Continental Wave(Story2)#3

 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、先日発生した中国での鉄道事故について、少し考えたいと思います。



 詳細は調査中といいますが、日本でも大まかなことは分かってきました。工事中で速度制限があった区間をオーバースピードで走り脱線、それに対向車が衝突した、というのが概略のようです。脱線原因は違いますが、脱線後対向車と衝突したのは、あの忌まわしい三河島三重衝突事故を思い出します。事故が起きたら、先ずは全列車を止め安全を確認する、というのは三河島事故後の日本の国鉄のルールです。そのため防護無線をきちんと整備したのですから。いわゆる「三河島対策」と呼ばれるものです。



 工事による速度制限は、連絡を徹底しなければなりません。特に中国は、先日も書いたとおり在来車でも160キロ走行が可能で、一度事故になったら、大変なことになります。確かにオリンピック前で作業に追われ、連絡不行き届きはあり得る話ですが、やはり、全ては”安全”が優先なのです。それを思えば、1時間くらい遅れたって、ご愛嬌ですよ。



 日本でも、殆どの安全システムは、「事故」という忌まわしい教訓から整備されたものです。防護無線の整備、及び連絡体制の徹底、そういった地道な努力から”安全”というものは生まれるものです。今後、このような悲しい事故の起きないよう、心から願うのみです。



 日本人の死傷者はいないとのことではありますが、亡くなられた方のご冥福と、負傷された方のご平癒を祈念して、今日の”Tetsu”を終えたいと思います。

Continental Wave(Story2)#2

Gwadonp1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は中国行後半戦です。



 先回は深圳到着で終わっています。その後、深圳から徒歩で国境を越え、香港へ。1国2制度のため、パスポート検査をされ、旧中国側、旧香港側双方の検印が押されました。そして通勤電車で40分、ホンハムへ。翌日の取材のための、乗車券を購入するためです。そして滞在先に到着し、夜を過ごしました。



Gwadonp2  翌朝早く起き、ホンハムへ。2時間も前に着いてしまい、時間を繰り上げます。そして出国手続きを行い、ホームに通されます。目の前には予定していたスウェーデン製X2000「新時速」ではなく、通常の中国国鉄客車が(写真)。どうみても通常の在来車です。しかしこれに乗車しないと、目的地には行けません。乗車しました。



Gwadonp3  車内の様子です(写真)。前日購入時には、普通に買って1等車と喜んでいましたが、じつは全部1等車です。リクライニングは使え、広い車内に4人掛けで非常にゆったりしていましたが、しかし悲しいかな固定シートで、乗客の半数は反対向きです。



Gwadonp4  今回、隣は食堂車でした(写真)。もう少し距離が長く、乗車時間があれば、時間的には完璧で、中華料理にありつけたのでしょうが、残念ながら2時間足らずで、コーヒー飲んでいるうちに着いてしまいます。残念。



Gwadonp5  広州東站に到着しました。注意して客車を見ると、”160km/h”と表記されています(写真)。つまり、この列車用に、調子の良い車輌を抜擢し、高速対応に改造していたのでした!先回訪問時も、何故在来型機関車に牽引された列車が高速別線を走っていたのか、その謎も解けました。風景も、日本で見慣れた110キロの世界とは明らかに違い、どちらかといえば新幹線の流れに近かったのは、当然なのでしょう。



 つまりX2000で機関車式の高速列車を研究し、結果動力分散のCRHシリーズを選択したのでしょう。高速用ブレーキ増圧装置、レジンシュー等高速対応技術は多数あり、それを研究した国だけ高速化を実現したのです。



Gwadonp6  それを牽引する機関車はどんな機関車?と前へ走ると、無情にも機関車は解放され、入れ換えをしています(写真)。ナンバープレートには、DF11 0008と書かれています。広州東站近辺の車庫で多数見た、あの青いディーゼル機関車は、実は全部160キロ対応なのでした!またびっくり!軌道整備が進めば、各地で高速列車が運行可能になるのでしょう。中国の底力を見た気がします。



 そこでもう1枚撮ろうとすると、男性の係官が飛んできて、制止しました。やはりチベット以来、遙か離れたこんな所でまでナーバスです。



 なお国際列車(正確には国際ではないのですが)の香港側の出発点はホンハム(「紅碪」と書きます)で、これは出入国設備が同駅にしか無いためです。広州行きは12往復(うち1往復は肇慶行きです)、うち3往復は”Ktt”とされ、ダブルデッカーの新式客車を専用機関車でプッシュプルし、非常に高速に行き違っていきました。同列車には”プレミアムクラス”席もあるそうなので、運のいい方、どうぞ。



Gwadonp7  そして駅に降り立ちます。広州站が終点ではなく、広州東站が終点なのは、こちらも出入国施設が同駅にしかないからです。そして通関、再度中国に入国します。



 そして少し時間があったので、広州東站の撮影を(写真)。新しく巨大な駅舎で、多くの商業施設が中にあります。



Gwadonp8  荷物をホテルに置き、カメラ1台を持って街に繰り出しました。



 地下鉄で撮影をすると、今度は女性係官に注意を受けました。そのため、地下鉄の写真はありません。



 そして先回撮影を断念した、広州站に(写真)。昭和40年代の盆正月の上野駅前のような光景が、毎日広がっています。交番の前なら、スリに遭う確率は低いと思い陣取りました。



Gwadonp9  駅の中心には、各地域の列車の案内のLED式電光掲示が、旅情を誘います(写真)。今度は何処に行こうか?という声が聞こえてきそうです。これで取材を終え、滞在先に戻りました。



 本当は昨日投稿する予定でしたが、燃料(釣魚台宴会用啤酒、及び茅台酒)は大量に仕込んだものの、肝心の回線が日本との間が細いらしく、投稿はおろか閲覧も出来ませんでした。そのため帰国した今日、自宅から投稿しています。



 今の中国は、丁度昭和30年代後半から40年代にかけて(1960年~1970年)位の日本と似ています。オリンピック、新幹線、と考えると、中国も北京オリンピックにCRHと、丁度同じです。しかも日本だってベトナム反戦運動とかありましたし、本当に反政府運動まで同じという、おまけもついています。実際中国人も大半は、無事オリンピックが終わることを願っています。それを消極的でも、邪魔しないようにはしたいものですね。ただ、それなら中国でも”Tetsu”が見られるようにして欲しいところですが。



 ゴールデンウィーク前半は、こんな感じです。後半戦は、何処でしょう。

Continental Wave(Story2)#1

Shincq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”第1回目をお届けします。今回はゴールデンウィーク前半戦、中国に来ています。



 今朝は早く起き、空港に向かいます。空港からは直行便で広州へ。朝が早く、最初からアルコールを入れてしまうと機中で寝てしまいそうで、我慢を。そして中国で一番離着陸の多い広州白雲空港へランドしました。



 今回前半戦では広州発深圳行き動車、CRH1乗車が目的であり、深圳行きは通常広州東站から発車することから、先ず空港から広州站へ行き、そこから地下鉄を乗り継ぎ広州東站へ行き、そこから深圳行きに乗るつもりでした。しかし広州站に到着すると、駅には深圳行き専用カウンターと待合室があり、電光掲示によると約40分に1本広州站発深圳行きがあることが分かり、地下鉄乗車は止めました。そして乗車券を購入、待合室に入りました。



 本来ならば広州站の写真を載せるところですが、旅行ガイドによると、同站周辺は非常に治安が悪く、スリ等が多発するそうで、そこでカメラバッグを広げ撮影するのは愚行であり、止めました。ご了承下さい。



Shincq2  待合室には、次発の電光掲示が(写真)。約40分に1本で、広州東站からの発車に比べ、本数は約半分です。しかし地下鉄を乗り継ぐことを思えば、遙かに楽です。



Shincq3  そして発車10分前になり、站台に入ることが許されます。昨年深圳で、目の前で行き過ごした、「動車」CRH1です(写真)。日本の新幹線とは似ても似つかぬ顔ですが、それもそのはず、設計はボンバルディアです。欧米風ですね。



Shincq4  同列車は8両編成で、8号車が軟座、他は硬座です。しかし、中国は今の硬座に余程自信があるのか、明らかに1等客、と思われる客以外は、硬座に通します。先回は、200元渡しても、125元のお釣りが来ました。まあ、軟座・硬座は昔の区別で、今の日本のグリーン車と普通車の違い程度です。



 今日も私が座ったのは硬座、軟座車の隣でした。貫通路の向こうには軟座車が見えます(写真)。幅広2+2シートですが、残念ながらリクライニングでも、回転シートでもありません(固定クロスシートです)。



Shincq5  私の座る硬座車は、3+2シート、固定クロスシートでした(写真)。アメリカの”ACELA Express”といい、欧米人は、このスタイルを好むのか?それともただ単にJR東日本”はやて”の設計が優れているだけか?しかもJR九州のハイパーサルーンのような中間デッキスタイルで、輸送量は動車シリーズでは最大といいますが、かなり犠牲にしているものが多いような気がします。



Shincq6  そうこうしているうちに、15分かけて広州東站に到着。ここまでは在来線ですが、中国は在来線も標準軌で、何も問題ありません。



 そして発車すると、横に車庫が見えてきます(写真)。現在主力の、青いディーゼル機関車で、DF200の親玉のようですが、形式は知りません。同車庫に多数待機しています。ほか車両多数です。



Shincq7  広州東站を発車すると、動車の本領を発揮する、高速新線区間に入ります。終点深圳までこの高速別線は続きます。



 途中電光掲示を見ると、瞬間最大速度、時速201キロという表示が出ています(写真)。行き違いも、ノリは新幹線です。確かに高速鉄道であると思います。



Shincq8  1時間あまりで終点深圳に到着。横では、記事になりたいのか、アメリカンスタイルの、おそらく電気式ディーゼル機関車が移動しており、車両には「東風12 0004」と文字が付いています(写真)。おそらくGE設計でしょう。



Shincq9  先ずは近くから。8号車、終着の図です(写真)。



Shincq10  反対側、1号車、終着の図です(写真)。注意すると、ホームに「停車位置」という看板が付いているのが分かります。



Shincq11  今日初めて気付いたのは、中間車(4号車と思われる)には、硬座車と餐車(食堂車)の合造車(つまりモハシ)があり、写真のような表記があります(写真)。



 ここでこの車両の記録写真を撮ろうとすると、車掌長(うら若い女性)が、「撮らないで。」と言います。写りたくないから、と思って無視すると、すぐに理由は分かりました。実は今では動車の折り返しは15分足らずで、降車客が出たら直ちに乗車させないと、列車遅延になってしまうからでした。人の流れには逆らえず、降車口を目指します。



 そして今日の滞在先に向かいました。



 昨年から我慢していた、広州の動車に、とうとう乗りました。満足です。しかし、15分では車内清掃は満足には出来ません。今日も清掃職員を同乗させていましたが、やはり清掃は追いついていないようでした。今年は仕方ありませんが、来年以降、是非対策を考えていただきたいものです。



 明日は、今日の続きですが、一体どこから続きになるのか。お楽しみに。

ポッポ屋ですか?

Fuchip1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”第二回目をお送りします。今回は場所も変わり、北丹鉄道関連をお届けします。



 横川から、丸子、茅野と昨日の取材を終え、出発しましたが、何故か福知山に行きたくなってしまい、自宅を横に見ながら、行ってしまいました。正直、一昨日も車中で仮眠しただけで、4割方家に帰りたかったのですが、6割が勝ちました。



 そして昨晩またしても車中泊となり、朝、出発しました。おおよその見当を付けた地図を家に忘れ、福知山市街で大捜索を。しかしどうやっても発見できず、結局コンビニで、地図の立ち読みを。インターネット地図では出ていない町の区分線が、かつての北丹鉄道そのままに残っており、概ね分かりました。



 そこでそのとおり行ってみると、一発で発見しました、福知山西駅跡を!(写真)



 同地は、かつての北丹鉄道本社もあった場所だそうです。石造りの駅名票の裏は、北丹鉄道の簡単な歴史が刻まれていました。



Fuchip2  その横には、北丹鉄道2号(レプリカ)が(写真)。かつては国鉄形のSLがここに保存されていたそうですが、今はこれです。大正12年汽車会社(現在は川崎重工と合併)製とのプレートがついています。



Fuchip3  そして次は北丹鉄道の名残を色濃く残す、「福知山ポッポランド」に行きました(写真)。福知山城址から少し市街地に入った、新町商店街の中です。旧福知山西駅を模しているようです。



Fuchip4  中に入ると、改札になっています(写真)。駅員を模した人形もあります。更に中に入ります。



Fuchip5  そこには、展示物多数です。福知山とも縁の深い、寝台特急「出雲」のヘッドマークが(写真)。



Fuchip6  中心には、C57 93のナンバープレートと、直径1,750ミリの動輪が(写真)。後のジオラマは、Nゲージながら、コンピューター制御の運転台がありました。ほか展示品多数でした。



Fuchip7  ポッポランドには、徒歩数分の広小路通り沿いに2号館があります。2号館には、以前は最初の北丹鉄道2号機の置いてあった場所に保存されていた、C58 56が、建物の中に保存されています。屋根付きで、状態は良好です。



 ポッポランドは、国道9号線にも案内看板があり、車でも迷わず辿り着けます(至近に専用無料駐車場あり)。鉄道利用の方には、JR福知山駅からは少し距離がありますが、是非来てみて下さい。



 こんな感じで取材を終えました。



 2泊も車中泊で、昨晩はホテルか、少なくとも「峠の湯」には入りたい気がしましたが、いずれも残念でした。今はアットホームです。来週は何処からでしょうか。先ずは明日から、仕事も頑張るぞ!

強力集う場所

Yokobup1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”第一回目をお届けします。今回は、群馬県安中市の「碓氷峠鉄道文化むら」を取材しました。



 平成9年、長野オリンピックに合わせ開業した長野新幹線、この開通と同時に廃止となったのは、信越本線横川~軽井沢間です(軽井沢~篠ノ井間は、第三セクター”しなの鉄道”となったことは、皆さんご存じの通りです)。何故廃止になったかと言えば、同区間はJR最急勾配(66.7パーミル)であり、この区間を通る車輌は全て特殊装備が必要であるため、維持費用が非常に高く、いろいろな検討がなされましたが、結局バス転換となり、廃止されました。



 しかし、同区間の麓側横川には機関区があり、同機関区の車輌・施設を利用して、「碓氷峠鉄道文化むら」が造られました。今回はこれを取材しました。



Yokobup2  車を停め、門をくぐると、レンガの連続アーチ橋を模した橋の上を、「アプトくん」が走ります(写真)。機関車は日本初の輸入電気機関車10000形(後のEC40)を模したディーゼル機関車です。



 本物の10000は、その後京福電鉄に入線、引退後返還され、軽井沢駅旧1番ホームで保存されています。



Yokobup3  正面から望む(写真)。横川機関区時代からの検修庫をそのまま利用し、機関車が保存されています。真ん中で電灯が点いた機関車が、碓氷峠のシェルパ、EF63、10号機です。横の国鉄色の特急電車は、クハ189 506(麓の機関車連結側先頭車)です。”JNR”マークも復活しました。



Yokobup4  検修庫の中、EF63 10の後は、信越本線(上野~直江津間)本務機用機関車、EF62 54号機です(写真)。客車列車、貨物列車の牽引機で、復活可能な数少ないEF62です。白い棒は、横川から軽井沢を目指し碓氷峠を登る際、後から押し上げる(後補機)EF63の運転士との連絡用無線アンテナです。



 この左には、ぶどう色に塗装されたEF63 18号機を使用した、運転シミュレーションがあります。



Yokobup5  右奥には、昭和30年代までのアプト式だった時代の機関車、ED42 1号機があります(写真)。つまり昭和30年代までは、線路の間に歯車レールを使用した、スイスの登山鉄道と同様のシステムだったのです!しかも重連総括制御も出来ず、前1両後3両のED42のそれぞれの機関士は、汽笛を合図に加減速を行っていました。キハ82特急”白鳥”(のちの”白山”)の時代までこれを使用していました。当然スピードは遅く、横川~軽井沢間に約1時間を要していました。輸送量も小さく、それが新線建設の理由でした。先頭EF62、末尾EF63重連で、おおよそ500トン(貨車自重含む)輸送できるようになりました。



 なおED42は、麓の横川側にしか運転台はありません。同様にEF63も、回送等特殊な場合を除き軽井沢側の運転台は使わず、通常は横川側の運転台だけで制御します。つまり連結時は、機関士は後向きの運転台から首を出して運転していました。



Yokobup6  廃線跡を走るトロッコ”シェルパくん”は、1時間に1本です。発車を待つ”シェルパくん”(写真)。横には破壊・部品盗難の後修復され、動態保存車輌に加わったEF63 11号機が、体験運転の準備をしています。トロッコに乗車しました。



 このトロッコの推進、牽引の機関車は、JR当時保線に使用されていたモーターカーの機関車です。電動ではありません。あしからず。



 旧機関区の横を通り過ぎ、園地の端には表題の写真のとおり、189系クハ189 5とモハ189 5、EF63 25号機、12号機、24号機が滞泊しています。動態保存機は、現在4機です。明日営業を復活しても、機関車は賄えます。会社は違うJR西日本金沢運転所の、元特急”白山”用の489系ボンネット車も、しなの鉄道の169系も、いずれも復活を待っているのでしょう(いずれもEF63と協調制御が可能な系列です)。後は採算か。でも、全線復活なら、この区間だけに1万円出してもいい、という気はしますが。「碓氷峠登山鉄道」は、やはり夢でしょうか。



Yokobup7  トロッコ”シェルパくん”は片道25分、途中旧丸山変電所前に設置された「丸山」駅に、行き、帰りともに5分間停車します。停止の際の、丸山変電所の写真です(写真)。日本初の電化区間で(それまではSLで、機関士・乗客共に苦痛な区間でした)、電化当時からの建物です。手前が蓄電池の建物、奥が変電の建物です。つい最近までは荒れ放題でしたが、整備され耐震補強まではされましたが、中には入れません。



Yokobup8  発車すると、写真のような標識が(写真)。これは、ここから上り勾配にさしかかる、という標識で、数字の66.7は、66.7パーミル(千分率、パーセントではない)を示しています。これは1,000メートル(1キロ)で66.7メートル登る、ということで、12両編成の電車の先頭と末尾では、おおよそ4階建てビル程の高低差になるそうです。



Yokobup9  分岐が見えてきます(写真)。これは、軽井沢に繋がる旧信越本線と、トロッコの現在の終点、「峠の湯」との分岐点です。右には、信越本線当時の上り線(横川行き)の跡が残っており、一部は遊歩道になっています。



Yokobup10  そしてトロッコ”シェルパくん”は、終点「峠の湯」に到着しました(写真)。実は、入浴券付きの入場券もありますが、今回は断念。来た道を戻りました。



 すると文化むら駅には、乗車を待つ長い行列が。1時間早く行ったことで、随分違いました。



Yokobup11  園内に戻ります。奥に駅の設備があり、そこには2フィートゲージの鉄道、「アプトくん」と、ミニSLの乗車駅になっています。



 まずは「アプトくん」から。機関車は、SL3950、「グリーンブリーズ」に交替していました(写真)。これは園内を一周し、さきほどのアーチ橋を模した橋の上を通り、非常に見晴らしが良いです。



Yokobup12  次いで、ミニSLです(写真)。これは車輌保存区域の外周を走る、恐らくOゲージでしょう。どこにでもあるミニSLのようですが、これだけの総延長をフルスピードで走ると、カートレースのカート並みに迫力があります。



Yokobup13  そして保存車輌を。先ずはEF63 1号機です(写真)。東芝で製作された、試作機です。試作のため、早期に廃車されましたが、保存はなされました。



Yokobup14  次は、EF62 1号機です(写真)。こちらは「川崎」(現在の川崎重工と思われる、当時は川崎車輌と、川崎造船所があった)製で、こちらも試作機でした。EF62は、国鉄末期に荷物列車用として下関運転所に多くが移動、EF58を置き換えましたが、当の荷物列車自体が国鉄改革で廃止され、異郷の地でそのまま無念の最期を遂げました。先ほどの54号機はラストナンバーで、幸い田端運転所に残り、生き残りました。



Yokobup15  他貴重な機関車が多数でしたが、これも車輌カタログではないので割愛します。ただ、先回訪問時から、「ナメクジ」D51 96号機と、EF65 520号機が増えました(写真)。EF65 520号機は500番台ながらF形(P形に重連貨物用装備を加えた形)の数少ない原色残存機で、連結器周りが特徴的です。



 そして写真を多数撮影し、後にしました。



 やはり横川は、碓氷峠という特殊な区間であり、EF63というシェルパ、あるいは強力(ごうりき)が多数集った場所です。この施設が末永く残るよう、心から願うのみです。あとは、碓氷峠復活か。夢かもしれませんが。



Yokobup16  おまけ。上田市(旧丸子町)丸子文化会館前の土手に保存される、上田丸子電鉄(今の上田交通)ED251です(写真)。桜をバックで、良い時期に来ました。



Yokobup17  おまけ2。中央東線茅野駅前に保存される、C12 67です(写真)。また一つコレクションが増えました。



 二回戦もお楽しみに。

(続)あまり見たい姿ではないのですが、

Minop1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”第3回目をお届けします。今回は、美濃太田車輌区を取材しました。



 先ず1枚目は要注目、先日話題になったばかりのキヤ97、今度はロングレールバージョンの登場です(写真)。手前側先頭はキヤ97 201号で、続く2両目はキサヤ96 1です。この後は連番で、末尾はキヤ97 301であると、容易に想像できます。運転台の形状も、0番台、100番台とは異なります。



Minop2  今回の取材の目的は、先回の投稿「あまり見たい姿ではないのですが、」当時から、トロッコファミリー号の客車が廃車回送されたことに伴い、その後様子がどう変わったかでした。



 先ずは北西方から南東方を望む、キハ82(後向き)、キハ28、オハフ46が見えます(写真)。



Minop3  一番北側になったのは、381系、手前からクハ381 1、モハ380 1、モハ381 1、一番奥がクロ381 11で、全形式のトップナンバーが並んでいます(写真)。クハ381 1は、381系で現存する最後の貫通型先頭車です。



 奥には説明するまでもない、四国帰りのキハ180 1ですが、180の「1」は消してあります(屋根上のラジエーターで、形式は一目瞭然です)。



Minop4  北東側に移動。クロ381 11が一番前に、隣はクモハ103 18、奥は165系です(写真)。



Minop5  向きを変えると、165系の湘南色が分かりようになります(写真)。手前は、気動車と思われますが、シートの下で分かりません。



Minop6  最後の1両となったのでしょう、白鳥形キハ82 73です(写真)。正面が見えないのが残念。



Minop7  南東側から見ると、オハフ46、キハ58(番号不明)、右はシートを被っていますが、クーラーが明らかにAU12で、恐らくキロ80 60(現存はこの1両のみ)と思われます。



 ほか、サロ165 106や、キロ28 2303など、JR東海で保存用に残る車輌は、おそらくここにあるのでしょう。このまま朽ち果てさせることなく、公開されるよう願うのみです、といっても展示場所は佐久間レールパーク位しか無く、無理な願いなのか。有効活用を期待して、今回は終わりにします。



 今週はこんな感じです。来週はご期待に沿えません。再来週以降、請うご期待。それでは、また次回。

これも産業遺産でしょうか?

Ogaip1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、東海道本線揖斐川橋梁の取材です。



 美濃赤坂からの帰り道、大垣を通りますが、左手に東海道線を見て、一つ白い橋梁が。「あ!そうだ!」いつも電車に乗って興味のある、あの謎の橋梁だ、と思い、進路変更、橋の袂に辿り着きました(写真)。初めて14ミリを使いましたが、そんなに困難なレンズではないですね。



Ogaip2  北側には樽見鉄道の揖斐川橋梁が(写真)。本当は車輌が通っている瞬間がベストなのですが、レンズ交換をしている間に行ってしまい、1時間も待つほどの根性もなく、断念です。



Ogaip3  白い橋梁を近くで撮影します(写真)。並走していることから、やはり東海道本線の旧橋梁でしょう。橋脚は煉瓦積みで、上半分はコンクリートで補強されています。現在の東海道本線の橋梁は、同じトラス橋でも補強がN字形ですが、旧橋梁はX字形に補強が交差しています。また、架線を設置するには少し高さが足りないようです。新橋梁が出来たので、道路に転用されたのでしょう。



Ogaip4  橋を正面から見ると、こんな感じです(写真)。丁度単線鉄道の幅で、やはり鉄道橋の転用であることが分かります。しかし現在は強度上の問題か、車は通行止めです(2輪は通っているみたいでしたが)。



 なお、他のホームページを見ると、この橋梁は明治期の外国製で、プレートが入っているとされていますが、今回は発見できませんでした。熱心な方は、どうぞ。



 今回は、こんな感じです。

美濃赤坂から始まるストーリー

Seinop1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週第1回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、西濃鉄道を取材しました。



 西濃鉄道は、美濃赤坂を起点とする、貨物専業の私鉄です。臨海鉄道を除くと、貨物専業は小坂鉄道と同鉄道の2社、旅客兼営でも秩父鉄道、岳南鉄道、三岐鉄道の3社で、貨物を扱う私鉄は激減しました。モーダルシフトの現実です。



 同鉄道を取材するにあたり、やはり営業する鉄道だから、営業列車を写そう、と思い、最新の貨物時刻表で確認しました。すると、列車は朝、昼、夕の3本で、朝は早朝、夕は日照不足で、昼が撮影に適しており、これに間に合うように出発しました。



 地図でポイントのあたりをつけ、その場所にカーナビで行きます。そこで今の貨物列車の終点、乙女坂と、鉄道の終点、猿岩を確認し、乙女坂であろう場所に車を停め、構えます。すると、一人、鉄道で来たのかファンがおり、彼は今日営業があると駅で確認したそうです。そして自分のポイントへと去っていきました。



 貨物時刻表でも出ていた時間に、やって来ました、貨物列車が(写真)。西濃鉄道DD403に牽引され、空の石灰石用のホキが続きます。



Seinop2  西濃鉄道乙女坂の駅は、矢橋工業の石灰石プラントの中であり、牽引されたホキは、工場のホッパの下に入ります(写真)。これから2時間かけ積み込みです。



Seinop3  返しまで時間があるので、先の取材を。数百メートル走ると、線路が道路沿いに現れます。それから更に数百メートル走ると、線路の真ん中に停止表示が(写真)。ここが現在の終点で、青い看板の工場は「猿岩工場」となっており、ここが猿岩貨物駅のようです。これでは何処まで乙女坂で、どこから猿岩か分かりません。実際、この3月までの運用でも、有効長の関係で1往復が「猿岩行き」とされただけだそうで、区別の実益、実害ともにありません。ただ、無くなると分かっていれば、猿岩行き貨物列車を写したでしょうが。



Seinop4  しかし、この営業線は、「市橋線」と名がついており、更に北の市橋まで地図上の線路は延びています。その今は営業しない廃線区間の様子も取材しました。先ほどの終端表示から数百メートル北の工場では、廃線跡を整地し、アスファルトで舗装しています(写真)。これで永久にこの鉄道は通れません。しかしこの工場の北側は、放置ではありながら線路は残っていました。



Seinop5  1キロ位北へ行ったでしょうか、地図上の終点の場所を発見しました(写真)。鉄道終点にふさわしい配線の、大貨物駅です。これが市橋線全線営業当時の終点、市橋駅と思われます。ダルマポイントが幾つもありました。



Seinop6  乙女坂へ戻ってくると、先ほどのホキの編成の麓側にDD403を連結し、出発の準備をしています。石灰石は発火性があり、そのためか、あるいは他の理由か、貨車1両1両に水を掛けています(写真)。上から、横から掛けては、1両ずつ引き出し、丹念に水を掛けていました。



 水を掛け終わると、一旦バック、塞いでいた通路を開け、車を通します。そしてもう一度引き出し、本線に入るところでまた停止します。そして誘導手が降り、線路脇のボックス内のスイッチを切り替えます。



Seinop7  すると道路の踏切が鳴り出します。遮断機がおり、信号よし、発車します(写真)。そして美濃赤坂を目指し、降りていきます。私も車で追いかけますが、並走道路はなく、大回りしました。



Seinop8  私が美濃赤坂に到着すると、既にホキの編成からはDD403は解放され、PF、EF65 1068に機関車は替わっていました(写真)。連結を終え、出発が青になれば、出発進行、発車です。



Seinop9  次へ行こうとしたところ、貨物駅から出てきたトラックの運転手さんが、鉄道を撮りに来たのか、と訊きます。そうです、と答えると、携帯で機関区に電話をしてくれました。それで、機関区の中に入ることが出来ました。



 先ずは機関庫の中から、左が今日の営業を終えたDD403、右は待機のDD402です(写真)。いずれも三菱重工製です。



Seinop10  外には、奥DE10 132、手前DE10 525と、国鉄DE10の廃車体が(写真)。部品取りでしょうか。



Seinop11  更に北側(JR美濃赤坂駅寄り)には、DE10の分解中の車体に、ビニールシートが掛かっています(写真)。あまり見たい姿ではありません。



 ただ、この時点で既に西濃鉄道の社員は、全員今日の業務から解放されていたそうで、見学は、「社員のいる時間に来て下さい!」と言われました。皆さんも、なるべくそうされた方が良いと思います。



Seinop12  西濃鉄道市橋線はJR東海道線美濃赤坂支線の東側から合流、しかし機関区はJRの西側です。しかも「市橋線」と名乗ります。何故か。それは、つい最近まで西濃鉄道は別の線、「昼飯(ひるい)線」も営業していたからです。平成18年に、市橋線猿岩以遠と同時に廃止されました。



 同線はJRおよび機関区の西側を通っており、分岐後最初の踏切は美濃赤坂への道路と交わっています(写真)。同線に並走する道路も無いので、旧中山道を通ります。



Seinop13  中山道の赤坂宿の中心部を抜け、端の方に踏切があります(写真)。手動の踏切と、待機の小屋があります。ここまでは約20パーミルの勾配です。ここから線路に沿って歩きます。



Seinop14  すると、100メートルほどで、かつての美濃大久保駅跡が現れます(写真)。手前の屋根は検量か交換手待機場か、奥の小屋はホームでもあり、西濃鉄道が旅客も兼営した時代のホームと思われます。線路はここでスイッチバック、後方に進んでいきます。そのため、ここも行き止まりです。



Seinop15  そして、終点の昼飯に到着。駅舎であろう小屋の前に、ダルマになったワムが放置されています(写真)。奥には終端表示があり、線路がここまであった痕跡を残しています。これで全線の追跡が終了、西濃鉄道の取材を終えました。



 西濃鉄道がこのような配線になったのは、金生山が石灰石の産地であり、その山の周りから石灰を運ぶために建設されたからです。しかし現在はトラック輸送が中心となり、急勾配に対応できない鉄道は、やはり苦しいのでしょう。しかし大量に運ぶことについては、船に次いで2番目に得意です。今後とも貨物輸送が続くよう、心から願うのみです。



 今日の1回戦は、こんな感じです。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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