Return Match

Sieq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、常磐線関連の取材を行いました。



 「青春18きっぷ」はまだ1回残っており、それを使おうとは思いましたが、残念ながら”ムーンライトながら”は既に満席で、結局夜行バスで東京着。東京から上野、常磐線で水戸着。E531系、水カツ(JR東日本勝田車輌センター)K404編成です(写真)。



Sieq2  水戸駅の側線には、貨物用の機関車、ED75 140(M形)が(写真)。同1008(P形)も隅に写っています。



Sieq3  並んで、DE10 1123、EF81 96が(写真)。EF81は星ガマ、JR東日本の所有ですが、JR貨物に貸し出されています。常磐線では、同様にEF81が数両貸し出されています。



Sieq4  そして、今回の遠征の目的、E501系10連、水カツK701編成です。平成7年川崎重工製、阪神淡路大震災で納車が遅れた編成です。といっても、E501系は基本10輌編成、付属5輌編成共に4編成、少数派であるが故に使い勝手が悪いのか。インバーターも落成時のシーメンスから日本製にかなり変わってしまっているようで、先回のようなガックリもあるのです。今回は、当たりでした。



Sieq5  そして勝田に移動。駅前の側線には、水カツK60編成、クハ481 1505他6連の、485系電車が停泊しています(写真)。中間車は1000番台(耐寒耐雪設計車)、先頭車は元北海道の電車特急「いしかり」用1500番台です。



Sieq6  485系1500番台先頭車の最大の特徴、運転台上の2灯式ライトです(写真)。内地で想像できる可能な限りの耐寒耐雪装備を施しましたが、北海道用としては不十分、冬期は計画運休を余儀なくされ、結果781系登場で置き換え、内地に帰還しました。同時に台車も履き替え、電動車は現存しません。



Sieq7  間もなく、E653系”フレッシュひたち”、水カツK352編成+K307編成が入線します(写真)。7連基本編成(K300番台)は赤、青、黄、緑各2編成、4連付属編成(K350番台)は橙3編成です。



Sieq8  勝田で付属編成を切り離し、7連になります。自動解結装置が装備されており、連結器解錠装置をエアーで遠隔操作、切り離し準備完了です(写真)。そのまま4連は入庫し、7連は目的地(高萩?)に向け出発します。



Sieq9  そして東京に向け戻ります。土浦で特急の通過待ちの長時間停車。水戸方面はE531系水カツK401編成が(写真)。初号編成、しかし当初は普通車だけで組成され、後にサロを組み込みました。



Sieq10  藤代~取手間で電気の交直が切り替わります。昔の415系では、中間のデッドセクション(死電区間)ではMGが停まる関係で照明が落ちましたが、今のE531系等のSIVは停止しないようです。インバーター音も変化がありませんでした。



 天王台から我孫子の間に、直流区間の電車の電留線があります。E233系2000番台登場で、207系900番台に続き引退が予定される203系、現在の快速線直流区間の主力、E231系(通勤形)が並びます(写真)。



 そして上野着、乗り換えました。上野駅の構造もありますが、それにしても常磐線が上野止まりなのは不便。東北、高崎線がメインルートなのは分かりますが、TXも秋葉原まで来るのですから、少しは考えてください。



Sieq11  シーメンスのインバーター音を聞いたので、行きたくなった京急。多分快特だなあと思い、品川に行くと、三崎口行き快特2100系が入線、当たりでした(写真、2173始め8連)。



Sieq12  車内の型番表示。2000年(平成12年)東急車輌製、”Powered by Siemens”と書かれます(写真)。インバーターもシーメンスバリバリでしたが、停止時は音階が下がりませんでした。残念。



Sieq13  車内の様子(写真、2173)。転換クロスシートですが、「転換しないでください」と書かれます。何故?と思うと、三崎口で自動的に転換しました。関西でいえば、阪急6300系と同じ、2ドアも同じです。



Sieq14  シーメンスは堪能したので、京急で行きたいのは、やはり地下化するといわれる大師線。終点、小島新田まで行きました(写真)。この後方は、貨物線です(かつては川崎市電等で一周出来たそうです)。



Sieq15  終端の車止め(写真)。何となく貧弱ですが、れっきとしたドイツ製のカーキャッチャーです。レールとの摩擦で停止させる仕組みのようです。



Sieq16  そして京急川崎に戻ります。沿線でファンもカメラを向ける、1000系、左電留線の1351始め4連、右営業中の1305始め4連です。一時は片開き4ドアなんという電車も造った京急ですが、今では両開きがほとんど、変わると変わるものですね。



 それでは、サウンドを。先ずは普通に、E531系からです。



「Sie1-MohaE530-4.wma」をダウンロード



 続いて、E501系、シーメンス製ドレミファインバーターが、その音階も高らかに奏でます。



「Sie2-MohaE501-3.wma」をダウンロード



 最後は、京急2100系のインバーター音を。停止時は音階にはなりません。残念。



「Sie3-2173.wma」をダウンロード



 そして品川に戻り、新幹線で帰宅しましたが、帰省ラッシュで、普通車に空きはありませんでした。



 これで、今年の取材は終わります。本年もご愛読ありがとうございました。皆様も、良いお年をお迎え下さい。

風荒びし日(後半戦)

Beniq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、信越遠征後半戦です。



 今朝滞在先を発ち、向かったのは新潟駅。新潟駅4番線には、磐越西線会津若松行き、快速「あがの」が出発を待っています(写真)。夏に乗車したときは確かキハ110系3連でしたが、今日はキハE120 2及び6、その後にキハ110が続く3連になっていました。



Beniq2  目的の列車はその後。快速「あがの」に続き、白新線経由米沢行き、米坂線快速「べにばな」が入線します(写真)。こちらは2連、キハE120 4及び7でした。



Beniq3  車内の様子(写真、キハE120 4、米沢にて撮影)。2+1列の固定セミクロスシート(キハ110とは並びが反対)で、広いスペースのトイレがあります。先日のキハE130を、2ドアにした感じです。



Beniq4  運転台の様子(写真)。ハンドルは2ハンドルですが、キハ110とは回転の方向軸が異なります。正面は、各種表示用モニターです。



Beniq5  そして途中の様子も写したかったのですが、得意技をかましてしまい、気付けば今泉。終点間際で、残念でした。



「KihaE120-4.wma」をダウンロード



 そんな状況でもありながら、録ってありました、エンジン音を(添付ファイル、新潟~豊栄間)。基本的には先回のキハE130と同じなのですが。どうでしょうか。





 間もなく終点、米沢に到着(写真、キハE120 7)。次の列車、山形新幹線、奥羽線山形方面には列車はありますが、目指す方向には暫く列車がありません。



Beniq6  間もなく米沢駅4番線、私たちの乗ってきた列車の後に、キハ111 201、及びキハ112 201の2連が入線します(写真)。連結は可能なので、4連で運用に就くと思い、連結を待っていますが、連結手を含め、誰も来ない。結局連結しないまま、今泉に向け出発してしまいました。5番線もキハ111、112が入線しており、入線できる場所がここしかなかったため、取られた措置のようです。



Beniq7  間もなく下り山形新幹線が入線します(写真)。よく見ると、仙カタ(山形電車区)L51編成、手前E311 1001始め7連です。新庄延伸時に増備された、E3系1000番台3編成の、トップナンバーです(則ち、現存最古の編成でもある)。400系は、あっという間に無くなってしまいました。正月の臨時にも入らないでしょうか。



Beniq8  待っていると、同じ1番線に、反対側から入線します(写真)。仙カタL70編成、E311 2010始め7連です。ライト部が、微妙に違います。



Beniq9  通常は新幹線が入線しない3番線には、山形行き各停、クモハ701 5509始め2+2連が、出発を待っています(写真)。ここに新幹線が入線するような時は、かなりの非常事態です。



Beniq10  北西側には除雪モーターカーが新旧2台並びます。その反対側、北東側には719系、クハ718 5006始め2連が、待機しています。間もなく、方向幕を回し、行先が「福島」に変わりました(写真)。これが移動、2番線に入線したので、乗車しました。



Beniq11  関根を過ぎると、板谷峠区間です。全ての各停駅はスイッチバックで分岐し設置されましたが、山形新幹線建設に伴い、各停も客車列車から高性能電車に置き換えられた関係で、駅も勾配の途中に設置が可能となり、スイッチバックは原則廃止、一部線路のみ残ります。



 最初の駅、大沢は、南西方にスノーシェッドと側線が伸びており、旧駅はこの方向にあったことが分かります(写真)。



Beniq12  続いて、峠駅も同様、シェッド内に車が多数停車しているのが分かります(写真)。この区間の沿線は車両、重機ではアプローチできず、この駅が基地になっているようです。



Beniq13  続いて、板谷です(写真)。この駅も、シェッドの中まで線路が延びています。



Beniq14  続いて、赤岩です。赤岩は、かつては北東側に駅があり、当時のホーム、駅名表示が残ります(写真)。現在駅には線路跡を利用した歩道が続きます。



 その次はSL時代機関区のあった庭坂で、ここはもう平坦です。現在では広い敷地以外、何の施設も残りません。



 そして2駅、福島に到着しました。



Beniq15  まだまだ普通電車で行っても良い、とは思いましたが、そのペースでは上野到着がおおよそ19時、帰宅には日付が変わってしまいそうだったので、断念、新幹線に乗りました。目の前に空席のある臨時列車を行き過ごし、非常に勿体ない!結局予約した新幹線に乗りました。その列車(「MAXやまびこ」)は、福島で「つばさ」を併結します(写真)。左E4系、右E3系2000番台、新幹線の連結・解結は福島と盛岡の名物です。



Beniq16  時間があったので、乗る号車に行くと、車販のアテンダントさんが、階段の間にあるドアを開け、何かを入れています。アテンダントさんの許しを得て、それを撮影しました(写真)。要するに、ワゴン販売のワゴン用エレベーターでした。こういう構造のものか、と改めて感心してしまいました。2階建て車両には欠かせない設備です。



 そして、帰途に就きました。



 このまま、無事帰宅できると良いのですが。それでは、次回をお楽しみに。

風荒びし日(前半戦)

Hokq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、信越方面に来ています。



Hokq2  昨晩自宅を発ち、早朝東京着、上野から高崎、水上へ。上越国境を控える水上から、新潟色電車の領域です(写真)。クモハ115 1059始め3連、新ニイ(JR東日本新潟車両センター)N14編成、青の新潟色です。しかし、日に数本の列車しか走らず、時間を狙って行かないと、水上で待ちぼうけを食らわされます。私も、約1時間待ちました。



Hokq3  列車はジャンクション、長岡まで行きますが、越後湯沢で下車。越後湯沢というと、関東だとスキーとリゾートマンション位しかイメージが湧かない、という人もいますが、北越急行(ほくほく線)完成後、北陸方面への乗換駅、という地位が加わりました。北越急行所有車、681系2000番台”スノーラビット”が、和倉温泉行き681系(0番台、JR西日本所有車)3連を従え、金沢に向け出発の時を待っています(写真)。



 681系は、いわゆる「スーパー特急」の具現化した姿で、踏切のないほくほく線内では時速160キロで走ります。当然新幹線以外では最速の営業です。681系、金サワ(JR西日本金沢総合車両所)所属681系も、特急「はくたか」運用に就く車両と、特急「サンダーバード」運用に就く車両とは区別され、改良型683系4000番台登場で完全に分離、「はくたか」に用いない681系は、現在京キト(JR西日本京都総合車両所)に移動しつつあります。



Hokq4  北越急行所有車681系2000番台18両、及び683系8000番台9両に張られる、”SRE”のステッカー(写真)。JR西車両ならこの部分は”White Wing”で、「サンダーバード」運用に就く681系・683系は当然”ThunderBird”、「しらさぎ」運用に就く683系(2000・3000番台)は、当初”Shirasagi&Kaetsu”でしたが、特急「加越」が「しらさぎ」50番台に編入されたため、最終的に”Shirasagi Express”に落ち着きました。



 昭和40年冬、481系落成で各1往復で運転開始した北陸特急「雷鳥」「しらさぎ」でしたが、来春481系の末裔485系完全引退で、「雷鳥」は消滅、「サンダーバード」に置き換えが完了します。その次は山陰特急、置き換えの順番は決まっています。



Hokq5  北越急行線用0番ホームには、HK100-8及び9の、「ゆめぞらII」が出発を待っています(写真)。数年前に紹介した「ゆめぞら」の第2弾、HK-100従来車を改装、同等の車両になりました。大半がトンネルの同線、それを逆手に取り、トンネル内で屋根に映像を映す車両です。



Hokq6  先ほどの”スノーラビット”は特急「はくたか」として出発、続いて「ゆめぞらII」も出発しました。



 続いて今度はJR西日本の編成、681系6+3連「はくたか」です(写真)。編成番号は、金サワであること以外は、手元では分かりません。北越急行車両も金沢総合車両所で検車、両車は共通運用で使用されます。



Hokq7  先ほどの「ゆめぞらII」に乗らなかったのは、その後に続く一般車各停に乗るためでした(写真、HK100-5及び3)。



Hokq8  同車の側面には、北越急行のシンボルマークがペイントされます(写真)。社紋にもなっています。



 そして同車に乗り、直江津を目指します。同車は新潟鉄工所製の電車、平成の新車で、VVVF車です。インバーター音を、どうぞ(越後湯沢~六日町間)。



「HK100-5.wma」をダウンロード



 残念、普通のVVVFインバーターで、音階は奏でません。



Hokq9  六日町から「ほくほく線」です。飯山線との乗換駅、十日町で、初代「ゆめぞら」と行き違い。通過本線の北側に分岐する、上下行き違いの1面2線、良い写真は出来ませんでした。



 そして「まつだい」駅で、分岐側の2番線に入ります。どうして、と思っていると、間もなく681系上り「はくたか」が、疾走していきました(写真)。ナンバーは記録できませんでした。時速160キロかは分かりませんが、それに近いスピードは出ていました。通常、列車のダイヤは最高速ギリギリで組まれています。



Hokq10  先ほど出発した「ゆめぞらII」と、虫川大杉駅で行き違い(写真)。普通電車も、高速で走ります。



Hokq11  参考映像。初代「ゆめぞら」の写真(写真、HK100-102及び101)。同設計ですが、こちらは片運転台、2連固定で設計されています。転換クロスシートが、一般車との違いです(「ゆめぞらII」も同様に改造された)。



Hokq12  「ほくほく線」は犀潟で信越本線に合流、いつの間にか上り方向になっています。犀潟から一駅、黒井には貨物側線があり、JR貨物更新色のDE10 1728が、待機しています(写真)。コキ200 171(コキ200は、船舶用コンテナ積載用短尺コンテナ貨車)も、単独で留置されます。



Hokq13  そして終点直江津に到着。信越本線はここから内陸を目指し、また米原から始まる北陸本線の終点でもあります。ホームには、長野行き上り快速「妙高」が出発を待っています(写真)。長ナノ(JR東日本長野車両センター)N101編成、先頭はクハ183 1528です(クハ183 1000番台(特急「とき」用)で落成、上越新幹線完成後189系協調側先頭車に改造(クハ189 1528)、その後改装で183系に戻されたものと思われます)。現在まで189系(489系もあった)特急「あさま」の塗色を残し、懐かしい。ああ、碓氷峠よ!あれは世界一の技術だった!



Hokq14  駅東方には、EF510 4と、疎開される京浜東北線用209系があります(写真)。910両あった209系京浜東北線用車両、901系廃車は分からなくはありませんが、量産車まで13年電車とは!法律上の減価償却期間が13年とはいえ、扱いは派遣労働者並みですねえ!



Hokq15  そして来た道を戻り、柏崎へ。強風が吹き、風にナーバスなJR東日本は、電車を本線上で停めてしまいました。その間に、車掌が乗客数の確認を。全て、羽越線事故の教訓から行っていることです。結局、立ち往生とノロノロ運転で、30分あまり遅れてしまいました。確かに、線路のそばの日本海は、表題写真のとおり波も荒れ狂い、不安ではありましたが。



 途中、青海川の駅舎です(写真)。無人でしょうが、モダンな駅舎です。



Hokq16  そして、柏崎には、最新の除雪機械、ENR-1000が(写真)。ウイングの操作で、単線ラッセル、複線ラッセル、ロータリーの3様に切り替えが出来る、除雪機械です。これで国鉄型除雪機関車の運命が、危ういものとなっています。



 そして、今日の滞在先に向かいました。



 今日は、風でえらい目に遭いました。明日は、どうでしょうか。



 それでは、次回をお楽しみに。

晴れ渡らぬ日々

Kioq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、日帰りで関西方面に行ってきました。



 1回目は閉館と間違え、2回目はホワイトバランスを間違え悲惨だった、トロッコ嵯峨駅の”SL&Piano Museum”。先ずはこれを撮り直すべく京都駅に向かいました。



 京都駅33番線には、懐かしい塗色の電車が(写真)。今では米原以西では殆ど死に絶えた113系湘南色、クハ111 5716始め4連、京キト(京都総合車両所)C08編成です。嵯峨野線(山陰本線)各停運用に入る、元草津線用電車700番台、高速化対応で+5000されました。



Kioq2  その前方には、クモハ114 6123始め2連、福フチ(福知山電車区)R1編成が連結されます(写真)。現在福知山電車区の115系はR1編成のみ(現存最後の編成)、他は223系5500番台に置き換えが完了しました。



Kioq3  前115系、後113系の6連が、運用に就いています(写真)。抑速ブレーキ以外にも、違いはあると思うのですが、併結されています。



 現在嵯峨野線は、主要な運用は221系に置き換えられ、113系も最後の奮闘か。湘南色113系は、関東地方でも1編成しか残っていない、非常に貴重な塗色となりました。



Kioq4  そして嵯峨嵐山に到着。駅前にはトロッコ嵯峨駅があります。駅前には、今日もD51 51とハマーが展示されます(写真)。後は動輪のモニュメントです。



Kioq5  正面の入口には、「閉館」との掲示がされますが、中の電灯は点いています。この中へは、実はトロッコ嵯峨駅の中から入ります。入口側にもグランドピアノ、メインステージにはグランドピアノとドラムセットが用意され、後はSL博物館です(写真)。今回はホワイトバランスは自動で設定しましたが、やはりこの色になってしまいます。仕方ない。



Kioq6  そして京都に戻ります。嵯峨嵐山から福知山方面は既に複線新線は完成(旧線がトロッコ列車の線路)、現在京都~嵯峨嵐山間の複線化が進みます。太秦~花園間の工事の様子(写真)。線路は敷かれ、最終調整の最中のようです。他の区間も、曲線の問題はありますが殆ど準備が終わり、遅くとも来春のダイヤ改正までには完成しそうです。



Kioq7  そして丹波口から梅小路の三角線に至るところでは、かつては上り方右側は大阪方面への渡り線のみでしたが、現在は下り線が完成し、配線が変更になっています(写真)。最後、京都駅への入口は単線であり、ボトルネックである、といえばそうでしょう。しかし用地の関係で、これ以上の改良は不可能と思われます。



Kioq8  京都から、大阪・姫路方面へ。左手には、京都総合車両所(旧「向日町運転所」)が広がります。奥深くには、気動車「エーデル」シリーズの車輌が(写真)。エーデル3兄弟、キハ65を改造した車輌でしたが、ベース車が古く、確か2系列は廃車となり、残る1種も現在は保留車か。写真の車輌も、営業可能なのか、不明です。



Kioq9  続いて、クモヤ443(写真左手前クモヤ443 2、右奥クモヤ442 2)が(写真)。485系を彷彿とさせる形態ですが、事業用車、架線等の検測を行う車輌です。



Kioq10  一番南には、転車台が(写真)。客車時代の名残です。



Kioq11  端には、クモヤ143と思いきや、クモヤ145 1006(京スイ(JR西日本吹田工場))、続いてクモヤ145 1201(1017?)、その後は485系国鉄色モハが続きます(写真)。入換中でした。



Kioq12  そのまま姫路に到着。駅北西側には、103系、クモハ103 3507始め2連が停泊します(写真)。



Kioq13  その手前、3番線には、キハ122 3が本竜野に向け出発を準備しています(写真)。予定ではこれに乗車するつもりでしたが、姫新線の路盤の高速化工事が完成してからでも良いと思い、止めました。



Kioq14  反対側、播但線ホーム2番線には、クモハ103 3509始め2連が出発を待っています(写真)。そして姫路名物を買い(アルカリ性の駅蕎麦も名物ですが)、帰途に就きました。



Kioq15  帰り道、大阪駅で、電球色に輝く場所が、車窓に入ってきます。そうだ、北陸線方面専用ホーム、11番線が復活した、と雑誌に載っていたことを思い出し、結局下車しました。



 10番線に陣取り、撮影を。サンダーバードがやって来ました(写真)。大阪環状線ホームが1・2番線になり、昔に比べれば1面2線減少しましたが。しかし、ここで30分のつもりが45分滞在してしまい、結果帰宅が1時間遅れてしまいました。



Kioq16  遅れついでに、と待っていると、目の前に223系の4連が(写真)。しかし2パンタ、番号も6000番台を名乗ります。新車かと期待し、帰宅しましたが、実際は「おおさか東線」「東西線」「丹波路快速」用に2000番台を改造した車輌で、大ミハ(JR西日本宮原総合運転所(新大阪駅そば))に移籍したMA02編成でした。地下線対応で2パンタに改造されました。



 結果予定が1時間遅れ、大失敗でした。電車の時刻は、正確に確認しましょう。



 それでは、次回をお楽しみに。

新車登場です#2

 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、動画集、伊賀鉄道イベント関連をお届けします。



 最初は、初代忍者列車、861始め2連(画面手前は761)の庫内移動の様子です。



 続いて、今回の主役、「新」忍者列車、101始め2連(画面手前は201)です。平成2年新製の電車、VVVFインバーター音も高らかに、移動していきました。



 次は、緑のリバイバル色に身を包む、862始め2連の入庫の様子です。



 続いて、新忍者列車登場により引退する、「くノ一」866始め2連(手前は766)です。この車輌は、もう先がありません。皆さん、記録しましょう。



 そして最後は、茶色のリバイバル塗色に身を包む、863始め2連の入庫の様子です。まだまだ安心、と思っているうちに、だんだん置き換わってしまいます。今後の動静に注意しましょう。



 こんな感じで動画は終わりです。



 明日は祝日、天気も良いようで、どこか行きたいですねえ!



 それでは、次回をお楽しみに。

寒波襲来#2

 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、一昨日の常磐線ネタから。録音したサウンドをお届けします。



 最初は、ディーゼルエンジンから。水郡線の新型ディーゼルカー、キハE130系列から。キハE132 13のエンジン音を、どうぞ。



「Jou1-KihaE132-13.wma」をダウンロード



 機関はエコディーゼルといいますが、どうでしょうか。



 続いて比較用、JR化直後の新型ディーゼルカー、キハ110系列です。キハ111 102のエグゾーストノートを、どうぞ。これも、ターボ車です。



「Jou2-Kiha111-102.wma」をダウンロード



 続いて、ドレミファインバーター、E501落成時のオリジナルの制御装置、シーメンス製のインバーターの制御音を。



「Jou3-E501.wma」をダウンロード



 メインの取材、音がこれだけでは残念なので、現在追加取材を検討中です。



 最後は、415系、モハ415 1531の駆動音を。



「Jou4-Moha415-1531.wma」をダウンロード



 やはり、MT54の野太い音は、懐かしい良い音です。



 本当は、”ムーンライトながら”に使用される183・189系のMT54は、ギヤ比が高くもっと高音のハーモニーを聴かせ良い感じですが、夜間で残念でした。



 それでは、次回をお楽しみに。

新車登場です!

Igauq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今日は一転、伊賀鉄道の新車イベントに行ってきました。



 昨日、もっと行きたいところを泣く泣く帰宅したのは、今日のイベントのため。そして今朝自宅を発ち、近鉄名古屋で待つ「楽」に乗車。そして伊賀鉄道(旧近鉄伊賀線)との接続駅、伊賀神戸に到着(写真)。踏切を渡り、伊賀鉄道のホームに入ります。



Igauq2  伊賀鉄道ホームには、銀帯のある茶色のリバイバル塗色に身を包む、863始め2連が発車を待っています(写真)。しかし、乗車予定は次の電車です。



Igauq3  30分余り待ち、乗車予定の電車が(写真)。グリーンの塗色の862始め2連です。車内は、古い車内広告の復刻版が飾ります。



 そして、中心駅で車庫のある、上野市駅に到着しました。



Igauq4  早速撮影会が始まります(写真)。左から、新忍者列車201始め2連、忍者列車761始め2連、「くノ一」766始め2連、忍者列車の並びです。101・201の導入で、766始め2連が引退の予定です。



Igauq5  伊賀上野に繋がる本線の向こう側には、767始め2連が(写真)。860系最終編成、近鉄時代からのツートンを守ります。



Igauq6  新忍者列車が移動し、車内公開が。先ずは製造プレートから。平成2年東急車輌製、2009年(平成21年)東急テクノシステム改造でした。VVVF車で、インバーター音も高らかに移動していました。



Igauq7  車内の様子(写真)。一部に固定クロスシートがあります。床面は装飾が施されます。



Igauq8  運転台の様子(写真)。伊賀鉄道初のワンハンドルマスコンです、といっても860系以外の車輌が初めてですが。



Igauq9  車内公開の101(201)の横に、861始め2連が入換で並びます(写真)。この後、861始め2連は、営業に就きました。



Igauq10  横に並ぶ列車が無くなり、全景の見える766(866)(写真)。洗車台のある洗浄線に入っています。これも、後ほど営業を開始しました。新車の登場で引退予定の同車、皆さんも記録してください。



Igauq11  上野市の駅ホームに、863(763)が入線します(写真)。間もなく、折り返し伊賀神戸に向かいました。



Igauq12  続いて、862(762)が入線します(写真)。この編成は、この後入庫しました。



Igauq13  複雑な入換の末、並んだ編成に再び撮影会が開催されます(写真)。左から、762始め2連、201始め2連、766始め2連です(写真)。この後、「くノ一」が出庫、今日のイベントは事実上終了しました。



Igauq14  帰りは試乗会、101(201)に乗って伊賀神戸に向かいます。営業列車に雁行します。201の運転士側の側面には、この列車のラッピングを考えた松本零士氏のサインが(写真)。12月19日付けであり、昨日上野市車庫まで来場されたのか。



Igauq15  そして、終点伊賀神戸に到着(写真)。この後返空回送になる筈が、上野市で整理券を貰った方に限り乗車が出来る、というサプライズがありました。イベントには、先ず行って参加してみる、は鉄則のようです。



 今回も、良いイベントでした。楽しく新車の取材が出来、良い感じです。また来たいと思います。



 そういえば、伊賀鉄道と同時に近鉄から独立した養老鉄道には、近鉄南大阪線の「ラビットカー」(優等列車の時程維持のために、各停用車輌の加減速性を飛躍的に向上させた車輌)の復刻塗装もあるそうです。こちらも、是非行きたいですね。



Igauq16  帰り道、伊勢中川を通ります。中川短絡線の新線工事は、架橋がほぼ終わり、路盤工事が進みます。これが完成すれば名阪特急のスピードは上がりますが、通るのは名阪直通特急だけです。あとの方は、伊勢中川で乗り換えましょう。



 それでは、次回をお楽しみに。

寒波襲来

Koriq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、常磐線方面の話題をお届けします。



 寒いといわれた今週末。昨晩「青春18きっぷ」で自宅を発ち、未明に東京着。そのまま上野からE531系に乗り水戸へ。そして、水戸からは水郡線に向かいました。



Koriq2  本当は、直接郡山へ行きたかったのですが、列車が無く、寄り道した常陸太田。水郡線は、全てキハE130系列に置き換えが完了しています(写真、常陸太田にて、キハE131 9始め2連)。



 この後で北菅谷に戻ると、丁度郡山行きがやって来るタイミングです。



Koriq3  北菅谷では、北菅谷発常陸太田行きが、接続を待っています(写真、キハE132 7始め2連)。これに接続するように、郡山行きキハE132、E131、E130の3連がやって来ました。



 途中水郡線営業所がある常陸大子で、編成の切り落としがあるのでは、と思っていると、やはり末尾のキハE130は常陸大子で切り離され、その先は2連での営業になりました。



 しかし、いつも水郡線では、郡山から乗っても、水戸から乗っても、いずれも別に時間が特段早いわけではないのですが、つい寝てしまいます。今度こそ車窓を眺めようと思っていたのに、不注意でした。



 水郡線の駅名が「常陸~」から「磐城~」に変わる頃から、周辺の様子が一変します。福島県内では積雪があり、昼近くなっても溶けずに、風景を白く変えていました(表題の写真)。これが関東と東北を隔てているのでしょう。



Koriq4  そして安積永盛を過ぎると、東北本線に合流します。間もなく終点、という所に、JR東日本郡山車両センター(旧称「郡山工場」)があります。



 工場北側の解体場所には、左はサハ205 221、右DD14(ナンバー不明)が置かれ、解体されています(写真)。205系は埼京線の帯色、今頃何故解体されるのか(もっと早く行われていてもおかしくはなかった)。山手線205系がE231系に置き換えられたのは随分前の話、それで発生した6ドアのサハを埼京線用に転出、それで埼京線205系のサハは余剰だったのですが、確かに使える車両を解体するのは、心苦しいところです。



Koriq5  駅の入口には、DE10 1747が、石油のタキを1両従え、入換をしています(写真)。中型機はまだまだ安泰と言っているうちに、置き換えのための技術開発が進んでいきます。しかし後継機のイメージは、まだ湧きません。



Koriq6  そして郡山駅に到着。1番線には、会津若松行き快速、719系(手前クハ718 15)4連が出発を待っています(写真)。会津は大雪らしく、車両の隙間という隙間に雪が入り、真っ白です。そのためか磐越西線は、遅延が発生していたようです。



Koriq7  反対側、6番線の向こう側には、気動車が待機しています。先ずはキハE131 13始め2連、私たちが上菅谷から乗ってきた編成です(写真)。



Koriq8  その少し北側には、キハ110 102が(写真)。後には、片運転台のキハ111、キハ112のこれも同じく102番が続きます。



Koriq9  キハE131の少し南側には、転車台が(写真)。これを使うような運用は、今ではほとんどありません。



Koriq10  間もなく、EH500 52牽引の貨物列車が、北に向け走り去ります(写真)。いつの間にか、東北本線の主流は、ED75だったのがEH500に変わってしまいました。



 そして私は、磐越東線に入ります。先ほどのキハ110系102番3連が、運用に入りました。



Koriq11  途中駅舞木には、保守車両用の側線の向こう側に、砂利でしょうか、ホッパの跡が(写真)。砂利も、鉄道で運ぶ重要な貨物でした。



 山中に入ると、更に風景は白くなります。昨日は大雪だったのか。しかし山を越え浜通りに入ると、雪は見られなくなりました。



Koriq12  途中駅、夏井でしょうか(失念しました)、旧式客車を利用した店舗が(写真)。しかし車体はハーフカットされているようです。



Koriq13  そして終点、いわきに到着。そして今日最後のイベントを迎えるべく列車を待ちます。



 間もなくEF81 57牽引の貨物列車が通過します(写真)。水戸発でしょう。



Koriq14  そして予定した列車は、期待通りE501系、水カツ(勝田車両センター)K754編成です(写真)。これに搭載されているはずのシーメンス製のインバーターの音をこのブログに登載する予定でした。しかし、同編成は、落成時のインバーターの調子が悪かったのか、乗車すると普通のE231系のVVVFとよく似た音がします。ドレミファインバーターではなく、残念。M車いずれも交換済みのようでした。



Koriq15  そこで仕方がないので、高萩で下車しました。高萩駅横の電留線には、京浜東北線用の209系が、T車を抜かれ6連で多数留置されます(写真)。あるだけでも6編成ありました。しかしここは交流区間、パンタグラフを上げても209系は走ることが出来ません。郡山での改造を待っているのでしょう。



Koriq16  そして続いて、E653系”フレッシュひたち”が出発を待ちます(写真)。水カツK301編成で、E653系の初号編成でした。



 更に待ち、続く普通に乗車。しかし、これは415系1500番台で、普通の抵抗制御、MT54は野太い良い音ではありましたが、目的は達成できず。結局、今回シーメンス製のインバーターを積むE501系には乗車できませんでした。



 幸い、行き違ったE501系10連が、出発時に鳴らしたインバーター音を録音できたので、目的の3分の1位は達成したのか。次回は、しっかりした計画を持って来ねば、と思いました。



 そして帰途に就きました。



 水郡線に乗る、は達成しましたが、ドレミファインバーターを録音できなかったのは残念。また次回になってしまいました。しかし、少数派で保守の異なる舶来品を今後とも使い続けるのか、それともE231系と同じ部品を使用して保守を簡単にしたいのか。数年後、シーメンスを使うのは京急だけ、という心配もあります。それまでには、是非来たいですね。



 それでは、次回をお楽しみに。

雨晴らす日(後半戦)

Eihq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、北陸遠征後半戦です。



 先ず、最初の写真から。これは、旧加越能鉄道加越線(廃線)井波駅駅舎です(写真)。昨晩撮影しました。光量不足からスピードが取れず、もう一枚はVRレンズでも手ブレが入っていました。時間が遅かったことから、再訪を誓いました。



Eihq2  そして、今朝の撮影(写真)。現在同建物は物産展示館として使用されています。廃線後、保存にあたり少々移動したそうです。



Eihq3  同館の内部(写真)。かなり手を加えていますが、往時の雰囲気が感じられるでしょうか。真ん中のストーブが良い感じです。



Eihq4  続いて、野尻近辺にあるという鉄道資料館を捜索します。昨日の調査で、城端線東野尻、高儀、福野では発見できませんでした。それでは旧加越能鉄道加越線沿線と思い、井波から調査を始めました。城端線とのかつての接続駅、福野駅南方に残る、大築堤です(写真)。井波から福野駅東方で合流、この築堤に接続します。現在自転車道になっています。



Eihq5  そして線路跡は城端線と県道をオーバークロスします(写真)。大規模な構造物です。



Eihq6  そして福野の市街を大回りして西方に抜けます(写真)。鉄輪が滑らないよう、大築堤が延々と続きます。そしてこの線路跡に沿って車を進めましたが、北陸自動車道に至るまで発見できず。砺波まで戻るも発見できず。結果、断念しました。



 帰宅してから電子地図を見ると、四日町(加越能鉄道車庫のあった場所)に公園のマークがあり、これでしょうか。起終点であった北陸本線石動まで行くべきだった、と後悔しています。



Eihq7  次の目的地は、永平寺(写真)。かつて京福電鉄永平寺線が東古市(現「永平寺口」)から分岐していましたが、現在は廃止されています。福井北インターから国道が分岐し、沿道に廃線跡が残り、期待が膨らみます。しかし、礼儀として、まず永平寺は参拝しましょう。



Eihq8  参拝後、駅があるという門前の一番下の店まで行き、京福バスのターミナルが駅跡のようです(写真)が、現在建物は残っていません。



Eihq9  周辺は鉄道跡のような広大な平面であり、東古市に繋がる方向にも線路跡らしきものが認められます(写真)。帰宅後地図で確認しても、この位置が京福電鉄永平寺線永平寺駅跡でした。駅舎は残っておらず、残念です。



Eihq10  そして山を反対側におり、越美北線へ。越前大野を越え、更に奥へ。第一九頭竜川橋梁です(写真、柿ヶ島からの撮影)。下は、九頭竜川です。



Eihq11  同橋梁の側面からの図(写真)。トラス橋と桁橋の複合です。このトラス橋部分は、東海道本線旧木曽川橋梁のピントラス橋を再用した橋梁なのだそうです。



Eihq12  そして越美北線終点、九頭竜湖へ(写真)。ログハウス風の駅舎、「道の駅」でもあります。



Eihq13  駅舎東方には、終端表示が(写真)。右側は脱進器がなければ入線できず、保線機械用の線路と思われます。左側は本線、車輌の留置用でしょう。SL用の転車台はありません。



Eihq14  同駅北西方に「穴馬民俗館」があり、その施設に8620形28651が保存されます(写真)。大正8年汽車会社大阪製、横には配属区などの説明が残ります。



 そして帰途に就きました。



 今回も大遠征でしたが、一応は合格点か。次回、いつ行けるかは分かりませんが、次回は完璧にこなしたいですね。



Eihq15  おまけ。そのまま美濃白鳥に向け車を走らせました。途中、九頭竜湖に架かる箱ヶ瀬橋が見えてきます(写真)。何でもない普通の吊り橋のようですが、そうではありません、この橋はその後の瀬戸大橋や明石海峡大橋、大鳴門橋の習作で、これらの巨大橋梁が実現したのは、すべてこの橋で研究がなされたからです。そういう目でこの橋を眺め、技術者たちに思いをはせると、感慨深いものがあります。



 それでは、次回をお楽しみに。

雨晴らす日(前半戦)

Notoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、北陸に来ています。



 昨晩自宅を発ち、車中泊、明けて今朝最初に到達したのは、輪島です(写真)。旧国鉄七尾線、後の「のと鉄道」の終点の一つで、最初に廃線になった区間です。終点駅、次の駅が「シベリア」なのは、かつての学生の落書きから始まったらしく、その後定着したようです。



Notoq2  旧輪島駅は、輪島文化会館横の「道の駅」であり、当時のホームの一部が残されています(写真)。奥は、写真パネルで、本物の鉄道ではありません。



Notoq3  輪島から戻る方向、スノーシェッドや保線用の作業歩道など多数の遺構が残ります。そしてそれらは全て穴水の方向に向かっています。穴水から北の方を望むと、かつて輪島や蛸島方面に向かっていた線路跡が残ります(写真)。左の線路が輪島方面、右の線路が蛸島方面、何れも廃止され、ここが終点です。



Notoq4  穴水駅0番線には、現在は使用しないNT100形、NT127が留置されます(写真)。床は畳で、お座敷車なのが残った理由か。その上にテーブルが載り、テーブルの上にはNゲージの線路が敷かれ、鉄道模型が楽しめるようになっています。方向幕は「急行 輪島」なのに注目。なお、他のNT100形は、全て外国に売却されました。



Notoq5  輪島や蛸島から穴水までの距離に比べれば、穴水から七尾までの距離は僅かです。それでも、馬鹿に出来ないほどの距離はあります。



 穴水から一駅七尾寄りの能登鹿島は、桜の時期にはピンクのトンネルになるそうで、美しい駅です。今日は写真のとおりです(写真)。冬なので、寂しいですね。



Notoq6  更に一駅、西岸には、レール探傷装置の廃車体が留置されます(写真)。JR西日本のもののようです。



Notoq7  そして、能登中島には、郵便車オユ10 2565が保存されます(写真)。車両保存会があるようです。



Notoq8  その穴水寄りには、のと鉄道団臨・イベント用車両、NT801、802が(写真、手前NT801)。現在は、この場所に固定されイベントに用いられるのか、商用電源の配線がなされ、車内に配管が入るエアコン室外機が設置されていました。



Notoq9  そして七尾から氷見、景勝雨晴海岸を過ぎ、伏木へ。伏木駅に車を停め、伏木貨物駅に行きました。しかし、かつては貨車もスイッチャーも多数だった同駅、現在は除雪モーターカーの廃車体が一つ残るだけで、車両等立入禁止になっていました(写真)。ロシア船も多数入港するので、ロシア語でも注意書きが書かれます。



 なお伏木発ウラジオストック行きフェリーは、毎週金曜発ですので、残念ながら今日は停泊していませんでした。



Notoq10  対岸に移動する途中、米島口を通りました。ここへ来れば、かつての「加越能鉄道」、現在の「万葉線」の車庫は目の前です。そこで車を停め、撮影を。今日は除雪機械となり車籍のない電車が、スタンバイしています(写真)。出自は、手元では不明です。



Notoq11  そして能町へ。コンテナ貨物駅で側線多数だった同駅、現在はほとんど断ち切られ、一ローカル駅になってしまいました。コンテナヤードには、スイッチャーの廃車体が5つも置かれます(写真)。ああ、悲しい。



 なお、この駅から氷見線と高岡貨物駅方面の貨物線が分岐します。



Notoq12  そして対岸の貨物駅側に行くと、丁度DE10 1035牽引のコンテナ貨物列車が、貨物駅に向かいます(写真)。クジ運、良いですね。



Notoq13  そして同列車は、牽引機を切り離すと、入換です。入換には、かつて伏木貨物駅で従事していたD352が、従事していました(写真)。やはり手頃なんですね。諦めていましたが、再会でき嬉しいです。しかし、丁度雨が激しくなる、というおまけ付きです。カメラも服もずぶ濡れでした。



Notoq14  そのまま川に沿って走ると、いつのまにか貨物線は無くなってしまいます。そして大きな橋が、線路跡から上に向かいます。その橋は、かつて「如意の渡し」があった場所を通り、対岸に架かります(写真)。ああ、渡し船は、無くなってしまったのですね。待合室など跡形もありません。



Notoq15  そのすぐ東側を万葉線が走ります。そして海岸で東に進路を変え、越の潟に到着します(写真)。なぜ、こんな所に終点があるの?



Notoq16  それは、かつて富山新港が掘削される前、越の潟から東の方に線路は延び、県営渡船の船着場堀岡を通り、鉄道が続いていたからです。その鉄道、富山地方鉄道射水線は、富山新港完成後、堀岡を終点に市内線新富山まで繋がっていました。現在同線は廃線となり、線路跡は自転車道として残ります(写真、堀岡にて)。延々、何キロ位あるのでしょう。



Notoq17  そして堀岡から東に向かっていた線路跡は、四方で南に進路を変えます(写真)。非常に長いサイクリングロードです。



Notoq18  そして更に進むと、車が走れる道路になります(写真)。入口があると思い入ると、遮断機が。この道はバス専用道で、一般車は入ってはいけません。



 そしてJRを潜る位から位置が分からなくなり、新富山は痕跡も無し、道路上の市内線の電停名のみに残ります。



 そのまま次に行こうと思いましたが、日没、撮影が不可能になり、断念。今日の滞在先に向かいました。



 色々行けたのは良いのですが、最後がメインイベント、しかし暗中発見不能で、明日リトライです。それにしても、酷い雨でした。



 それでは、次回をお楽しみに。

カウンター
プロフィール

Seichiro

Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR