時の移り変わり#3

Sankoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は特急用気動車キハ181系の、懐かしい写真をお届けします。



 まず1枚目、平成10年7月、特急「くにびき」の運用に入る、キハ181 101(写真)。101番とは、101両目ではなく、100番台1両目です。キハ181 100番台とは、中間車キハ180に先頭車化改造(運転台・機器室追加、屋根のラジエーター撤去)を施した車両で、この当時唯一の現存車でした(他は既に廃車されていた)。なお同車は平成14年に廃車されました。



 この列車、特急「くにびき」は、キハ187系置き換え後、「スーパーくにびき」を経て「スーパーまつかぜ」に名称変更されました。この当時の、絵入りではないヘッドマークも要注目です。



Sankoq2  平成11年11月、国鉄色のキハ181系などまだまだ安心と思っていた頃、米子駅で帰庫を待つキハ181 23始め3連、「通勤ライナー」です(写真)。普通にも使えるんだからと、安心しきっていた頃です。



Sankoq3  同日に益田で撮影した、キハ181 8始め3連特急「おき」です(写真)。この時期のヘッドマークは、「さくら」・「はやぶさ」といい、この「おき」といい、国鉄時代の重厚な絵画ではなく、ポップアートが流行していたようです。この後、「おき」も「くにびき」と同時にキハ187系に置き換え、「スーパーおき」として現在に至ります。



Sankoq4  かつての山陰本線のクイーン、特急「まつかぜ」(京都~米子~小倉)の末裔、特急「いそかぜ」は、米子~小倉間の運転でしたが、キハ187系の投入により益田で系統分離、米子~益田間はキハ187系特急「スーパーくにびき」に編入(後に「スーパーまつかぜ」に改称)され、益田~小倉間の運転になりました。しかしその益田~小倉間も利用者の低迷で廃止が決定し、それに合わせ取材しました。



 写真は平成17年2月、小倉駅に据え付けられるキハ181 8始め3連、上り「いそかぜ」です(写真)。ヘッドマークは変わっており気付きませんでしたが、1枚前と同じ車両でした。しかし配属は、米トウ(後藤総合車両所)から広セキ(下関地域鉄道部)になっていました。



Sankoq5  キハ180 17を挟み、反対の先頭はキハ181 28でした(写真)。ヘッドマークは国鉄以来の伝統です。これに乗車しました。



Sankoq6  同列車は、昼過ぎに終点、益田に到着します(写真)。この当時は、こんな写真しか撮れませんでした。まあ、乗り鉄ですし(車両には異常なほど興味がありましたが)。



Sankoq7  そして今、浜坂以西ではキハ181系は全滅(下関のふく列車用も引退)し、最後に残る列車は特急「はまかぜ」、しかし塗色は新塗色で、国鉄色ではありません。夢は、終わりつつあります。ただ、暫くは播但線全線電化ということは考えられないため、当面は安泰でしょうが、今後後継車をどうするのか(電化して485系改造の183系を使う(電化にはトンネルを新たに掘り直す必要がある)、あるいは新製気動車特急を使うなど)、考えねばならない問題でしょう。



 今週は新規の取材はありません。来週以降、次回をお楽しみに。でも、久しぶりに列車に乗りたいなあ!

時の移り変わり#2

Sankihaq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、昔の写真の小ネタです。



 まず1枚目は、平成10年に撮影された、キハ52 128の、旧米子運転所扇形庫に佇む姿です(写真)。営業中がベストでしたが、残念ながら入庫中です。国鉄色を纏った同車でしたが、平成11年に廃車されました。



Sankihaq2  平成12年に撮影した、キハ58 1128、「石見ライナー」です(写真)。出雲市での撮影、当時国鉄急行色のキハ58系など、まだまだ安泰と思っていましたが、それから数年で、様子は一変しました。現状は、皆さんもご存じのとおりです。まあ、タイなどに売却されたものは、まだ運が良い方か。



Sankihaq3  国鉄末期のリサイクル試作車、キハ37 1001です(写真)。同形式は5両の少数派、1と1001が米トウ(JR西日本後藤総合車両所)所属、他はキハ38、キハ30共々久留里線に使用されます(所属は千マリ(JR東日本幕張車両センター(木更津派出)))。その後同車は廃車されたものと思いきや、現在もなお現役です。この日は、境線の運用に入っていました。



Sankihaq31  平成15年、米子駅前旧米子運転所洗浄線に停まるキハ37 1(写真)。製造時の相方でしたが、現在はバラバラに運用されます。ご参考までに。



Sankihaq4  次は平成14年初春、三次駅に停まる急行「みよし」色のキハ58系、キハ28 2329です(写真)。昔芸備線には急行「ちどり」・「たいしゃく」もありました(「ちどり」は元は「千鳥城」のある松江行きだった)が、「みよし」広島~三次間4往復に統一、しかし現在はキハ47系快速「みよしライナー」に代わりました。列車種別の「急行」に要注目。



Sankihaq5  平成16年に益田駅で見かけた、「みよし」色の変形バージョン、「萩開府400年」ラッピング車、キハ28 2137です(写真)。



 「みよし」は、急行という存在が危ない、と言われていたことから、行く機会を窺っていましたが、訪問直前にダイヤ改正、廃止になってしまいました。同色のキハ58系の運用も完全に終了し、撮影も叶わなくなりました。残念。



Sankihaq6  こちらも見られなくなった急行「砂丘」色、急行「つやま」です(写真)。編成はキハ58 7209、キロハ28 103、キハ58 7211の3連でした。平成15年初春の撮影で、間もなく廃止ということで意気込んで行ったものの、カメラの不調で撮影に大失敗してしまいました。



Sankihaq7  その代償に、キロハ28 104の写真を(写真)。平成14年年末の撮影です。これらの「砂丘」色キハ58系は、運用終了後も暫く残ったものの、平成16年に廃車されたようです。



Sankihaq8  またしても平成15年、米子運転所洗浄線に停まるキロハ28 103を捉えました(写真)。これで、胸の閊えが取れました。CaptureNXがなければ、永久に車番は判読不能でした。



Sankihaq9  同日、扇形庫に停まるキハ33 1002(写真)。客車オハ50に機関を搭載し気動車とした車両です。鬼太郎色、水木しげる氏の出身地に因む塗装でした。



Sankihaq10  昨年末の同車(写真)。鬼太郎も勿論良かったのですが、「水鳥列車」「タイ列車」は、何故止めてしまったのでしょうか。米トウから米トリになった、それだけでしょうか。



 貨物、急行と来ると、今度は特急を見たいですね。キハ82系は私の写真を撮っていた期間には走っていませんでしたので、するとあの系列の、懐かしの姿が見られるのか。それでは、次回をお楽しみに。

時の移り変わり

Ubeq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、小ネタ、宇部線・小野田線の貨物列車についてです。



 平成16年9月、私は小野田線本山支線で長門本山を目指すべく、宇部新川にて列車待ちをしていました。同支線は朝と夕方しか列車が走らず、時間が長いこと空いていました。そこへ、小貨物列車が(写真)。DE10牽引の、石灰石の無蓋ながらホッパ車4両の貨物列車です。貨車には「小野田セメント」とも書かれ、石炭とセメント関連の多い宇部線・小野田線でもあることから、それほど注視はしていませんでした。幸い、カメラを出していたことから、その場で普通に撮影しました。



Ubeq2  牽引のDE10は、国鉄色の1560号機、「厚」(JR貨物幡生機関区厚狭派出、昭和47年川崎)でした。この時はこの貨物列車にそれほど興味を持たず、乗り鉄に邁進していました。



Ubeq3  昨年12月に、美祢から宇部岬行き貨物を追うと、小野田線岩鼻駅周辺で、写真のとおりホキ11両を牽くDE10を捉えました(写真)。



Ubeq4  撮影時は気付きませんでしたが、牽引機はJR貨物更新色のDE10 1560号機(写真)で、数年前に国鉄色の時代の写真を撮ったカマだと、今頃になってから気付きました。偶然の一致ですが、機関区の保有車両数は限定されていることから、当たり前なのか。しかし、意外でした。



 それでは、次回をお楽しみに。

ロマンスな日#4(ロンちゃん)

Roncq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は念願の、NSE3100系「ロンちゃん」を取材しました。



Roncq2  昨年晩秋に訪問したときの姿(写真)。この時、公開は毎月第2第4日曜日で、かつ晴天時に行われると知り、今回の遠征を画策しました。正面のスクリーンは開くと思いましたが、側面はどうか、正直言って心配でした。



Roncq3  今朝行ってみると、正面のスクリーンのみならず、側面の建屋に相当する部分も、ビニールであることを活用し、折り畳まれていました(写真)。側面には、支柱が走るレールが敷かれています。



Roncq4  更に側面に(写真)。3181という番号も分かります。「何だ、NSEって、これじゃないか!」という読者の皆さんの声が聞こえそうです。”ロマンスカー”といえばこれを指す、という位有名な車両です。



 確かに、名鉄パノラマカーとも似ている、と言えば似ています。しかしパノラマカーは昭和36年デビュー、正面も平面ガラスですが、NSEは昭和38年デビュー、曲面ガラスが多用されています。製造は、いずれも日車です。実はミュージックホンも一緒です。



Roncq5  連結面側に階段があり、靴を脱いで入ります。現在車内は写真のとおりで、椅子はほとんど撤去され、カーペットが敷かれ展示スペースになっています(写真)。



Roncq6  正面を望む(写真)。展望席は3列、どうも回転クロスシートだったようです。左上部シャッターになっている場所が運転席です。シンメトリーで設計された、と考えると、展示に際し右側運転台入口に階段を設置したようです。



Roncq7  運転席の様子(写真)。先ほどのシャッターの真上に折り畳み椅子があり、ここに座ります。運転機器、マスコンは東芝製でした。



Roncq8  運転席から正面を望む(写真)。非常に見晴らしは良いですが、先ほどの椅子に、新宿から箱根湯本まで2時間あまり座る、と思うと、運転はなかなか大変だったのでしょう。



 そして階段を降り、今日の公開の準備をしていたボランティアの方々に、礼を言って後にしました。



 なおこの車両は、小田急小田原線開成駅、橋上駅舎から東口に出て駅前の、開成駅前第2公園内にあります。公開は毎月第2第4日曜日、かつ天気の良い日です。内部の公開は、10時から15時までです。皆さんも、訪問されては如何でしょうか。



Roncq9  おまけ。昨日非番のため捉えることが出来なかった、LSE7000系7004始め11連を、開成駅そばで捉えることが出来ました(写真)。今日の「はこね6号」の運用に入る姿、記録された方も多いでしょう。デビュー当時は、NSE3100系に合わせこのような塗色で、現在同編成のみ塗り戻されています。あと撮っていないのは、HiSE10001の11連位でしょうか。通勤車も種類が多く、運転は大変でしょうが、写真を撮るには魅力的です。



 それでは、次回をお楽しみに。

ロマンスな日#3

Ronq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、小田急を取材しました。



 いつも通り昨晩自宅を発ち、夜通し運転、そして新松田~渋沢間の今日のポイントへ。午前中は下り、午後は場所を変えて上りでも、と思い場所を定めます。



 間もなく、LSE7000系7802始め11連が、箱根に向け回送されます(写真)。その前の「はこね5号」もLSEでした。



Ronq2  続いて、HiSE10000系10051始め11連が「はこね7号」として走ります(写真)。観光用にハイデッカーで期待されたものの、現在のバリアフリー法で肩身が狭くなりました。現存2編成、残り2編成は4両に縮められ、長野電鉄「ゆけむり」1000系になりました。



Ronq3  続いて、EXE30000系30552始め10連が、「さがみ51号」として小田原に向け走ります(写真)。バブル期の車両で、現存特急車両としては最多です(7編成)。



Ronq4  お次はVSE50000系50902始め10連、「スーパーはこね9号」です(写真)。いつも満席の同車、2次車は出るのでしょうか。



Ronq5_2  続いてLSE7000系7801始め11連、「はこね11号」が(写真)。VSE増備で、引退するのはLSEか、それともHiSEか。今後注目が必要です。



Ronq6  その後は、MSE60000系、60552始め10連、「メトロはこね21号」です(写真)。地下鉄を走る初の特急、こちらも満員御礼です。



Ronq7  それが行き過ぎると、次はVSE50000系、50901始め10連、「スーパーはこね13号」の運用です(写真)。



Ronq8  暫くすると、沼津行き「あさぎり3号」が(写真、手前がクモハ371 101)。車両はJR東海371系(静シスX1編成)、1系列1編成7両の存在です。検車の時は、小田急の車両が代走します。



Ronq9  「あさぎり」に続く「はこね」は、通常20000系RSEが入ります(写真、手前20302)。RSEも2編成の系列、代走時はこの列車が他の系列で運転され、調整されます。箱根湯本までボギー車7連が入線可能なことが、この車両の運用で証明されます。



Ronq10  先ほどのMSEが、箱根湯本から折り返してきました(写真)。付属編成(小田原切り離し)のアップです。



Ronq11  先ほどの7802始め11連は、EXEの代走でした(写真)。「さがみ65号」の運用です。私がLSEにこだわるのは、理由があります。



Ronq12  そして次は「はこね19号」、7803始め11連です(写真)。この編成がこの運用に入っていることにより、今日の最大の目的は果たせない、それが分かり少しがっくりしました。仕方がないので、これを撮影して、昼食に移動しました。



Ronq13  昼食を終え、移動すると、「そういえばRSEの本来の運用(「あさぎり」号)の写真がない!」と思い、丁度下り「あさぎり」の時間です。下りを他の場所で撮ると、比較が出来ない、と思い、結局午後も午前と同じ場所に来てしまいました。



 機材運搬中に、”テクノインスペクター”を行き過ぎるのを、スローモーションのように呆然と見ていました。”テクノインスペクター”(形式は「クヤ31」)は、線路等各種検測用の業務用車両で、特定の営業車に併結され、作業を行います。はるばるやって来て、見ることが出来たのはラッキーでしたが、撮影できなかったのは非常に残念でした。



 気を取り直し、やって来たのはRSE20000系20301始め7連、「あさぎり5号」です(写真)。これが、この車両の本来の運用です。



Ronq14  そしてその後もカメラを構えましたが、MSE「メトロはこね23号」がやって来て、日没も近く寒くなってきたので、機材を片付け、今日の滞在先に向け出発しました。



Ronq15  お目当ての車両は、この編成、7000系7004始め11連でした(写真、昨年撮影)。3100系NSEを範とした、旧塗装に塗り戻された編成です。これが今日の運用に入っておらず、残念でした。まあ、運用に入っていれば、休日に「お立ち台」に一人、ということもなかったのでしょうが。



 明日はポイントには立ちません。一体、どういう取材になるでしょうか。それでは、次回をお楽しみに。

凱風快晴

Fujif1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日から大移動、東海道本線黄瀬川橋梁からお届けします。



 昨日の投稿を終え、帰宅を考えましたが、「明日は晴れる、降水確率0%だ!」というのを見てしまい、晴れるのなら、やはり行きたいのは富士山。先ずは、間もなく廃止のあの列車を撮りたいではありませんか!そこで、愛車を沼津に向けました。



 周辺は駐車スペースがない、と書かれており、そのとおり普通の住宅街で、路駐を前提に設計された街でありません。知恵を絞って、少し遠い場所に駐車しました。



 そして堤防に行くと、既に三脚が20基位立っています。やはり、皆最後はここに来たいのです。待っていると、続々とファンが現れます。相当の人数が来ています。



Fujif2  最初に373系(「ムーンライトながら」の返空回送を兼ねた運用)で失敗し、あとは普通の電車です。1枚目、211系5000番台3連です(写真)。



Fujif3  次は、東京方面発、JR東日本E231系沼津行きです(写真)。グリーン車込みの10両は、確かに長いです。



Fujif4  その次は、313系3連です(写真)。昔は、113系、115系ほか色々な車両がありましたが、これからは沼津止まりのE231系を除くと、211系と313系のみがここを通るのです。面白みがまた少なくなってしまいます。



Fujif5  唯一の救い、まるで露払いのようにEF210 6牽引のコンテナ貨物が走り去ります(写真)。まだ、貨物という救いはあります。



 しかし、こうしているうちに雲行きは怪しくなり、背景の富士山が雲に隠れそうです。皆、本番に山頂が見えるよう願いました。



Fujif6  そして本番、EF66牽引「富士」「はやぶさ」です(写真)。全員が一斉にシャッターを切ります。一瞬遅れて、私もシャッターを切りました。46号機のようです。



Fujif7  連写で、かつては撮影不能のタイミングでも、撮影が出来ました(写真)。三脚、リモートコード(レリーズ)、そして連写機能のお陰です。初めてフィルムカメラも連写機能を使いました。



Fujif8  間もなく、列車は走り去ります(写真)。それでファンも解散します。今日は50人位いたのでしょうか。やはり写真は、天気に左右されます。これで「富士」「はやぶさ」も撮り納め、なのでしょうか。



 帰り道、竹倉温泉に寄りました。富士山をバックに雄大な景色が眺めるところ、と思いきや、行った限りでは、巨大なボックスカルバート、そして金網と「撮影禁止。沼津公安官室(鉄道公安官の時代の掲示と思われる)」という看板があるだけでした。きっと、周辺に良い場所があるのでしょうが、不知道です。



 それでは、次回をお楽しみに。

Express or Die

Hankuq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は関西、阪急京都線を取材しました。



Hankuq2  自宅を発ち、前もって調べておいた京都線の撮影ポイントに、カーナビを使い到達します。今日は、柴島高校前の歩道橋(京都線崇禅寺駅前)で構えました。



 まず、梅田発6430始め8連特急が、河原町に向かいます(写真)。いきなり、6300系でも異端の6330系(車体は6300系と同じながら半導体制御の車両、同編成のみの存在)に出くわします。運が良いとは思いましたが、光線の逆で、写真としてはイマイチな感じです。



Hankuq3  向きを変え、北東を向きます。日光も味方になります。最初は、9300系9301始め8連特急梅田行きです(写真)。最新の系列、日立製です。



Hankuq4  続いて、9303始め8連特急です(写真)。9300系は続々増備されます。



Hankuq5  車両の都合か、5300系5317始め8連の特急が(写真)。まだまだ若いのには負けない、と言いそうです。



Hankuq6  6300系6354始め8連特急が、河原町に向かいます(写真)。



 6300系は、2800系の跡を継いで、京阪特急専用車としてデビュー、2ドアで転換クロスシート、ノンストップ特急用で、当時としては画期的なワンハンドルマスコンを採用した車両です。しかし、その後の運用の変化で、京阪特急はノンストップから途中停車形に変わり、しかも10分おきに発車、ということで編成が不足、特急は3ドア車編成と混用され、ラッシュには不利な車体であり、結果後継9300系は、転換クロスシートながら3ドア車になり、2ドアの命脈は絶たれようとしています。



 今後、9300系増備に伴い余剰となった6300系は、編成を短縮され嵐山線用に転用されるとのことです。そのため、今後の動静が非常に注目されるのです。前の2800系は、中間にドアを新設し3ドアとしましたが、同様の改造が施されるのでしょうか。



Hankuq7  合間に、5300系5300始め7連準急がやって来ました(写真)。京都線用の車両は、皆百位が3が系列です(かつて百位0が神戸線、1が宝塚線用でしたが、今は混用されています)。



Hankuq8  今度は9302始め8連が、河原町に向かって走り去ります(写真)。京都線の列車の順番は、特急、急行、普通、の順でやって来ます。途中追い越しがあっても、柴島では上下とも変わりません。いずれも10分おきですから、数時間いれば収穫は大きいです。



Hankuq9  すると、先ほど河原町に向かった6330始め8連が、梅田行きになり戻ってきました(写真)。約2時間、特急運用に入る車両は全部通ったということですので、これ以上待っても無駄、この歩道橋のポイントを後にしました。



Hankuq10  納得がいかなかったので、桂に向かいました。桂駅前には、桂車庫があります。入場券を買い入場すると、丁度9301始め8連が、洗車機を通り、入庫するところでした(写真)。奥には、9304始め8連(新車)が停まっています。



Hankuq11  そして、丁度2ドア特急梅田行きがやってくる、と表示されていたので、行くと、6355始め8連が入線します(写真)。特徴が分かるでしょうか。この姿は、まもなく消え去ります。



Hankuq12  ここまで大規模に取材したのは、この車両、6350始め8連(写真は反対側先頭の6450)の写真が撮りたかったからです(写真、平成17年秋、河原町にて撮影)。既に6300系も数編成が特急運用から離脱し、改造を始めているそうです。そのため、トップナンバーである同編成の最後の姿を残したかったのですが、少し遅かったようです。間に合いませんでした。



 そのまま帰宅し明日は”Tetsu”も休みの予定でしたが、天候が期待できることから、また出掛け、取材したいと思います。それでは、次回をお楽しみに。

名撮影地にて

Twihq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、疋田の大カーブにて取材しました。



 「疋田の大カーブ」とは、北陸本線新疋田駅近くの、北陸線上り列車の有名撮影地で、現在は福井県敦賀市になります。取材を朝一番から始めようと思い、未明に起床、ということも考えましたが、それならば前日に行って車中泊にしてしまえと、昨晩発ちました。しかし、車中泊とはいえ就寝は午後10時前で、子守歌が聞こえました。昼寝です。



Twihq2  そして間もなく日の出、という時刻に起き、現地着。現地には既に車1台と、しっかりした三脚をお持ちのファンの方が一人。聞くと、ここには何回も来られた方だそうで、あのスパンと、あのスパンが良い、と教えてくださいました。



 そのとおり三脚を立て、構えます。間もなく「雷鳥4号」、京キト(京都総合運転所)A04編成が坂を駆け上がってきます(写真、一番前はクロ481 2004)。



Twihq3  合間を縫って今後の主力、521系2連がやって来ます(写真)。所属は金フイ(金沢支社福井地域鉄道部(この車両は「敦賀運転派出」))までは分かりますが、番号は失念しました。



Twihq4  次に来たのは、EF510 7(「富機」(JR貨物富山機関区))牽引のコンテナ貨物列車です(写真)。EF510は日本海縦貫線用に増備が進み、今では逆にEF81貨物の方が珍しいのか。今後の動向は、注視が必要です。



Twihq5  次は、「しらさぎ54号」米原行きです(写真)。「しらさぎ」も51号以降は米原止まり、金サワ(金沢総合車両所)S01~S12編成(基本編成)5連での運用です。かつては特急「加越」と呼ばれ、表定速度在来線最速を誇る列車でした。



Twihq6  敦賀を通過する「サンダーバード6号」が走り去ります(写真)。手前寄り基本編成6両は681系、付属編成3両は683系です。



 「しらさぎ」は基本編成金沢・富山寄りが非貫通パノラマグリーン車ですが、「サンダーバード」は系列にかかわらず基本編成大阪寄りが非貫通パノラマグリーン車です。付属編成は、681系が富山寄り運転台が非貫通、683系は双方とも貫通運転台です。しかも車両としては「しらさぎ」の続番、しかし運用は「サンダーバード」の増結用という金サワR編成もあり、事情は複雑です。なお3月以降、「はくたか」用に681系を捻出するため、さらに485系置き換えのため増備される683系4000番台9連は、グリーン車も貫通型となります。



Twihq7  2本の電車特急に敦賀で追い越され、疋田の大カーブを登ってきた、寝台特急「日本海」(写真)。これに間に合わせるべく起床したので、前半の山場です。今日の牽引は、ピンクのEF81 102(「敦」(福井地域鉄道部敦賀運転派出))でした。



 かつて「日本海」が2往復だった時代は、もう少し早い時間に「2号」もありましたが、昨年廃止になりました。敦賀以南ではあまりありませんでしたが、たまに「トワイライトエクスプレス」色EF81が「日本海」を牽引することもあり、写真を撮れた人は幸運です。



Twihq8  次は、「雷鳥6号」です(写真)。京キトA07編成、非貫通運転台でパノラマグリーン車ではありませんが、こちら側がクロ481 2301と、れっきとしたグリーン車です。



 現在「雷鳥」は、全て京都総合運転所の編成で運用され、パノラマグリーン編成6編成、そうではない編成4編成が在籍します。パノラマグリーン車には国鉄以来の愛称表示が無く、絵入りが見られないので、非パノラマ車の写真を是非撮りたいと思っていました。そこへこの編成がやって来て、非常に運が良いと思います。



 そうしているうちに周りがにぎやかに。車が1台、ファン1名とその友人2名が乗っていました。さらに中学生が1名。車は運転できないので、新快速で来たようです。先のファンは、今朝私にアドバイスをくれたファンとも知り合いでした。三脚が3台並び、鉄道談義に花が咲きました。一時は白眼視された鉄道ファンも、今は市民権を得たようです。しかし、シャッターチャンスに、友人の方に「鉄」三重連を撮られてしまいました。



Twihq9  まもなく「しらさぎ4号」名古屋行きが(写真)。5+3+3の11連、米原でこちら側の付属編成3両を切り離し、名古屋には8連で到着します。



Twihq10  その次は「サンダーバード10号」です(写真)。基本編成は683系6連、681系とライト周りが異なります。付属編成は非貫通の681系のようです。



Twihq11  次は「雷鳥12号」です(写真)。京キトA03編成、クロ481 2003が先頭です。



Twihq12  先ほど敦賀に行った新快速が、姫路行きとして戻ってきました(写真)。223系4連、近江塩津から湖西線経由で山科、京都で増結されます。1時間に1本のこの列車のために、北陸本線は敦賀まで交流電化から直流電化に切り替えられました。



Twihq13  次は、「雷鳥16号」です(写真)。京キトA02編成、皆さん、「ああ、あの編成!」とご存じのようです。こちら側クロ481 2002は普通ですが、どうも金沢方の先頭車が注目のようです。



Twihq14  そして、今日の真打ち、「トワイライトエクスプレス」大阪行きです(写真)。専用塗色のEF81 113(「敦」)が牽引します。これで、今日の目的は完遂しました。この写真の撮影直前から雨がぱらつき、非常に運が悪かったのですが、何とか意地で撮影し、この場所を後にしました。



 なお、「トワイライトエクスプレス」車内の乗車記念撮影コーナーには、この場所で写したパネルが背景になっています。ご参考までに。



 今回は、有名な場所で撮影でき、非常に嬉しく思います。「トワイライトエクスプレス」運転の日で、雪が積もっていれば最高ですが、そんな日には何十人も来てしまいます。まあ、パラパラ、位が良いんですよ。天候を除けば、満足です。



 次回は未定ですが、お楽しみに。

1日遅れですが

Chiq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日及び本日運転された、国鉄色急行「ちくま」を中心にお届けします。



Chiq2  昨日及び本日ということで、本当は昨日取材したかったのですが、仕事が入り、断念。そこで「一時雨」「一時雪」の予報に気が重いまま、昨晩自宅を出発しました。予報通り夜中に雨が降り、愛車を濡らしましたが、一時的で、目が覚めると、「何か、良い感じ!」になっていました。



 今回は、信越本線安茂里~川中島間の、犀川堤防から構えました(写真)。写真のとおりの場所で、雑誌通りでしたが、掲載後周辺は一変、携帯電話用の鉄塔が建ち、9連の「しなのサンライズ」全体の撮影は不可能となってしまいました。3連の長野色115系が行き過ぎます。



Chiq3  間もなく、長野行き「しなのサンライズ」号が行き過ぎます(写真)。平日は169系9連ですが、休日は1編成落とし6連でした。



Chiq4  暫くしてから、同列車の折り返し、169系6連戸倉行き普通がやって来ます(写真)。この写真を撮ると、5人いたファンは3人移動し、残りは私ともう1人になってしまいました。



Chiq5  間もなく169系3連が長野方面に行き去ります。それが長野で折り返し、しなの鉄道に戻ってきます(写真)。今日は、しなの鉄道169系全編成が稼働しています。



Chiq6  合間に、こんな写真が(写真)。EF64重連、手前63号機、奥67号機です。塗装のブルーの濃淡が違いますが、これは63号機がJR貨物大宮車両所で、67号機がJR貨物広島車両所で整備されたことによる違いで、他にも貫通路等塗装が異なります。分かりやすいですねえ!どちらがお好みですか?



Chiq7  しなの鉄道も主力は115系(1000番台)で、JR東日本から譲渡された車両を、塗色変更して使っています(写真)。169系は元急行形で、あまり使われません。しかも169系を含め直流急行形は、現存13両(しなの鉄道12両+JR東海保存車1両)のみです。しなの鉄道保有車4編成12両のうち1編成3両を、国鉄色(湘南色)に期間限定で塗り替えたので、丁度話題になっているのです。それが今回の遠征の主目的でした。



Chiq8  合間にはJR東海383系特急「しなの」も走りますが、最短6両、最長10両で、残念ながらこの場所では、はみ出してしまいます。その代わり、といっても何ですが、飯田線快速「みすず」運用に入る、JR東海313系1700番台3連(恐らく海シンB151編成と思われる)を写しました(写真)。終点長野はもうすぐです。



Chiq9  そして真打ち、169系湘南色「ちくま」がやって来ました(写真)。なお、昨日は長野への送り込み回送も見られたと、一緒にいたファンの方が言っていました。昨日来られた方は羨ましい。



 ここでの撮影は終わり、出発しました。



Chiq10  運転行程の書かれた雑誌を家に忘れ、そのファンの方に、終点松本到着時間を教わり、松本に行ってみました。篠ノ井からの篠ノ井線は単線が大部分で、高速で行けば十分追い越せます。しかし、途中の姨捨(鉄道三景に数えられる撮影でも名所)のスイッチバックは情報不足で、今回は断念、残念です。



 松本駅前に車を停め、入場券を買って待つと、やって来ました、「ちくま」が(写真)。しなの鉄道S52編成です。



Chiq11  停止し、乗客が降ります。その間に、撮影を。横川方(EF63連結側)クモハ169 6です(写真)。ヘッドマークも急行全盛期のものです(これはレプリカか)。EF63との協調運転用に増設された、運転台下部のジャンパ栓に要注目。モハ168 6が続きます。



Chiq12  軽井沢方、クハ169 19です(写真)。169系が残っていることは、そのまま碓氷峠区間復活への希望をつなぎます。採算面で無理、という気もしますが、1万円払ってでも乗車したい区間であり、日本の鉄道技術の結晶の遺産でもあり、復活を期待したいのですが。しかも金沢には、489系だって残っているんですよ!



 そして取材を終え、帰宅しました。



 今回の169系国鉄色は、3月末までの限定だそうです。今週末は、確実に運用に入る絶好のチャンスでした。今後は一般運用に混じり運用されるのでしょうが、時間があまりありません。早めの記録をお薦めします。



Chiq13  おまけ。長野から松本に帰り、岡谷経由で天竜峡に戻るJR東海313系3連(写真、海シン(神領車両区)B151編成)。かつて静岡の115系がこなした運用を、飯田線用313系3編成でこなします。313系は安泰ですが、車齢の浅い115系(最終形2000・2600番台)さえも廃車したJR東海、117系、119系に何の躊躇いがあるでしょうか。こちらも目が離せません。



 それでは、次回をお楽しみに。

最果ての地へ

Soyaq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は過去の資料映像から。久しぶりに北海道ネタです。



Soyaq2  鉄道写真を本格的に撮り始めたのが平成9年、その翌年である平成10年9月に、北海道の稚内へ行きました。その当時はまだ「スーパー宗谷」もなく、札幌から稚内へ行くことは、一日がかりの大旅行でした。



 写真は午前10時過ぎに札幌駅に入線する、「宗谷」編成です(写真)。手前からキハ400(キハ40直噴改造車)147、同143、キハ182 38(一般車併結改造車)、末尾稚内寄りがキハ480(キハ48直噴改造車)300番台(車番不明)の4連です。当時、団臨用お座敷車にキハ400を3両捻出するために、特急用ながら余剰のあったキハ183系中間車キハ182の変速機を3両改造、同時に冷房用発電機を搭載し夏期対策も行われました。同列車折り返しは夜行急行「利尻」で、中間にスハネフ14 500番台を挟みます(気動車・客車併結編成を見なくなってから、かなり時間が経ちますね)。正直デコボコ編成ではあります。



Soyaq3  到着すると、特大の「宗谷」ヘッドマークを取り付け、出発準備が始まります(写真)。



Soyaq4  中間車のサボ(写真)。キハ182にもサボ受けが設置されていました。



Soyaq5  平成17年4月に再訪すると、夜行特急となった「利尻」はキハ183系グレードアップ編成に替わっていました(写真、手前がキハ183 1501)。しかし中間のスハネフ14 500番台は変わりません。



Soyaq6  そして当時、それから現在まで続く宗谷本線の顔、「スーパー宗谷」です(写真、手前キロハ261 202)。キハ261系の投入で札幌~稚内4往復体制が確立されました(そのため旭川~稚内間運転の、キハ54急行「礼文」が廃止されました)が、その後残念ながら夜行特急「利尻」は廃止、「スーパー宗谷」2往復、「サロベツ」(かつては天北線(当初の宗谷本線である旧線)経由の「天北」だった)1往復で現在営業されています。



 正直言って、「まりも」も、「利尻」も、「オホーツク9・10号」も無くなり、北海道鉄道旅行は自由度が縮小しました。つまり、周遊券で車中泊が出来なくなりました。やはりご時世か。でも、復活するよう、心から願うのみです。JR北海道さん、寝台にも特急にもこだわらないので、どうか考え直して!



 明日は仕事のためお休みです。明後日はお届けしたいとは思いますが。それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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