今年を締めくくるに当たって、

Nagoyap1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、名古屋駅の取材です。



 昨日の可部線の記事を車内で投稿し、名古屋駅へ。時間ギリギリにホームに上がると、妙に殺気立っています。忘年会のこの時期、酒の勢いで危険な雰囲気になります。



 名古屋駅5番線の北端に行くと、ファンがおおよそ20名か。私が最後の登場でした。先行列車の遅れを引きずり約5分遅れで入線した、EF66 46牽引の「富士・はやぶさ」(写真)。撮影者が普段より多いのは、今日が珍しいカマだからではなく、記者発表があったから。やはり、来るべきものが来てしまったのか。



Nagoyap2  今回の主目的の列車の撮影のために、4番線に移動。間もなく5番線には、手前キハ75 505(相方は同405と思われる)の2連が入線します(写真)。夜遅くは、こんな編成です。



Nagoyap3  2度目の正直でやっと写せた、311系新快速大垣行きです(写真)。クハ310 13を先頭に、海カキG13+G12編成の8連です。311系の新快速運用は、現在では平日のこの列車だけとなりました。次回の改正では、どうなるか。



Nagoyap4  通常は前の写真の列車と同じ時間でカブり、撮影が不可能な「ムーンライトながら」。今日は追い抜く貨物列車が遅れたのか、撮影時間がありました(写真)。今日は海シスF14+F8+F5編成の9連でした。



 これで撮影を終え、3日ぶりに帰宅しました。



 今回が、今年最後の遠征の予定です。本当は、今週末は名鉄等用事もある気がしますが、行きません。正月は、ゆっくり写真整理でもしようと思います。今年一年、ありがとうございました。皆様も、良いお年をお迎え下さい。

好きですねえ!(#3)

Kabeq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、主目的を果たせなかった今回の遠征の、代償の取材を行いました。



Kabeq2  昨晩の滞在先で、撮ろうと思ったものがあり、早朝出発しましたが、空振り。そのため、今日は投稿を止めようとも思いましたが、投稿しました。



 結果何にも無しで滞在先を発ったわけですが、雪道を越えると、「おお!」という光景が(写真)。鉄道の橋梁、可部線の廃止区間です。確かに道にも「三段峡」などと書かれており、近くは近くでした。しかし三段峡は雪の中で、とても恐ろしくて駅跡まで行く気はしませんでした。スキーが出来るところである、ということをお忘れなく。



Kabeq3  暫く走らせていると、安芸太田町役場近くで、道路を跨ぐ鉄道の橋と、駅らしき影が(写真)。可部線の駅、「土居」駅跡でした。周辺は線路以外はそのままですが、駅は荒れ放題でした。悲しい。



Kabeq4  間もなく中国自動車道インターという所で、戸河内の道の駅に辿り着きます。同所は戸河内駅跡と思われます。インターそばである、という立地から、現在も高速バス等のターミナルとして活用され、写真のとおり旧駅を活用した施設を現在整備中のようです(写真)。



Kabeq5  それから暫く、道路は「加計街道」と表示されます。川を渡る橋の所に、広島支社色の気動車、キハ48?という車両を見てしまい、寄り道を。何度も道を間違え辿り着いた、加計駅跡(写真)。駐車場の中央にホームの一部をオブジェ状に残し、ここが駅であったことを後世に伝えます。後は、道の駅施設です。



Kabeq6  川沿いに歩くと、線路跡とスイッチャーがありました(写真)。奥には、建屋に収納された気動車の連結面が見えます。胸が高鳴ります。



Kabeq7  車両は、キハ48と思いきや、キハ58系の、キハ28 2399でした(写真)。初期型平窓のキハ28です。やはり全国的に引退しつつあるキハ58系、広島色とはいえ残っていて良い感じです。これだけでも、来た甲斐がありました。



Kabeq8  さらに加計街道に沿って進みます。太田川対岸には、写真のようなシェッドが(写真)。トンネルに続く部分で、雪対策か。今はトンネルに勝手に人が入らないように柵がしてあります。



Kabeq9  道沿いに、ホームのようなものが見え、来た道を戻ります。何と、安芸飯室駅の駅舎が、残っていました(写真)。窓等が破壊され立ち入り禁止ですが、雰囲気は残っています。



Kabeq10  同駅の裏、則ち駅ホームは、ほぼ往時のまま残されていました(写真)。信号が点いていないのは仕方ありませんが。駅前後の線路も残され、車両展示もできようものを、悪戯で断念か。ああ、残せないものですねえ!



Kabeq11  そして、現在の終点、可部へ。かつて可部駅3番線から三段峡方面ディーゼルカーが発車していました。現在3番線から続く線路は、踏切一つ先までは残りますが、国道54号線の高架の下辺りで終端表示になり、レールが切断されています(写真)。悲しい光景です。



Kabeq12  かつて3番線の向こうは、ヤードか何かだったと思いましたが、現在は、3番線の駅構内踏切を利用して、ヤード跡にバスターミナル等を設置、駅の国道54号線側の入口になりました(写真)。モダンなターミナルに見えますが、何を使って造ったか考えれば、やはり悲しいですね。



 こんな感じで今回の遠征を終えました。



 やはり、情報はネットで確認をしなくては。勤務があり、休みに限界があるので、有効に回るには必要なことです。次回からは気をつけよう、と言いつつ、まだ今夜、自宅前で取材があるんだ!次回をお楽しみに。

好きですねえ!(#2)

Nisq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、これも再度、錦川鉄道を取材しました。



 今朝滞在先を発ち、地下から本州に上陸。門司駅近辺で路駐が出来たら、写すものは幾らでもあるのですが、それは非常に難しい。次回の訪問時までとっておきます。



 そして辿り着いたのは、錦町。駅北側の車両区には、手前から、NT-2005「じゃくち号」、NT3004「きらめき号」、NT3002「ひだまり号」です(写真)。NT3004の配備で、全車新型に置き換えが完了し、NT2005はイベント用です。他のNT2000形は何処へ?



Nisq2  その北側には、「とことこトレイン」の牽引車と客車、2編成が留置されています(写真)。何で?



Nisq3  そうなんです、「とことこトレイン」は、本年の営業を11月に終え、再開は来年の春休みになる、と掲示されています(写真)。残念でした。これも次回のお楽しみになってしまいました。先回の訪問が、三りんぼうだったのが、分かるでしょ!



Nisq4  仕方がないので、錦川鉄道の交換駅、北河内へ行きました。写真は北河内の駅舎、今日は無人です(写真)。



Nisq5  駅の錦町寄りには、レール運搬用のモーターカーが(写真)。この駅はヤードも広く、線路保守の基地にもなっているようです。業務用の自動車も、何台か停まっていました。



Nisq6  間もなく岩国方から、錦町行きのNT3003「こもれび号」がやって来ます(写真)。トンネルの出口からの長いコンクリート橋は見せ場ですが、駅ホームからは電柱の支線が支障します。



Nisq7  反対からはNT3001「せせらぎ号」が入線し、交換です(写真)。全5両撮影しました。



Nisq8  おまけ。まだ時間があったので、錦川鉄道も通る、岩徳線西岩国に行きました(写真)。昭和4年開業の、立派な駅です。かつては、ここが「岩国駅」でした。



Nisq9  駅の中はローカル駅としては広く、風格ある内装です(写真)。良い感じですねえ!



Nisq10  中に入り、ホームを眺めると、かつて山陽鉄道の長大SL編成が入線した頃が思い浮かぶような、非常に長いホームです(写真)。しかし、今では岩徳線のキハ40と、錦川鉄道(旧国鉄岩日線)の単行ディーゼルカーしか入線しません。



 何故こんなことが起こるのか。これは、当初岩徳線は山陽本線として開業したからです。そのためこの駅が「岩国」駅で、優等列車の停まる大きな駅でしたが、後に海回りの新線が開業し、勾配の緩いこちらが現在の山陽本線になりました。そのため、この区間はローカル線の「岩徳線」に格下げ、駅名も「西岩国」になり、現在の姿になりました。



 そして、不満は残るものの、今日の滞在先に向かいました。



 明日がメインなのですが、列車は来るでしょうか。次回をお楽しみに。

好きですねえ!(#1)

Shiq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、またしても中国地方へ来ています。



Shiq2  昨晩愛車で自宅を出発しました。霧が濃く、フォグランプにハイビームでも40メートル先が見通せず、一部区間は50キロ制限でしたが、それでも非常に怖い夜でした。



 そして朝を迎え、一安心。またしても、始まりは美祢から。美祢駅北方の貨物側線に、スイッチャーが待機します(写真)。美祢駅北方の貨物駅から始まる専用貨物線には、重要な存在です。



Shiq3  間もなく美祢駅に、炭酸カルシウム・フライアッシュ専用タンク車タキ11両を牽いたDD51 852がやって来ます(写真)。セメント関連は、鉄道貨物の重要なお客さんです。



Shiq4  そして美祢駅で一旦停止(写真)。貨物駅入線の手配を、連結手が行っています。



Shiq5  そのまま貨物駅にゆっくり入線し、DD51が入換、タキから切り離されました(写真)。私は次の撮影地へと急ぎます。



Shiq6  そしてDD51 852は、単機で重安に現れました(写真)。これも前回と同じです。



Shiq7  そして石灰石のホッパの北側に移動、トキ12両編成と連結、石灰石の積み込みを行います(写真)。



Shiq8  重安駅北側に移動。機関車を正面から捉えました(写真)。



Shiq9  積み込みが終わると、機関車は移動し、トキ編成南側に連結されました(写真)。連結手が無線でCTCセンターと連絡を取り、入換の準備を行います。



Shiq10  そして編成は上り本線に移動、出発準備を行います(写真)。標識が邪魔ですが、安全な位置からはこれが限界です。



 今日は飛び石連休ということもあり、数人のファンがいましたが、機関車の前で線路を横切ったり、「あんなとこまでいいの?」という所まで入り込んだりして反則技炸裂で、よく機関士が怒らないなあ、という程でした。事故が起きたりして撮影禁止にされないよう、マナーは守りましょう。鉄道会社に迷惑を掛けるなんて、ファンとしては最低です。気をつけてください。



Shiq11  そのまま宇部線岩鼻に移動。同貨物列車は、厚狭で牽引機がDD51からDE10にバトンタッチ、貨車を1両落として11両を牽いて現れました(写真)。DE10は、先回と同じ1560号機でした。



 山口は、石灰石とDLネタは尽きません。しかし、平日限定のものもあることから、今回の飛び石連休を利用しました。しかし、本遠征の主目的は果たせるのでしょうか?運は景気に任せる、というところでしょうか。



Shiq12  「おまけ」は、てんこ盛りです。現在の愛車で、初めて関門海峡を越えました。鉄道はトンネルのみですが、道路はトンネルと橋の両方なんです!今日は関門橋(高速道路)を越え、ご機嫌です。



 そして大分へ。今日の昼食は、大分交通耶馬溪線の廃車体を多数保有する、レストラン・民宿「汽車ポッポ」でした(写真)。手前から、キハ601「やまびこ」、ハニフ22、台湾精糖公司358です。



Shiq13  レストラン反対側には、キハ104「せきれい」が(写真)。



Shiq14  駐車場には、キハ102(愛称不明)、「かわせみ」(車番不明)が(写真)。オーナーが、余程の鉄道好きでなければ、これだけは集められません。



 同レストランは、中津市街地から国道212号線に沿って耶馬溪に向かい走ると、丁度左手にありますので、皆さんも訪問しては如何でしょうか。



Shiq15  最後は、宇佐神宮境内に残る、26(形式10)です(写真)。明治24年ドイツのクラウス社製、九州鉄道から鉄道院、後に大分交通宇佐参宮線に入線した機関車です。同線廃線で、宇佐神宮境内に残されました。撮影に当たっては、八幡宮の総本山である同神宮に参拝の上、撮影させていただきました。皆さんも、撮影には礼儀を守られますように。



 次回は、今日の続きです。お楽しみに。

活躍中です!

Gakup1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、岳南鉄道創立60周年記念「電車・機関車まつり」を取材しました。



Gakup2  いつもどおりスロースタートで滞在先を出発し、辿り着いたのは沼津駅。ホームには特急「あさぎり」、小田急20000系RSEが停まっています(写真、手前が200001)。「あさぎり」は、JR東海371系1編成、及び小田急20000系RSE、2編成の計3編成で営業され、371系検車の場合はRSEが代走します。やはりJR区間の乗車率を、気にしているようです。



 ここから、JRを下り方向に乗車します。



Gakup3  間もなく吉原に到着。岳南鉄道ホームには、7000系7002が見えます(写真)。撮影せず走れば間に合った気はしますが、断念、休日限定の1日フリーきっぷを窓口で購入し、次の列車を待ちます。



Gakup4  暫くすると、電車がやって来ます(写真)。8101始め2連、「かぐや富士」です。停車し、一通り撮影します。



Gakup5  電車に座っていると、ホームが騒がしい。出ると、ED403(昭和41年日車)とED402(昭和40年日車)が重連でホームに入線します(写真)。慌てて撮影します。



 間もなく、電車は発車しました。



Gakup6  先ずは終点、岳南江尾へ。7003が停まっているのが分かります(写真)。終点の先は一般住宅です。



 そのまま、来た道を戻りました。



Gakup7  3駅戻り、車庫のある岳南富士岡に到着します。今回のメイン会場、物販等も行われました。写真は、保存車両代表、ED291(昭和2年日車)です(写真)。色々な角度から撮影しました。



Gakup8  ED291から1つ本線寄りの線路には、7001が停まっています。丁度折り返した7002と並びます(写真)。7002には、「創立60周年」のヘッドマークが掲げられています。



 30分あまり待ち、岳南江尾から折り返した同車で、一駅手前、比奈に戻ります。



Gakup9  電車を待つ間、汽笛が何度も聞こえ、「何やっているんだろう?」と思い、比奈に到着すると、何とED402を先頭に、ED403と重連で貨物列車を牽いていたではありませんか!(写真)既に機関車は切り離しを行っていました。



Gakup10  切り離されたED402は、入れ換え、下り線ホームに入線します(写真)。そして出発信号で出発しました。



Gakup11  隣では、電気機関車501(昭和2年川崎造船所)が、パンタグラフを上げ、各種部品が働いています(写真)。運転体験用だったのでしょう。なお、ミニ列車運転は、今日の天候のため中止されました。



Gakup12  ED402が去った後、ED403が、ワム80000(380000番台)とコキ50000を従え、出発を待っていました(写真)。



Gakup13  比奈から岳南富士岡方面の本線沿いで、旧車の残骸らしき物体に気付いたので、駐車場の向こうへ行ってみると、これはびっくり、電車の廃車体が多数残っていました(写真)。いずれも台車のないダルマで、荒れるに任せています。



Gakup14  撮るべきは撮ったと思ったので、乗車し、本吉原に移動。駅前には、岳南鉄道のオフィスと思われる建物があります(写真)。その隣の建物(岳南親和会館と書かれていた)のジオラマを見に行きました。



Gakup15  同会館1階には、5000系(赤ガエル)のパンタグラフの展示がありました(写真)。これ、東芝製なんですねえ!後にはヘッドマーク多数です。



Gakup16  2階では、HOゲージのジオラマが(写真)。新幹線の新富士、東海道線の富士に目が行きがちですが、その隅にはしっかり吉原の岳南鉄道現車、旧車の模型もありました。一時JR北海道から借り入れたDMV(デュアル・モード・ビーグル、軌道モードでは線路の上を走り、バスモードでは普通の公道を走ることの出来る車両)の模型もあります。



 そして大方取材を終えたので、吉原に戻り、静岡から「ひかり」で帰宅しました。



 地図では不可思議なルートを通る、岳南鉄道。話によると周辺は湿地帯で、線路の敷設には非常な困難があったとのこと。貨物も重要な位置を占める同鉄道、お客さんのある方向に向かうのは当然、今も貨物は健在です。これからも、EDたちが活躍するよう、願うのみです。



Gakup17  「赤ガエル」と書かれ、何のことか分からない方へ。「赤ガエル」とは、元東急5000系「青ガエル」が岳南鉄道に入線する際、写真のとおり赤(正確には朱色か)を全面に塗装したことによるものです(写真)。同車は東急車輌製、日本初のモノコックボディの斬新な車体で、東急でも活躍しましたが、如何せん特殊な構造が冷房化改造を不可能にし、寿命を縮めました。そのため各地方私鉄に散っていきました。写真は平成18年8月撮影、引退後で、塗装がめくれ地の緑が所々見え隠れしています。現在でも熊本電気鉄道で残存し、2連を無理矢理単行電車に改造し、連結面に運転台を設置したことから、「平面ガエル」の異称もつきました。



 次回は来週、久々にツーリングになりそうです。それでは、お楽しみに。

運が良い!

Minaq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は移動の最中の写真からです。



Minaq2  今朝、滞在先から最初に向かったのは、新潟駅。時刻を間違え、30分あまり早く到着しました。



 カメラを取り出し、写したのは特急「いなほ」、新ニイ(新潟車両センター、もとの新カヌ(上沼垂電車区))R-27編成(手前がクロハ481 3037)です(写真)。脱線したのも同型(485系3000番台)ですが、事故編成は無傷な車両も含め全車廃車となりました。



Minaq3  間もなく大阪発の夜行急行「きたぐに」が入線します(写真)。初期型の583系、クハネ581が写っています。そして乗車しました。



Minaq4  そして長岡へ。115系新潟色(緑)の行き違いです(写真)。次の目的地に辿り着くには、チャンスは1回しかありません。



Minaq5  上越線を高崎に向かいます。途中駅には、写真のような鉄道機械が(写真)。ENR-1000と書かれ、1000PSのロータリー式除雪機械と思われます。DD14、DD53危うし。



Minaq6  越後中里から上越線は上下別線になります。土樽駅は、駅では上下が合流し、かつては上下とも追い越し設備があったようですが、現在は旧待避線上にホームを新設し、待避設備が廃止されました。



Minaq7  県境の清水トンネルに入り、中間のサミットには行き違い設備が。かつて単線だった時代、上下の行き違いのために設けられた設備(茂倉信号場)で、複線化された現在は廃止されています。しかし地下トンネル内で、写真はボツです。



 トンネルの群馬側の土合も、かつては行き違い設備がありましたが、現在はありません。駅は単線当時の島式ホームが残ります(写真)。この右手に駅舎があり、そこから地下トンネル内の現下り線ホームへの階段(約300段)が続きます。行くだけで一苦労です。



Minaq8  土合を過ぎてから暫くすると、右手には直角に交わる線路が(写真)。これはループトンネルの下った後の線路で、270度回りここへ降りてきます。この位置は旧北湯檜曽信号場跡、間もなく湯檜曽です。



Minaq9  湯檜曽に到着。ここから上下が合流します。右に分岐するのは業務用の渡り線で、かつて単線時代の下り線の跡を通ります(写真)。右手のコンクリートは新清水トンネルの入口です。



Minaq10  電車は水上で終点です。水上機関区跡には多数のカメラマンが。何が起きたのか、と思ったら、何とEF55 1がいるではありませんか!(写真)昔「カバ」、今「ムーミン」と呼ばれる同機、現在準鉄道記念物になっています。先日は撮影し損ねた同機、写せて本当に運が良い!駅で降りて更に撮影します(表題の写真)。駅には牽引された「ばんえつ物語号」用の12系客車があり、列車名は「さよならEF55みなかみ」と書かれていました。



Minaq11  水上から湘南色115系で高崎へ。高崎からは高崎線です。高崎駅近辺には、引退した上信電鉄のED316が残っています(写真)。



Minaq12  熊谷駅北側には、熊谷北貨物ターミナルがあります。秩父鉄道の貨物用分岐線があり、貨物列車は現在ここに直結しています。ターミナルの中には、秩父鉄道のデキ503が滞泊しています(写真)。



Minaq13  そのまま大宮へ。鉄道博物館北側には、キハ11 23が(写真)。昔の茨城交通(現在のひたちなか鉄道)が、同型を多数保有していたことから、そのうちの1両をJR東日本が譲受しました。国鉄色、でも1エンジンです。博物館南側には、189系の先頭部が2つ並んでいました。



Minaq14  続くJR貨物大宮車両所には、ED62 17が(写真)。運用のない同車、運良く残っていました。春のイベントにも出ていましたか。



Minaq15  大宮を過ぎ、大宮操車場の横を過ぎます。写真には、EF210 123牽引の石油貨物が写っています(写真)。隅にはEF210 119が。EF210もJR貨物新鶴見機関区に配備が始まりました。



 そして、今日の滞在先に向かいました。



 今日は、狙っていたわけではないのに、色々良いものを写せました。本当に運が良い!



 明日は、今日の続きです。

まだ残っていました

Yoneq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、今年も解禁になった冬の「青春18きっぷ」で、南東北に来ています。



 昨晩自宅を発ち、早朝東京着。黒磯で交直変換を見るつもりだったのが、何気に郡山行きに乗ってしまい、そのまま福島に着いてしまいました。そのあと、福島から板谷峠を越える普通電車は昼12時半過ぎで、2時間も余ってしまいました。写真は、福島駅で出発を待つ、山形車輌センター(仙カタ)Y-12編成、手前クモハ719 5012です(写真)。



 定時に同列車は発車しました。



Yoneq2  昔峠越えのための機関区があった庭坂(SLの4110等が在籍した)を越えると、板谷峠の登りが始まります。次の赤岩駅右手前方向には、米沢行きでは山登りのためバックする方向に入る、スイッチバックの線路跡が残ります(写真)。アスファルトの部分が線路跡で、おそらくこの方向が旧赤岩駅のあった場所でしょう。



Yoneq3  同駅少し先には、斜面に停まるために勾配を緩和した、突っ込みの線路の跡が残ります(写真)。400系及びE3系新幹線、そして719系5000番台のいずれにも不要な設備となりました。



Yoneq4  赤岩の次は板谷。米沢方進行方向右手後方に、大きなスノーシェッドが(写真)。この位置にスイッチバック時代の旧板谷駅があったようです。現在は、中央東線初狩同様、保線基地になっています。



Yoneq5  板谷駅先、進行方向左前方には、写真のようなスノーシェッド付きのトンネルがあります(写真)。これも、板谷駅入線のための、突っ込みの線路の跡でしょう。



Yoneq6  そして、サミット、「峠」駅に到着(写真)。進行方向右手後方、大きなスノーシェッドの奥に、スイッチバックの突っ込みのトンネルがあるのが分かります。なお、現在のいずれの駅も、全て勾配の途中にあるのです。



 因みに、写真に写っているおばさんは、「峠の力餅」の売り子で、今日は3箱限定、1箱1000円です。やはり冬場は通る人も少なく、売れませんからねえ!



Yoneq7  出発して間もなく、進行方向左手前方にスノーシェッドの出口が(写真)。開口部は大きく、トラックも入っています。ここが旧「峠」駅と思われ、現在保線基地でしょう。旧奥羽本線、現山形新幹線のこの区間は周辺に接道が無く、保線は困難を極めた場所といいます。せめて旧駅には基地がないと、保線は非常に困難なようです。



Yoneq8  そして米沢行きでは下り勾配になる大沢の、福島行きではスイッチバックの突っ込みになる線路の跡です(写真)。米沢行きでは、右手後方になります。



Yoneq9  駅を出た、進行方向左手前方の、シェッドの出口(写真)。この出た部分に、旧大沢駅があったようです。



 これらの駅は、奥羽本線の時代でも、485系「つばさ」「やまばと」では、全く分からずにスルーする駅でした。つまり普通や客車列車しか通らない場所であり、ブルートレイン「あけぼの」では分からなかったかもしれませんが、50系客車の普通列車なら、EF71やED78がこれらの線を苦労して登り降りする様子が見られ、鉄道的には面白かったのでしょう。しかも、複線にスイッチバックが組み合わさっていたわけですし。



 なお、奥羽本線全線交流電化前は板谷峠区間だけ直流電化で、EF64の最初の投入場所であり、それまではEF16(EF15に回生ブレーキを装着した形式)が活躍しました。さらに戻ると4110、という話です。鉄道も峠屋なんです。



 そして乗っていた電車は、米沢に着きました。



Yoneq10  米沢に着くと、米坂線ホームに何と”Easti-D”(キヤE193系)が入線しているではありませんか!(写真)今日はダイヤの合間を縫って、検測をしているのでした。



Yoneq11  同車の妻面には、「JR東日本」「新潟鉄工所」のプレートが(写真)。新潟トランシスになる前の、最後の車両と言われています。



 そして、間もなく同編成は坂町に向け出発しました。



Yoneq12  同車が行った後の米沢駅米坂線ホームは、旧車のオンパレード!右手前から、キハ52 137(国鉄色)、キハ47 516(新新潟色)、キハ40 584(新新潟色)、キハ52 121(旧新潟色)、キハ52 123(国鉄色)、キハ40 502(旧新潟色)が。今ではJR東日本のどの線区でもキハ52は見られなくなってしまいましたが、まだ残っていました!これはラッキー!米沢は注目です。



Yoneq13  暫くすると、山形新幹線が。400系です(写真)。仙カタL1編成(初号編成)です。400系も、E3系2000番台の新造が決定し、置き換えが間もなく始まります。これも要注目なんです。JR東日本は、やることが手早いので、皆さん、お見逃し無く!



Yoneq14  こちらは同じ山形新幹線でも、新庄延伸に伴い製造された、E3系1000番台、仙カタL51編成です(写真)。2000番台設計の元となった形式です。L51、52が新庄延伸に合わせ製造された編成、L53編成は後の増備編成です。こちらは大丈夫だそうですが、ご参考までに。



Yoneq15  今日は、地元ファンの説明を聴きながら撮影しました。その方が、「撮りたかった!」といった、手前キハ48 523(新新潟色)、奥キハ52 123(旧新潟色)の編成です(写真)。米坂線の気動車は全て新ニツ(新津運輸区)で、同区のキハ48は、523のみなので、要注目なのだそうです。言われてみると、キハ40、キハ47ばかりですものねえ!解説を受けると、有り難みも倍増します。



 そして、今日の滞在先へと向かいました。



 なお、米坂線のディーゼルカーは今後、基本的には新造のキハE120系(キハE130系の2ドア中距離版)に置き換え、既に一部の運用ではキハ110系と連結して投入され、全車置き換えは時間の問題です。東の、最後の旧式気動車の楽園も、まもなく消滅しようとしています。皆さんも、如何でしょうか。



 次回は今回の続きですが、あまりネタがない感じで、投稿は未定です。それでは、次回をお楽しみに。

去りゆくもの(延長戦)

Meiseq1_3  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日予告した、今月27日のダイヤ改正とともに運用を離脱する、1000系全車指定席編成の様子をお届けします。



 写真は1007、内海駅到着の様子です(写真)。特徴は、8800系”パノラマDX”同様に1階に運転席、その上2階に展望席を設け、見晴らしを確保したことです。ただ、8800系が7000系の部品を再用したリサイクル車であるのに対し、1000系は全面新造で、平面ガラスから大型曲面ガラスに変わりました。



Meiseq2  1007展望席の内部の様子(写真)。先頭車前方入口から入ると、仕切り無しに階段になっており、その前にはハイデッカーの座席が5列あります。シートの背面は小型の座席ですが、ヘッドレストを反転させると持ち上がり高くなります。なお正面行き止まりは運転台の屋根、非常時は真ん中が開閉可能になっており、運転席に出入りできる構造ですが、通常は開閉しません。そのため、車掌は運転席での作業は行わず、1050形犬山・岐阜方に設けられた車掌スペースで作業します。



 なおこの構造は今後も一部指定席特急にも残りますが、豊橋・河和方のみになり、編成の犬山・岐阜方からは消滅します。



Meiseq3  1007通常座席の様子(写真)。普通の回転リクライニング座席で、9列あります。中間車も同様な構造です。なお、シートのモケットは、デビュー当初はグレー単色でしたが、リニューアルの際に現在の複雑なデザインのモケットに交換されています。



Meiseq4  3両目、1157河和・豊橋方妻面には、左トイレ、右洗面台が設置されています(写真)。貫通路を抜け1057側には、車掌室があります。この姿は、間もなく見られなくなります。



 なお、1000系+1200系一部指定席特急では、同様の編成が分割され後方2両が方転されたため、指定席車に車掌室があるのがA編成、トイレ等があるのがB編成で、A編成は百台が偶数、B編成は百台が奇数で揃っています。



Meiseq5  そして4両目、1107です(写真)。現在1000系全車指定席特急は、名鉄名古屋~内海間のみで運用され、1時間に1本の運転です。なお名鉄名古屋には折り返し設備はないので、栄生駅北側の引き上げ線で折り返すことから、そちらで捉えることも可能です。しかし、内海駅の停車は45分ほどで、一番確実です。また、内海の1駅手前の野間では、1000系同士の交換もあり、そちらもどうぞ。



 とにかく1000系全車指定席特急編成4連の姿を捉えるには、もう時間がありません。犬山橋も越えず、有名撮影スポットに現れることもありません。最後の姿を、是非記録に残してあげてください。



Meiseq6  おまけ。1001及び1101の先頭部のアップです(写真)。”パノラマSuper20”と描かれています。昨日の写真では分からないと思うので、添付しました。



 次回は未定ですが、お楽しみに。

去りゆくもの(後半戦)

Meimoq1_2  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、今月27日に廃止になる、名鉄モンキーパークモノレール線を取材しました。



 モンキーパークとは、犬山市にある名鉄系の遊園地、「日本モンキーパーク」のことですが、元は京大霊長類研究所を核にサル類動物園が出来、それが発展し遊園地となったものです。同線は、同パークと犬山成田山(成田山新勝寺分院)の足となるべく昭和37年に開業しましたが、自家用車の普及による利用者の減少、及び老朽化のため、この度廃止されることになりました。



 昨日は遅くまで投稿していたこともあり寝坊してしまい、スロースタートで出発しました。



Meimoq2_2  普通に犬山経由準急に乗っていると、布袋で見てはいけないものを見てしまいます。「昨日の写真も駄目だったからなあ、」と思い、つい下車を。今月27日のダイヤ改正で運用が始まる、1700系+2300系の一部指定席特急編成です(写真、手前は2332)。旧1600系の奥2両と、新造2300系の手前4両の違いが分かると思います。



Meimoq3_2  駅を出て、近づきます。手前から1702、次1652で、この2両は元1600系(方転された)、純粋な2200系とは貫通路の部分が異なるのが解ると思います(写真)。



 なお、布袋は、以前は5500系最終6両の疎開回送先でもあったりして、名鉄犬山線では要注意の駅です。



Meimoq4_2  そして予定より20分遅れて犬山遊園に到着。新鵜沼方面ホームからは、奥から101、201、102の第1編成が見えます(写真)。しかし停まっている場所は、モノレールのホームでも通常使わない場所です。ここからはこれだけです。



Meimoq5_2  東口を出ると、モノレールの改札、階段は目の前です。ここで物販も行っており、休日限定で釜飯もあるようです。



 間もなく、階段を沢山の人が降りてきます。モノレールが到着しました。階段を登ります。すると、ホームには103始め3両が停まり、乗客が記念撮影を行っています(写真)。



Meimoq6_2  乗車しますが、すぐには発車しません。モノレールは、犬山遊園発16時まで毎時29分及び59分で、同駅には15分余り停まっています。



 その間に、車内の撮影を。202から、104の方向(モンキーパーク方)を望んだ写真(写真)。広幅貫通路、オープン型運転台なのが分かります。昭和37年日立製作所製、羽田の東京モノレールの試作でもありました。



 暫くして発車時間になり、発車しました。



Meimoq7_2  そして、モンキーパークに到着(写真)。今回は、入園しました。ホームで記念撮影をしたい気持ちは分かりますが、そうするとホームを閉鎖しなければならない車掌さんの仕事を増やすことになるので、なるべく早く入場しましょう。



Meimoq8_2  線路終点側には、モノレールの整備工場があります(写真)。木の陰の黄色の審判席のような座席のある部分が、可動式のトラバーサで、これで車両を入れ換えています。



Meimoq9_2  同パークは遊園地、遊戯施設も良いですが、今回のモノレール廃止とのタイアップ企画として、「犬山のりもの大博覧会」が、スカイダンボ乗車口下で開催されています(写真)。中に入ります。



Meimoq10_2  入口すぐには、モノレールの模型が(写真)。製造当初の姿のようです。確か、昔は銀色の近未来的な車両だった記憶があります。ここから記念品、写真パネルの展示が続きます。



Meimoq11_2  中には、パノラマカーの逆富士形行先表示器が(写真)。これは非売品ですが、オークションに出せばかなりの値段になります。反対には電動式の逆富士形行先表示器があり、いずれも解体された7000系・7500系パノラマカーの部品です。



 横にはNゲージのパノラマカーの走るジオラマがありましたが、個人のレイアウトとは違い、やはり整備は大変なようです。



Meimoq12_2  奥には制服記念撮影館、プラレール室がありました。正面には、「電車でGo!」があり、子供が遅延2秒で運転しており、見事。ただ停止が10メートル余り手前で、場内再力行で減点。でも今でもその腕なら、将来は有望です。



 隣には、パノラマカー7000系7019の運転台の機器を利用した、本物さながらのシミュレーターが(写真)。非常にリアルで、真剣そのものです。しかし、本物の運転士がATSを作動させたら、直ちに乗務停止、再訓練です。



 出口には鉄道グッズの販売があり、ちょうど今話題の0系新幹線チョロQを買い、外に出ました。



Meimoq13_2  時間があれば、サル類動物園も行きたかったのですが、時間の都合で断念。そしてモノレールに乗車します。



 途中の成田山駅でも降りたかったのですが、30分遅れることになるので、こちらも断念。犬山遊園に戻ってきました。ベストショットは、裏道を抜けた辺り(写真)。電線の処理は、重要です。そして、犬山を後にしました。



 地元の人が、「今位乗っていれば、廃止にならなかったのに。」と言っていましたが、やはり耐震補強まで考えると、やむを得ない判断だったのか。神戸の地震の時には、この辺りもかなり揺れたんですよ!



 なお、モノレール線は、来週末からお別れ装飾を施すそうなので、皆さんも訪問されては如何でしょうか。私は、来週からは忙しいので、最終日に行けるかどうかは分かりませんが、考えておきます。



Meimoq14_2  おまけ。戻り道、1101始め4連(1001F、1000系初号編成)と、野間で行き違います(写真)。通常の1000系が”パノラマSuper”と表示している部分に、同編成は”パノラマSuper20年”という表示が入っています。デビュー20年(1988年デビュー)の同車、”ミュースカイ”を除く全車指定席特急廃止という名鉄の政策変更で、解体、(新)5000系に部品は再用されます。



Meimoq15_2  そして乗車していた1107始め4連(1007F)、内海到着の図(写真)。1000系全車指定席編成の車内の様子は、ここでは書ききれないので、次回の投稿にしたいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

去りゆくもの(前半戦)

Meip1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、今月名鉄で引退する2つのうちの1つ、名鉄7000系パノラマカーの記念運転を取材しました。写真は今日の復活運転、白帯車による愛称列車、「いなり」です(写真)。



 今朝は先ずこの列車の始発、豊明へ。9時に整理券受け取りの順番を決めるくじ引きを行うとホームページに出ていたので、間に合わせるべく出発しましたが、出発駅で目の前で電車を逃し、15分のロスを。そして何とか9時前に豊明に到着すると、行列は遙か駅の外まで繋がっています。愕然として、最後に並びました。しかも、列車が着く度に列は長くなり、「これじゃあ、乗れないんじゃない?」と、不安は助長されました。



 そしてくじ引きが。私は100番台で、「ああ、着席できるか!」と一安心。250番まで用意されていたようです。



 10時に、くじの番号に従って整理券が発行されます。1号車は満席となり、私は4号車(一番後の車両)の、最後の窓際に席が取れ、非常に運が良いと思いました。



Meip2  11時に集合、そして11時半に駅に入ります。ホームからは今日の主役、7011Fが顔を見せています(写真)。乗客多数でホームからもこの程度にしか見えませんでした。そして乗車、豊川稲荷に向け発車しました。



Meip3  途中特急の通過待ちを美合で行い、国府で名古屋本線から分岐、単線の豊川線諏訪新道信号場で行き違い、約1時間で豊川稲荷に到着しました。ドアが開くと共に皆外に出て撮影します(写真)。停車時間は僅かで、間もなく出発しました。



Meip4  そして同じルートで戻ります。国府で本線に入り、矢作橋で特急等を通過待ちするため10分余り停車し、ドア扱いが行われました。初めて記録写真を撮る時間が出来ました。先ずは私の乗った4号車、7012です(写真)。



Meip5  往き道の先頭車であった1号車、7011です(写真)。逆富士形行き先表示器は、「豊明」となっており、残念。間もなく発車時間となりました。



Meip6  そして豊明に到着。7011Fは、一旦乗客全員を降ろしてから引上線に引き上げ、名古屋方面始発・終着列車用のホーム、1番線に移動します。撮影専門の客も入り、駅は大混雑です(写真)。間もなく入線です。



Meip7  1番線で、電車を開放し、撮影会が行われます。先ずは、先ほどまで乗車していた7012を(写真)。確かに、新しくはありません。でも、今でも斬新なデザインですよねえ!



Meip8  車内を通り、7011へ。これが、展望席です(写真)。7000系白帯車が白帯を巻くときのグレードアップの際、普通の転換クロスシートをヘッドレスト付きに交換、モケットも茶とベージュのツートンに交換されました。正面窓から、外の撮影の様子も分かるでしょう。



Meip9  白帯車のもう一つの特徴は、車内公衆電話が設置されたことです。編成に一つ、先頭車の連結面寄りの座席を1列撤去して、カード式公衆電話ボックスを設置しました。その後、携帯電話の普及、及び新型特急車の充足による同系の格下げで、公衆電話は撤去され、現在は写真のようになっています(写真)。白のキャビネットの、閉じた扉の中に、電話機がありました。今は三河線ローカルで使われる7700系も、本線特急指定席車として白帯を巻いていた時代に同様の設備があり、こちらも跡が残っています。



Meip10  公衆電話の後、一番連結面寄りの部分は、車掌スペースです(写真)。7000系パノラマカー、及び7500系(高速型パノラマカー、既に全車引退)は、いずれも運転席が2階にあり、車掌はそこでは業務が不可能です。そのため、先頭車連結面寄りには車掌スペースが設けられ、車掌の業務が出来るよう業務用ドア、自動ドアスイッチ、放送用マイク、合図用電鈴スイッチ等が装備されています。一般型では衝立はありませんが、白帯車に改装される際、衝立が設けられました。



Meip11  外に出て、7011の写真を(写真)。この場所に1時間余り停車し、ファンサービスを行っていました。一通り写真を撮った私は、長居は無用と後にしました。



 7000系も、営業運転は今月末のダイヤ改正とともに終わります。皆さんも、お別れを告げられるよう、乗車や記録をされては如何でしょうか。何といっても、あと1か月も無いのですから、後悔のないように。



Meip12  豊明から再び来た道を戻ります。豊明駅そばの豊明検車区には、この春にお別れ運転を行った1600系の生まれ変わり、1700系+2300系一部指定特急編成が、営業開始日を待っていました(写真)。1704ほか、普通車は2330番台を名乗っていました。酷い写真でご免なさい。



Meip13  そして、国府に戻りました。国府には、疎開回送されたのか、1002Fが隅に滞泊しています(写真)。解体、その後の5000系への部品流用が待っています。



Meip14  国府から東岡崎に戻り、矢作橋へ。東岡崎からの各停は、1534始め4連(1380系、元1230系が事故で指定席を失い、残った一般席車で編成を構成する、1編成のみの異端車。1230系は、7500系の解体発生部品を流用した)でした(写真)。



Meip15  矢作橋に再び降り立ったのは、矢作橋駅3番線の奥のバラスト積載場に停まる、バラスト編成に変化を発見したからです。こちらは変化のないデキ402、後はホキ86、85、84が続きます(写真)。



Meip16  しかし以前はペアを組んでいたデキ401の位置にいるのは、今日はデキ604でした(写真)。以前同機は大江にいた筈なので、デキ401に何かあったのか(検車位なら大きな問題ではないのですが)。



 その後大江へ。レール用チキはありましたが、牽引機は無く、がっくり。そして帰途に就きました。



 明日は、今月名鉄で引退する”もう一つ”を取材する予定です。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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