根尾谷を遡り

Tarmiq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、樽見鉄道を取材しました。



Tarmiq2  今朝も自宅を発ち、向かったのは大垣。大垣からは東海道本線美濃赤坂支線、養老鉄道(旧近鉄養老線)、そして樽見鉄道(旧国鉄樽見線)が走り、交通の要衝です。本当は午後は養老鉄道を取材しようと思っていましたが、先ずは記念品を。養老鉄道では、「ひょうたん切符」、「はまぐり切符」を発売中です。購入を頼まれており、早速購入しました。



 そして再びJR改札を通り、7番線の樽見鉄道へ。間もなく樽見鉄道のLEカー、ハイモ230-313(昭和63年富士重)が入線しました。



Tarmiq3  同車の車内(写真)。多くの鉄道会社で見られたレールバスをベースに製作されたLEカーであり、後の軽快気動車への橋渡しをしました。第1号は名鉄キハ10形、八百津線で使用され、後のキハ20、キハ30と発展しましたが、キハ10形はくりはら田園鉄道予備車となった後、同線廃止で廃車され、キハ20、30は、名鉄非電化区間全廃に伴い海外に売却されました。しかし同型はまだ多くの私鉄、第3セクター鉄道に残存します。



 暫くの停車の後、同車は本巣に向け発車しました。



Tarmiq4  一駅目、東大垣で暫く停車。「行き違い待ちします」とのことで、待つと、今話題のハイモ295-617がやって来ます(写真)。話題の理由は、同車はもと三木鉄道所属のミキ300-105だからなのです。昨年の同線廃止で、3両の軽快気動車の動向が注目されましたが、北条鉄道と樽見鉄道が1両ずつ購入しました。残る1両は不明です。



Tarmiq5  間もなく北方真桑、という所で、上を跨ぐ鉄道橋梁が(写真)。位置的にも、旧名鉄揖斐線廃線跡と思われます。同線車両は、福井鉄道と豊橋鉄道市内線に移動しました(美濃線からは土佐電気鐵道に移籍した、運の良い車両もある)。



Tarmiq6  間もなく、同車両の終点、及び車両基地のある本巣に到着します(写真)。同車は客を降ろし、北に移動、入換、車両基地に入っていきました。



Tarmiq7  車両基地の反対側の留置線には、かつて多客時、及び朝の高校生輸送に従事した、14系客車5両が処分保留で留置されています(写真)。春の花見のシーズンなどには大活躍でしたが、同線のセメント貨物輸送が廃止され、機関車も廃車、同車も不要となり、処分保留になっています。



Tarmiq8  駅を出ると、すぐ左手が機関区(車両工場)です。中には、三木鉄道車両の入線で今後が危ぶまれる、ハイモ230-301です(写真)。庫内で暗く、明るい部分と混ぜると全体が黒く潰れるので、入らないようにしました。



Tarmiq9  ホームに戻ると、先ほど乗車したハイモ230-313は給油され、洗車され、一番手前の線路に入線、続いてその北側には、先ほどは引上線に入線していた、ハイモ230-314が入線、2両が並びました(写真)。



Tarmiq10  暫くして、樽見からやって来た大垣行きハイモ295-516が、本巣に到着します(写真)。三木鉄道車両が入っても、同鉄道最新、最強の車両です。「ハイモ」に続く「230」「295」は、エンジンの出力(PS)で、後100台は番台区分、末尾2桁が車両番号です。つまり同車は「16番」が編成番号ならぬ車号です。



Tarmiq11  その後に、庫内で待機していたハイモ295-315が入線します(写真)。樽見行き列車は、本巣で車両の乗り換えです。



Tarmiq12  先ほどのハイモ295-617が、本巣駅に入線します(写真)。同車は、ここで運用から解放され、入庫します。



 私は、先ほどのハイモ295-315に乗り、終点樽見を目指します。



Tarmiq13  同線は、根尾谷を流れる根尾川に沿って上っていきます。 終点一つ前の水鳥(みどり)では、真っ直ぐ上っていた線路が、急にカーブをし大回りします(写真)。迂回した場所には建物が。この場所は、濃尾地震で発生した日本最大の断層、根尾断層のある場所で、建物は資料館、断層が分かるような展示になっていましたが、水害で資料喪失したともいい、現在はどうか。



Tarmiq14  そして終点、樽見に到着(写真)。かつて客車列車があった時代の、機回しが出来る配線が残っています。先回訪問時には、駅前は小さな木造駅舎が一軒建っていただけですが、今は平屋ながら木造の建物が扇形に建ち、観光の拠点にしようという意気込みを感じます。因みに樽見駅は銘木「淡墨桜」の最寄り駅、それ以外のシーズンにも「うすずみ温泉」行きバスが接続します。



 そして来た道を戻ります。



Tarmiq15  本巣まで戻ると、行き違う下り列車は再び車両が交替、後に先ほど入庫したハイモ295-617が、再び運用に就くべく、入線します(写真)。乗車したかったのに、3度残念でした。



Tarmiq16  しかし、今回来て、617の記録がないのは問題です。仕方がないので、同車が樽見から大垣まで戻って来るまでの時間(約1時間半)、大垣で待つことにしました。間にもJR線に色々興味ある車両が入線しましたが、今回は載せません。



 待った成果があり、やっとやって来ました、ハイモ295-617が(写真)。塗装は、三木鉄道時代の塗装が残りますが、車体広告の部分が追加され、変化があります。この広告は樽見鉄道での営業開始後に追加されたと、雑誌に載っていました。



Tarmiq17  車内の様子(写真)。同線初、そして三木鉄道時代と変わらぬセミクロスシート車両です。ハイモ295は、いわゆる軽快気動車で、初代レールバスの時代から、格段の進歩がありました。まあ、レールバスというのは、バスと同程度の年月走ればいい、という設計の車両ですが。



 この後、養老鉄道に行くことも考えましたが、時間的にも不十分であったため、またそのうちに行きたいと思います。



 今回、元三木鉄道の車両が入線しました。北条鉄道も行かねばなりません。最後の1両も、良い行き先が見つかるよう願うのみです。



 それでは、次回をお楽しみに。

今日は主役です!

Kisiop1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「きんてつ鉄道まつり2009in塩浜」を取材しました。



Kisiop2  昨日の記事がありませんが、昨日は一日中雨だったため、強行しての取材も考えましたが、結局連休前の愛車整備に使い、大遠征に備えました。



 そして今日も雨かと心配しましたが、朝から晴れ、迷わず塩浜へ。塩浜駅前には、近鉄塩浜検修車庫があり(写真)、時間が遅く行列こそありませんでしたが、多くの来場者がありました。



Kisiop3  そして中へ。私は部品には興味ない(部品が欲しかったら、朝一番に来なくては!)ので、早速車両の展示を。左はモト94、右は”新ACE”22951始め2連です(写真)。先日の試乗会は4連の初号編成であり、今日は4連の第2編成かとも考えましたが、「いや、2連が来るのでは?」と予感したことから、行くと、現在は1編成のみの2連でした。運用を都合して今日の登場となりました。内部の展示会も行っていましたが、まあ先回4連に乗車しているし、と思い、行列には並びませんでした。アーバンライナーの「ゆりかごシート」を更に改良したシートの座り心地は如何でしたか?



Kisiop4  そして、昔は塩浜のイベントでも隅の方でくすぶっていた、電気機関車、デ31形デ32です(写真)。今回は形式解説まで付いていました。昔はF級巨大電機を想像していましたが、実際はD級、仕事は車庫内の牽引(牽引車)です。元は狭軌だった名古屋線貨物の牽引に当たった同機、伊勢湾台風に伴う改軌で同機も改軌されたようです。同型機はあと2両、デ31とデ33があったようですが、養老線で改軌されることなく引退したようです。



Kisiop5  奥にはバラスト運搬用のモーターカー、隣は「はかるくん」クワ25(後はモワ24)です(写真)。やはり同検修車庫は線路が本線寄りにあり、車両展示スペースは制限されます。そのため長大編成を幾つも並べる、ということは出来ません。実はこの後にマルタイ等の展示がありましたが、気付かずに過ぎてしまいました。



Kisiop6  真ん中の模擬店スペースには2101が(写真)。2000系3連の名古屋方先頭車ク2101で、電車と綱引き用に準備されていました。



Kisiop7  その南側工場の南は、車両を側方に移動させるトラバーサがありました(写真)。51トンまで移動させることが可能です。



Kisiop8  先ほどの編成の反対の先頭車、2002がアントに牽かれトラバーサに載せられます(写真)。奥の柱は駆動用の電力供給用の3線のパンタグラフです。



Kisiop9  トラバーサ南側には、1201系1301始め2連で、子供制服・運転手体験が出来ました(写真)。2連なのが手頃なのでしょう。



Kisiop10  1233系1347始め2連で、車掌体験です(写真)。一番行列が長く、90分待ちでした。その南側は本線からの入口、最初の建屋になります。



Kisiop11  先ほどの”新ACE”の反対側、22651です(写真)。先日の22601との違いは、シングルアームパンタグラフが2基(22601は1基)であることです。



Kisiop12  トラバーサ北側の建屋では、車両を床下から眺めるピット見学ツアーが(写真)。ヘルメットをかぶり、車両の中心部の下側を眺めることが出来ました。しかし、「油分にご注意下さい」とのことでした。



 そして色々なイベントがありましたが、概ね撮影を終え、外に出ました。



Kisiop13  塩浜駅ホームから、会場の検修車庫を眺めることができます。先ほどのモト94、奥にはモト96、隣には”新ACE”22651始め2連があります(写真)。



Kisiop14  そしてその北側に、デ32が(写真)。



Kisiop15  一番北側が「はかるくん」クワ25・モワ24です(写真)。



Kisiop16  撮影のため急行を1本遅らせると、向こうはビスタEX30000系、32057始め4連が(写真)。この直前には”アーバンライナー・ネクスト”21020系が走り去りましたが、残念でした。



 先回参加した2年前と比べ、新しいイベントが幾つかありました。今後とも新たなイベントを期待したいですね。



 それでは、次回をお楽しみに。

渡らぬ橋。

Shiroq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、飯田線を取材しました。



Shiroq2  高速道路の割引が始まって約3週間、今回初めて利用しました。運転も1か月ぶり、車での取材に至っては、ほぼ2か月ぶりです。



 そして先ず到着したのは、湯谷温泉(写真)。湯谷温泉駅は、戦前の鳳来寺鉄道時代には温泉旅館も併設していました。写真の駅舎の2階が旅館でしたが、現在は閉鎖されています。



 駅前には、かつて出発時に客が値段を決められる温泉旅館があり、現在も営業中ですが、今でも値段が決められるのでしょうか。



Shiroq3  そして今日のメイン、城西~向市場間の、水窪川に架かる橋梁です(写真)。この橋梁、どこか変わってる?



Shiroq4  20分ほどして、下り電車がやって来ます(写真)。よく見ていてください。



Shiroq5  電車は対岸に渡りました(写真)。



Shiroq6  しかし、次の瞬間、元の岸に戻ります(写真)。つまり川を渡らずに戻ってしまうのです。



 このような橋梁が建設されたのは、当初この地区の通過をトンネルで設計したものの、断層等地質の関係で工事が難航し、結果断念、橋梁に設計変更されたためです。結果、このような橋梁になりました。あまり見ない橋梁です。水窪の少し手前、飯田線に乗車されたらそんなことを思い出しては如何でしょうか。



Shiroq7  飯田線はそこから長野県に向け走りますが、道路はそうはいかない。フォッサマグナが通る同地域、静岡県の水窪(現在は浜松市内)から先は、ヒョー越峠は細い道、増して青崩峠は歩道が国道です。そのため、飯田線長野方面を目指すには、一旦佐久間まで戻る必要があります。



 それで戻った佐久間。中部天竜~佐久間間の天竜川橋梁は、発電所(電源開発(株)佐久間電力所)を背景にしています(写真)。丁度電車が通ります。



 飯田線は、豊橋~豊川間は15分間隔、そこから新城までは30分間隔です。その後段々間引かれ、中部天竜~天竜峡間は約2時間間隔です。天竜峡から飯田方面は、また電車間隔が短くなります。つまり中部天竜~天竜峡間は人口希薄地帯で、電車が走る写真はなかなか撮れません。その一駅目でした。



Shiroq8  佐久間から車で1時間、大嵐へ(写真)。同駅は静岡県浜松市天竜区内ですが、浜松市の他の地区と繋がる県道は、現在通行止めです。そのため、今は天竜川を一旦愛知県側に渡ります。同駅はかつて日本最小の村と呼ばれた、旧富山村(現豊根村)の玄関口でもあります。そのため同駅舎も同村の費用で建てられました。



Shiroq9  同駅ホームから(写真)。駅は行き違い可能な構造ですが、前後はすぐトンネルで、双方の出入口が拡幅されています。かつて佐久間ダム建設で付け替えられ、天竜川に並走した県道(飯田線旧線)は、トンネルは通行可能なようですが、前後の道路が崩壊したのか、通行止めです。本州に、車の行けない所なんて!



Shiroq10  川を渡り愛知県側に戻り、更に車を進めます。カーナビが「小和田駅」を示します。車を停め、対岸を見渡すと、確かに飯田線の駅らしき姿が(写真)。しかし対岸に渡る橋も、線路沿いに走る車道も、全くありません。これが3県境の駅、小和田なのです。あるのは歩道だけ、他のものを全く寄せ付けないような所です。多分カーナビで「小和田駅」と指定すると、この場所で「目的地周辺です!」と言うのでしょう。駅は静岡県(浜松市天竜区!)になります。間もなく、長野県です。



Shiroq11  更に進み、道が所々良くなっています。並走区間で、気付くと、2本の鉄橋が(写真)。「何線?」と思っても飯田線しかありません。佐久間ダム関連か、その他の理由か、線路が付け替えされた姿で、左奥が現在線、右手前が旧線です。側面表記には「第1北沢橋りょう」と書かれていました。



Shiroq12  ここから暫く道路は、飯田線旧線と並走しています。右手に滝の流れる沢、その横を鉄橋が(写真)。これも飯田線旧線のようで、新線は周辺を通っていません(トンネルなのでしょう)。「精進沢橋りょう」と書かれていました。手に届きそうな高さでした。



Shiroq13  間もなく平岡、というところに見えた、旧線の橋梁(写真)。橋梁名は失念しましたが、前後はトンネル、北側のトンネルの先はシェッドになっており、側面の穴から入れるように保線用階段が設置されていましたが、入口には金網の扉が設けられていました。



Shiroq14  そして平岡へ。かつて機関区があった、という位の敷地があり、その跡地を潰し、「龍泉閣」という天龍村村営の温泉施設が駅舎に併設され(正確には駅が併設されている)、余地は駐車場等に利用されています(写真)。ここで日没、取材を終え帰途に就きました。



 やはり、豊川鉄道や鳳来寺鉄道、伊那電気鉄道は、割と平坦な所を通っているので、建設は比較的楽でしたが、山間部の人口希薄地帯を通した三信電気鉄道は、非常に建設の困難な場所を通っています。それを通したことは、すごいことです。当時の苦難が偲ばれます。



 今後とも、時々飯田線がらみは取材したいと思います。それでは、次回をお楽しみに。でも、道路トンネルも単線用だったなあ!

New Continental Wave(Story2)#3

Aladq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、アラスカ・カナダ国境を越える”ホワイト・パス”鉄道の様子をお届けします。



Aladq2  同鉄道は19世紀に建設され、当初はSLによる営業が行われていたことは、先回も述べたとおりです。しかし日本より鉄道近代化の早かった北米、当然非電化区間ではディーゼル機関車ということになります。木製橋梁もそれに合わせ順次鉄橋に交換されました。



 現在ホワイトパスを通るのは、ホワイトホース行き1往復を除くと全て観光列車、国境で折り返しです。先ずは何両もの旧式客車を牽く3両のディーゼル機関車です(写真)。峠道、勾配は急です。



Aladq3  国境のホワイトパスの信号場で、機関車が客車を切り離し入換を(写真)。通常は転車台で回転させる、大型のアルコ製の電気式ディーゼル機関車の前後を、小さめのGEの電気式ディーゼル機関車が挟んでおり、回転の手間を省き出力不足の面も解決しました。アメリカの列車は、兎に角長い!



Aladq4  そして反対側に機関車が連結されましたが、しかしこれもなかなかの勾配!(写真)。大変です。右端には、旧線の木製橋梁が小さく写っています。



Aladq5  そして帰り道、ついに木製橋梁を越えます(写真)。破損で一部鉄橋に交換されていますが、まだまだ木製部も残っています。なかなかの風景です。



 こんな感じで、自分の撮っていない写真でブログを書いてしまいましたが、様子は分かると思います。運の良い方は、是非行ってみてください。



 明けてからは取材です。次回をお楽しみに。

New Continental Wave(Story2)#2

Alasq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回もアラスカ編、貰い物の写真でお届けします。



 ゴールドラッシュでカナダ北部やアラスカにも人が集まり始めた19世紀後半。それに伴い、当時最新の技術だった鉄道が、このアラスカにも敷かれました。まだまだ技術も未熟で、木製橋梁を渡れる軽量な機関車が使われたようです。現在も記念碑に残るアラスカ鉄道1号機(写真)。アメリカ式表記0-4-0、日本表記なら0B0とでも呼ばれる、小さな機関車です。



Alasq2  向きを変えて正面から(写真)。”1”という番号も見えます。横のトーテムポールが、ネイティブ・アメリカン(昔で言うアメリカ・インディアン)の土地だった時代の名残を残します。



Alasq3  次は現役でしょうか、線路に載るホワイト・パス鉄道69号機(写真)。こちらは2-8-0(1D0)のコンソリデーション、貨物用の軸配置ですが、”White Pass”(白い峠)と呼ばれる勾配線、旅客にも使用されたのでしょう。奥には、タンク貨車が見えます。



 こんな感じの鉄道です。行きたくなりますが、アンカレジまでならともかく、そこから船とは!やはりお金がかかります。



 そういえば、動画サイトには”スノーエンジン・ワン”の活躍風景が何本かあるようです。英語で”Snow Engine One”と調べては如何でしょうか。



 やはり第3話が必要なようです。お楽しみに。

New Continental Wave(Story2)

Alaskasnowengine1_2  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、久々に外国編です。



 先日家族がアラスカに行き、写真を撮ってきました。クルージングのため、あまり陸の写真はありませんでした(船は嫌いではありません)が、途中船がスキャグウェイ(アラスカ州)に寄港し、ここからかつてゴールドラッシュに湧いたホワイトホース(カナダ国内)へ向かう、いわゆる”ホワイト・パス・ルート”をサミットまで行くという、観光列車に乗車しました。



 GEやアルコのディーゼル機関車や客車、駅舎も古く、それらの写真も魅力的でしたが、やはり圧巻だったのは、写真の”スノーエンジン・ワン”です(写真)。除雪のシーズンではなく展示されているだけですが、世界最大の蒸気式ロータリー除雪機関車、しかも現役で稼働します。手前の人の大きさからも、巨大さが分かります。しかも後には炭水車が!まさにスチーム式の除雪車ならではの姿です。本当は冬に行くのが良いのですが、船でしか行けないホワイトパス、困難さが分かるでしょう。私が行くのは、多分退職後、そんな頃までは”スノーエンジン・ワン”は現役ではいられないでしょう。



 明日は取材の予定です。次回をお楽しみに。

こんな天気良き日に#3

Sanho1q1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日3回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、三岐鉄道北勢線を取材しました。



 近鉄四日市まで戻った私は、目指すは桑名へ。JR・近鉄共用駅である桑名駅を東口に出て、目指すはバスターミナルの中の、北勢線西桑名。東口に「西桑名」なのは、かつてこの線がさらに東まで敷かれていた名残。駅も1面1線の中間駅の構造です。



 そして乗車券を購入、駅には271始め3連楚原行きが(写真)。終点に行くには1本後なのですが、これに乗車しました。



Sanho1q2  三岐鉄道に移管される前は近鉄、その前は三重交通、更に北勢電気鉄道、元々は北勢鉄道なる鉄道が始まりでした。近鉄の廃止の表明、そして三岐鉄道に移管されてから、かなりの駅が移転しました。移転した新駅、東員にはバラストの基地があり、ホッパ車とモーターカーがあります(写真)。



Sanho1q3  横の留置線には274始め3連が入線し、乗車した271始め3連と並んでいます(写真)。乗車した編成は冷改済み、274には「非冷房車」ステッカーが貼られています。検車に合わせ車内に冷房装置を設置する改造が、順々に進んでいます。全編成に達するにはまだ時間がありますが、今後が期待されます。地上設備(電力関連)も整備されるのでしょう。



Sanho1q4  そして工場があり、かつては駅もあったという北大社信号場に達します(写真)。場内信号が、駅もないのに設けられています。右上の信号が本線、左下の信号が工場への側線です。



Sanho1q5  少し進むと分岐、工場への線路が見えてきます(写真)。ここには、2面3線の駅がありました。つまり上下行き違いプラス始発が可能だったのです。駐車場が周囲に設けられない、というのは分かりますが、駅を廃止する必要まであったのでしょうか。まあ、利用客の関連もあったのでしょうが。



Sanho1q6  そして列車は楚原に到着(写真)。20分後の阿下喜行きを待ちます。



Sanho1q7  そして阿下喜に到着。駅横には北勢電気鉄道226が(写真)。保存状態はあまり良くないですが、補修中、屋根に防水帆布を張っているようです。元々は他の場所に保存していたものを、ここに持ってきたようです。



Sanho1q8  駅を出て、南側に。かつてイベント用に設置された線路は、現在写真のとおりです(写真)。手前に転車台があるのは、かつて北勢線のニブロクと同じ「下工弁慶号」(下松工業高校の訓練用蒸気機関車)を借り、同線で展示していたからですが、同機を同様の理由で借り受けた下津井電鉄同様に色々とあり、結局返還され、余った線路に北勢電気鉄道226を乗せました。



 そういえば、下津井電鉄で平成になってから新造され、同社の鉄道事業全廃で僅か数年で廃車となった、下津井電鉄の観光電車”メリーベル”を購入する計画は、どうなったのでしょうか。時間が経てば経つほど、復元が困難になると思うのですが。



Sanho1q9  226、その後のかつて「下工弁慶号」用の車庫として建てられた建物は、「軽便鉄道博物館」に衣替えのようです(写真)。腕木式信号もあります。



Sanho1q10  阿下喜の駅舎を建て替えた、というのは先回訪問時でしたが、現在は駅前の整備も終わり、バスやタクシーのターミナルが完成しました(写真)。ただ、かつては三重交通の鉄道部門ということで、道の反対側には三交バスのターミナルがありますが、三岐鉄道に移管ということで、三岐バスとの競合という事態になり、現在は遠く離れてしまいました。



 西桑名~阿下喜間片道480円、つまり往復960円です。40円多く1,000円払うと、阿下喜駅前徒歩3分の「あじさいの湯」に入浴が可能です。そのため、温泉を浴びてしまいました。



Sanho1q11  帰り道、変わったデザインの電車に遭遇します。連結面も連接車で普通じゃない。「そうだ!ナローの女王だ!」と思いだし、長時間停車を待ち撮影しました(写真)。手前202、ここから3両が200系で、後に1両他系列が連結されています。そんな編成になるのは、200系は現在は電装解除され、その4両目のみが電動車だからです。



 200系は、三重交通当時、湯の山線用に製造された新車です。しかし湯の山線改軌で転用、北勢線にやって来ました。連接車という特殊な構造が原因か増備されず、現在に至ります。整備性にも難があるのでしょう。



Sanho1q12  202の車内(写真)。連接車の特徴が分かります。そして喜びを胸に帰宅しました。



 三岐鉄道、内部・八王子線、そして北勢線と、ローカル三昧でした。特殊な鉄道ですが、特殊であるが故に魅力的です。今後とも機会を見つけ乗車したいと思います。



 これで今週は終わりです。次回をお楽しみに。

こんな天気良き日に#2

Kinuhq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、近鉄特殊狭軌線(内部・八王子線)の取材です。



 近鉄富田を発った私は、そのまま近鉄四日市へ。1日フリー切符の広告を見てのことですが、実際行ってみると、前売り券のため当日は使用不可で、しかも本日が販売最終日でした(使用は明日まで)。珍しい切符、ということで買うことも考えましたが、やはり断念しました。



 そこで通常券を買うと間もなく発車ベルが。西日野行きが私を乗せ発車しました。



Kinuhq2  分岐駅、日永に到着(写真)。イメージは、JRで言えば雀田(小野田線と同本山支線の分岐駅)か、それとも名鉄の吉良吉田か。八王子線が全線健在時は4号線までフル稼働だったのでしょうが、現在は4号線はレールもなく、朽ち果てています(写真右端がその部分)。2号線には、内部発四日市行き263始め3連が発車を待っています。



Kinuhq3  そして日永から1駅、八王子線の終点西日野へ(写真、手前はク161)。かつてはその名のとおり八王子まで続いていたそうですが、水害で被災、西日野以遠は復旧することなく廃止されました。駅は線路跡を取り込んで復旧した県道まで続いています。



Kinuhq4  反対側、モ262です(写真)。1M2Tの経済編成です。車体はかつての近鉄マルーンではなく、パステル調の単色のカラフル塗装になっていますが、ラッピング電車もあります。



Kinuhq5  モ262の車内(写真)。先頭車はこんな感じのバス型固定クロスシート、中間車のサはロングシートです。冷房車はなく、夏場はラインデリアの吹き出す風の当たる席が最初に埋まります。



Kinuhq6  一駅戻り、再び日永へ。行き違うようにク163始め3連が入線します(写真)。乗り換えに便利なダイヤですが、単線の行き違いの関係で必然的に決まったダイヤでもあります。



Kinuhq7  そして内部線の終点、内部に到着(写真)。終点はこの10メートルほど先、国道1号線の横で止まっています(旧東海道とは、1駅手前の追分で交差している)。



Kinuhq8  西日野どころか、日永や泊でも無人駅、有人駅は四日市と当駅内部だけです。他の駅も駅舎はあるものの、無人です。日永で、乗車券を渡し、外に出ます。駅舎はこんな感じです(写真)。確かに普通の駅です。



Kinuhq9  前の写真左手には、写真のとおり内部車庫が広がっており、狭軌線の車輌を管理しています(写真)。富吉検車区の支区とされています。しかし、検車はここで行うのでしょうか。確かに狭軌線車両の他工場への陸送も、変な感じですが。



Kinuhq10  車庫の建物の中には、ク114始め3連が入っていました(写真)。前の写真では、黒く潰れていますが。



Kinuhq11  乗車した列車、モ263の運転台(写真)。普通運転台は、右端か左端に寄っているものですが、同車は中心にあります。運転台左後方には、車内に入るドアがあります。



Kinuhq12  内部線の行き違い駅である泊で、ク162始め3連と行き違います(写真)。実は通常は内部線2編成、八王子線1編成でも営業は成り立つのです。ただ検車時の予備も考え、現在の両数になっていますが。



Kinuhq13  そして列車は、終点四日市10号線に入線しました(写真)。



 これらの鉄道の元々の起源は知りませんが、戦時統合の後、湯の山線共々三重交通の路線だった内部・八王子線。湯の山線が改軌され近鉄になり、同時に近鉄入りしたものの、現在は高架の片隅に設けられたホームから発車しています。線路の幅もニブロク(2フィート6インチ、則ち762ミリ)と狭く、スピードも出ませんが、細々と地域の足となっています。冷房化も困難なようですが、末永く愛されるよう願うのみです。でも、当日売りの一日乗車券も、つくってくださいよ!



 しかしまだまだお天道さんも高いので、続きがあります。ニブロクで元三重交通は、あれがあるではありませんか。第3部をお楽しみに。

こんな天気良き日に#1

Sansa1q1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日最初の”Tetsu”をお届けします。今回は、三岐鉄道を取材しました。



Sansa1q2  今朝も自宅を発ち、近鉄富田へ。三岐鉄道の旅客列車は、近鉄富田から発車します(写真、手前はクモハ102、反対はクモハ101)。元西武401系、昭和39年所沢車両工場製です。これに乗車します。



Sansa1q3  三岐鉄道の心臓部、保々の工場には、801系(車番不明)が(写真)。元西武701系、流山電鉄でも見られる車両です。



Sansa1q4  保々駅にはクモハ751始め3連が(写真)。完全に元西武、(新)101系です。三岐線最新の電車です。



Sansa1q5  大安でしょうか、ED45 6とED45 4の重連貨物が行き違います(写真)。セメント貨物列車、JR富田でJR貨物のDD51が引き継ぎ、関西本線でJR四日市、末広可動橋を経て四日市港に向かいます。



Sansa1q6  そして西藤原へ。駅舎は写真のとおり、蒸気機関車を模しています(写真)。



Sansa1q7  西藤原駅ホームには、東側からSL102、三岐通運のスイッチャー、「いぶき」502です(写真)。



Sansa1q8  駅待合室にはユニオン・パシフィック鉄道(アメリカ)の”ビッグボーイ”の模型が(写真)。アメリカ式表記4-8-8-4、日本式表記2DD2、巨大な機関車だったことがわかります。本物は全長40メートルだそうです。



Sansa1q9  戻り道、セメント工場があり、貨物列車の終点である東藤原には、秩父鉄道タイプの電気機関車202が(写真)。最近稼働中の姿を見ませんが、それ以上に凸型電機、ED301は幻なのでしょうか。



Sansa1q10  かつて貨物ヤードであったであろう伊勢治田には、現在処分保留の車両が多数です(写真)。黒い石灰石ホキに混じり、クハ1608始め2両があります(601系、元西武571系)。これで形式消滅なのでしょう。



Sansa1q11  その反対側にも保留車、電気機関車2両が(写真)。ナンバープレートは外され、番号は不明です。疎開か。



Sansa1q12  すると、踏切が鳴り出します。保留車の向こう側で、ED45 5と同1の重連が、セメント貨車の返空回送列車を牽いています(写真)。セメント会社の名前が、大きく入っています。



Sansa1q13  こちらからはED45 8と同9の重連が、短いセメント貨物を牽いています(写真)。これだけに重連は不要に思われますが、JR富田からの折り返しを考えると、必要な両数です。



Sansa1q14  間もなく、クハ1751を先頭に、751系が入線します(写真)。まだ1編成ですが、今後西武から続々と入線するのでしょう。すると古い電車は引退に追い込まれます。次は、どれか。



Sansa1q15  丹生川には、いつもどおり貨物鉄道博物館が(写真)。毎月第1日曜日(1月は第2日曜日)に開館、それ以外の日は展示車両のみ見ることが出来ます。詳しくは、三岐鉄道のホームページにて。



 そして、丹生川から751系に乗車しました。



Sansa1q16  クモハ751の車内(写真)。西武時代から、どの位変わったでしょうか。しかし外観は三岐色になりました。



Sansa1q17  そして近鉄富田に到着(写真)。戻ってきました。



 久々の新車である三岐鉄道751系。早く馴染むよう願うのみです。しかし置き換わる電車にも、注意が必要です。記録を残すよう心がけたいと思います。



 これで第1部を終わります。第2部をお楽しみに。

天竜川の畔にて#2

Sak4q1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、再び佐久間レールパークを取材しました。



Sak4q2  いつもどおり自宅を発ち、豊橋から飯田線に乗車、辿り着いた中部天竜。今日の119系は、海カキE10編成でした(写真)。



Sak4q3  2番線奥の留置線には、117系4連、海カキS14編成が(写真)。今日の臨時快速「佐久間レールパーク号」に充当された編成のようで、号車に「自由席」表示がついていました。



 駅構内の撮影を終え、駅舎へ。駅の臨時カウンターでスタンプカードを押して貰い、今回JR博物館の入場券目録を貰いました。準備が出来次第郵送されるそうです。



Sak4q4  そして駅併設の「佐久間レールパーク」に入場。3月28日から4月末日まで、写真のキハ48036の車内が、特別公開されています(写真)。中に入ります。



Sak4q5  車内の様子(写真)。昭和31年、東急車輌製の同車は、戦後初の本格的液体式気動車キハ17系の1両とされ、同系のシートは落成時ビニールクロスであることから、その後の茨城交通在籍時に青いモケットに張り替えたのでしょう。他は当時のままなのでしょう。



 運転台にも入れましたが、警備員が横に立っていました。部品盗など、決して考えることのないように。



Sak4q6  北西側から眺めた図(写真)。今回の特別公開のために、写真のとおりの仮設階段が2つ設置されています。



Sak4q7  その北側には、先月訪問時には無かったキハ181 1が(写真)。ヘッドマークを新製したのか以前のものと異なり、JR博物館収納の準備が整いました。なお同車は、昭和43年富士重工製です。黒く潰れていますが、密着小型自動連結器下の黒い部分は、電気連結器のようです。



Sak4q8  奥には控車チキ6132を従えたソ180(ソ80形操重車)(写真)。かつて道路が未整備だった時代、事故時のクレーンはこれしかありませんでした。



Sak4q9  先日の上司のお気に入りは流電、モハ52です(写真、モハ52004)。戦前にこんな流麗な電車があった、ということが驚きなのだそうです。今見ても流麗です。



Sak4q10  直流教習制御車、クヤ165 1です(写真)。種車はサハシ153(ビュッフェ・普通席合造車)で、こちら側が元調理室、窓割りが当時のままです。昭和30年代、急行でもこの車両(ビュッフェ)が2両も連結されていました。新幹線でも食堂車・ビュッフェのない今、時代を感じます。



Sak4q11  以前は南東側一番端はクハ111 1だったと思いましたが、今はクモハ12054です(写真)。この車両も車内公開されていました。中に入ります。



Sak4q12  車内の様子(写真)。木が多用され、非常にウッディーです。写真正面側は元からの半室運転台、木製の扉が閉じていました。写真後側は、両運転台化改造で増設された全室運転台でした。



Sak4q13  食事をして駅を見ると、先ほどの117系4連が2番線に入線しています(写真)。この後の313系でも良いとは思いましたが、確実に着席できると思い、乗車すべく駅に向かいました。これが豊橋行き臨時快速、「佐久間レールパーク2号」になりました。方向幕は「臨時」です。



Sak4q14  モハ116 58の車内(写真)。ほぼオリジナルのままです。このまま、来年引退の模様です。来年には、JR東海の電車は、3系列に整理されます。しかし、私なら117系ベースのジョイフルトレインをつくることを思いつきますが、非省エネの抵抗制御、というのがやはり引っ掛かるようです。



Sak4q15  沿線の三河川合には、かつてのホッパの跡、及び仮設橋桁があります(写真)。ヤードが広く、貨物の扱いもあったのでしょう。



Sak4q16  更に下り、途中駅本長篠の様子(写真)。この側にかつて豊橋鉄道田口線が入線し、ホームもここにありましたが、台風で寸断、終点三河田口までさよなら列車が走ることなく廃止されました。今は待避線として残りますが、線路が細く、優等列車等速い列車は通れない雰囲気です。



Sak4q17  そして「佐久間レールパーク2号」は、終点豊橋に到着しました(写真)。運転士引継があり、営業列車の合間を縫い、大垣車両区に帰庫したようです。



 佐久間レールパークは、今後も月替わりで車両の特別公開を行うそうです。私も、出来るだけ毎月行きたいと思います。少し朝は早いですが、臨時快速「佐久間レールパーク1号」を使えば、名古屋方面からも乗換無しに行けますので、こちらもどうぞ。



Sak4q18  おまけ。豊橋で帰りの電車を待っていると、反対ホームに珍しい、211系が来ます(写真)。今は豊橋~米原間を受け持つ大垣車両区で2編成8両だけとなった211系、0番台海カキC2編成です(写真、手前がクモハ211 1)。クモハがある、ということを除けば、JR東日本の211系0番台と同じ固定セミクロスシート仕様の電車です。C2編成は割と見かける気がしますが、C1編成は最近お目にかかりません。何故でしょう。



Sak4q19  おまけ2。大府では、手前衣浦臨海鉄道KE65 3(DE10形)、後にEF66 107が(写真)。衣浦臨海鉄道は、武豊線から分岐、同線は非電化です。そのため、大府まで出張るようです。EF66 100番台は、昭和の増備機(0番台)と外観が異なります。



Sak4q20  おまけ3。笠寺には国鉄特急色EF65 1064が(写真)。PFも更新色がありますが、やはりこの色が一番落ち着きます。



 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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