名鉄外伝#2

Meiyap1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、名鉄取材の後半戦です。



 昨日は予想以上に時間がかかり、今朝は寝坊を。しかし遅いながらも準備をし、出発しました。先ずは矢作橋を目指します。



Meiyap2  ホーム上では表題のような中途半端な写真になってしまいます。足回りは写らないし、先ず金網が。結果今回は位置を変える作戦をとりました。この写真は、階段を降りた改札前から覗いた姿です(写真)。デキ402が手前です。



Meiyap3  改札を出て、外側も低いながら金網があり、その途切れた所から撮影を(写真)。デキ401、バラスト運搬用のホキ3両が写っています。光線も味方しました。



Meiyap4  名古屋方面ホームからは、3500系初号車、3501始め4連が、3159始め2連と共に停泊しています(写真、手前は3601)。以前は5300系が停泊しており、5300系危うしと気を揉んだものですが、心配は当たりませんでした。ああよかった。



Meiyap5  一通り撮影を終えたので、2回戦、6052F(6000系最終編成)の大捜索を試みました。先ずは笠松に行き、竹鼻線は該当無し(3100系が充てられていました)。そこで一宮に戻り、尾西線(玉ノ井線含む)の調査を。1番線は場内信号が3つあり、北側が玉ノ井線、南側が尾西線に充てられています。いずれも6800系2連ばかりでした。



 合間に名鉄一宮駅3番線に3500系、3700系が停泊しており、撮影を。写真は3700系3703始め4連です(写真)。この後津島経由で須ヶ口に出ましたが、該当はありませんでした。本線各停に入っていたか、それとも検査か。



Meiyap6  栄生から折り返し、昨日イマイチだった上小田井へ。カメラバッグが不審物と思われ、改札に届けられ、私は「置き引きか!」と肝を冷やしましたが、それは駅員も同じこと。荷物は自分で管理出来るところに置く、というのが基本のようです。



 到着すぐに名古屋市交3151(3050系第1編成)が出発準備をしていました(写真)。これが豊田市から戻れば、今日の運用全編成がわかります。これが再び上小田井に戻るまで居よう、と思いました。



Meiyap7  合間に、パノラマカー7001始め6連が入線します(写真、手前が7001)。7001Fはパノラマカー初号編成、車齢40年を数えますが、中間車は変動があり、4連になったり、6連になったりと不安定で、4連時代の電連も付いています。パノラマカー40周年記念当時は7003F共々4連で、同編成と連結し8連で記念行先表示(サボ)を掲出していました。



Meiyap8  名古屋市交3000系は4連23編成92両を組み替えた、と昨日書きましたが、ということは3123の編成は最終編成ということであり、油断していたら撮り損ねてしまうところでした(写真)。中間に3721、3821を挿入しています。



 結局2時間待ちましたが、3159も3160も来ないうちに3151が戻ってきて、これ以上待っても来ないことが分かり、上小田井を発ちました。



Meiyap9  名鉄の車輌を、一番確実に写せる場所は何処?と考えると、枇杷島分岐点~神宮前間の地点でしょう。一部のローカル運用を除き、名古屋に来る全ての電車がここを通るからです。その間には東枇杷島、栄生、名鉄名古屋、山王、金山、神宮前の6駅がありますが、一番広く撮影が容易なのは、やはり神宮前でしょう。



 そのため、最後の希望を託し神宮前に来ました。写真は今ならではの光景、左豊橋発岐阜行き特急2209始め6連、右中部国際空港発名古屋行き特急2202始め6連です(写真)。この時間から空港発一部指定特急は名古屋止まり(車輌の折り返しは栄生)です。



Meiyap10  最後は先が無くなった特急、パノラマスーパー1000系1002始め4連です(写真)。特急政策転換で、1000系は解体の憂き目に遭います。何度も言いますが、1200系に改造で良いじゃないですか!



 ここで元名古屋人というファンに会いました。正直私の名鉄に関する知識は人並み以下で、毎日通学した彼とは撮影ポイント等知識が違うので、御説を拝聴しました。



 彼のカメラはニコンで、デジ一のFXフォーマットは歓迎していました。正直DXフォーマットは距離の変換が必要で、あまり好きではないのですが、実際買える値段の物ではそれしかないので仕方ありません。まあ、今後はFXフォーマットに回帰してもらいたいものですね。



 ただ広角好きの私には、望遠はやむなく使うもので、正直イマイチです。彼は、400ミリとかテレコンとか必要と言いますが、そんな写真は、私の好みとは違い、やはり駄目ですね。明日の仕事、朝の撮影で遅刻しないように(私にはそんな働き方は出来ません、出勤直前まで遊んでるなんて!)。



 そんな感じで、今日の取材を終えました。宿題は、一つも片付きませんでした。やはり交番検査だけで2日も顔を出さない、ということはありえないので、やはり検車か。4月位に、再取材、ということで勘弁してもらいましょうか。



 それでは、来週をお楽しみに(青春乗り鉄の季節ですから)。

名鉄外伝#1

Meioep1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”第1回をお届けします。今週は、名鉄ネタです。



 先回の長崎からの帰り道、セントレアから常滑線に乗ったのですが、窓からデキの親玉を見てしまい、ウズウズしていました。その後大阪からの帰り道、車を停め写そうとも思ったのですが、時間の都合、そして車の駐車の問題で断念、今週まで忍耐出来ませんでした。そういえば、あと、「東名古屋港」も電車で行ったこと無いよなあ、と思い、今週の取材のさわりの部分が出来上がりました。



Meioep2  先ずは東名古屋港ですが、休日午前は常滑線の大江発8時17分が最終で、それを逃すと16時までありません。これに間に合うように出掛けます。



 大江に到着、改札機を東名古屋港に置きたくないので、大江駅跨線橋5番線入口に自動改札があり、外側には券売機もあります。ここにフリー切符を通し、階段を降り、暫く待つと、電車がやって来ます。3100系3113始め2連です。かつては(旧)3300系がこなした運用です。



 乗ること4分足らず、東名古屋港に到着(写真)。



 終点直前に、名鉄の新車が豊川の日車から運ばれ、名古屋臨海鉄道経由で初めて入線する場所があります。そこは本線と直角に交差しています。一旦北側に押し込まれ、渡り線で東名古屋港方へ牽引され、道路を越え、全編成が入るとポイント切り替え、大江方に入り、初めて名鉄の車輌になるのです。なお、その折り返しのヤードは、名鉄電車の墓場、解体処分も行われる場所で、必要部品を外した後、ここでスクラップ業者が引き取ります。



 この列車は数分後に大江に折り返し、そのまま昼寝になるので、そそくさと撮影し、乗車しました。



Meioep3  この列車頻度ですので、かつては複線で、複線の用地もありますが、単線で用が足ります。そのため、”リニモ”の原形、”HSST”の実験線がその用地に建設されましたが、現在は撤去されています(写真)。



Meioep4  大江に戻り、今回の取材の最大の動機を見に行きます。5番ホームからでも見えますが、角度が悪く、しかも逆光です。そこで駅を出ることにしました。



 すぐ東側は国道247号線で、歩道も広い道です。「港東通」交差点で西に行くと、すぐ跨線橋です。跨線橋の、とある場所からは写真のとおり手前デキ601、奥デキ604、間にチキ数両が挟まり、レール輸送の準備をしているのが分かります(写真)。



 これで終わりでも良かったのですが、フリー切符が勿体ないと思ったので、次に行きます。



Meioep5  大江は急行停車駅のため、急行に乗車。名鉄の優等列車は、名古屋本線を通す運用と、常滑・河和・内海方面と犬山・各務原線・広見線とを通す運用の2系統に大別されます。この列車は考えることなく犬山へ行きます。



 犬山から一駅、犬山遊園に到着。北側は木曽川で、かつて道路併用橋として有名だった犬山橋が架かっています(写真)。横の石のオブジェは、道路のあった頃の名残です。現在道路はすぐ下流側の新しい専用橋に移りました。



Meioep6  この南側を望むと、上にモノレールがあるのがわかります(写真)。昭和30年代に、犬山遊園駅と、犬山成田山(成田山新勝寺の分院)、日本モンキーパーク(京大霊長類研究所があることから設置された)を結ぶモノレールが建設されましたが、老朽化等が原因で本年12月に廃止になるそうです。このモノレールが今日の2回戦です。東側改札を出て、階段を登り乗車します。連結器に目立つレール用のプラウに注目。



Meioep7  車内は広く、昔の羽田のモノレールに雰囲気が似ています。それもその筈、このモノレールは日立がアルヴェーグ社と提携し製造した跨座式モノレールだからです。言い方を変えれば、羽田のモノレールの試作品なんです。この成功を受け、日立は羽田モノレールを建設し、一時は経営にも関与していたのでした。車内にも、「日立-アルヴェーグ」とプレートが入っています。皆さん、ドイツ語のアルファベット、正しく読めますか!



Meioep8  乗車し、5分ほどで終点、モンキーパークに到着します。整備は何処で行っているか不思議でしたが、写真のとおり終点のモンキーパーク内に車庫工場が設置されています。車輌の入れ換え、交換はどうしてるの?と思いますが、1両ごとにトラバーサになった線路を移動させ、交替させているようです(写真)。



 なお、ホームの奥は立ち入り禁止、写真を撮った場所から先は日本モンキーパークになり、入場料が必要です。私はここから戻りました。



Meioep9  さらに新鵜沼へ行こうとすると、来た列車は5701始め6連でした。何だ、6連位、と思うかもしれませんが、実は名鉄の多くの駅は4連しか対応しておらず、三河線のような支線は、行き違う線路の有効長も4両分しかありません。結果幹線しか入れず、しかし時代的に古い5700系5701Fと5702Fは、本当に「帯に短し襷に長し」という状態で、今後が最も危ぶまれている編成です。そのため、撮影出来る駅、ということで各務原線全線乗車し、岐阜まで行ってしまいました(写真)。左はパノラマカー7004始め6連、右は2200系2307始め6連です。ここで昼食を摂ると、また氷の粒が降ってきました。



 もし、まだ5000の一族と、パノラマカー一族が増備の最中であれば、5701Fと5702Fも中間車2両を外し、他と同じく4連に組み替え、外した2両は先頭車化改造し5600系を名乗る、という方法があると思うのですが、7000系でも廃車が出て、5300系はリサイクル車、5500系は全滅、最終形の5700系も肩身が狭いでしょう。良い方法、無いですか?しかし、7500系同様鬼っ子を預かる犬山検車区は、何と器量の広い所か。



Meioep10 新鵜沼に戻るべく電車に乗ります。先頭にかぶりつき、田神を過ぎると、かつて美濃町線と揖斐線、谷汲線の整備工場のあった市ノ坪が見えてきます(写真)。かつての楽園が、跡形もなく消滅してしまいました。悲しいですね。



Meioep11 新鵜沼に到着。かつて高山直通列車は、新鵜沼から一旦スイッチバックして高山線に入線していたそうですが、その後「北アルプス」が走るようになると、名鉄も営業に本気になり、このスイッチバックを解消するため短絡線が出来ました。キハ8200の時代には高山線の孤高として、唯一名古屋から富山まで走り、富山地方鉄道まで入線した(地鉄の勾配との相性も抜群だったと、関係者は言っていました)特急「北アルプス」は、JR東海キハ85相当のキハ8500まで造りましたが、結局廃止になり、車輌は会津鉄道に譲渡、うち東海豪雨で水没したキハ8555は昨年廃車され、短絡線も不要となりました。



 短絡線の現在の様子は写真のとおりで、踏切も死んでおらず、ATS等信号関連を整備すれば、まだまだ戻せる雰囲気です(写真)。線路が切れると、やはり駄目ですが。



Meioep12  そして寄り道をしたものの、各停で上小田井へ。1380系、写真は1534です(写真)。これも鬼っ子ですね。



Meioep13  上小田井は、名鉄犬山線と名古屋市営地下鉄鶴舞線との接続駅。引き上げ線には、左名古屋市交3050系3155始め6連、右名古屋市交3000系3102始め6連です(写真)。名古屋市交通局の最近の話題は、東山線5000系と、鶴舞線3000系の置き換えです。どちらも、サイリスタチョッパ車なのですが。



Meioep14  上小田井3枚目は、名鉄100系、111始め6連です(写真)。豊田新線開通当初からの車輌で、111はトップナンバーです。当初抵抗制御4連で落成し、6連化時にVVVF車2両を挿入、真ん中が151、161です。116、211~214の編成は界磁添加励磁制御車で落成しています。



Meioep15  地下鉄乗り入れ車最終ナンバー、215始め6連です(写真)。これは全VVVF車で、最初から6連で落成しましたが、番号は他車と揃え真ん中が255、265になっています。唯一の200系、悲しい1系列1編成です。今後増備も無いでしょう。



Meioep16  今度はコルゲートも大胆な名古屋市交通局3000系、トップナンバー3101始め6連です(写真)。先頭2両は3101、3201で、末尾は3701、3801ですが、ボディ設計が古いせいか中間車を追加製造せず、6連化に際し中間車化された3104、3204を挿入しました。



 4両当時23編成あった3000系、計92両あったのに、6連にすると、2両余ります。編成は3050系製造で数は合いますが、この2両は何処に?実は3050系3159の編成が、中間車2両を造らず、3000系2両(3706、3806)を中間に組み込んでいます。3000系廃車、といえば真っ先に思いつくのはこの3159の編成の処遇で、今日も上小田井で2時間待ちましたが現れず、既に事態が進行しているのかと心配になります。しかし、3050系はコルゲートではありませんが、ビートが入ったステンレス車で、ステンレスでも平滑なボディが主流となった現在、昔と同一構造の車輌を造るのか疑問は残ります。しかし3159は注目である、ことは変わりありません。



 明日はこの続きです。宿題は解決するでしょうか。

大阪夜行

Osayakop1  皆様。如何お過ごしでしょうか。それでは、今週3回目の”Tetsu”をお届けします。今週最後は大阪駅の夜です。



 赤川仮橋を発った私は、先ずは滞在先のホテルへ。チェックインタイムより早かったのですが、準備出来た部屋に通してもらい、入室します。そして昼寝し、夜に備えます。



Osayakop2  17時過ぎにホテルを発ち、さあ行こうと思ったら、行動計画予定表を忘れ、出直しです。間に合わないかと肝を冷やしましたが、間に合いました、1枚目はEF81 108牽引の”日本海1号”、青森行きです(写真)。いうまでもなく敦賀の機関車です。



Osayakop3  2枚目は、今日の営業運転を終える長野発”しなの16号”10連です(写真)。クモハ383が先頭です。



Osayakop4  3枚目、”かにカニはまかぜ”、キハ181 26始め7連です(写真)。関西では蟹というのはやはり重要な食べ物なのでしょう。確かに高価で、普段毎日のように食べるものではありませんが。



Osayakop5  4枚目、高山発”ひだ34号”、キハ85系です(写真)。今日は4連です。特急”南紀”置き換え時デビューの3次車、キハ85 201が末尾です。



Osayakop6  5枚目、EF81 106牽引の”日本海3号”です(写真)。



Osayakop7  6枚目、”はまかぜ6号”、キハ181 48始め6連です(写真)。一時は4連で営業していた時代もありましたが、姫路以遠は6両が必要なのでしょう。しかしキハ181系は、後藤運転所所属車も全車京都総合運転所に移動し、国鉄色が消滅したのは残念。



Osayakop8  7枚目、EF66 50牽引、寝台特急”なは””あかつき”です(写真)。京都の始発は位置が悪く、写真には向きません。そこで、新大阪がお薦めと、地元の鉄は教えてくれました。この日は京都駅で、EF66 51が待機するのでしょう。



Osayakop9  8枚目、この日最大の目玉、EF65 1118”レインボー”塗色の牽引する夜行急行”銀河”です(写真)。大阪でもほとんどのファンは行儀良いのですが、1人、皆が構えている前に堂々と割り込み、「こっちは2時間前から構えてるんですよ、」と言うと、「文句あるか!」と食ってかかる人がいました。正直、ファン相手に喧嘩を売るのが目的では、とも思いました。それでは無意味と引き下がりましたが、そこまでして写真取って、何の意味があるのでしょうか。そんな程度で格好つけるつもりなら、私は一体どうなんでしょう(「ドクター」ですよ!)。



 やはり昨日中にネットでも流れていたらしく、入線すると大混乱です。まともな写真は1枚もありませんでした。



Osayakop10  有名なEF65 1118の側面です(写真)。実は1118号機は”レインボー”2代目で、ということは初代もあったのですが、丁度鉄道と縁を切っていた時代で、記録等は全く持っていません。



Osayakop11  そして緩急車、カニ24 100番台ですが、番号は失念しました(写真)。”銀河”のテールマークが出ています。



 本当はこの後23時過ぎの新潟行き夜行急行”きたぐに”、0時半の東京行き”サンライズ出雲・瀬戸”まで撮影の上、投稿もしたかったのですが、それでは東京での自家用車通勤と同じことになってしまうので、泣く泣く断念。ホテルで仮眠しました。



Osayakop12  翌朝、またしても大阪駅へ。「まあ、”銀河”だけ撮れればいいか。」程度の時間に起き、行ってみると、米原方面からの列車は、積雪により軒並み遅延の由。結果朝の1枚目は、幸運にも新潟発”きたぐに”になりました(写真)。月光形の末裔、初期型クハネ581は、塗色は変更されたものの健在です。京都総合運転所に、6編成所属します。



Osayakop13  2枚目、今朝大阪到着の”銀河”の牽引は、EF65 1114でした(写真)。当然田端です。実は定刻では、上り寝台特急”なは””あかつき”の入線とほぼ同時刻で、”銀河”優先で断念するつもりでいましたが、”銀河”が20分位遅延したため、その気があれば双方撮影も可能だったのに、油断してしまい、残念、失敗です。



Osayakop14  3枚目、折妻の緩急車(恐らくオハネフ25初期型)には、”銀河”のテールマークがしっかりと掲出されています(写真)。これも、もうあと僅かですね。



Osayakop15  4枚目、昨日の”ひだ34号”が、今日の”ひだ23号”で折り返します(写真)。



Osayakop16  5枚目、これも遅延した、寝台特急”日本海2号”です(写真)。EF81 109牽引でした。



Osayakop17  そして6枚目、長野行き”しなの9号”です(写真)。昨日の”しなの16号”の折り返しです。



 この後”日本海4号”を待つ、というのも考えましたが、定刻でも1時間以上後であり、しかも遅延とのことで、結局断念し帰宅しました。そして今日の投稿となりました。



 ここ数日、自分のしたことには満足していますが、仮眠しかしておらず、実は風呂も、・・・。まあ今日は休日ですし、残った時間でくつろぎます。



 それでは、次週をお楽しみに。

仮橋です。

Akap1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”第2回目をお届けします。今回は、大阪府の城東貨物線淀川橋梁の取材です。



 京都駅を発った私は、高い駐車料金を払い、2回戦に。それが、大阪市旭区内の、城東貨物線淀川橋梁、いわゆる「赤川仮橋」です。赤川という地名は、この橋梁の南岸の地名が「赤川」だからですが、何故仮橋?と思われるでしょう。それは、最初複線で架橋され、単線が敷かれた後、単線分余るので、当面使う予定が無かったことから、歩行者用橋梁を一時的に造ったため、「仮橋」なのです。



 しかし、城東貨物線が旅客化されることに伴い、複線化、そして電車が使えるよう電化が計画され、既に一部では完成しています。間もなくこの橋梁も鉄道用複線橋梁となり、しかも電化で電気機関車に牽引機が替わると予想されるため、今回の取材となりました。写真は、橋の南詰めからの遠景です(写真)。



Akap2  赤川仮橋の手前は写真のとおりで、既に複線で準備されているのです(写真)。ここもアバットが昔からあるようで、桁を造るだけです。



Akap3  堤防に登ると、橋が見えます。歩行者側には、写真のとおり「赤川仮橋」と欄干に書かれています(写真)。



Akap4  この線では撮影可能時間帯には、11時、12時、13時前後の3本の貨物列車が、吹田信号場から百済貨物駅へコンテナを運搬します。反対向きがあると面白いのですが、確か「貨物時刻表」で確認しても15時以降に1本、後は日没後です。光線も逆光で、あまり良い写真にはならないようです。作例、あったらご紹介下さい。



 結局この輸送頻度が複線化を見送られる最大の理由だったようですが、旅客化が決定し、こんな都市部に単線旅客鉄道は無理であり、それが仮橋廃止の理由のようです。なお横に歩行者用橋梁を架橋する計画があるそうです。



 非電化ということから、牽引機は当然DD51で、しかも全て単機のようです。重連を期待する声もあるようですが、平坦なため無理でしょう。



 橋の反対側の、線路を横断する交通が途切れます。暫くして橋がゴトゴトいいだします。接近です(写真)。



Akap5  この列車は、DD51 837牽引でした(写真)。来ました、来ました!



 そして走り去ります。



Akap6  ここで打ち切っても良かったのですが、3回戦には十二分に時間があり、車に戻り、1時間待ちます。すると、先ほどとはメンバーが1人を除き入れ替わっていました。そして、次の列車が接近です(写真)。



Akap7  今度はDD51 835でした(写真)。こちらも大荷物です。



Akap8  そしてこの列車も走り去りました(写真)。



 写真でも見て分かるよう、既にこの単線区間まで架線は準備され、恐らく今年の3月改正で運用する機関車が整備されれば、DD51もお役ご免となるのでしょう。既に加美~放出間は3月改正から”おおさか東線”として旅客営業が始まるといいますから、間違いないでしょう。大阪市内の最後の楽園は、終焉を迎えようとしています。皆さんも、如何ですか。



 昨日はトリプルヘッダーでした。3回戦、お楽しみに。

京都夜行(Story2)

Kyoyakop1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”第1回目をお送りします。今回は、京都駅の早朝の様子です。



 一昨日は夜中に自宅を発ち、一路京都へ。途中滋賀県は大雪で、冬タイヤに交換して正解だと、つくづく思いました。



Kyoyakop2  サービスエリアで夜を明かし、早朝京都入り。”出雲”廃止後の始発、”きたぐに”を目指したものの、まごつく間に時間は過ぎてしまいました。



 結果1枚目は”はるか3号”関西空港行きです(写真)。余程利用客が多いのか、3両付属編成増結の9連でした。



Kyoyakop3  2枚目、暫くすると7番線に青森発”日本海2号”が入線します(写真)。機関車はEF81 106、敦賀の所属です。客車は青森車輌センターの所属です。



Kyoyakop4  3枚目、このあとは、こちらも廃止の”銀河”ですが、この日の牽引機は、EF65 1118(レインボー)でした。夜も大騒ぎでした。



Kyoyakop5  合間に覗くと、かつて”出雲”在りし頃、田端のPFが待機した場所には、現在は下関のEF66が待機するようです(写真)。この日はEF66 50でした。この前日に運用に就いたのでしょう。



Kyoyakop6  定刻どおり”なは””あかつき”は京都に到着です(写真)。牽引機は同じく下関運転所のEF66 51です。休日は0番線、平日は反対の2番線です。この日は土曜でもあり、ファンも多く構えていました。



Kyoyakop7  上り最後尾は、カニ24 15で、”なは”のテールマーク入りです(写真)。



Kyoyakop8  列車は営業終了後、京都駅東方の引上線に引き上げ、後に先ほどは待機していたEF66 50を連結、これを先頭に7番線に折り返します(写真)。この列車は、ホームからはみ出しません。短いからでしょうか。



Kyoyakop9  末尾には先ほどの牽引機、EF66 51が(写真)。ヘッドマークもそのままです。そしてこの列車は京都総合運転所に回送され、夜の出発の準備をします。



Kyoyakop10  暫くすると、大阪発高山行き、”ひだ23号”が、0番線に入線します(写真)。かつて日本一長いホームだった0番線に、3連のキハ85は、笑ってしまいます。しかし、それだけ需要がある、ということでもあります。こちらが貫通型なのは、岐阜で名古屋発の”ひだ”と連結するからです。反対は非貫通0番台です。



Kyoyakop11  そしてまたもやJR東海の車輌、383系電車、”しなの9号”が0番線に入線します(写真)。こちらは6+4の堂々10連です。海シンA5編成+A103編成です。



Kyoyakop12  8番線に行くと、7番線にEF81 108牽引の”日本海4号”が入線するのが見えました(写真)。かつて当ブログで「敦賀夜行」という記事があり、そこに述べたことですが、”日本海””トワイライトエクスプレス”の牽引機はいずれも敦賀(旧敦賀機関区、現正式名称は「福井地域鉄道部敦賀運転派出」)の所属です。運のいい方は”トワイライト”牽引機の牽引する”日本海”も撮れます。頑張って下さい。



Kyoyakop13  ”日本海4号”の客車受持区は宮原運転所で、東海道・山陽筋のブルートレインと向きが同一です。そのため、折り返しの”日本海1号”は末尾にカニがつく、ということになります。



 ”日本海4号”は末尾はオハネフで、テールマークも見えます(写真)。



 こんな感じで昨日の第1回戦は終わりました。



 ということは、2回戦があるということでもあります。鋭意制作中ですので、請うご期待。

Independence Days#3

Hokuseq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今日は九州から一転、三岐鉄道北勢線を取材しました。



 今朝はありえないほど早く起き、鉄でありながら飛行機に乗る、という道に外れた行為をしてしまいましたが、時間の都合で仕方ない。すでに昨晩の”あかつき”は満席だったんですよ!結果通常起きる時間には、既に着陸していました。この空いた時間を有効に使いたい。神領へ車を飛ばして381系と電車トイレを取材する、というのもアリでしたが、やはり伊賀鉄道、養老鉄道の先輩格で、一足先に近鉄から独立した三岐鉄道北勢線を、出来るだけ電車で取材したい。そう先回の跳ね橋の時も思い、今回の取材となりました。



Hokuseq2  セントレアから名鉄と近鉄を乗り継ぎ桑名へ。東口から「西桑名」へ徒歩数分。東口に「西桑名」は、かつてその東に線路が続いていた時代の名残です。



 今日の西桑名では、保線工さんが線路の枕木を交換していました(写真)。いまではPCコンクリートや成型樹脂の枕木が多数派となりましたが、かつてのような硬い栗の木を使っています。多くの鉄道会社ではボルトと固定具による固定が主流ですが、伝統の犬釘で固定します。やはり特殊狭軌用の専用枕木や固定具は特注でしょうから、やはり伝統の方法が一番確実なのか。保線は鉄道の基本で、一番大切です。



Hokuseq3  警戒の職員が「待避!」の指示を出します。すると134始め3連が入線します(写真)。これに乗車します。



Hokuseq4  阿下喜に行けると思ったら、東員で「車輌を交換します」とのこと。先ほどの3連は客を降ろし、走り去ります。東大社信号所から入庫でしょう。



 その合間に、目の前のバラスト基地を写します(写真)。運搬用貨車とモーターカーです。



Hokuseq5  暫くすると側線に入線していた171始め3連がこちらに進入し、据え付けられます(写真)。これに乗車しました。



 先ほどの134ほかは非冷房、最初1編成だった冷房付き車輌は、徐々に増えているようです。工法は、車端の座席を撤去し、床置きクーラーを設置するものです。整備の終わる数年後が楽しみです。



Hokuseq6  そして終点阿下喜に到着。先回は新駅舎が建った、でしたが、今回は駅前整備が始まった、ということをご報告しておきます。もう少しですね!



Hokuseq7  かつてNPOが活躍した場所は、現在線路が残されています。「下工弁慶号」用の転車台は、現在ご覧の通りです(写真)。



Hokuseq8  先日某誌で「阿下喜駅前に北勢線の前身、北勢鉄道の旧車が駅前に展示されている。」旨書かれていたので、心待ちにして訪問をしたのですが、現在の状況は、写真のとおりです(写真)。白いビニールシートが掛けられています。



Hokuseq9  反対側、ホームから見ると、ご覧の通り(写真)。さっきは気にならなかった車体の傷みが一目瞭然!ドアの破損にも気付きます。



 実は最近まで他の場所で保存されていたものを、ここに移転したそうです。これを中心に、「軽便鉄道博物館」にするようです。車輌整備に期待したいですね!



 そして帰宅しました。



 北勢線は近鉄から三岐鉄道に移管後、色々と出来事があり、期待通りではないようです。私が来ると、いつも何処か整備のためバス代行、ということが多く、久しぶりに通しで乗れました。今日はそれだけでも嬉しかったですね。



 今後は、北勢線1日乗車券をつくるとか、あとは阿下喜と三岐線とを連絡するバスを走らせるとか、まだまだ方法はあると思います。少しずつ整備が進むことを期待したいですね。



 今日はこんな感じです。

失われゆく過去

Shimakihap1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、島原鉄道の取材です。



 昨日朝の名古屋駅の取材を終え、新幹線に乗り、終点へ。終点からは、特急でも良かったのですが(乗り継ぎ割引で半分になる)、結局青春乗り鉄し、普通電車で長崎に到着しました。写真は、昨日の島原鉄道、諫早駅0番線に停まるキハ20 16(後はキハ20 13、旧国鉄色)です。そして滞在先に向かいました。



Shimakihap2  今日は滞在先から諫早に向かいます。今日の乗車は、キハ2551(キハ2550形)です(写真)。JR九州キハ125系をベースに開発されたキハ2500形の、マイナーチェンジ版です。



Shimakihap3  約1時間乗車します。そして下車したのは島原市、島鉄本社前です。駅から徒歩3分、線路沿いに、島鉄でかつて活躍したC12 01が静態保存されています(写真)。昭和23年日本車輌製で、国鉄のC12と同形と思われます。霊丘神社境内にあります。



Shimakihap4  そして島鉄の心臓部、南島原に到着。最初に目につくのは、キハ20 08(首都圏色)です(写真)。



 島鉄キハ20形は、かつて長崎本線が非電化で、キハ55系等準急形が中心だった時代、本線列車併結用に製造され、後に国鉄キハ20も買収し編入した系列です。一時は全部ペイントされていた時代がありましたが、現在はご覧の首都圏色、旧国鉄色の他、島鉄色、島鉄急行色も復活しました。しかし、島原南線(島原外港~加津佐間)が廃止となることから、これら車両達も運命を共にします。だから多くのファンがカメラを向けるのです。私の今回の遠征の、最大の目的でもあります。



Shimakihap5  通常立ち入り禁止の業務スペースに入る、ファンと思しきカメラマンがいます。駅改札で確認すると、車庫奥の運輸区に許可を受ければ、入構できる、とのことだったので、喜んで事務室に入ります。すると、申請書を渡されるので、氏名、住所、電話番号を記入します。書き終え渡すと、安全に注意して撮影すること、終わったら一声かけること、を条件に入構撮影が許可されました。



 その上でカメラを向けます。先ほどのキハ20 08も順光で撮影できましたが、枚数の関係でボツ。工場横の、キハ2501と、キハ20 03(島鉄急行色)が写せました(写真)。キハ20 03の後は、同じ島鉄急行色のキハ20 06ですが、これもボツです。他多数撮影しましたが、今回は掲載しません。そして撮影を終え、断りを入れホームに戻りました。



Shimakihap6  暫くすると、今日営業運転をしている、キハ20 18(その後はキハ20 19、いずれも島鉄色)が加津佐から帰ってきました(写真)。ここが終点、諫早方面へは同じ1番線の北寄りに停まるキハ2500形に乗り換えです。実は停止位置は、白旗を持つ職員が指示したものです。



Shimakihap7  加津佐寄りのキハ20 19は、線路の間に設置された給油装置から給油を受けます(写真)。この2両は、キハ2500形発車後に、入庫します。



Shimakihap8  とある雑誌では島鉄ハッピートレイン(トロッコ列車)は運転終了、とされていたのですが、今日は臨時でしょうか、出庫します(写真)。奥はキハ2500形(番号失念)、トラ2両を挟み、キハ20 11が加津佐寄りです(写真)。このキハ20 11は、キハ2500形と同じ黄色の塗色になっています。



Shimakihap9  入庫後の姿(写真)。左から、キハ20 18(門形洗車機の後)、キハ20 08、キハ20 03です。



Shimakihap10  更に1時間後、南島原に加津佐方からキハ20 13と16の2連(いずれも旧国鉄色)が入線します(写真)。これも今日の営業を終え、入庫します。



Shimakihap11  これに入れ替わり、加津佐行きはキハ20 06と03が入線し、出発準備をしています(写真)。これに乗車しました。



Shimakihap12  一駅先の島原外港が、4月からの終点になります。ここで終わるのだなあ、と思いました。



 さらに先、廃止区間である安徳~瀬野深江間の鉄橋(かつて雲仙普賢岳の火砕流で話題になった、水無川に架かる橋)の袂に、かつての機関車、D3703が静態保存されています(写真)。名前の通り、37トンディーゼル機関車なのでしょう。走る車内からで、写真は全然です。いつか車で来る機会があったら、じっくり撮影したいですね。



Shimakihap13  そして終点加津佐へ(写真)。普賢岳の噴火の時は島鉄も分断されたため、必要な車両を南島原から陸送し、給油はここ加津佐で行っていました。現在でも当時の痕跡らしき火気危険物表示が残っています。



 この列車は20分後に折り返します。なお折り返すときは、一旦全員が荷物等全てを持って、座席取りが出来ないようにしてから、半自動ドアを閉め、改めて乗車を開始します。公平の観点から、当然でしょう。混乱もありませんでした。



Shimakihap14  そしてこの列車は南島原止まりではなく、そのまま諫早に直通します(写真)。そして今日の滞在先に向かいました。



 3連休の中日で、本当はもっと多くのファンが詰めかけ、大混乱かと思いきや、廃止までまだ1か月以上あることから、それほどの混雑はありませんでした。しかも諫早から南島原までは通常並でした。まあ残る区間でもあり、こんな感じか。



 しかし、廃線も、キハ20形全廃も、非常に残念な出来事です。また一つ、過去を物語るものが減ってしまいます。できることなら、廃車になるキハ20は、折角美しく塗装されているのですから、駅跡などに静態保存して欲しいものです。そして、「かつて此処にこんな列車が走っていたんだなあ、」と思い出せるようにして欲しいものです。



 なお、いま手元には、島原鉄道南線廃止直前弾丸ツアーなる案内が来ています。これは廃止数日前に往復夜行バスで島鉄を訪問するというものです。しかし私の年齢では往復夜行バスは、チときつい。まあ今回しっかりとお別れが出来るよう記録しましたから、これでいいことにしてしまいます。皆さんも、列車がまだ走っているうちに、是非記録してください。



Shimakihap15  おまけ。こちらも3月改正で廃止になる寝台特急”あかつき”、諫早駅入線の図(写真)。本当はこれに乗る予定でしたが、既に満席で、残念でした。



Shimakihap16  おまけ2。”あかつき”の末尾を飾る”レガートシート”車、オハ14 301です(写真)。14系寝台客車に併結される14系座席客車、台枠も横軽対策が施されている同車です(ナンバー表記前の●がその印です)。座席車を併結してでも守ろうとしたスジも、ついに限界に達したのか。それとも利用者がまだいるうちに、有終の美を飾るのか。正直、定期は無理でも週末の臨時列車として残すべきでは、とは思うのですが、どうでしょう。



 今日はここまでです。

名古屋昼行(Story2)

Nagocyup1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”第1回目をお送りします。今回は、写真のとおり381系P2編成について取材しました。



 現在JR東日本では国鉄型一掃をしているといいますが、それより早く115系まで卒業した(その中には115系最終形2600番台も含まれる)JR東海では、抵抗制御の電車は117系、119系、そして381系P2編成6両と、本当に数が少なくなりました。かつては381系ももう1編成あり、夜行急行”ちくま”にも使用されていましたが、その運用もなくなり、現在は臨時”しなの”白馬行きのみ、しかも月に数回のみとなりました。今日はその運転日であり、早起きし名古屋駅に向かいました。



Nagocyup2  午前8時前に名古屋駅に着き、「入線まで時間はあり、大丈夫!」とタカをくくっていると、何ともう入線!8時00分発定期”しなの”が10番線でスタンバっている最中に、8番線と10番線の間の中線に入線します(写真)。神領車両区(海シン)からの回送です。10番線の使える時間が限られていることに伴う処置でしょうが、時刻表だけだと失敗します。注意しましょう。回送の先頭は、クハ381 121です。



 因みに、東京駅ならこの中線に9番線とでも番号が充てられるでしょうが、確か昔の名古屋駅には切り欠き式ホームに9番線が割り振られていたと記憶するので、それは無いと思います。



Nagocyup3  鞄を持って南側に移動します。白馬方先頭はクロ381 13です(写真)。かつてはクハ381同様のフィルム式方向幕だったと思いましたが、現在は反射式でしょうか、液晶のようです。



 因みに、JR西日本の381系”くろしお”・”やくも”のパノラマグリーン車はクロ380で、車両の向きも反対で、デッキも車端です(見てのとおり、クロ381は展望席すぐ後です)。



 暫くすると、同編成は名古屋駅の稲沢方へ移動し、10番線入線の準備をします。そして定期”しなの”長野行きが発車し、準備が整ったかに思われると、普通が入線、折り返し神領に回送されます。



Nagocyup4  愕然としたのは、臨時”しなの”が10番線に入線する1分前まで、この列車が8番線に停まっていること(写真)。おそらく大垣発でしょう、北方から客を乗せ入線した311系G12編成、快速中津川行きです。この後には313系300番台2連が連結され、6両編成になっています。



 かつて311系が中央線に入線したのは、”さわやかウォーキング”と”きそスキーチャオ”位しか記憶にありませんが、今は活躍の場を広げています。そのため10番線に回って、この列車を足回りから写す価値はあるのですが、それではメインディッシュがお預けになってしまいます。



 そしてこの快速は発車します。



Nagocyup5  すると10番線には先ほどの381系P2編成が、北方からクロ381 13を先頭に入線します(写真)。この2分後に、また8番線に電車が入線、反対からは撮影不能になってしまいます。



Nagocyup6  臨時”しなの”発車2分前に8番線は発車、発車直前の最後の姿を捉えます(写真)。先ほどの先頭、クハ381 121です。



 因みにクハ381 0番台は貫通型で、”しなの”が”あさま”と共通運用となる計画があり、横軽対策も施されましたが、それを使うことなく分割民営化し、長野オリンピックにあわせ”しなの”も383系に置き換え、大量廃車されました。最後にクロ381 0番台に改造されたものと併せ団臨用に少数残されましたが、これも廃車、形式消滅し、100番台非貫通のみとなりました。資料映像もありません(注 昨年9月9日付け記事「あまり見たい姿ではないのですが、」にクハ381 1の姿が写っています。ご参考まで)。



Nagocyup7  側面の方向幕です(写真)。この行き先は1日に1回以下です。そして定刻、発車しました。既に他の臨時”しなの”松本行きは383系に置き換え、この運用が神領の381系の最後の運用です。



 因みに下りは南小谷の線路収容力の関係で白馬が終点、1時間ほどおいて南小谷に回送、上りは南小谷始発と記憶します。



 最後に、臨時”しなの”の運転日に名古屋に来られない方への朗報。381系P2編成は、平日等運用のない日は通常神領車両区の春日井寄りの出入口踏切近辺の線路に留置され、皆さんの撮影を待っています。いつも見かけるのですが、いつも仕事中で、カメラなど持っている筈もなく、いつも行き過ぎてしまいます。残念。



 こんな感じで今日の取材を終えました。



Nagocyup8  おまけ。時刻表によると、3月のダイヤ改正で無くなると思われた新幹線500系東京乗り入れは、辛うじて2往復残るようです。しかし10月には確実に無くなるので、皆さん、確実に残しましょう。写真は今日からの遠征先での撮影、W4編成です(写真)。



Nagocyup9  おまけ2。普通に100系4連、これもP編成、P7編成です。10月改正では同時に、世紀の名車、新幹線0系も全廃といわれています。こちらもお忘れなく。



Nagocyup10  おまけ3。こちらは新車、N700系西日本仕様、N7編成の試運転です(写真)。新車も新車、こちらは3月のダイヤ改正を今か今かと待ちかまえています。



 今日は以上です。次回をお楽しみに。

明治の息吹を感じて、

Meijip1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”2回目をお届けします。本日後半戦は「博物館 明治村」です。





 明治村、というと明治の建物が保存されている所、というイメージがあり、何故”Tetsu”が?とは思われるでしょう。確かに明治の建物が中心ですが、親会社が名鉄ということもあり、実は鉄道関連の収蔵品も多いのです。出発は写真の”帝国ホテル”の後、駐車場側の北門から始まります。



Meijip2  北門の前には「SL東京駅」があり、その奥には「12」が入庫しています。12号機関車は、明治7年イギリスのシャープ・スチュアート社製、日本初の鉄道開業時からの機関車で、動態保存される蒸気機関車としては、日本最古となっています。後に尾西鉄道に払い下げられ、同鉄道は名鉄に吸収され、現存します。車庫の前は給炭・給水所、さらに転車台が続きます。



Meijip3  暫くすると南の方から勾配を登るドラフト音が。9号機関車が、ハフ11、ハフ13を従え、やって来ました(写真)。この光景は、色々なドラマに出てきました。9号機関車は、明治45年アメリカのボールドウィン社製です。



Meijip4  到着すると直ちに客車を切り離し、転車台にピタリと停めれば直ちに転向です(写真)。転車台は人力式で、助士2人が左右に分かれ回転させます。



Meijip5  転向後、渡り線で反対に回り、連結です。連結器は螺旋式で、ノンショックでバンパーに接触し、螺子で緊縛、鎖で仕上げです(写真)。ヨーロッパでは現在でも主流のこの方式、実は乗り心地はこちらの方が良いのです。しかしバンパーに連結手が挟まれ死傷する事故が絶えないことから、日本では大正年間に、僅か数日間で全国の鉄道車輌を柴田式自動連結器に交換してしまいました。連結手の安全と乗り心地、難しい判断です。



 そして乗車5分、「SL名古屋駅」に到着します。ここでも同じ儀式が行われます。休日はどちらからも20分おき、乗車1回300円です。



Meijip6  「SL名古屋駅」から階段を降りると、そこは「市電名古屋駅」です。車輌は弐号、旧京都市電です(写真)。今日はこちらが非番です。これを水彩画で描く女性がいました。鉄道の水彩画なんて、良い感じですねえ!



Meijip7  本日の市電の営業は、壱号でした(写真)。運転の様子は、こんな感じです。運転手は吹きっさらしで、天気の良い日はいいですが、風雨のあるときは、レインコートを着て運転するのだそうです。増して雪では大変です。



 車内は木製ニス塗り、非常にウッディーです。阪急といい、関西人は木目が好きなのでしょうか。



Meijip8  マスコンはイングリッシュ・エレクトリック社製、明治期の電装品の大半は外国製でした(写真)。そして「京都七条駅」を経て、終点「品川燈台駅」に到着します。これも休日は20分おき、1乗車300円です。SL、市電、村営バス乗り放題は、800円のパスがあります。



Meijip9  再び七条に戻り、目の前には「蒸気動車」、キハ6401が静態保存されています(写真)。現在の関西本線を走った気動車の原形、駆動用の外燃式蒸気ボイラが丸出しです。内燃機関が実現する前は、こんな風だったのです。この車輌は、「鉄道記念物」です。



Meijip10  順路を逆に辿り、正門前に到着。二重橋飾電燈の後は、鉄道寮旧新橋工場です(写真)。当時の新橋は、今の汐留です。若い人は、汐留に貨物駅があったことも知らないでしょう!だからあそこには鉄道起点があるんですよ!



Meijip11  中には御料車が保存されています(写真)。右が明治天皇陛下用6号御料車、左が昭憲皇太后様用5号御料車です。当時としては画期的な3軸台車で、乗り心地は当時最高だったそうです。内装も絹がふんだんに使われ、装飾も最高です。これらも「鉄道記念物」です。



 そして順路に従い戻ります。



Meijip12  明治村四丁目には、旧六郷川鉄橋と、尾西鉄道1号機関車があります(写真)。鉄橋は明治7年ハミルトン・ウインザー・アイアンワークス社製、開業時木橋しかなかった新橋~横浜間鉄道の複線化の際に使用された鉄橋です。1号機関車は明治30年、アメリカのブルックス社製です。



Meijip13  同じ区画には、鉄道寮新橋工場機械館が移築されました(写真)。鉄柱まで外国製で、名前が入っています。中は紡績、印刷等各種機械が保存されています。「これが産業革命か!」と実感出来ます。



Meijip14  五丁目には、隅田川に架かっていた新大橋の一部が残されています(写真)。中央部の、都電の併用軌道に要注目。



Meijip15  そして同区画には名鉄の自社物件、岩倉変電所があります(写真)。元は鉄道用変電所ですが、今は中は「岩倉ホール」になっています。後には帝国ホテルが写っており、戻ってきたのが分かります。



 いつもは建物ばかり目に行って、朝から行っても一日かかり、いつも最後の帝国ホテルに来る頃には2階テラスの喫茶店は営業が終わっていましたが、今回は”Tetsu”の取材として来たためにかなり省略しており、ホットコーヒーにありつくことができました。少々高いですが、往時の雰囲気はそのままだそうで、眺めも良く、なかなか良い感じです。



 そしてこちらもかなり名残惜しかったのですが、建物は次回ということにして、帰途に就きました。



 「博物館 明治村」へは、車では中央道小牧東インターが最寄りです。本物の鉄なら鉄道で、という所ですが、名鉄犬山駅から路線バス「明治村」行きで終点で、少し大変ですが、”デンキブラン”(アルコールです)も飲めるので、こちらもお薦めです。皆さんも、如何ですか。



 明日も、天気が良ければいいのですが(残念でした)。

産業遺産なんです

Yosuep1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”第1回目をお届けします。今回は本日の前半戦、四日市の末広可動橋の様子をお届けします。



Yosuep2  末広可動橋は、JR四日市駅東方、運河を北西から南東に渡る橋です。運河を船舶が通行出来るよう、通常は可動部を跳ね上げている、いわゆる「跳ね橋」です。



 多分日光を味方にするには、南東側、則ち海側に構えるのが良いとは思いましたが、先ずは反対の陸側から取材しました。可動部はこちら側に跳ね上がっており、その手前にはゲート(バランサー)が降りています(写真)。



Yosuep3  やはり対岸に渡る必要があると思い、渡ります。しかし道沿いには駐車場と引き込み線があるのですが、運河沿いには倉庫、工場が並び、様子は全く見えません。工場に入ろうと交渉すると、殆どは「私には権限がない。」「仕事の支障になる。」でしたが、1か所だけ「邪魔にならないようにして下さい。」と言ってくれる場所があり、そこから車で乗り入れ、橋を捉えました(写真)。一応防水壁の向こうは公有の岸壁で、一般の人でも入って良いような所でしたが、入口には十分気をつけて下さい。



 暫くすると、対岸の可動橋の袂の小屋にヘルメットをかぶったJR貨物でしょうか、職員がやって来ます。



Yosuep4  サイレンが鳴ると、橋が動き始めます(写真)。跳ね上がった可動部がだんだん降りてきます。



Yosuep5  そして動作が完了し、可動部は降りきり、一本の線路になります(写真)。するとサイレンも鳴り終わります。



Yosuep6  気付くと反対側の防水壁の上にファンが一人います。間もなく来る、という話から始まり、同じ雑誌を読んでいることも知りました。私も同じ場所に登りましたが、その鉄の前に入るのは礼儀に反することであり、後ろに行くと、光線はバッチリでしたが、どうしても互いに支障してしまう。結局そこを降りました。



 すると3人目が来て、彼はここに何度も来ている鉄でした。反対側の防水壁が、可動部と併せ奥行きが広く、良い場所と言い、登ります(写真)。光線は少しずれますが、撮りやすいですね。



 彼によると、昔あったドラム缶に登って望遠で写すのがベストと言いましたが、今はそのドラム缶は無くなってしまいました。



Yosuep7  少しすると、遠くからディーゼルエンジンの音がします。ヘッドライトも見えてきます(写真)。いよいよ、来ました!踏切も鳴り始めます。



Yosuep8  橋を、ゆっくり列車が渡ります(写真)。DD51 847牽引のセメントタンク貨物です。橋が可動橋だからか、それとも他の理由か、時速は10キロ程です。前デッキに誘導手を載せています。この1枚のため、皆やって来るのです。



 そして名残惜しく戻ると、さっきのタンク貨車が出口を塞ぎ、出られなくなってしまいました。DD51が入れ換えをしているのです。そこも写さねばならないのに、出口が無く、指をくわえるだけでした。



Yosuep9  10分位すると、汽笛一声、反対側に用意された空のタンク車を牽引し、先ほどのDD51 847が返空回送をします(写真)。



 しかし出られない。暫くすると貨車は動き出しました。構内入換用のスイッチャーに牽かれるのでしょう、別方向に走り去ります。これで1回目は終わりました。



 12時過ぎに2回目、2時過ぎに3回目がやって来るのですが、私はこの成果に満足し、後半戦へと向かいました。ちょっと勿体ない気はしますが、DD51は800番台とはいえ国鉄色オリジナルのままでしたので、まあいいか。



 最後に注意しておくと、岸壁の陸側はコンクリートにヒビが入っており、下は空洞のようで、車輌等の通行は禁止されています。貴方が犠牲者とならないように、お気をつけて。



 こんな感じで前半戦を終わります。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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