The Title Holder

C6217st1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお送りします。今週第3話として、名古屋市東山動植物園の取材を行いました。



 かつて、某誌にて「東山公園のC62 17は、保存状態が良くない」と掲載され、その後塗装のやり直しを行った旨他誌に掲載されました。その後どうなっているか、今回取材しました。



 しかし、今回の取材に当たり、まずC62 17の説明をしないといけません。同機は戦後、貨物用D52のボイラを利用して49両製造されたC62の1両で、新製時から当時の名古屋機関区に配属され、当時非電化だった浜松以遠の東海道線の優等列車の牽引に当たりました。昭和29年12月15日、東海道線木曽川橋梁での計測で、瞬間時速129キロの記録を達成しました。この129キロという記録は、狭軌(新幹線より線路の幅が狭い軌道)の蒸気機関車としては世界最速記録となりました。つまり、同機はタイトルホルダーなのです。後に東海道線全線電化に伴い、西へ移動、最後は昭和45年、広島の糸崎機関区で役目を終えました。



 現在は東山公園の一番奥、子供動物園の近くで保存されています(写真)。状況はご覧の通りですが、塗装をやり直した後、少し汚れが目立ちます。



C6217st2  運転台の辺りです(写真)。名古屋機関区の「名」という区名札が入っています。当然密閉式キャブです。













C6217st3  後の炭水車の方から写します(写真)。テンダーの方は橋の下になることから、あまり汚れはありません。













C6217st4  ボイラを注意して見ると、昭和31年に今は亡き鷹取工場で新缶に交換した旨、プレートがついています(写真)。













C6217st5  帰り道、動物園の隅にある、モノレールの車両に気付きました(写真)。子供の頃親に強請って乗った記憶がありますが、設備に金がかかった割には、利用者は僅かで、やがて廃止されましたが、現在は跨座式のスカイビュートレインという形で復活しました。懸垂式、恐らく製造は日車でしょう。多くの人々の記憶からも消え去り、ひっそりと佇んでいます。



 C62 17は、名古屋市営地下鉄東山線東山公園駅から正面入口を入り、そこから徒歩30分位の距離で、歩くのは大変かもしれません。しかし車で行くとなると、駐車場が非常に混み、もっと大変です。平日か、早朝にすることをお勧めします。



 第3話は、こんな感じです。今週はこれで終わります。

悔悟の123

123st1  第1話は如何だったでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”第2回目、第2話をお届けします。



 先週の関東取材の際、帰りに”のぞみ”で静岡を通ったとき、東静岡の静岡運転所(静シス)で、窓際に白い車体の電車が見えたため、一体どうなっているだろう、と思い、居ても立ってもいられず、今回の取材となりました。



 先ず、1枚目の写真は、昨冬の西富士宮駅で撮影した、クモハ123 602です。



123st2  2枚目は、昨夏富士駅で撮影した、クモハ123 5043です(写真)。















123st3  3枚目は、同日富士駅に停車していた、クモハ123 5042でした(写真)。かつては見向きもしなかった123系を、この頃になってからやっと慌てて撮影をするようになりました。











123st4  昨年の浜松工場の公開時に、工場に続く電留線に123系が停まっていたのを覚えていたことから、先ずは浜松から攻めようと思い、インターネット地図を打ち出し、アプローチを試みました。



 浜松工場近辺は、伊場遺跡という遺跡のある場所で、この上に貨物駅、電車車庫を建設するときに、行政訴訟まで起きた場所でした。そのため現在「伊場遺跡資料館」と、「伊場遺跡公園」があります。電留線は公園の南側に当たります。



 簡単に撮影できると思い、近くに行くと、先ずは金網フェンス、その先はコンクリート柵と生垣で、撮影は非常に困難です。生垣の合間から覗くと、先ずはクモヤ145 122が、クモハ123の手前に見えます(写真)。新系列車両化で、この車両の今後もどうなるのでしょうか。



 なお、この撮影地点の真下には、警備会社の警備用の電気配線の中継箱があり、如何にアルカイダに注意を払っているかが分かります。



123st5  結局道路に戻り、金網から覗きます(写真)。右手前にクモハ123 5042,その後にクモハ123 602が見えます。



 脇道にそれると、今日はこの横にハンドル訓練のためか、E231系が停まっていました。結局ここでは、これが限界でした。



 浜松工場構内にも、クモハ123が停まっていましたが、金網の内側で、撮影は不可能でした。解体のためでしょうか?答は、今年の浜松工場公開の時に明らかになるはずです。



123st6  そして主目的地、東静岡へ。しかし、駅周辺をうろつき、撮影可能な場所全てで覗きましたが、静岡運転所本所にはもう123系は残っていませんでした(写真)。国鉄色のEF64が写っているのがわかります。反対側には、EF64 35(ユーロライナー専用塗色)が停まっていましたが、関係ないのでボツです。









123st7  そして最後の望み、西富士宮へ行きましたが、残念、既に手遅れでした。今日の様子は写真のとおりです。



 正に「後悔先に立たず」です。こんな事にならないように、無駄だと思われるような記録でも、しっかりしないといけないということを、改めて感じました。クモハ123 5145は、もう二度と撮影できません。



 これで今日の行動は、終わりです。明日は、どうしましょうか?

恥ずかしながら、初めてです!

Rinh1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週最初の”Tetsu”をお送りします。第1話は、名古屋東臨港線です。



 今の家に住むようになってからはや10年、遠くはよく行きましたが、地元では四日市の末広可動橋と名古屋東臨港線はずっと大きな穴となっていました。そのため、休日はダラダラな私が、一発奮起して、今日の第1回目の取材となりました。





Rinh2  名古屋東臨港線は、山王から名古屋港へ続く貨物線です。かつては名古屋港の貨物を運ぶ路線だったようですが、貨物の中心がトラック等になり、また名古屋港が金城ふ頭(西臨港線、現在のあおなみ線)や潮見町等に分散したことから、現在は週3回レール輸送のため、レール輸送がないときは点検を兼ねて空荷の単機回送で運転されます。それを取材するため今回は、新東海道踏切で撮影を試みました。



 新東海道踏切は、東臨港線と東海通の交点で、それは名古屋市営地下鉄名港線東海通から西に徒歩5分位の場所です。踏切の全景は写真のとおりです。



Rinh3  列車が来ないとタカをくくって撮影を。稲沢方面は写真のとおりです(写真)。線路を人が歩いています。













Rinh4  現在名古屋港近辺は、ポートタワー、名古屋港水族館、シートレイン、イタリア村などの観光施設が中心となり、隅の方にJR東海のレールセンターがあります。名古屋港の方を眺めると、観覧車の手前で、信号が点灯しているのに気がつきます(写真)。











Rinh5  随分長いこと待たされます。一つ北の踏切にもカメラを持った人がいます。その鉄が振り向いて後に下がったその時、ヘッドライトが見えてきます(写真)。やった!来た!













Rinh6  それから遅れて踏切の警報機が鳴り出します。そして、やっと列車がやって来ます(写真)。DE10 1517、チキを2両従えています。夢中に写真を撮り続けます。













Rinh7  あっという間に過ぎ去り、名古屋港のレールセンターに向け走り去ります(写真)。1時間待って、たったこれだけです。しかし、これって、イベント列車と同じですよねえ!でも、週3回あるだけ、まだマシか!



 ただ、午後2時過ぎの返しまで待つ気はしませんでした。結局、第2話の取材に行ってしまいました。



 因みに名古屋東臨港線は、毎週火、木、土のみ列車が走ります。JR貨物時刻表によると、稲沢発9時43分、名古屋港着10時25分です。貨物は化学薬品となっていますが、実際にはレール、それがなければ機関車の単機ということです。帰りは、名古屋港発14時20分発、稲沢着14時57分着となっています。稲沢から山王までは中央西線の線路上を走るため何でもありませんが、山王の分岐は名鉄の山王(旧称「ナゴヤ球場前」)かJR東海道線尾頭橋が最寄り、その先は名古屋市営地下鉄名港線日比野以遠が並走しているので、車がない、という方も取材が可能です。近々JR東海はレール輸送用の気動車を新造するそうなので、いずれこの列車も無くなるのでしょう。一度、おいでになっては如何ですか?



 こんな感じで第1話を終わります。

ご迷惑をおかけしました。

Shibay1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは今週2回目、今日の”Tetsu”をお送りします。今日は京成線方面で取材しました。



 今朝は寝坊をしてしまい、気付けばかなり遅い時間に。まず日暮里へ、そして30分余り駅で待ち、特急で京成成田へ。写真は発車を待つ芝山千代田行きです。







Shibay2  現在の成田空港駅は、かつて成田新幹線用に建設された構造物で、現在はJRと単線並列で使用しています。それが使用できるまでの間、京成は単独で成田空港駅を建設し、そこからバスで第1ターミナルにアクセスしていました。現在は空港の手前で写真の通り分岐し、直進が旧成田空港駅(現東成田駅)、左分岐が現在の第1、第2ターミナル方面となっています。



 東成田駅は、2面4線で建設されていますが、現在は空港職員を運ぶローカル線と変わり、1面2線のみ使用されています。



 この駅から先、芝山千代田まで一駅間が芝山鉄道です。地上の権利が反映してか、かなり無理な地下構造になっています。



 そして何も知らず芝山千代田でカメラを構えます。すると、すぐに職員らしい人がやって来ます。手帳を見せられ、事の次第が分かってきます。丁寧に応対してくれましたが、かつては成田闘争、現在はアルカイダが原因で、警備は厳しい所なのです。ケータイカメラを構えるだけでもこうなることがあるので、ご注意を。この時の写真を公開すると、更に多方面にご迷惑をおかけするので、止めます。千葉県警さんには、ご迷惑をおかけし、本当に申し訳ありませんでした。



Shibay3  そして成田から空港に行こうとも思っていましたが、セキュリティーで問題になりそうだったので、これも断念。結局上り線に乗りました。



 佐倉から快速で2駅、ユーカリが丘で下車。いわゆる「山万」という鉄道会社の鉄道(新交通システム)に乗りにです。



 もともと山万は不動産会社で、このユーカリが丘開発に当たり、新交通システムを自社で建設してしまったのでした。住民運動で新交通システムを廃止した某ニュータウンの住民には、理解できない行為でしょう。東京には、駐車場ビルなんて税金と経費の無駄遣いはありません。



 山万は、データイムには列車は約20分に1本、始終点はループと思っていたら、建設が民間らしく単線です。方転はどうするのだろうと思っているうちにやって来ました、「こあら1号」です(写真)。車両は前後どちらにも運転台があり、方転しても問題のない構造でした。車庫に入れるときには一回余分にループを通すのでしょう。車両は昭和55年日車製でした。



Shibay4  しかし運転はループ部分が逆打ちで、四国の人は嫌いになるかも知れません。分岐から一駅、女子大駅側には、車庫工場があります(写真)。













Shibay5  ループの始終点、公園前駅手前の分岐です(写真)。普通の新交通です。



 そしてユーカリが丘で下車するとき、乗車駅下車で自動改札が跳ねるのでは、と心配でしたが、問題なし。どれだけ乗っても200円、回数券もあります。









Shibay6  そしてユーカリが丘から2駅、勝田台で下車。階段を下りると地下改札があり、そのまま東葉高速鉄道の東葉勝田台駅に続いています。そして快速に乗り(写真)、帰宅しました。



 関係者の皆様にはご迷惑をおかけしました。でも写真が撮れるだけ、日本は平和です。軍事上の理由で鉄道施設の撮影が全面禁止の国は、世界中に幾らでもあるのですから。

こんな天気の荒れた日に、

Suida1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”をお送りします。今回は本日開催された、”水郡線営業所まつり”に参加しました。











Suida2  昨晩”ムーンライトながら”で自宅を出て、早朝に東京着。到着時刻が遅くなり、宇都宮、高崎、常磐線の上野始発に間に合わなくなってしまいました。確かに東京都内で行動するには店もなく、早すぎるのですが。でも、4時42分の時代でも、山手、京浜東北はしっかり動いていましたけれど。



 時間を無駄遣いしながら上野へ、そして常磐線へ。E531系にもグリーン車が連結され、2階で展望、の筈が居眠り時間になってしまいました。瞼のクハ411 1901(常磐線用2階建て試作車。現在は廃車、解体された)はもう二度と私のカメラの前には現れません。悲しいですね。



 そして水戸到着(写真)。常陸大子行きには1時間以上あったので、写真の列車(常陸太田行き)、キハE130 1(後方は同2、更に後はキハ110 133が連結されている)に乗車しました。



Suida3  終点に到着します。時間があったので、先回時間が遅く真っ暗であったため断念した日立電鉄の駅を訪問しようと思いました。



 改札を出て徒歩5分で、写真のような光景に出くわします(写真)。ホームの跡です。日立電鉄廃線後、駅はバスターミナルとして使っているようです(写真右手遠方)。この駅舎は、JRの駅前から直ぐの所です。営業中に行けず、残念でした。







Suida4  来た列車で上菅谷に戻ると、雨が降ってきます。条件はカメラに良くありません。そんな天気の中、水郡線郡山行きに乗車します。そしてまたしても得意技をかましてしまい、気付けば既に常陸大子に到着していました。



 常陸大子自体は、2回目の訪問です。先回は、数年前、JRのツアーで、DE10と旧式客車で”奥久慈レトロ号”というイベント列車があり、これに参加したときに同駅併設の水郡線営業所(水スイ)の内部も公開があり、それが最初でした。



 今回も、大体位置関係は把握していました。先ず北側に行き、踏切を渡り、南向きの入り口を入る、というのが大体の位置関係です。



 では、写真を。1枚目は、入り口脇、踏切から撮ったキハ110 139、体験車両です(写真)。後は整備工場です。



Suida5  2枚目は、このために小牛田車両センター(仙ココ)からやって来た、転車台に載ったキハ40 2026です(写真)。













Suida6  3枚目、今回要注目の軌陸車、2トントラックに軌道装置を付け、線路を走ります(写真)。北海道のDMVと同じ仕組みなのでしょう。線路を出るときは、中間のジャッキで車体を持ち上げ、人力で方向転換、転向後ジャッキを下ろし、道路に帰ります。同様の構造のバックホウもありました。









Suida7  4枚目、今日の主役、快速”水郡線営業所まつり”号のヘッドマークを付けた、キハE132 2(後はキハE131 2)です(写真)。キハE130は単行用、キハE131とキハE132は必ずペアで運転する、高能率エコディーゼルカーです。しかし冒頭でも触れたように、既存のキハ110シリーズとも併結が可能なようです。



 来年には2次車が入り、水郡線は新車で統一、余剰車は盛岡に転配、1次車による花輪線に続き、釜石・山田・岩泉各線もキハ110シリーズで統一、旧式キハ52やキハ58(非冷房車もある)はJR東日本からは絶滅、ということになります。JR発足20年、国鉄型との決別、ということです。だから最近、都会ではペンキ塗りの列車って、愕然とするほど減ったでしょ!



Suida8  5枚目、こちらは今でも現役国鉄型、DE10 1685です(写真)。DE10、11、15シリーズはデビュー30年どころではないと思いますが、後継機は未だ開発されず、V12のDML61Zをコマツのエンジンに換えたりする位の変化しか見られません。いずれ、問題になってくるでしょう。









Suida9  6枚目は、表題の写真の反対側、左はキハ110 135、右はキハE130 2です(写真)。今は丁度キハ110シリーズと、キハE130シリーズの置き換えの過渡期でもあり、両方が並んで見られる時期です。ここで水郡線のイベントに行かないのは、論点的にも余り賢いことではありません。しかし参加したのは場所柄か、茨城県近辺の親子連れが大半で、写真を撮る人は、他のイベントに比べ少なかったです。まあ、今日の荒れた天気に断念したのでしょうが、しかし現地は撮影時には晴れてましたよ!





Suida10  そして撮影を終え、帰途に。駅への道では、反対側から全景を捉えることが出来ました(写真)。













Suida11  そして、水郡線で水戸へ。3番線にはE501系基本編成初号編成、4番線には団臨の返空回送、485系イベント車(かつての”ビバあいづ”の最後の姿)が写っています(写真)。E501系のVVVFインバーターは、京急の一部の車両同様ドイツのシーメンス製で、有名な”ドレミ”インバーターです。京急の方は歌にもなり有名ですが、JRではE501系を主流にするはずが少数製造に留まり、結果E531系量産、更にグリーン車連結で、E501系は使い道に困るようになりました。ロングシート10両なんて、何処で使うのでしょうか?中間車の先頭車化改造なんて以ての外で、まあこのまま使われるのでしょう。











Suida12  水戸駅、7、8番ホームには、クハE653を模した売店が(写真)。よっぽどお気に入りなんですね!私も、モノクラスというところが良いと思います。













Suida13  時間があったので、先回訪問時には駆け足で十分取材できなかった鹿島臨海鉄道大洗鹿島線、大洗へ。ここが本社、基地です。しかし今日は大半は出払っており、可動式の門形洗車機と、6000形4連を二つしか見れず、当然”はまなす”号は営業中でした(写真)。残念。









Suida14  そして避けられない話、とうとう廃止になってしまった鹿島鉄道の、最古参キハ602、昨年8月石岡駅での在りし日の姿でした(写真)。













Suida15  今では石岡駅鹿島鉄道ヤード跡の建物は全てなくなり、僅かにホームと階段が壊されず残っているだけです。殆ど更地となっているところに、寂しく二度と動くことのないキハ602が留置されています。キハ602は何も語りません。悲しいが、これが現実です。



 最後は、しんみりしてしまいました。今は都内ですが、明日は取材は行わない予定ですので、多分ありません。それでは、また次回。

クローバー・アイランド(V)

Shioka1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお送りします。長かった四国行も今日完結しました。



 今朝は、先ず高松駅へ。高松駅3番線には、キハ185系特急”うずしお”徳島行きが入線します(写真)。ヘッドマークは専用の「アンパンマン」うずしおです。この編成の前から2両目が濃い紺色ですが、この車両が”ゆうゆうアンパンマンカー”(車両はキロハ186 2、1も同様に改装された)で、これを連結することからアンパンマン編成となっています。



 これで徳島に行きましたが、僅かしかない乗り換え時間に更に遅延が重なり、撮影は断念。しばらく待てば、この車両が阿波池田行き”剣山”になるのですが、後のことを考え、先行する徳島線普通に乗車しました。



Shioka2  そして阿波池田に到着(写真)。途中で1500系と併結した1200系(1000系に1500系との併結対応改造を施した車両)を見たのですが、写真にならず断念。また次回。徳島と高知は再訪が必要です。











Shioka3  阿波池田は四国山地の途中、息継ぎの場所で、SL時代には当然機関区が置かれる場所です。給水等の重要な基地でもあります。その当時の名残を残し、駅構内は広々としています(写真)。真ん中にキハ32 11、後のステンレスの車両が2エンジンのキハ54 4です。









Shioka4  さあ乗車だ、と思っていると、緑色のディーゼルカーが(写真)。大歩危トロッコの牽引車、キハ185 20です。













Shioka5  反対はキクハ32 501(写真)、種車は全国的に余剰が発生していた客車、オハ50系です。昨日のアンパンマントロッコも、同様に改造された車両です。北海道でもオハ51ですが、同様の車両があります。



 そして心配したとおり、特急”南風”は3両で、高知発とはいえ既に立ち席で、岡山まで1時間半、立って揺られました。やはり土讃線は、昔も今も苦情の多い路線です(SL時代はトンネルの中で力行を迫られ、煤煙がひどかったそうです)。





Shioka6  そして岡山へ。これで四国の旅は終わりになります。言い方を変えれば、岡山は四国の入り口であり、出口でもあります。それは、瀬戸大橋線が出来る前の宇高連絡船の時代からそうです。



 しかし岡山から始まっているのは四国だけではありません。山陰も同様です。先ず岡山1枚目は、鳥取と岡山を結ぶキハ187系特急”スーパーいなば”です。これは正直四国2000系のパクリそのもので、新潟鉄工(現新潟トランシス)製(四国2000系は富士重)ですが、振り子等の構造は写真でも明らかにそのままです。それにTICS(一言で言えば電車LAN)が追加されています。山陰特急の”おき””まつかぜ”の0,1000番台とはドア位置等仕様が変更されたため、500,1500番台を名乗ります。



Shioka7  2枚目は、そろそろ急行”つやま”が来ると思い16番線で構えていて、やって来たキハ47系快速”ことぶき”です。折り返し津山行きになります。やはりキハ47系では急行料金は取れません。例えば、キハ181系を国鉄色に塗り替えたりして、使ってみては?正直キハ48でも厳しいですね。



 因みに所属は、昔は電車は岡オカ(岡山電車区)、気動車は岡ヤマ(岡山電車区気動車センター)と分けていましたが、今は全て岡オカになったようです。





Shioka8  3枚目は、岡山から米子、松江、出雲を結ぶ、381系特急”やくも”です(写真)。”やくも”も、”スーパーやくも”が設定されているものの、車両の絶対数が足りないらしく、一般”やくも”色と”スーパーやくも”色が混色編成で営業されます。JR西日本で昔、検査切れ車両で営業という報道で問題になったことがありますが、出雲電車区(米イモ)も編成を固定できないほど大変だったらしいです。しかしこれらの塗装は、”ゆったりやくも”リニューアル編成登場で、消える運命にあります。





Shioka9  4枚目は、”スーパーやくも”のパノラマグリーン車、クロ380 7です(写真)。紀勢線特急”スーパーくろしお”と同じ車両ですが、中央線特急初代”しなの”のグリーン車とは異なり、向きが反対です。なおこの車両は一部の編成しか無いのに、設定数が多いらしく、かなり苦心したらしいです。更に中間にグリーン車のある”スーパーやくも”もあり、乗客の反応は予想できます。”ゆったりやくも”で、全て解決してほしいですね。







Shioka10  そんな感じで今回の四国遠征を終えました。四国全体を回るのは2年ぶりで、非常に疲れましたが、でも充実感もあります。今後は全体は無理でも、「青春18きっぷ」等でスポット参戦できるようにしたいですね。



 次回はどうやら再来週になりそうです。お楽しみに。

クローバー・アイランド(IV)

Shitado1



 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお送りします。今日も四国です。











Shitado2  今朝は寝坊をし、でも午前中は予定がなかったので、「とりあえず、市駅行くか!」と辿り着いた松山市駅(写真)。ホテルの前を「坊ちゃん列車」が走り、話題にするために、撮ろうか?と時刻表を見ると、2時間後にしか戻ってきません。仕方ないと、諦め気味にカメラを出しました。









Shitado3_1  すると、汽笛が!振り向くと、「坊ちゃん列車」は、何と松山市駅に入線するではありませんか!到着し、方向を道後に向ける準備をしています(写真)。



 ところで、前と後、装備が違うモーターカーの用途を変える方法を、皆さんはご存じでしょうか?実は、真ん中に油圧ジャッキがあって、それで全体を持ち上げ、人力で写真のように回転させ、また軌道に載せるという方法でやっています。この「坊ちゃん列車」の機関車も、実はディーゼルエンジンで動いており、同様の構造になっています。客車は、社員が人力で前後に入換をしていました。ご苦労様です。今日は、クジ運が良いですねえ!



Shitado4  そして鉄道線へ。先ずは独立している郡中線に乗車しました。



 終点の郡中港で駅から外を眺めると、何か、国鉄みたいなアングルの電線支持物があるなあ、と思い少し歩くと、何と、そこに予讃線電化の終点、伊予市駅があるではありませんか!(写真)徒歩でも5分程度の距離でした。こりゃ、びっくり!









Shitado5  そしてまた松山市に戻ります。横河原と高浜、どちらを先にするか迷いましたが、結局横河原を選びました。すると、何と高浜行きが、まだ新しい612の編成でした(写真)。乗車は次回のようです。











Shitado6  横河原に到着(写真)。この先にはバスがあるそうですが、ここで折り返しました。















Shitado7  そしてそのまま高浜まで行きました。高浜から一つ手前の梅津寺の駅は、30代以上なら誰もが見た、”東京ラブストーリー”の主役の男女(織田裕二と鈴木保奈美)が、お別れをするシーンを撮った場所です。現在でも相手への整理のつかない女性が、思いを断ち切るためにハンカチを結びつけています(写真)。そちら側にはなりたくありません。







Shitado8  古町に戻ります。南側は、軌道線の車庫工場です(写真)。一番奥に最新鋭の低床車が入っています。まあ、何両もありますから。













Shitado9  北側は、鉄道線の車庫工場です(写真)。恐らく611と思われるステンレスの車両が覗けます。その手前はかなり古い303、その手前は湘南窓の822です。軌道線は、大手町で鉄道線を横断しJR駅前に入り、更に古町で再び横断して市内に戻ります。軌間も電圧も一緒のようです。て、ことは、600V?そんなことを考えながら軌道線でJR松山駅に戻りました。







Shitado10  松山からは特急”しおかぜ”8000系に乗りました。8000系は、多分予讃線での走行試験で、160キロも出したことがあり、プレートが昔は付いていたのですが、リニューアル後は不明です。終点に行けばもうお帰りですが、まだ帰る訳にはいきません。



 結局、多度津で下車しました。すると既に後にはキハ185系特急”いしづち”高松行きが入線しています(写真)。大和西大寺みたいに、第2場内信号でもあるのでしょうか。手際はばっちりです。





Shitado11  しかし当の私が意地悪して乗りませんでした。そして駅の外に出て、まず地図を見ます。昔は駅に併設されていたであろう多度津工場は、今は引き込み線を使い、海の近くに広大な敷地を持っているようです。そして工場跡地を再開発したようです。



 そして、当時を物語るSL、58685が(写真)。ハチロク(形式名8620)、台枠修理を決定した九州の58654と近い世代でしょう。



 駅の近辺には、レンガ造りと近代式の2つの給水塔もありました。



Shitado12  さあ、3回戦と思ったところに、トロッコ列車が入線します(写真)。キクハ32-502、後はキハ185-26です。緑色?と思った方、よく見ています。実はキハ185系がデビューした頃は、帯の色が緑色だったのですが、後にJR四国のコーポレートカラーに変更されたのでした。その後の変遷は、写真のとおりです。でも、今日は本当にクジ運が良い!







Shitado13  多度津は予讃線の複線区間が終わる地点であり、また土讃線との分岐点です。下り特急”しおかぜ”8000系が動かず、何故?と思うと、上り特急”しおかぜ”2000系が入線します(写真)。ここから先が単線であるが故の運命でした。











Shitado14  さらに目的の列車を待つ間に、駄賃を。クハ113-2です(写真)。JR東日本から譲渡された113系を、西日本方式で徹底的に更新し、改番、113-2(112-2)の4両編成になりました。同様の編成はあと2編成あり、1(緑青)、2(赤紫)、3(黄橙)と、1編成ごとに色が違います。今日は三色で上がりです。









Shitado15  そしてまだ撮影しようと思うと、次は特急”南風””しまんと”で、多度津ではなく宇多津で分割の由。分割場所に乗車しようと思うと、前の”しまんと”側は指定席で断念。結果”南風”側でしたが、やはり”南風”は5両では足りない位混んでいました。



 宇多津に到着。直ちに解結作業が始まります(写真)。貫通幌撤収、渡り板外し、そしてバルブ一発で連結器が外れ分離されます。そして”しまんと”は高松に向け発車。後追いで”南風”も瀬戸大橋線に入ります。





Shitado16  下り”しおかぜ”と”いしづち”の同時入線のショーの後は、最後に”うずしお””南風”の連結シーンが。実は、宇多津駅のとある場所に目印があるのです。それを社員に教えてもらい、少し得した気分になりました。



 まずは”うずしお”が入線するのですが、横で小さな連結手さんが旗を持っています。そのとおり運転手も停めました。そして”南風”も入換信号で入線、準備万端、ガチャ!(写真)。見事です。そんな感じで日没を迎え、今日の宿泊地に向かいました。



 明日は最終日ですが、今日の続きの予定です。

クローバー・アイランド(II)

Shikoh1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお送りします。今日は、昨日の続きです。



 今朝ホテルを出て、向かった徳島駅。今日は余裕があり、写真を撮る時間が。右、キハ185-1017ほか3連特急”うずしお”高松行き、左、キハ185-9ほか2連特急”剣山”阿波池田行きです。まず”剣山”が発車、そして”うずしお”も出発しました。



Shikoh2  やって来ました、キハ185-7始め2連特急”剣山”海部行きです(写真)。これに乗車しました。













Shikoh3  終点、海部です(写真)。牟岐で折り返しの特急”むろと”のヘッドマークを積み、既に交換済みです。













Shikoh4  暫くすると、反対側からやって来ました、ミニ鉄道会社、阿佐海岸鉄道の車両、ASA-201です(写真)。これに乗車しました。













Shikoh5  僅か2駅で終点甲浦に到着(写真)。ここは高知県です。ここで下車し、次を待ちます。駅舎の奥の高架に車両が停まっているのに、気付きますか?













Shikoh6  やって来ました、高知東部交通バス、安芸行きです(写真)。先回乗車時は少し古い車両でしたが、今回は低床バスで、最新です。













Shikoh7  甲浦から室戸岬を通るルートで、左手は太平洋です(写真)。随分長い時間、バスに乗りました。













Shikoh8  2時間近く乗り、安芸まで行っても良かったのですが、奈半利で下車。乗車料金に、千円札を2枚入れました。久しぶりです。



 バスは駅前まで乗り入れます。そして仰ぎ見ると、突然高架が打ちきりになっている奈半利駅の終点を捉えることが出来ました(写真)。そうすると高架の方から振動が聞こえてきました。







Shikoh9  エレベーターを登ると、すでに車両が入線しています。土佐くろしお鉄道の車両ではなく、JR四国1000系、1025です(写真)。この車両はJR四国非電化区間での主力となり、徳島と高知に集中配置されています。これに乗車しました。











Shikoh10  安芸駅で下車。安芸は、土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線の車両基地となっています。後免方に9640形(”くろしお”にかけてある)2両、奈半利方には青のオープンデッキ車両、他洗浄線があります(写真)。ホームの北側は建屋で、整備工場のようです。この写真を撮るため下車したため、これで1本後だなあ、と思ったら、撮影を終えた瞬間に「まもなく発車します!」とアナウンスが。運が良い!と降りた車両にまた乗車します。ご配慮ありがとうございました。この場を借りてお礼を言わせてもらいます。



Shikoh11  赤野では、緑のオープンデッキ車両と行き違います(写真)。各停で、もし安芸で下車していればこれに乗車していたんだなあ、と思いました。ちなみにオープンデッキに出られるのは太平洋が見える間だけで、スピードもかなり減速するといいます。











Shikoh12  後免町で下車します。地上には、土佐電気鉄道の後免町駅があります(写真)。後免町~安芸間は、土佐電気鉄道の代替措置として建設されたものです。



 鉄には重大事件が。何と、話題の電車トイレがなくなってしまいました!ああ、短命なこと!









Shikoh13  高知市内に入ります。最新鋭、2000系です(写真)。1000系は1両しかないんでしょうか?













Shikoh14  そのまま鏡川橋まで乗車し、車内で一日乗車券(800円)を購入し、伊野へ(写真)。終端は、こんな感じです。先回到達路は午後7時過ぎで、暗いのと下半身の我慢しか覚えていませんでしたが、今回は昼からビールを飲むようなことはしませんでした。











Shikoh15  鏡川橋~伊野間は単線で、途中の信号場ではタブレットの交換を行っています。高知大学までの間は併用軌道で、仕業が困難だった事が偲ばれます(写真)。咥内は急勾配、常に空転の危機と隣り合わせで、本当に土電の単線区間は大変です。











Shikoh16  そして市内に戻り、はりまや橋で乗り換え、桟橋車庫へ(写真)。今日は実は朝から午後3時まで、ここで”電車祭”を開催していたそうですが、まっすぐ行かなかった為に参加できませんでした。しかし、今日は良く揃っていますねえ!岐阜組も頑張って!そんな感じで今日の取材を終えました。



 土電の電車祭、来年の目標にしたいですねえ!古い、のろい!と言いたい気持ちは分かるけど、それがまたトラムの良いところなんですよ!次回に期待します。



 明日は、今日の続きです。

クローバー・アイランド(I)

Shitok1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお送りします。今日からGW後半戦、四国まで遠征に来ています。



 今朝は本当は始発に乗りたい気がしましたが、残念ながら断念。遅めの出発でした。そして”のぞみ”で岡山へ。岡山の駅は、まだ改修は完了していませんが、びっくりするほど洗練されました。大阪駅といい、完成すればどれほど便利になるでしょう。



 そして階下へ降り、瀬戸大橋線へ(写真)。2代目マリンライナー、5101始め5連です。正面は521系と同じ、それは当然ベースが西日本223系だからで、貫通路がこの形式から(西日本223系5000番台、及び四国5000系)追加され、大阪の新快速とは少し違う顔です。写真は違うじゃないか、という方、そうでしょう、他の車両は川崎重工製ですが、5100形6両は、わざわざ東急車輌に発注し、東海道線を甲種輸送されたのでした。やはりダブルデッカーは東急か。近車なら、昔は近鉄ビスタカーII世とか造っていたのに!



Shitok2  そして高松へ。広島のおばちゃんと話していて、私のトラム好きを話すと、是非来て!と誘われました。そのうち、必ず行きますからね!



 時間があったので、撮影を。1枚目は、キハ185 12(手前)と1014の2連、特急”いしづち”多度津行きです。繁忙期には”いしづち”は多度津での分割併合を行わず、8000系8両全てが”しおかぜ”岡山行きとなるため、待機の8000系3連とキハ185系の交代で多度津~高松間を輸送しています。かつては高松運転所(四カマ)所属のキハ185系3連2本で同列車は運転され、中間にはキロハ186も連結されていましたが、同車が「ゆうゆうアンパンマンカー」に改装された関係で、今はその運用が減っています。つまり、もうオリジナルのキロハ186は、存在しないのです。やはりキハ185系は、キハ181系と、2000系の間のつなぎ役でしかなかったのでしょうか。確かに2000系は究極のディーゼル特急という気もしますが。



Shitok3  2枚目は、四国初の新製電車、121系(左側、写真はクモハ121 15)の撮影をしていると、右に2119始め2連の特急”しまんと”が入線してきました(写真)。既に土讃線特急は、まず間違いなく2000系です。











Shitok4  3枚目は2代目マリンライナー、右が5105(M5編成)、左が5103(M3編成)です。5101~3と、5104~6の3両では、横の帯色が違います。



 初代マリンライナー213系は、1M2T、しかもグリーン車クロ212は5両それぞれ帯の色が異なり、ファンを悩ませましたが、逆に言うと繁忙期でも5編成で足りるということでもあり、現在2代目(四国5000系)は6編成で、繁忙期には1運用で2編成を繋ぐ、という仕業があり、10両編成で6号車もグリーン車になります。そのため5101(表題の写真の車両)には、前に編成を繋げるよう電気連結器が装備されています。





Shitok5



 さあ、乗車だ、と思った瞬間に入線した、キハ65 41(後はキハ58 203)の編成です(写真)。阿波池田行きですが、所属は四マツのようです。













Shitok6  目的の列車の入線です(写真)。2463ほか3連、特急”うずしお”です。















Shitok7  終点、徳島に到着(写真)。乗車したN2000系(写真は2429)の横には、徳島に来たら必ず撮るべき、1500系1503が停まっています。乗車もしたいのですが、順番が。













Shitok8  そしてキハ40に乗車し、鳴門へ戻ります。写真は鳴門駅、平屋の近代建築です(写真)。駅前には渦潮のモニュメントもありました。













Shitok9  帰りの列車、キハ40 2142です(写真)。先(写真奥側)は用地的にはまだ延長できそうでしたが、コンクリートの車止めで終わっています。昔は大鳴門橋を経由し淡路交通の跡を通り洲本に行く、という計画線の地図を見たことがあります。完全な未成線ですね。









Shitok10  そして徳島に戻ります。駅のホームの東側はそのまま徳島運転所になっています。写真は、運転所内で入換中の1501(右側)と1502の2連です。この車両は一言で言えば、JR東日本水郡線のキハE130(E131、E132)と同世代のエコディーゼルエンジンを搭載した車両です。過去に色々不手際があったことをお詫びします。









Shitok11  徳島駅1番線で出発を待つ1506(写真)。徳島線で、今日のミッションは終了です。



 初日としてはいい感じで終わった気がします。明日は、今日の続きからです。しかし、今日は乗り継ぎに時間がかかったなあ!

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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