五月晴れの朝に

Satuq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、上野行き夜行の早朝の様子を取材しました。



 一年で最も昼の長いこの時期、夜行列車の早朝の様子を写すのには都合がいいのですが、通常は梅雨であり、雨ばかりです。そのため晴れた日を狙って撮影します。今朝の埼玉県方面予報は晴れ、そのため昨晩自宅を愛車で出発しました。そして熊谷駅からも程近い予定ポイントに到着しました。



Satuq2  設営を終え構えると、旅客の始発前に、EF65 1055牽引のセメントホッパ貨物が南下します(写真)。



Satuq3  次は、予定外の583系、クハネ583 20始め6連(秋アキ(JR東日本秋田車両センター)所属)の臨時列車が走り去ります(写真)。



Satuq4  次はEF65 1101牽引のコンテナ貨物が南下します(写真)。



Satuq5  最初のメインイベント、489系9連急行「能登」、金サワ(JR西日本金沢総合車両所)H1編成がやって来ます(写真)。



Satuq6  次は寝台特急「北陸」、EF64 1053「長岡」(JR東日本長岡車両センター、EF64最終番号)が牽引します(写真)。



Satuq7  次も団体、クロハ481 1029始め6連、新ニイ(JR東日本新潟車両センター)T18編成です(写真)。ATS-P対応です。



Satuq8  今一番話題の、EF64 38牽引、寝台特急「あけぼの」がやって来ます(写真)。かつては青森車両センターのEF81が上野までスルーしていましたが、山岳線の上越線には合わないのか、同区間をEF64に変更することになりました。そのため、茶色の37番と国鉄色の38番が、高崎車両センターから長岡車両センターに転属、0番台でのヘッドマーク掲示が行われるようになりました。



Satuq9  これで終わり、と思いきや、誰も移動しません。そのまま待つと、EF65 501(「高所」(高崎車両センター))牽引の旧客編成がやって来ます(写真)。誰も動かないわけです。



Satuq10  同編成の後側には、茶色のEF64 1001(「高所」)か続きます(写真)。プッシュプルです。



Satuq11  これでも移動する人は少数です。車に戻ると、前後の車の関係で移動が出来ません。7時半までは多分無理、と言われましたが、何とか出して貰いました。



 この撮影ポイントには、今日の天気もあり、約200名のファンが三脚を構えていました(写真)。もっと早く来ていれば、良い場所から撮影できましたが、残念でした。



 そして移動しました。



Satuq12  次は、いわゆる「ひがはす」(東大宮~蓮田間)と呼ばれるポイントにやって来ました。



 間もなく、485系下り「日光1号」が走り去りました(写真)。



Satuq13  暫くしてから、EF81 96牽引の寝台特急「北斗星」上野行きがやって来ました(写真)。



 「北斗星」「カシオペア」の牽引機もEF81からEF510への置き換えが決定し、記録が重要になってきました。



Satuq14  最後は、EF64 1019牽引の石油タンク貨物です(写真)。まだまだ取材しても良かったのですが、ここで終了、帰途に就きました。



 今年は空梅雨の様な感じもしますが、今日は天気も良く、撮影も上手くいきました。今度は、やはり「カシオペア」か。時間を見つけ、撮影したいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

天竜川の畔にて#4

Sak6q1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、再び佐久間レールパークを取材しました。



 いつもより少し早く自宅を発ち、豊橋へ。豊橋駅4番線には、特急「伊那路1号」飯田行き(静シス(静岡車両所)F14編成、手前クハ372 14)が、出発を待っています(写真)。乗車しても良かったのですが、都合で断念。普通に乗車します。



Sak6q2  そして乗車した普通は、クモハ119 5102、海カキ(大垣車両所)M2編成です(写真、豊川にて撮影)。新城行きです。



Sak6q3  同車の辰野方運転台(写真)。元々片運転台の同車、クハ118が同数無いことから、後に両運転台(cMc)に改造されたため、このような半室運転台になっています。車掌室(正確には「助士席」という)はパイプだけです。



Sak6q4  豊橋方運転台(写真)。こちらは変更なく、通常の全室運転台です。同車は昭和57年日車にて落成、昭和63年、平成元年に浜松工場で2度改造、両運転台化とインバータークーラー装備が行われました。インバータークーラー(C-AU211)は、JR東海旧式車の冷房化に多用されたクーラーで、113系・115系でも使用されましたが、これらは全て廃車、残るは119系のみです(なお211系(5000番台)は新製時から同型を使っている)。



 そして豊川で寄り道し、次の天竜峡行きの電車に乗りました。



Sak6q5  中部天竜で、同列車を下車(写真)。車両は海カキE6編成(手前クハ118 5009、奥クモハ119 5014)でした。



Sak6q6  側線には、海カキE17編成が(写真、手前クモハ119 28、奥クハ118 20)。屋根上は国鉄標準の集中型クーラー、AU75が載せられ、冷房電源もSIVではなくMGのようで、番号も+5000されていません。



Sak6q7  今朝の「佐久間レールパーク1号」に充当された、117系4連、海カキS8編成です(写真)。間もなく引退する117系、119系は、今年度中に記録しましょう。



 そして入場しました。



Sak6q8  佐久間レールパーク、今月の車内公開は、キハ181 1でした(写真)。同車は、当初特急「しなの」用に落成、中央西線全線電化で381系振り子電車が投入され、順次四国に移動、その後JR四国で廃車になるところを111系初号編成とともにJR東海に譲渡され、同パークで展示されています。中間車は美濃太田にあります。



Sak6q9  北側、連結面の様子(写真)。左側にはペイントで、「名ナコ」(名古屋鉄道管理局名古屋車両所)とも書かれ、検車表示も「48-5、名古屋工」(昭和48年5月名古屋工場)と復元されています。重量44.6t、空車4.5積車5.0(換算)と書かれています。



Sak6q10  客室の様子(写真)。恐らく昭和43年という時代から、落成時のシートは回転クロスシートと思われますが、JR四国時代にリニューアルされリクライニングシートに交換されたのでしょう。少し古い485系と同様のシートです。一番奥はデッキ、ドアは折戸です。



Sak6q11  客室の運転台寄りはディーゼル発電機等の機器を納めた機器室です(写真)。私が鉄道を追うようになった時には、既に四国にキハ181系はなく、山陰に残るのみでした。その時点で既に短編成化も進んでおり、キハ181が中間車になるような運用はなく、この部分を見るのは初めてです。先のドアは、正面貫通路です。



Sak6q12  正面左側には、運転席があります(写真)。マスコン(アクセル、左手側)、ブレーキ(右手側)共に前後に動かす構造になっています。ペダルはタイフォン(クラクション)です。



Sak6q13  運転台助士側ドアが出口でした(写真)。ソ180の隣に並んでいました。



 現在キハ181系は、大阪発姫路経由浜坂行き特急「はまかぜ」のみにて使用され、塗色もJR色に塗り替えられています。同列車も新型車に置き換えられる計画が発表されました。500PSエンジンを搭載した同系、間もなく博物館の車両になってしまうのですね。



Sak6q14  今日はED11 2が展示されていました(写真)。電化初期の輸入電機です。



Sak6q15  横のプレートには、”Electric Locomotive””750/1500 Volts DC””OCTOBER  1922””General Electric””N.Y.,U.S.A.”と書かれています。大正11年製です。当時の日本との国力の差を感じます。



Sak6q16  そしてお帰りは、またしても「佐久間レールパーク2号」でした(写真)。先ほどの117系海カキS8編成、飯田線で転換クロスシートは贅沢です。117系置き換え用の313系は普通に4連(0番台か車端ダンパー付きの5000番台かは不明ですが)でしょうが、119系の置き換えは3100番台か、それとも新番台か。単行電車も造るのでしょうか(身延線123系は、3000番台2連で置き換えました)。



Sak6q17  先回も撮影を失敗した、元田口鉄道、後の豊橋鉄道田口線路線跡。今回は分岐後の路盤擁壁を写しました(写真)。写真左奥(白い車の方向)に登っていく路線跡が分かります。



Sak6q18  そして田口線の発着ホームの跡が残る、本長篠駅(写真)。駅舎傍の細い線路が、その名残です。今は錆び付き、モーターカーも走るのか。昭和43年廃止、だんだん痕跡は無くなっていきます。



 今後とも、11月の閉園まで毎月訪問したいと思います。毎月車内公開の行われる車両は変わるので、皆さんも行かれては如何でしょうか。



 それでは、次回をお楽しみに。

「きらり」の街

Okatq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今週の”Tetsu”をお届けします。今回は、岡崎市電(名鉄岡崎市内線)関連イベントを取材しました。



 今朝もスロースタートで自宅を出発。一般道を経由し、岡崎市中心部、名鉄東岡崎駅(特急停車駅)からもほど近い、岡崎市図書館交流プラザ(写真、通称「りぶら」)に到着しました。図書館をメインに、文化発信の場所となっています。目の前には、岡崎公園(岡崎城址、徳川家康一族の松平家居城)があります。



Okatq2  入口には額縁に入ったポスターが(写真)。右には、今回の岡崎市電関連の企画展示、左には今日の特別講演のポスターが入っています。



Okatq3  1階に降ります。1階の常設展「岡崎むかし館」にて、今回の企画展「市内電車が走っていた頃の岡崎」が行われ、入口にはモハ65の正面のボードがあります(写真)。中に入ります。



Okatq4  先ずは、乗車券から(写真)。定期、乗車券、色々です。



Okatq5  次は、タブレットです(写真)。金属製の円盤です。



Okatq6  横には、市内線用電動貨車、デワ12のNゲージ模型が(写真)。本物が残っていれば、骨董品でした。



Okatq7  やっと展示室に入ります。先ずは、左がマスコン(電車で使われた本物、三菱電機製)、右が電車のヘッドライトです(写真)。高校の倉庫等になっていた廃車体から、貰い物をしたものだそうです。



Okatq8  奥には、電車に使われた布製の方向幕が吊されています(写真)。ほか、前身の岡崎馬車鉄道創設から営業廃止までの年表が掲示されています。



Okatq9  横には、廃止時のポスター、タブレットケースがあります(写真)。他には、沿線案内図絵等が展示されていました。今日はNゲージの運転会も行われていました。



Okatq10  今日の記念講演会会場である会議室前には、名鉄岡崎市内線と名鉄挙母線(廃止)乗換駅であった大樹寺駅(大樹寺は松平家菩提寺)のジオラマと、挙母線電車の展示がありました。



Okatq11  「岡崎むかし館」の床には、現岡崎市の衛星写真が描かれていますが、そこに今回は岡崎市内線の路線跡が描かれました(写真)。企画展の間だけ行われます。



Okatq12  午後1時から、講演会の整理券が配られます(写真)。早速中に入ります。



Okatq13  中では、パワーポイントを使い講演会が行われましたが、講演会の講師は肖像権、使用した画像は著作権の関係で撮影が禁止されました。そのため、準備中の様子しか写せませんでした(写真)。しかし、1時間半あまり、岡崎市の交通機関として有用だった岡崎市電(名鉄岡崎市内線)、そして路面電車の今後について、興味深いお話しを伺うことが出来ました。



 なお、今回の講演会を最後のイベントに、企画展も16日で終了します。興味のある方は、お早めに。



 残念ながら昭和37年に廃止された岡崎市電。しかし、今でも多くの人々の心の中を走っているのだと、強く感じました。今後とも、僅かな遺構でも残るよう、願うのみです。



Okatq14  おまけ1。岡崎市のジャズ好きの医師の造った「ドクターズスタジオ」が、病院閉院でレコード等国内屈指の資料を市に寄付、市でその資料を整理し同プラザ内にて一部公開しています(写真)。同建物にはレコーディングスタジオ数室も併設され、音楽ファンにはたまらない場所でしょう。



 実は私も高校時代ジャズミュージシャンを気取った時代がありましたが、残念ながらミュージシャンに必要なリズム感を磨けず、聞き手に変わりました。しかし、今でもラッパの音には五月蠅いです。



Okatq15  おまけ2。講演会の中で出てきた絵葉書のSLが、JR岡崎駅前に残ると聞き、早速行った岡崎駅。しかし本物のSLは見当たらず、探した結果発見したSLのモニュメント(写真)。機番は225、Oゲージサイズのレプリカが石の記念碑に載っています。JR岡崎駅西口駅前、興味のある方はどうぞ。



 それでは、次回をお楽しみに。

雨に濡れても(”Tetsu”600回記念)

 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は投稿600回記念で、久しぶりに写真のない記事です。



 確か400回記念では、鉄道写真第1号をお見せしましたが、そもそも、何故あの時期に鉄道写真第1号を撮ったのか、という話になります。何故でしょうか。



 子供の頃から鉄道は好きでしたが、高校進学で上京する際にそういう趣味は断ち切り、高校から大学までは垢抜けた都民を気取っていました。そして、鉄道研究会みたいな存在を当時は非常に卑下していました。そのまま就職し、垢抜けたまま社会人になろうとしたのに、何故戻ってしまったのでしょうか。



 「巌窟王」という小説があります(現在は「モンテ・クリスト伯」という)。幸福になるはずの若者が陥れられ、孤島の牢獄に捕らえられ、十数年後に脱獄し壮絶な復讐をする、という小説です。その主人公(モンテ・クリスト伯)ではありませんが、私も世間を僻んでいたのでしょう。



 それが何故鉄道に心を戻したかは、実は他のブログ風小説に整理されています(見つけられた方はすごい!)。鉄道の写真を撮ることが復讐、ではありませんが、過去を取り戻す術であったのです。



 それから約10年、過去は全部ではないものの、かなり取り戻すことが出来ました。やはり取り返せないから「過去」と言うのでしょうが。鉄道を写すことによって、不可能だったことも可能となり、二度とありえないようなことまで実現することもありました。そして、鉄道を通じ多くの知り合いが出来、「人の縁」というものを感じるようになりました。そういったものを、これからも大切にしたいと思います。



 今後とも、皆さんの楽しめるブログにしていきたいと思いますので、”Tetsu”をよろしくお願いします。

Rain’ve got fallen on my head.

Seimup1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「西武・電車フェスタ2009in武蔵丘車両検修場」を取材しました。



 昨日は土曜日に休載で、久しぶりにお休み。車で、静岡県山間部から長野県へと渡る林道へ。何でそんなところへ行ったかは、またそのうちに。そして飯田から中央道、そして今朝本イベント指定駐車場の宮沢湖へ。朝早くまだまだ時間がある、と思いきや、間もなくシャトルバスが3台やって来ました。そして乗車、開場目前の会場に到着しました。



Seimup2  そして入場します。最初は10000系ニューレッドアロー10701(第1編成池袋側先頭車)です(写真)。「小さな旅」と掲示されています。



Seimup3  隣はモハ2639と、高所作業車が(写真)。足回りはフォークリフトと同じ、昨年もありましたが、中間が蛇腹形に伸び上がります。乗車には事前応募が必要でした。



Seimup4  中心のトラバーサにはクハ2640が載っており、その横に乗客を乗せ前後に移動しました(写真)。同時に2両載せられるよう、線路が4本並んでいます。



Seimup5  本線側には新101系2連、右手前クモハ271、左奥クモハ272です(写真)。方向幕は「快速急行」「武蔵丘」になっています(写真)。現役でしょうか。



Seimup6  中央に戻ると、10101(先ほどのニューレッドアロー編成飯能方先頭車)が(写真)。方向幕は「特急小江戸」になっています。川越行きでしょう。



Seimup7  隣はクモハ2539です(写真)。4ドア、新宿線用車両のようです。



Seimup8  奥には、模型展示が。プラレール、HOゲージのジオラマもありましたが、Nゲージの模型、新101系のバラエティ他が並びます(写真)。西武道も奥が深い。



Seimup9  隣のブースではミニSLも(写真)。石炭の香りがし、汽笛も本物です。



Seimup10  トラバーサは同じレールに2台あり、もう1つは舞台に(写真)。鉄道アイドルが歌っています。その前の地盤はアリーナになり、座席及び物販ブースになっていました。



Seimup11  クモハ271の先は、本線です。電車来場者のためにパスモ対応端末が立っています。その向こう、本線側の隅に電気機関車、E34が(写真)。E33不調、というのは本当か(廃車されたのですね)。



Seimup12  先ずは西武新宿からの来場者を乗せた、30000系32203始め2連+38805始め8連の10両がやって来ます(写真)。「スマイルトレイン」、続々登場です。付番は、東武と同じ方法になりました。そして同列車は乗客を降ろし、一旦本線側に戻ります。



Seimup13  間もなく、西武池袋からの直通列車、10000系ニューレッドアロー10708(第8編成(西武池袋線用最終編成))始め7連が(写真)。新宿線用の異端車、第12編成(唯一のVVVF編成(他は抵抗制御))は、やはり来ないのか。



Seimup14  そしてセッティングされ、撮影会が(写真)。撮影会の乗客の整理は、私も含め不満が多いようでした。「撮影会希望者は、こちらへ!」という案内は、して欲しかったですね。混乱の中、撮影に集中しました。



Seimup15  そして、後を振り向くと、クモハ271・272にヘッドマークが取り付けられました(写真)。クモハ272の方向幕は、「拝島快速」「東村山~西武園」でした。



 他保線機械等各種展示されており、大方撮影し、帰途に就きました。



 やはりこの時期のイベントということ、雨対策が一番重要ですが、この武蔵丘車両検修場は巨大な一つの建物で、その辺はバッチリです。雨に濡れる心配が無く、良い場所です。今日は晴天でしたが、次回は雨でも行きたいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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