夢の超特急

Ylinp1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”、第2回目をお届けします。今回は、山梨県都留市の「山梨県立リニア見学センター」を取材しました。



 青梅を発った私は、高速道路で大月へ向かいました。大月から都留へ、中央自動車道河口湖線傍に、JR東海のリニア実験線があります(写真)。大きなアーチ橋が小形山架道橋です。



Ylinp2  ここから道を分け入ると、JR東海のリニア研究施設の建物が見えてきます(写真)。ここで制御しているのです。



Ylinp3  「山梨県立リニア見学センター」は、その隣にあります(写真)。3階建ての建物です。



Ylinp4  1階は物産販売店になっており、2階が展示室になっています。写真は、リニア試験車MLU001の超電導磁石の実物だそうです(写真)。



Ylinp5  その反対には、高温超電導磁石の模型があります(写真)。愛知万博の展示品だそうです。



Ylinp6  奥には、小形山架道橋の模型が展示されていました(写真)。



Ylinp7  3階は展望台です。リニアの試験日には、ここからリニアが走る様子が見えるのでしょうが、今日は運転がないのは前もって知っていました。運転の日には、多くの人が来るのでしょう(試験走行の有無は、同センターホームページに掲載されています)。



 写真は、西側を望んでおり、トンネル入口と分岐のポイントが見えます(写真)。



Ylinp8  東側を望む(写真)。北側の本線の中に、保線用のトラックが入っています。



 これを写し、1階に降りました。



Ylinp9  外に、「展望広場」と書かれていたので、矢印に従って歩くと、擬木階段で本線を潜り、南側に出ます。東方には、大きな変電所がありました(写真)。電力は、命です。



Ylinp10  本線の側を望むと、丁度本線から分岐した乗降場が目の前にあります(写真)。試乗は、ここで行うのでしょう。乗れた方は幸せです。



 そして、もう一度本線を潜り、見学センター前に戻りました。



Ylinp11  展示館前には、リニア車輌のモックアップがあります(写真)。中に入りました。



Ylinp12  中は、写真のとおりです(写真)。愛知万博の時展示されていた車輌と、ほぼ同じです。中はリニア関連のシアターになっていました。



 これで撮影を終え、帰途に就きました。



 今回も大遠征でした。車にETCが無かったら、今頃はどうなっていたか。割引もあって、今は本当に便利になりましたねえ!

(続)また来てしまいました。

Omep1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日第1回目の”Tetsu”をお届けします。今回は一昨年冬に引き続き、またしても青梅鉄道公園に来てしまいました。



 今朝滞在先を発った私は、一路青梅へ。青梅への道は良くなり、非常にアクセスが快適でした。そして到着、入場料大人100円を払い、入場しました。



Omep2  先ず入口本館横には、D51 452が(写真)。これも変わりありませんが、心なしか綺麗な気がします。



Omep3  先回訪問時、C51が整備中と書かれた場所には、現在クモハ40054が屋根付きで展示されています(写真)。青梅線で使われた「立川」という行先表示がついています。なお、ここにあったC51は、現在大宮の鉄道博物館に展示されています。



Omep4  その横は、C11 1です(写真)。記念すべき1号機は、かなり残されているようです。



Omep5  その後には、E10 2が(写真)。勾配線用機関車4110の後継を期待された、日本最後の新製蒸気機関車でしたが、期待外れに終わったようです。各線電化で、不要となりました。



Omep6  本館裏には、青梅線とも縁の深い、ED16 1が(写真)。EF64が取って代わるまで、セメント等青梅線貨物の主力でした。



Omep7  反対側、先ずは110(元3号機関車)です(写真)。ビニールを被っているのが不可解でしたが、展示用にカットモデルにされ、その後屋外展示となったため、カット部分の保存対策として被せたようです。



Omep8  その後は、5540です(写真)。明治38年バイヤーピーコック社製、大型の機関車です。キャブは開放式、温暖な地区用です。外国では、日本は熱帯と思われているようですが。



Omep9  隣の列、一番前は2221です(写真)。2120形、旧称B6で、世界各社に同型を多数発注した、日本に適した力のある機関車のようです。先輪無しの0C1です。



Omep10  その後は、8620形8620です(写真)。大正3年汽車会社製、国産初の大型旅客機関車です。



Omep11  その後は、9600形9608です(写真)。大正2年川崎造船所製、国産初の大型機関車9600の初期型です。動輪にも「大正二年」と銘が入っています。



 先回訪問時は確か屋根は無かったと思いますが、屋根がついた代わりに展示の機関車が整理されたような気がするのは、気のせいでしょうか。



Omep12  奥にはミニSL、弁慶号がありました(写真)が、運転の準備はしていませんでした。



Omep13  階段を降りると、こちらも変わらず、22-75が(写真)。昭和44年汽車会社製です。



Omep14  車内は、昭和60年に改造しないまま引退したからか、昔の転換クロスシートがそのまま残っていました(写真)。ただ東京寄り先頭車の、22だったのが残念です。



Omep15  運転台も先日の四国と同じです(写真)。2人乗務(助士同乗)用に出来ています。



Omep16  最後に、本館に入りました。1階は、HOゲージの鉄道パノラマ、他模型多数です(写真)。2階は、シミュレーターもありましたが、今はオモチャの遊具が多数派となり、少し残念です。



 そして、今回の取材を終え、次の目的地へと向かいました。



 こんな感じで前半戦を終わります。

煙のある所(4)

Mokaq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日3回目の”Tetsu”をお届けします。今回は新潟から一転、真岡鉄道真岡駅を取材しました。写真はC11 325号です(写真)。



 新潟での取材を終え、明日の準備で移動したのですが、時間があり、行けるなら、先回行って記録する時間がなかった、真岡駅近辺の写真を撮って、ついでに車庫にC11があったらなあ、程度の感覚で、半日かけ大移動を。燃費は良い車なのでガソリンは大丈夫ですが、高速道路代はかなり高いです。



Mokaq2  先ずは真岡駅前に到着。真岡駅駅舎は、こんな建物なんです(写真)。本当に巨大なSLです。



Mokaq3  駅の西側は、車両基地になっています(写真)。一番北が転車台、次が検修庫、ビニールの屋根、横の線路は洗車機です。



Mokaq4  ガラス張りのSL車庫には、今日はC12 66が入っていました。



 その南側は、静態保存車両が。最初は、キハ20系キハ20(車番不明)です(写真)。かつての真岡線の主役でした。



Mokaq5  次は、DE10 95が(写真)。初期のロットで、出力アップ前なのでしょう。DD13 55を使い、一方同車は引退でしたが、そのDD13は今は何処へ行ってしまったのでしょうか。



Mokaq6  その南側は、車掌車ヨ3種が並び、その先はトラです(写真)。この先は砂利敷きとなり、入ることが憚られます。真岡鉄道は、「そこは線路です!」と言うでしょう。



Mokaq7  C12が車庫であったことから、C11が今日の営業に出ていることが分かりました。出来れば、撮りたいなあ、と思い、時計を見ると、既に”SLもおか”は下館へ行った後でした。そこで、戻るのはいつ頃か、時刻表をめくると、あと20分後とのこと。それならば、待とうと思いました。



 時間よりやや遅れて、DE10 1535を先頭に”SLもおか”の編成が入線します(写真)。やった、今回はC11 325の写真が撮れた!



Mokaq8  そして茂木行きに乗客が移ると、入庫の準備です。軽快気動車が発車すると、それに続いて編成が北に一旦移動、転線しC11を先頭に戻ってきます(写真)。



Mokaq9  そして客車を走行解放、C11は編成から分離します(写真)。



Mokaq10  そしてC11は入換、今日はC12が入庫する車庫の横をバックで通り過ぎ、一番西側の線路に来ます(写真)。



Mokaq11  そしてビニールの屋根、検修庫を通り過ぎ、一番北端の転車台に乗り、転向します(写真)。そして明日の営業の準備をします。



Mokaq12  すると、客車を切り離したDE10が、同じ線路を通り、検修庫の南側のビニールの屋根の下で停止します(写真)。全部合理的な配置になっているのです。納得しました。この後、空いた線路に今日の営業を終えた軽快気動車が入線、一気に終業モードへと変わっていきます。同駅西口の鉄道グッズのショップも閉店しました。



 そして、やっと今日の滞在先に向かうことが出来ました。



Mokaq13  おまけ。真岡鉄道のホームページを見ると、C11、C12と並べて、「北海道から来た9600が、井頭公園にある」と書かれていたので、その井頭公園に行きました。駐車場から程なく、49671を発見しました(写真)。しかし、イタズラ防止のための柵で完全防備で、保存は良いのでしょうが、場所も公園の隅で、正直忘れ去られた存在になっています。少しガッカリしました。



 次回は、今日の続きです。お楽しみに。

鉄道の街

Nitstq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回が今日のメイン、新潟市東区秋葉の新潟鉄道学園に併設される、”新津鉄道資料館”を取材しました。



 「新潟鉄道学園」「新津鉄道資料館」と鉄道関連の施設なのですが、新津の駅からも遠い場所です。というのは、新潟地震の関連で現在地に移転した、とのことで、それで納得しました。鉄道では新潟は新津の後ですが、高速は新潟中心街を通ってから磐越道新津インターに繋がっており、遠回りという感じがします。なお同学園・資料館は新津インターが最寄りです。



Nitstq2  先ずは外から(写真)。200系運転台、DT200台車(0系新幹線の動台車)、ほかMT58換装の台車が2つ、信号、踏切、他展示品多数です。



Nitstq3  その後には、DMH17Cディーゼル機関と、推進軸が繋がった動台車が(写真)。その後の主力、同機関を横向きに改設計したDMH17H(キハ58系等使用)登場前の機関です。横向きにすると、エンジン点検蓋を車内に設ける必要が無くなり、遮音性が格段に向上します。その前の機関、もともとは戦前設計の小型船舶用機関から来ているそうです。



Nitstq4  奥には、C57 149の第1動輪、電車の輪軸が展示されています(写真)。その横には、キロポスト等各種標識が、学習用でしょうか、並んでいました。



Nitstq5  中に入ります。入口に、旧新津駅の大時計が遺されています(写真)。



Nitstq6  中で、入場料大人200円を払い入ります。入口右手には鉄道パノラマがあり、HOゲージの165系等が展示されています(写真)。



Nitstq7  中は展示多数です。写真は、ドイツのコッペル社製造の蒸気機関車のプレートです(写真)。



Nitstq8  D51 1049号機、同1157号機のナンバープレートです(写真)。1115両製造されたD51 最終ナンバーは1161号機、1157は最終グループでしょう。



Nitstq9  新幹線電車と特急の輪軸(写真)。新幹線の心臓部、WN継手の分かり易い展示って、ありませんか?(確かに今の主流はTD継手ですが。)



Nitstq10  今も”SLやまぐち号”で現役のC57 1号機が、新津に在籍した当時の、お召し装備の数々(写真)。実は、C57 1号機は、脱線転覆事故もあったそうですが、トップナンバー故に復活し、現在に至っています。



Nitstq11  9600形9634号機の缶の蓋です(写真)。1番前の9633号機は、完全な姿で梅小路に静態保存されています。



Nitstq12  保線車(奥の車両)と軌道自転車、ほか保線用具の数々(写真)。保線があって初めて、安全運行が確保されるのです。一番地味で、大切な作業です。



Nitstq13  181系”とき”のヘッドマークと、エンブレム、他数々(写真)。163キロプレートの写真もあります。



Nitstq14  そう、163キロを出したのは151系、元は20系と呼ばれました。163キロプレートをつけた先頭車は、最初クハ26004で落成、称号改正でクハ151 4、電動車のMT46からMT54への換装に伴う形式変更でクハ181 4になり、新潟で最期を迎えたようです(注 181系は、旧151系(”こだま”形)、旧161系(”とき”形)、及び当初から181系として製造された車両と3種あり、その説明はここでは書ききれません)。



 他、廃線となった路線の駅名表等、関連資材等が残されていました。



 そして概ね撮影を終え、外に出ました。



 同資料館は、もともと鉄道学園で残されていた資材を活用しており、非常にリアルな展示だったと思います。訪問は少し大変ですが、また再訪できる日を楽しみにしています。



 今回で”Tetsu”も投稿500回、ご愛読ありがとうございます。今後ともご期待下さい。



 今日は3回戦があります。お楽しみに。

また来てしまいました。

Nikoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”第1回目をお届けします。今回は、またしても新潟市南区月潟に残る、新潟交通保存車を訪問しました。



 昨年春にも訪問した月潟、今回は時間調整の途中停車で、次回のブログのおまけにするつもりでしたが、今回特別な取材が出来たので、独立して起稿しました。



Nikoq2  今も残る、旧月潟駅駅舎(写真)。昔を知る人は、何と言うのでしょうか。昔ながらの木造建築の感じが良いですね。



Nikoq3  車を停め、早速撮影を。モハ11を先頭に、3両並びます(写真)。先回からは、線路敷きの花が増えました。



Nikoq4  元荷物電車、その後除雪ヘッド後押し・操縦の機能が追加された、モワ51です(写真)。どちらも、「かぼちゃ電車」の愛称がぴったりです。現役ではないのが、非常に残念です。



Nikoq5  ラッセルヘッド、キ116です(写真)。国鉄を含め何処の鉄道会社でも、大体こんな形の車両です(一般には、国鉄余剰車が払い下げられている場合が多い)。



Nikoq6  撮影していると、清掃を行っていたボランティアの女性が、「開けてあげます。」と言って、中を開けてくれたモワ51の車内です(写真)。展示用ヘッドマークが残っています。他同車内は、「かぼちゃ電車保存会」の展示会の資材が多数保存されています。



Nikoq7  こちらも見せてもらいました、モハ11車内(写真)。普段はブラインドが下りているのですが、全部開けてくれました。冷房がない、と言う点を除けば、それほど古くは感じません。



 もともとは昭和8年日車製造の電車の電装品を再用し、昭和41年日車製造ボディに載せ完成した同車、たった1点を除けば現役でも疑問を感じませんが、バブルという時代はやはり厳しかったのですね。本当に残念です。



 以前も書きましたが、旧月潟駅は北陸自動車道巻潟東インターが最寄り、バスもあるそうです。ただ、新潟市内の問題はあっても、廃止してはいけなかった気がします。バスも困難、車でしか来れないなんて!ああ、当時私がもう少し鉄道に理解があったならば!



 次回がメインです。

Peninsura Wave(Story3)(Sub-sub Story)

Giwop1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、先回の韓国行、「鐵道博物館」の補足編です。



 まず1枚目は、元1等展望車、後の貴賓車2両、16と17の並び立つ姿です(写真)。現役時代なら、駅で最も華やぐ場所でした。



Giwop2  枚数の都合でカットされた、16の車内です(写真)。当時の韓国の大統領が座っていても不思議がない位、当時としては贅沢な空間だったのでしょう。



Giwop3  ミカ3の横は、日本ならキハと呼ばれたであろう、672です(写真)。雰囲気は日本のキハ20と似ています。1963年製とのことで、時代的にも、そんな感じですし。



Giwop4  1001の反対側の通勤車は、1315、1115です(写真は1115)。1977年製で、こちらも1001同様電車顔です。塗色以外はあまり違いを感じません。車内だって同じでしょうに。



Giwop5  ナロー(軌間762ミリ)の客車、18011です(写真)。1965年製です。青は、一般車の色のようです。他の車輌がステップを車外に設置しているのに対し、この車輌は台枠内に設けていて、ドア部が下にはみ出ています。台湾でも見たようなスタイルです。



Giwop6  普通客車、12061(1962年製)です(写真)。こちらも塗色は青、ボックス式の固定クロスシートのようです。



Giwop7  整備用の機械、手前がスロッター(1937年製)、車輪の削正をする機械のようです。奥はビームジャッキ(1949年製)、車体を持ち上げる機械です。



Giwop8  その南側は、貨車、91031(ボギー無蓋車、日本のトキに相当)、90013(2軸有蓋車、日本のワムに相当)でした(写真)。この南側にパシ5、ヒョキ11が並びます。



Giwop9  本館建物横の草むした場所には、朝鮮戦争の被災蒸気機関車が展示されています(写真)。戦争は、全てを壊します。避ける方法があればいいのですが、現実は、どうか。



Giwop10  そして、本館前には、「鐵道文化殿堂」と、石碑が建っています(写真)。韓国では、漢字は簡略化前の字が使われますので、要注意です。



Giwop11  本館入口上には、「鐵道博物館」と書かれています(写真)。正門にも、縦書きで同様に書かれています。



Giwop12  鉄道パノラマ、ハングルを見ないと韓国かどうか、確信を持てないでしょう。そのため、運転開始前の姿をお見せします(写真)。



Giwop13  夜景はまあまあです(写真)が、国土が狭い関係で韓国には寝台特急は無く、夜行列車の楽しさはありません。あと難を言うと、昼と夜の中間の光線調整がイマイチですね。



Giwop14  展示スペースには展示多数でしたが、廃車の製造プレートが並べられているスペースがあります。日車昭和11年、梅鉢昭和11年等、懐かしいプレートが(写真)。日車は戦前、現在の国際空港がある仁川に、車輌工場がありました。他日本メーカーも多数です。



Giwop15  メインエントランスにある、パシ1 4288の模型(写真)。余程思い入れがあるのでしょう。急行形ですし。



 こんな感じで、まだまだ多くの展示がありました。この後は皆さんの目で確かめては、如何でしょうか。楽しい旅行でした。



 次回は、未定ですが、お楽しみに。

Peninsura Wave(Story3)(Sub Story)

Kosq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は韓国行付属編です。



 まず1枚目は、ソウル駅旧駅舎です(写真)。日本の植民地支配の威信をかけて建設した、擬洋風建築です。しかし交通の要衝と言うことで、駅は手狭になり、拡大し、現在ではガラス張りの新駅舎が完成しました。



Kosq2  2枚目は、昨年10月訪問時の、南大門(ナンデムン)です(写真)。何気なく写したこの写真が、その後価値が出るとは、全く思っていませんでした。



Kosq3  南大門の現在の様子(写真)。放火により焼失したのは、皆さんご存じの通りです。現在では再建のため、道路の流れを変更し、フェンスに囲われています。フェンスにはかつての南大門の写真がラッピングされています。



Kosq4  かつてのベストポジションから望む(写真)。基礎の石組みは無事のようで、現在再建工事が行われているのが、透明の窓から見えます。しかし、放火犯人は日本の金閣寺放火犯と同じ位、悶絶して放火したのでしょうか。



 これで今回の韓国行は終わりです。無事帰れるよう、心から願っています。



 それでは、また次回。

Peninsura Wave(Story3)(Main Story)

Giwoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、韓国の「鐵道博物館」を取材しました。



 春の韓国訪問で、時間も十分あり、天候も最高で、絶好の撮影日和に拘わらず、旅行ガイドをめくるという基本的なことをせず、すっぽかしてしまった「鐵道博物館」。今回は、恐らくそれだけのために韓国を訪問しました。



 先ず博多に入り、博多から船で韓国入りし、それで”コレイル・パス”を最大限生かす計画でしたが、最初の博多入りに予定していた”はやぶさ”が、台風で運休となり、急遽新幹線に変更、博多泊で翌朝最初に船で釜山入りしました。時間があれば昨日のうちに取材したかったのですが、天候も悪く、時間も遅くなってしまい、結果昨日は断念しました。



 そして今日、フリーパスの権利を放棄して、目的の「鐵道博物館」に行きました。



 韓国の「鐵道博物館」は、ソウル駅地下から地下鉄1号線(韓国国鉄直通)で天安(ちょうあん)行きに乗り約40分、義王(うぃうぁん)で下車します。ガイドにはそこから徒歩10分と書かれていましたが、正直出口が二つあったらどうなるか、不安でした。しかし出口は一つで、安心しました。そして線路に沿って水原(すうぉん)方面に歩くと書かれていたので、南の方に歩きます。しかし歩道は線路沿いには無くなり、道の左側にしかありません。不安になりながら、10分あまり歩くと、駐車場が見えてきます。「やった!」と思って坂を登ると、ありました!鐵道博物館が!(写真)ここが正門です。車用ゲートの横に歩行者用ゲートがあり、その手前に入場券の販売所があります。大人一人500ウォン(約49円)で、1グループ1枚の切符を打ち出します。



Giwoq2  入口横は売店で、カップラーメンを売っており、自分でお湯を入れて食べます。その奥は客車休憩所です。そして目の前に現れたのは、新車?と思いますが、確かに新車ながら”KTX II”のモックアップ(実物大模型)でした(写真)。そのため、台車は板に書かれた絵でした。しかし、KTX IIでは機関車式を放棄するのか?電車式のような構造です。新幹線方式の、ドイツICE3に続く勝利です。



Giwoq3  車内は写真のとおりで、普通車で不評だった固定リクライニングシートを、回転式に変更するようです(写真)。奥は、ビュッフェか、車販準備室か?新幹線300系の頃のサービスコーナーと、イメージは近いです。



Giwoq4  屋根のある屋外展示へ。先ずは蒸気機関車、ミカ3 161です(写真)。どうも呼び方は満鉄同様で、ミカド形前2字からミカ、その3番目の形式からミカ3になり、そのとおりハングルで書かれています。1940年製、973HPだそうです。後には気動車672(1963年製)が写っています。



Giwoq5  横にはディーゼル機関車、3100形3102があります(写真)。これも電気式ディーゼル機関車、1959年米国アルコ製で、950HPだそうです。HPとPS、どう変換すれば良いでしょう。



Giwoq6  その後は1001、1974年製の通勤形電車です(写真)。交直両用の電車で、最高110キロで走れたそうです。イメージは地下鉄乗り入れ用103系1000番台や1300番台、あるいは301系か。まあ、大体同様な正面になるのでしょう。後には、1315、1115(いずれも通勤形)の車両が続きます。



Giwoq7  当博物館の一番の目玉、開放型1等展望車、16です(写真)。1927年製、戦前の「ひかり」「あかつき」に使用された緩急車でしたが、戦後接収、韓国では貴賓車として使用されました。中も非常に贅沢に出来ており、当時の様子が想像されます。



Giwoq8  その隣は、密閉型1等展望車、17です(写真)。1936年製、この車両も戦後貴賓車に使われ、アメリカのジョンソン大統領も在職中韓国訪問時に乗車した記録があるそうです。こちらも負けず劣らずです。



Giwoq9  その南には、13101という急行用普通客車があります(写真)。車内は転換クロスシート、当時はそれで十分でした。緑は、「セマウル号(特急)」の証なんでしょうか。現行のセマウル号も緑の帯ですし。左にはディーゼル暖房車、右には普通用一般客車が写っています。



Giwoq10  横には赤い電車、9904があります(写真)。EF66、キハ183系を思い出すような形態、正面にエンブレムがあれば、日本で見た気がします。しかし、特急電車です。客室の座席は転換クロスシート、マスコンには日立のマークが入っていました。日本製のようにも思えますが、解説板のハングルからは判別できませんでした。



Giwoq11  蒸気式の機械の後には、貨車等が。手前は蒸気式クレーン車、後はマルタイで、横には有蓋車、無蓋車が並びます(写真)。韓国では、貨物鉄道は健在です。ちょっとした駅に行けば、貨車や機関車はゴロゴロしています。



Giwoq12  その後は、パシ5 23号です(写真)。これも先ほどと同様で、パシフィックの5番目です。1942年製、1060HPを出したそうです。これが先ほどの16や17を牽いたのでしょう。



Giwoq13  その隣、一番南端には、ヒョキ11 13号と、客車2両が(写真)。形はミカドでありながら、何故ヒョキ?確かに解説板には狭軌(762ミリ)と書かれています。そのため、変わっているのでしょうか?



Giwoq14  外の車両を大体撮り終えたので、建物の中に入ります。写真は「鐵道博物館」本館です(写真)。



Giwoq15  中で行列をしているので、見に行くと、模型の鉄道パノラマが、運転を行っています。私の目の前で打ちきりになりました。待っていると、通常30分おきの運転公開が、多客により15分おきで行われ、すぐに入れ替わり中に入れました。



 やはり模型はHOゲージで、鉄道模型は当然ですが、日本では見たことの無いような塗装の車両ばかりで、非常に特徴的です(写真)。夜景も美しく、非常に良い展示だと思います。韓国でも鉄道模型を生産する、というのはどうでしょうか?多分全部手作りですよ!



 そして館内を見学し、外に出ると、ちょっと綺麗なお姉さんが車両につかまっています。見るとプロのカメラマン数人がカメラを構えており、これはモデルを使った撮影会でした。だからちょっと良い感じだったのでした。



 概ね撮影を終え、外に出ました。



 今回は此処に来るためだけに、遠征に出ました。やはり心残りにはしたくなかったので、満足です。



 ただ、今後韓国で乗り鉄をするとなると、パス購入は簡単ですが、列車の乗り継ぎが全然駄目!一切乗り換えず、一日たった1本だけでも、その直通列車に乗って辿り着くのが韓国式のようで、それではあまり鉄道趣味は生まれないし、増して乗り鉄はいないでしょう。だから全線時刻表もソウルでしか手に入らないのでした。しかしそれも一つの文化か。



 次回、”Sub Story”はあるのでしょうか?

煙のある所(3)

Nkhq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、日本工業大学:工業技術博物館に保存される蒸気機関車を取材しました。



 今朝も滞在先をゆっくりと発ち、北千住から東武に乗ります。そして”スペーシア”以外は全て停まる東武動物公園にて下車。名鉄なら1000円以上の距離が450円と、やはり関東の私鉄は安いです。



 通路の長い同駅西口を出て、ロータリーの東武動物公園行きシャトルバスとタクシーを横目に、重いカメラバッグを持って歩きます。コンビニの前でメゲそうになり、中で地図を眺めると、まだ中間点!次回は、多分車で来るだろうと思いました。



 そして20分近く歩き、見えてきたのが日本工業大学。その正門から北の方、大学敷地北東方に、同大学併設の工業技術博物館があります(写真)。奥の白い体育館状の建物が博物館本館、手前レンガ風の建物が、SL車庫のようです。



Nkhq2  車庫前には2条のレールが敷かれ、200メートル位でしょうか、走れるようになっています。横には腕木式信号機、信号の転轍機が見えます(写真)。これも機械といえば、機械です。



Nkhq3  車庫と信号の位置関係は、写真のとおりです(写真)。車庫は閉じており、歩行者用入口もありません。



Nkhq4  車庫は側面がガラス張りになっており、中が見えます(写真)。工部省でB6と呼ばれた、同型を海外各社に発注した蒸気機関車である、2100形2109が見えます。先輪のないC1の軸配置が、手前の模型で分かります。しかし、明かりは灯っておらず、見学できるようにはなっていません。



 それもそのはず、同博物館は大学併設ということもあり、日曜・祝日は休館なのだそうです。週休2日で平日が勤務の会社に通う方は、土曜日に来るべし、ということでしょう。残念ながら、今回はこれだけです。



Nkhq5  壁面のポスターには、大学教育の一環として動態保存している2109号機の、運転中の姿が写っています(写真はそのポスターの転載、著作権は日本工業大学:工業技術博物館にあります)。汚い写真でご免なさい。



 なお、8月と12月を除く、毎月第3土曜日13時から15時の間に、同機の運転の展示をするそうなので、都合のつく方は、是非行かれてはどうでしょうか。私も、東武からタクシーで行くか、自家用車で行くかは決めていませんが、そのうち是非参加したいと思います。



 今回のシリーズは、こんな感じで終わります。次回は、またオーバーシーの予定です(先回行き損ねた場所を、訪問する予定です)。それでは、お楽しみに。

煙のある所(2)

Mokq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、真岡鉄道”SLもおか”を取材しました。



Mokq2  今回は、3回目の訪問です。最初の訪問は平成12年12月、当時はDD13 55(国鉄DD13と同型の機関車)が健在で、SLの介添え役を行っていました(写真)が、機関と駆動系双方が2組あることから、結果DE10入線により引退しました。客車と機関車C12 66は変わりません。



Mokq3  2回目は、平成15年これも12月、SL重連で運転されると聞き訪問しました(写真)。これもD100の映像ですが、レンズが悪くこれしか出せる写真がありませんでした。最初はC11 235がディーゼル機関車の位置でプッシュプルで運転し、下館で入換、C12の前に連結され前補機となりました。今の技術があれば、どんなに上手くいっただろうと、悔やむばかりです。



Mokq4  今朝も滞在先を出発したわけですが、寝坊をし、朝食を摂る時間もなくそそくさと出発しました。結果予定より遅かったため、既に列車は側線に入線しており、介添え役のDE10 1535(昭和46年川崎)は、既に切り離され営業の準備が整っています(写真)。



Mokq5  出発前のSL(写真)。今日もC12 66(昭和8年日立)です。50系客車(オハ50、オハフ50)の車番、先ほどのDD13 55と併せ、気になりませんか?



 そして入線、出発します。



Mokq6  正午過ぎに終点、茂木に到着(写真)。多くの家族連れが撮影しています。



Mokq7  客扱いを終えると、午後の営業のための車両整備のため、一旦編成ごと下館方にバックします(写真)。



Mokq8  そして側線に入線、客車を切り離し、最初のお楽しみ、機関車の転向です。機関士が転車台にピタリと載せると、電動式の転車台が回転し、向きを反対にします(写真)。見学用の専用スペースがあります。



Mokq9  向きを変えると元に戻り、給水をします(写真)。横の水タンクの水を、サイドタンクにパイプを入れ給水します。その間にここでボイラの火床整理、ここまで終えて、初めて機関士達は昼食にありつけます。



Mokq10  暫く休憩です。私は茂木駅の2階ベランダに登り、俯瞰撮影をします(写真)。位置関係はこのとおりです。手前は茂木駅ホームです。



 駅ホールでは、地元婦人会が湯茶サービスと折り紙、工作を行っており、私もお茶を何杯も戴きました。この活動は不定期だそうですので、貴方の訪問時にあるといいですね。なお、ここから徒歩15分ほどの場所に、「道の駅」もあるそうなので、そちらもお薦めとききました。



Mokq11  午後2時が近くなると、機関車に動きがあります。先ずは機関車が線路終点方に動き出します(写真)。ここで線路は本線と合流します。横の「42」キロポストも要注目。連結手に誘導されます。



Mokq12  そしてホーム前を通過し、下館方に移動し、客車の下館側に入線、連結されます(写真)。営業の軽快気動車が行き過ぎると、いよいよお帰りです。



Mokq13  そして入換、ホームに入線します(写真)。家族連れがまた撮影をしています。



 列車は定時に茂木を出発します。



Mokq14  そして真岡鉄道の中心駅である、真岡に到着(写真)。後の建物、貴方の目には何に見えますか?これぞ本当の親子です。



Mokq15  真岡鉄道のもう一台のSL、C11 325は、朝の連ドラ”すずらん”他、多数の放送に貸し出されました。今日は、このガラス張りの車庫の中で、待機しています(写真)。下館方には、機関車、貨車等が展示されます。公園に展示される9600と併せ、ここも、また来なくては。



Mokq16  そして、終点である下館に到着します(写真)。早速待機していたDE10が、回送のための配置に移動を開始、これに牽引され、真岡まで回送されます。そして、私は今日の滞在先に向かいました。



 途中、駅もないのに急停止を。機関助士が、大声で怒鳴っています。どうも、線路脇でヘラヘラ笑う男性が、線路内で撮影したことに、「お前は撮影する資格がない!」と言っているようでした。正直言って、もしその男性がファンであれば、非常に恥ずかしいことです。自分の行動で列車を止めた、則ち自分が鉄道を妨害した、ということで、それは鉄道ファンとして失格です。もし鉄道を愛する心があるならば、自分たちは特権階級ではないのですから、鉄道の妨害しないのは当然、むしろ施策に協力する位でなければ本当のファンとは思えません。列車を止め喜ぶあの男性は、一体何者なのでしょうか。



 次回、第3話はあるのでしょうか。お楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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