(400回記念)”Tetsu”第0回について

Tetsuzero1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は投稿400回を記念して、どうして私が”Tetsu”を始めたのか、考えてみたと思います。



 まず記念すべき鉄道写真第1号は、平成9年早春、飛騨古川駅構内で撮った、キハ58 6001、急行”たかやま”でした(写真)。車内はグレードアップされ、塗色も変更された同車でしたが、所詮は平窓車、結局大阪”ひだ”となり、同車は引退しました。しかしこの時の旅行の目的は、取材ではなく感傷旅行で、鉄道関連は数枚しかなく、あってもこの程度の写真でした。



Tetsuzero2  鉄道は、子供の頃は大好きでしたが、一度足を洗った時期があり、当時は「鉄研」のような存在は非常に蔑んでいました。それで20代を過ごしたのですが、とある出来事から鉄道への興味が復活しました。



 その結果、取材第1号となったのは、平成9年9月の佐久間レールパークへの旅行でした。当時も今と変わらず、クハ111 1が佇んでいます(写真)。



Tetsuzero3  平成9年当時、鉄道界で最大の話題は、同年9月の碓氷峠線廃止でした。この線は電車と機関車が連結し協調制御で勾配を上下する、という技術的な興味、のみならず思い出の線でもあり、廃止間近な同線を夜行急行”妙高”で取材しました。その時の写真、クハ189 506と、EF63 19の連結のシーンです(写真)。最大の見せ場です。



Tetsuzero4  EF63 19の麓側には、EF63 18が(写真)。天候が全てを物語っています。



 なお当時の写真は、全て金庫に保存するほどの価値がありますが、無理解な家族に処分され、肝心のネガがなく、ポジの一部をスキャナで読み込んだものしか残っていません。



Tetsuzero5  当時の長野はオリンピック関連で大変革の年でした。長野電鉄もご多分に漏れず、2000系は変化ありませんが、それ以前の車輌は営団日比谷線3000系に置き換えられ、名車たちは散っていきました。写真は当時の須坂駅周辺の様子で、2000系、3000系、のみならず1501全景やOSカーの影も写っています(写真)。今では貴重です。



 そして写真を撮り貯め、デジタル化、インターネットの波を受け、平成16年8月24日に第1回、「祝!開通!」から”Tetsu”が始まったのでした。



 こんな感じで私の”Tetsu”人生が復活したのでした。何故復活したかは、500回記念位でしてみましょうか。

名古屋昼行(Story1)

Nagoshinp1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は名古屋駅新幹線ホームで取材を行いました。



 今朝も2日分眠り、今日の取材は中止しようと思いましたが、しかし体は疼きます。やはり、行こう!と起き、名古屋駅へ向かいました。



 概ね時刻は把握しており、取材の手順も決めてありました。先ず16、17番ホーム(新幹線下りホーム)で500系、N700系を撮影、その後14、15番ホーム(新幹線上りホーム)に移動、N700系、500系で取材を終える、というものでした。ダイヤの都合上、片方では取材不足になるため、光線の向きは悪くなりますが、やむを得ない措置でした。



 先ず1枚目は下り”のぞみ”、500系W9編成(500系最終編成)1号車側です(写真)。これも、間もなく新大阪以東では見られなくなります。



Nagoshinp2  2枚目は、下り”ひかり”、300系J16編成です(写真)。N700系増備に伴い更新されないJ15編成までは廃車になります。既にJ1、J2編成は廃車されました。ということは同編成はJR東海の残される編成としては最旧となり、要注目です。なお、それ以前の編成はドアがプラグドアでしたが、空力的メリットがほとんど無かった、とのことで、同編成から旧来の引戸に戻されました。



Nagoshinp3  3枚目、下り”のぞみ”、N700系Z3編成です(写真)。今後の主力、現在量産中です。JR西日本の同系はN編成になりますが、まだ一度も見たことがありません。是非、撮影したいですねえ!



Nagoshinp4  4枚目、名古屋始発上り”こだま”運用に就く300系J8編成です(写真)。先ほどの説明のとおり、ドアがプラグドアで段差がないのが分かるでしょうか。



Nagoshinp5  5枚目はイマイチな写真ですが、300系J61編成(300系最終編成)が、上り”ひかり”として名古屋を発車した姿です(写真)。



Nagoshinp6  6枚目、現在の主軸700系、C8編成です(写真)。700系は、中期形から非常連結器カバーが開閉式から脱着式に変わったとされ、番号でも分かるよう、初期型の同編成は開閉式と思われますが、写真で見ても分かりません(分からないように作ってもあるのでしょうが)。



 これで逆光の下り線は打ち止め、上り14、15番線に移動します。



Nagoshinp7  7枚目、上り最初は博多発700系と時刻表に書かれ、博多発9時台であり、大阪から送り込むのが不可能な時間で、期待し構えると、一発で来ましたJR西日本所属B2編成でした(写真)。一発ツモ!



Nagoshinp8  700系、JR東海C編成とJR西日本B編成の区別の方法は、シートの色(東海は水色、西日本は紺色)、チャイム(東海はTokio、西日本は「いい日旅立ち」)、そしてB編成は先頭車運転台後の「JR700」のロゴ、の3か所です(写真)。



 500系の300キロ車から、700系の285キロ車へは、技術的後退と思われますが、ボディがろう付けアルミハニカムの500系は製作費が非常に高く、結果製造・保守点検が楽な、アルミダブルスキンの700系が主流となりました。なお、今後500系は山陽新幹線の”こだま”用に、8連に短縮するそうです。



Nagoshinp9  14番線ばかり気にしていて(この時間”こだま”以外は全部このホーム)、周りの鉄が動き出して初めて気付いた、N700系量産先行車Z0編成が16番線から大阪方に向かい発車するシーンです(写真)。慌てていて酷い写真でごめんなさい、でもちゃんと”Z0”と出ているでしょ!どうも量産化改造を終えたのか、試運転のようです。営業運転も近い?



Nagoshinp10  次は普通に700系C23編成です(写真)。言うまでもなくJR東海の700系中期形に分類されるでしょう。54編成で製造が終わると言われていたC編成は、余程使いやすかったのか、その後も増産され、結局C60編成まで増備されました。



Nagoshinp11  次は300系ですが、所属がJR西日本で、F編成(写真はF5編成)です(写真)。元々は”のぞみ”博多乗り入れのため、JR西日本が義理で導入した編成です。全9編成、この編成も今後注意が必要です。



Nagoshinp12  今度は700系のスジで走るN700系、JR東海所属のZ8編成です(写真)。「電車編成表’09冬」にはZ7編成までしか載っておらず、新車もいいとこ、まだまだ湯気が立っています。



Nagoshinp13  余りにも有名な、「N700系」のロゴです(写真)。車内では気にならないのですが、300系より700系、700系よりN700系は窓が小さく、だんだん小さくなっています。



 なお、N700系形のフラッシュメモリーもあり、少々高いですが、このロゴもしっかり印刷されています。



Nagoshinp14  そして上り”のぞみ”運用に就く500系W8編成です(写真)。丸いボディ、尖った先端、特徴的な列車です。これがもうすぐ新大阪以東では見られなくなる、ということが、まだ信じられません。しかし決まっているので、皆さんも、記録はお早めに。



Nagoshinp15  運転台後のロゴは、写真のとおり”JR500 WEST JAPAN”です(写真)。これも見られなくなります。



 新幹線の取材はここで終了、在来線ホームに入線する列車や、先回の続き北勢線の取材をしたい気もしましたが、これらは次回以降とします。こんな感じで今日の取材を終えました。



 399回、よく取材したと思います。暇な方は、本当に399回記事があるか、数えてみてください。次回は、記念すべき投稿400回です。どんな記事になるでしょうか。

来た、見た、撮った!

Kiseidd1  皆様、如何お過ごしでしょうか。今日の”Tetsu”第2話は、紀勢線乗り入れ貨物列車です。



 JR貨物時刻表、他各誌によると、毎日深夜に稲沢を出たコンテナ貨物列車が、未明に亀山、早朝に紀勢線に入り、新宮まで行き、新宮から小入れ換えの後、夕方に亀山経由で帰還する、という運用があります。この列車はDD51重連で運転されます。というのは紀勢線の難所、荷坂峠越えがあるためですが、北海道の常紋越えと同様、付け替えの手間を省くため、この春の改正でDD51プッシュプルになるそうです。そのための各種試験も行い、決定したといいます。今回はこの廃止となる重連貨物を取材しました。



 夜中に名古屋を発った私は、一路三重へ。高速を飛ばし、一路紀北町へ。昔は紀伊長島町、海山町だったのが、合併で名が変わりました。



 前もって二つの候補地を挙げ、双方のマップコードを調べ、カーナビに入力します。予定通りの場所に辿り着きましたが、最初の場所は冬でススキが伸び放題で、後の候補地は直線が長く撮影しやすい、と思い、今回の撮影場所を決定しました。しかし1時間も時間があり、周辺の住民は怪訝そうな顔で私の車を眺めます。決して怪しい者ではありません。住民の皆様、本当にごめんなさい。



 到着15分前に車から出て、構えます。暫くすると、ディーゼルの音、それに続くジョイント音が聞こえてきます。来たぞ!豆粒ながらヘッドライトも見えてきます(写真)。



Kiseidd2  やって来ました、DD51重連です(写真)。前は856号機、後は893号機です。残念、双方とも青い更新色でした。やっぱり国鉄色が一番でしたが、機関換装は必要です。贅沢は言えません。



Kiseidd3  実はこの地点、手前に標識があり、広角ではどうしても入ってしまいます(写真)。入らないようにするためには、35ミリ版で300ミリでは望遠が不足します。400ミリを持てる方は幸せです。しかも高い所に登る必要があり、愛車の脚立で待ちましたが、不安定なため、転びそうで心配でした。



Kiseidd4  そして行き過ぎ、コキ50000が続きます(写真)。僅か数分、一発勝負です。本当に、来た、見た、撮った!



 残念ながら名曲”うれしい、たのしい、大好き!”は、電車以外では使わなくなりました。私にも、若い時があったんですよ、本当に!



 最後は非常に爺臭く終わります。明日は、未定です。

名古屋夜行

Nagoyaq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”第1回目をお届けします。今回は名古屋駅の深夜の様子をお届けします。



 寝台急行”銀河”が3月で廃止とのことで、現在の様子を記録したいと思い、昨晩名古屋駅に向かいました。



 かつて下り方面は21時台に”富士”、22時台に”はやぶさ””さくら”、23時台に”あさかぜ”が走る3本体制でしたが、今は22時47分の”富士””はやぶさ”が唯一になってしまいました(写真)。今日は下関運転所のEF66 49が牽引します。停車時間は、かつて5分だったのが2分に短縮されてしまいました。



Nagoyaq2  この1時間後、かつては”あさかぜ”と行き違うように発車したのは、上り”ムーンライトながら”東京行き(写真)。373系電車9連です。これは今後も変わりありませんが、東京到着時刻が遅くなりました。



Nagoyaq3  これから暫くは、貨物の時間です。1枚目は、EF66 110です(写真)。JR貨物が発足後最初に増備した機関車ですが、これは2次車、角形ライト、腰部の線が1次車との違いです。



Nagoyaq4  2枚目は、EF66 16です(写真)。オリジナルと変わらないように見えますが、実はエンブレムが外され、ナンバープレートが飛び出しています。



Nagoyaq5  3枚目は、今後の主力、EF210 119です(写真)。EF65代替として製造されていますが、EF66の代用も可能で、0番台は1インバータ2モーター制御でしたが、100番台は1インバーター1モーター制御になりました。三菱電機・川崎重工の製作です。”Eco-Power桃太郎”の名がつきました。



Nagoyaq6  4枚目は、JR史上最強、EF200 19です(写真)。日立製、6,000kw(おおよそ8,100PS)、間違いなく史上最強ですが、地上電力設備の負荷が余りに大きく、フルパワーでは働けません。そのためエコノミー形EF210が主流となりました。



Nagoyaq7  5枚目は、EF66 107です(写真)。100番台の1次車、丸形ライト、腰部の帯無しが比較出来るでしょうか。



Nagoyaq8  やはり来ましたPF、EF65 1081です(写真)。JR貨物更新色、赤ナンバーが目立ちます。貫通扉がカラシ色の車輌は、広島車輌所で更新した車輌です(これは大宮車輌所更新と思われる)。



Nagoyaq9  雪のせいか、”銀河”は30分遅れ、その間にサービス?とも思った、レール運搬車キヤ97(手前から1、102、2、101)が中央線ホームに入ってきました。迷わず行きました。1と102はコンテナハウスが載っています(写真)。間の配線も多数です。



Nagoyaq10  反対側、101側から眺めると、101と2はレールを載せています(写真)。落成は19年12月、日本車輌と書かれ、運転する保線担当職員は、新車が来た喜びを一心に表していました。運転台前にデッキがあり、実用面では必要なのでしょうが、それがキヤ95解体との心配になってしまいました。大丈夫、大丈夫。取り回し上の都合ですから。



Nagoyaq11  そして今夜最後の列車、上り寝台急行”銀河”が入線です(写真)。田端のEF65 1113牽引です(客車は宮原運転所(大ミハ、JR西日本))。これが出発すると、名古屋駅は閉鎖、翌朝5時台のの1番列車、上り寝台特急”富士””はやぶさ”に合わせ開きます。



 今日は撮影の鉄が2、3人、関東の彼はインターネットカフェで上り”富士””はやぶさ”を待つと言います。私もそれでも良かったのですが、やはり次の話題も興味があり、24時間駐車場に停めた愛車で、第2のステージを目指しました。この時間はタクシー以外の交通機関はなく、結果自家用車を選択しました。



 ”銀河”の大阪終着も撮りたい気はしますが、やはり”京都夜行”第2話のような気がします。先ずは1回戦終了です。

Independence Days#2

Yorokinq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、伊賀鉄道と同時に近鉄から分離された養老鉄道を取材しました。



 養老鉄道は、その名のとおり近鉄養老線を分離した会社で、桑名、大垣という2つのターミナルを持っています。いつも桑名イン桑名アウトで行こうとは思うのですが、どうしても時間が惜しく最初は大垣にしてしまいます。今日もご多分に漏れずJRの新快速、313系5000番台で大垣に行きました。



 大垣では先ず養老鉄道の窓口に行き、養老線休日フリーきっぷ(1,000円)を買い、改札を抜けます。直近は桑名行きですが、行ってしまったら戻れないので、先ずは揖斐を目指します。写真は514始め2連、近鉄マルーンが塗られています(写真)。これに乗車しました。



Yorokinq2  約30分かけ揖斐へ。何度も終端の写真は載せたので、今回は揖斐駅駅舎です(写真)。折り返しは約10分です。少し南側には名阪近鉄バスの営業所もあります。旧名鉄の谷汲、本揖斐駅跡、樽見鉄道谷汲口を通るのもこのバスです。そして戻ります。



Yorokinq3  11時からはパターンダイヤになりますが、私が来たのはそれより少し早い。昨日も書いた”はかるくん”も入線するので、交換設備は1時間ヘッドには余裕があります。



 そして大垣に戻り、合間に昼食を。そして昼は区間運転もなく1時間ヘッドの桑名行きで一駅、西大垣へ(写真)。養老鉄道の本社、車庫のある所です。



 駅舎は近鉄当時から変わっていませんが、周辺の建物は取り壊し、新しい本社機能のある建物が幾つか建っていました。写真の右側の建物もそうです。



Yorokinq4  駅員さんに断りを入れ(これが重要です!)、一旦改札を出て駅舎を写した後再び中に入り、撮影です。駅の西側は車庫、検車区になっています。今日の仕業を終えた車輌、これから仕業に入る車輌、その他交番検査、日常の修理等、すべてここで行います。



 見ていると、車庫から電車が出てきます。623始め3連が、誘導手に誘導され、車庫から引き上げ線に入ります(写真)。



Yorokinq5  引き上げ線から戻り、西大垣2号線に据え付け。すると1号線には桑名発大垣行きの列車(524始め3連)が入線します(写真)。523始め3連は、この編成の後の仕業に入れ替わります。しかし単線なので、先ずは大垣行きが出発します。



Yorokinq6  524始め3連は仕業を終え、大垣から回送され、1号線と2号線の中線に入り、交代を待ちます。そして初めて523始め3連は大垣に出発出来ます。複線では全く気を遣わないことですが、単線で「閉塞」があり、手順を間違えると大変です。



Yorokinq7  その合間に、一番手前(一番駅寄り)に入っていた614始め2連が発車します。その先は門形洗車機になっており、洗車シーンが見られ、養老鉄道はサービス満点です。このノリで西大垣検車区公開、というのはどうでしょう。



 そういえば出てくるのは全てマルーン1色に塗られた車輌ばかりですが、少数ツートンの車輌も残っています。比率は8:2位でしょうか。



 マルーンといえば、昨日の伊賀鉄道も、今日の養老鉄道も赤系の制服に変わっていましたが、やはりこの制服の色もマルーンなんでしょう。



 そして先ほど回送された523始め3連が大垣発桑名行きになり、西大垣到着、これに乗車しました。



Yorokinq8  途中には「養老の滝」の養老、「多度大社」の多度を通ります。そして播磨を過ぎると、終点が近くなります。すると桑名駅北西方の台車履き替え施設が見えてきます(写真)。余剰地はヤードになっており、レール、バラストの基地になっています。23日の”はかるくん”の出発はここですが、牽引はどうするのか。通常の電車では長すぎ、行き違えないので、モト94、96が動台車まで履き替えるのでしょうか、不明です(よく考えればクワは運転台があり、2連の電車と連結すれば制御は可能です)。



 そして桑名に到着、オンタイムで下り急行がやって来ました。



Yorokinq9  そして四日市で下車。通路、階段を渡り、9、10番線に。特殊狭軌(ここは762ミリ(2フィート6インチ))、近鉄内部・八王子線にやって来ました。八王子線西日野行きが本当は良かったのですが、逃すとどんどん遅れるので、先ずは車庫のある内部行きに乗りました(写真)。



Yorokinq10  内部に到着しました(写真)。折り返しには約15分あります。そのため付近を歩き回りました。



Yorokinq11  すると車内からはいつも失敗する内部車庫の入口も、公道上から撮影に成功しました(写真)。後は最後の特殊狭軌用ツートンとなった1両を押さえねば。



Yorokinq12  そして内部線行き違い駅の泊に到着します。最初はホームからのヘタれ写真を撮りましたが、やはり「もう来ないとしたら?」との覚悟の元で、1時間待つ気で撮った写真がこれです(写真)。脚立があればもっと良い写真になりましたが、そんな余裕はありません。しかし泊で1時間を過ごし、あー寒かった!



Yorokinq13  日永で乗り換え、1駅だけの八王子線、西日野です(写真)。レール外、山側(写真右側)にはみ出したATC地上子に要注目。レールの幅762ミリでは、間には入れられないのでしょう。



 この周辺で水害がなかったならば、今でも線名の八王子まで走っていたのでしょうが、車庫のある内部なら兎も角、復旧は困難だったのでしょう。



Yorokinq14  最後に分岐駅、日永駅の様子です(写真)。広告の立つ位置に旧ホームが残っており、八王子線の行き違いも可能だった時代の名残を残しています。そして日没、今日の取材を終えました。



 やはり伊賀鉄道、養老鉄道とも、休日用にフリー切符を出しているのはとても良いことです。やはり「これだけ出してくれるなら、細かいことは言わない」という金額はどこの鉄道会社にもあるわけで、その金額で気軽に途中下車できるフリー切符は、有用だと思います。あおなみ線、愛環、ゆとりーとライン、等々、全駅取材したい線はあるのですが、金額面で断念しています。特に「あおなみ線」は、官僚的な返答ではなく、「どうすれば利用客は増えるだろうか?」というサービス精神を基本にしないと、いずれ同じ道を辿ると思うのですが、どうでしょうか。



Yorokinq15  おまけ。今日大垣でカメラを出すと、JR線上をEF64 35が単機で走行していました(写真)。今は亡き”ユーロライナー”の中央西線用牽引機、もう1両ありました。



Yorokinq16  おまけその2。先日も今後の注目と述べた117系、海カキ(大垣車輌区(かつての大垣電車区))S5編成です(写真)。大垣発米原行き普通の運用に就いていました。115系まで卒業してしまったJR東海、381系、117系、119系は要注意です。



 最後に新車情報。噂のレール運搬用気動車が落成し、今日の帰り道、名古屋車輌所にて発見しました。チキのような魚腹形の車体に、キヤ95と同形の運転台が乗っており、最初は「キヤ95が解体されたのか!」と肝を冷やしましたが、大丈夫です。運転台の取り回しの都合でしょう。



 こんな感じで今日は終わりです。来週をお楽しみに。

Independence Days#1

Igap1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは今日の”Tetsu”をお届けします。今週は近鉄とその沿線を巡ります。



 今朝遅く出発した私は、午前の取材を終え近鉄大阪線急行に乗車します。行き先は、伊賀神戸(正しく読めますか?)です。伊賀神戸からは旧近鉄伊賀線が分岐しています。同線は昨年10月に近鉄から分離され、「伊賀鉄道」という名前になりました。



 今日も「くノ一」866(反対は766)が伊賀神戸でお迎えです(写真)。



Igap2  丸山、茅町で行き違い、上野市に到着(写真)。運用はここで分断していますが、幸いこの列車は10分程の待ち合わせで、伊賀上野行きに接続していました。



Igap3  伊賀上野行きは手前867、奥767の2連です(写真)。近鉄当時と同じツートンです。待ち時間に車庫の様子などを撮影し、乗車しました。



Igap4  867の運転台です(写真)。ツーハンドルマスコン、普通の運転台ですが、右上にデッドマンのスイッチがあり、その下は電略の全駅名の入った位置表示です。



Igap5  同列車は3駅、5分ほどで伊賀上野に到着します(写真)。伊賀鉄道上野市~伊賀上野間は1時間に1往復で、1編成の行ったり来たりで運用をこなします。



 この区間の最大の使命は、JR関西本線との接続でした。かつて関西本線が幹線として営業した時代は、伊賀上野が上野市への入口でしたが、ローカル線となった現在では非常に寂しくなりました。



 伊賀上野に到着し、暫くすると亀山鉄道部の亀山発加茂行きキハ120単行がやって来て、乗降があります。



Igap6  そしてそれから十数分待つと、加茂発亀山行きキハ120単行がやって来ます(写真)。かつて東海道本線に挑戦した関西鉄道、国有化後幹線であった時代の長大編成用施設に、現在の気動車単行は、かなりのギャップがあります。数年前はJRだって2連で、近鉄に気を利かせて伊賀上野で行き違いをしていましたが、今の関西本線の状況は、それどころではない、ということでしょう。



Igap7  来た道を戻ります。川を渡ると、前方の高台に伊賀上野城が見えてきます(写真)。仇討ちで有名な”鍵屋の辻”もこの近くです。その高台を遠回りし、中心街上野市に到着します。この列車はそのまま伊賀神戸に直通します。



Igap8  上野市での準備時間に撮影します。駅北西方の車庫には、ツートン762(862)の編成と、先ほど行き違ったラッピング765(865)の編成が待機しています(写真)。そして発車します。



Igap9  それから2駅、茅町で男忍者の861(761)の編成と行き違います(写真)。



Igap10  丸山で、往き道に乗った866(766)の編成と行き違います(写真)。



 上野市~伊賀神戸間の列車は30分ヘッドですが、距離が中途半端なせいか、3編成で営業をし、茅町と丸山で行き違います。確か市部にも行き違い施設はあり、他の駅も多くは行き違い可能な施設を廃止していました。かつての波動輸送の時代の名残でしょう。確かに道路も整備され、車でも便利になってしまった、ということもあるのでしょう。



Igap11  そして伊賀神戸に戻ってきました(写真)。通常運賃400円×2で800円ですが、売り切れた”オフピークチケット”の後を継ぎ、伊賀鉄道フリー乗車券(600円)を利用しました。途中上野市やほか途中下車を楽しむ人には、この切符はもってこいです。皆さんも、如何ですか。



Igap12  そして伊賀神戸からは近鉄に戻りますが、上本町方面行きは特急で、”伊勢志摩ライナー”23000系の特急60年ラッピング車(05番、写真手前は23605)が停まっていました(写真)。



 行って帰って丁度2時間で、宇治山田行き急行に乗車出来ました。そして伊勢中川、駅構造は名古屋線が狭軌だった時代からの伝説の構造で、3方向乗り継ぎ可能な配置になっています。名古屋線標準軌化は伊勢湾台風が契機であり、復旧と同時に行われた、ということはあまりに有名です。



Igap13  本当は内部・八王子線を取材したかったのですが、出発が遅く、日没間際になり、今日は断念しました。そのかわり、といっては何ですが、名古屋行き急行を塩浜で下車しました。塩浜の東側はJR貨物の塩浜貨物駅、西側は近鉄塩浜検車区です。往き道に「はかるくん」モワ24が分離され、クワ25がモト94とモト96の間に挟まれ、なにがしか準備をしていました。それもそのはず、今月23日の水曜日に、桑名から養老鉄道に「はかるくん」が入線し、検測を行うのだそうです。モワ24は狭軌には入線出来ませんが、クワ25は台車を履き替え、他の電車に牽引され揖斐まで行くそうなので、私は休めませんが、時間のある方は如何でしょうか。



 それが頭にあったので、下車し覗くと、左からモワ24、真中モト96、右デ32です(写真)。目的のクワ25はモト96の向こうに入ってしまいました。残念。そして明日以降に桑名駅北西方の台車履き替え設備まで牽引され、履き替えるようです。23日はあの建屋から出発し、日帰りでそこまで戻ってくるそうです。なおその後どうやって塩浜に戻るかは不明です。



Igap14  そんな写真を撮っていると、普通が発車、しかし本線で普通の発車を待つ列車があります。場内信号が変わって入線、近鉄でも変わった色は水色の”あおぞらII”15202始め4連です(写真)。運転台真上のパンタグラフで分かりました。



 そして1本後の急行に乗車、1日目は帰宅しました。



Igap15  おまけ。天理駅前の蒸気機関車、D51 691です(写真)。先回はこの方角の撮影をせず失敗でしたが、今回はこんな感じです。しかしこちらも樹木等支障があり、どうでしょうか。



 明日は、今日の続きです。

残念なお話ですが#3

Linimozeroq  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、”リニモ”のお話です。



 写真は、平成18年3月に開催された「第1回リニモまつり」の際に撮影した、191、192、193の3連です(写真)。日本財団の寄付、編成09番で、前後に大きく”09”と書かれています。側面の”EXPO 2005”ラッピングも特徴でした。



 何故残念なお話かというと、実は同編成は昨年1月10日に車籍を抹消されたのです。解体されたかは不明ですが、いわゆる「廃車」です。



 リニモも万博時は大変混雑しましたが、終了後は利用者が激減、運営会社の経理上の資産圧縮に迫られ、やむなく行ったことでしょう。悲しいです。



 環境の時代でも、自家用車の方が正確なんて思っている名古屋人のこと、そのうち桃花台のように廃止運動が起きるかもしれません。そうならないうちに、世紀の新技術”リニモ”に乗っておきましょう。本当に、今のうちですよ!



 それでは明日はプチ取材です。お楽しみに。

Snowy Days#6

Togonoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、東北行最終章です。



 朝、滞在先を出発した私は、大館駅へ。写真はキハ111 152始め2連です(写真)。



Togonoq2  この列車の反対方向へ行きます。大鰐温泉には弘南鉄道のラッセル車キ105と、後押しの機関車ED22 1が待機しています(写真)。先へ進みます。



Togonoq3  弘前に到着。1番線には、クロハ481 3021ほか6連、盛アオA8編成が発車を待っています(写真)。特急”つがる”専用、非ATC車(青函トンネル通過不可)です。



 通常ダイヤではこの後を寝台特急”あけぼの”が追いかけるのですが、油断している隙に到着、慌てて飛び出ると無情にも発車です。もっと駅の表示には注意しましょう。



Togonoq4  駅の片隅には、双頭の複線ラッセル車DE15 1536が(写真)。雪が降った時のため待機です。更に奥にはDE15 1539も待機しています。



Togonoq5  今日の乗車は五能線。キハ40系キハ48 1540、後はキハ48 518です(写真)。秋アキの車輌、五能線は全てクリームに水色の帯です。



 川部で奥羽本線から分岐し、前後が反対になり五能線に入ります。海側は全てのボックスが埋まっています。五所川原までは左手に岩木山が見えますが、今日は雲がかかっていました。



 五所川原からは”走れメロス”の津軽鉄道が走っていますが、今回は残念です。また、そのうち行きましょう。



 鰺ヶ沢からは日本海に沿って走ります。”千畳敷”等、冬も厳しい自然美が楽しめる同路線ですが、敢えて、写真は載せません。是非、五能線に乗って、貴方の目で確かめてください。



 そして深浦に到着。1時間余り待たされます。



Togonoq6  30分ほどすると、反対方向から列車が入ります。乗れるかな?と覗くと、駅員さんに「危険です!」と言われました。確かに踏切を越えるようなもので、危険だと思われたのでしょう。やはり、そんな鉄道会社に迷惑をかけるような存在になってはいけません。



 同列車は入換、何処へ消えた?と思ったら木造のスノーシェッドの中に入っていました(写真)。キハ40の2連(手前はキハ40 530、反対もキハ40だが車輌ナンバーは不明)でした。



Togonoq7  先ほどの列車を待避させたのは、全てこのため、”リゾートしらかみ”を入線させるためでした。”橅”編成、キハ40系(キハ40改造)キハ48 701、1701、702の3連です。夏期間は1日3往復、3編成(”青池””橅””くまげら”)はフル稼働です。今日は2編成(もう一方は”くまげら”でした)、2往復です。



 まだ”リゾートしらかみ”が1編成(”青池”という名も無かった)時代に乗車しましたが、当時は”蜃気楼ダイヤ”といって、秋田から深浦まで来た列車を、「あきた白神」まで戻し、途中駅で下車した観光客を拾う運用でした。しかし今はJRも本気らしく、明らかにオフシーズンの今でも2往復走っています。今でしか見られない景色、「青春18きっぷ」のシーズンは終わりですが、是非確かめてください。



 この日は、本当に蜃気楼が出ました。何が光っているか、最初分かりませんでしたが、その方向に陸は無く、1回目で見られました。運が良い。



 そしてこの列車と行き違う、さっきと同じ普通列車に乗車します。冬の日本海、良い感じです。途中には「白神岳登山口」などの駅もあります。



Togonoq8  そして終点東能代に到着。ここもDE15 1523が待機です(写真)。構内の大きな駅には置いてあるのでしょう。



Togonoq9  そして東能代からの各停には1時間以上の待ち合わせ、それでは家に帰れないので、特急”かもしか”に乗りました(写真)。クロハ481 1003始め3連、「かもしか2」編成です(写真)。現在485系最小の3連で、同編成は1、2、3があります。羽越線事故以来、指定席と自由席の車輌が反対になりました(だって、クロハが本当は指定席でしょ!まあロハという話もありますが)。



Togonoq10  そして秋田へ。秋田からは”こまち”E3系です(写真)。これで帰宅しました。



 秋田発で行き違い列車が遅れ数分の遅延、さらに風雪の中一路盛岡を目指します。盛岡での併結相手、”はやて”を待たせたのは誤差の範囲内に収まっても、最大のネックはやはり福島。上り”つばさ”が遅れると、上下”はやて””こまち”の福島での行き違い(JR東日本の必殺技)が出来ず、致命的に遅れます。福島までは水も喉を通りませんでした。しかし先行し郡山で待避しているはずの”やまびこ””つばさ”が停まっておらず、見殺しダイヤだったのか。まあ400系も置き換えだそうで、完了すればそんな悩みも無くなるのか。そうか、逆に400系も記録する必要があるのか。悩ましい。関係者の心配をよそに、無事帰宅しました。



 「青春18きっぷ」とはいえ、大遠征でした。今後しばらくはプチ取材が続きそうです。それでは、次回をお楽しみに。

Snowy Days#5

Touyamaq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日の続きです。



Touyamaq2  2日分寝た今朝は、レイトチェックアウトを最大限利用し、遅めに出発。そして盛岡駅に向かいます。今日の最初は山田線です(写真)。昨日述べたとおり既にキハ110系に置き換え、キハ58、キハ52はもう走っていません(写真はキハ111 119)。



Touyamaq3  方向幕は、快速”リアス”宮古行き(茂市経由)と出ています(写真)。つい最近まで、キハ58国鉄色がこなしていた運用です。



Touyamaq4  そして宮古に到着。三陸鉄道ホームには、”さんりくしおさい”キハ36 501が(写真)。かつて”くろしお号””おやしお号”が走った北リアス線、そのいずれも引退し、イベント車は現在同車のみです。一度通りましたが、また北リアス線も行きたいですねえ!



Touyamaq5  宮古からは釜石行き、キハ100 9及び16の2連です(写真)。キハ100は一般用、キハ110シリーズが分化する前の車両です。(左沢線には同系列で同線のみのキハ101がある)。単行も可能で、岩泉線(JR東日本最大のローカル線、1日3往復)もこれでしょう。快速は元急行用キハ110、普通はキハ100と概ねの区別はあるようです。全車盛モリです。



Touyamaq6  宮古から一駅、磯鶏(そけい)駅前には、前も書きましたが、蒸気機関車9625(9600形)があります(写真)。今回も失敗です。やはり下車しないと、とは思うのですが。



Touyamaq7  陸中山田を通り、山田線岩手船越は本州最東端でした(写真)。



Touyamaq8  釜石に到着。駅の東には三陸鉄道南リアス線、盛行きが(写真)。36-101です。



Touyamaq9  釜石からは快速”はまゆり”です(写真)。手前はキハ110 138、後はキハ112 2、キハ111 3です。キハ111は指定席、しかしキハ112はリクライニングの自由席で、キハ110 100番台では固定クロスシートで、こちらに乗った私は損をしました。やはりリクライニングの方は、釜石で満席でした。



Touyamaq10  釜石線は花巻から分岐する元官線です(一方の山田線は岩手県営軽便鉄道でした)。置き換えもこちらが早く、既にキハ100、キハ110に置き換え済みでした。方向幕も、快速”はまゆり”盛岡行き(花巻経由)と出ています(写真、花巻で撮影)。



 そしてこれに乗車しました。



Touyamaq11  花巻に到着(写真)。ここから前後が入れ替わります。



 そして盛岡に到着しました。



Touyamaq12  盛岡で改札を出て、いわて銀河鉄道のホームへ。キハ111 117とキハ112 117の2連が、発車を待っています(写真)。



Touyamaq13  この列車は快速”八幡平”大館行きです(写真)。花輪線を北上します。つい1年前まで存在したキハ58、キハ52国鉄色(しかも原型非冷房も多数だった)のサンクチュアリは、何処へ行ってしまったのでしょう。



 そして今日の滞在先に向かいました。



 次回は、今日の続きですが、雪風は大丈夫でしょうか。

Snowy Days#4

Toumoriq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”第1回目をお届けします。今週も懲りずに東北へ来ています。



Toumoriq2  先ず自宅を発つところから始まるわけですが、上り”ムーンライトながら”は全車指定に拘わらず無指定乗客が多く、トラブルも頻発していることから、この年末年始についにJR東海は決断し、臨時”新快速”を先行させることになりました。昨年末も走っており、普通に313系か、と思いきや、何と311系8連でした(写真)。



 211系の大垣から静岡への大量移籍後、専ら普通運用に就く311系ですが、メカ的には211系と同じ界磁添加励磁制御ですが、最高速は120キロに上がっており、平成一ケタの名古屋の主軸を担っていました。しかし今では313系も2次車5000番台まで増備され、311系の新快速運用は珍しく、やはりシャッターを切るマニアはいました。分かる人にしか分かりません。



Toumoriq3  そして東京に到着(写真)。直ちに折り返し運用の準備です。



Toumoriq4  静岡車両所(静シス)へ帰庫すべく「普通」の愛称表示を出すのですが、その間には多くの幻の愛称が出ます。写真は今は亡き特急「東海」を狙ったのですが、ミラーアップ分遅れています(写真)。



 373系は、特急”ふじかわ””伊那路”ほか合間には各停もこなす汎用車で、313系の原型でもあり、モーター等も同一(C-MT66)です。



 そして山手線で次の目的地へ行きました。



Toumoriq5  上野には、別に珍しくない、E231系中距離形が発車を待っています(写真)。モバイルスイカはグリーン券でも威力を発揮します(知る人ぞ知ることです)。グリーンアテンダントの車内販売でパンを食べ、朝食です。ただ昨晩の続きでもあるまいし、朝の6時から酒を飲むのは、チとまずい。



Toumoriq6  宇都宮から211系でしたが、通常の1000番台固定クロスシート車5両に、混雑対策か3000番台ロングシート車5両を増結していました。黒磯では大競争でした。そして昔は455系だった黒磯発各停は、今は目下増備中の最新鋭、E721系4連でお迎えです。新車でお迎えは良いのですが、MT54の野太い唸り声が最近恋しくなりました。



 そして郡山に到着(写真)。奥のE721系4連から、手前の701系に乗り換えです。JR東日本は、利用客を把握し、必要な輸送量をきちんと管理しています。



Toumoriq7  更に福島で乗り換え、仙台へ。今では仙山線までE721系です(写真)。今後の主軸として期待されているのがわかります。端には、719系快速”ラビット”が停まっています。



Toumoriq8  その横には、仙台空港鉄道、SAT720 102始め2連(SA102編成)が空港に向け出発準備中です(写真)。これもE721系と同一の設計です。やはり空港には鉄道系が一番です。次回の遠征、思いやられるなあ!



Toumoriq9  3番線に、SAT720 101始め2連(SA101編成)が入線しています(写真)。



Toumoriq10  駅で時間をつぶす間、北の方から緑色の列車が入線し、「何だろう?」と思い階段を登り仙山線ホームへ行くと、その向こうに盛岡車両センター(盛モリ)のジョイフルトレイン、”Kenji”が入っていました(写真)。手前はキハ58 650です。



Toumoriq11  中間は平窓のキハ28 2010で、冷房電源を追加したキハ28は+2000していることから、元のナンバーは、どうも10のようです。つまり初期型非冷房、長大編成非対応で対応するため継電器を追加装備した車両で、現在は当然冷房していることから、屋根上は大補強しているのでしょう。



Toumoriq12  上野寄りはキハ58 1505で、ナンバーが変わっていなければ、キハ58の後期形でしょう(写真)。こちらが今日の正面、暫くしてまた南下しました。



Toumoriq13  さらに後、SAT721 103始め2連(SA103編成)が3番線に入線しました(写真)。全てで何編成あるのでしょう(全3編成、オールスターキャストです)。



 そして仙台を出発しました。



Toumoriq14  一ノ関で乗り換えです。新幹線との間の留置線に、保留車か、455系多数です(写真)。仙台支社の最北端、小牛田からはみだしここに疎開しています。



Toumoriq15  更に乗り進み、盛岡に。田沢湖線ホームの向こうに、夏にもありましたが、キハ58の保留車です(写真)。国鉄色はパノラミックウインドウ、キハ58 1524、盛岡色739他多数です。



 こんな感じで今日の取材を終え、滞在先に向かいました。



 実は11月にキハ52、キハ58の盛岡地区引退記念撮影会があったのですが、私は海外編の最中で参加は断念しました。非常に残念です。しかし最後の米坂線があり、まだ希望は失ってはいけません。



 次回は、今日の続きです。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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