謎のトンネル?

Tunnelh1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は近鉄大阪線のトンネルを取材しました。



 近鉄特急で大阪から行き帰りする時、新しく立派な複線トンネルが北側にあり、いつも不思議に思っていました。「何で使っていないのだろう?」と。何度も行き来するうちに、それは大阪教育大前~関屋間であることが分かりました。そこで、先日の”楽”の時に撮影したのですが、正直言って失敗です(写真)。



Tunnelh2  今回は車で取材しました。カーナビで「大阪教育大前駅」を指示し、走りました。大阪方からは西名阪自動車道の柏原インター目の前ですが、反対からは手前の香芝インターで降りねばなりません。途中1本道を手前で曲がり、往生しました。



 奈良県香芝市と大阪府柏原市の境界、大阪教育大東交差点目の前で、そのトンネルを見つけました(写真)が、藪が酷く写真になりませんでした。このとおりです。手前に現在の近鉄大阪線が走り、写真左手で新玉手山トンネルに入ると、地図には出ています。つまり、このトンネルは(旧)玉手山トンネルである、と思われます。



Tunnelh3  車に乗り山の反対側(則ち大阪側)へ行きます。注意して歩くと、鉄道の路盤の跡に、鉄製の手すりが立っているのが分かります(写真)。



Tunnelh4  更に大阪方には、路盤跡に、土留め擁壁と金網フェンスが立っています(写真)。渓間工もありました。しかし本当に近鉄の路盤か、半信半疑でした。



Tunnelh5  更に西に行くと、水路を渡る部分で、コンクリート製の割と新しい橋台(アバット)がありました(写真)。幅は丁度鉄道の複線位です。足元は古い石積みです。この石積みが参宮急行電鉄開業時のものと思われます。



Tunnelh6  そして今回は空振りだなあ、と思い振り向くと、ポッカリとトンネルが見えているではありませんか!(写真)。まさに奇跡でした。”ジーザス!”これが旧玉手山トンネル大阪側です。



 しかし何でこのトンネルは放棄されたのでしょうか。やはり原因は”線形”と考えられます。



 地図を見ると、新玉手山トンネルは、大阪教育大学の直下を真っ直ぐに結んでいます。しかしこの旧線は水路沿いで、旧玉手山トンネルの手前でカーブを描いているのです。つまり脱線防止のために速度制限があったわけです。近鉄は線形改良に熱心な会社で、特急電車の1分の短縮のために、徹底的な改良を行いました。だから参急の青山トンネルさえ放棄し、複線の新青山トンネルを掘削したのでした(注、同トンネルは現在民鉄最長直線です)。



 道路でも同じなのですが、曲線や勾配の緩和は、直接的に速度が上がります。逆に言うと、予定する速度から曲線半径や勾配は設計で求められるのです。それを”設計速度”などと言うのです。そういう意味で、土木技術も面白いと思うでしょ?興味のある方は、道路構造令などを勉強されると良いと思います(当然鉄道も省令があると思いますが、私は知りません)。



 今回は運良く取材が実を結びました。今週末はお休みです。来週以降、お楽しみに。

Snowy Days#3

Tobuq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”第3回をお届けします。今日は東武鉄道のイベントに参加しました。



 昨晩車中投稿した後、夜間に移動し、栃木県内に。運転中にDC/ACインバーターのヒューズが切れ、間一髪でした。



 そして今朝仮眠したSAを出発、南栗橋駅前に車を停め、シャトルバスに乗車し、開場前の東武ファンフェスタに到着しました。



Tobuq2  入口前には8000系更新車、8144始め4連が入場者を出迎えます(写真)。同系の兄弟は私鉄最多だそうです。伊勢崎線、日光線のみならず東上線もかつてはほとんどこの仲間でした。編成数は名鉄6000系の52編成が最多(6500系、6800系は除きます)のように思えますが、東武8000系は最大8両で組成された仲間がおり(名鉄は2両あるいは4両編成)、結果最多なのでしょう。セイジクリームからこの塗色になった頃に、私の恋心は芽生えたのでした。遠い昔の思い出です。



Tobuq3  車輌撮影会は11時40分からで、それまで他の場所をまわります。工場の中の6050系、61103です(写真)。野岩鉄道所有車輌で、同鉄道は3編成、会津鉄道は1編成所有しています。かつての直通”快速”で、現在も特急連絡電車のようです。



Tobuq4  建屋の中には整備中の車輌が多数展示されています。他、写真のとおり主制御器がマスコンと接続され、ノッチを入れると電動カム軸が回転、接点が「ガチガチガチ」といって繋ぎ変わります(写真)。見ての通り新品で、省エネ効果の少ない区間の電車に使われているのでしょう。蓋には日立のマークが入っていました。



 撮影会が待ちきれず行列に入ります。反対側遙か彼方に東急8000系と東京メトロ08系が確認できました。



 何故開場10時で、撮影会が11時40分なのか分かりませんでしたが、11時過ぎに、この撮影会のために東急5000系が会場の線路に入線します。これが理由でした。心憎い配慮です。



Tobuq5  撮影会が始まります。右は200系203-1始め6連、左は1800系最後の1819始め6連です(写真)。新旧”りょうもう号”で、他の1800系は各停化改造が施され、後に廃車されましたが、車齢の浅い19番だけは改造されず、団体専用となっています。いつか、乗車する機会があるでしょうか。実は1819が一番重要なんです。



Tobuq6  その左は10000系、11604始め6連です(写真)。半導体制御(則ち省エネ)の形式です。東上線9000系のボディはコルゲートステンレスで、10000系も同様です(の誤りです、ビートになったのは20000系からです)。東上線には、10030系もあります。



Tobuq7  その左は30000系31614始め6連(半蔵門線乗り入れ仕様)で、更に左は20070系21872始め8連(日比谷線乗り入れ仕様)です(写真)。20000系一族は日比谷線の規格に合わせ車体が短くなっており、制御装置の違いで20050系、20070系があります。



Tobuq8  更に左は最新鋭50050系(50000系(東上線用)本線・半蔵門線乗り入れ仕様)51060始め10連、一番左は東急5000系5011始め10連です(写真)。東武は編成両数を自信を持って書けるのですが、法則が分かるでしょうか。



Tobuq9  横から眺めると、この通りです(写真)。欲を言えばきりがありませんが、良い写真が撮れました。1819も撮れたし。



Tobuq10  そしてシャトルバスで南栗橋に戻り、愛車に乗りました。そのまま家に帰れば終わりでしたが、折角の機会だったので逆方向でしたが、上毛電気鉄道大胡に行きました(写真)。木造の駅舎、駅前駐車場は1日300円、駅に申し出てください。入場券も各種ありましたが、まずは1つにしました。170円です。



Tobuq11  昨夏訪問時、改札横には101と書かれた茶色の旧式電車が停まっていました(写真)。



Tobuq12  しかし今日行ってみると、台車一つ残し無くなってしまいました(写真)。残念です。



Tobuq13  先回失敗した黄色の104(写真)。今回は停止していたから大丈夫です。



 こんな感じで今日の取材を終えました。



 今日のイベントで行列し待つ間に、見知らぬ人が、「”Tetsu”はデタラメ!」と批評していました。確かに小田急とか絶対行かなきゃいけないイベントをすっぽかす事があり、「デタラメ」という指摘は当たっていると思います。しかしその作者がそこにいたのを、彼らは気付いていたのでしょうか。言い方を変えれば、”Tetsu”って、そんなに有名なブログとなったのでしょうか。ある意味、喜ぶべきことでしょう。



 次回は未定ですが、お楽しみに。

Snowy Days#2

Monaiq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”第2回目をお届けします。今回は東北編後半戦です。



Monaiq2  今朝遅めに滞在先を出発し、最初に向かったのは秋田県羽後町の西馬音内(皆さん読めないでしょうから、ふりがなをつけます、「にしもない」)です。旧羽後交通雄勝線梺駅跡です。当時使っていたのであろう腕木式信号が立っています(写真)。



Monaiq3  その後の、幼稚園送迎バス車庫の裏のプレハブが、車両保存館になっていますが、この雪で、今日は閉鎖されていました。しかも雪対策で全ての窓に板の囲いがついていて、中の車両は撮れず残念、と思ったら、1カ所高い窓だけは無かったので、車から脚立を出し、雪の中に脚立を立て登り、やっと写真に収めました(写真)。羽後交通デハ3です。これ以上の写真は撮れませんでした。



Monaiq4  そして次の目的地、八幡平へ。「松尾村民俗資料館」脇にある、旧松尾鉱業ED25 1です(写真)。昭和26年東京芝浦電気(東芝)製です。丁度雨も雪も止んでいました。



Monaiq5  まだまだ時間はある、ゆっくり行こう、と思っていたら、日が傾きかけて慌てて行った、花巻駅前の旧花巻電鉄デハ3です(写真)。鉄道線と軌道線の双方を兼営した同社、双方に対応するため製造したこの車両の綽名は、見てのとおり「うまづら電車」でした。車輌の幅が極端に細いのが解るでしょうか。この横の木造建築も立派です。



 そして今日は何と車中から投稿しています。「モバイルマイルーム」のお陰で、好き放題出来ます。



 本当は今夜自宅に帰るつもりでしたが、帰り道に寄り道したくなりました。胸に手を当てるか、雑誌をめくるか、それともインターネットを調べるか、どれかすれば解るでしょう。それでは、次回をお楽しみに。

Snowy Days#1

Yamako1_2



 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”第1回をお届けします。



 雑誌を読んでいて、行きたくなってしまった東北の廃線跡。10月までは海外編が入っていて、やっと行ける11月になったら、何と大寒波が!タイヤを履き替え、冬装備で出陣です。



 東北へのルートは、東京から北上する方法と、昔の急行”赤倉”のルートで新潟へ行き、そこから磐越道経由で入るルートの二つがあります。カーナビは新潟行きを指示しました。しかし今回の大寒波は信越にまで雪を降らせ、信濃町から道路はガリガリ!3年目のスタッドレスは信頼できず、ベタオンリで走ります。



 新潟から磐越道は豪雪が心配でしたが、積雪はなく無事に会津まで行けました。そしてガリガリの一般道を抜け、第1回戦、日本硫黄沼尻鉄道です。写真は、「猪苗代緑の村」のホスト施設、旧国鉄翁島駅舎です(写真)。



Yamako2  その後には、日本硫黄沼尻鉄道の車両、ロッド式ディーゼル機関車、DC121(昭和28年協三工業製)と、ボサハ12、その後もボサハ12(雑誌にはボサハ13とされているが、2両は同番が記載されていた)が保存されています(写真)。



Yamako3  後のボサハ12は戸が開いており、中に入れました(写真)。冷房が無い木造である、ということを除けば、現在使っても良い位美しく保存されています。しかし昨晩閉め忘れたのか、雪が吹き込んでいました。最後数百メートルの凍結を越えれば、貴方も出会えるのです。どうでしょう。



Yamako4  猪苗代から米沢へは、道路では福島から栗子峠経由(の誤りです、板谷峠ではない)か、喜多方から大峠経由の2ルートがあります。福島に降りてからの栗子峠は2回目で、通りたくなかったので、危険な大峠を経由しました。そのルートこそかつての日中線の夢で、そこを通りましたが、非常に雪深く、圧雪凍結、何度死ぬと思ったことか!やはりスタッドレスは新品でも3シーズンが限度ですね。



 さらに悪いことに、峠の頂点で暴走車と衝突しそうになり、肝を冷やしました。スタッドレス、時速80キロでは効果はありません。



 命からがら米沢に抜け、辿り着いた高畠。旧山形交通高畠線、旧高畠駅です(写真)。立派な駅舎ですね。現在山形交通高畠営業所となっています。バスでしょうか。因みに現在のJR高畠駅は、山形交通が営業していた時代、糠ノ目と呼ばれました。



Yamako5  かつての駅前のバス待合室(写真)。こちらも昔が偲ばれます。



Yamako6  タクシー等が待機した車庫(写真)。石造り、これも立派です。



Yamako7  かつての変電所の建物です(写真)。ほかトイレ等全て石造りで、全盛時が思い浮かばれます。



Yamako8  かつてのホーム跡に停まるモハ1(写真)。整備はまあまあです。



Yamako9  電気機関車ED1(昭和4年川崎車両製)とワム201です(写真)。雪が積もっています。雪深き中、撮影を行いました。



Yamako10  山形交通同線の車両は、上山市にある”リナワールド”にもあります。写真手前が舶来のED2、奥がモハ2です(写真)。雪で休園でしたが、撮影に成功しました。倉庫代わりで、整備はイマイチです。



Yamako11  そして高速に乗り、西川町へ。旧山形交通三山線睦合駅近く(山形自動車道西川インターそば)の月山酒造資料館そばに、同線の最後の車両、モハ103があります(写真)。



 ついでにそこの酒造資料館で日本酒を手に入れましたが、そこでの話では、今回の寒波はこの時期には珍しいものだそうです(早すぎる)。交通が停まり、大変です。



Yamako12  そして豪雪の月山道路(六十里越え)を抜け、鶴岡へ。庄内交通の遺構、善宝寺前、善宝寺鉄道資料館があります(写真)。旧駅舎を利用したのでしょう。



Yamako13  そこには庄内交通の車両、モハ3が保存されていますが、保存用の屋根は落ち、あまり良い状態ではありません(写真)。



Yamako14  行き違い出来る駅だったようで、対面式のホームを備えています(写真)。



Yamako15  反対ホームには、1,750ミリのスポーク動輪が(写真)。スポークの時代、鶴岡を走った急行形はC51だけでしょうから(C53は東海道山陽のみ、C54は山陰のみ、C55は北海道か九州、以降はボックス型の動輪で、該当しない)、よく残っていましたね。そして今日の滞在先に向かいました。



 今回は東北の鉄道遺構を巡る旅です。明日の投稿は怪しいですが、次回をお楽しみに。

故きを温めて#3

Fujifu1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”をお届けします。今回は、甲州路編です。



 先日愛車の車検を通したのですが、走行距離の伸びが異常に落ちて、「車、調子悪いですか?」とディーラーに聞かれるほどでした。電車ばかり乗って、とは言えず、「通勤で使わなくなったから、」と答えました。その愛車で久しぶりのロングドライブです。



Fujifu2  先ずは西から攻めて、1回戦、山梨交通です。かつて甲府駅から身延線を補完するように走っていた山梨交通。現在では遺構は、増穂町内の利根川公園にある電車801(江ノ電時代の番号、山梨交通での営業当時はモハ7だそうです)だけになってしまいました(写真)。朱色ですが、これが営業当時の色だそうです(江ノ電時代は緑だったのでしょう)。目の前に数台分の駐車場があり、撮影にも至便です。



Fujifu3  増穂から山道を分け入り富士五湖へ。富士五湖の電車と言えば、富士急行です。同線河口湖駅前の、「1」です(写真)。反対側は階段付きのホームが築かれ、中にも入れるのか。私は試しませんでした。



Fujifu4  駅前まで来れば、そりゃ営業中の電車が見たいでしょう。そのとおり今日の河口湖には2000系、2002(”フジサン特急”第2編成)始め3連が入っています(写真)。元JR東日本のパノラマエクスプレス・アルプスで、種車は165系電車であることはあまりに有名です。



Fujifu41  奥には5000系、”トーマスランド号”が入っています(写真)。同様の車輌を他社で見たことが無く、おそらく富士急オリジナルでしょう。暫くすると、この電車は終端方向へ移動しました。



 これらの写真は、いずれも有料入場して撮影したものです。入場料金以上は払わないと駄目ですよ。なお河口湖駅前駐車場は15分迄無料、しかし時間は多少アバウトみたいです。まあオーバーしたら時間300円払うだけですし。



Fujifu5  富士急の折り返し点、富士吉田に来ました。運のいい方は駐車が無料になるかもしれません。車を停め後を振り向くと、先ほどの”フジサン特急”が入線しました(写真)。是非、次回は乗車したいですね。



Fujifu6  河口湖インターから中央道に入り、国立府中インターへ。府中市健康センターです。駐車場は多数ありますが、それ以上に来場者が多く、停めるのに一苦労です。



 健康センターの片隅にバスターミナルがあり、その前に交通遊園があります。その中に保存車輌があります。1枚目は都電6000系6191です(写真)。昭和25年日車製だそうです。



Fujifu7  2枚目、奥にはD51 296が(写真)。昭和14年川崎車輌製だそうです。ナメクジでも、戦時形でもない、中期の標準的タイプです。この頃の車輌が一番出来が良いのです。



Fujifu8  最後はEB10 1です(写真)。元は蓄電池式機関車AB10として落成し、東京都北区王子の須賀貨物線で使われたといいます。電化でパンタグラフを装備、改番されました、なんて話は有名なんです。



 ただ、これらの車輌は府中市とどんな関係なんだ、というと詰まってしまいます。という私も、以前住んでいながら最近まで知らなかったんです。



 私も、これら失われた時間を取り戻したいと思います。しばらくは探索シリーズを続けたいと思います。それでは、また来週をお楽しみに。

故きを温めて#2

Meigo1



 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今日は名古屋市交通局、地下鉄50周年記念イベントに参加しました。



 今日は曇、降水確率30%の予報で、あんまり良い感じしないよなあ、と思い出発すると、何と丁度俄雨が。止めようか迷いましたが、行かないわけにいかない。そこで意を決し、傘も広げずに出発しました。



 東山線に乗り換えると、車輌は5151の編成(5050系第1編成)で、この時点で記録写真を一つ撮り損ねました。恐らく高畑の配属で、運用上こうなったのでしょうが、残念です。やはりこういったイベントでは、全社的な協力が必要です。



 そして一社から上社にかけての地上出口でどんな天気になるか、心配でしたが、すでにこの区域からは雨が上がった後で、晴れて地面も乾きかけていました。安心し藤が丘で下車、名古屋市交通局藤が丘工場へ向かいます。



Meigo2  どこから攻めるか考えましたが、先ずは修車工場から。台車の分解した姿を見て、「ボルスタレス台車を、旧東側の人々が見たら、何と言うだろう。」と思いました。きっと、「これで、壊れないのか?」と真顔で訊いたでしょう。



 すると、「間もなくリフティングを行います」とのことで、待っていると、5104が準備されています。そして実演が始まり、クレーンを降ろし、車体を留め具で留め、吊り上げます(写真)。車体と台車が分離されました。



Meigo3  そして吊り上げた車体を、中間車の頭越しに移動させ、反対側のジャッキの上に載せました(写真)。



Meigo4  そしてまた吊り上げ、台車載せをします(写真)。無事元通り載りました。



Meigo5  横には、本日一般初公開です、N1000系、N1101始め6連が(写真)。大阪や東京では当たり前のフラットなステンレスボディの車体ですが、名古屋ではまだまだ珍しい部類です(JR東海は313系1次車とのデザインの統一で、2次車もビートが残りました。日車製では名鉄3150系、3300系が初でしょうか)。これでアルミ車体、電機子チョッパの5000系も廃車が進み、世代交代が行われます。



Meigo6  その隣には、01、02廃車で最旧となった5103始め6連が、車輪削正の台に乗り、実演をしています(写真)。右側では大型テレビで削正の様子を映していました。



Meigo7  真南の留置線には、5050系5163始め6連(写真手前は5663)が、地下鉄50年ラッピングをされ、展示をされています。大きく”Brother”と入っていますが、これは日本ではミシンしかイメージのないブラザー(欧米ではナンバー1電子タイプライターメーカーでした)がスポンサーだからです。ブラザーもまた名古屋起源の会社です。



Meigo8  前述の通り5151の編成は営業中で、藤が丘で最若番か、5154の編成(写真側は5654)が入っています(写真)。



Meigo9  奥には5664の編成等、5050系3編成が入り、車掌体験、カーウォッシャー体験を出来るのですが、整理券は既に配布終了していました。親子連れなら兎も角、怪しいおじさんでは、やはり駄目ですね。



 実は名古屋市交通局でも友の会に相当する組織の会員を募集していたことがありましたが、対象は小学4年(理解できる年齢)から中学3年までで、30代等は対象にはなっていませんでした。確かに、30代では危ない気がしますが。



 そして撮影は終了、模型(Nゲージの黄電300系)、ドラゴンズ記念ユリカは手に入りましたが、地下鉄ハンドタオル(5路線に合わせ5色あった)は俄雨が原因か、残念ながら売り切れでした。本当に残念。そして取材を終えました。



Meigo10  おまけ。昨日今日は”名古屋港100周年まつり”であり、帆船日本丸と海王丸が入港していました。晴海ではそれほど珍しいことではありませんが、名古屋では6年ぶりだそうで、多くの来客がありました。写真は手前日本丸、奥海王丸です(写真)。金網の無い姿を、初めて収めました。



 なお来週は未定、再来週は新たな取材を行う予定です。ご期待ください。

故きを温めて#1

Osato1  それでは今日の”Tetsu”3回目は、今日と明日開催される大阪市交通局のイベントに参加しました。



 先日の神戸市交通局のイベントで、帰りに大阪市営地下鉄に乗った際に、中吊り広告を見てしまい、止せばいいのに行ってしまいました。



Osato2  まず新鵜沼をそそくさと発ち、名古屋へ。近鉄名古屋から大阪を目指します。チケットレスが不調で現金購入を。その間に1本難波行きが行ってしまい、出発で30分、到着で50分余り遅れてしまいました。しかしケガの功名で、その間に入線した難波発特急は”アーバンライナー・ネクスト”で、名阪特急60年ラッピングがなされています(写真)。21020系21620形(デラックスカー)ですが、21か22かは記録を失念しました。



Osato3  そして近鉄難波から、地下鉄四つ橋線北加賀屋で下車、徒歩十数分で緑木検車場です(写真)。まず何と言っても、1号線御堂筋線の開業当初の車輌旧100形の1両、105が目立ちます。側面の転落防止幌とは、先見の明があったのですね。平成になってから必要性が理解されました。



Osato4  建屋にはニュートラム開業当初の車輌、101-06が(写真)。ゴムタイヤの二軸単車です。



Osato5  ニュートラムの後は模型が。大きいのは旧200形の模型、電動です(写真)。ほか、大阪の方が、「こんなのあったよなあ!」という車輌の模型が多数展示されていました。時代の変遷は早いものです。



Osato6  市営交通ということから、バスもありました。ハイブリッド超低床車の後に、ゼブラバスが停まっています(写真)。かつてのモダンデザインです。



Osato7  横にはかつての30系、3062が(写真)。コルゲートのセミステンレス車です。正面が見えず残念ですが、方転の方法もなく、仕方ありません。この頃が私の大阪のイメージです。



Osato8  3062の南には、かつての路面電車の台車、ヘルブランド台車が(写真)。1901年製とプレートが入り、上のボディの番号は”5”でした。



Osato9  現在の大阪市交通局全線(阪急が乗り入れ架線1500ボルトの堺筋線、鉄輪リニアの長堀鶴見緑地線及び今里筋線を除く)の主力、大きく言うと20系(3号線四つ橋線用は23系とするそうです)四つ橋線用初号編成、23901ほか6連です。20系は基本設計が共通であり、線区の入れ換えは日常的に行われ、鉄道雑誌を賑わせています。



Osato10  市電保存館へ移動します。入口に地名の入った電灯があるので、職員の方に聞くと、市電の電停の表示だそうです。当時が偲ばれました。



 中に入り、1枚目、撒水車、25です(写真)。巨大なタンク電車です。大正14年製だそうです。



Osato11  同車のマスコンは、ゼネラル・エレクトリック(GE)製でした(写真)。当時はまだまだ電気製品は輸入が中心でした。



Osato12  2枚目は528、明治44年製の、現存でもっとも古い車輌です(写真)。二軸単車です。



Osato13  3枚目は1644、昭和4年製、同系は初のボギー車とされています(写真)。かなりモダンで、マスコンは三菱電機でした。



Osato14  4枚目は、明治期のオープンダブルデッカーを昭和28年に復刻した、5です(写真)。雰囲気は香港です。



Osato15  5枚目は、昭和31年製、最終完成形とされた3000形、3050です(写真)。今も各地に残る路面電車とほぼ同じ、同系も解体されたものも多いことでしょうから、非常に残念ですね。



Osato16  最後は30、明治45年製の二軸単車です(写真)。子供が制服を着て記念撮影です。制服はマジッククロスで貼り付けます。これで大方撮影を終え、帰途に就きました。



 正直私の知らない世界の話で、車輌も良い感じで、非常に興味深いものとなりました。少しずつ空白を埋めていきたいですね。



 明日は地元で#2の取材を行う予定です。請うご期待。

The Phoenix(予告編)

The Phoenix
予告編です。今日はあっち行きこっち行きで、大変です。

東へ西へ(後半戦)

Kobesub1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今日は、西のイベント、神戸市交通局名谷車庫のイベントに参加しました。



Kobesub2  今朝滞在先を出発し、向かったのは神戸、新長田です。新長田から神戸市地下鉄に乗車し3駅、名谷駅へ。そしてバスに乗車し一区間、神戸医療センター下で下車、そこから徒歩で数分歩くと、名谷車庫です(写真)。西神・山手線用3000系第1編成、3623ほか6連です。方向幕が”快速 新神戸”となっている所が注目です。西神線は緩急併合可能な配線であり、実現するでしょうか。



Kobesub3  同編成は本日運転台公開の車輌であり、同編成西神中央側の3123(写真右)は、2000系2620(写真左)と連結されています(写真)。しかし電連までは連結していませんでした。横で職員さんが受付をしているのが分かります。



Kobesub4  その左手(西方)に見えていた工場に入ります。先ず手前のスペースにはかつての地下鉄の正面を飾ったヘッドマークが多数展示されています(写真)。パンダ、ヴィッセル、ブルーウェイブ、等々、多数です。



Kobesub5  その奥では1000系1113ほか6連が分離され、ジャッキに載っています(写真)。1000系はチョッパ制御車で落成しましたが、時代の変化に伴いVVVF制御に改造されつつあります。01から始め(1000-01系)、08からは更に1000-02系とされ、06年秋時点で09まで改造済みとされています。おそらく現在ここに展示される13も改造中なのでしょう。やはり地元の川重等で製造しているので、JR東日本の201系みたいには捨てられないのでしょう。まあ古くさくもないですし(神戸の方は「見慣れてる」とおっしゃるでしょうが)。



Kobesub6  横にはS形ミンデン台車、FS393台車が展示されています(写真)。”ミンデン”の名のとおり、多くの民鉄各社で使われる台車です。FS393という番号は、恐らく台車メーカーの住友金属での番号でしょう。注意深く探せば、住友のマークが見つけられるでしょう(この写真には写っていない)。



Kobesub7  歴史ゾーンと言うべきか、かつて路面電車の先進地だった神戸市電の車輌が、同車庫に保存されています。まずは静態保存2両のうちの1両、705です(写真)。



Kobesub8  もう1両の808です(写真)。2両の間にはプラットホーム上の階段があり、中にも入れました。



Kobesub9  スペースの都合でカットモデルとなった写真左は101、右は760です(写真)。結局こういった車輌保存は、スペースの有無が大きく影響するようです。都心のバスの車庫では、保存はやはり困難です。他、かつての指令盤等もありました。



Kobesub10  さあお楽しみは洗車体験。3000系3124始め6連が私たちを待っています(写真)。



Kobesub11  乗車すると、一旦本線横の引上線に入り、それから洗浄線に入ります。やはり一般的な門形洗車機で、水パイプ、ブラシが3つ角度を変え並んでいます(写真)。多くの鉄道イベントで喜ばれる行事です。



Kobesub12  外から見ると、このような形に入っていきます(写真)。来られた方は、「順番が違う!」と言うでしょうが。正門横です。



Kobesub13  一番奥には業務用車輌が並んでいます。保守用の検測車は乗客を乗せることが可能で、この乗車体験は親子連れに大人気でした(写真)。この先には留置線があり、1000系、2000系ほか今日非番の車輌が停まっていました。私が写真を撮ろうとロープを少し跨ぐと、怒られると思いきや、「いいですよ。」とのことでした。多くのイベントでは危険だからという理由で頭ごなしに怒られます(確かに非常に危険な行為をする人も、信じられないほど馬鹿げた行為をする人も多いです)が、明らかに安全であれば少し融通を利かせてもいいというのは、良いところです(勿論本当に危険なら、「危ないからダメ!」と言われます)。



 もし今後、車輌撮影会のようなことをするのなら(私のような車輌ファンの最大の関心事ですが)、やはり初号編成を撮りたいですね。1101といえば、神戸市交通局職員だって特別な思い入れがあるでしょう。やはりそういうのを撮りたいんですよ。今日でも1101始め6連は隅の方に停まっていたので、勿体ないなあ、と思いました。ファンは新車好きも多いですが、多くは旧車好きなんですよ。やはり01、08、未改造車、19が写したいですね。運用の遣り繰りも大変でしょうが、どうか次回はお願いしたいですね。



Kobesub14  神戸市交通局はバスも営業しています。写真のとおり旧車を整備したボンネットバス、また低床車、天然ガス車他多数展示していました(写真)。そして大方撮影を終え、帰宅しました。



 今週は自分的には不完全燃焼ですが、次回に期待して締めくくりとします。それでは、また次回をお楽しみに。

東へ西へ(前半戦)

Txkanto1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今日は関東鉄道常総線、つくばエクスプレスのイベントに来ています。



Txkanto2  昨晩夜行で自宅を発ち、早朝東京着。そして秋葉原からつくばエクスプレスで守谷へ。どちらを先に攻めるか、考えた結果、関東鉄道を優先するという作戦でいくことにしました。



 そして関東鉄道で3駅、水海道へ(写真)。キハ2403、キハ2305、キハ2111が写っています。ここから常総線基地までは、シャトルバスです。



Txkanto3  会場で我々をまず最初に出迎えたのは、先日新潟トランシスで落成し到着したばかりの、キハ2406(写真奥、入口側はキハ2405)です(写真)。これからが期待されます。



Txkanto4  中では、最近塗色を首都圏色(朱色一色)に塗り替えたばかりのキハ101が(写真)。同車は元国鉄キハ30なのは明らかで、不遇だったキハ35一族の最後の姿となっています。この車両は、今日は客を乗せ基地内を何度も往復しました。



Txkanto5  こちらは青とクリームのツートン、キハ102です(写真)。



Txkanto6  その左はモーターカー、更に左は2連のキハ3518です(写真、反対はキハ3519)。昔の京浜東北線のような色です。映画の撮影に使われたそうです。



Txkanto7  2003年冬、つくばエクスプレス完成前、取手から常総線経由で下館、そして真岡鉄道を訪問したとき丁度営業に入っていた、キハ354(反対はキハ355)の2連でした(写真)。朱とクリームのツートンです。



Txkanto8  今日はキハ355が、奥で少しだけ顔を出しています(写真)。他キハ317等多数です。



Txkanto9  そして現役のディーゼル機関車、DD502です(写真)。セミセンターキャブ、動輪はロッド式です。昭和31年日本車輌本社製です。運転台も公開しており、着席し運転中の風景を楽しみました。



 そして「コロッケそば」を食べ、シャトルバスに乗り次の目的地へ向かいました。



Txkanto10  今日の2回戦は、第3回つくばエクスプレスまつりです。シャトルバスターミナル前に検修庫があり、ここでTX2000形(写真はTX2165)の床下が蓋を開け見えるようにしてありました(写真)。交直両用で、興味深いものでした。



Txkanto11  同編成の反対側TX2665は、貫通路を開け、脱出用梯子が展開されていました(写真)。地下トンネルも多い同線、必要な設備です。



Txkanto12  一般の留置線では、電車の運転台公開が行われ、直流専用のTX1111始め6連及びTX1102始め6連が、ヘッドマークをつけ停まっています(写真)。



Txkanto13  撮影をしたい方には、TX2162始め6連が、”ドラえもん”ヘッドマークを取り付け、停止しています(写真)。長くいれば、一定時間ごとにヘッドマークは交換されたそうです。



Txkanto14  南西側の架線のない区間には、写真のような高所作業車、レール運搬用モーターカー、バラスト運搬用モーターカー、架線軌道検測車が置かれています(写真)。これらの車両は後で実演が行われ、高所作業車はアームを高く伸ばし、レール運搬車はレールの積み下ろしを行いました。最近はこういった裏方の車両の展示が各地で減ってしまい、残念です。



Txkanto15  そしてお帰りは構内発の直通普通秋葉原行きです(写真)。一番左がそうです。乗車用の階段を登り乗車しました。そして今日の滞在先に向かいました。



 前半、関東鉄道は古い車両も多く、記録が出来非常に良い出来でした。後半、つくばエクスプレスは、余りに新しすぎ、新品の楽しみはありますが、古いもの、という楽しみは少なかったです。しかし、少しずつ歴史を重ねていくのですね。



 タイトルのとおり、明日は西に行かねばなりません。朝が早く、大変だあ!

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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