伝統の路線

Takeq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、武豊線を取材しました。



 豊橋から東海道線に乗った私は、大府に到着します。そして乗り換え、2・3番線ホームに。間もなく名古屋発武豊行き区間快速が入線します(写真)。キハ75、前から1、101、403、503です。



Takeq2  東海道線南側には、名古屋南部貨物線(未成線)に繋がるはずだった貨物線が。ヤードには、衣浦臨海鉄道KE65 2と、EF66初期型更新色が(写真)。貨物列車の機関車は、ここまで衣浦臨海鉄道のディーゼル機関車、ここからJR貨物です。



 そして、キハ75に乗車します。



Takeq3  武豊線旅客線は東海道線の上下線の間から分岐、下り線をオーバークロスし南に向かいます。この部分貨物線は別線で、貨物ヤード、東海道貨物線の南側に入ります。そのため、旅客線の高架から貨物線が見えます(写真)。貨物線の踏切です。そして、南側で合流します。



Takeq4  そして、最初の駅、尾張森岡に到着(写真)。1面1線、小さな駅です。



Takeq5  運転台助士側には、放送機器等があります(写真)。キハ75は、最大12連まで考えられているようで、ボタンが12個並びます。運転台のドア開閉等の表示は、8+4の列で、8両基本+4両付属などと、まるでキハ85のような設計です。足回りも同じ、連結器が違うのが最大の問題ですが、今更キハ85の自連は、必要性が無くなってしまいました。



Takeq6  間もなく、緒川に到着(写真)。高架の駅です。正面はショッピングセンターです。



Takeq7  次の石浜で、ワンマン運転のキハ75 502と402の2連と行き違います(写真)。



Takeq8  次は、東浦です(写真)。対向式ホーム、右奥には保線用モーターカーがあります。



Takeq9  東浦を過ぎるとすぐ、衣浦臨海鉄道碧南線の分岐が(写真)。2つめの左への分岐が碧南線です。同線は境川を渡り、碧南まで続きます。



Takeq10  次の亀崎に到着(写真)。周辺は単線非電化の直線の線路が続き、軌間を除けばアメリカのような雰囲気です。



Takeq11  乙川です(写真)。対向式ホームです。



Takeq12  半田駅が見えてきました(写真)。島式ホームと駅舎を結ぶ跨線橋は、明治43年11月に建設された、日本最古の跨線橋のようです。元は駅舎側に1番線があったようですが、廃止、2・3番線のみ使われています。3番線に区間快速名古屋行きが入線しています。



Takeq13  次は、東成岩、駅の北側から北東(写真左後方)に向け、衣浦臨海鉄道半田線が分岐します(写真)。



Takeq14  半田線に入る貨物列車は、一旦東成岩駅に入り、機関車を反対方向に付け替え、入線します。丁度KE65 5牽引のコンテナ貨物が、入線の準備をしていました(写真)。



Takeq15  そして終点、武豊に到着(写真)。終端表示の先にある橋桁には、「立切川橋りょう」と書かれています。



Takeq16  駅を出て、南に向かうと、写真のとおり桁のない橋台があります(写真)。延々と草原は続き、鉄道用地の頭の赤い杭も延々と並んでいます。このまま武豊港貨物駅まで繋がっていたのでしょう。



 元々武豊線は、東海道本線建設の資材運搬用のため建設された鉄道で、東海地方ではもっとも古い明治19年の開業です(区間は武豊~熱田間)。最も歴史と伝統がある路線です。その後の名鉄の開業で利用者は減りましたが、しかしJRは廃止する考えは無いようで、車両は特急と同じ足回りを持つキハ75を投入、今後はキハ25(国鉄キハ25とは別)を新製する予定です。今後、電化・複線化を望む声もあるようですが、先ずは15分ヘッドでそこそこの利用がなければ、それをJR東海が行うとは思えません。利用者増、それが最大の課題でしょう。



Takeq17  おまけ。半田駅前には、武豊線SL最終列車牽引機、C11 265(昭和19年日車)が静態保存されています(写真)。横には半田市鉄道資料館があり、毎月第1・3日曜日に公開が行われているようです。しかし車両の状態はイマイチで、ナンバープレートもありません。残念。



 それでは、次回をお楽しみに。

天竜川の畔にて#3

Sak5q1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、またしても「佐久間レールパーク」を取材しました。



Sak5q2  いつもどおり自宅を発ち、豊橋へ。豊橋発天竜峡行き119系、海カキE12編成が、出発を待っています(写真)。乗車すると、間もなく発車します。



Sak5q3  そして中部天竜へ。駅の側線には、117系海カキS12編成が、ヘッドマークステーと「佐久間レールパーク号」のヘッドマークをつけています(写真)。



 そして、ポイントカード、スタンプラリー景品を受け取り、入場します。



Sak5q4  今月の車内公開は、オハ35 206(昭和16年日車)です(写真)。車内に入る階段が設置されています。



Sak5q5  同車の車内です(写真)。戦前製のため半鋼製か、内装は全て木です。しかし黄緑のモケットが張られ、昭和40年代の急行まで主流のスタイル、50年代のキハ48、キハ40までまで引き継がれたボックスシートです。布張りのクッションというのもそのままです。しかし照明は電球でした(新製当時、蛍光灯はまだ一般的ではなかった)。



Sak5q6  こんなポスターも残ります(写真)。懐かしいのか、それとも新鮮なのか。



Sak5q7  出口横には、「形式 オハ35 自重31.15瓲、換算 積3.5 空3.0、17-5日車」と書かれます(写真)。



 因みに「換算」とは、簡単に言えば10トンの車両何両分か、ということで、この車両空車5両なら「換算15両(注:機関車除く)」ということになります。ここから機関車の牽引定数に基づき、列車速度指定等が決まります。



Sak5q8  三等車のマーク、”III”です(写真)。かつては赤帯が入りました。因みに一等車は白、二等車は青で、戦前の特急は「富士」(一・二等特急、白と青)、「櫻」(三等特急、赤)と、列車まで等級の色で分かれていました。



Sak5q9  所属区所は、「名マイ」です(写真)。名は名古屋鉄道管理局ですが、「マイ」とは、何処か。古い区所は分かりません。



Sak5q10  いつもの流電、クモハ52です(写真)が、密着連結器に中間連結器が取り付けられています。クハ111 1の同じ側にも取り付けられており、場内移動、車両整備の準備か。既に何両かは新博物館展示用の整備も終わり、ED11等、現在整備のため展示されていない車両もあります。



Sak5q11  一番西側、駐車場寄りでは、ミニSLが運転されています(写真、有料(100円))。今日もイベントが行われ、明日も行われます。



Sak5q12  合間には、給水、給炭が行われます(写真)。ここまで本物なんです。



Sak5q13  そして今回も短時間で帰途に。「佐久間レールパーク2号」に乗車します。今日のイベントには「さわやかウォーキング」のキャラ、カメの着ぐるみが紐を引き、発車合図の汽笛を鳴らします(写真)。空気式ですが音はSLと同じです。



Sak5q14  そして豊橋へ。旧豊橋機関区の一番本線寄りの線路には373系、静シス(静岡車両所)F11編成です(写真、クモハ373 11)。特急「伊那路」用の車輌、元は「ムーンライトながら」の合間の運用でしたが、同列車が季節臨に格下げになった関係で、時刻も大変更されました。便利な時間になったでしょうか。



Sak5q15  そして117系S12編成は豊橋駅5番線に到着します(写真)。同列車は、列車の合間を縫って大垣に戻りました。



 今後とも、11月の閉園まで毎月の車両公開に合わせ、月に1回は行きたいと思います。今後ともご期待下さい。



Sak5q16  おまけ。豊橋駅4番線には、海カキC1編成が(写真、手前クモハ211 2始め4連)。2番がC1編成で、1番がC2編成というのは、何故でしょう。



 そして早く戻りすぎた関係で、「青空フリーパス」の有効活用のため、後半戦の取材を行いました。次回をお楽しみに。

EuroWave#4

Eugreeceq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、ヨーロッパ編最終回です。



 ローマを発った第2投稿者は、ナポリを経由し、アドリア海へ。そしてギリシャ、アテネへ。今でこそユーロの使える国ですが、かつては周りをトルコと東側諸国(古いですねえ!)に囲まれ、西側最貧国、観光が主産業で経済が大変な国でした。今でも決して豊かではありません。そのため、路面電車等が現在も重要な交通機関です。



 写真は、その路面電車、LRTです(写真)。TA10019と書かれた5車体式の低床電車、正面のイメージは西武30000系”スマイルトレイン”でしょうか。構造は恐らく広電の”グリーンムーバー”(ドイツのシーメンス製)と同じでしょう。日本でも”グリーンムーバー・マックス”が製造される(アルナ・近車・三菱重共同製作)現在、やっと日本の路面電車もヨーロッパに追いついた、と言うべきか。しかし広島で乗った”グリーンムーバー”はヨーモーメントが酷く、現在広島では整備中の方が多数です。



Eugreeceq2  ローマもありましたが、やはりアテネも多いのが、トロリーバス(写真)。これも13844とナンバーが入っています。流石に、立山のようなVVVFではないでしょうが。これも「無軌条電車」という、法律上の名があります。



 こんな感じで旅行を終えたといいます。



 次回は、天気さえ良ければ明日の予定です。お楽しみに。

EuroWave#3

Euroq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回もヨーロッパ編、そのクライマックスです。



 フィレンツェを発った第2投稿者は、次にローマ近郊の港に到着。ここからローマまで、またしてもイタリア国鉄に乗車し、それまでの「終点」という日本語を、「終着駅」という言葉に塗り替えた、ローマのテルミニ駅に到着しました。



 同駅は「終着駅」に相応しく、多数の車両が並んでいます。最初は”ユーロスター・イタリア”です(写真)。機関車式のTGVベースの編成(ユーロトンネルの”ユーロスター”と同形か)、機関車は27Bと書かれています。ボギー車か連接車かは写真からは判定できませんが、恐らくTGV式の連接車でしょう。鮮やかな赤の塗装がモダンで、洗練されています。これは、新幹線同様高速列車です。”Direttissima”をガンガン飛ばすのでしょう。



Euroq2  次はイタリア製なのでしょう銀色の電車、ETR470です(写真)。”CISALPINO”(イタリア語でアルプス南側のこと)と青い字で大きく書かれています。これも高速列車です。



Euroq3  ETR470の隣は、E464-432という電気機関車に牽引された編成ですが、機関車は落書きだらけです(写真)。他も落書きが多く、イタリアの現状が分かると、第2投稿者は言っていました。しかし新幹線が在来線も走れるとは、JRも羨ましいでしょう。



Euroq4  次は”Leonard Express”です(写真)。テルミニとフィウミチーノ空港を結ぶ電車のようで、ダ・ヴィンチの肖像画も描かれています。しかし連結器は密連でも、自動式でもなくリンク式で、緩衝器(バンパー)も見えます。現在もなお、連結手を危険にさらすこの連結方式がヨーロッパでは主流です。勿論、乗り心地はこの方が上ですが。



Euroq5  次は同じくE464形かE464-262電気機関車牽引の列車、その横は緑の電車です(写真)。



Euroq6  次は電車2様、右の電車はダブルデッカーです(写真)。2階建ての設計は、大体どこでも同様になります。イメージは近鉄の初代「あおぞら」か。



Euroq7  最後はE444-883という電気機関車牽引の列車です(写真)。カメラがコンデジで反応が遅く、これが限界だったと、第2投稿者は申しておりました。



 イタリアにはあまり良い思い出はありません。十数年前、まだユーロトンネルの無い頃に、ロンドンからドーヴァー、さらにフェリーに乗りカレーに上陸、フランスを夜行で行き過ぎ、翌朝ミラノで乗り換えローマを目指すと、列車(インターシティ)がナポリ行きだったために、信じられないことにローマのテルミニに入らず、郊外のティブルティーナ駅で停車し、テルミニを経由せず行き過ぎてしまいました。しかも現地通貨リラが無く、テルミニに直通する地下鉄にも乗れず、徒歩で1時間以上かけテルミニまで行き、駅構内の両替所でやっと現地通貨リラを手に入れた、という苦い思い出があります。まだ9月で地中海は非常に暑かったです。イギリス以外の主要国は皆ユーロになった今、現地通貨の両替なんて日本でも出来ることで、ただの笑い話になりましたが。



 やはり、個人旅行で大陸を目指すなら、ラテン系の言葉の一つは話せないと、旅行は成り立ちません。南欧で、英語しか話せないことを何と言うか、知っているでしょうか。英米のエリート男性は、思春期には男だけの寮生活で、偏りが生じます。その一方大陸の女性は皆オープンで、日本人のような珍味を探す女性も多いです。そこで英語しか話せないと、フランス女性首相の言葉を借りるまでもなく、何と言われるか分かるでしょ!



 次回はイタリアから海を渡ると辿り着く、あの国なのですが、市街地しか行かなかった、と第2投稿者は申しておりました。ヨーロッパ編第1話最終回、まあお楽しみに。

EuroWave#2

Eufoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日3回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、ヨーロッパ編第2回目です。



 フランスを発った第2投稿者は、順番通り次にイタリアへ。フィレンツェ、斜塔のピサを目指すため小さな港町に到着しました。フィレンツェはご存じの通り内陸の街ですので、何らかの交通機関を使わねばなりません。そこでイタリア国鉄を利用したそうです。



 乗車した電車でしょうか、Ale642-051と番号が書かれています(写真)。少し古さを感じる車両です。



Eufoq2  同車のボディには色々な記述が(写真)。1000V、1500V、1500V、3000V、AC380Vとも書かれ、どうも電源のことのようですが、詳細は分かりません。



Eufoq3  同駅に保存されるスイッチャーです(写真)。DL、ロッドでスポーク動輪が繋がっています。大体こういう車両は、どこの国でも同じような形になります。しかし機材の限界でこのような写真になりました。お許しを。



 次回がこのツアーのメインイベント、注目の車両が登場です。それでは、次回をお楽しみに。

EuroWave#1

Eumoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回から暫く海外編です。



 本”Tetsu”には船好きの第2投稿者がいる、ということはあまり知られていませんが、先回のアラスカに続き、今回念願のヨーロッパものが手に入ったので、お届けします。



 今回も船で出発し、フランス南岸の港に立ち寄り、そこから街を目指すところ、鉄道がSNCF(フランス国鉄)の電車に出くわしたそうです(写真)。全ダブルデッカーの4連が2編成で8連、前4両は赤く、正面に”440”と書かれています。側面には、”Provance-Alps-Cote D’azur”、”Monaco”とも書かれていました。やはりフランス、デザインも洗練されています。ボンバルディア製の中国CRH1と同じイメージです。



Eumoq2  後4連は同様なデザインながら青で、23519とも書かれています(写真)。



 やはりデザインは民族性が出るもの、車でもやはりヨーロッパ製の車は多くの人が憧れます。日本車も技術的には優っていてもデザインでは及ばない、というのはこういうことなのでしょう。



 暫くはこの話題が続きます。次回をお楽しみに。

流感流行りし日に#4

Zoomoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は過去の写真から、南海「ズームカー」特集です。



 先回も「ズームカー」は大井川鉄道に行った、と書きましたが、写真はその大井川鉄道から。元南海高野線21000系、左奥が21003、右手前が21004です(写真、平成18年4月新金谷にて撮影)。非貫通の湘南顔です。当時の車両は国鉄のモハ80系の影響が強く、大体こんなデザインです。



Zoomoq2  同系は4両現存します。同日営業に就いていた、21000系21001です(写真、千頭にて)。後に9600形49616が見えます。



Zoomoq3  反対側は21002です(写真)。当時としては贅沢な転換クロスシート、今でもまあまあな装備です。



 先日同車はテレビに出ていて、車内に飲料水の自動販売機を設置しているようです。事実は、現車にて確認しましょう。



Zoomoq4  さらに過去に戻り平成17年、岸里玉出にて撮影した、手前2252、奥2202の編成です(写真)。こちらも全電動車の元22000系と思われますが、現在ワンマン化改造が施され、ローカル化した高野線汐見橋~岸里玉出間の営業に就きます。



 同時期、孤立線だった南海貴志川線(現和歌山電鐵)の車両も、2270、2700を名乗っていましたが、1両はTcで、ドアの位置も異なり、違うようでした。



 今回はこんな感じです。それでは、次回をお楽しみに。

流感流行りし日に#3

Kamroq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、南海高野線「天空」試乗会を取材しました。



 昨晩の香川県から橋を渡り、本州上陸、そして昨日の投稿を。そして車を駅前に置き、橋本へ。南海なんばにしようかとも思いましたが、駐車場代を考えると、適切な判断だったでしょう。



Kamroq2  そして集合、駅構内でなんば組と合流します。間もなく、31000系「こうや」南海なんば行きがやって来ます(写真)。初めて撮影しました。1系列1編成4両の存在です。



Kamroq3  暫くして、今日の目的、2258始め2両、及び2304始め2両の4連が入線します(写真)。2258、及び2208が観光列車、「天空」です。元「ズームカー」、大井川鉄道に残る21000系「ズームカー」との違いは、正面貫通型であること。橋本まで他系列と併結し、橋本から分割、急勾配を登り、高野山の麓、極楽橋まで行く車両でした。21000系は現在も残りますが、22000系はひっそりと消えたと、解説がありました。その22000系の復活がこの車両、2208及び2258「天空」でした。



Kamroq4  40分弱で極楽橋に到着(写真)。ここで乗り換えです。



Kamroq5  待っているのはケーブルカー(写真、手前21、奥11)。2車体式の巨大なケーブルカー、約300人乗車が可能なようです。昭和39年日立製です。



 終点が高野山駅、ここからバスに乗り換え、高野山千手院橋の歴史ある商店で昼食、金剛峯寺等訪問し、高野山観光を楽しみましたが、写真は省略です。



Kamroq6  観光を終えると、駅にバスで戻ります。高野山駅はこんな感じです(写真)。寺社風建築の2階建てです。



Kamroq7  同駅2階は元貴賓室、現在は待合室にされています。展示があり、20000系特急「こうや」の写真がありました(写真)。現在同車は引退しています。



Kamroq8  同駅地下の機械室の見学が出来ました(写真)。大型モーターで駆動される直径5メートルの車輪が見えます。通常は自動運転でブレーキは電気制動、しかし手動運転も可能で、ドラム式非常ブレーキもあります。



 そして再び乗車、極楽橋に降ります。



Kamroq9  極楽橋では車内撮影会になりました。2258の車内(写真)。木目の内装、シートは全て高野山向き右手側を向いています。2208も同様です。



Kamroq10  2208運転台寄りドアのあった場所は、開閉式のオープンスペースとなっています(写真)。横には50‰とも、”Zoom Car”とも書かれています。



 そして同車に乗車、学文路に行きました。



Kamroq11  学文路ではタイミング良く用意されたバスがやって来て、乗車しました。乗車約10分、高野線吉野川橋梁にやって来ました。



 間髪置かず31000系「こうや」極楽橋行きがやって来ます(写真)。下車に手間取った人は撮れませんでした。



Kamroq12  次は2300系2301始め2連、「さくら」がやって来ます(写真)。2300系は2連4本、「さくら」は初号編成です。



Kamroq13  次は30000系30003始め4連「こうや」なんば行きです(写真)。単線に片持ち式の架線支持で、光線さえ良ければ撮影には完璧な場所です。ここで後を振り向くと、先ほどの橋梁です。



Kamroq14  その橋梁を2352始め2連「はなみずき」が極楽橋を目指します(写真)。03には「しゃくなげ」の名がついています。



 これを撮り終えるとバスに乗車し、最後の目的地に向かいます。



Kamroq15  最後は橋本駅近くの小原田車庫にて撮影会です。「天空」、2300系、物販の3つを交替交替に行います。



 私は先ず「天空」から(写真)。足回りまでバッチリです。



Kamroq16  次は2300系、2354始め2連「コスモス」です(写真)。まだ新車の部類に入ります。2300系は橋本~極楽橋間の普通を中心に運用される車両、01、02、03デビューに遅れること数ヶ月、04もデビューしました。つまり同編成は、高野線最新車両なのです。



 そして物販、学文路の入場券を買い、バスで橋本に戻り、橋本組は解散、なんば組は特急「りんかん」で戻ります。私も車に戻り、帰宅しました。



 やはり高野線は橋本までの運用とそこからの運用が、50パーミルの勾配で分かれてしまいます。スルーする運用は全電動車編成が、それ以北は経済編成が当たります。今回は特殊な運用になる橋本以南を、十分に堪能しました。良い感じです。



 でも、皆さんのお帰りの特急「りんかん」が、橋本以北しか入れない(高野山に行けない)1系列1編成の特急車、11000系ではなかったのが、ちょっと惜しかったなあ!

流感流行りし日に#2

Mureq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、高松市内の鉄道の話題をお届けします。



 数年前、琴電の冷房化率向上のため旧車が引退する際、何度か記念イベントが行われたのですが、動態保存車にはなれなかったものの解体を免れた3000系335は、道の駅「源平の里むれ」にて保存されるとの記述があり、訪問の機会を窺っていました。しかし四国へ行く、まして車で、というチャンスはなかなかありませんでしたが、今回機会を見つけ、訪問しました。



 国道11号を高松から鳴門に向け走ると、道沿いに道の駅「源平の里むれ」はあり、駐車場も完備されています。その北側一帯は「房前公園」という公園になっており、その一角に335は保存されます(写真)。地平からでは手前の柵が足回りに引っ掛かるので、脚立等があった方が良いかもしれません(私は使いませんでしたが)。



Mureq2  同車は車内も公開されています(写真)。営業当時そのまま、イタズラ等による傷みも殆どありません。



Mureq3  何気に運転台を覗くと、マスコンはウエスチングハウス社製(車両は日車製)でした(写真)。舶来です。



Mureq4  公園の北側は海です。公園と海の間を琴電志度線が走ります。丁度海沿いの急カーブで、スピードの落ちるところです。628始め2連が、増結編成801を従え3連でやって来ました(写真)。



Mureq5  旧車引退時に皆が撮影した「お立ち台」、あのこんもりとした山は、今は草木が生え、私有地でありロープが張られ、進入禁止というのでしょうか。その後の志度線も、名古屋市営地下鉄を種車にした車両ばかり(改造は京王重機)で、「車両博物館」だった昔ほど面白くありません。



 そしてここを発ちました。



Mureq6  時間があり、しかも車で、と思うと、また来てしまいました、八栗ケーブルです(写真)。電車から遠く、先回はタクシーで訪問した場所です。こちら八栗山は、まだ車には負けていません。



Mureq7  オレンジの1号(昭和39年日立)が出発を待っています(写真)。15分おきで運転されていたので、乗車しました。



Mureq8  釣瓶式のケーブルカーであり、青の2号と中間点で行き違います(写真)。デザインは同じです。そして山頂でお参りをして、降りてきました。



Mureq9  そしてこちらは3回目、屋島ケーブルです(写真)。営業は「休止」と書かれていますが、実際はどうでしょうか。現在建物は、タクシーの営業所に使われています。



Mureq10  裏に入ると、車両はこんな感じです(写真)。1号、こちらも釣瓶式です。車両の状態から、営業再開は難しそうです。



 屋島ケーブルは、並走する有料道路に負け、休止しました。現在屋島へ行くには、この有料道路を通るバスがあります。こちらのほうが八栗より電車の駅に近かったのに、残念です。1回目に、営業中に訪問していたのは運が良かったのですが、写真は残っておらず、こちらも残念。



 こんな感じで今日の取材を終えました。



 この後大移動をし、現在地にいます。明日は、どこからでしょうか。次回をお楽しみに。

流感流行りし日に#1

Tadoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、JR四国多度津工場で行われた、「きしゃぽっぽまつり」を取材しました。



 今日は、大宮でもイベントのある日。多くの方はそちらに行かれたのでしょう。私も、明日の予定があり、それまでの間どうするか考えましたが、大宮から明日の予定は考えられず、後半になる「源平の里むれ」にでも行こうか、と雑誌を眺めると、「多度津工場イベント」が載っており、これ幸いと昨晩愛車で出発しました。追い抜く新幹線を見る度に、「ああ、なんで今回も電車に乗らないのだろう!」と嘆きますが、機材も多く、易きに流れてしまいます。



 そして未明に四国入り、多度津工場前での駐車を目論みますが、早朝にはそんなことは出来ません。路駐するにも道が細すぎ、結局多度津駅前まで行き駐車しました。



Tadoq2  多度津駅からはシャトル列車が入場券だけで乗車できる、と書かれていたので、購入し駅に入ります。駅の高松寄りにはアンパンマントロッコ編成が、1両増結し停まっています(写真)。どうもこの編成がシャトル列車になるようです。



Tadoq3  すると、ホームには、今日に合わせ運転された、「讃岐鉄道120周年記念号」が入線します(写真)。四コチ(高知運転所)のオロ12の3両を使用し、前後をDE10で挟みプッシュプルで運転されます。1両1両紹介したいですが、都合で省略します。しかし客車は1両カーペットカーも入っていました。



 この編成が発車した後に、先ほどのトロッコ編成が入線し、シャトル列車となりました。第1便は超満員です。



Tadoq4  列車は駅を一旦観音寺側に出発し、転線、折り返し高松側にある多度津工場引き込み線に入線します。まもなく予讃線から分かれ、北に向け分岐します(写真)。そしてUターン、西向きになります。



Tadoq5  十数分かけ工場構内に入り、到着します(写真)。増結されたキハ185 1018には、「アンパンマン」のヘッドマークが取り付けられています。



Tadoq6  同編成の横から覗くと、非シールドビームの旧式クハ111(車番不明)と、フリーゲージトレイン試作第1編成のうちの1両(GCT01-1)が見えます(写真)。クハ111は保留車でしょう。フリーゲージトレインは試作第3編成までありますが、この姿は何故?



Tadoq7  その南側には2107が(写真)。四マツ(松山運転所)に所属し、主に宇和島行き「しおかぜ」に運用される同車、運用が空いているのも不思議ですが、今日は検車か。CC装置を利用した、振り子体験車両でした。JR四国2000系は、世界初の振り子気動車の系列です。



Tadoq8  隣には、DE10 1が(写真、昭和41年日車)。記念すべき第1号で、同形式はJR7社全てが保有していますが、JR東海保有機はピンチです。



Tadoq9  昨年話題になった、キハ58 293です(写真)。平窓の国鉄色車両、塗装の「猫のヒゲ」は、ミュージックホン装着車の塗装だそうです。



Tadoq10  営業当時同車の相方になっていた、キハ65 34です(写真)。国鉄色に塗り戻され話題になりましたが、引退しました。来年も残っているかどうかは、微妙です。今年来たのは正解でした。



Tadoq11  その隣は、ワラ1という有蓋車と、赤いトラ(車番不明)が(写真)。いずれも2軸貨車、ワムのサイズでワラとは。



Tadoq12  隣には、ヒ852(控車ヒ600形)と入換用のスイッチャーが(写真)。控車は、双頭連結器を装備しています。



Tadoq13  その南側には、C58 333が(写真)。工場内に保存されていることから、状態は良いようです。キャブにも入れました。昭和18年川崎車両製、昭和44年多度津工場で最後に整備された蒸気機関車で、準鉄道記念物だそうです。



Tadoq14  その後方(西側)には、2軸客車ロ481が(写真)。しかし復元車両だそうです。



Tadoq15  暫く歩くと、正門に辿り着きます(表題の写真)。改めて入場し、一番前にあるのは、Oゲージでしょうか、讃岐鉄道1号機関車の模型です(写真)。120年前に開業したときは、多度津工場の場所に多度津駅もあり、ここを起点に東西に分岐していました。陸揚げ基地も兼ねていたことから、海に隣接した同地に工場があるのです。その後連絡船の位置の変更か、多度津駅も現在のスルーする位置に移動し、予讃線も現在の姿になりました。



 この左手奥には、ヘッドマークが所狭しと並べられていました。



Tadoq16  入口右手側には木造、コンクリートなど建物が幾つかあり、今日は展示館に使われていました。その一つでは、明治に開業した当初に使われた屋根の鬼瓦が展示されています(写真、明治22年につくられたもの)。ほか多数の展示がありました。



Tadoq17  大きな建屋では、2153を使用したリフティング、台車入れを行っていました(写真)。クレーンは複雑な機械、免許が要ります。前後の2人のクレーン操縦士の、息が合った姿が見られました。



Tadoq18  そして一番奥、ミニ列車の後ろにトラバーサがあり、その後、一番目立たない場所に、フリーゲージトレインの残り2両がありました(写真)。フリーゲージトレインは、電車方式、軌道変換装置で新幹線と在来線の両軌間を走れますが、軸重が大きくなりすぎるという問題があり、未だ実用化に至っていませんが、長崎行き新幹線に使われることが既に決まっています。そのため試作第2編成、第3編成は九州でテストをしています。この後は解体中のキハ65 69と、平窓のキハ28(車番不明)でした。



 そして大体見終えたので、シャトル列車に乗車し、駅に戻りました。



Tadoq19  多度津駅前には今日も変わらず58685(8620形)が静態保存されます(写真)が、イタズラが多いらしくキャブに柵がしてあります。状態もあまり良くなく、残念です。



 こんな感じで取材を終えました。



 初めて参加したイベント、今年でなければ撮れなかった車両もあり、運が良いと思いました。来年大宮とどちらに行くか悩むのでしょうが、また来たいイベントですね。



 しかしまだまだ日は高く、次の取材を待っているようです。2回戦をお楽しみに。

カウンター
プロフィール

Seichiro

Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR