名鉄外伝#5

Meisaq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今週は、またしても名鉄を取材しました。今回になって、やっと名鉄の記事らしいオープニングになりました。



 昨日は遅くまで投稿しており、今朝も二日酔いで起きる気がしなかったのですが、切符は買っており、勿体ないと遅めに出発しました。



Meisaq2  そして最初に行ったのは、三河線山線の現在の終点、猿投です。猿投には古くから検車区があり(現在は新川工場の支区)、多くの車輌が見られるだろうと、あまり考えずに行きました。かつてLEカーのあった時代には、その給油等の基地もありました。



 そして駅からも車輌が見えますが、駅を出て、知立側に歩くとありました、洗浄線に入る6203始め4連です(写真)。6000系初期車(1次車という人もいる)、中期車との違いは、固定窓であることです(中期車は窓が一段上昇窓になっている)。その中でも、6001、6002、6003(この6203も含む)の編成は、三河線山線ワンマン対応の4連です。



Meisaq3  道を戻り、西中金側に移動します。7000系中間車として生まれ、余剰となるも車齢が浅く、先頭車化改造され現在の姿となった7100系(写真手前が7104、奥が7101)、1系列1編成の系列です(写真)。これもワンマン対応しています。



Meisaq4  その向こうには、(新)5000系、5105始め4連が(写真)。1000系を思い出してしまいますが、新車です。



 そして来た道を戻ります。



Meisaq5  豊田市から2駅知立寄りの土橋は、中間駅でありながら留置線が多くあり、豊田市では不可能な豊田線の車輌の留置をしています(写真)。今日も242始め6連が待機していました。早朝5時台、6時台に計2本の土橋発豊田線、地下鉄鶴舞線方面電車が発車します。その気がある方は、どうぞ。



Meisaq6  そして知立に戻りましたが、営業中の4連には一度も会いませんでした。納得がいかなかったので、三河線海線を目指しました。



 三河線海線は、現在碧南が終点です。先回も触れたとおり、碧南には検車区こそありませんが、留置のスペースはあり、期待をかけて行くと、ありました。写真左は6001(6000系トップナンバー)始め4連、右は7707始め2連です(写真)。本当は6001の営業中に乗車をしたいのですが、その理由は後ほど。



Meisaq7  駅に戻ると、やって来た列車は、7703始め2連でした(写真)。



Meisaq8  同編成の車内は、写真のとおり1000系の一般車と同じモケットに張り替えられています(写真)。本線特急指定席時代の、ヘッドレスト付き転換クロスシートであり、これは珍しい内装です。これに乗車し、知立に戻りました。



Meisaq9  帰り道の途中で見てしまい、結局45分待って撮影した、7701始め2連です(写真、手前が7702)。当然7700系トップナンバーです。



 7700系は、支線区で二階運転台のパノラマカーの入線できない線区用の車輌で、7000系とシステムは同じです。当初は4連もあったようですが、中間車は後に7000系に供出され、現在は2連のみです。全車白帯(特急指定席)対応のグレードアップを行いましたが、現在白帯は全て消されました。しかし内装は大半が当時のままです。現在全車が三河線山線ワンマン対応車輌となっています。



Meisaq10  駅で待っていると、西尾行き特急が(写真)。1010始め4連です。1000系全車指定特急は、まだまだ残存勢力があるようです。しかし、西尾行き特急は確実に無くなるので、ご注意を。



 知立、というと、名物は「大あんまき」で、今は中の餡が色々あります。しかし餡を包む皮のふくらし粉、重曹が強いという人もいます。



Meisaq11  そして知立で押さえられそうな車輌は大方押さえたので、神宮前へ移動。すると、最初に来たのが、何と7000系パノラマカー、7003始め6連でした(写真)。内海行き急行、車内は満席でした。あまりの嬉しさに呻いてしまうと、運転手はミュージックホンを鳴らしていました。



 7000系も、6月のダイヤ改正で4連3本のみになるそうなので、記録は急がれた方が良いと思われます。6連の7003も、大丈夫?でも、本当は、これにも乗車したかった!



Meisaq12  先回の取材では満足のいく写真にはならなかった6052も、今回は2両目の後ろ姿でしたが、捉えることが出来ました(写真、手前が6252、先頭2両は6800系)。6500系前期形、6800系前期形と、どこちがう?



Meisaq13  今度は豊明発普通の運用に入っていた、7011始め4連です(写真、手前は7012)。元白帯車のこれは、それほどではありません。



Meisaq14  ついに出来てしまった、オールシルバーの編成、3301始め4連の後は、3151始め2連、いずれもトップナンバーで構成されました。一応、この両車も「鉄道友の会」から、”ローレル賞”を受けました。



Meisaq15  そして最後は新可児行き急行、6006始め4連でした(写真)。これも6000系の中では、初期車のうちでも1次車に含まれます。乗車すべく、車内に入りました。



Meisaq16  中には写真のとおり、「鉄道友の会」”ブルーリボン賞””1977”というプレートが付いています(写真)。”ブルーリボン賞”は、鉄道友の会が、その年の新車について、会員の人気投票第1位になった車輌に与えられる賞で、”ローレル賞”は、新車のうち委員選考で選ばれた車輌に与えられる賞です。名鉄では、現存では7000系パノラマカーと、6000系が”ブルーリボン賞”を受賞しており、いずれも1次車の先頭車の運転台の後に、同様のプレートが付いています。パノラマカーは、展望席後の屋根が低くなっている、あの場所(運転台の車内入口)に付いています。気付かれた方は、どうぞ。



 こんな感じで、今日の取材を終えました。



 やはり、最期を迎えつつある7000系パノラマカーは、記録が重要なようです。明日、捉えられればいいのですが。やはり、犬山が一番か。次回をお楽しみに。

黒部の流れに沿って(Story2)

Kurop1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお送りします。今回は、先週から始まった、黒部第四発電所見学会の様子をお届けします。



 昨年11月にも行った今回の見学会。随行の職員の一言は、「ゴールデンウィーク明けが一番空いている。」で、今年はそれを狙うべく2月から準備をし、3月に固まり次第申し込みました。その結果第1回は外れましたが、第2回である一昨日(5月28日)に参加が出来ました。



Kurop2  今回も黒部ダムが始発と言うことで、黒部ダムまで行かねばなりません。立山からケーブルカー、雪の大谷を越える高原バス、トロリーバスを乗り継ぎ大観望へ(写真)。黒部の山々はまだまだ雪を湛えています。当然外は冷涼で、1枚余分に着込む必要がありました。これを下りると黒部平、ダムへはケーブルカーで降ります。



Kurop3  そして今年もやって来ました、黒部ダムです(写真)。夏の電力需要期に備え湛水中で、雪解け水とともに来た流木が多数浮いています。



 そして集合場所に到着しましたが、出発には少し余裕がありました。



Kurop4  そしてツアーは出発します。30人乗りのバスが迎えに来ています(写真)。これに乗り込み、隧道の中を進みます。



Kurop5  隧道には何箇所か横坑があり、そのうちの1つ、タル沢横坑からは、映画になった「剱岳」が見えます(写真)。中心の峰がそうで、先回訪問時は雨で見えなかったので、今回はラッキーでした。



Kurop6  バスを降りると、”インクライン”が待っています(写真)。キャビンに”A”と書かれています。大荷物には先ずキャビンを外し、それでも載らない場合は、水平の台を外し、斜めの台枠に載せるそうです。イメージは、巨大なケーブルカーですね。



Kurop7  降りていくうちに、欅平始発のツアーの組と行き違います(写真)。構造物の巨大さが分かるでしょうか。



Kurop8  降りたところが黒四発電所です。発電室は巨大な体育館状の構造物で、発電機等のメンテナンスのため、天井クレーンが2台設置されています。



 写真は、使用を終えた発電用ペルトン水車です(写真)。これに効率的に水を当て、発電機を高速回転させています。ドドド、と、激しい滝のような音がします。電車のエネルギー源も、こうやってつくられているのです。



Kurop9  入口前には写真のとおり、客車列車が待ちかまえています(写真)。ポイントの標識も、JRなどと同じです。青地に”S”は、定位、スプリングポイントという意味です。



Kurop10  列車は仙人谷ダムを通り、小説「高熱隧道」の舞台、高熱隧道を通ります。現在は摂氏40度程度ですが、掘削時は摂氏170度で、忍耐の限界を超えています。多くの悲劇を乗り越え、隧道は完成しました。



 そして終点、欅平上部に到達します。写真は黒四からここまで牽引したバッテリー式電気機関車、BB71です(写真)。約100個のバッテリーを積んでいるそうです。



Kurop11  先回訪問時の、BB73です(写真)。



Kurop12  この日は充電中だった、機関車です(写真)。手ぶれの限界を超え明瞭ではありませんが、BB72と思われます。



Kurop13  欅平上部からは、約200メートル垂直に降ります。先回も書きましたが、機関車または客車、貨車1両が入るエレベーターであり、非常時は隣の普通のエレベーターを横付けし救援できるそうですが、それも出来ない時は、梯子で脱出するそうです。



Kurop14  欅平下部に到着しました。写真奥には”食料車”があり、機関車が入れ換え、私たちの乗るデラックス客車の後に連結、スイッチバックし、約100メートル東側の黒部峡谷鉄道欅平に到着、今回の見学会は終了しました。



 なお、今年も11月まで週1、2回のペースで見学会は行われます。料金は無料(前後の交通費は自費)ですので、関西電力北陸支社、あるいは富山県のホームページを参考に、応募されては如何でしょうか。なお、欅平発より黒部ダム発の方が、当選確率は高いようです。



Kurop15  欅平から宇奈月へは黒部峡谷鉄道、宇奈月からは富山地方鉄道ですが、途中新魚津にて、大糸線用キハ52 125を発見(写真)。検車か、試運転か。



Kurop16  そういう目で見ていなかったので気付きませんでしたが、富山地方鉄道14760系(写真)は、1980年(昭和55年)ローレル賞受賞車輌で、プレートも付いています。中にはお召し車輌、控え車輌もあるそうで、発見できた運のいい方、どうぞ。



 今回は、こんな感じです。次回は、明日でしょうか。

こちらもマルーンです!(再送)

Keikup1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日開催された「京急ファミリー鉄道フェスタ2008」をお届けします。昨日と同内容ですが、システムエラーのため再送します。



 一昨日は深夜まで投稿しており、昨日は雨であろう天気と二日酔いで、起動が遅れました。サービスの朝食をギリギリで摂り、滞在先を出発しました。しかし遅い方が天気が回復する、との予報で、寄り道をしながら向かいました。



Keikup2  横浜から京急に乗車します。乗車した快特は2133始め8連、転換クロス車で、駆動用VVVFは、歌にもなった「ドレミファインバータ」で、JR常磐線のE501系と同じシーメンス製です。発車する度にその音階に酔いしれました。



 気がつくと既に京急久里浜を過ぎ、終点三崎口に来てしまいました。写真は、2100系2133始め8連、及び新1000系1009始め8連です(写真)。



Keikup3  その向こう、線路の終端はこの通りです(写真)。実は路線免許はこの先数キロまでありますが、数十年来開通していません。延長できる構造になっていますが、その先は困難な夢のようです。



Keikup4  そして京急久里浜に戻ると、雨は止んでいました。京急久里浜の2、3番線ホームには、営業列車の合間を縫ってイベント会場からの帰りの客を乗せた電車、新1000系1073始め8連が入線しています(写真)。ボディはステンレス製で、平成18年度製造のようです。



 そして駅を出て、シャトルバスに乗り会場に向かいました。



Keikup5  バスを降り、正門をくぐります。入口に一番近い車輌は、屋根付きの保存車、デ51です(写真)。大正13年製、恐らく京急最古の車輌なのでしょう。昨日は車内も見学出来ました。木を多用した車内で、ロングシートの車輌でした。



Keikup6  反対側はデ1、昭和5年製の車輌です。デ51に続いて見学可能でした。半室運転台で、セミクロスシートの車輌、昭和40年代まで現役だったそうです。どちらもマルーンの色合いがいいですねえ!



Keikup7  そして撮影会場へ。左側は、左からアルミ車600系602-1始め8連、”ブルースカイトレイン”2100系2157始め8連、110周年記念の旧塗装でしょう、1000系1321始め4連+4連(番号不明)です(写真)。青い京急は2157だけです。



Keikup8  1321ほかをアップで(写真)。マルーンに、ドアがアクセントです。



 かつては京急は、「ドアは絶対片開き」を固持し、片開き4ドア車もありました(同車の一部は琴電にも入線しています)が、最近は両開きドアになりました。社長が変わったからでしょうか。



Keikup9  撮影会場右側は、1000系1309始め6連+2連(番号不明)、新1000系1081始め8連、2000系2041始め8連、新1000系1017始め8連です(写真)。1081ほかは平成19年製のステンレスボディですが、1017は鋼製か、全面塗装されています。



Keikup10  1309ほかをアップで(写真)。110周年記念のリバイバル塗装でしょうが、この時代を私は知らず、赤色に白帯が京急と思っているので、逆に新鮮です。



Keikup11  多数撮影し、少し戻ると、1382始め2連+2連(番号不明)が、ホーム付きの階段に停まっています(写真)。階段前で社員に聞くと、整理券は不要だが、子供連れの家族のみ乗車できる、とのことでした。残念、私は対象外でした。でも、私の知る京急は、この色の時代です。



Keikup12  トラバーサの南側は、塗装工場でした。手前には、マスキングもそのままに、塗装工程真っ最中の1724があります(写真)。真っ赤ですねえ!



Keikup13  その横は、京急では見慣れない塗色、5325-3と思いきや、5325-8で、都営地下鉄浅草線5300系でした(写真)。西馬込の自社工場ではなく、京急の子会社である当工場(京急ファインテック)にて整備中のようです。



 音楽がかかっていて、聞き慣れた歌だと思ったら、”くるり”の「赤い電車」と、”スーパーベルズ”の”MotorMan京急VVVF”の2曲で、いずれもシーメンスの”ドレミファインバータ”をモチーフにした曲です。京急のお気に入りでしょう。



 そして大方撮影を終え、帰ろうと思うと、ちょうど工場発京急久里浜行きの電車に乗れそうだったので、乗車券を買い乗車しました。工場の特設階段から乗車し、電車は一度バックして転線し、久里浜へ向かいます。社員が総出で手を振っており、喜びを全身で表していました。そして寄り道しながら帰途に就きました。



 リフティング等のイベントには参加しませんでしたが、楽しいイベントでした。また次回も都合がついたら行きたいですねえ!



Keikup14  昨日午前中、雨が降る間の寄り道は、こちらも今年3月開業、横浜市交通局地下鉄”グリーンライン”です(写真)。10000系10116始め4連です。最近流行の小断面トンネル用、鉄輪式リニアモーター地下鉄です。



 通常地下鉄では、フラッシュが運転の支障となるという理由で撮影を禁止していますが、”グリーンライン”は、センター北、センター南等地上部が多く、補助光無しで実用的な撮影が可能でした。皆さんも、成る可くフラッシュを焚くのは止めましょう。



Keikup15  中山から駅1つ、川和町は川和車両基地との分岐のある駅です。同駅には営業用ホームに沿って、入出庫線に繋がる業務用のホームが併設されています(写真)。他線ではあまり見ない設備ですが、運用には好適なのでしょう。



Keikup16  同駅から分岐した線は、川和車両基地に繋がっています。ちょうど写真の中央部の辺りです(写真)。そのうちにイベントをして欲しい、と思うのは私だけでしょうか。



 しかし、私は横浜近辺では「大きなお荷物」(=容疑者)と呼ばれ、いろいろ歓迎されないようです。それなら容疑の罪名を公開して欲しいと思うのですが。それが罪刑法定主義というものでしょう。私がトヨタ車に乗っているからでしょうか。まあいいか。



 今回も無事取材を終えました。次回は未定ですが、お楽しみに。

ちょっと遅い気はしますが、

Tonerip1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、今年3月に開通した新交通システム、日暮里・舎人ライナーを取材しました。



 正直言って2か月遅れですが、なかなか上京取材する機会が無く、ずっと延び延びになっていました。当初は、来月訪問する予定でしたが、幸い大宮を節約した関係で今日時間が取れ、取材を敢行しました。



Tonerip2  大宮から、途中は抜けていますが、熊野前へ(写真)。今回の取材は、熊野前から始まりました。駅前の様子は写真のとおりで、並走する都道が陸橋になっていることから、その上に建設する訳にはゆかず、都電からは少し不便な構造になっています。ここから乗車しました。



Tonerip3  ”雨が降る”という前提の元に取材をしたことから、先ずは終点見沼代親水公園へ行きました(写真)。



 同線は新交通システムで、それこそ”ゆりかもめ”や、大阪の”ニュートラム”、広島の”アストラム”などと同じ雰囲気ですが、無人運転で、直線が殆どであり非常に高速運転をしている気がしました。しかも全駅ホームドアで設計されていることから、片開きながら外吊り戸で、戸袋を省略したことは、それこそ”リニモ”と同じです。ただ、ホームは両開き、車両は片開きで、少し違和感は感じました。



Tonerip4  そして1駅ずつ戻ります。最初は舎人、写真のとおりです(写真)。



Tonerip5  次は舎人公園です(写真)。2面3線のホームと言うのでしょうか。



Tonerip6  そのような構造になっているのは、同駅から車庫に繋がっており、中線はそのまま舎人公園地下にある車庫に繋がっているからです。高架の中間から下り地下に入るのが解ります(写真)。



Tonerip7  そして次は谷在家です(写真)。





Tonerip8  その次は西新井大師西です(写真)。



Tonerip9  その次は江北です(写真)。駅前ロータリー、バスターミナルができました。



Tonerip10  その次は高野です(写真)。



Tonerip11  その次は扇大橋(写真)、少し南側で首都高中央環状線をオーバークロスします。その先は荒川です。



Tonerip12  次は同線唯一の地平コンコースの足立小台、目の前はバスターミナルです(写真)。



Tonerip13  そして熊野前を飛ばし赤土小学校前へ(写真)。小学校の敷地を上手く利用しています。



Tonerip14  そして西日暮里を飛ばし日暮里へ(写真)。一番重要な接続駅、且つ始発駅で、JRコンコースや商業施設に直結するよう出来ています。しかし正直いって、駅の中で迷いました。



Tonerip15  最後は、西日暮里です(写真)。JR接続駅とされていますが、少し遠いです。上の線路の高架と、地面との間の高架は歩道で、東京メトロ千代田線西日暮里駅直結のエレベーター等に繋がっています。これで全駅取材終了、3回戦に向かいます、といってもそれは今回は報告しません。



 基本的には全駅とも無人を前提に省力化がなされています。磁気券は問題ないのですが、そうでないと一苦労!”都営まるごときっぷ”は、磁気券を買うか、日暮里等駅員のいる駅で磁気券に交換を依頼する方が良いでしょう。今日は、ご面倒をかけました。



 今後この”日暮里・舎人ライナー”をどうするつもりなのか分かりませんが、駅施設は増結に対応していました。まだまだ輸送力は増やせるようです。今後とも有効な交通機関として活躍するよう願うのみです。



Tonerip16  おまけ。熊野前から始まったのは、熊野前に接続する交通機関に乗ったからです。都電荒川車庫前停留所前、荒川車庫敷地内に、”都電おもいで広場”があります。1枚目、PCCカー、5500形5501です(写真)。都電の全盛期を支えた車両です。



Tonerip17  2枚目は”学園号”7500形でしょうか、7504です(写真)。いずれも古き良き時代の車両です。



 なお、都電では6月7日(土)に、車庫公開及び車両撮影会を行う旨、広告が出ていました。西武の前日、如何でしょうか。私も、是非参加したいと思います。



 それでは、明日でしょうか、次回をお楽しみに。

やはり、MUSTなイベントですから、

Omiyafq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”第1回目をお届けします。今回は、本日開催された”JRおおみや 鉄道ふれあいフェア”の状況をお届けします。



 昨晩自宅を発ち、早朝に東京着。それから京浜東北を乗り過ごし、戻ってから気を取り直し辿り着いたのは大宮駅。西口を出て北に歩くこと十数分、JR東日本大宮総合車両センター正門前には、既に行列が出来ていました。それに並ぶ私の丁度横に、写真のD51 187が保存されています(写真)。早いほうですねえ!ただ、部品購入目的の行列は別で、部品を買うには遅すぎます。



Omiyafq2  9時半の開門を、5分繰り上げます。走って何処へ行くかと思うと、走る人は殆ど部品でした。写真を撮る人は絶対来ると思う、EF65 535の前は、それほど混んでいませんでした(写真、後はEF58 93)。首都圏全面ATS-P運用開始で最後の命脈を絶たれてしまった、JR貨物最後の国鉄特急色P形65(しかも同機は一般型から改造された”シンデレラP”です)、残念です。しかも最後は通常塗装の上に透明塗料を塗り、美しさを長持ちさせる加工までされたのですから。非常に残念ですが、やはり運命か。今後、保存されるよう願うのみです。



Omiyafq3  後には、左からクハE257 519、クハ255 1、クハ187 310、いずれも特急の先頭車両が展示されました(写真)。



Omiyafq4  今回のイベントは、JR貨物も共催です。貨物のスペースに移動です。



 ラッキーだと思ったのは、PF初号機である、EF65 1001号機が、今回展示されたこと(写真)。一昨年雨の浜松で見かけた(写真が撮れなかった)ので、恐らく新鶴見機関区所属で、東海道線の運用に入っていたのでしょうが、先ほどの535号機と同じく、車齢等の関係でATS-P対応工事の対象から外れ、引退したものです。直流機の完成形、その初号機なので保存を期待したいですが、そんなに保存が出来るのか。現実はファンの想像より遙かに厳しいと言うべきか。隣は、飯田線用ED62 17でした(区名札は「篠」、塩尻機関区篠ノ井派出のようです)。



Omiyafq5  建物の中に入ります。先ずは、EF210 113が(写真)。今までは岡山機関区のみの配属でしたが、首都圏にも進出か。東海道の今後の主力、新鶴見機関区に配属か。100番台で1インバータ1モーター制御になりました(0番台は1インバータ2モーター制御)。三菱電機・川崎重工の製造です。



Omiyafq6  こちらはJR貨物更新色、EF65 1117です(写真)。近隣の番号の殆どは田端運転所に入り、”出雲”や”銀河”の運用に就いていましたが、運用の減少で運転台クーラー非搭載車は廃車の憂き目に遭いました。同1118号機は有名なレインボー専用機(2代目)です。



Omiyafq7  その後はDE10 1546です(写真)。同機は昭和46年川崎製です。そろそろ、この機関車の後継も準備を考える時期です。



Omiyafq8  東北路の主役、EH500 13です(写真)。東芝製、一部は関門トンネル用に使われ、1300トン貨物の九州到達を実現しました。



Omiyafq9



 これは四日市でよく見かけたカマの、DD51 856です(写真)。三菱重工製、年号は昭和ですが読み取り不能です。新更新色です。



Omiyafq10  次は今後の動向が心配される、かつての東北の主役、ED75 1015(ED75P形)です(写真)。EH500が1両製造されると、ED75 2両が不要となり、調子の悪い方から捨てられていきます。初期のM形は、もっと貴重になります。記録の重要性が高まります。



Omiyafq11  そして建屋を出ると、元の場所に戻ります(写真)。こちら側には、”富士”と”はやぶさ”をモチーフにした、「惜別」のヘッドマークが掲げられています。5年前の、”さくら”をモチーフにした、「最終全検出場」のヘッドマークを掲げた時点で、この運命はわかっていたはずです。しかし、もう少しこの幸運を信じたかった…。



Omiyafq12  横では、コスト半分・寿命半分(消費電力も半分です)の209系後継、京浜東北線用E233系(写真はクハE232 1016)の試乗会が(写真)。209系は、廃車が進んでいるんですよ!



 他には保線用のクレーントラックや、JRバス(高速と路線の両方)も来ており、撮影をしましたが、今回は割愛します。



Omiyafq13



 最後に、カットモデルを。EF63 13号機の横川方です(写真)。坊や、今君のつかんでいる部品、何十万するか知っているかい?



Omiyafq14



 こちらはEF60 47号機です(写真)。高速性に問題のあったEF60、500番台(P形)も製造されたものの、EF65登場後貨物機に転用されました。



 横には昔、EF15(EF58と同時代の貨物機)のデッキ付きのカットモデルもあったのですが、移動したようです。



 今日は午後から雨に変わると天気予報で言っていたので、早めに勝負をかけ、雨が降ったら同じ大宮の鉄道博物館へ行こうと思っていましたが、雨が降る様子では無かったので、2回戦に移動しました。



 今回も多くの引退機を目にしました。一つでも多くの機関車が保存されるよう願うのみです。



 1回戦は、ここまでです。

残ってしまいました

Meisiq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は名鉄三河線海線廃線区間をお届けします。



 小牧、春日井を巡った私は、時間も十分にあったことから、三河部へ。先ずは名鉄三河線海線の現在の終点、碧南を目指しました。



 碧南~吉良吉田間は、蒲郡方面に最初に開通した線路でしたが、後に西尾線が開通し、時間的にメリットのないこの区間は利用者が減り、キハ20、キハ30といった、いわゆるLEカー(レールバスのはしり)に転換されましたが、節約の努力もむなしく、結局廃止になりました。今回はその廃線跡を巡るというものです。



Meisiq2  先ず碧南駅に行きましたが、細い道の奥で、非常に入りにくいところでした。車を停め、南に歩くと、バス駐車場の横には踏切跡が(写真)。現在でも、車止めは有効です。



Meisiq3  この踏切跡から北を眺めると、碧南駅の様子が分かります(写真)。三河線山線の猿投とは違い車庫の機能は小さく(猿投は新川検車区の支区)、側線は多いもののホームは1面2線、気動車が走っていた頃は遣り繰りしたのでしょう。今はここが終点で、終端表示もあります。



Meisiq4  同所から南を望む(写真)。バリケードのすぐ先には速度等の標識が抜かれたまま倒されており、虚しく廃線されたことが分かります。標識を持っていってネットで売っても、すぐに足が着きます。



Meisiq5  そして海線廃線区間での最大の遺構となるであろう、西尾市寺津地内の高架橋です(写真)。下の道路の工事で、立体化のため約1キロにわたり建設された同高架橋、電化復旧も可能なように支柱も立っていますが、建設後僅か数年で廃止になり、税金の無駄遣いという意見もありました。河川に掛かる橋梁は水流のネックとなるので、不要になれば直ちに撤去しますが、地上の橋梁であり、撤去費用と相談です。まだまだ使える同高架橋、勿体ない。



 実はこの写真は魚眼で撮りました。16ミリではデジ一は小さい、対角線魚眼は10.5ミリといいますが、今後はフルサイズが主流になる予感がします。



Meisiq6  そして途中も取材したかったのですが、時間の都合で断念。いつの間にか、西尾線接続駅の吉良吉田に着いてしまいました。吉良吉田駅は、現在は殆ど3、4番線しか使っていません。名鉄好きな団臨が入らないと、1番線は使いません。営業当時もLEカーは、乗り換えの都合上2番線のみに入線しました。現在の1、2番線の様子です(写真)。



Meisiq7  ここを碧南方に振り向くと、写真のとおり、1番線はここで終端となっています(写真)。2番線は続いていますが、この写真でははっきり分かりません。



Meisiq8  望遠を効かせると、写真のとおり(写真)。2番線の延長も終端表示があり、架線も終わります。LEカーが渡ったポイントも、現在は撤去されています。



Meisiq9  その終端の向こう側の踏切跡へ(写真)。線路が単線になっていく様子が分かります。



Meisiq10  碧南側へ振り向くと、線路は撤去され、「踏切は廃止されました」旨の看板も立っています。悲しいが、これも現実です。



 線路維持のためいろいろ努力はしたものの、残念ながら報われなかったのでした。寺津の高架橋のようになってしまうことは、非常に悲しいことです。そして総延長も、私鉄第3位に転落してしまった名鉄。これは時代の流れなのでしょうか。



Meisiq11_2  おまけ。往き道の途中で見かけた、衣浦臨海鉄道、KE65 2が、セメントホッパ車を牽引するべく待機する姿です(写真)。どうやって撮ったのでしょうか。



 そういえば、今週末は大イベントがありますね。私も、行けるといいですね。



 それでは、次回をお楽しみに。

小牧市の謎を追って

Meitoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは臨時ですが、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は小牧市を中心に、謎の構築物をお届けします。



 先日の名鉄小牧線の取材中、窓から外を眺めていると、「あれ!」という、謎の分岐線を2つ見つけてしまいました。今日たまたま取材の機会があり、早速取材してきました。



 先ず1回戦は、名鉄小牧線春日井~牛山間にある旧豊山信号所跡から分岐する支線です(写真)。この位置から分岐します。



Meitoq2  小牧線側から眺めた図(写真)。かつてはポイント等もあった信号場でしたが、現在はありません。住宅の間に線路は入っていきます。



Meitoq3  線路跡に沿って少し歩くと、田畑の中に築堤を築き敷設されたのが分かります(写真)。田畑の多くは宅地に変わりました。



Meitoq4  そして線路跡は県道名古屋犬山線を越えます(写真)。道の反対側まで架線の支柱が残ります。



Meitoq5  道を渡り、反対側へ(写真)。同様の光景が続きます。



Meitoq6  ここを反対に向くと、地面のアスファルトは線路を剥がさずに舗装され、くっきり跡が残っています(写真)。ここから線路は分岐し、複線になります。上の支柱も複線対応です。かつてここを記事にした人は、この辺りに入換信号機、ダルマポイントがある、と書いていましたが、時の経つのは早いものです。



Meitoq7  そして線路跡は壁に向かって走り、壁には門があります(写真)。この門は、県営名古屋空港の滑走路の反対側になり、航空自衛隊小牧基地になります。かつて名鉄小牧線が貨物を輸送していた時代に、この線を通り航空燃料等の貨物を輸送していました。その引き込み線でした。輸送しなくなってはや何十年、線路跡は埋もれつつあります。1回戦終了です。



Meitoq8  そして牛山から1駅、間内へ。間内には、写真のような分岐線があります(写真)。踏切から分岐していますが、脱進器を使用しないと入線できない構造になっており、まして平安通方面の線路からは渡り線がありません。



Meitoq9  南に進んで歩きます。先ほどの分岐した線路は、資材置場の中に入っていきます(写真)。架線はありません。



Meitoq10  線路は更に南西方に続いています(写真)。鉄橋の桁等が多数置かれ、資材置場そのものです。



Meitoq11  水路に沿って歩きます。線路はなお続き、資材置場の中を更に進みます(写真)。かなり歩きます。



Meitoq12  そしてついに終点を見つけました(写真)。反対向きですが、終端表示があります。



Meitoq13  同所は川沿いの一番南の端、大山川沿いで、後は川です。横は小向橋という橋のようで、地図を見ると、少し歩けば牛山駅です。



 位置的なことから言えば、もし小牧線が瀬戸線のような単独路線であれば、尾張旭検車区のように郊外に広い敷地を先行取得したような雰囲気です。しかし小牧線は300系8編成、名古屋市を合わせても10編成で、実際は犬山検車区で十分、ということで、保線基地に使用しているのでしょう。余地には変電所もあり、通常は使いにくい場所を上手に利用していますが、名鉄がこの土地で見た夢は、当分実現しそうにもありません。2回戦終了です。



Meitoq14  国道155号を、春日井から小牧に走ると、いつも気になる立体交差がありました。「どう見ても、鉄道橋だよなあ!」という、桁橋の残骸が、残っているのです。正確には小牧ではありませんが、これが3回戦です。



 春日井市桃山町地内にある同橋梁は、平地の中の築堤があり、その合間を通る国道を渡っています(写真)。色、雰囲気は鉄道廃線跡に見えます。



Meitoq15  近づいて、下から眺めると、丁度線路の幅に受ける金属の板が通っています(写真)。道路橋では、こんな構造では造らない筈です。横の道路橋と橋台が別なのも分かります。



Meitoq16  遠回りし、同じ築堤を並走する道路橋から上を写す(写真)。どうみても鉄道橋のように思えます。



 しかし、この周囲数キロ内には線路という線路は通っていません。廃線跡といっても、何処と何処を結ぶ線?名鉄小牧線にも、JR中央線にも接続、関連は思いつきません。ただ、敢えて言うと、近くには自衛隊の駐屯地もあり、反対側には工廠跡か広い敷地もあります。軍用鉄道の名残でしょうか。不明です。情報、募集します。



 こんな感じで、小牧市近辺の問題地を巡りましたが、謎は更に謎を呼びます。一旦はここで終了します。

これって、執念?

Nakamiq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、名鉄小牧線・名古屋市営地下鉄上飯田線を取材しました。



 かつて名鉄小牧線は上飯田が終点で、沿線の人々は、ここからバスに乗るか、あるいは地下鉄名城線平安通まで徒歩で利用していました。そのため上飯田から平安通まで小牧線を延長を、との声は昔からありましたが、もし平安通まで地下を通すのであれば、上飯田からではなく一つ手前の味鋺から地下化する必要があり、それは1級河川の庄内川・矢田川を地下で越えるということであり、名鉄は尻込みしていました。しかし地下鉄道建設を第三セクターで行うという名案があり、事業採択には色々ありましたが、この第三セクターを第一種鉄道事業者に、味鋺~上飯田間を名鉄、上飯田~平安通間を名古屋市交通局のそれぞれ第二種鉄道事業者にして完成し、直通が実現しました。



 現在同線は名鉄が300系4両編成8本、名古屋市交通局が7000系4両編成2本製造し、計10本の電車で営業を行っています。これは先日の名鉄取材時に書いたことですが、確率では5分の1の筈が、遠慮深い名鉄は7000系を余り使わないようで、同系を休日に捉えるのはなかなか困難でした。そのため、何としても7000系を捉える、ということが、このところの目標でした。



 実は今日の1回戦城北線の取材の前に、小牧線に乗車し7000系が営業に入っているか確認したのですが、昼間のパターン、平日・休日とも全線15分ヘッドのパターンダイヤでは、営業には入らないということを確認しました。しかし、地下駅である小牧駅犬山寄りの引上線(将来この区間が複線化された場合には、上り本線になる場所)に、ビートの入った車輌が入っており、名鉄300系はブロック工法でビートは無く、これは平安通~小牧間が10分ヘッドになる16時以後に、7000系が入線する可能性は非常に大きいと思い、それまで城北線の取材に専念しました。



 そして城北線を味美で降り、名鉄の味鋺を目指しました。県道に沿って歩き、駅の案内がないため遠回りし駅南側の踏切に辿り着くと、何と名古屋市7000系が平安通に向け走り去っていきます。これはいける、と思い、やっとの思いで味鋺に辿り着きます。切符を買い、ホームに降りると、入ってきた電車がなんとお目当ての7000系7602の編成でした。先ずは、確実に撮影が出来る犬山まで乗車しました。



Nakamiq2  今日の犬山線では人身事故があり、そのとばっちりで小牧線の犬山入線も待たされます。小牧線電車はいつも犬山駅3番線に入線するのですが、2番線は事故で発車の遅れた電車が待っています。「足回りは無理か、…」と思ったその時、2番線は発車し、撮影タイムが期せずしてやって来ます。先ずは、7102側から一枚(写真)。この時を、どれだけ待っていたか。



Nakamiq3  そして反対、7602側から一枚(写真)。至福の時です。なお名古屋市7000系はフル編成が6両で設計してあるようで、同編成は平安通寄りから7102-7202-7302-7602となっており、7400形と7500形が飛ばしてあります。まあ小牧線の輸送量では、犬山線・鶴舞線並みの8両で設計する必要はない、ということでしょう。



Nakamiq4  そしてまた乗車、味鋺で下車しました。7602がトンネルに入っていくのが分かります(写真)。



Nakamiq5  ここで待っていると、311始め4連が(写真)。それこそ名鉄300系トップナンバーです。



Nakamiq6  その次には、318始め4連が(写真)。実はこれが300系ラストナンバーです。といっても8編成同時に生まれた兄弟ですが。



 これで日没、今日の取材を終えました。



 上飯田線完成時のダイヤ改正で、その時の名鉄時刻表を飾った7101の編成は、今回も出逢えませんでした。当然8+2の10編成は、そのうちの一部が重検・全検に入っても営業が出来る数を満たして製造しているはずで、300系8兄弟同様、交替交替検車しているのでしょう。先日の鶴舞線同様、巡り合わせが悪いことも考えねばなりません。ただ、トップナンバーは事故が多い、というのも事実で、どうもそちらが気になってしまいます。それとも他の不具合か、などと考えると眠れなくなります。これも次回への宿題でしょうか。



 ただ、名鉄300系、名古屋市7000系を見た関東のファンは、「京成みたい!」と言いました。確かに京成も同じ日車で製造しており、デザインが似てくるのは仕方ない。でも、せめて、「京王みたい!」と言って欲しいのですが。



 アドバイスとしては、昼間の15分ヘッドのパターンダイヤの時間帯には、名古屋市7000系が稼働している確率は非常に低く、朝ラッシュか夕方16時以降に稼働している確率が高いようです。決して5分の1と、甘く思わないで下さい。



 一つ課題が解決すると、また新たな課題が発生します。今回もそのとおりで、7101という課題が生じました。でも、取り敢えず名古屋市交通局7000系の写真が撮れた、ということで、いいか!いいことにしてしまいましょう!



 今週は、これで終わります。

本当ですか?

Tkjp1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日第1回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、(株)東海交通事業 城北線を取材しました。



 先週の名鉄の取材中に、同線でキハ40が運用に入っていたのは既報です。そこで、今週もそのような幸運に逢えるのか、取材することにしました。



Tkjp2  今日の第2話との関係で、味美からスタートしました。階段を登り、ホームに上がり、時刻表を見ると、間もなくやって来るとのこと。そのとおり待っていると、やって来ました、キハ11が(写真)。JR東海キハ11、城北線仕様の200番台です。



Tkjp3  1駅で終点、勝川に到着(写真)。JR勝川駅からは、少し離れた場所にあります。



Tkjp4  高架のJR勝川寄りは、洗車等の作業台になっており、同型のキハ11が予備で待機しています(写真)。奥の高架はJR中央線の高架です。工事の様子を見ると、中央線の高架の下を潜り、JR勝川駅ホームに入線することができる構造になっていますが、城北線がそこを潜るためには、写真の部分の高架を壊す必要があります。その辺をどうするか、多くの人が興味を持っています。



Tkjp5  車輌の記録を。JR東海キハ11は、新潟鉄工の設計した軽快気動車をベースに、JR東海仕様で製作した車輌です。一部には、JR東海名古屋工場製の車輌もあります。この車輌は、平成5年新潟鉄工製です(写真)。



Tkjp6  ドア横には、”TKJ”マークと、定員110人のペイントがあります(写真)。



Tkjp7  車内には、「新潟鉄工 平成5年」のプレートと、「キハ11 201」のテプラ打ちが(写真)。プレートを盗むのは止めましょう。



 そして発車します。



Tkjp8  1駅目、味美です(写真)。島式ホーム、3両まで入線可能と思われます。



Tkjp9  次は比良です(写真)。対向式ホーム、並走高架は東名阪自動車道で、その下は国道302号(名古屋環状2号)です。



Tkjp10  暫く走ると、名鉄犬山線と交差します(写真)。先週の写真の場所、その更に下を地下鉄鶴舞線が潜っています。



Tkjp11  これを越えると、間もなく小田井に到着(写真)。ここは島式ホームです。



Tkjp12  小田井を過ぎると、上下線が分離します(写真)。これはかつて貨物線として同線が計画されたためで、ここで分岐し稲沢操車場に向かう線路が予定され、こちらの線が丁度下を潜れる構造になっているのが解ると思います。結局これも頓挫し、用地は売却され、永久に完成することはありません。



Tkjp13  暫くすると上下が元に戻り、尾張星の宮に到着(写真)。これも対向式ホームです。正面にビール工場が見えます。



Tkjp14  そして最後の駅、清洲に到着します(写真)。ここでJR東海道本線に接続、乗り換えです。清洲駅は現在高架駅舎を建設中です。



 平日朝夕は増発、昼間は1時間ヘッドのパターンダイヤになり、以前よりは便利になった感じはします。しかし、やはり清洲と勝川以外では他の交通機関、とりわけこの区間で重要な役割を果たす名鉄と接続が不便である、ということが、利用者が頭打ちになっている理由でしょう。今日も、一時的には賑やかでしたが、静かな区間もありました。今後のことを考えると、確かに向こうは嫌がるかも知れませんが、名鉄等他の交通機関との連携を考えていかないと、やはり意義を問われると思います。



 残念ながら今日は、キハ40は来ていませんでした。太多線に貸している2両を増結したくなる位混む、というのは夢でしょうか。



 今後とも有効に機能するよう願いつつ、前半戦を終えたいと思います。

もう少し、その姿を見ていたかった…

Meiq1601  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も先週の名鉄ネタです。



 1600系が2200系一般席(2300系)を併結し、一部指定特急になることは、既報です。そこで、組成替えになる編成の、どの車輌が廃車になるか、興味がありました。向き的にはモ1700の向きでしょうが、一番金のかかるMc車を廃車するか、甚だ疑問でした。



 各誌の報道によると、1600系は方転を施され1700系とされ、ク1600を廃車するのだそうです。写真のク1601もご多分に漏れず、廃車の対象です。まだ車齢の浅い同車を廃車する名鉄は、辛いところですが、それも時代の流れか。



 私も、フィルムには残っていませんが、デジカメには記録されました。かつてはこうだったんだ、と思い出せるよう、今後とも記録は怠らないようにしたいと思います。合掌。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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