も同様、仕方のないことでしょう。



 しかし、廃止予定駅を除き、近々名鉄はトランパス対応がほぼ完了するとのこと。対応が完了している名古屋市交通局とともに、プリペイドカードながら自動化が完了、これは「ピーチライナー」のみならず「ゆとりーとライン」「リニモ」でも使えます。名鉄は現在でも1DAY、2DAYフリーきっぷを発行し、いずれこれも磁気カードへの置き換えを検討するでしょう。もしそうなら、大阪の「スルッとKANSAI」のように、対応全社局共通のフリーきっぷを発行するというのはどうでしょう。そうすれば、諸問題は皆解決すると思うのですが、如何?



 JR東海は「TOICA」を発行、城北線、愛知環状鉄道は元々国鉄なので、そちらの方がきっといいでしょう。しかしそれ以外の社局は皆共通の基盤に立っているのですから、利用しないのは勿体ない!議論の始まりになれば幸いです。それでは次回まで。

桃源郷への道?

Peach1  昨日の敦賀行から僅か1日です。「今日は小牧へ行こう!」と決めており、来週も予定があるため、9月には”ナイスホリデー”は運転されず、夏シーズンには上田電鉄、松本電鉄は残念です。そこで今日は早起きするつもりでしたが、二日分寝てしまい、気付けば既に時計の針は真上を指しています。それでも「まあいいや!」とブランチを食べ、今日の目的地へ出発しました。



 かつて名鉄小牧線は、名古屋側が上飯田で終点だったため事実上盲腸線で、特に名古屋側からの利用が少なく、小牧市民も上飯田から地下鉄名城線平安通まで歩く、という苦難の歴史がありました。こんな線に接続していた「ピーチライナー」(桃花台線)は、桃花台ニュータウンの住民の不満も大きく、住民の多くはバスを経由し、早くて本数が多く便利なJR中央線に流れていました。それではいけないと、名鉄、名古屋市交通局、及び愛知県の肝入りで上飯田連絡線が建設され、改善が期待されましたが、結局単年度黒字に達せず、鉄道廃止論者を利用する政治的齟齬が原因で、今年9月30日での廃止が決定してしまいました。そこで今回はこの「ピーチライナー」の2度目の訪問をしました(本ブログでは初めてです)。



 地下鉄を乗り継ぎ、平安通へ。ここから一駅だけの地下鉄、地下鉄上飯田線に乗車。上飯田からはそのまま名鉄小牧線になります。庄内川を地下で潜り、味鋺から地上に出、また小牧口から地下、小牧駅に到着しました。



 地上に上がると、すぐに「ピーチライナー」の駅に入れます。しかし駅舎を撮影しているうちに列車は発車したらしく、夏休み限定の桃花台全線一日乗車券(大人700円、小人350円、1,400枚限定)を購入しホームに上がると、列車は行った後でした。時間3本、完全には20分おきではないので、ご注意を。なお、全線を片道乗車するだけなら250円ですので、どちらが得かよく考えて下さい。でも、最初からフリーきっぷをつくっておけば、ファンの利用も多かったのでは?



 写真は、新交通システムの最大の特徴の一つ、ループ線で、その右手奥は小牧の駅舎です。



Peach2  小牧駅で発車を待つ桃花台新交通100系の運転台(写真)。ワンハンドルマスコン、5速指示式ATC、VVVFと先進的で海外にも輸出できる位優秀ですが、車齢16年、老朽化とのことで、確かに塗装表面の綻びはあるようでした。存続議論の一つに老朽化もあり、つまりこれでしょう。



 勾配起動というボタンがあり、どうして?と思っていると、小牧原直後にかなりの勾配があり、納得。平成2年、日車製と三菱重工製の双方がありますが、やはり優秀ですよ。なお新交通システムということで、ドアは全て右側の4両編成で、左は2人がけ、右は1人がけの座席が並んでいます。VVVFの変調音は、低、中、高の3オクターブになっています。



Peach3  その次、東田中で下車。下の道は国道155号(旧称「北尾張中央道」)で、パチンコ屋の駐車場の前ですが、愛知県なんだし、普通駅前ならコンビニ位無いの?これが現状か。











Peach4  駅はホームドアで密閉され、あまり風も入らず少し暑いです。他の駅はともかく、始発の小牧はあそこまで完璧に密閉なのだから、やはりホームにも冷房が必要だったのでは。



 約20分後の次の列車で次の駅、上末へ(写真)。ここは更にひどい!駅前にはガソリンスタンドと田んぼしか無く、パークアンドライドやバスターミナルには好適ですが、自販機一つ無い!飲み物もなく、大変でした。





Peach5  国道155号と別れ、桃花台ニュータウンの中へ。最初の駅、桃花台西駅です(写真)。初めて地上の駅舎です(ホームは2階)。駅前のショッピングセンターは1981年定礎でしたが、今時なら当然の駐車場が無く、閉鎖され相当時間が経っているようでした。周辺の商店も大変です。









Peach6  桃花台西から、桃花台センターへ。駅は丘の上で、列車はトンネルへ入ります。(写真は下車後、手前の歩道橋から撮影したもの。今後訪問される方は、ここから駅を出入りする車両の写真も撮れます。)











Peach7  そして桃花台センター駅へ(写真)。ホームは唯一地下式、駅舎は地平です。なお有人駅はここと小牧のみ、1日乗車券もどちらかでしか買えません。駅前にはアピタとバロー(いずれも地元系)の大ショッピングセンターが広がり、1000台以上の車が停められます。車で重装備の方は、方法がありそうです。









Peach8  駅から出ると、トンネルを抜け、かなりの高さの高架に。終点桃花台東が近づくと、左手に桃花台新交通の車庫と本社が見えてきます(写真)。隣は中央自動車道、すぐに終点になります。











Peach9  桃花台東駅、出発ホームから上り方を望むと、入出庫線が左に分岐し、珍しく灯火式信号もついています(写真)。













Peach10  地上に降り、駅舎を望む(写真)。ここが終着駅との感慨はあまりありません。ちなみに当駅は、中央道高速バス桃花台バス停の最寄り駅でもあります。中央道高速バスで訪問、という方法もあるんですよ!











Peach11  坂を下り、「桃花台東駅前」交差点の歩道橋から望む新交通システムのループ(写真)。注意すると、柵をはずせば直進できることに気が付きます。それもその筈、将来的には桃花台ニュータウンの住民の大半が望んだ中央線(恐らく高蔵寺、の誤りです)への接続を前提にしていたからです。議会でも「延伸すれば採算が合うようになる」となるよう根回しがされていたものを、担当者が余分な発言をしてしまったため、廃止せざるを得なくなったのです。なお線路は上下とも可動式ポイントになっています。





Peach12  到着した列車が上り列車になるために、ループを登ります(写真)。登り勾配が付けてあるのは、直進線が下を潜る予定だったからです。鉄道ファンなら、点線が見えるでしょ!



 写真を注視して見ると、後にもライトが着いているのに気が付きますが、これは出庫の際、入出庫線をバックして本線に入るからで、4両目の一番後には、回送用の運転台がありますが、営業中はケースに覆われています。





Peach13  ループから列車が下ってきます(写真)。桃花台新交通100系って、こんな車両だったんですね!













Peach14  そして来た道を戻り、小牧原で下車します(写真)。奥で無理して潜るのは、中央道と小牧ジャンクションで合流した東名高速最終区間(小牧インターまで)の高架です。













Peach15  そして100メートル位北に、名鉄小牧線小牧原駅があります(写真)。名鉄も国道155号を越えるために高架になっており、「ピーチライナー」はそれを更にオーバークロスするためにきつい登り勾配がついているのでした。



 現在の名鉄小牧線は、平安通~小牧間の区間運転があり、小牧以北では複線用地は確保されているものの単線です。20分後のピーチライナーにしようかと思うと、小牧以北でも小牧線は15分に1本!時間も近く、やはりこちらが勝ちでした。そして自宅に帰りました。



 私は関係者なのであまり言ってはいけないのですが、まだまだパークアンドライド駐車場を用意したり、周辺のバスと連携したりするなど、経営の努力をする余地があり、その努力をする前に廃止とは即断が過ぎる気がします。確かに愛知県はクルマ王国、トヨタや三菱などの生産も盛んで、生活も車の方が気ままに出来るという気がしますが、環境の時代、本当に良かったのでしょうか。単年度黒字不可、だけで決めて良かったのでしょうか。今回の廃止決定が原因で、万博で皆が乗ったリニモや、ゆとりーとライン(ガイドウェイバス)、あおなみ線は真っ青になっています。いずれ辿る道、ということでしょう。



 本来小牧旧市街と桃花台ニュータウンを結ぶために造られた「ピーチライナー」。政治的に造られ、政治的に消えていきます。残念、しかしこれは今後の多くの鉄道の運命を示唆するものとなるでしょう。鉄道ファンは何をすべきか、私は敢えて言わないことにします。決して政治運動ではないのですから。

敦賀夜行

Turu1  近江鉄道、天竜浜名湖鉄道と巡った先週。今週は少し趣向を変え、いつも日本海の夢の中で過ぎてしまう敦賀で、何が行われているか興味が沸き、早速出掛けて参りました。



 最終米原行きに乗車すると、西岐阜で国鉄色特急と行き違います。”ムーンライトながら92号”です。大垣で”ムーンライトながら”とすれ違い。今年は91号、92号の設定日数があまりにも少なく、正直不満です。滞留を考えると、何とかして!



 米原に到着すると彦根方面はもう列車がありません。1時間後の急行”きたぐに”を待つため北陸線ホームへ。向こうにPF牽引の急行”銀河”が見えます。待合室は十数年前には何もなしでしたが、今はエアコン完備!束の間の安心を。しかしやはり”きたぐに”の自由席は混雑、喫煙席の外国人カップルの横に間借りします。30分間でも、愛の国イタリア人の大胆な行為は赤面ものでした。



 敦賀で下車します。しかし駅前は全て閉まっており、コンビニもありません。ただ国道8号線まで1キロもないので、駅前通の交差点にファミマがありました。面倒な人は自販機で我慢して下さい。



 駅前には地べたで仮眠する自転車野郎軍団も。若者には夏はいいよね!



 そうしているうちに午前4時になり、撮影準備を。停止位置を確認すると、入ってきました、上り”きたぐに”が(写真)。4時台ではこの程度の明るさです。クハネ581 22、B4編成(”きたぐに”は、基本的にはB4,5,6編成で運用)でした。



Turu2  暫くすると山の向こうが明るくなってきます。「晴だ!」雨は大丈夫です。しかし、1回戦が始まりません。「どうしたの?」













Turu3  1時間経っても始まりません。7時頃まで待っても来ないので、改札に降りると、「日本海2号 約4時間遅れ」と出ています。呆然、しかしそれを撮りに来たのですから、待つのは当然。鉄道写真は、何時間も待たされて、どれだけ待たされてもチャンスは一瞬です。



 9時になって、本当に4時間遅れでやってきました、”日本海2号”です(写真)。カマはEF81 43号機、トワイライト色です。





Turu4  機関車は交代、43号機は切り離され、敦賀機関区へ帰庫します(写真)。















Turu5  暫くすると、機関区からピンクの機関車が。EF81 106号機です(写真)。誘導され、連結。客車の切替弁は、かなり力が要るようです。













Turu6  4時間も遅れ、更に十数分停まっているので、当然昼の優等列車にも支障します。増して北陸線の主力は高速車両681、683系。既に”サンダーバード80号”は出発待ちです(写真)。110キロ車は160キロ車の後。主役も出発、やっと1回戦終了です。やはり”日本海3、2号”は客車がJR東日本青森車両センターなので、終着しないと今夜の3号が営業できません。







Turu7  2回戦、これも4時間遅れ7番線に入った”日本海4号”です。これは下りでカマを替えたらしく、敦賀の48号機がそのまま牽引します(写真)。今度も”サンダーバード20号”が先行します。そのお陰で、6番線と思って構えていた4番線から急遽移動しても間に合いました。











Turu8  午前11時には敦賀を発ち、地元の穴、武豊線を目指す予定でしたが、メインディッシュを残して帰るわけにもいかず、「青春18きっぷ」のモトを今回はとれませんが、仕方ありません。



 前2列車よりは早く、2時間半遅れに収め、主役”トワイライトエクスプレス”登場です(写真)。この列車の上り敦賀での儀式は重要です。ここからは山越えのため、整備直後のカマで臨むようです。編成も敦賀駅4番ホーム一杯で、”日本海”の短編成が嘘のようです。



Turu9  EF81 113号機は、機関区へ帰庫します(写真)。















Turu10  暫くすると、機関区からEF81 104号機が(写真)。お迎えです。





Turu11  連結、確認の上、出発!といきたいのですが、残念、今度も6番線が中継進め、出発青です。”サンダーバード24号”が先行します。



 今日の大阪行き寝台特急は3列車とも2時間以上遅れ、特急料金返還、ですが寝台は使用すると対象外で、全員一律3,150円でしょうか。でも、大損害です。



 今日は、新潟までは大丈夫だったことから恐らく羽越か奥羽のどちらかで問題が起きたのでしょう。特に羽越は波動輸送整備途中に国鉄改革を迎え、単線使用の複線トンネルなど、かなり苦しいところです。まあ今の輸送量では仕方ないのか。やっと先日の土砂崩れから復旧したのに、また大変です。



 こんな感じで今日の行動を終えました。日によく焼けたけど、本当に暑かった!

遠江への道

Tenh1  昨日の近江路から僅か1日。今日は遠江の天竜浜名湖鉄道を再度訪問しました。



 何故今日なのかというと、通例毎月第3日曜日に行っている鉄道ジオラマ館の公開を、このお盆の時期に限り、土、日、月(すなわち昨日、今日、明日)に特別公開するとのことで(来週の日曜日は通常の公開日)、流石に明日は出勤日であり、そこで昨日と今日のどちらで行こうか迷いましたが、遅くなる方を土曜にするということにし、昨日は近江鉄道、今日は天竜浜名湖鉄道になりました。



 今朝は少し寝坊をしましたが、回復できる時間内に起き、ほぼ予定通り出発しました。電車の遅延もなく、予定通り新所原入りしました。新所原の売店では国産というウナギ蒲焼き弁当が、1,050円からあり、昼食も兼ね購入しました。そして予定通り乗車しました(写真)。



 現在天竜浜名湖鉄道では開業20周年記念とのことで、10,000枚限定で、全線フリー切符を1,000円で発売しています。遅くとも来年3月が期限なので、この機会に訪問することをお薦めします。



Tenh2  ウナギ弁当を食べ、そのまま乗車しても良かったのですが、三ヶ日で下車。そして40分余り待ち、トロッコ列車”そよかぜ号”を捉えました(写真)。今日は行き帰り共に満席だそうです。











Tenh3  ”そよかぜ号”の動力はディーゼルカーTH3502です(写真)。なぜ茶色があるのにこれなのだろうと、先回も疑問に思っていました。理由は後で解りました。













Tenh4  直後の掛川行きで天竜二俣に到着しました。後を見ると、ナハネ20 347と、おそらくキハ20の修復を試みている様子でした(写真)。













Tenh5  改札を出、「鉄道利用証明書」をもらいます。これがないと、ジオラマ館の入場は有料になってしまいます(大人1人160円)。案内の地図とともに、丁寧に駅員さんは説明してくれました。ありがとう。



 駅前にSL公園があります(写真)。近づくと、汽車会社(現川崎重工の一部)製のC58 389号機でした。缶の蓋のハンドルも、ライトの玉もなく、少しかわいそう。







Tenh6  案内通り歩くと、機関区の扇形庫の裏に辿り着きます。もう少しで入口です。表に出ると、そこが入口で、入っていきました。



 ジオラマ館は扇形庫の業務スペースに造ったものだそうで、駅でも「扇形庫は使用中ですので、十分注意して入って下さい。」と念をおされていました。目の前に扇形庫を見て、当然撮りたくなります。社員の方に「いいですか?」と聞くと、「仕方ない。」とのことでした。期せずして撮影が出来ました。



 入口すぐ横の庫を見ると、茶色のDC、TH3501が(写真)。相当不調なのか、修繕中と張り紙がされています。これが原因で、トロッコ列車が同型TH3502の代走だったのでした。



Tenh7  扇形庫の中心は、当然転車台です(写真)。そばにはリフターも見えます。















Tenh8  扇形庫を内側から写す(写真)。TH3501と、4番線の間の屋根のない線路は、洗浄線です。













Tenh9  扇形庫の1番線からジオラマ館に入ります。運転台風のコントローラーで運転できる、鉄道模型(Nゲージ)のジオラマでした(写真)。Nゲージでもこれだけの大レイアウトだと、迫力があります。











Tenh10  外に出ると、当然正面は留置線です(写真)。現在の主力、TH2100形が何両も見えます。













Tenh11  その中に1両、イベント用の”宝くじ号”TH9200が見えます(写真)。



 なお、今回の撮影は、ジオラマ館公開時に、「やむを得ない」ということで撮影させて頂いたもので、今後ルール、マナーを守らない方が現れた場合には、ジオラマ館の公開も中止、機関区内への一般立入全面禁止といった事態に発展しかねないので、「やってはいけないことは絶対しない」ということを皆さんは必ず守って下さい。





Tenh12  そして二俣駅に戻り、50分待てばトロッコ列車が戻ってくる、とは思いましたが、内陸のためか、やはり三ヶ日より暑く、堪えきれずに目の前の掛川行きに乗ってしまいました。そして掛川駅に到着しました(写真)。



 掛川から浜松経由で豊橋へ。ついでに新豊橋で豊鉄市内線下敷きを購入し、帰途に就きました。結果予定より2時間早く家に着きました。



 そういえば、浜松機関区のあった場所には、313系ワンマン車の2次車、3101番の2連が停まっていました。昨日もY編成の5000番台6連(内2両は5300番台)が行きは関ヶ原で、帰りは大垣で停泊していました。いよいよ、旧式車もカウントダウンが始まりましたね。



 こんな感じで今日の行動を終えました。明日は無理なので、次回は何日でしょうか。でも、絶対天竜二俣の約束は守って下さいね!

近江路を行く

Omi1  昨日も予告したとおり、本日プチ取材を行いました。本日は、近江鉄道とその周辺を訪問しました。



 かつて明智鉄道を訪問した時、本当は本日の行程を予定していたのですが、その日は寝坊(正確には2度寝)をしたために行き先を変更するという苦渋の決断がありました。本日もその一歩手前まで行きましたが、何とか時間内に処理し、間に合いました。



 JR米原駅には、今日は”SL北びわこ号”が来ており、目の前で発車しましたが、カメラが間に合わず残念。また、次回に。



 そして東口に出ると、目の前に近江鉄道米原駅があります(写真)。1805と805の編成が写っています。



Omi2  近江鉄道だけであれば、「SSフリーきっぷ」(550円)で十分ですが、その後の事もあり、「びわこ京阪奈フリーきっぷ」(1,000円)を購入しました。これは近江鉄道に加え信楽高原鐵道もフリーになる切符です。これで乗車しました。



 JR側(西方)を見ると、すでに近江鉄道の新ホームが見えています(写真)。JRの駅前、鉄道総研の反対側に移設するもので、周辺はかなり大規模に線路を切り替える模様です。その後駅前を再開発するようです。



Omi3  1805に乗って彦根へ。彦根には工場と車庫があり、片隅に旧式機関車が停まっています(写真)。ED40 1、ED31 1ほかです。













Omi4  貨車の向こうには、ED31 3が(写真)。















Omi5  更に奥には、ED31 4が(写真)。本当はもっと奥で撮りたくて、橋上駅に上がり、跨線橋を東に行こうとすると、地上部は完成している跨線橋が封鎖されているのです!恐らく防犯上の理由と思われますが、非常に残念。車で乗りつけるか、大回りするしかありません。今回、大回りは断念しました。



 やはり、近江の電気機関車は動かなくても、存在するだけで価値があるものばかりなので、ローカル駅(例えば多賀大社前駅とか)の余剰の線路を利用して公園のようなものをつくれば、多少の入場料で維持管理も出来るし、乗客も増え、一挙両得と思うのですが。後は、イベントもやってくださいね!



Omi6  がっくりして高宮へ。多賀大社行き1両編成(226)が出発を待っています(写真)。















Omi7  多賀大社駅に到着(写真)。1両編成は1番線に、2両編成は2番線に停まります。















Omi8  本線に戻り八日市へ。「あかね号」701の編成が近江八幡に向けて出発します(写真)。転換クロスシートで、非常に豪華な列車です。













Omi9  八日市に戻ると、1821の編成が準備中です(写真)。この後、貴生川行きに乗車しました。













Omi10  貴生川に810が到着します(写真)。近江線全線走破です。















Omi11  階段を登り、JRの改札に入り、ホームに降りると、雷雨になってしまいました。そんな時に信楽高原鐵道の301(平成7年富士重製)が入線します(写真)。













Omi12  終点信楽では大タヌキがお出迎えです(写真)。例の事故以来、全線で1閉塞となっています。













Omi13  貴生川まで戻り、また近江線へ。一発で帰れると思ったら、日野で最初の乗り換えです。日野からは単行224です(写真)。













Omi14  八日市でまた乗り換えです。しかし彦根での3度目の乗り換えはありませんでした。



 そして終点、米原へ。鉄道総研前には、WIN450(西日本)、STAR21(東日本)、300X(東海)の先頭車が保管されています(写真)。そろそろ日没です。



 米原からJRに乗ろうとすると、お盆休みで青春18きっぷユーザーが大量に乗り換えを待っており、ホームから溢れそうでした。快速は乗車が非常に厳しいな、と思ったところへ、遅れていた”しらさぎ”が入線します。ラッキー!と乗車してしまいました。それで予定より2時間早く、しかも夕食を食べながら帰ることが出来ました。ああ良かった!



 こんな感じで今日のプチ取材は終了しました。寝坊をしなければ、明日も行きたいですね!

夜行列車に未来はあるか?

Yako1  かつて鉄道黄金時代の中枢をなし、誰もが憧れた夜行列車。急行”筑紫””さつま”の地獄のような長旅行から、”あさかぜ”に始まる冷暖房完備のブルートレイン、個室寝台、そして一時沈滞のあったものの”北斗星”から”トワイライトエクスプレス””カシオペア”に至るラグジュアリートレインの系譜があります。しかしこの”失われた10年”で、九州方面は何と2往復まで減少し、他方面も縮小の道を歩んでいます。



 ただ最近感じることは、有閑夫婦等の”トワイライトエクスプレス”のようなフルサービスの列車の需要は、決して小さくないということです。そのとおり、シーズンには普通の方法で指定を取るのも一苦労。景気の回復も着実なのか、失われた時間を取り戻すためか、乗客は確実に増えています。恐らく”トワイライト”は定期化、本数増の道を歩むでしょう。”カシオペア”も、第2編成が必要な時期が近づいているのではないでしょうか。



Yako2  そうすると注目されるのは九州方面。鉄道少年なら、空で”さくら”、”はやぶさ”、”みずほ”、”富士”、”あさかぜ”、と順番に呼べるほど、かつては大勢力を誇ったメインラインが、今は”はやぶさ””富士”が1往復で運転され、それぞれ6両、食堂車もなくなる程縮小してしまったのです。この10年間に起きたことからすれば、当然ではあるでしょう。



 しかし、もしJRに勇気があるなら、この景気回復の波に乗って、北海道方面のように、九州方面へ新しい豪華特急を走らせるというのはどうでしょうか。東京発16時50分位で、翌朝10時位に博多着、食堂車を含めフルサービスで営業する列車なら、新たな需要が見込めるのでは?列車名は文句なしに”あさかぜ”で決まりですね!もし需要予測を立てたいなら、現在の”はやぶさ””富士”の機関車次位か緩急車に食堂車を連結し調査する、ということも可能です。それだけの価値はあるのでは?



 確かにこの10年あまり、鉄道は退行の道を歩んできました。しかしこのまま退行し続けるのか、新たな挑戦をするのか、私たちは見守るしかありません。出来ることなら、新たな1ページを刻んでいただきたいものですね。



 明日はショートトリップを。次回にご期待ください。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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