75祭!

Iseji1  皆様、こんにちは。今週第2回目の”Tetsu”をお送りします。今回はJR東海の非電化区間の主力、キハ75を中心に取材しました。











Iseji2  昨日はあんなに早く上がり、気持ちよく終え、気持ちよく飲み、気持ちよく寝ていると、本日の出発予定10分前に。あわてて着替え、ひげを剃り、そそくさと出発しました。そして「青空フリーパス」(2,500円)を購入し、乗車します。伊勢鉄道の料金込みというのが、今回非常に重要でした。



 名古屋駅12番、13番ホームの向こうには、どうもDD51 1804と思われる更新色の貨物列車が(写真)。四日市方面へと走り去っていきます。



 そして私は快速”みえ”へ。既に大行列で、乗車そのものが危ぶまれましたが、何とかキハ75 2両に納まりました。当然立ち席です。しかし、停車するごとに乗客は減り、名古屋発車時は身動きも出来ないほどでしたが、四日市を越えると、先頭車へ移動できるほどになりました。やはり始発9時半は、良い時間ですね。快速”みえ”は、今改正から名古屋毎時30分発、本当に便利になりました。



 そして津に到着。表題の写真のとおり、キハ75 3の編成(2両目は103、1次車)です。



Iseji3



 キハ75が鳥羽へ走り去ると、反対にはキハ11 3が(写真)。これも1エンジンとはいえ、カミンズ社製のディーゼルエンジン(キハ75、85は2基)を搭載しています。JR東海は、高山線のキハ48まで換装した位ですから。









Iseji4  暫くすると、行き止まり式の1番線に、伊勢鉄道イセ104(イセIII形)が入線します(写真)。新潟トランシス2005年製、これも今回の取材の目的です。













Iseji5  時間になっても伊勢鉄道が発車しないので、外で構えていると、やって来ました、特急”南紀”3号が、少し遅れましたが、風を巻いてやって来ます(写真)。当然先頭はキハ85 0番台です。



 特急”南紀”は路線の都合もあり、かつての顔、キロ85(グリーン車)を満席にするのは難しかったようです。しかし、やはり貫通1100番台(100番台全車に車いす対応改造を施し改番)より非貫通の方が美しいのです。このまま特急”南紀”の顔になって欲しいですね!私たちも、午前1時間ヘッド、午後も2時間おきに発車しても程々の利用客になるまで、努力しなければ!あと、やはりキロハ84(半室グリーン車の中間車)を常に連結してみては。いつでもある、というものでないと利用は厳しいですよ。



 同列車到着後、直ちに出発信号が変わり、伊勢鉄道は私を乗せ出発しました。



Iseji6  そして玉垣に到着(写真)。ここは伊勢鉄道の心臓部、本社、車庫、工場があります。



 伊勢鉄道は、関西本線亀山から分岐する紀勢本線の四日市からの短絡線で、単独収支が悪く廃止の危機にあったものを、第三セクター化で廃止を回避したのでした。株主に東紀州地方の市町村も入っているのは、やはり特急”南紀”が通るから。今では河原田~中瀬古間の複線化も完了し、経営も割と順調といいます。そして昨年、イセIII形の増備に伴い、イセII形最後の1両が海外に渡るというニュースも流れました。



 写真左の車両はイセ101(富士重平成14年製)、右はイセ103(新潟トランシス製、年代は記録を忘れました)です。本当に、富士重は鉄道をやめちゃったんですね。



Iseji7  線路の西方は、保線機械が(写真)。手前はモーターカーとバラスト貨車、奥はマルタイ(マルチプル・タイ・タンパの略らしい)です。マルタイはJR東海という表記をペンキで消していました。











Iseji8  暫くすると2両のディーゼルカーに火が入ります。イセ101が南に進み、門形洗浄装置と、踏み段での人力洗浄のどちらにも対応した洗浄線から、イセ103が後に入ります(写真)。連結か?と期待はしたのですが、残念、順番を入れ換え、イセ101の入っていた線路に並べられます。他には誰もおらず、私一人の為に、伊勢鉄道は大サービスです!







Iseji9  のべ1時間待って、イセ102がやって来ました(写真)。これも新潟トランシス、2003年製です。終点四日市まで乗車しました。各停は1時間に1本、やむを得ないのでしょうか。











Iseji10  四日市近辺は、休日でもテンションが高い!南四日市にもスイッチャーごろごろ、そして四日市は到着するなり、DE10 1502入れ換えのコンテナ貨物列車が!(写真)平日に来たら、嬉しさの余り悲鳴をあげるかも!











Iseji11  コンテナ貨物が走り去ると、貨車の陰に隠れていたDD51 890、その後はDD51 856、いずれも青のJR貨物更新色です(写真)。他にも、今朝のDD51 1804と思われる赤い更新色や、他800番台等、本当にサンクチュアリです。跳ね橋等々、今度は貨物の多い平日にも来ないと!



 実はDD51と、DE10シリーズ(DE11、DE15)は基本設計が同じディーゼルエンジンなんです(いずれもDML61Z系、V12気筒)。しかしDE10の方が出力が大きい(1,250PS、DD51は1,100PS)のは、中間の”インタークーラー”が改良されているからです。ターボ車!結果フォイトコンバーター等の変速機は同じには出来なかったようです。でも、基本は車と同じ内燃機関だから、考え方は同じなんですよ!元は小型船舶用エンジンと言われています。



Iseji12  四日市から313系(3000番台ワンマン車)に乗車。富田には、かつての三岐鉄道のホームの跡と、三岐鉄道の電気機関車が牽引するセメント貨車が(写真)。機関車は前後ともED45、前は6号機ですが、後は前面プレートは握り棒に、側面プレートは電柱に被り、デジタルズームでも番号は判読不能です。なお、三岐線はJRとレールはつながっていますが、それは貨物用で、旅客は近鉄富田からどうぞ。







Iseji13  そして名古屋に戻り、昼食を手に入れ、東海道線へ。新快速は行列が長く、313系5000番台6両編成と分かっていても乗らず、横の311系普通のクロスシートで弁当を広げます。でも、名古屋で駅弁を買うのはもしかすると、初めて?味噌カツ弁当でした。皆さん、赤味噌は3年熟成なんですよ!火事の多い江戸では3年も保存できず、結果三河武士も白味噌で我慢するようになったとか。でも、赤味噌も食わずに、名古屋に来たことになるか!



 そして大府へ。地元最大の穴、武豊線です。キハ75 404のワンマン編成が出発を待っています(写真)。次の快速の乗客が乗れば発車ですが、既に席はほぼ埋まっています。乗り換えが終わると発車です。



Iseji14  そして終点、武豊に到着しました(写真)。















Iseji15  終端は写真のとおりです。元々武豊線は、明治初期に東海道本線を建設するのに必要な、外国から輸入したレール等の資材運搬のために敷設された鉄道で、歴史のある鉄道です。この写真の向こうにかつて陸揚げ用の設備があったと思われますが(多分トワイライトゾーンでしょう)、今回はそこまでは行けませんでした。そして、同列車で大府へ戻りました。







Iseji16  大府で乗り換え、東海道線へ。乗車は、新快速、大垣車両区Y102編成(313系5000番台6両編成)です(写真)。



 同編成もそうですが、LED技術の発達で、211系5000番台の一部を除き字幕式ばかりだったJR東海も、とうとうLED字幕になりました。時代の移り変わりを感じます。当然N700系もそうでしょう。



 今回の主眼であるキハ75は、一番いいのは新造時の編成が一度も崩されていない所でしょう。武豊線では「踏切で待つのがカッコ悪い!」だけで進入し衝突した事故もあり、整備も大変であろうに、よく維持されていますね。ある意味、整備陣の誇りでもあるでしょう。当面は安泰ですね。やはり優れた車両ですよ。



 今回も楽しい取材でしたが、特に「四日市」という禁断の味を覚えてしまい、ヨダレが出ます。また、平日に休みが取れたら行きたいですね!



 今日はこんな感じですが、残念ながら明日はお休みです。それでは、また次回。

リニアな日

Linimo1  皆様、如何お過ごしでしょうか。1日早い気はしますが、今週の”Tetsu”第1回をお届けします。



 先日も書いたとおり、阪急のイベントを取材した日の前日の休日出勤の代休を行使し、本日の取材となりました。遠征も考えましたが、今回は表題の写真のとおり”リニモ”の取材を行いました。





Linimo2  先ずは名古屋市営地下鉄東山線、藤が丘へ(写真)。左が乗車してきた5050系、5657で、右が5000系、5604です。5604の編成は、5000系01と02が廃車された現在では、03に次いで古い編成です。なお5000系はアルミ車体のサイリスタ・チョッパ車で、5050系はステンレス車体(ビートが入っている)で、VVVF制御です。両数は既に5050系の方が上で、東京メトロなら制御装置交換も考える所、5000系は貧弱なシートという欠点もあり、改造無く廃車しているそうです。今後03も廃車するでしょうか?



Linimo3  駅を出ると、名古屋人は懐かしい、皆リニモに乗るために行列した駅前の広場は、商業施設”effe”となり、まもなく営業が始まります(写真)。













Linimo4  地下へ下り、リニモの駅へ。ここで一日乗車券(800円)を券売機で購入し、乗車します。しかしこの乗車券、自動改札を何度も通す筈なのに、通常の磁気券と同じ紙です。プラスチックでないと、損傷しそうで心配なのですが。なおこの一日券、全ての駅の自販機で買えるそうですが、トランパス等のカードからの交換は出来ないそうです。



 そして更に階段を下りホームへ(写真)。リニモは発車を待っています。





Linimo5  リニモは無人自動運転可能ですが、はなみずき通り迄の地下区間(一駅間)では当面運転手が監視します。そこで一番前に座った私は、この運転手の方と話す機会がありました。カメラを発端に、実はリニモは風に弱い(正面にまともに風を受けてしまうから)なんて話をしました。でも、やはり素晴らしいし、美しい車両ですよ。



 そして運転手さんも、私もはなみずき通りで下車しました。運転手さんは運転台の制御装置のカバーを閉じ、上り藤が丘行きを待ちます。私は改札を出て、撮影を。写真ははなみずき通りの駅舎です。本当に”ガラスの城”ですね。開放感があります。



Linimo6  はなみずき通りで地上に出たリニモは、一気に高架で道路をオーバークロスします。そのため駅を出るとすぐに60パーミル(6パーセント=1000メートルで60メートル登る)の急勾配が待ちかまえています。しかも同時に既存道路に合わせ直角を2回曲がり、クランクとなっています。



 60パーミルという勾配は、かつて国鉄最急勾配の碓氷峠の66.7パーミルに匹敵し、その上は箱根登山鉄道か、でなければ大井川鉄道井川線のアプト区間位です。碓氷峠ならEF63という専用機関車を使用し、箱根登山鉄道はベルニナ号のように特殊な車両になり、まして井川線はアプト式ラックレール(歯車レール)を使用する、といった鉄輪では相当特殊な装備が必要です。しかしスピードはかなり落ちるものの、リニモではそれほど特殊な装備もなしに登れます。詳しくは、リニモのホームページを見られては如何ですか。写真は、その区間を登るリニモの様子です。



Linimo7  クランクを越えると、次は杁ヶ池公園です(写真)。すぐ北側はアピタで、大駐車場を備えています。万博時は多くの自動車利用客が駐車し、ここからリニモに乗車し入場していました。帰りにはついでに買物食事等もしていく利用客も多かったそうで、メリットは大きかったようです。車でのリニモの取材には、駐車料金はかかりますが、この駅が一番のようです。







Linimo8  次の駅は、長久手古戦場です(写真)。名前の通り、長久手の合戦のあった場所です。現在は、周辺の広い敷地を利用して、バスターミナルが出来、付近の大学への通学用無料バスが出ています。バスは無料ですが、学生証の提示を求められるそうです。









Linimo9  車窓からは、トヨタ博物館(自動車博物館)、万博記念公園の大観覧車が見えます(写真)。博物館の手前は名鉄バス長久手営業所で、この近辺のバスの心臓部です。













Linimo10  古戦場の次は芸大通です(写真)。高架は猿投グリーンロード(無料区間)で、他の道路とは立体交差になっています。このすぐ南は、万博道路の名古屋瀬戸道路の現在の終点、長久手インターの料金所です。この先リニモは、この道路をアンダークロスするため少し高架が低くなります。









Linimo11  更に一駅、公園西口です(写真)。万博当時巨大な団体バス駐車場があり、西ゲートもありましたが、今は農地として復旧しています。農地法で認められた一時転用だった、ということでしょう。現在ここからは公園には入場できません。











Linimo12  愛・地球博記念公園駅(旧称「万博会場」)に到着。現在では、万博当時乗車に使った仮設ホーム0番線、5番線は撤去され、関連施設も壊され、何も残っていません(写真)。東側にあった燃料電池バスのターミナルは、路線バスのターミナルとして現在も使用されています。周辺はその名の通り”愛・地球博記念公園”の整備が進められ、一部は完成し公開されています。社会問題になった”サツキとメイの家”も、今なら入れますよ!



 元々ここは「青少年公園」という公園で、昔国際児童年に合わせて開催された子供博の会場として整備され、各種運動施設があった所でした。なおそれ以前は知りません。万博が会場の環境問題で大騒ぎしている時に、権利問題が発生しないこの「青少年公園」を活用する案が出て、結果あのような形態になったのでした。因みにマンモスの保存に使われた冷却装置は、その場所にあったスケートリンクの設備を活用したのだそうです。



Linimo13  一駅先は、陶磁資料館南です(写真)。恐らく一番乗客が少ない駅でしょう。エレベーターはありますが、エスカレーターは全て準備工止まりです。北側は万博当時路線バス、タクシーの乗降場でしたが、現在は整地されているものの更地です。南側は、今年の春のイベントの時に取材した、リニモの本社、車庫及び工場で、元は鉱山跡地でした。居住人口は0で、少ないのは当然か。なお陶磁資料館へは北へ600メートル程歩くそうです。





Linimo14  駅に戻ると、次発は回送と出ています。おっ!これは!と一駅戻ります。構えていると、車庫への回送線から、車両が入線し、愛・地球博記念公園駅の2番線と3番線の間の線に入線します(写真)。











Linimo15  一旦駅で停止し、線路の切り替えを待ちます。線路は、モノレールや新交通システムのポイントと同様の構造のようです。車両を見ると、連結器に住友のマークが(写真)。かつての住友式自動連結器ではなく、単に住友金属製であるだけだとは思うのですが。









Linimo16  ポイントが切り替わり、発車!八草まで回送されます(写真)。残念、現在は愛・地球博公園始終発はありません。設備はそれが出来るような構造にはなっているのですが。













Linimo17  そして下り終点、八草へ。八草に到着したリニモは、一旦駅の東方に進み、ポイントを越え、行き止まりまで行き、ポイント切り替え後折り返し戻ってきます(写真)。



 なぜこのような形態になったかというと、かつて計画で東部丘陵線と呼ばれていた時代、万博瀬戸会場のあった海上の森をメイン会場と計画しており、そこへの交通手段として第2期延伸工事を行う計画があったからです。結局瀬戸での万博は縮小、その跡地にも住宅団地は建設されず、事実上必要なくなったのですが、今後情勢に変化が生じた時に、有効活用されるのか。当面はこのままです。



Linimo18  改札を出ると、予定していた出口がありません。窓を覗くと、かつて万博八草と呼ばれた頃に設置されていた愛知環状鉄道のホーム、改札、万博用エントランス等は全て撤去され、駅前のバスターミナルもコンビニもなく、更地になってしまいました(写真)。現在、今後の利用計画を考えている、という所でしょうか。なお、ここは豊田市です。豊田市さん、早く国道155号側出入口を整備して!



 これで取材は終了、そのまま藤が丘へ一本で帰りました。



 今日は平日でしたが、通勤時間帯以外では、正直空席が目立つようでした。沿線はまだ未開発な所も多く、まだまだこれからのようです。ただ、周辺は広大な土地を生かした大学も多く、これらの学生が利用するようになれば、利用者は増えそうです。バスとも共存を、という所でしょうか。しかし、自家用車の方が安くて、楽、という声もあり、今後こういった人々にどう利用して貰えるか、といったことも考えなければならないのでしょう。



 先日のピーチライナー廃止でも分かるように、愛知県には多くの公共交通機関が建設されましたが、どこも皆苦しい経営です。これらの交通機関の利用を促進する方法を、少し考えなければならないでしょう。環境の時代、効率的な運用を、今後進めていく必要がありますね。



 今日はこんな感じです。明日は、寝坊しなければ取材です。

100年祭

Toyo1_1  昨日の車による大長征に続き、今日も取材を行ったので、”Tetsu”をお届けします。



 昨日が昨日だっただけに、今日は寝坊をしましたが、それでもまだ午前で十分に時間があったので、今日は豊橋へ。名鉄特急に乗り、豊橋駅から徒歩2分、辿り着いた新豊橋(写真)。豊橋100祭記念、「穂の国ワンデーフリーきっぷ」(1,100円)を購入しました。豊橋市内だけでいいなら、同様に「ワンデーフリーきっぷ」(650円)もあります。そして乗車しました。



Toyo2_1  まずは渥美線終点、三河田原へ(写真)。乗車したのは、1800系最終番号、1809の編成です。元東急7200系、電装品は東洋電機製です。しかし主流は日立製だそうです。











Toyo3_1  三河田原駅は、土蔵風の駅舎です(写真)。ここからは、伊良湖、和地等の渥美半島先端への豊鉄バスが出ています。シーズンには、恋路が浜上空で鷹の一種サシバが志摩半島への海上の渡りの準備をする姿が見られ、野鳥ファンを喜ばせています。











Toyo4_1  三河田原では折返しの停車は10分余りありますが、15分待って1本遅らせたのは、行き違いで「なのはな」が来るのを知っていたからです(写真)。1807の編成であり、「なぎさ」ともども伝統の塗色です。











Toyo5_1  そして折り返し、高師へ。新豊橋方面へ去りゆく「なのはな」の横には、被災車両が留置されています(写真)。













Toyo6_1  下車し、田原方へ歩きます。向こうには高師工場があります(写真)。先回の取材時には建設工事中でした。留置線の真ん中の青い電車は、「なぎさ」(1804の編成、写真側は2804)です。本線の線路の反対側、国道259号沿いにあった留置線は整地され、時間貸し駐車場になりました。車での取材にも好適です。なお、ここは豊橋市内で、「ワンデーフリーきっぷ」の範囲に入っている筈です。そして次の電車で新豊橋へ戻りました。







Toyo7_1  豊橋からは豊鉄東田本線(豊橋市電)豊橋駅前電停へ。岐阜から来たモ786(日の丸薬局)、運動公園行きがやって来ました(写真)。お祭りで、大混雑です。













Toyo8_1  そして終点、運動公園電停へ(写真)。ここもお祭りです。















Toyo9_1  先ほどの電車で折り返し一区間、井原で降り、また一区間赤岩口を目指そうとしましたが、信号は赤い「×」で、電車が入っていることを示しています。この電車が井原まで戻ってからでないと赤岩口行きは来ないので、仕方なく歩きます。もう少しで赤岩口、という所でモ3201、「出雲殿」がやって来ました(写真)。









Toyo10_1  赤岩口車庫には残っているのは3両でした。まず1両目、モ3702、レトロ電車です(写真)。













Toyo11_1  あとの2両、東京の方が懐かしがるであろう、モ3502と、「豊鉄下敷き」(350円)によるとモ3503(後)が停まっています(いずれも元都電7000系)。本当に今日は大イベントで、市内線の工場も出払っており、豊鉄社員も総動員です。











Toyo12_1  乗れる列車を撮影の間に逃してしまったので、次の電車はなかなか来ません。通常赤岩口、運動公園、複線の終わる競輪場前と全部比率は同じですが、競輪場行きをおそらくサテライト会場だった運動公園行きに振り替えた結果、今日の市内線の防護無線は通信、指示が多く、大変でした。やっと来たのはモ3202、「KEIRIN」電車です(写真)。







Toyo13_1  そのまま帰った方が空いていて良かったのですが、競輪場前で下車。「あっ!」という間に行き違ったモ801は、回送表示で帰庫します(写真)。今日はクロスシートが災いするのでしょう。











Toyo14_1  競輪場前で下車したのは、というより今日何でこんな微妙な天気の日に無理して取材したかというと、全てこのため、「花電車」(モ3102)の撮影のためでした(写真)。



 実は昨日今日と豊橋は市政100周年記念のお祭りで、この祭りのためにわざわざ冒頭でも触れた期間限定のフリーきっぷを作成し、花電車を用意し、色々とイベントを行ったのでした。今日は一日中広小路通りは会場で、午後5時からは市内線を新川で打ちきりにして、駅前大通りも通行止めにして大イベントをしているそうですが、この天気、どうしているでしょうか。なお、この装飾は本日限りです。



Toyo15_1  祭りも見たい気はしましたが、明日もあるので帰宅します。やはり帰りも名鉄、1000系+1200系の一部特別車編成(本線特急用編成)です(写真)。



 名鉄発表資料によると、数年内に特急には”ミュースカイ”を除き全て一般車を連結するそうです。そのため2200系を増備、1600系は改造で残りますが、名古屋本線特急用に入っていない全車特別車特急用1000系は、全車廃車するそうです。まだ車齢も浅い1000系の廃車は早い気がしますが、政策転換、結果使い道なし、ということなのでしょう。名古屋本線特急のように2両ずつ2つに分割し、1200系を新造、という方法もある気がしますが、やはり初期の半導体制御車ということで、いまさら1200系も遅く、増して特急がデコボコ編成では恥ずかしい、ということなのでしょう。名鉄7000系、5300系、1000系は、今後要注目です。



 そして今日も自宅です。一度全滅してもやり直せるのは、やはり自宅ならでは。また明日から仕事を頑張り、次週の”Tetsu”の取材が出来るようにしたいと思います。それでは、次回をお楽しみに。

ディーゼル三昧!

Kamio1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週のTetsuをお届けします。



 先ず、今回もアーカイブから。2000年(平成12年)の夏の青春18きっぷのシーズンに、糸魚川駅4番線で撮った、キハ52 124号です。この当時も、大糸線南小谷~糸魚川間は同系列で営業されていましたが、糸魚川鉄道部色で、復活色はありませんでした。しかし、本数は今より多かった気がします。



Kamio2  今回は、まず前半戦、大糸線でした。昨晩自宅を車で発ち、久しぶりのロングドライブになり、多くの装備とともにウキウキしていました。塩尻、松本から、国道147号、148号で北上し、根知へ。駅構造を偵察する際、廃道になった旧道に迷い込み、行き止まりにドギマギしましたが、普通あるような案内看板がなく、夜中には不安な位置でした。もしカーナビがなかったら、多分発見できなかったでしょう。



 晴天が予報だったのに、雨が降り、道路改良が完成していない国道148号は、いつ通行止めになるか、本当に不安でした。



 そして糸魚川へ。しかしまだ日の出前であったため、近くの24時間スーパーの大駐車場で仮眠し、午前6時を待ちました。



 朝の糸魚川駅は早く、入場券を購入し入場すると、既に2両のキハ52のエンジンは盛大に吹き上がっていました(写真)。左の2番線でヘッドライトを点け、出発を待つのは、キハ52 156(首都圏色)。右の4番線でその後の出発を待つのは、キハ52 115(国鉄色)です。



 糸魚川駅は、駅前に10台位の機械式パーキングがあり、車で取材が可能です。しかし制限時間を少し超え、100円余分に払いました。それなら、115の発車まで待ったのに!



Kamio3  糸魚川鉄道部の全景です(写真)。レンガの矩形庫、明治さながらですね!実はその後(西方)には転車台があるんですよ!しかし北陸新幹線の工事で、壊すとか、壊さないとか。熊本になっては手遅れですよ!中にはDE10、15が入っています。でも、本日待機の筈ののキハ52は、何処へ?糸魚川色は?



Kamio4 糸魚川を発ち、根知へ。暫くすると、キハ52 115が平岩から折り返してきます(写真)。下り始発です。











Kamio5  1時間待ちます。するとまたキハ52 115が、糸魚川から改めて南小谷を目指します。2分遅れて、キハ52 156が、行き違います(写真)。ビミョーに停止位置がずれていて、行き違いの決定的瞬間は失敗です。暫くして、両列車とも出発します。



 根知は、南小谷~糸魚川の大糸線JR西区間では唯一の交換駅ですが、特に昼の間引きが激しく、交換も日に数回になってしまいました。回数は、大時刻表で確認してください(全部で4回、10月21日のダイヤにて)。撮影可能時間内では、大変ですよ。





Kamio6  前半戦を早々と終え、後半戦、というよりメインイベントは、まもなく廃止になる神岡鉄道です。



 根知(糸魚川市)から奥飛騨温泉口へのルートは、親不知回り(高速、国道8号の双方がありますが)と、安房峠道路回り、の二つで、間にはアルペンルートしかありません。ここは普通車通行は不可能で、事実上どちらかしかありません。カーナビは高速を指示しました。直線なら距離は知れているのですが、本当に遠い!11時の列車には間に合わない、と思ってゆっくり給油洗車し、道行くと、猪谷で迎え撃てそうだ、と解り猪谷へ。月極駐車場ばかりで、仕方なく違法駐車し彷徨いていると、やって来ました「おくひだ2号」(KM-151)が!(写真)。今日は満員です!



Kamio7  1番線にJR西日本のキハ120 344が停まっており、乗客が移るなあ、と思っていると、2番線に富山発のキハ120 352が入線し、大量の乗客が神岡鉄道を目指します(写真)。キハ120が2両並びます。かつてはJR東海車も乗り入れていたのですが、以前の取材のとおり、角川~猪谷間は未だ不通のため、現在西日本車しか入らないのです。乗客も半減、1両で間に合うようになってしまい、寂しい限りです。せめて復旧が廃止に間に合えば良かったのですが、残念。





Kamio8  違法駐車を離脱し、飛騨中山(旧字出ません)で撮影していると、先ほどは猪谷で発車を待っていた「おくひだ2号」が到着します(写真)。手を挙げて、乗車しない旨意思表示すると、列車は他に乗降客が居ないことを確認し、発車しました。話によるとこの駅が一番利用客が少ないとか。









Kamio9  次の茂住駅は、国道の対岸にあり、橋を渡った所に駅舎があります(写真)。かつては交換駅で、駅員もいたそうですが、現在は無人化され行き違い設備も撤去されました。この駅に怪しいカップルがいたんですが、何してたんだろ?











Kamio10  次の漆山駅です(写真)。ここも国道の対岸で、また橋を渡ります。















Kamio11  次は神岡鉱山前で、車庫、ヤードがあります。到着すると、先ほどの列車は奥飛騨温泉口に行き、この駅まで戻ってきました。そして奥飛騨方に「おくひだ1号」を連結し、2両で運転です(写真)。最後を前に、これを写せたのはラッキー!











Kamio12  鉱山前駅のヤードの線路には、KMDD132が、以前より南側に移動していました(写真)。このまま営業終了の模様です。













Kamio13  少し北には、ヤードから続く、鉱山への引き込み線の鉄橋が(写真)。これも無用の長物となり、撤去費用が大変です。













Kamio14  神岡町市街地に入り、神岡駅へ(写真)。ここも月極駐車場だけで、違法駐車しか停める方法がありません。でも橋の上の駅なんて、怖い!













Kamio15  次の神岡大橋駅です(写真)。



 かつて神岡鉄道は、各駅に七福神を置き、活性化を図ろうとしていました。しかし全部回るには、あまりに列車本数が少なすぎ(多くしても利用者は見込めなかったのでしょうが)、結局車でしか記録できなかったのは残念。次回は、と言いたいですが、また来れるでしょうか。多分今回で残念です。









Kamio16  奥飛騨温泉口駅です(写真)。前には立派な駅名札、中にはいつも通りKMDE101が鎮座しています(写真)。奥は駅、車はここに停めるのが一番良いようです。













Kamio17  神岡鉱山前から、列車がやって来ました(写真)。「1号」は、団体用でした。これに有料乗車し、猪谷を目指しました。













Kamio18  猪谷にまた来ました(写真)。















Kamio19  そしてまた奥飛騨温泉口に戻りました(写真)。本当に、秋の日は釣瓶落とし、との諺通りで、光線の加減が変わってしまいました。



 そして車で帰宅しました。現在自宅です。



 前半、大糸線は、古きよき車両が残り、良い感じです。これ以上列車本数が減らないように、利用するよう心がけたいですね。



 後半、神岡鉄道は、多分今日がお別れになるのでしょうが、最後まで任務を全うしていただけるよう、心から願うのみです。今日は皆様、ありがとうございました。明日は、気分次第です。

マルーンの色を追いもとめ、

Shou1  皆様如何お過ごしでしょうか。昨日の投稿が無く、心配する方がいたかも知れませんが(いるわけないか!)、無事です。今週の”Tetsu”をお届けします。



 昨日の投稿がなかったのは、またしても休日出勤があったため。休みが減れば大変ですが、代休は頂ける仕事のため、またいつかの取材に有効活用させていただきます。



 そこで今日の取材となりましたが、今日は阪急正雀工場のイベントに行って参りました。



 最近少しいいことがあったので、ここ数日は祝杯ではなく、前祝いで飲んだくれています。そのため昨日も仕事から帰ってきてからまた飲んでしまい、いい感じで安眠し、目覚ましが鳴っても「早いから」と、また気持ちよく朝寝をしてしまいました。その結果出発時間を20分も過ぎてから目覚め、時計を見て真っ青!ひげも満足に剃らずに出掛けました。乗り継いで、もう少しで近鉄に乗れるぞ!という所で、乗っている電車が場内信号に引っ掛かり、近鉄特急は1分前に行ってしまいました。”Time Limit!”



 気を取り直し、30分後の特急に乗車。大阪では50分位遅れるのだろうと分かっていましたが、他に方法はありません。やはり近鉄特急に乗って、一番幸せだと思う時間は、53号ポイントを渡り、中川短絡線を抜ける時です。たとえそれが12200系でも、45キロであそこを抜けるのは、まさに「幸せ!」まるで「花道」と言う人もいました。



Shou2  本当に50分遅れで鶴橋に到着し、JR、阪急京都線で淡路と乗り継ぎ、目的地正雀に到着。すでに阪急電車は大サービスです(写真)。8330始め8連が洗浄線を抜け前に来ており、後にもP-6等が写っています。駅を出て、駅前の工場に向かいます。既に昼過ぎ、ピークは過ぎていました。









Shou3  阪急正雀工場名物、P-6(100系)、116です(写真)。かつての新京阪電鉄からの車両です。





















Shou4  116の後は、900です(写真)。京都市、大阪市、神戸市の3市のマークを重ねてつくった、かつての「京阪神急行」の社紋が入っています。どちらもリベット打ちがはっきり分かります。これらの戦前製の車両が動態保存である所が、阪急の凄い所と言うべきでしょう。













Shou5  普段は昼間の活躍が見られないレール削正車が、今日の一番手前です(写真)。3両編成で、一番梅田方が動力用機関を装備した車両です。前から水を撒いています。













Shou6  「一歩下がって!」職員さんが注意します。それもその筈、この機械はレールを砥石で削正しているので、火花が飛ぶのです(写真)。火事にならないように、水は車体の何か所でも撒いています。幸い阪急は世界標準軌のため、海外の鉄道機械でもJR在来線のように特注せずに使える所は、やはり羨ましいでしょう。









Shou7  後は工場の留置線。手前に5313始め8連(らしい)が、ヘッドマークを付け停まっています(写真)。













Shou8  その横には、右から2313始め7連、3064始め8連、電柱の陰に6004始め8連が停まっています(写真)。2313は、恐らく阪急の現役車両としては現在嵐山線の運用に入っている桂車庫の2309の編成に次いで、2番目に古い編成です。ただ、能勢電鉄には2000系、2100系の仲間もいるとか、いないとか。



 阪急は番号の整理が簡単で、P-6(100系)から始まり、3桁を終えると1000系、2000系、3000系と上がっていきます。多くの私鉄は4000は使いませんが、阪急の4000番台は、事故時に使う救援車に当てられています。そして5000系、6000系、7000系、8000系、最後に現在最新の9000系に辿り着きます。でも、9300系じゃ、可笑しいじゃないですかと言いそうですが、昔は京都線と神宝線は電圧が異なっていた名残で、京都線用は3桁目を300、あるいは800を充てるのです。



 1000系は既に全滅、2000系の京都線用2300系、2301の編成が昨年勇退したのは、記憶に新しいところです。私は、プロの写真家が撮った、P-6、1000系から8300系まで順番に並べた写真を見たことがあります。当然正雀工場での撮影でしょう。



Shou9  8330の編成は洗浄線体験の試乗車両でした(写真)。私が並ぼうと思う頃には、既に受付終了でした。













Shou10  そこで、折角正雀工場に来たのだから、P-6に乗らない手はない!と思い、試乗の列に。100人ごとに区切って乗せたので、30分ほどで乗車できました。全ての回に、車庫の中を2往復します。ウッディーな内装を見ると、これが現在の阪急にまで受け継がれているのだ、と思いました。



 降りると、まず表題のようにP-6の前で撮影します。そして奥には、右が去年デビューした9300系の9300編成、左が今年デビューした9000系の9000編成が停まっています(写真)。いずれもトップナンバーであることから、きっと早朝に撮影会をやったのでしょう。次回はそれにも参加できるよう朝早くから来なくては!やはり阪急電鉄ファンクラブに入るのが一番!



Shou11  滞在1時間あまりで、もう少し居たい気はしましたが、残念、今回は写真撮影会ではなく、撮れる車両も限界に近かったこともあり、少々の買い物をして帰途につきました。 しかし正雀は桂とは違い、各停しか停まりません。行き過ぎる電車を見て、少し恨めしくも思いますが、でも撮影もしたくなります。



 やっと来た各停は天下茶屋行き大阪市交通局堺筋線用の、66613始め8連(写真)。堺筋線の車庫は東吹田にあり、全て阪急線に入り帰庫します。つまりこれは東京メトロの半蔵門線鷺沼車庫と同じことです。



 そして折角大阪に来たのに勿体ないのですが、近鉄特急に乗り、現在自宅です。明日休めればまた関西遠征にでもしたのですが、それは叶わず、またそのうちに。



 多くの課題は残されましたが、今後に乞うご期待。それでは、また次回。

こんな天気の日に(III)

Naka1  昨日までとうって変わって、今日は晴れた地域も多いことでしょう。皆様、如何お過ごしでしょうか。本日は、「三連休パス」の最終日、ご報告申し上げます。



 まずタイトルの写真に今日も驚きますが、これはアーカイブから、2002年(平成14年)のシーズンに写した、奥中山の有名撮影地における記録です(昨日のアーカイブと同じ遠征にて)。更新色で残念ですが、ED75 124が、更新前の車両と重連でサミットを登り切った所です。今でも撮れそうな気がしますが、キロポスト(581キロ)と更新前の架線柱に注目。



Naka2  次は同日、またこれも”はつかり”E751系(A100番台のいずれかですが、詳しくは分かりません)の写真です。ここを現在同系が通ることはまずなく、これも嘘がつけません。











Naka3  こんな写真が続くのは、今日の最大の目的が、奥中山(すなわち十三本木峠)であったからです。そのため、なるべく近い所に宿を取ろうと思ったのでした。正確には、昨日撮影する筈でしたが、東北地方の天気が原因で、今日に順延したのでした。



 まず八戸駅へ。古い鉄には、「尻内」と言った方が通りがいい所です。ここが、青森方の起点でした。IGR(いわて銀河鉄道)7000-102ほか2連が停まっています(写真)。





Naka4  今日の最初の乗車は、青い森鉄道700-1(元クハ700-1037)です(写真)。出発進行!













Naka5  かつて一戸には蒸気時代、奥中山越えの補機運用を中心に、小さいながらもD51数両が在籍した「一戸機関区」が置かれていました。ここから本務機の前や編成の後に、補機を連結しました。当時は単線でしたが、さすが東北本線で、後ろ向き補機では速度的について行けないので、ここと沼宮内(現「いわて沼宮内」)の転車台で向きを揃えていました。



 現在は写真のとおりです。機関区、機関庫どころか転車台さえも残っておらず、線路もなく、複線電化が完成した昭和43年10月(いわゆる「よん・さん・とお」)から随分時間が経っていることを物語っています。今では隣の二戸に新幹線が来る位ですもんね!



Naka6  そして、奥中山高原駅に到着しました。JR当時は「奥中山」と言っていましたが、現在は第三セクター「いわて銀河鉄道」の昼間有人駅で、今日は可愛い駅長さんが改札をしていました。











Naka7  交番の横の道を東に向かうと、国道4号線に出ます。昔は自販機とガソリンスタンドしか記憶に無いのですが、今はこの交差点にコンビニが出来ました。



 国道に沿って北へ歩いて5分位の所に、「いわて銀河鉄道 奥中山き電分所」という給電所があります(写真)。さらに北に向かいます。







Naka8  国道に「十三本木峠 標高458m」と出ています。ここが峠のサミットです(写真)。この左手の山が、鉄道のサミット、中山トンネルです。













Naka9  跨線橋から望む中山トンネル北側出口です(写真)。右が下りで恐らく旧線、左が上りで新線と思われます。













Naka10  撮影ポイントへ。よく見ると、勾配の表示が(写真)。20.0と書かれていますが、これはパーミル(道路のようなパーセントではない)で、20.0パーミル(つまり1キロで20メートル登る勾配)ということです。因みに現在の東北線貨物の主力EH500形は、この勾配で停止した1000トン貨物を引き出せるよう設計されています。それはED75重連とも、D51前三重連プラス二後補機とも同じ出力です。







Naka11  ゆったり構えていると、突然下り線に振動が。慌てて写真を撮りました(写真)。EH500-2牽引のコキ編成のようです。













Naka12  目的の上り列車は、ED75重連、EH500各1本、あと普通でも、と思っていたら、北海道で災害か?と思うほど何も来ません。冷静に考えると、今日は三連休最終日で、貨物もあまり無いのです。先回は平日だったもんなあ!結局2時間張って、上りはIGR7000系1本きり、本当にボウズです(写真)。「三連休パス」は奥中山も乗車できますが、肝心の貨物が少ないですよ!







Naka13  帰りの列車に遅れまいと、ボウズのまま帰還。奥中山高原駅の構内は広いのですが、それもその筈、単線非電化時代、上下とも登り切った蒸気機関車の休憩所で、炭水車の後ろに行った石炭のかき寄せや、給水などを行った場所です。ただ当時はもう少し長かったらなあ、という話もあったそうです。写真はその当時からあったであろう、建物の最後の姿です。



 乗車した電車は、前線基地だった「いわて沼宮内」に停車します。しかし現在ここには新幹線の駅も出来、残念ながら転車台の名残など何処にもありません。



Naka14  盛岡から新幹線に乗り換えるべく準備すると、何とIGRホーム1番線には、花輪線の運用に入るキハ58 1523、反対はキハ58 1513が停まっています。昨日大館の側線に停まっていたキハ58の編成ですよ!昨日の記事にも1513は写っていますよ!今日は運用に入ったようです。しかし両方とも2エンジン、夏期の冷房はどうするのでしょう。でもこの写真を撮っただけでも、今日は収穫がありました。



 今は自宅に帰りました。今回は本懐を遂げられませんでしたが、また次回があったら、頑張りたいと思います。それでは、また次回。

こんな天気の日に(II)

Hachi1  如何お過ごしでしょうか。今日は東北行2日目をお届けします。



 まず表題の写真に驚きますが、これは2002年(平成14年)夏、東北に遠征したときに撮影した写真です。これは大館にて、花輪線用のキハ58 1525です。当時はまだ周遊券に北東北ゾーンがあり、十和田湖ゴールドラインなど鉄道を離れた観光も楽しんだものでした。



Hachi2  実はこの前日は、大館のあの有名な旅館に泊まらず、何と弘前のシティホテルに泊まってしまい、大館~弘前間を2日間で2往復!前日には写真のとおりキハ52 100番台迄は分かります(キハ52現存車はすべて100番台)が、細かい番号はわかりません。その位花輪線は昔の塗色(国鉄色)が復活しているのでした。







Hachi3  今日も花輪線を目指すべく、まず秋田へ行き、そこから大館を目指すという計画でした。



 秋田駅には男鹿線ディーゼル、キハ40 543始め4連が、出発を待っています(写真)。









Hachi4  待っていると、上沼垂色の485系”いなほ”が入線します(写真)。先頭車は、クハ481 1508(T18編成)でした。



 485系1500番台は、485系に可能な限り耐寒耐雪装備を施し、北海道用とした車両で、札幌~旭川間で特急”いしかり”として営業しましたが、冬季装備が不十分だったために、冬季は計画運休を余儀なくされ、後に781系”ライラック”デビューと共に本州に戻ってきました。しかし電動車は現存せず、先頭車クハ481 1500番台の一部のみ新潟に現存します。判別法は簡単で、運転台上のライトが2灯式のボックス型になっているところです。



Hachi5  今日は予定通り乗車し、大館に移動しました、と書く予定でしたが、乗車予定の列車がこの天候が原因で遅延し、結局”かもしか”に乗車した方が早いと言われ、結局そうしました。写真は”かもしか1号”、485系1000番台3連、先頭はクモハ485(1005、10/9追記)です。編成番号は、手元では分かりません(かもしか3編成、10/9追記)。









Hachi6  そして大館に到着。”かもしか”の写真を撮り忘れて、撮ったのがこの写真(写真)。キハ58 1513(おそらく盛モカの車両)です。













Hachi7  奥では貨物駅でEF81 149が、貨物の入換に従事しています(写真)。















Hachi8  暫くすると、EF81 48牽引の”日本海3号”が入線します。これが定時なら良かったのですが、残念1時間遅れです。そのため花輪線快速”八幡平”に乗れず、どうすべきか随分考えましたが、結局乗車しました。











Hachi9  乗車した客車オハネ25(24系25形)は既に寝台客はおらず、広い空間があります。そのため、装備を広げても誰も文句を言いません。



 途中駅弘前にはED75Pでも有名な、ED75 1028号機が停まっています(写真)。工場出場時に「ED75」と大きくペイントされました。







Hachi10  さらに進み、青森が近くなってきます。昔の新青森駅の近辺は林で、「何でこんな所に?」と思っていましたが、今はここまで工事が進んでいます(写真)。













Hachi11  青森駅に到着すると、直ちに回送の準備が(写真)。既に時計は午後を示しています。DE10 1536が客車を母基地のJR東日本青森車両センターに回送する準備をしています。











Hachi12  客車から切り離された敦賀機関区所属のEF81 48が残されました(写真)。後で青森車両センター東派出所(旧青森機関区)に単機で回送されるのでしょう。













Hachi13  幸か不幸か、白鳥は約30分遅れで、私はすぐに乗車できますが、待たされている方はたまったものではありません。私は列の一番後でしたが、隣客の条件は非常に悪かったものの何とか座れました。



 しかし青森~八戸間は今日の降雨区間。徐行で、30分遅れが1時間30分遅れになって、八戸に到着しました。これだけ遅れて接続待ちをすると、東京まで狂ってしまうので、見切り発車してしまいました。今日”はやて”に乗らずに済んで、よかった!



 乗り換えの列車待ちの間に他のホームを見ると、右から485系3000番台の8連特急”白鳥”、6連特急”つがる”、キハ100系快速”しもきた”が待機しています(写真)が、折り返し下り方面は発車できず、大変です。



Hachi14  この次は、八戸線(写真)。久慈行き(左)と、終点列車が並びます。















Hachi15_1  そして鮫ですれ違ったのは、首都圏色(タラコ色)のキハ40ほか3連です(写真)。写真はキハ40 551、ほかキハ48 1518、キハ40 590のいずれも朱色です。そして今日の投宿地に辿り着きました。



 明日は今日の続きですが、天気は今日のようなことは無いとのことで、安心しています。花輪線は残念ですが、また次回にでも行きたいと思います。それでは、明日は何処へ行きましょうか?

祝!10,000アクセス

 本日時点で当ブログの総アクセス数が10,000件を越えました。思えば2年余り前、拙い試験から始まり、やっとここまで成長しました。



 先回も言いましたが、今後とも「正確に」「新鮮に」「徹底的に」取材する所存ですので、今後ともよろしくお願いします。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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