東西に抜ける風

Tozaif1  皆様、如何お過ごしでしょうか。1週間空いてしまいましたが、今週の”Tetsu”をお届けします。今回は、東京メトロ東西線のイベントに参加しました。











Tozaif2  通常なら昨晩の”ムーンライトながら”で東京入りするものを、今日に限って朝新幹線に乗りました。減光しない(できない)373系で休むよりは、やはり3時間でもベッドに寝れる方が絶対楽です。それで今朝は起きた時間に新幹線に乗ろうと思い、5時に目覚ましを合わせておきましたが、結局得意技をかましてしまい、7時過ぎに自宅を出発しました。ただこの時間帯の”のぞみ”は、新大阪発6時前後のため、最寄り駅から乗る時は空席が多く、お得感が非常に強いです。



 富士山占いもバッチリで、期待を持って東京入りしたのですが、時間は10時近くとなり、正直「遅刻した」感は否めませんでした。



 下車後そのまま直接東西線に乗車し、東陽町で下車、徒歩10分余りで東京メトロ深川工場に辿り着きました(写真、撮影は帰り道)が、既に大行列、昼までに入れるかどうか心配でした。しかし、割とすんなりと中に入れました。やはり今回もいつもどおり入場者名を書かされました。



Tozaif3  中に入ってまず最初にすることは、当然撮影です。そのために来たのですから。



 東京メトロ深川工場は、東西線東陽町から分岐する入出庫線を通り電車は入場しますが、配線の都合から東西方向が反対向きになるため、東向き正面が中野・三鷹方面(国鉄風に言えば、偶数向き)になります。写真右はアルミの5150(行先表示は快速西船橋)、左はお馴染みステンレスの5009です(行先表示は東陽町)です。アルミの5000系の記憶はあまりないのですが、6000系の試作も兼ねていたそうです。アルミを梨子状に処理することで、無塗装でも301系のように見苦しくならなかったそうです(当然製造はアルミの得意な川崎重工でしょう)。この成功で東京メトロはアルミ無塗装車が非常に多くなったのでした。



Tozaif4  北東方から見た全景です(写真)。入場行列でもこの外から見えるため、三鷹電車区の時のように断念しようとも思いましたが、諦めなくてよかった!しかし、開場時に間に合えば、もっと日光の向きが良かったのでしょうが、寝坊では仕方ない。











Tozaif5_1  太陽を味方に、南東方に移動します。写真、左手前から、先日有楽町線から二重橋前の渡り線で千代田線綾瀬、そこから中野まで甲種車両輸送で大移動して入線した、07系07-003(第3編成10両目、行先表示は九段下)、05系05-043(第43編成10両目、行先表示は西船橋)、05系05-002(第2編成10両目、行先表示は快速中野)です。05系も製造年次により外観まで変わりました。制御装置もチョッパ制御とVVVF制御と異なり、本当に同じ形式と呼んでも良いのでしょうか?更に07系、JRのE231系800番台、東葉高速鉄道2000系も入り、逆にいろいろな電車があって楽しみでもあります。ただ、出来れば先日引退した東葉高速1000系(元東京メトロ5000系)もここに並んでいると、最高だったのですが。



Tozaif6  入口から撮影会会場の間には東西線に関する各種ポスターが展示されていました(写真)。



 建屋の中には模擬店があり、10000系クッキー、深川めし(ここは深川ですしねえ!)等々、販売していました。









Tozaif7  そして入出庫線の高架を潜り第二会場へ。行列は記念1日乗車券です。これを購入し、中へ。警視庁、東京消防庁の後は、日の丸バスの二階建てオープンバスが停まっています(写真)。このバスは東京都心を巡回しているそうで、気候と天気が良ければ、最高の見晴らしですね。



 横では、両会場でスタンプを押せば貰える記念品を配っていました。馬鹿にしていましたが、大人が貰ってもなかなか良いものを配っていたようで、後悔しました。次回は、きちんとスタンプを押します。



 奥には模擬店が。「銀座線」と「東西線」のDVD、Tシャツ、タオル、キーホルダー、他いろいろありました。ハンドタオルを買い、横の静かなブースを覗くと、なんと今回の5000系記念パスネットを売っていました。当然買います。そして行列を眺めながら会場を後にしました。



 本当はこの後は東葉勝田台にでも行き、その後芝山千代田でも行き、パスネットを有効に使おうとも思いましたが、ちょっと最近センチになっていたこともあり、数年ぶりに母校を訪問。都立高校は週休2日が完全に確保され、門は閉まっていましたが、校章を付けた高校生を見ると、「DNAは守られているなあ、」と思い幸せでした。



 今夜は泊まりでも良かったのですが、結局帰宅しました。



 次回は何処へ行こうか、と思いますが、初詣乗車券を有効に活用したいと思います。それでは、また次回。

しなの路(後半戦)

Nagam1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今回の遠征、後半戦をお届けします。













Nagam2  大方の予想通り、昨日は長野で仕業が終わったので、今日は長野から始まります。まずは長野電鉄です。



 駅前から地下鉄のような階段を下り、コンコースに到着。そしてフリー乗車券(2,260円、2日間有効)を購入、改札内に入ります(写真)。信州中野行き普通、8500系(写真は8503、元東急8500系と思われる)です。最新版の私鉄電車編成表でも載っていない編成ですが、T3編成と思われます。これに乗車しました。





Nagam3  須坂に到着。下車し見渡すと、西側に車庫、工場が広がっています(写真)。長野方、左が2005(2000系C編成)、3500系、建屋に2007(2000系D編成)が写っています。2000系は特急運用を外れ、どうなるのでしょうか。C編成は鹿のヘッドマークも外れ、無惨な姿です。やはり最期か?長野オリンピック以前からの車両の動向は、要注目です。









Nagam4  須坂に来たら忘れてはいけない、長野オリンピック以前の生き証人、屋代方に留置される61(OS10系、反対側は11)です(写真、廃車)。OS0系は、もう残っていません。長電の自社発注最後の系列でした。その後は東急や営団のお下がりが主流になってしまいました。











Nagam5  小布施方、こちらにも建屋があり、2000系(恐らくA編成)の連結面、3500系、隣はED5001です(写真)。



 ここからは特急”ゆけむり”1000系(元小田急10000系(HiSE))、1号編成で湯田中を目指します。









Nagam6  信州中野には、かつての木島線の廃線跡が残っています(写真)。展望席を有効に使います。



 LSE7000系が小田急で残る中、何故HiSE10000系が長電に来たかと言えば、HiSEは客席のハイデッカー構造が現在のバリアフリーに支障し、結果小田急でも運用を外れ、しかし捨てたくない小田急、製造した日本車輌、新特急車両を欲しい長野電鉄の三者の思惑が一致し、中間車をなくし短い4両編成にはなりましたが、生き残りました。小田急から豊川の日車への輸送は簡単ですが、改造後長電に納入するのに姨捨が通れず、長岡経由で輸送されたと聞きます。また屋代での入線も一苦労だったそうで、皆様お疲れ様でした。



Nagam7  そして湯田中に特急”ゆけむり”は到着します(写真)。















Nagam8  一昨年10月のJR長野工場のイベントのついでに寄った時には、特急は2000系で、湯田中の駅はこんな構造で(写真)、3連は一旦踏切に突入し、それからバックしてドアを開ける、という手順を踏んでいました。反対には旧1番線と旧湯田中駅駅舎が残り、隅にバックする先の終端表示があります。









Nagam9  現在では新旧1番線が廃止され、スイッチバック用のポイントも撤去、中間に1線の線路、そしてそれに合わせた新ホームが設置され、大改造が施されました。そして先にあった踏切も廃止になりました。スイッチバックの先の線路は整地され、次の用途を待っています(写真)。











Nagam10  そして来た列車で戻ります。そして小布施で下車。ここに「ながでん電車の広場」があります。屋根の下に手前から、機関車502、電車デハニ201、モハ604、1009が保存されています(写真)。屋根があり保存状態は良好ですが、写真撮影するには線路に寄りすぎ、写真のとおりになってしまいます。駅ホームから撮ると、支柱ばかりでイマイチです。









Nagam11  そして次の電車で長野へ。村山で、1000系1002の編成との行き違いを待ちます(写真)。そして戻りました。













Nagam12  長野からはJR。篠ノ井線です。篠ノ井にはJR貨物塩尻機関区篠ノ井派出所(旧篠ノ井機関区)があり、中央線筋の機関車(EF64、EH200等)が滞泊します(しなの鉄道線内発着の貨物は、全て塩尻、篠ノ井経由です)。中にJR東日本の除雪用DD16 301(日本最長の機関車になる(簡易線用に軸重軽量化の結果))が停まっており、「あっ!」という間に過ぎてしまいました。



 そして日本鉄道三景の一つ、姨捨へ(あとの二つは狩勝峠、矢岳越え)。一つめのスイッチバックは115系も無視、二つめが駅で、上りは一旦行き違い線に入ってから、バックして駅ホームへ入るのですが、バックと同時に松本方面の列車が隣の下り線ホームに同時に進入し、びっくりしました。



 そして特急”しなの”が坂を下ると、私の乗る上りが出発です。本線付近の配線は、写真のとおりです。



 三つ目のスイッチバックも115系は無視し、登ろうとすると、スイッチバック線にEH200牽引の石油タンク車(恐らく返空回送)が入っていました。EF64危うし!



Nagam13  そして松本へ。松本には、松本電鉄があります(写真)。元京王井の頭線なのは、見ればすぐに解ります。これに乗車しました。













Nagam14  途中新村には車庫があります(写真)。奥には、元東急”青ガエル”、5006が写っています。













Nagam15  終点、新島々に到着(写真)。元行き違い駅か、隣に予備の3001の編成が停まっています。













Nagam16  向こうを見ると、終端表示ははっきりしません(写真)。それもその筈、元は島々まで線路があったものの、災害で復旧できず、結果現在の位置で”新”島々になってしまったのです。かつての信号は、そっぽを向いています。



 なおここは上高地、乗鞍高原、白骨方面のターミナルで、今はもっと先に自家用車駐車場もありますが、そうでない方に、ここを起点にシーズン時多くのバスが出ています。その先は安房峠で、現在有料トンネルが開通し冬季の通行も可能で、先は平湯、新穂高方面、さらに先は高山です。



 そして来た道を戻り松本へ、そして自宅への帰り道につきました。



Nagam17  おまけ。”ゆけむり”1000系の登場で廃車された、2003(2000系B編成)の在りし日の姿(写真)。撮りたくても、もう撮れません。次はC編成らしいですので、記録はお早めに!

しなの路(前半戦)

Nkomi1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”前半戦をお届けします。今回は、タイトルのとおり長野県方面に来ています。



 今朝は、というより今朝も珍しく早起きし、中央西線から塩尻を経て、辿り着いたのは小淵沢。朝食は塩尻だったのに、もう昼食を手に入れ、やって来ました小海線ホーム(写真)。既にキハ110 112と同114は出発を待っています。ブログを書く前の時代を含めると、これに乗ればJR線はほぼ完走という気がします。先回訪問時には、あまりの時間の長さに忍耐の限度を超え、結局小海で記念切符を買って退散してしまいました。今回は、先回の反省もあって絶対完走しようと思いました。



 夏の時期には、清里までの利用が非常に多いことから、小淵沢~野辺山(清里の次の駅)間に臨時が多数運転されます。中込の小海線営業所もその時期を前提に車両が配属されていることから、冬のオフシーズンには余剰が発生し、先回のように盛岡支社貸し出しという形になっているようです。なお、先回の訂正をすると、水郡線にキハE130形(おそらくこれがハイブリットディーゼルカー(電気式)と思われる)24両が一気に新製配置され、キハ110、111、112に余剰が発生し、これが花輪線に来るようです。



Nkomi2  当然オフシーズンですので、清里駅乗降客も少ないです。そこからが小海線のクライマックスです。さらに勾配を登り、野辺山駅少し手前で、日本の鉄道最高地点に達します(写真)。記念碑が建っています。



 昔SLが走った時代、小海線は貨客の単位はそれほど大きくはなく、しかし長距離であったため、簡易線用C12にテンダ(炭水車)を付けたようなスタイルの、C56が主に使用され、高原を走ることから”ポニー”と親しみを込め呼ばれていました。その後DD16(軽量型ディーゼル機関車)も用いられましたが、貨客混合列車の消滅で結局ディーゼルカーになり、今ではキハ110系が用いられています。



Nkomi3  野辺山駅に到着(写真)。当然日本最高標高駅です。この近辺の八ヶ岳山麓には、電波望遠鏡の巨大パラボラや、富士山測候所代替のレーダーなどもあります。左は八ヶ岳、右は富士山、後は甲斐駒ヶ岳と、名山に囲まれています。普通に行ける場所としては、やはり最高地点なのでしょう。因みに地表最低駅は愛知県の弥富(マイナス1メートル位)、地下なら昔は新日本橋だったと思いますが(間違ってたら指摘して下さい)、東京駅京葉地下ホームはもっと深いですよ!





Nkomi4  小海で7分停車したのが先回も同じで、それが失敗の原因でした。今回は長期戦の構え、昼食を広げながら過ごします。肥満と職場で言われても、やはり食は楽しみですよ!



 そして中込に到着(写真)。小海線営業所の建屋が見えます。ここまで来れば、そのうち長野新幹線接続駅の佐久平、そこから終点小諸ももうすぐです。







Nkomi5  小諸に到着し、次はしなの鉄道です(写真)。クハ115 1002(元JR115系)、”S6”と編成番号が入っています。これに乗車しました。













Nkomi6  そして上田に到着。上田電鉄にやって来ました(写真)。7252(元東急)です。これに乗車します。



 実は私は上田市とは縁が深いのですが、その理由を知っている人はいるでしょうか。いれば、多分日本の政治も解るでしょう。因みに、訪問自体は初めてです。









Nkomi7  下之郷に到着(写真)。新丸窓電車、7253、その横は車庫が写っています。















Nkomi8  終点、別所温泉に間もなく到着します。かつての丸窓電車が保存されています(写真)。手前が5251、奥が5252で、かつて東急の車両がやって来る前の、上田電鉄の主力でした。これは”鉄道絵画館”にも載っている話なので、ぜひそちらも。











Nkomi9  別所温泉駅です(写真)。擬洋風の建物です。















Nkomi10  往き道に写真を失敗したので、絶対写したかった、下之郷の庫の奥に留置された元東急のステンレス版青ガエル、こちらも5251です(写真)。行先表示は、何と「桜木町」でした。



 そしてまたしなの鉄道へ。戸倉の車庫には、塗色は変わったものの、169系の最後の残党が残っており、ヨダレが出てきました。しかし日没近く、撮影は断念。再訪を誓いました。



 更に屋代で長野電鉄もありましたが、屋代線は本数が少なく、これも断念。そして今日の宿泊先に辿り着きました。



 今日は地震があり大騒ぎなのに、わたしは暢気にローカル線乗りつぶしを。それが日本の良い所なんですよ。まあ、被害が無いよう願うのみです。



 先ほどデジカメ画像を転送する際に、メインのズームレンズを壊すという愚行を。まあフィルムのレンズで明日は代用ですが、フィルムカメラのレンズは、何と単焦点50ミリ!実はこれこそ腕の見せ所なんですが、やはり本格的カメラファンなら、カメラマンベストを着て、いくつもの単焦点を自在に交換する、というのが正しい姿なのでしょう。今回帰ると、次回はいつになるか解りませんが、やはり気合いをもう一つ入れないといけませんね。



 明日は、今日の続きです。

冬景色を求めて(III)

Odateh1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、1日遅くなりましたが、今回の遠征最終日の様子をお伝えします。



 昨日は結局某ターミナル駅(と言えば、大体解るでしょ!)でどこにも行けなくなり、結局当初予定の宿泊地には辿り着けず、そのまま駅前のホテルに宿泊しました。しかし、予定を壊したくない。そのため、仕事のときでも起きたことないような早い時間に起床し、一番列車ではありませんが、予定の列車に間に合う至近の列車に乗りました。



 そして辿り着いたのは大館。予定の列車はまだだ、と思った時、南西方からディーゼル音が聞こえてきます。花輪線です(写真、手前はキハ52 110、後はキハ58 1514)。そして据付完了、乗車しようと思いましたが、先ず大館に来たら、絶対忘れてはいけない、大館名物”花善の鶏めし”(850円、すなわちお茶を付けるとちょうど1,000円)を購入に、改札前の売店に急ぎました。なおこの”鶏めし”は、大館のみならず秋田駅でも1番人気の駅弁です。



Odateh2  後に下がると横には、JR東日本非電化区間の主力、キハ110の2連が停まっています(写真)。所属表示は長コミ(長野支社小海線営業所(中込))のままで、今春に予想される置き換え準備の、ハンドル訓練のための車両と思われます。



 なお小海線では新型ディーゼルカー(ハイブリッドディーゼルカーだったかなあ?)を投入予定で、これにより余剰となった既存キハ110シリーズが転出、花輪線の旧式車が玉突き廃車となるのでしょう。つまり花輪線の国鉄色も、遅くともこの春までか?既に大館でも「冷房車投入!」と大きなポスターが掛かっています。DMH17Hエンジン(180PS、元は戦前設計の船舶用のエンジン)を2機搭載で、冷房用ディーゼル発電機(DG)を搭載するスペースが無く、JR東日本が大出力キハ65(DGのスペースが取れる)を所有しないため、逆に今まで非冷房車のサンクチュアリとなり、国鉄色も復活できたのですが、やはり夢は終わりなのでしょうか。



Odateh3  乗り進むと、十和田南に到着します。反対ホームには、既にキハ58国鉄色2連の各停が、行き違いを待っています(写真)。写真側が1528、反対側は1525です。花輪線の車両は全て秋田支社ではなく盛岡支社の受け持ちで、盛モカ(昔の盛岡客車区)ではなく、今は盛モリ(現盛岡車両センター)の配属です。









Odateh4  正面を写そうと思った瞬間にこの列車は発車し、大館方面へ列車は走り去って行きます(写真)。これが大館から折り返し、快速”八幡平”になるものと思われます。













Odateh5  反対方向を向くと、当たり前ですが十和田南は行き止まりです(写真)。計画ではここから弘前を目指すとされていましたが、未成のまま終わり、そのルートは東北自動車道が実現しました。十和田南からは、大館方面、好摩・盛岡方面いずれも同じ方向、スイッチバック構造です。



 そして乗り進んだ次の行き違い列車は、キハ52とキハ58の、いずれも国鉄色の編成で、先ほどの快速”八幡平”に乗っていれば、恐らく十和田南で行き違ったのでしょう。残念でしたが、次があったため後に出来ず、仕方ない。



Odateh6  好摩からいわて銀河鉄道を直通し盛岡(当然別料金です)、一関、そして石越へ。またしても、”くりはら田園鉄道”石越駅です(写真)。













Odateh7  まだかと思ったら、早速列車はやって来ました(写真)。KD951、これに乗車しました。













Odateh8  細倉マインパークへは先回行っているので、今回は若柳で下車(写真)。KD951、952、953揃い踏みです。













Odateh9  その奥は工場、その手前にM151、DB101が停まっています(写真)。名鉄から来た、旧称キハ10系、現KD10系2両は工場内に入っているようです。













Odateh10  駅舎を撮影し、回りも記録します。駅舎の向こうに電鉄時代のC131、M182、貨車ワフ(緩急有蓋車)とト(無蓋車)2両が停まっています(写真)。













Odateh11  撮影している間に、KD953に火が入り、石越に向け出発します(写真)。石越から客扱いをし、また若柳に戻り、先ほどのKD951と行き違いをしたのでしょう。時間的余裕があれば撮影したのでしょうが、そこまでは時間が無く、残念でした。











Odateh12  くりはら田園鉄道も今年3月末までの運命とのことで、グッズ関連もそれまでなので、買えるだけ買いました。



 そして先ほど乗車したKD951にまた乗車し、石越へ(写真)。この時が確実に近づいています。そして帰宅しました。



 昨春の福知山線、昨冬の羽越本線、と来ると、今度はやはり順番でJR東海管内で脱線するのでは、との懸念が生じます。やはりその辺はJR東海も分かっているらしく、キハ85 107喪失(落石に当たり廃車になった)後、落石センサーを全山岳路線部分に設置し、ほとんどの踏切に監視カメラを設置するなど、東海道新幹線の収益を惜しげもなく安全対策に使っています。そこでスキは殆ど無いらしく、最近の学会情報では”ミュースカイ”と噂が立ち始めています。”Tetsu”に打撃を与えるためでしょうか。そんだったらそんな余分な犠牲もなしに、直接かかって来ればいいのに!名鉄も、常滑線・空港線の防備をしっかりやって、奴らを撃破してやりましょう!



 最後に、なぜパノラマカーは虐められるのか。アスベスト、旧式化で7000系は仕方ないとしても、何故”パノラマスーパー”1000系まで廃車せねばならぬのか?”パノラマ・ネオ”をつくって、もう一度奴らを撃破してやりましょう!

冬景色を求めて(II)

Yurik1



 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今回の遠征二日目の様子をご報告します。











Yurik2  今朝、ホテルを発ち、酒田駅に到着すると、雨は降っていませんでしたが、風が強い。不安に思っていると、やはり運休等が発生し、乗車予定の列車も折り返しまで1時間近く遅れるとの由。その間に、駄賃稼ぎ。前の写真は留置線で入換をしているキハ40 583で、首都圏色です。後の写真は上沼垂色485系(”いなほ”用)で、待機車の筈が、この後酒田駅1番ホームに誘導されました。







Yurik3  雨はともかく風が強く、何度も止まりそうになります。しかし徐行で切り抜け、何とか終点まで行けそうです。しかし今日余裕のある日程を組んだのは、このため、「由利高原鉄道」に乗るためです(写真)。これに乗らなければ、今日来た意味がないと思い、行けるものを羽後本荘で下車します。1時間余り到着が遅れたのですが、丁度1時間余り後の列車にそのままスライドしました。そして乗車しました。車両は、YR-1503です。







Yurik4  途中駅前郷で信号を見ると、「票」と標識が書かれています。タブレットホルダの中身は、票券なのでしょうか。ということは票券閉塞なのでしょうか。因みに、軌道法の適用される電車は、閉塞が必要ありません。きっとみんな堂々と「軌道です」という日が、すぐに来るでしょう。脱法行為、でも合法です。









Yurik5  そして終点、矢島に到着。奥は車庫、工場です(写真)。十数分で折り返すかと思ったら、折り返しが無く、1時間以上足止めです。まあ、それなりに楽しむ方法はあるのですが。



 当線は、旧称国鉄「矢島線」、その前は民間の「横荘西線」でした。それは、昔横手と本荘を結ぶ鉄道になる予定であったからで、「横荘東線」の方は、民間のまま廃線になり、連絡は夢と消えました。西線は国有化され、現在も第三セクターで残っています。





Yurik6  外に出て、駅舎を写そうとすると、隣に古い建物があり(写真)、恐らくこれがかつての矢島線矢島駅だったのでしょう。今は写真奥のとおり、「由利高原鉄道」本社も入った巨大な木造風建築物になりました。



 そして怪しい天気の中羽後本荘までは戻れました。しかし、というよりやはり全列車運転見合わせとなり、どこへも行けません。今日は本当は、SLファンもよく利用した有名旅館に泊まる予定でしたが、行く方法がありません。それで途方に暮れていたのですが、現在は一応安全な場所にいます。(でなきゃ”Tetsu”を書けませんよ!)



 しかし明日は大変です。今日の分も取り返さなきゃいけませんからね。



 なお、明日の帰宅は遅いので、投稿は明後日以降になる予定です。

冬景色を求めて(I)

Yone1_1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは今年第1回目の遠征の、初日の様子をお届けします。











Yone2_1  昨晩”ムーンライトながら”で自宅を発ち、先ず東京へ。往き道373系の先頭Mc車(9号車)に乗車したのですが、VVVFの変調音が変で、運転手交代時の引き継ぎでも「インバータ不調」と言っていました。同期モーターではなく誘導モーターの場合は、実は複雑な誤差調整が必要で、結果それを省略できる同期モーターがあっという間に普及したのでした。しかし熱海からはスピードオーバーのようにも聞こえ、少し怖かったですね。無事返空回送も兼ねた普通静岡行きで帰庫出来たでしょうか。



 京浜東北で上野、そこからE231系グリーン車で宇都宮へ。”Suica”(名古屋には「すいか」と言うアホもいる)が残額少し足らず、ホームの”Suica”グリーン券売機の認証が間に合わず、結果後出し料金で乗車しました。しかし宇都宮線初電でもグリーンアテンダントの車内販売があったのは立派。多分昨晩から仮眠を挟んだ続きの仕事でしょうが、素晴らしいですね。ただパンは売り切れでした。



 宇都宮からは211系1000番台(セミクロスシート車)、時間があったので黒磯の交直電力の地上切り替えを見たい気もしましたが、雨天で、しかも黒磯の先は1時間に1本で、そこまでは待つ気もせず断念。交流ホームから701系で郡山、更に719系で福島に到着しました。



 しかし福島から乗車予定の電車は12時過ぎで、結局ここで時間つぶしを。そういえば福島交通の桜水車庫の取材を、昨年福島に来たときに行わなかったので、行きたくなり、訪問しました。さすがに阿武隈急行で槻木まで行ってしまうと間に合わないので、ちょうど良い選択でした。



 福島交通は、休日には1日乗車券が500円で発売されており、飯坂温泉まで往復するだけで元が取れます。これを購入し、桜水へ(写真)。奥には、錆止めで真っ赤になった旧式車もありました。駅舎側(写真左手後)に工場があります。



Yone3_1  そのまま帰っても元は取れるのですが、先回飯坂温泉に行ったときは改札を出なかったので、その反省から、帰りを1本遅らせて下車します(写真)。普通の駅舎ですが、ホームからは1フロア階段を上に登ったところにあります。この先に一緒に行ってくれる同伴者は、いつか現れるんでしょうか、少し疑問です(温泉旅館には、一人客お断りのところが割と多いです)。









Yone4_1  そして福島に戻ります。今日の1回戦、板谷峠です(写真)。普通電車の庭坂以遠は、1日3往復だけです。それだけ山形新幹線は頻発、利用者が多いのです。フル規格でも採算が合ったのでは、とさえ思います。



 しかし板谷峠は難所、峠越えには最初SLの4110(肥薩線と同じ)、後にEF16、EF64、交流化されて本務ED78、補機EF71と機関車は代わり、500PSエンジンを搭載したハイパワー特急ディーゼルカー、キハ181系でさえ、結局EF71なしにはオーバーヒートする位でした。



 そのきつい勾配を719系5000番台(台車が新幹線と同じゲージ(1,435ミリ、在来線は1,067ミリ)の車両、乗車したのは1番編成)が登っていきます。そして「板谷」の次、「峠」駅では、”力餅”を売っています。先回ここに来たときは大雪で、元々その日売る予定数が少なく売り切れで、今回は必ず買おうと思い準備をしていました。今日の売り子は2人、しかし買う客も2人、大変ですね。このあと数時間は列車来ないし。しかし、赤岩、板谷、峠、大沢のいずれの駅も元はスイッチバックの駅で、ポイントを守るスノーシェッドや、廃線にその名残を残していました。



Yone5_1  そして終点、米沢に到着(写真)。多くの人は、接続する山形行きの普通に乗車します。













Yone6  しかし私は違い、米坂線を目指します。今日は新旧新潟色のキハ47、キハ52、国鉄色のキハ52が待機しているのが見えます(写真)。国鉄色は、先回逃したキハ52 122でした。











Yone7_1  待っていると、今度は国鉄色のキハ58系が入線します(写真)。手前がキハ58 1022、奥がキハ28 2371です。これも新ニツ(新津)で、新ニイ(新潟運転所)でも新カヌ(上沼垂電車区)でもありませんでした。











Yone8_2  これに乗車して、米坂線今泉に到着(写真)。羽前小松で下車し撮影したかったのですが、雨を避ける場所が無く、そんな所で1時間以上待たされると思うと、降りられませんでした。この先は、暫くありません。











Yone9_1  今泉は米坂線と山形鉄道との接続駅ですが、米沢と赤湯からやって来た両線が、今泉の先で、全部1本に合流します(写真)。川を渡ると、また分岐し、それぞれの目的地に向かいます。しかし、山形線が在来線の奥羽本線だった時代には、方転してしまったんですよ!











Yone10_1  寒い中待合室で待っていると、山形鉄道のディーゼルカーが入線します(写真)。奥の「スイングガールズ」が荒砥発赤湯行き、手前が赤湯発荒砥行きです。













Yone11_1  数分後、坂町行き米坂線がやって来ます(写真)。キハ52 127で、先回は坂町で待機していた車両です。羽前小松では、キハ58とキハ52の二つの国鉄色が、先ほどを合わせ2回並んだのですが、先ほどの理由で断念。そして日没となり、撮影も終了、今日の投宿地に向かいました。



 最近英語の馬鹿げたトラックバックが増えてしまい、削除が非常に手間です。しかし白人がアホなのは、本ブログで読めるのは唯一数字だけ、という所なのです。全部”379”の所だけにトラックバックをする、白人でもかなりアホな部類に入る連中でしょう。中国人や韓国人なら漢字が解るので、半分ぐらいは解るでしょうし、台湾なら日本語そのままで十分通じます。白人の文字数は普通26文字で、知識の多寡に関係ありませんが、東アジア文化圏では、JIS漢字で4000~5000文字あり、文字数の多寡は知識の多寡に直結しています。まあ中韓の変な人にトラックバックされないよう気をつけねば。



 そんな感じで1日目を終えました。明日は、今日の続きですが、今日以上に情報は少ないでしょう。あまり期待しないで下さい。

三度目の春を迎えるにあたり

 皆様、あけましておめでとうございます。平成16年8月に始まった本”Tetsu”も、三度目の新春を迎えることとなりました。



 今回の正月休みはどこにも行かず寝正月、と思いきや、某社のフィルムスキャナを買い込み、過去のフィルムのデジタル整理を行うこととしました。しかし肝心のスキャナの不調で、目標の3分の1も出来ずに正月休みを終えてしまいました。やはりフィルムスキャナは構造が難しいため壊れやすく、特に購入した某社はフラットベッドスキャナの延長線上の機械で、今後購入を検討する人には、あまりお勧めしません。スキャナ機能、駆動部、操作アルゴリズム、ホルダの構造、取り込みソフト、何れも問題を抱え、扇風機さえ壊す家庭では、まず粗大ゴミでしょう。やはりこんな中途半端な機械を買うなら、フラットベッドスキャナのフィルムスキャン機能を使った方が安くて確実で、何より損した気分になりません。結果時間と金の損をした感じがしてしまい、後悔が残ります。やはり、止めた方がいいですよ。



 今年はもう悪口ばかりですが、結果正月休みは全てこれに費やされ、今年の年賀の挨拶は三日になってしまいました。後出し年賀状!



 そんな感じで今年も始まりましたが、今後とも、本”Tetsu”をよろしくお願いします。



 次回は、青春18きっぷを利用した、遠征先の予定です。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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