本当の最後です

Palq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、名鉄7000系”パノラマカー”最終営業の様子をお届けします。



 仕事のため、普段起きないような時間に出発し、結果仕事は早めに終了。早速車に機材を積み込み、今日のポイントに向かいました。場所は、名電赤坂駅傍の、田んぼの中です。「お立ち台」と雑誌に紹介される場所です。通過予定の2時間余り前に到着しましたが、既に50人ほどが構え、車を停める場所が無く、一苦労しました。



Palq2  三脚にカメラを載せ、調整を。間もなく2200系、2205始め6連が通過します(写真)。しかし、レンズは広角過ぎ、しかも右向き過ぎで、先頭が低木の陰に入ってしまいました。



Palq3  続いて、元1600系、現1700系+2200系、1704始め6連が通過します(写真)。右手前側2両が元1600系、一般席は2200系2330番台を名乗ります。最終編成です。



Palq4  次は1011始め6連がやって来ました(写真)。後4両一般席は1200系、3号車側にトイレ・洗面台のあるA編成です。1000、1050、1250、1200、1450、1400と並びます。



Palq5  次の特急は、1111始め6連が(写真)。手前2両の1000系は1200系増結時に方転、3号車に車掌室のあるB編成です。1100、1150、1350、1300、1550、1500と並び、百台が奇数です。1000系”パノラマSuper”は、一部指定席特急のみが残ります。



Palq6  続いて特急は1701始め6連、1700系+2200系編成の初号編成です(写真)。



Palq7  特急は時間4本、急行は豊橋行きと豊川稲荷行きが2本ずつ、普通伊奈行きは時間2本です。これは豊橋駅乗り入れに飯田線と線路を共用している関係で、豊橋駅が時間6本しか入線できず、結果このようになっています。



 その豊川稲荷行き急行、6401始め4連+6802始め2連の6連です(写真)。6401は、6500系初号編成です。後は6800系、この系列から2連と4連の系列が分かれることになりました(2連は、支線区路線上でトラブルがおきても大丈夫な対策が採られている)。6500系・6800系は前期形と後期形でデザインが違い、後期形は3500系ともよく似ています。



Palq8  1030系+1230系、1132始め6連です(写真)。1000系+1200系特急同仕様の特急列車を整備するため、7500系部品を再用し、製造された系列です。パンタグラフの位置が、2号車、4号車、6号車(1000系+1200系では2号車、3号車、5号車)と、異なります。



 時間が約2時間あったことから、焦点距離、カメラの向きが、大体調整できました。



Palq9  概ね2時頃、やや予定より遅れて、本宿から7011始め4連、パノラマカーがやって来ます(写真)。本日のメインイベント、皆炎天下この時を待っていました。間際に割り込もうとした人に、何時間も待っていたことを説明し、立ち去ってもらいました。



Palq10  皆のシャッターが、一斉に作動します(写真)。この場所だけで、約200人程度構えていました。構えた多数のファンに、運転手はミュージックホンで応えていました。



 しかし、小学生でしょうか、削除できない場所でカメラを構える人がいて、朝から構えていた人が激怒していました。下手すると、ポカリと一発食らう可能性があるので、変な場所には立たない、周囲に注意する、ということは必ず心がけましょう。



Palq11  そして行き去り、皆移動します。私は反対を向きます。



 暫くして、最後の停車駅本宿に向け、別れを惜しむようにゆっくりと7012を先頭に、先ほどの編成が伊奈から折り返してきました(写真)。もう少し線路に近い場所に陣取れば良かった、とは思いましたが、少し遅く、行き去ってしまいました。



 そしてこの後本宿で、東岡崎管区駅長が式典を行ったとのことですが、ここからでは間に合いません。そのままこのポイントを後にしました。車輌は舞木検車場に入場したとのことです。



 本当に、当たり前のように走っていた7000系が、全部無くなってしまいました。静態保存で残る一部の車輌を除き、解体されます。「残念」という一言では片付けられない、何とも言えない感じです。



 それでは、次回をお楽しみに。

天竜川の畔にて#7

Sakt1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、佐久間レールパークのある、中部天竜駅の様子を中心にお届けします。



 今日も普通に起き、普通に出発。用事がピンポイントのため、今回は車を選択しました。今日は夏休み最後の週末、もしかすると混んでる?と嫌な予感が。到着すると、駐車場は満車、空きを探し途惑う車が多数です。しかし地元の方が出庫する瞬間を偶然捉え、何とか駐車できました。



Sakt2  車は溢れ、中部天竜の駅前まで一杯です(写真)。今日はやはり特別な日です。



Sakt3  今日のメインイベント、117系と119系、旧塗色車の撮影会です(写真)。左海カキS11編成(クハ117 25始め4連)、右海カキE4編成(クモハ119 5008始め2連)です。117系は京都でも旧塗色は見られますが、119系は飯田線専用の系列、旧塗装は何年ぶりか。少なくともここ十数年の、私の写真のストックにはありません。なお、117系の貼り付けられた「快速」は、登場当時の表示を復元したものだと、JR職員が言っていました。3分程度の時間制限入れ替え制で、撮影会を行いました。



Sakt4  117系S11編成は、快速「佐久間レールパーク号」の運用で中部天竜に来ています。そのため、専用のヘッドマークを装着しています(写真、クハ116 206)。則ち、この撮影会は10時34分から13時43分までの間です。119系は中部天竜で待機の運用で、それ以外の時間も動きませんが、117系は時間限定、ご注意下さい。



Sakt5  折角ですので、佐久間レールパークに入園しました。今月車内公開のED11も先回取材していますので、特に変化はないのですが、中ではお祭りで、物販、コンサート等のイベントも行われました。



 写真のキハ181 1は、1時間ごとにヘッドマークを交換しており、私が来た時は「しおかぜ」が掲出されていました(写真)。時間が違えば、他の愛称も見られました。



Sakt6  このまま真っ直ぐ帰宅の予定で、帰ってもいいかなあ、と思うと、編成写真が撮れなかったことが気になります。そこで、「佐久間レールパーク2号」の終点、豊橋で迎え撃つことを思いつき、時刻表を確認、直ちに中部天竜を出発した結果間に合うことが分かり、豊橋に向かいました。



 先回利用した駐車場に行くと「満車」と表示され、真っ青に。「間に合わない、」と思い最後の望み、駅ビルの立駐に行くと、相当余裕があるようで、何とか事無きを得ました。値段はどこも同じようです。



 そして入場券を購入、4番線に。15時5分の入線前に、4番線に311系普通が。ホーム西側が唯一の撮影可能場所ですが、それを知っている人は5・6番線ホームで構えていました。



 間もなく、海カキS11編成が入線します(写真)。残念ながら種別は、「回送」に回した後でした。



Sakt7  そして4番線の普通は15時9分に発車、撮影タイムがやって来ます(写真)。入線時は5・6番線にて構え、その後階段で4番線に移動して、普通発車後に頂くのが、一番美味しい捉え方のようです。明日、試してみては如何ですか。



 中部天竜の撮影会は、明日も行われます。雑誌とは時間が異なりますので、間違えないようお気をつけ下さい。



 明日は、重要なイベントの日です。後は、仕事が時間内に終わるよう願うのみです。次回をお楽しみに。

日本一なんです!

Kuroq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、黒部峡谷鉄道をお届けします。



 夏休みで、昨晩自宅を発ち、今朝富山に到着。黒部インターから県道を走ると、道端に電気機関車が(写真)。黒部峡谷鉄道の凸型電機です。前には「おりたて駅」と看板が立ちます。



Kuroq2  更に車で10分、富山地鉄の終点、そして黒部峡谷鉄道の起点、宇奈月に到着。黒部峡谷鉄道駅前には、黒部川電気記念館が建っています(写真)。注意して見ると、横(南側)には、黒部峡谷鉄道本社と書かれた看板が掲げられています。



Kuroq3  記念館前には、大正15年の開業当時に使用された機関車、EB5が(写真)。軽井沢駅前にある草軽電気鉄道の「カブトムシ」を大きくした感じです。製造はアメリカの”JEFFRY MFG.Co.”と書かれます。「命の保証無し」と乗車券に書かれた時代の車輌です。



Kuroq4  この後の予定まで時間があり、駅前散策を。駅の南側には歩道橋があり、そこを渡ると、旧線跡が遊歩道になっています。その先は旧山彦橋、先は旧線トンネルになっています。トンネルに向かいます。



Kuroq5  トンネルの中には、キロ程表示が(写真)。「8」は、800メートルの表示、起点から800メートルの意味です。現在線は付け替えで冬期歩道のみ残ります。



Kuroq6  橋の途中は幅が広くなっています。時刻表が掲示され、新山彦橋を通る列車が見えます(写真)。EDM31単機牽引の客車+業務用列車、関西電力関係者や荷物も運びます。編成は、同鉄道としては短いです。



Kuroq7  新山彦橋の袂には、「山彦展望台」があります。ここで撮影すると、かつての餘部鉄橋のような雰囲気になります(写真)。通常は箱形電機重連にトロッコ列車が10両あまり連なります。



Kuroq8  今日宇奈月に来たのは、この夏休み中開催される「トロッコ電車を学ぼう!機関車検修庫見学会」に参加するためです。午前中に黒部川電気記念館前の受付でエントリーすると、午後1時過ぎに集合、約30分間の見学が出来ます。しかし平日でもあったことから、私を除くと鉄好き親子2組のみの参加で、事実上「貸切」という状態でした。



 案内の職員が北側、則ち地鉄の駅の方に向かうので不安になると、何と地鉄宇奈月駅の北側の踏切を、反対側に渡ります。すると、黒部峡谷鉄道工場が広がります(写真)。なるほどと納得しました。



Kuroq9  右側には貨車が並びます(写真)。有蓋車、無蓋車、他多数です。中に案内されます。



Kuroq10  工場手前は貨車を整備するピットが(写真)。表裏逆向きの無蓋車、職員輸送用の車両等が並びますが、ここでは夏には貨車、営業のない冬には客車を整備するのだそうです。



 黒部峡谷鉄道は冬期は休業、線路も架線も全部外します。冬期は、社員総出で車輌の整備をするのだそうです。翌春に備えて。



Kuroq11  今回のメインイベント、展示車輌です。最初はED10、凸型の機関車、昭和9年製です。横の説明には、設計速度16キロと書かれています。制御方式は直接式(HL)のようです。ボンネット内の機器は発熱部品が多く、扇風機は「無いよりまし」程度だそうです。



Kuroq12  マスコンには、「東洋電機」と書かれています(写真)。ブレーキ弁、タイフォンの操作も許されました。パンタ下げで動きはしませんでしたが、エアは十分にあったのか、皆何度も操作しました。



Kuroq13  横にはDD24が(写真)。日本除雪機製のディーゼル機関車、平成13年製の240PSの機関車です。最高速度は16キロ、停電時や繁忙時の貨物牽引などに当たるのだそうです。もう1両あるそうです。



Kuroq14  ED10の同型機、ED11です(写真)。ボンネット前後の箱はATS機器の格納箱です。凸型は少数派で、なかなか記録の機会が無いので、良い機会でした。



Kuroq15  次は、「保線車3」です(写真)。5.6トンの内燃式車輌、最高速度は16キロです。平成21年製、少し古い「保線車2」もあるそうです。



Kuroq16  車内は両運転台に座席、荷物のスペースが(写真)。運転台の中心の大きな円形は、スピードメーター、エンジンのタコメーター、時計が同心円で並んでいる、特徴ある計器板です。



 大方撮影を終え、アンケートを提出し、工場を後にしました。



 今回は珍しい車輌を見ることが出来ました。贅沢を言えば、今日も運用に入る半間接制御のEDS13(凸型)や、旅客運送に忙しい箱形電機の1両もあれば最高でしたが、やはり最盛期で運用に合間はありません。可能な限りで良いイベントだと思いました。



 JRを除き、電気機関車保有数(23両)、客車保有数(138両)、貨車保有数(155両)私鉄日本一という黒部峡谷鉄道。同鉄道ならではの車輌を堪能できました。



 同イベントは、31日まで行われます。13時までにエントリーすれば、30名程度まで参加は可能だそうですので、残された期間は僅かですが、皆さんも行かれては如何でしょうか。



 明日も取材の予定です。お楽しみに。

戻り道

Tumaq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、松任からの帰り道です。



 松任から特急で帰宅すれば、それだけの話です。しかし、今回は敢えて普通で帰宅を試みました。



 松任駅で列車を待っていると、下り普通電車が2番線に入線します(写真)。後3両は国鉄交直流急行色の475系、金サワA19編成です。前3両は金沢支社色ですが、471系、クモハ471 1始め3連で、MT46(100kw)で落成、後にMT54(120kw)に換装され、475系、457系と共通運用されます。



Tumaq2  その横を関西に向け、EF81 122牽引のコンテナ貨物が走り去ります(写真)。EF510の増備の続く日本海縦貫線、しかしまだまだ数は少ない。今のうちから記録しましょう、といってもJR貨物のEF81はあまり洗車しておらず、少し意欲が減退します。



Tumaq3  大阪方からは、ボンネット特急”サンダーバード85号”がやって来ます(写真)。485系で”さよならボンネット雷鳥”をやってしまった関係で、489系ボンネット車では”雷鳥”を名乗れない。やむなく臨時”サンダーバード”を名乗ります。ヘッドマークも黄色い「臨時」です。



 間もなく419系がやって来て、福井へ。福井からは521系でしたが、鯖江までは若い女性で超満員でした。



Tumaq4  そして敦賀へ。ホームで新快速を待っていると、クモハ683 3510(金サワS26編成ほか)始め11連特急”しらさぎ10号”がやって来ます(写真)。こちら側3両は米原止まり、残り8連(3+5連)は進行方向を変え、名古屋を目指します。



Tumaq5  続いてクロ683 3始め12連(金サワT23編成ほか)特急”サンダーバード28号”が入線します(写真)。非貫通クロの向きが”しらさぎ”とは反対です。



Tumaq6  間もなく新快速がやって来て、早速着席、窓側を占めます。勿論駅南側の機関区跡も良いですが、やはり敦賀駅西側の上下線の間にある機関区(現在の福井地域鉄道部敦賀運転派出(「敦」))は現役で、良い眺めです。交通の要衝敦賀には、かつて第一機関区・第二機関区がありました。どちらが第一でどちらが第二かは知りません。



 先ずは寝台特急”日本海”用、EF81 48です(写真)。ヘッドマークが付いています。



Tumaq7  続いて、ラッセル機関車DD15 39でした。区名札は「井」(福井地域鉄道部福井運転センター)でした。稼働車か。



 DD15は、DD13の除雪機関車形、ただ単にヘッドが前後に取り付けられているだけです。そのため軸重が重く、入線可能な路線が限られています。



Tumaq8  続いてEF81(車番不明)、127系電車です(写真)。127系は、実は新快速と同系列の電車で、仕様は223系に準じ、中間扉準備工が施されています。そういう223系も2000番台以降は、改造可能な設計になっています。



Tumaq9  次はラッセル機関車、左からDE15 1532、DE15 1004、DD15 10(いずれも「井」)です。DE15は最初単頭式で落成、その後の国鉄改革で前頭車を他車に提供し、廃車された機関車も多数です。現存車はいずれも両頭式です。DE15 1004は切り抜きナンバーです。



Tumaq10  そして新快速は近江塩津で湖西線に入ります。私は下車、米原経由の新快速を待ちます(写真)。敦賀行きは基本的には湖西線経由、長浜・米原方面行き乗り換えには、分岐点近江塩津で30分近く待ちます。敦賀方面行きは乗り換えがバッチリですが。



Tumaq11  もう写すものは無いとカメラをしまうと、横には521系、金フイ(福井地域鉄道部敦賀運転派出)E01編成が(写真、手前はクハ520 1)。初号編成、ということで、カメラを出し、レンズを取り付け、撮影しました。間もなく新快速は発車、帰途に就きました。



 長い遠征でした。2晩風呂にも入らず、汗とその他で最悪でした。本当に、風呂は「心の洗濯」でした。そして、横になる快感。やはりロイヤルは、なかなか乗れないからなあ!

取り戻す日々

Matop1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、日曜日に開催された金沢総合車両所公開をお届けします。



 土曜日の夜、夜行急行”能登”に乗車した私は、翌朝北陸線上で目覚め、金沢着、そして松任駅前にある金沢総合車両所本所(旧称松任工場)に辿り着きました。開場は10時、その前に開会式を行うとのことでしたが、9時半から入口ロープまで入れ、ゲートが間近に見えます(写真)。



 間もなく開会式が始まりました。JR西日本金沢支社長も臨席の中、作業服を着た金沢総合車両所長が開会のことばを述べるのですが、やはり最初に言うことは福知山線の件です。そのため一時は全イベントを中止した時期もありましたが、昨年から一部の地域から復活しました。昨年も博多総合車両所の取材を行いましたが、今回の金沢総合車両所も再開2回目だそうです。



Matop2  テープカットの後、入場が始まります。最初に入る人の殆どは物販、特に鉄道関連部品目当ての人たちですが、私は道から外れ横の展示車輌へ。タンク式SL、2272(明治38年ノースブリティッシュ製)の舶来機です(写真)。



Matop3  その入口側線路には、ラッセル車、キ100形キ209が(写真)。元々はSLに押された関係で色が黒なのですが、一部の私鉄では電気機関車に押される同型車も残ります。線路上に残りますが、車籍の有無、静態動態の別は不明です。



Matop4  そのまま南側の工場建屋に入ります。中ではバラスト用ホッパ車、ホキ1693が整備中です(写真)。台車は外されています。



Matop5  おそらくDE15用のものでしょう、複線用ラッセルヘッドが二つ並んでいます(写真)。DD15用なら真ん中に連結器用の穴はなく、判別は容易ですが、こんな前頭車から外された姿は初めて見ました。



Matop6  先の線路には、車輌展示が。こちらはキハ40 2136、忍者ハットリ君号です(写真)。



Matop7  その隣には、クハ489 2が(写真)。現存最後のボンネット車輌の1両、金サワH編成4編成の一角、H4編成(予備編成)先頭車ですが、EF63連結側の500番台(同編成は502)ではなかったのは残念。原形はクハ481 100番台(MG出力アップ車)、翌年から485系が貫通型200番台に移行したため、同じく489系も200番台・600番台に移行、最後のボンネット車になりました。しかし製造の遅い200番台・600番台、更に後の非貫通300番台・700番台が、山陰特急用に改造されたものを除き廃車となったことは、全くもって不思議です。



Matop8  次の建屋にはクロ683 1(金サワT21編成)が、運転台体験用に展示されています(写真)が、中に入るには事前抽選が必要、入口は後方からです。



Matop9  モーター検修場では、まずMT52(EF81、EF65用モーター、425kw)が展示されます。隣は現在の主力、WMT103・105です(写真)。681系・683系用交流誘導モーター、220kwの出力の割には小型になりました。



Matop10  隣にはMT54が(写真)。国鉄標準型の120kwモーター、北海道から九州まで使われたモーターです。直流直巻モーター、普通同出力を得るためには直流直巻では畳1枚位の大きさになるそうです。



Matop11  ラッセル機関車、DE15 1518(昭和50年日車)の実演が始まりました。写真は最初の全閉じの状態です(写真)。複線用のため片側に寄っています。



Matop12  一番前の主翼を広げ、側面の補助翼を全部広げると、写真のとおりになります(写真)。スコップによる人力除雪何百人分の能力があります。



Matop13  建屋にはいると、クレーン下にEF81 107が(写真)。エアフィルターが1枚外されています。



Matop14  この場所が車輌工場最大の見せ場、リフティングです(写真)。クモハ683 1501(金サワT21編成)を吊り上げ、仮台車に乗せます。前後は運転台も独立したクレーンで、息の合ったところが見られます。



Matop15  その横には、DE10 1030が(写真)。1250PSエンジンを搭載した同機、重入換機DE11、除雪機DE15のベース機です。



Matop16  隣は外です。トラバーサがクハ418を載せ前後に移動します(写真)。右上のパンタグラフに注目(電動式です)。



Matop17  DE15の隣には、新車、683系4000番台(手前はクモハ683 5502、金サワT42編成と思われる)9連が(写真)。運転台体験車輌、電源はジャンパ栓にコードを繋ぎ供給していました。



 同車は登場してまだ間もなく、当面は”はくたか”用681系捻出のため、最終的には”雷鳥”全面置き換えのために使われる車輌です。481系登場で”しらさぎ”とともに北陸初の特急だった”雷鳥”は、来春には全て”サンダーバード”に取って代わられます。ただ本当は、9連フル編成の編成写真を撮りたかったのですが。



Matop18  トラバーサの向こうでは、ミニSLの運転を行っていました(写真)。D51 211と書かれますが、煙突が非常に長いミニSLでした。



Matop19  この日のため、大糸線用気動車、キハ52 125(青のツートン)が、糸魚川市のブースとともに展示されます(写真)。ブースには糸魚川特産、ヒスイの展示もありました。



 まだまだ展示は多数、車輌でも”はくたか”用681系付属編成もありましたが、今回は写真多数のため割愛しました。



Matop20  そして会場を後にしましたが、駅へと続く道は、入庫の線路と並走します。駅改札横、入庫線踏切にはゲートがあり、そこから撮影が出来ました。EF81、489系H4編成の残りも並んでいましたが、写真は先ほどの683系4000番台、クロ683 4502ほか(金サワT42編成)と思われる編成が見えます(写真)。続々増備の同系、金沢総合車両所支所(もと金沢運転所)には多数留置とのこと。編成写真が撮りたかったですねえ!



 JR西日本は、例の事故の件を切り離すことは出来ません。しかし、少しずつ以前のような状態に近づいて、取り戻して欲しいですね。



 これで今回の遠征のメインイベントは終わりました。しかし帰り道が長かった。また次回になりそうです。お楽しみに。

A Night At Ueno

Uenoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、上野駅の夕刻の様子をお届けします。



 東向島を発った私は、そのまま上野へ。上野駅地上ホーム、一番西側の13番線は、この時間寝台特急専用のホームとなります。残念ながらこの日には、16時20分発”カシオペア”は運転されず、19時3分発”北斗星”が最初になります。電光掲示は写真のとおりです(写真)。昔は”北斗星5号・6号”までありましたが、今は1往復になりました。



Uenoq2  時刻表に書かれた時刻に、尾久から推進運転されてきた”北斗星”が、カニ24 505を先頭に入線します(写真)。残念ながら、現在下り列車は函館までカニが末尾で、社員が車輌の中の操作盤で操作、停止位置に据え付けられました。減便されたとはいえ今でもなお人気列車、まだまだファン以外の撮影者も多いです。そのため仁義を守らない人が多く、構える私の前に堂々と割り込む人が多数でした。もしファンなら私も真剣に怒りますが、しかし言っても分からない人にはエネルギーは使いません。



Uenoq3  尾久から推進し、ここから青森操車場まで牽引するのは、EF81 81(「田」(田端運転所))です(写真)。日立製、しかし製造年は摩滅し分かりません。この日の”北斗星”はカシガマ(”カシオペア”専用機)が入るという噂でしたが、普通の星ガマでした。なお”北斗星”の牽引機は、”カシオペア”共々EF510に置き換えが決定しており、EF81の記録は重要です。



Uenoq4  次は、”あけぼの”です。21時15分発、上越線経由青森行きです。電光掲示は、写真のとおりでした(写真)。



Uenoq5  こちらも定時に尾久から推進運転され、入線しました(写真)。社員が緩急車オハネフ24 25(24系3段寝台から2段寝台に改造された車輌、24系24形)の貫通扉を開け、監視し操作しています。



Uenoq6  据え付け完了し、社員が機器撤収後貫通扉を閉じ、出発準備が完了しました(写真)。”あけぼの”のテールマークが見えます。



Uenoq7  同列車の牽引機は、EF64 1030(「長岡」)でした(写真)。同列車は以前、青森運転所のEF81が上野までスルーする運用に就いていましたが、今年春から上越線区間はEF64に置き換わりました。通常はこの運用のため高崎車輌センターから移籍した37号機(茶ガマ)、38号機が運用に就きますが、この日は1000番台、1030号機(昭和56年川崎重工・富士電機)でした。EF64、0番台は中央線(東線及び西線)、1000番台は上越線というイメージがありますが、貨物機とはいえEH200が続々登場する現在、中央線にも1000番台は入線、0番台は続々廃車が続きます。残る機関車もJR貨物更新色が大半で、0番台国鉄色は本当に希少になりました。



Uenoq8  EF64 1030号機は、電車の工場入場時には牽引機になることから、連結器はEF63のような双頭連結器、ブレーキ等操作のための多数のジャンパ栓が輻輳します(写真)。EF63を彷彿とさせます。



Uenoq9  次は、23時3分の”北陸”です。電光掲示は写真のとおりです(写真)。



Uenoq10  ”北陸”も、定時に尾久から推進運転されてきました(写真)。据え付け後、スハネフ14 35から直ちに照明のカンテラが外されます。



Uenoq11  続いて、エアホースに繋がれた特殊弁が外されます(写真)。この特殊弁を操作すると、ブレーキのエアの圧力が下がり、それを検知した圧力計を見て機関士がブレーキを操作し、正確に列車が据え付けられます。昔は上野では日常的に行った操作でしたが、今では一日に数回のみです。カニ24には、この操作弁が内蔵されているのでしょう。



Uenoq12  そして扉を閉じ、”北陸”のテールマークが見えました(写真)。



Uenoq13  それを確認した社員の右手には特殊弁の装置、左肩には構内無線のトランシーバーと、カンテラを納めた袋が下がっています(写真)。勿論機関士との連絡に無線も使えるのですが、東京では電波少年による妨害が酷く信頼性が低いので、現在もなお伝統の手法が使われています。13番線に客車列車が入線する限り、ずっとそうでしょう。



Uenoq14  長岡で進行方向が入れ替わる”北陸”は、昔から上越区間は長岡車輌センター(「長岡」)のEF64 1000番台が受け持っています。この日は1031号機(昭和56年川崎重工・富士電機)でした(写真)。



Uenoq15  同機も電車牽引用の装備があります(写真)。1030号機同様ジャンパ栓が輻輳します。青森車輌センターの電車を郡山総合車輌センター(郡山工場)に入場させる際、第三セクター線を通さないためには、羽越線から遙か上越線を経由し、首都圏を通り郡山に入場するルートを通ります。そのルートでは交流電車は自力回送できないため、機関車が牽引するのです。そのため、JR東日本は、当面機関車を廃止する予定はありません。



Uenoq16  13番線には、”Cassiopeia 10th Anniversary”と書かれ、新車だったE26系客車も、10年経ったことが分かります(写真)。”As Time Goes By.”ということです。



Uenoq17  最後は、夜行急行”能登”です。しかし電車であり、事実上最終列車のためトラブルの多い列車のようで、特急用駅構内改札のある16番・17番線に入線します。16番線電光掲示には「”能登” 23時33分 金沢」と掲示されます(写真)。



Uenoq18  ”北陸”出発後間もなく、東大宮操車場から、金サワ(JR西日本金沢総合車両所)H3編成使用、急行”能登”が入線します(写真、クハ489 505始め9連)。この写真を撮れたのは、入場券でこのホームに入ったからではありません。



 これで今回の遠征の、最終章が分かると思います。しかし、長くなるので今回はここまでです。次回をお楽しみに。

リニューアルしました!

Tobuq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、今月リニューアルされ公開を再開した東武博物館をお送りします。



Tobuq2  先回の東京総合車両センターの後、旧新橋停車場鉄道歴史展示室を発ち、続いて東向島へ。鉄道高架下にある、東武博物館に入場します。大人200円でしたが、リニューアル前のスタンプを見せると、招待券を一枚貰ってしまいました。



 そして入場します。入口には東武鉄道のSL、5号機関車があります(写真)。



Tobuq3  テンダー側面には、東武の社紋、その下にはイギリスのピーコックのプレートが付いています(写真)。



Tobuq4  2Bのテンダー式機関車の5号機関車、主動輪の上には、”BAYER PEACOCK&Co.Ltd Manchester 1898”と刻印され、往時を物語ります(写真)。開放式キャブは、まるで南国の機関車のようですが、欧米では日本は南の国だと思われており、「雪が降る」と言うと驚く位ですから。



Tobuq5  隣は、モハ6です(写真)。以前と変わらぬ木製電車、西新井工場で牽引車として長く残っていたのだそうです。



Tobuq6  車内もあまり変わりませんが、先回の見落とし、マスコンは”WESTINGHOUSE”(ウエスチングハウス)と書かれ、舶来品でした(写真)。



Tobuq7  窓の外側は、以前は小学校敷地でしたが、ここを東武が使用できることとなったことから、今回リニューアル、新規展示が実現しました。その一つ、北側にはED101が展示されています(写真)。東武初の電気機関車、後に移動の末近江鉄道に辿り着き、彦根駅構内で事実上静態保存されていたところ、今回のリニューアルで東武に戻ってきました。近江鉄道当時は灰白色だったと思います。



Tobuq8  当時からのプレートには、”English Electric Co.Ltd Queen's House Kingsway LONDON”と刻印されます(写真)。



Tobuq9  横にはピカピカの真鍮製の東武の社紋、及び形式名”ED101”入りナンバープレートがあります(写真)。しかし見ての通り新品、修復時に復元されたものでしょう。



Tobuq10  今回のリニューアルでの最大の目玉、モハ5701です(写真)。東武の初代日光特急ロマンスカー、ネコヒゲ付きの愛称ヘッドマーク「けごん」も付いています。東武にとっては宝のような車輌でしょう。



Tobuq11  車内に入ります。様子は写真のとおり、モケットは今でも光沢があります(写真)。張り替えたのか、当時のままなのか、分かりません。しかし、非冷房とはいえ美しい車内です。



Tobuq12  通路には写真のような座席が置かれ、混雑時には、着席用に通路にこの座席を置いたのだそうです(写真)。ここから先には入れません。



Tobuq13  運転台の様子(写真)。当時の運転手も、誇りを感じていたのでしょう。



 この車輌の横、建物の前の窓には、モハ5701の先頭の造形に使われたという治具が置かれていました。今でも電車の先頭部の造形は、鈑金の技術が重要です。



Tobuq14  ロープウェイのキャビン、キャブオーバーバスの横には、今も東武最後の電機、ED5015が(写真)。区名札は「坂」と入ります。どこでしょうか?



Tobuq15  手前にはトキ1が(写真)。台車の上に切り詰められた無蓋車のボディ、冗談のような車輌です。計量の道具として残っていたそうです。



Tobuq16  東武のロマンスカーの一翼を担った5700系、モハ5703のカットモデルも変わりません(写真)。貫通型、モハ5701と同様の車内だったようですが、カット前は分かりません。モハ5701でこれをする勇気は、無かったのでしょう。同系のクハ701は、残念ながら先日解体されたと、雑誌に載っていました。



Tobuq17  間もなく、5号機関車の運転が始まりました。東武OBの機関士が登場、腕木式信号が青を現示すると、車輪が動き出します(写真)。シリンダーが斜めに付いているのには、気付きませんでした。



Tobuq18  最後は、日光行きを国鉄と争った際に、国鉄からの勝利を勝ち取った名車、DRC(デラックスロマンスカー)1720系1721のカットモデルの展示です(写真)。以前との違いは、左右のライトの部分に透明なプラ板が張られ、ライトへのイタズラ対策が為されたようです。なお、同系の部品は、急行用、後に特急に転用された300系に再用されましたが、急行「南会津」廃止後、定期運用が無いようで、唯一「尾瀬夜行」が仕事場のようです。



 こんな感じで東向島を後にしました。



 そして、この後土曜日最後の取材を行いましたが、長くなるので、次回とします。お楽しみに。

遅くなりましたが、

Tosoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日開催された、JR東日本東京総合車両センター2009夏休みフェアをお届けします。



 金曜夜に自宅を発ち、昨朝東京着。目が覚めるまでに山手線を2周して、京浜東北線に乗り換え、大井町で下車。道を間違えたものの正面入口は写真のとおり、まだ大井町駅までは行列が続いていませんでした(写真)。目の前の駐車場も空きがあり、車で来ても良かった、と思った瞬間、2台車が入り満車に。2回後の投稿の都合もあり、やはり来なくて良かった、と思いました。なお、左の行列は部品目当ての行列、オークションに出せるような物を手に入れるには、少し遅すぎます。



 そして10時開場の予定が、開会式も早まり、9時半から入場が始まりました。



Tosoq2  私は最初に車輌を。そうなると、当然一番北側の、電留線から。左から、クモヤ143 8、クハE230 6030(横コツ(国府津車輌センター)S2編成)、クモハ12052です(写真)。



Tosoq3  建物の向こう、隣の電留線には、左からオハニ36 11(後はスハフ32 2357)、EF60 19(ヘッドマークは「あさかぜ」)、クハ205 1101始め3連(横ナハ(中原電車区)T11編成(鶴見線用))、クハ209 2103始め6連(千マリ(幕張車両センター)に移動と思われる新塗装、編成番号40番)です。京浜東北線209系は、今後千葉地区の113系置き換えに使用されるものと思われます。「13年保てばよい」という設計で減価償却も終えましたが、まだまだ有効に使えますね。試作車901系からの編入も合わせ総勢910両(浦和電車区在籍分のみ)、訓練車だけでは勿体ない。



Tosoq4  オハニ36 11の荷物室(写真)。昔は機関車の次位に繋がれ、手荷物を運んでいました。



Tosoq5  隣は、元牽引車(クモニ143か?)、クモヤ90801、クモハ12053、クモニ13007が続きます(写真)。何れも稼働車ではなく、あまり見せたい車輌では無いようです。



Tosoq6  今年の試乗車は、千マリ117番、クハ111 2152始め4連、湘南色が入りました(写真)。試乗車は、昔から165系等話題の車輌が入っていましたが、今年は千葉に復活した湘南色の電車が来ました。元々113系シートピッチ改善車2000番台は、総武快速線のA-A基準車1000番台、及びそのシートピッチ改善車1500番台とは異なり地上車、恐らく元国府津電車区の車輌で、元の姿に戻ったと言うべきか。



Tosoq7  撮影を終え、工場内の展示へ行きました。最初はモーター回転試験を(写真)。高速に回っているのは分かるのですが、回転部分はやはり小さいので、印の付いた円盤を付けるとか、回転が目に見える方法があると、もっと良いのでは。



Tosoq8  輪軸の展示には、タワミ軸継手の展示が(写真)。カルダン駆動を可能にした現代電車の心臓部、去年の私のアピールが効いたようです。原始的な吊り掛け式では、新幹線は実現できません。



Tosoq9  現行山手線車輌、クハE231 506(東トウ(東京車輌センター)506番編成)が、リフティングされました(写真)。車両工場ならではの光景、観客が見上げています。



Tosoq10  そして移動した先には2台の「ノントラ」と書かれた内燃式低床トレーラー(日立製)の間に載せられ、移動を実演しました(写真)。前後には連絡ケーブルはなく、クラクションで合図、息の合った移動が見られました。しかし、大井工場には、トラバーサは無かったんですねえ!



Tosoq11  続いて、台車組み立ての実演が(写真)。実演の合間には、来場した子供にクレーンの合図をさせるサービスもしていました。輪軸にクレーンで台車枠を載せ、トルクレンチで組み立て、ゲージで締め付け力を確認、次は石鹸水でエア漏れ試験です。下のピットから頭を出している作業員に注目。



Tosoq12  車輌工場には多数の車輌が整備中でした。京浜東北線から撤退が続く209系、宮ウラ(浦和電車区)34番編成の先頭車、クハ208 35が(写真)。出場時は、どんな姿になるのか。



 そして、大方見学し、会場を後にしました。



 昨年は雨が降りそうで肝を冷やしたイベントでした。色々な提案が採り入れられ、楽しいイベントでした。次回も行きたいですね。



Tosoq13  そして大井町から電車に乗ると、車輌は宮ウラ80番編成、クハ209 516始め10連(500番台幅広車、浦和電車区唯一の編成)でした(写真、田町にて撮影)。他は京葉線等へ移動し、なかなか当たらない編成に、一発で当たりました!



Tosoq14  そして山手線に乗り換え新橋へ。北西側駅前広場には、C11 292が保存されています(写真)。反対側は選挙啓発の横断幕が掛かっていました。しかし、ここで構えるのは田舎者丸出しの行為で、少し気恥ずかしい。



Tosoq15  何で新橋へ?というと、新橋駅近くの旧汐留駅跡地に、「旧新橋停車場 鉄道歴史展示室」があるからです(写真)。大きな建物でしたが、半分はビアホールでした。しかしAPSには12ミリでも収まりませんでした。



Tosoq16  入口には、ポスターが(写真)。現在、「特急「燕」とその時代」展が行われています。しかし、内部は撮影禁止で、非常に残念でした。



Tosoq17  入口前には、囲われた部分があります。その中は凹んでおり、旧新橋停車場当時の敷石が残っていました(写真)。



 この後、第2の取材を行ったのですが、長くなるので、次回とします。お楽しみに。

最期の時

Toyopaq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、名鉄パノラマカーについてです。



 昨日のピンズは、結局豊橋駅にて保管されており、豊橋まで取りに行きました。帰り道、国道1号線に沿って走ると、名鉄は道路に沿って右に左にずっと横を走ります。「カメラ、持ってくれば良かったなあ、」と思っても後の祭り。かつては難所といわれたものの、現在の車では何ともない本宿峠も、そのまま行き過ぎてしまいました。



 更に走ると、知立で国道23号線が分岐し、国道1号線は片側1車線に減少します。その少し先は、名鉄の車庫もある豊明駅です。線路を眺めると、「あ!あった!」そうです、パノラマカー最後の4両、白帯車が車庫に見えるではありませんか!そこでいてもたってもいられず、自宅に着くなり直ちにカメラを出して、早速取材に出かけました。



Toyopaq2  先ずは豊明駅北口に行こうと思いましたが、信号を間違え、南口に出てしまいました。南口からは、擁壁の上に、パノラマカーが見えます(写真)。間違いなく白帯車ですが、足回り等詳しくは見えません。豊明駅1・2番線ホームも支障しています。



Toyopaq3  そこで豊明駅の入場券を買い、先ずは1・2番線に行きました(写真)。編成全体が写り、さっきよりは良いですが、やはり運転手用乗降台が悪さします。



Toyopaq4  奥には、今はバラスト運搬に従事するデキ402が、車庫の奥に停泊していました(写真)。



Toyopaq5  向こうから携帯を構える人がおり、行ってみようと思った、5・6番線。早速行ってみました(写真)。逆光ながら、支障するのは電柱1本のみで、まあまあの出来です。手前から、7012-7061-7162-7011です。車番から推定すると中間車2両(おそらく7062と7161)が抜かれています。



Toyopaq6  7012の正面の、逆富士形行先表示器(写真)。「団体」のみが表示されています。一般用とは異なり、全車指定特急用の表示器で、電動式です。手動式のものは名鉄のオークションで、70万円から入札が始まっていました。



 この編成が8月30日の名鉄パノラマカー最終営業に就きます。乗車できる人は既に抽選で決まっており、私は残念でした。しかも、この日には仕事が入りそうで、撮影も困難な雰囲気です。他、乗れない方、撮れない方は、今のうちに豊明に行くことをお薦めします。本当に、最期の時となりそうです。



Toyopaq7  この後、東名古屋港へ行きました。暫く前に、1000系「パノラマSuper」が大江に停泊しており、後に雑誌でそれは1001F(初号編成)と知り、撮り損ねたことを非常に残念に思っていました。しかし現在、東名古屋港には何も残っておらず、解体も終え、使用できる部品は搬出され、他は処分されたようです。また、新車も入っていませんでした。



 仕方なく、大江へ。大江駅横には、左からマルタイ、デキ604、レール運搬用チキが並んでいます(写真)。後悔先に立たず。残念でした。



Toyopaq8  大江駅5番線には、東名古屋港行きが入っており、現在は6800系か3100系が通常は運用に入ります(いずれも2連の系列)。しかし今日は、3150系、3155始め2連が運用に入っているらしく、ホームで停止していました(写真)。朝と夕方にしか走らない同区間、皆さんも、一度乗車しては如何ですか。



 それでは、次回をお楽しみに。

天竜川の畔にて#6

Sak8q1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、また「佐久間レールパーク」を取材しました。



 普段の出勤日並みに起き、向かったのは豊橋。豊橋駅2番ホームには、飯田線折り返し天竜峡行きが入線しました(写真)。今日は夏休みか、お盆か、それ以外の理由か、非常に混雑していました。海カキE1編成、手前クハ118 5001、後クモハ119 5001で、冷房改造前はいずれも1番の初号編成です。昭和57年日車製、平成元年浜松工場で冷改されました。屋根上には2台のインバータークーラーを載せています。



Sak8q2  乗車約1時間、かつて豊橋鉄道田口線が分岐した本長篠へ。よく見ると、駅舎北側には田口線ホーム跡が残っていました(写真)。



Sak8q3  そしていつもどおり中部天竜に到着。奥に待機するのは、手前クモハ119 27、奥クハ118 19、海カキE16編成です(写真)。番号が+5000されていないのは、冷改時期が早く、国鉄形集中式クーラーAU75を搭載しているからです。JR東海バージョンのATS-Ptも搭載されましたが、使うことなく引退か。



Sak8q4  そしてホーム東側の側線には、海カキS10編成、クハ116 201始め4連です(写真)。ヘッドマークがまた変わりました。



Sak8q5  今月の主役、ED11 2です(写真)。大正13年GE・アルコ(アメリカン・ロコモーティブ・カンパニー(American Locomotive COmpany)の通称、SLの名門)製、日本初の電化区間(東海道線・横須賀線)用にサンプルとして輸入され、後に移動、最後は浜松工場で入換に従事した機関車です。順番を待って、中に入りました。



Sak8q6  先ずは運転席を(写真)。右がマスコン(アクセル)、左がブレーキで、上が単弁(機関車のみのブレーキ)、下が編成ブレーキです。マスコンには、GENERAL ELECTRICと刻印が入ります。



Sak8q7  座った時の位置関係(写真)。左の2段のブレーキ、右のマスコンは手動進段です。機関車で自動進段になったのはEF65から、それまでの機関車はEF64まですべて構造は同じです。ただ、ドッカンターボにならないような技術は加えられていますので、その間にもかなり進歩はしているのですが。真中下側が逆転器でしょう。



Sak8q8  助士席です(写真)。昔は、2人乗務が普通でした。



Sak8q9  助士席後には扉があり、その後には機器室があります(写真)。照明はありましたが、中には入れません。



Sak8q10  同じ階段を降り、外に出ました。そして北側に入ります(写真)。こんな形です。



 同機には、「松」という区名札が入っていましたが、どこだろう?という話を、警備員さんと、観客の3人でしていました。松本より伊那松島(機関区)のほうがそれらしい、と思うのですが、そうするとED62の区名札差しに入る、「伊」というのはどこか?謎は深まるばかりです。



Sak8q11  横には、スニ30 95が復帰しました(写真)。名ナコと区名が入っています。リベット打ちが目立つ古めの旧式客車でした。



Sak8q12  そして、今回も帰りは快速「佐久間レールパーク2号」でした(写真、クハ117 29)。しかし今日は、こちら側2両が指定席で、結果普段より多い乗客もあり、自由席も立ち席が出るほど混雑しました。



Sak8q13  そして同列車は豊橋に到着(写真、クハ116 201)。記録をしました。



 佐久間レールパークは、11月1日に閉園します。それに合わせ毎月取材に行こうと思っています。今後とも、お楽しみに。



Sak8q14  おまけ。同列車が回送で出発後、豊橋駅4番線には、クモハ211 1始め4連(海カキC2編成)が入線します(写真)。211系と聞くと、スピードが遅い(JR東海仕様の211系5000番台、213系5000番台は最高110キロ)というイメージがありますが、0番台で大垣車両区に残ったC1、C2編成は、120キロ対応なのだそうです。車内は東京の0番台、1000番台と同じ固定セミクロスシートです。



Sak8q15  おまけ2。時間があったので、現在高架化が進む中央線(中央西線)勝川に行きました。春日井側は写真のとおり(写真)、城北線が折り返し可能なスペースが取られていますが、中央線に合流できるポイント等の設備は分かりませんでした。



Sak8q16  同駅新守山側の様子(写真)。左側、2番線予定地(上り名古屋方面ホーム、工事中のため未使用)との間に、複線が下降し、下り塩尻方面の高架を潜る構造になっています。



Sak8q17  この潜った先には、城北線高架があります(写真)。高架に停まるキハ11 200番台が見えています。



 最終的には城北線が勝川駅の中央線ホームに乗り入れる、長年の悲願が叶うのでしょう。しかし実現には、中央線高架完成後、城北線の高架の一部を壊さないと、入線は不可能です。今後の工事の進展に要注目です。



 このおまけの取材のために、佐久間レールパークの記念品のピンズを、電車に忘れてしまいました。皆さんも、忘れ物には注意しましょう。



 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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