Island Wave(Story2)#4

Taimyoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”、後半戦をお届けします。今回は、苗栗にある”鉄路車両文物展示館”を取材しました。



 彰化から自強号に乗り、約1時間、台鉄西部幹線山線(現在のメインルート)に位置する苗栗、台北から高雄に直通する自強号はほとんど停車します。昨年の訪問では、窓から指をくわえて見ているだけだった展示館、先ずはホームから1枚(写真)。雰囲気が盛り上がってきます。



 そして駅を下車しますが、駅の出口は反対側です。それは恐らく側線等鉄道施設を利用した施設のため、そういう業務施設は大体駅の裏にあります。



Taimyoq2  そして駅を出て南に向かい、地下道を潜り西側へ行き、交差点を南、すぐに細い道に入ると、写真のような看板が立っています(写真)。長い間待って来たという実感が湧きます。



Taimyoq3  線路に沿って数分歩くと、見えてきます、全景が(写真)。壮観です。



Taimyoq4  各車両を見ていきます。1枚目、CT152です(写真)。スポーク動輪、軸配置モーガルというところ、大正7年汽車会社製であり、イメージは日本の8620か。昭和53年引退だそうです。



Taimyoq5  2枚目、阿里山28号です(写真)。美国(アメリカ)製ですが、漢字(中国語)からは会社が分かりませんでした。



Taimyoq6  3枚目、DT561です(写真)。コンソリデーション、スポーク動輪で、大正9年アメリカン・ロコモーティブ社(アルコ)製です。



Taimyoq7  4枚目、阿里山SPC2です(写真)。特別客車、昭和46年日車製ですが、引退は昭和57年でした。



Taimyoq8  5枚目、台糖331です(写真)。昭和10年日車製のタンク機、動輪は小さいもののモーガルです。



Taimyoq9  6枚目、ディーゼル機関車、R6です(写真)。まるでアメリカ製では、とも思えますが、横には大々的に”HITACHI”と浮き彫りになっており、台湾の軌間が日本と同じ(1,067ミリ)であることを利用して、輸出前には試作型式番号を与えられ、日本の国鉄に貸し出された機関車です。しかし、国鉄で制式採用されることはありませんでした。



Taimyoq10  7枚目、台糖254です(写真)。昭和37年製の、特別職員用、小型ディーゼルカーです。



Taimyoq11  8枚目、阿里山11403-5です(写真)。昭和30年新三菱重工三原工場製、昭和57年まで使われました。



Taimyoq12  9枚目、S405です(写真)。巨大なディーゼル機関車、やはりアメリカGM(ゼネラル・モータース)製でした。昭和44年製、平成11年まで使われました。確かに、代替できる機関車は、他の国では造っていませんが。



Taimyoq13  10枚目、阿里山11403-1です(写真)。昭和28年新三菱重工三原工場製、昭和57年まで使われました。



Taimyoq14  同機の側面には、「新三菱重工三原車両製作所 1953 810号」とプレートが入っています(写真)。



Taimyoq15  最後は、凸型ディーゼル機関車、LDH101です(写真)。展示の位置には入っていません。奥にはディーゼルカー2両も写っています。その本線寄りは転車台です。



 あとは貨車が少々、ほか上物が無い台車だけの展示が多数ありました。やはり保存は大変です。



 そして駅に戻り、今日の滞在先に向かいました。



 細かいことをいえば、まだまだ行かねばならない場所は、幾つも残っています。しかし、やはり一回の旅行では限界はあるので、今回の台湾行はこれで終わります。



 それでは、次回をお楽しみに。

Island Wave(Story2)#3

Taijuq1



 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今日の前半戦は、台湾のローカル線”集集線”を取材しました。



 昨晩は結局日本時間午前3時まで投稿をしていました。こちらは時差があるからいいようなものの、国内で同じことをしていては、明らかにオーバーヒートです。それでも朝7時に出発しました。



Taijuq2  集集線は、有名な阿里山森林鉄道の始点、嘉義から少し台北よりの、二水(あるしゅい)站から始まります。しかし二水は、自強号は停まらないため、莒光号で時間を狙って行かねばなりません。



 そして二水に降り立ちました。駅の側線には、日本ならワフ、台湾では3ck2017と書かれた貨車ほかが留置されています(写真)。



 暫くすると、表題のとおり恐らくDRC1000形であろう、一般型気動車3連が山を下りてきました。



Taijuq3  この列車が台中行き区間快車として行き過ぎると、入れ替わり台中発、集集線車埕行き列車がやって来ます(写真)。同じ一般型ディーゼルカー3連です(写真)。これに乗車しました。



Taijuq4  途中の”濁水”駅で駅員が手渡すものがあります。そうです、タブレットです(写真)。濁水~車埕間はタブレット閉塞でした!もともと日本が支配のために建設した鉄道、軌間も施設も全部日本が元になっています。



Taijuq5  そして終点、車埕駅です(写真)。多くの人々が記念撮影をしていますが、日本人には会えませんでした。



Taijuq6  終点は、この通りです(写真)。終端表示も基本的には日本と同じです。配線は、機回しが出来るようになっています。そして山を下ります。



Taijuq7  線名の元となった集集站です(写真)。瓦屋根で、昔の日本の駅と同じです。時間があれば降りたかったのですが、断念しました。



Taijuq8  集集站側には、蒸気機関車、22号のカットモデルがありました(写真)。降りればバッチリなのですが、今後の都合で断念。そのまま乗車し、同列車は二水から区間快車になり、快速運転で彰化まで行き、自強号乗車、後半戦に向かいました。



 かつては新竹から幹線と繋がっていたものの、今は竹東からに分断してしまった内湾線、また北廻線から分岐する平渓線、これらを征服すると台鉄全線走破なのですが、いつのことやら。また、そのうちに。



 前半戦はこんな感じです。

Island Wave(Story2)#2

Taitaroq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、台湾行2回目です。



 今回の旅行の最大の目的は、”太魯閣号”に乗ることでした。そこで、昨日は着陸してからまず最初に台北站へ行き、”太魯閣号”の指定を取るべく窓口に行ったものの、「満席です。」と言われました。しかし、帰り際に、「当日でも取れますよ!」と係員がアドバイスしてくれたので、昨日は気を取り直しました。



 そして、今朝は早く起き、”太魯閣号”の1番列車に乗ろうと思い窓口に行くと、何と取れてしまいました!まるで政治特権で割り込んだかのように、見事に取れました。そして喜びを胸に、台北から乗車しました。しかし、始発が樹林より遙か先なのか、多くの乗客が降りてきました。入れ替わり乗車します。



Taitaroq2  車内は写真のとおり、ペールブルーの本皮シートです(写真)。JR九州の885系では普通車は黒ですが、色は違うものの基本的には同じです。しかし台鉄初か、各席にテーブルが付いています(JR九州のものとは異なる、オリジナルのテーブルです)。



Taitaroq3  そして花蓮に到着しました(写真)。普通に第2月台A線であることを願ったのですが、残念ながら一番端の第3月台B線で、編成写真は撮れませんでした。



Taitaroq4  車両の隅々を見ていきます。製造は日立、2006年という製造銘板が入っています(写真)。1次車3編成の、3番目の編成のようです。



Taitaroq5  車両形式は1000、重量は37.58公噸(メートル法のトン)、重(積車)40空(空車)40と書かれ、日本式に言えば、換算4.0ということです(写真)。



Taitaroq6  撮影を終え、駅で先の予約を取ろうとすると、台東直通”自強号”は駄目、”莒光号”ならあります、と言われ、3時間あまり花蓮の駅で時間をつぶします。やはり”太魯閣号”と台東行きを梯子させると秩序が崩れるので、認めないのでしょう。



 以前も書いたとおり、現在の花蓮の駅前には、かつての蒸気機関車、ディーゼルカー、客車、貨車が展示されています(写真)。



 撮影していると、若い台湾人のグループが写真を撮っており、いきなり国際交流です。彼らの写真をEメールで送る約束をしました。まるで「男女5人夏物語(古いですねえ!)」のようでした。



 駅に戻り弁当を食べていると、今度はドイツ人と思ったらデンマーク人のカップルが話しかけてきます。話に熱中し、肝心の”太魯閣号”の編成写真のチャンスを逃してしまいました。



Taitaroq7  そして、席の取れた台東に到着(写真)。そこでその先の予約を取ろうとすると、また2時間待ち。結局、夕飯をここで摂ることとしました。



Taitaroq8  駅にはコンビニと、普通の商店が。コンビニで冷麺を食べると、妙に商店が気になります。よく見ると、「池上便當」という看板があります。「あ!池上弁当だ!」と即座に思い出し、早速弁当を買ってしまいました(写真)。



 花蓮から台東に行く途中で、弁当売りが出る駅があるのですが、それが「池上(ちじゃん)」です。かつて花蓮から7時間、台東から5時間かかる時代に、中間点近くの池上で売ったのが始まりだそうで、非常に美味しいことで有名だそうです。しかし今は中間の停車駅、”莒光号”でなければ自動ドアで閉ざされてしまいます。”莒光号”に乗れた方は、運が良い。



 ただ支店が台東にあり、同駅で売っているのです。”自強号”でも、諦めることはありません。是非買って、試してみてください。日本人にも分かる美味しさです。



 本当は、私の乗った直後の後の花蓮発直通”自強号”に乗れば、今日の滞在先に何時間も早く着けたので、最初は怒っていたのですが、冷静になり、”池上便當”を食べられたことを思えば怒りも収まり、逆に嬉しくも思いました。第三世界では、「折角だから寄ってきなよ!」とかいう論法があり、今回で言えば、「折角環島周遊券を持ってるんだから、池上や台東に寄って、美味しいものを食べていきなよ!」ということなのでしょう。特に中華民族は、旨い物を食べていかないと、絶対に帰してくれません。そういうハプニング自体は、楽しいですね。ただ、あまりそれも度が過ぎると、先進国の会社員として務まらなくなってしまいますが。



 そして今日の滞在先に向かいました。



 こんな感じで今日の取材を終えました。明日は、今日の続きです。

Island Wave(Story2)#1

Taiwriq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお送りします。今回は再び台湾に来ています。



 今朝自宅から空港へ行き、空路桃園国際空港に到着。そして明日の列車の手配をして、時間が余り、何処へ行こうかと考えたところ、1日に2往復しか走らない、林口線に行こうと思い立ちました。そして台北站から林口線の始発地点である、空港と同じ桃園站を目指しました。



Taiwriq2  桃園站には、写真のようなディーゼル機関車(R41と書かれている)と、今の日本では死に絶えた混成貨物列車が停泊しています(写真)。そして改札を目指します。



Taiwriq3  出口改札で聞き、また入口改札で聞いたのは、分かりにくいから。駅員は、「はるか奥だ。」と指差します。駐輪場になり、不安になると、その奥の駐車場の中に、ありました!仮設ホームに停まるディーセルカーが!(写真)桃林鉄路(林口線)桃園站と書かれています。すごい駅でした。



Taiwriq4  車両は、単行ディーゼルカーを2両連ねています(写真)。黄色に朱色のトラ縞は台湾国鉄のディーゼルカー全てに共通しています。先頭側がDRC1034、後側がDRC1027というロングシートの通勤形(台湾では”区間車”に分類されるであろう)ディーゼルカーです。



Taiwriq5  車内を見回すと、”NIPPON SHARYOU1999 JAPAN”というプレートがついており(写真)、これは両車両とも同じでした。日車、面目躍如です。



Taiwriq6  途中駅は3つ、元貨物線という生い立ちから、駅は全て仮設構造のホーム(月台)です(写真、桃園中高站)。



Taiwriq7  終点、長興站に到着しますが、駅を利用する人以外は降りず、10分余りある停車時間の筈なのに、車掌は扉を閉めます(写真)。何故?



Taiwriq8  それはどうも信号の閉塞の関係か、暫く走った先に、写真のとおり、”客車折返点”との表示があり(写真)、そこまで走ってから折り返すからです。この表示を見て、納得。ここで運転手は反対の運転台に移動、信号を見て折り返します。



 運転手は桃園発車までの時間、私のカメラを見て、「これで何を写すの?」などと親しげに話してきました。日本語、中国語、そして英語と3言語入り乱れての会話でしたが、非常に楽しいものでした。



 私も本当は、「お金、払わなきゃ!」とは思いましたが、車掌は扉の開閉の確認だけで、最後まで集金は一度もしませんでした。



 そして今日の滞在先に向かいました。



 こんな感じで、1日目は楽しく終わりました。明日がメインの日なのですが、明日は大変そうです。



 それでは、次回をお楽しみに。

乗りたいですねぇ!

Tataro1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、小ネタです。



 昨年の台湾訪問時、台湾新幹線に乗って、こちらも乗ろうと企んだものの、満席に阻まれて乗車できなかった”太魯閣”号、花蓮到着の図(写真)。ベースはJR九州の885系(白い”かもめ”、白い”ソニック”)で、台湾国鉄風にアレンジし、プラグドア、一般車8両編成です。製造もJRと同じ日立です。昨年当時は3編成しかなく、1日2往復で、花蓮行きは台東連絡ディーゼル”自強号”に割り込んで指定をしていました。平日でも”太魯閣”料金を取れるほどの人気ぶりです。



Tataro2  花蓮で停車中の”太魯閣”号(写真)。確かに885系とは異なります。



 台湾国鉄は、本年6月のダイヤ改正に合わせ、同車をさらに3編成追加購入、この6月から”太魯閣”号(自強号)は1日6往復になりました。乗車できる確率は何倍にも広がりました。そのうち、乗りたいですねぇ!



 それでは、次回をお楽しみに。

使える駅?(II)

Jrkajinq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回もJRネタと言うべきか、神宮前ネタです。



 まず1枚目は、本年2月24日の名鉄取材の際に捉えた、EF66 12が、セメントホッパ車を牽引する姿です(写真)。貨車には、あまりにも有名なセメント会社の名前が大々的に入っています。かつてよりは減少したとはいえ、やはりセメント関連は専用貨物の多くを占めているようです。



Jrkajinq2  2枚目は、同日撮影した、EF210 140がコンテナ貨物を牽引する姿(写真)。貨物のコンテナも、かつてのような国鉄5トンコンテナのみならず、10トン、15トン、国際コンテナ、冷凍コンテナにタンクのコンテナと種類も増え、それにあわせコキも種類が増え、少しモーダルシフトも進んだようです。このノリで、もっと増えてくれるとファンも喜ぶのですが。



Jrkajinq3  次は、先日(5月31日)に撮影した、EF66 9牽引のコンテナ貨物列車です(写真)。これもクーラーはありません。



 大宮の鉄道博物館にはEF66 11が保存されていますが、この機関車はそれより若番です。あそこには、EF66 901(試作車、製造当初はEF90 1)が保存されるべきでしたが、運悪く解体されてしまいました。



Jrkajinq4  次は、同日撮影した、EF210 126です(写真)。もともとはEF65代替として開発された同機ですが、EF66の代替も可能です。補機のつくセノハチを除くと、東海道・山陽の最大の難所は関ヶ原なのですが、ここを1300トン貨物を牽いても越えられるギリギリの性能で設計されています。EH500の関門配備で、1300トン貨物は、ついに九州に到達しました。



Jrkajinq5  次は、同日コキを牽くPF形、EF65 1138号機です(写真)。JR貨物標準色ですが、検車が大宮車輌所か広島車輌所かで、貫通路の扉の色が異なります(これは大宮車輌所検車の車輌、広島は貫通路もカラシ色)。少し昔の話ですが、P形にこの塗装をしたのは、失敗でしたね。



Jrkajinq6  最後は、こんな運用もあったのか、それともJRのサービスか、単機で回送されるEF210 109です(写真)。電柱が失敗ですが、こんな仕業を写せるのは運がいいのか。皆さんは、どう思われますか。



 こんな感じで今回も小ネタです。でも、名鉄のみならずJRもここまで写せるなんて、神宮前というのは、本当に便利な駅ですねえ!



 今日はこんな感じです。次回をお楽しみに。

使える駅?

Jroogaq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、またしてもアーカイブから。



 先日来の名鉄集中取材で、随分長い時間神宮前で張っていました。皆様ご存じの通り、神宮前はかつて常滑・半田方面の貨物を省線に積み替えた乗換駅、当然現在もJR東海道本線沿いにあります。そのため、タイミングを見計らえば、JRの車輌も撮影が可能です。そんな写真を並べます。



 写真は、現在も大垣車輌区に残る211系、C2編成です(写真)。同編成が特殊なのは、JR東海にありながら、211系0番台で、JR東日本の211系と同様の仕様で、固定セミクロスシートとなっています。211系0番台はJR東海には8両、海カキC1編成と同C2編成だけです(注、JR東海の他の211系は、全て5000番台(JR東海仕様ロングシート車、5300番台・5600番台・6000番台含む)です)。



Jroogaq2  同編成の熱海寄り先頭車はクモハ211 1です(写真)。恐らく東海道本線東京口の東京寄り先頭車は同車にして、阪急のような編成(両先頭2両ずつ電動車の編成)を計画したのでしょうが、諸般の事情で断念、現在の編成になり、2両のみの存在となった同車は大垣に定着、そのまま分割民営化を迎えたようです。落成時は通常の菱形パンタグラフでしたが、今では写真のとおりシングルアームパンタになっています。しかし、下り線走行中で、普通岐阜行きにもかかわらず、方向幕が「普通 岡崎」と表示しているようで、故障か。注目です。



 こうしてみると、神宮前は単に名鉄の本線系全電車の撮影のみならず、JR車輌の撮影も可能です。ファンに言わせると、「使える駅ですね。」とのことで、要注目です。金山総合駅の完成で、JR熱田との乗換駅としての価値は下がりましたが、まだまだ捨てたものではありません。



 なお、神宮前は名鉄の全列車が停車し、時速15キロ以上で通過しようとするとATSが作動する、そういう駅です。運転区、車掌区もあり、名鉄の中枢なのです。名鉄名古屋の、行き先毎に1メートルずつずらした乗車位置にピタリと合わせるのも彼らだし、東海豪雨で水没し故障を直しきれなかったパノラマカーを、通常の方法では発車できないところ、「奥の手」で編成を引き出す運転手もいます。本当に、「SL甲組」の世界です。そこまで知る私の、名鉄社内での呼称が、分かるでしょ!



 暫くは小ネタが続きそうです。それでは、次回をお楽しみに。

残念なお話ですが#4

Meinagoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、小ネタです。



 現在名鉄で大量整理が続く7000系”パノラマカー”。今回の写真は、7000系の中でも第一陣(1次車と言う人もいる)に含まれる、7005始め6連の在りし日の姿です(写真)。電動ながら逆富士の行先表示器、電連等設置改造のないスカート、連結器周りに要注目。つまり同編成は4連に短縮されたことがない編成であり、連結器周りはその最大の証拠です。



Meinagoq2  比較のため、先日撮影した7001の写真を再掲します(写真)。連結器、エアホース、スカート切り欠き等、先ほどの写真と違いがあるのが分かります。つまり7005始め6連は、先頭車がオリジナルのまま残っていたことが分かります。



 同編成は、この2月にも元気な姿を見せていましたが、残念ながら除籍、解体されたようです。残念ながらこれはご時世のようです。



 それでは、次回をお楽しみに。

名鉄外伝#7

Meigoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、名鉄の思い出写真集です。



 まずは、5年前の2003年(平成15年)12月29日に、5300系とともに各停運用に入る、5516始め2連(手前が5516、奥が5515)です(写真)。東海豪雨が原因で当時廃車が進んでいた5500系、スペシャルな塗装を施された最後の6両のうちの2両、何気に佐屋駅に入線します。



Meigoq2  同日にはこちらも廃車の噂があった”パノラマDX”8800系、吉良吉田にて発車を待つ8802始め3連です(写真)。構図は最悪ですが、後にこの記録の重要性を思い知らされました。



Meigoq3  翌年(平成16年)9月25日に、募集ツアーで乗車した5513始め2連(写真)。蒲郡へ行き、吉良吉田1番線に入線して行った撮影会からの1枚です。



Meigoq4  その際に見かけた、8803始め3連です(写真)。こちらも、間もなく全車廃車となりました。



Meigoq5  そして豊明に入庫、7000系パノラマカー手動行先表示器の編成で撮影会です(写真)。その左、庫の外も手動式の7000系が入っています。こちらも、もう間もなく見られなくなります。この逆富士形の行先表示器、オークションでは70万円の値がついたことがあります。



Meigoq6  翌年(平成17年)1月29日に名鉄を訪問した時、犬山線布袋で発見した疎開回送後の5500系の姿です(写真)。こちらはチョコレートの5518始め2連です。5500系登場当初の姿です。同車は現在カットモデルとなり、舞木検車場に残ります。



Meigoq7  その後は、スカーレットに白帯の5516始め2連です(写真)。白帯が消されると、特急運用から外れた後の姿、則ち皆が普通に思っている姿になります。後には、その前の塗装、ストロークリームに赤帯の5514始め2連が見えます。つまり、5513から車番順に並んでいたのです。



Meigoq8  駅の外から見た5513(写真)。解体前の、最後の姿でした。その後、東名古屋港へ移動し、解体されたと思われます。



 デジカメが使われる時代には、既にこれらの車輌は少数派になっていました。そのため、あまり記録がありませんが、最後の姿を捉えられたのは運がいいと思います。しかもすべてデジ一眼ですから!



 古いネタですいません。次回をお楽しみに。

そういえば、忘れていましたが、

E341  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、小ネタです。



 先回は西武のイベントで、同イベントでいつも必ず入口にあるのは、電気機関車、E31形。3年前、平成17年6月5日の西武のイベントでは、E31形E34がお出迎えをしていました(写真)。E31形が2両というのは誤りで、4両です。同機が最終ナンバーです。あとは、E33か!



E342  反対側は、写真のとおりです(写真)。見学者多数、子供も沢山写っています。



 丁度尼崎の事故の直後で、世間は鉄道という物に疑念を感じる時期でした。現在のような原油高が原因で、鉄道が見直されるなどと、当時の誰が思ったでしょうか。世の中とは分からないものです。



 今後も皆さんと楽しんでいきたいと思います。今週の遠征はありません。それでは、また次回。

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Seichiro

Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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