Western Rollers(Story2)#2

We2q1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、九州からです。



 今朝も滞在先を発ち、取材に。最初は、肥薩線嘉例川駅です。開業100年となった肥薩線、その築100年の木造駅舎です。



We2q2  入口を入ると、左に出札とチッキ(鉄道小荷物窓口)、正面に改札があります(写真)。



We2q3  続いて、大隅横川へ。こちらも同年の木造駅舎です(写真)。



We2q4  こちらも同構造の駅舎です(写真)。待合室は、屋根が高いです。



We2q5  撮影をしていると、丁度列車が来ました。特急「はやとの風」です(写真)。タイミング良い!そして発車しました。



We2q6  続いて吉松へ。先ほどの「はやとの風」は、間もなく折り返し、鹿児島中央に戻っていきました。そして入れ替わり接続するのは、人吉行き「いさぶろう・しんぺい」です(写真)。かつてはキハ40形1両で運転していましたが、現在は3両に増結されています。かつては4110、D51が苦労して越えた肥薩線山線区間を、一駅一駅観光しながら走る列車です。



We2q7  駅前に戻ります。駅舎北側には、燃料庫の石倉があります(写真)。



We2q8  隣は、鉄道資料館です(写真)。今日は開館していました。中には鹿児島本線として開業した肥薩線の歴史、及び各種資料が展示されています。



We2q9  駅前最大の展示物、C55 52です(写真)。日本初の急行形パシフィック(2C1)、C51を軽量化したライトパシフィックC54の改良版であり、C57の母体となりました。末期は北海道と九州に集まり、最後の活躍をしました。同機のキャブに入ることが出来、私も公式側に座り、機関士になった気分を味わいました。



We2q10  そして、今回乗車を計画していた、「海幸山幸」です(写真)。午前に宮崎から日南線南郷に向け走り、午後に南郷から宮崎に戻ります。そこで、南郷で待機していると思い、駅へ行ってみると、南郷は1面1線のホームで、待機する場所がない。そこで、雑誌「鉄道ダイヤ情報」(DJ誌)で運用を確認すると、下りの運用が終わると、線路に余裕がある油津まで回送され、待機、午後間に合うように南郷に回送され、改めて上り宮崎行きになるとのこと。そこで、待機する油津まで移動しました。



 すると、同車は油津駅2番線で待機していました。そこで各部を撮影し、後にしました。



We2q11  時間があったので、南宮崎に行きました。すると、国鉄特急色の485系が行き過ぎます。向きは宮崎空港方面です。時刻表を確認すると、同列車は1時間後に戻るとのこと。そこで車を滞在先に入れ、徒歩で宮崎駅に向かいました。



 暫く駅で待っていると、485系3連「にちりん」大分行きとして入線します(写真)。クモハ485 102です。「JNR」のエンブレムも、しっかり入っています。



We2q12  反対側はもっとサプライズ、国鉄時代の「にちりん」の絵入り愛称表示になっていました(写真)。クハ481 230(200番台)、元は貫通路が使え、愛称表示も非貫通型と比べ、少々幅が狭いものとなっています。



We2q13  そして「海幸山幸」が宮崎に戻ってきました(写真)。キハ125 402を先頭にしています。元は高千穂鉄道のトロッコ車両で、同線の台風災害による寸断を原因とする廃止に伴い、余剰となったものをJR九州が購入、改装、同列車に使用されます。デザインは、車両デザインなどを手がけるドーンデザイン、水戸岡氏の手によるものです。



We2q14  キハ125 401です(写真)。2両購入、キハ125に編入されました。



 本当は明日「海幸山幸」に乗車しようと、予約を試みましたが、その時点では満席とされ、そのまま来てしまいました。当日売り、自由席もごく少数あるようですが、一日行程となってしまうので、また、別の機会に。





 「海幸山幸」到着の動画です。ホームでドタバタとなりイマイチですが、入線の様子が分かるでしょうか。



We2q15  日南線塗色の、キハ140 2127です(写真)。キハ140は、キハ40の機関換装を行った系列、JR九州のみに存在します。日南線も、そのうちに。



We2q16  食事をして駅前に出ると、「海幸山幸」に合わせてデザインされた宮交バス、「にちなん号」です(写真)。統一デザインです。



 そして、滞在先に戻りました。



 水戸岡氏の著書を読みましたが、数年後には鉄道のデザインをやめてしまおうと思っておられるとのこと。色々な理由があると思いますが、趣味のように楽しいことなら、一生続けても良いと思うのですが、どうなのでしょうか。確かに、私も「仕事」と思うといつかは止めたいと思いますが、個人的には今後の鉄道サービスの向上のため、続けて欲しいと思うのですが。



 それでは、明日は今日の続きです。お楽しみに。

Western Rollers(Story2)#1

We1q1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、九州方面に遠征に来ています。写真は、加世田駅跡に展示される、南薩鉄道4号機です(写真)。



 昨晩自宅を発ち、長駆1000キロ、高速を抜け南九州に。実走で、到達時間を計測。正直、長距離トラッカーでも走らない距離です。しかし夜行列車で移動する手段は、断たれてしまいました。早く2011年が来い、ということか。そして伊集院に向かいます。



We1q2  伊集院からはかつての南薩鉄道、後の鹿児島交通の線路跡が続きます。写真は、橋梁の跡、橋脚が残ります(写真)。



We1q3  そこから少し、永吉駅跡は、公園になっています(写真)。ホームが残ります。



We1q4  そして中心駅だった加世田へ。加世田駅跡は、現在鹿児島交通のバスターミナルになっています。ロータリーにはSL4号や、写真のDD201が展示されます(写真)。水害でやむなく廃止、残念です。



We1q5  その横には、「南薩鉄道記念館」があります(写真)。入場券は、バスターミナルのチケット売り場で買います。大人200円です。



We1q6  館内には多数の展示が。写真は、秤に、タブレット発行機です(写真)。



We1q7  2階に上がり、各種のプレートが展示されます(写真)。他、ビデオ、模型他多数でした。



We1q8  昭和59年3月の、さようなら運転時のヘッドマーク等が展示されます(写真)。水害で復旧不可能なほど寸断され、廃止になりました。こういった形で、残していって欲しいものです。



We1q9  そして鹿児島交通の終点であり、指宿枕崎線の終点である枕崎へ行きました(写真)。開通は南薩鉄道が先で、国鉄は同駅を後の鹿児島交通に委託していましたが、同線廃止で単独駅となり、現在は無人駅になっています。以前来たときは鹿児島交通のあった頃の旧駅舎が残り、ホーム周辺は広い空き地になっていましたが、現在は、その空き地にはスーパー及びドラッグストアが建ち、駅は隅の方になっています。



 車止めの近辺には、稚内駅の「最北端終点駅」に似せた「最南端終点駅」という看板も立っています。そして入る1両編成の気動車の撮影スポットまで、杭を立て示しています。



We1q10  そしてJR最南端駅、西大山へ(写真)。駅前は小さいながらも整備され、草花も植えられています。ここまで来る列車は1日に5,6往復で、枕崎まで行き、西大山で降りるのは、一日行程になってしまいます。



We1q11  そして大移動、都城から志布志線(廃線)跡を辿ります。西都城の次、今町には、C12 64と、腕木式信号(遠方付き)が保存されます(写真)。



We1q12  続いて、昨年も来た末吉には末吉町鉄道記念館があり、今日は開館していました(写真)。中にはマネキン人形に着せた制服姿、他各種機器装置がガラス張りで展示されます。



We1q13  そして、終点、志布志には、志布志鉄道公園があります。同公園はかつての志布志駅跡で、現在の日南線の終点の志布志駅は、大隅線も廃止になった後、北方に300メートルほど移動して設置されました。旧ホームには、キハ52 130、ヨ8951が展示されます(写真)。



We1q14  反対側は、C58 112です(写真)。変わった形の門デフが付いています。



We1q15  現在の志布志駅です(写真)。かつて機関区まであった駅とは思えない変貌ぶりです。しかもこの建物の中に、仮眠室まであります。広い道路が周りに多く、暴走族とか出そうです。



We1q16  そして今日の最後は、昨年発見できなかった吾平町鉄道資料館です(写真)。電子地図で線路跡を辿り、発見しました。しかし資料館は、今日は閉館でした。



We1q17  その横にはホーム跡が残り、前からヨ8953、キハ20 452が保存されます(写真)。周辺には転轍機、信号等も残りますが、車両の状態はあまり良くありません。そしてこれで終了、今日の滞在先に向かいました。



 今回も大規模なローラー作戦です。各種資料が揃い、更にパワーアップか!



 明日は、今日の続きです。お楽しみに。

まだですか?(後半戦)

Jomtq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日の続き、群馬県からお届けします。



 上信の車庫で終わった昨日。今朝どこから始まったかは、分かります。今朝も滞在先から、バスに乗りました。



Jomtq2  バスは中央前橋へ。中央前橋駅そばのポイントから、上毛電鉄を写します(写真)。左716始め2連(紫)、右711始め2連(緑)です。いずれも京王井の頭線3000系を、2連にした改造車です。



Jomtq3  撮影を終え駅に入ろうとすると、駅前には日本中央バス、前橋~中央前橋間のシャトルバスが停まっています(写真)。



 駅前の自販機では、関西では有名な飲料水メーカーの飲料が、全て100円で売られていました。確かに、関東では見ないメーカーばかりです。飲料水のシェアは、自販機数に一致する、ということです。



Jomtq4  駅にはいると、桜のラッピングがなされた725始め2連が入線します(写真)。顔もピンクです。私が学生の頃は、井の頭線の顔の色が、当時の渋カジ色(古いですねえ!)の元とされていました。今は東京でもあまり見なくなった3000系、短編成に改造され顔の色も変え、各地に散らばりました。



 そして車庫のある大胡まで乗車しました。



Jomtq5  そして大胡に到着。側線には、既に今日も主役、デハ101がスタンバイしています(写真)。動態保存、しかしイベントや貸切でないと乗れない電車です。行先表示は、「新里」が入ります。



Jomtq6  反対の中央前橋側です(写真)。こちらは貫通型の正面、前後の顔が異なります。



Jomtq7  切土法面には、銀河鉄道999のイメージ、デハ101が飛び立つ姿です(写真)。非常に大きな模型、Oゲージ(32ミリ)か?



Jomtq8  デハ101が、ホームに入線します。乗車しました。



 運転席裏には、製造銘板が(写真)「昭和参年」「川崎車輌會社」と入ります。



Jomtq9  車内の様子(写真)。2ドアロングシート、木製の車内です。2列の電球の照明、中間に懐かしい形の扇風機があります。



Jomtq10  運転台の様子(写真)。速度計が無く、簡単な機械・メーターしかありません。



Jomtq11  左側には、ハンドブレーキが(写真)。深く考えると、普通の電車と比べ、運転席・助士席が左右反対です。



Jomtq12  台車上の様子(写真)。床も木製、心皿、モーター点検蓋が分かります。



「deha101.wma」をダウンロード



 そして、昭和3年製の吊掛音が唸ります。古くても、良い感じです。



 そして途中駅で下車、撮影ポイントで撮影しましたが、今回も動いていることから動画を選択しました。ホキ1を牽引しており、撮影しなかったのは悔やまれますが、手は2本しかありません。次回は、三脚、最低でも一脚を持って行きましょう。





 合間に、デハ712始め2連が中央前橋に向け走ります。顔は青、「ロイヤルブルー」なのだそうです。





 続いて、デハ713始め2連が西桐生に向け走ります。顔は赤、「フェニックスレッド」なのだそうです。





 そしてメインステージ、デハ101が、ホキ1を牽引し戻ってきました。次回は、三脚を持ってきます。



 そこからバスで移動、再び大胡に戻りました。



Jomtq13  そして大胡駅前に広がる、上毛電鉄大胡電車庫へ。今日は「上毛鉄道 春のイベント2010」が開催されました。駅から続く道から、全景が眺められます(写真)。中へ入ります。



Jomtq14  車庫線では、帰ってきたデハ101で、綱引き大会が行われました。それが終わると、撮影タイムです。左からデハ104(黄色)、デキ3021(凸型機関車、昨年東急田園都市線から移籍)がテ421を従えた姿、そしてデハ101がホキ1を従えた姿です(写真)。表題は、運転士用階段の上から、この写真はその下の地面からの撮影です。



Jomtq15  入口には、724始め2連が、休憩室として開放されていました(写真)。「走る水族館」?



Jomtq16  車内の様子(写真)。屋根は青く装飾され、魚等の海の生物が描かれます。そういえば、この系列の屋根は、ファンデリアですねえ!



 そしてデキ3021の車内公開(親子連れのみ)なども参加したかったのですが、帰宅の時間が来てしまい、去りがたく後にしました。



 2日間、楽しいツアーでした。



 しかし、昨日横川で、知り合いに逢ってしまったのは、偶然か。まあ同じ趣味ですから、逢っても不思議はないのですが。



 それでは、次回をお楽しみに。

まだですか?(前半戦)

Jouq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、群馬県方面へのツアーに来ています。



 昨晩予定地までバスが迎えに来て、早朝関東入り。そのまま高速を降り、下仁田へ。上信電鉄です(写真)。ここから、高崎まで乗車しました。



 高崎からは小休憩、目覚めを確認しました。



Jouq2  続いてバスで移動、信越本線の橋梁へ。今日はD51 498牽引”SL碓氷号”運転日であり、EF65 501号機の後押しのもと、盛大に煙を上げています(写真)。静止画と動画の同時撮影は非常に困難でした。動画は、また、そのうちに。撮影後、バスに戻りました。





 遅くなりました、動画です。煙が割と出ていて、良い感じです。どうやって撮ったんでしょうか。



Jouq3  続いては、信越線現在の終点である横川へ。断たれた線路の向こうから、先ほど到着した”SL碓氷号”を撮影しました(写真)。





 こちらも動画があります。到着間もない様子が分かります。



Jouq4  そのまま駅前に広がる「碓氷鉄道文化村」に入園しました。「峠のシェルパ」と呼ぶべきか、それとも「強力(ごうりき)」と呼ぶべきか、碓氷峠区間の専用補機として開発されたEF63の基地であった横川機関区が、同区間廃止後転用された公園です。整備庫には、EF63 10が側面エアフィルターを外され、内部機器が見えるようにしてあります。他信越線用本務機EF62 54や、EF63 18号機使用のシミュレーター(故障中か)もあります。奥にはアプト時代の電機、ED42 1もあります。一時動態に復活しましたが、走らせる場所が無く、給電も現在の電圧と異なることから、現在はまた静態保存に戻っているようです。



Jouq5  他、園内には多数展示がありますが、今回は時間がなかったこと、また以前保存車両については記事としていることから、省略します。一番奥には、クハ189 0番台(EF63と連結しない直江津方先頭車)、保線車両DB202、EF63 25、同24が展示されます(写真)。EF63 24号機と25号機は、碓氷線事故喪失車の代替として製造された最終ロット、これらは動態保存です。



 先日、489系急行「能登」の廃止が話題になりましたが、未だ昭和40年代の車両を残していたのは、JR西日本も碓氷線復活の期待を残していたからで、このまま復活することなく朽ちていくのでしょう。しかし電車と機関車が連結し協調運転する技術は、世界一の鉄道技術の現れでもあり、伝承されることなく消滅するのは残念です。



Jouq6  同園エントランス前の煉瓦アーチ風橋梁を走るのは、「アプトくん」で、2フィートのナローゲージ、機関車は写真の3950号(SLアプトくん)、及び10000号(碓氷線旧線(アプト式)時代の電気機関車10000形(後のEC40)を模したDL)が客車を牽引します(写真)。こちらも本物のナローのSL、動画もご期待下さい。





 小型ながら本格的なSL、SLアプトくんです。迫力も満点です。





 続いて、Oゲージか、「ファミリー列車」の動画です。ミニSLの線路を、SL休憩の間に運転する列車で、自分で操作できます。1乗車1,000円、何人乗っても同じですが、最大5人しか乗れません。





 この線路は、本来ミニSLの線路です。しかし、総延長が非常に長く、迫力は満点です。保存車輌の外側を回ります。





 間もなく外側では、本線上を走る「トロッコシェルパくん」が、ぶんかむら駅を出発します。



Jouq7  そして、以前も乗ったトロッコに乗ります。トロッコといっても、在来線と同じ1,067ミリゲージ、信越本線の粘着新線(アプト旧線ではなく)の本線上を走り、一部区間とはいえ運転が復活しています。中間に「丸山」駅があり、駅前には明治末期、日本初の電化区間だった碓氷線アプト旧線に電力を供給した変電所の一つ、丸山変電所跡が残ります(写真)。「人間の証明」の舞台、霧積の水力を利用した電力で、同区間の無煙化が実現しました。



Jouq8  そしてトロッコは終点、「峠の湯」駅に到着します(写真)。ここにも入浴施設がありましたが、時間の関係で省略しました。そして折り返し、戻ります。



Jouq9  そして同園に戻ると集合時間、園から外に出ます。トロッコの麓側はDB201(写真)、元保線用ディーゼル機関車でした。



Jouq10  一番の失敗は、今日の重要イベントである、EF63重連の運転風景の静止画を撮らなかったことです。トロッコが通る本線は未だ架線が撤去されず、通電しています。そこを動態保存のEF63が行き来するのですが、それはトロッコの合間であることから、運転は1時間に1往復しかできません。つまり時間内では2回しか往復せず、そのうち1回をトロッコ乗車で使ってしまったため、撮影可能だったのは1回、その1回を動画に使ってしまい、静止画はありません。そのため、今日運転のEF63 12(写真)と、同11の重連、そしてそれが推進運転したヨ8841の静止画は、ありません。動画にご期待下さい。





 そのEF63がヨ8841を推進し、切り離し、再び繋ぎ推進する様子の動画です。非常に長く、アップロードに苦労しました。





 そして重連が発電ブレーキを使用しながら下りてきます。電磁吸着ブレーキを使用するほどではありません。補給制動でもこの辺では大丈夫ですが、本格的な勾配では暴走してしまいます。



Jouq11  そして園を出て、目の前の横川駅に入ります。先ほどのD51 498牽引”SL碓氷号”は、横川駅に転車台が無いことから、折り返し”EL碓氷号”となり、山側からバック運転します。D51はバック運転用には出来ていませんので、後補機です。出発前は、こんな感じです(写真)。



Jouq12  この列車の牽引機は、EF65P形初号機、501号機です(写真)。最後の特急専用機、現在動態なのは同機のみです。未だ国鉄特急色を纏います。



 間もなく、高崎に向け発車しました。



Jouq13  途中安中では、貨物入換用か、安中運輸と書かれたDL、DD352が、ホキ数両を従え、待機しています(写真)。この写真を撮るときに、買い換えたばかりのレンズフード(約3,000円)を割ってしまい、ショックでした。



 そして、列車は高崎に到着しました。



Jouq14  高崎では、今回のツアー本日最後のイベント、上信電鉄車庫見学が始まりました。最初は、有名なEL、デキ3(写真左奥)、デキ1(写真右手前)です。戦前のドイツ製電機です。



Jouq15  デキ1の側面には、”SIEMENS-SCHUCKERT”、”MAN”というプレートが貼られ、シーメンスのNo.1950とも書かれまず(写真)。第二次世界大戦で完全に破壊されたドイツ技術の、数少ない生き証人となっています。しかし上信電鉄の発注とは異なり、パンタ上げは紐で引っ張る方式(発注はエアパイプでの上下)と、上信電鉄には残念でした。なお、同時に製造されたデキ2は廃車され、現在もみじ平運動公園で静態保存されています。



Jouq16  そして、こちらは静態保存、ED316です(写真)。これもパンタは紐上下式です。



 正直、上信電鉄はなかなかイベントをしてくれないので、これらの写真を撮ることは非常に困難であり、やはり今回のツアーに参加したのは正解でした。しかし、楽しいツアーでした、というのは、実はまだ早い。明日も続きがあるからです。ここまで来れば、明日は分かる気がすると思うのですが、どうでしょうか。



Jouq17  おまけ。今朝の休憩で寄った、上信越自動車道横川サービスエリア(JR信越線横川駅の北斜面あたり)には、横川駅を模した展示(写真)があり、キハ58系の先頭部に、乗降ドアを省略したボディが続き、側面にはキハ57 26と書かれます(写真)。運転台は本物でした。



 キハ57及びキロ27は、信越本線が碓氷線区間以外が非電化だった時代の急行形気動車、則ち昭和38年の粘着新線完成前の信越線で使用された車両で、碓氷線アプト旧線をED42に推進され走った車両です。碓氷線新線切り替え、及び信越本線電化完成で余剰となり、飯山線等でキハ58等と混用(碓氷線仕様を除きキハ58と同じ一族とされる)されました。EF63の協調側ジャンパ栓受けに、キハ57と書かれるのも、それが理由です。当時の特急はキハ82系(「白鳥」→「白山」)、急行もいろいろありました。



 10代の頃、長野へ行くのに急行「妙高」を利用し、当時はまだ急行形があり、協調制御開発試験に基づきで製造された、169系に乗った覚えがあります。午前1時に高崎着、「ダルマ弁当」の初売りもありました。翌年同列車に乗ると、車両は189系化、高崎の初売りも無くなりました。ああ、泉水ちゃん!



 信越本線で、上野から長野へ行くときの弁当は、高崎か横川で買うしか方法がなく、今日は両駅弁を堪能し、良い日でした。



 それでは、次回をお楽しみに。

春本番です。

Gotq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、後藤総合車両所の見学会に参加しました。



 昨日の半田から大移動、今朝は米子で目が覚めました。既に今日の見学会の予約は済んでおり、あとは集合を待つのみでした。



Gotq2  集合場所は米子駅前、SLモニュメントの前でした(写真)。C57 43の動輪と、客車の車輪他です。右の機械のボタンを押すと、鉄道関連の音楽(鉄道唱歌、「いい日旅立ち」、等)が流れます。



Gotq3  タクシー乗り場の東側には、「銀河鉄道999」の影響が濃いモニュメントが(写真)。細かく突っ込むと、後の従台車が2軸のハドソン、C60以降です。米子にハドソンって、来ましたっけ?



Gotq4  そして10時の集合で全員集まり、移動します。米子駅0番線には、キハ40 2115、ネズミ男列車が入線しています(写真)。これで、後藤ではなく、その一駅手前の富士見町まで移動します。



Gotq5  そして、徒歩5分、後藤総合車両所に入ります。最初会議室で説明の後、早速場内見学を。始めにエンジン検修場に入りました(写真)。コマツ製SA6D-125HE-1が、正に点検中でした。JR北海道、JR四国でも主流のエンジンです。





 点検の様子の動画です。雰囲気が、分かるでしょうか?



Gotq6  奥には、「奥出雲おろち」号の牽引機関車、DE15 2558が整備中でした(写真)。ナンバープレートは外れています。



Gotq7  次の工場への移動中、何気ない鉄柱に、「ハミルトン」「リバプール」などと刻印されています。輸入品です。日本での鉄道開業ごく初期の鉄柱でしょう。



Gotq8  次の検修場は、車輪の工場でした。右から古い車輪が車軸ごと運ばれ、中央の転車台で向きを変え、奥の車輪旋盤で踏面を削って磨き、それを終えると転車台まで戻され、左の出来上がりのストックに入ります(写真)。踏面に触れると、ツルツルかと思ったら、割とザラザラでした。



Gotq9  移動の途中、留置される車輌が見えます。最初は「エーデル丹後」、左手前キハ65 601、右奥同1601でした(写真)。



Gotq10  その北側には、「エーデル鳥取」、左奥キハ65 701、右手前同1701でした(写真)。いずれも古く、保留車のようです。



Gotq11  更に移動中に、「ほのぼのSUN-IN」、キロ29 551始め2連が(写真)。その先の朱色(首都圏色)は、キハ37(1か1001かは不明)のようです。



Gotq12  場内での車輌の移動は、トラバーサで行っています(写真)。車輌を出し入れするアントは、出ていませんでした。



Gotq13  台車を分離する工程で、岡山色のキハ40 2006を、クレーンで吊り上げる準備をしています。リフティングです。吊り上げ、また元に戻す行程を実演しました(写真)。





 リフティングの動画です。うまく出るでしょうか。



Gotq14  そして次の車庫には、来月の鉄道雑誌を飾るであろう、特急「はまかぜ」用車輌、キハ189系キハ189 1001が見えます(写真)。新車です。何両かの編成になっているようですが、この位置からは分かりません(3連だそうです、4/21追加)。地元紙には載ったのだそうで、報道公開は行われているようです。なお同車は量産先行車で、試験運転の後、増備される模様です。いよいよ、キハ181系も終焉を迎えます。事は重大です。



Gotq15  その話題のキハ181系、キハ180 49が、検車中でした(写真)。これが最後の整備か?



Gotq16  そして最初の会議室に戻ってきました。そして質疑、クイズ大会で923形ホッチキスを貰ってしまいました。



 そして入口へ。正面には、DD51駆動部と、ラッセルヘッド、キ182が展示されます(写真)。キ182は、昭和14年土崎工場(秋田県)製だそうです。



 今日は最初から大歓迎され、入口では職員が30名ほど並んでいました。しかも平日で、通常の勤務の最中の見学でした。見学コースも設けられていた訳ではありません。ありのままの姿が見られ、良い感じでした。あとは、もう少し撮影タイムがあれば最高でしたね。



 今後とも、月2回、月曜日に行われるようです。3日前までに米子市観光協会に申し込めば参加できるようですので、皆さんも、如何ですか。



Gotq17  そして外に出て、富士見町から米子へ戻ります。帰りは、鬼太郎列車、キハ40 2118でした(写真)。全4両、揃って営業することもあるそうなので、皆さんも、如何ですか。



 それでは、次回をお楽しみに。

伝統の鉄路

Hanq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、半田市鉄道資料館を取材しました(写真)。



 昨日新幹線車内で投稿し、未明に帰宅。そして今日は得意技をかました後自宅を発ち、昼過ぎに同館に到着しました。半田駅前、駐車場に車を停めると、今日は開館していました。中に入ります。



Hanq2  入口には、鉄道手荷物用の秤が展示されます(写真)。150キロまで計ることが出来ます。車両の「ニ」の表示は、この荷物を運ぶ客車に使われました。今では、台湾ぐらいしか残っていません。



Hanq3  半田駅は武豊線の駅。武豊線は、東海道本線敷設のため、東海地区の陸揚げ港を武豊としたため設置された路線で、東海地区では最も歴史のある路線です。そのため敷設には、国産レールが出来る前の、輸入レールが使われました。各種ありましたが、写真のレールには、”CAMMELL”、”SHEFFIELD”との刻印がはっきり残ります(写真)。



Hanq4  横には、C11 265のナンバープレートがあります(写真)。赤ナンバーです。



Hanq5  隣には、電灯がない時代の夜間照明、カーバイトライトが展示されます(写真)。ガス灯で、下半分が燃料タンクです。



Hanq6  「1世紀号」のヘッドマークがあります(写真)。’86と書かれ、昭和61年に運転された臨時列車のようです。「名鉄局」とは、国鉄名古屋鉄道管理局のことです。



Hanq7  同列車のテールマークです(写真)。記念列車です。



Hanq8  これらのヘッドマーク、テールマークは、記念SL列車に使われました。その時の写真(写真)。今も梅小路で動態保存されるC56 160が、12系客車5両を牽きました。武豊線の有効長の関係で、これ以上は長くできませんでした。



Hanq9  展示館には、継電器等も残ります(写真)。関係者に鉄道信号関係の方がいたそうで、それで残っているのだそうです。他の博物館では見られない展示だと、ボランティアの方は自慢していました。



Hanq10  もう、これしかありません、ダッチングマシンです(写真)。硬券に、ダッチングに、鋏は、切符ファンには殆ど「三種の神器」です。



Hanq11  保存される記念切符の類(写真)。やはり名古屋に近いことから、新幹線絡みが多いです。ホログラムというか、マジックミラーというか、見る向きが変わると絵が変わる立体画像が懐かしい。



Hanq12  そして、タブレット閉塞用の信号機が、側面を透明プラ板で見えるようにしてありました(写真)。タブレットは、この機械で発行されます。



 他展示は多数でした。記録を残し、資料館を後にしました。



 同館は毎月第1・第3日曜日のみ開館、ボランティアによる運営のため、これが限界だそうです。日本最古とされる跨線橋のある武豊線半田駅と共に、電化前の武豊線の姿を是非見に来てください。



Hanq13  おまけ1。武豊線現在の終点武豊から、かつての終点武豊港との間に、先日も取材した石油タンク車用転車台があります。ここには、「転車台ポケットパーク」なる名前があるようで、JR東海風の駅名表示があります(写真)。



Hanq14  先回は端が切れていた転車台。カメラバッグをひっくり返すと、大砲(12~24ミリズームレンズ)があるのを思い出し、再取材です。これが、全景です(写真)。しかしここを紹介した本でも、完全写真は載っていませんでした。



Hanq15  そして、写真は空き地?違います、ここには駅がありました。名鉄河和線「椋岡」駅跡(写真)で、ここから約800メートル北には阿久比駅があります。架線柱がホームから立っていた関係で、架線柱の場所のみホームが残ります。



 椋岡駅は営業当時でも、昼間は普通さえも通過する駅で、駅の行先案内でも「椋岡通過」との表示が出る駅でした。隣の阿久比駅は、昭和40年代設置の新しい駅、しかし上下とも緩急併合が可能な駅であり、結果利便性が向上、中心駅は変わり、椋岡は廃止されてしまいました。残念。



 それでは、次回をお楽しみに。

Say Good-bye to Series 400

Ba4q1_2



 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、新幹線400系イベントを取材しました。



 先週の小牛田の時も少し触れた400系関連。山形新幹線に使用される400系が、ついに終焉の時を迎えたのでした。明日、最後の営業を迎えます。既に席は完売、今更申し込むことも出来ませんが、それとセットとされていた、今日の下り新庄行きに少々余裕があったらしく、案内メールの2日後にダメモトで申し込んだところ、何と当選!早速入金、今日の下り400系「つばさ」新庄行きの乗車となったものです。



 昨晩夜行バスで自宅を発ち、早朝に東京着。いつもなら山手線で1周1時間の時間つぶしですが、今日は新幹線待合いで居眠りをしてしまいました。気付けば既に8時過ぎ、盛んに列車は着発を続けています。



Ba4q2  始発の東京駅であり、紹介する列車は多数です。全部を載せたらきりがないので、一部を。先ずは山形新幹線用E3系1000番台、仙カタL53編成です。山形新幹線新庄延伸時に増備したL51、L52編成に続き、1編成だけ増備された編成です。これを元に、400系置き換え用E3系2000番台は製造されました。単独「つばさ」の運用のようです。





 遂にHD動画の投入です。L53編成、東京駅入線の様子が分かるでしょうか。



Ba4q3  続いては、数を減らしている200系、K41編成です(写真、先頭は222-1001)。200系も、リニューアル車しか残っていないのか?



Ba4q4  と思っていたら、入線したのはK47編成、車内はともかく外観は白とグリーンの伝統のツートンです(写真)。しかし既に発車しており、際どい撮影に、警備員に注意されてしまいました。



 なお、現存する200系は、400系併結装備のある編成が大半のようです。同編成も、鼻先に連結器の可動部が見えています。



Ba4q5  ついに目的の列車、L3編成が、東京駅20番線に入線します(写真、411-3始め7連)。通常はE4系と併結し福島で切り離しですが、日に数本単独で東京まで出入りする運用があります。今回は、団体臨時で、併結はありません。





 入線の様子の動画です。邪魔が多くてご免なさい。しかし、雰囲気を感じていただけるでしょうか。



Ba4q6  新庄方先頭、422-3です(写真)。既に他の編成は廃車されたとのことで、現存は同編成のみとのことです。一気に置き換わってしまいました。



Ba4q7  側面の電動方向幕は、「団体」とされています(写真)。今はフルカラーLED方式が主流となり、電動方向幕はだんだん見られなくなっています。



Ba4q8  ドア下には、ステップが(写真)。これは、400系は車体の大きさが在来線の規格で製造されたため、新幹線より小さく、新幹線ホームでは隙間が出来るため、設けられた設備です。ミニ新幹線ならではの装備です。



Ba4q9  側面の、”TSUBASA”ロゴです(写真)。これは、後継のE3系1000番台、2000番台にも引き継がれています。



Ba4q10  車内の様子(写真、17号車)。自由席は、グリーンのシートでした。2+2は、車体が在来線と同じ大きさだからです。



Ba4q11  同様に、指定席の車内(写真、15号車)。エンジ系のシートです。



 このあと、グリーン車の車内の様子を撮ろうとしましたが、職員から止めるよう頼まれ、断念しました。



Ba4q12  間もなく、大宮に到着(写真)。普段使わないホームに停まるのは、追い越しがあるからです。400系は、E3系のように275キロも出せません。



「Bye400Omiya-Fuku.wma」をダウンロード



 大宮から、高速走行時の車内のサウンドをお届けします。大宮から福島まで、約27分と長いので、気の長い方はどうぞ。



Ba4q13  列車は、大宮からはノンストップで福島に到着、運転士が替わります。



 東北に入ってくると、一面が雪だらけです(写真)。桜が咲いてから雪とは!寒いわけです。次回は、チェーンが要るのか?



「Bye400Itaya.wma」をダウンロード



 奥羽本線以来、山形方面での最大の見せ場、板谷峠越えのサウンドです。米沢通過までの約45分、長いですが、どうぞ。VVVFとも違う、特有の音が分かると思います。



Ba4q14  途中駅でE3系の通常「つばさ」に抜かれてしまいました。



 そして、終点、新庄に到着(写真)。絶好の撮影タイムです。先ずは17号車側から撮影(表題の写真)。そして、11号車側へ(写真)。撮影は、譲り合って行われました。



Ba4q15  少し戻り、11号車の車内の様子が見えます(写真)。グリーン車、2+1シート(入口は1+1)で、ゆったりとしています。E2系のグリーン車に準じているのでしょう。しかし、E3系では2+2シートになりました。





 そして、信号が変わると、同編成は山形に帰庫しました。



 明日は早朝に山形から新庄に移動し、新庄から団体扱い、東京に到着すると、400系の営業は終了、ということです。JR東日本は、車両の運用の都合から、今後も400系が運用に入ることはあり得る、としていますが、気分的には明日で最後にしたい、と思われます。明日の列車名は、「さようなら400系」号とされています。



 一つの時代を造った400系も、いよいよ明日運用が終了します。保存ばかり言っていてもきりがありませんが、今でも斬新なあのデザイン、どこかで保存して欲しいものですね。



Ba4q16  おまけ。新庄駅北側の木造車庫の中に、キヤE193系が入っているのに気付きました(写真)。E491系では架線が必要であり、庫内には架線はないことから、まず間違いありません。皆さん、お気づきでした?



 それでは、次回をお楽しみに。

桜咲く頃(後半戦)

Kogoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、今週のメインテーマ、「小牛田車両まつり」を取材しました。



 今朝も滞在先をゆったりと発ち、小牛田へ。小牛田駅前に広がる小牛田車両センターは、既に準備完了です(写真)。奥から、”Kenji”、”ふるさと”、DE10 1649が見えます。



Kogoq2  間もなく、小牛田駅4番線には、気仙沼線快速「南三陸1号」気仙沼行きが入線します(写真)。先頭は、キハ110 1で、トップナンバーです。後には陸羽東線用のキハ110も続きます。



Kogoq3  続いて、臨時快速「こがね」が入線します(写真)。元の名を「グラシア」、キハ58ベースのキハ59 511始め3連です。これも「こがねふかひれ」号で気仙沼に向かいます。



Kogoq4  続いて、こちらも臨時、「みのり」です(写真)。キハ40・48ベースの同車、手前からキハ48 546、549、550です。塗色は異なるものの、「リゾートしらかみ」や「きらきらみちのく」同様の形態、現在のJR東日本での標準的な改造車でしょう。新庄行きでした。



 そろそろ開場時間となり、中に入ります。



Kogoq5  一旦橋上駅舎を出て、跨線橋を渡り、東口に出ます。駅前の道からは、”Kenji”が見えます(写真)。キハ58 650、キハ28 2010、キハ58 1505の3連です。これもキハ58系改造の車両、今後の動向が気になります。



Kogoq6  仮設階段を通り、中に入ります。先ずは”ふるさと”、キハ40 2501始め3連です(写真)。元水戸支社、水郡線用の「浪漫」が移籍したものです。手前の行列は、”Kenji”見学の行列です。



Kogoq7  反対側、キハ48 2501側からの図(写真)。こちらから、「華」「風」「月」と名前がつきます。



Kogoq8  JR貨物仙台総合車両所(「仙貨」)のED75 1015(昭和43年東芝製)が、”あけぼの”のヘッドマークを掲出し、展示されます(写真)。実際実車の”あけぼの”が、ED75P形に何処で牽引されたのか、とは思うのですが、まあいいか。



Kogoq9  ”ふるさと”の南側には、ビューコースター”風っこ”が並びます(写真)。キハ48 1541および547の2連、今日はガラスの窓が入っています。でもやはりこの車両は、オープンなのが一番良いんですよ!なお、この写真には12ミリを使用しました。APSサイズは、非常に厳しいです。



Kogoq10  普通の仙台支社色、キハ48 1511及び501です(写真)。501番は、寒地形トップナンバーなんでしょうか?



Kogoq11  遙か彼方には、ED75 1010が停泊しています(写真)。ED75、数が激減しましたねえ!



Kogoq12  その横にはDE10 3510があります(写真)。恐らくこの番号は、DE15から改造・改番されたものです。除雪はEDR-1000で用が足りる、という時代になってしまいました。



Kogoq13  その横に、キハ110 4始め3連が帰庫しました(写真)。この車両は、ラッピングがなされています。



Kogoq14  機関車3両の一番南側は、EH500 7でした(写真)。現在の東北本線貨物の主力、関門海峡にも進出しつつあります。



Kogoq15  最後に、帰り道に”Kenji”の手前で行列が止まったので、撮影しました(写真、キハ58 650)。これは、車内見学をしておくべきだったか、今にすると後悔します。そして模擬店の食事を食べ、小牛田を後にしました。



 一時小牛田に留置されたスヤ50(後のマヤ50)が無かったのは残念ですが、まあ、良いイベントでした。ただ鉄が少ないのは、今日は皆400系関連で撮影に行っているとの由。道理で。次回があったら、今回は見られなかったような車両を出して欲しいですね。



Kogoq16  おまけ。仙台に戻り、東北新幹線を待つと、「やまびこ」は200系でした(写真、221-1512(K48編成))。白とグリーンのツートンの200系は、本当に見られなくなりました。そうですね、少し探索の旅でもしましょうか。



 それでは、次回をお楽しみに。

桜咲く頃(前半戦)

Siop1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、東北方面に来ています。写真は、仙石線「マンガッタン電車」です。



 昨晩出発しようと思いましたが、仕事が遅くなり、夜行バスに間に合う時間には帰れませんでした。仕方がないので今朝新幹線で出発。「のぞみ」と「はやて」を乗り継ぎ、昼過ぎに仙台に到達。そのまま仙石線に乗り換えました。



Siop2  各停で、西塩釜に到着。橋上駅舎の先の出口は、跨いだ形になっています(写真)。一体何を?



Siop3  アングルを変えた写真(写真)。柵の内側は明らかに鉄道敷地です。これは、東北本線の支線、塩釜線(廃線)跡で、元々は日本鉄道が東北本線を建設するにあたり、仙台地区の資材の陸揚げに塩釜港が選ばれ、一時は東北本線の終点でもありました。しかし国鉄の貨物営業廃止で不要となり、廃止、線路のない廃線跡が残ります。路線跡は仙石線などの付け替えに利用されました。



Siop4  仙台側を眺めた図(写真)。この跡地は、東北本線陸前山王方面に繋がっています。この先、本塩釜方面には倉庫などが建ち、敷地跡は無くなっています。



Siop5  続いて一駅乗車し、本塩釜へ。現在の仙石線本塩釜駅のある場所は、以前塩釜線塩釜駅があった場所に移設されています。高架下に、旧塩釜駅ホームの残骸が残ります(写真)。分かるでしょうか。



Siop6  ならば、仙石線の当初の本塩釜は何処に?それは現在の駅の東方500メートルほどの位置です。現在、その場所には図書館等の公共施設と商店のある複合施設、「壱番館」があります(写真)。この中に、「タイムシップ塩釜」という歴史資料館があり、塩釜線建設当初の、イギリス製レール(キャンメル社、バーロー社)の刻印入り実物と、旧塩釜駅駅舎の模型がありましたが、撮影許可が下りず、外観だけとなっています。この建物の位置に仙石線本塩釜があり、この前の道路に沿って旧線が走り、東塩釜近辺で現在線と合流しています。



Siop7  駅に戻り、ホームに上がります。仙石線は北に進路を取りますが、旧塩釜線は塩釜港(貨物駅、廃止)に向け進路を東に取ります。廃線後は暫く空き地になっていたといいますが、現在は新しいショッピングセンターとホームセンターが建ち、跡地は残っていません(写真)。廃線跡は、消えていく運命にあります。



Siop8  ホームで構えていると、仙石線上り列車がやって来ます(写真)。乗車しようかと思いきや、回送列車でした。仙セン(仙台電車区、元の「仙ミヤ」(宮城野電車区))M9編成、下にはID-09とも書かれます。205系3100番台、元山手線電車の短編成化改造で、先頭車はサハ205にFRPのお面をつけました。



Siop9  続いて下り線に仙センM2編成がやって来ました(表題の写真)。マンガッタン電車です。石ノ森章太郞の漫画で全面ラッピングされています。石巻側は「ロボコン」、あおば通り側は「サイボーグ009」です(写真)。マイナー作品まで出演で、「あれも石ノ森章太郞!」と改めて驚きました。



Siop10  同様のラッピングの、仙センM2編成がやって来ます。こちらは現在もシリーズが続く「仮面ライダー」です(写真、1号ですねえ!)。これに乗車します。



Siop11  相前後しますが、仙センM4編成が、石巻に向けやって来ました(写真)。こちらはラッピングはなされていませんが、4両全部帯色が違います。こちら側はピンクです。



Siop12  反対側は緑でした(写真)。これも回送です。



Siop13  続いて仙センM16編成、こちらは全ロングシートで、帯色は全車青系の濃淡です(写真)。運用の区分は、どうやっているのでしょうか?



Siop14  最後に、仙センM8編成の石巻側、クハ205 3108の車内の様子を記録しました(写真)。イメージは近鉄のL/Cカーで、座席は異なりますが、ロングシートとクロスシートを切り替える装置は全く同じです。クロスシート側はペダルが出て回転も可能です。しかし山側はロングシートに、海側はクロスシートに設定されていました。



Siop15  同車の運転台側の様子(写真)。山手線の205系は運転台後にATC機器があり、前面展望等は楽しめませんでしたが、技術の発展、そして種車がサハ205であることから、仕切りは板一枚で、ガラス越しに前面展望も楽しめます。



 そしてまだ早いとは思いましたが、滞在先に向かいました。



 この時期にここにいるのは、明日があるからです。思い出してください。



 それでは、次回をお楽しみに。

まだまだ現役です。

Kahq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日から遙かにかけ離れた、鉾田の鹿島鉄道(廃線)関連イベントを取材しました。



 昨日は帰宅し投稿後、また夜中に自宅発。高速を長駆300キロ、首都高の新ジャンクションのループで目が回り大型タクシー(不真面目)に衝突しかけ、肝を冷やしました。そして連絡時間内に常磐道に入り、未明に茨城入りしました。そして、夜明けを待ちました。



Kahq2  イベントにはまだ時間があったので、寄り道を。先ずは鹿島鉄道の起点があった、JR石岡駅へ。駅跡は、写真のとおりです(写真)。跨線橋のみならず、機関区も、車輌も、線路も、ホームも、一部を除き無くなってしまいました。悲しい。



Kahq3  途中、線路跡は既に自転車道としての整備が始まっています。しかし、鉾田に近い方では未だ線路が残ります。



 そして、終点、鉾田駅跡です(写真)。ホームと線路は一部残るものの、駅舎はありません。現在この場所は、関鉄グリーンバス営業所として残り、向かいには「駅前タクシー」もあります。この場所で車輌が保存されていましたが、賃借権の関係で現在の場所へ移転しました。



Kahq4  そして、今日のイベント会場、「ほっとパーク鉾田」へ。現在鹿島鉄道の2輌の車輌が園内に残ります(写真)。左がKR505、右がキハ601です。



Kahq5  横には、遊具が。加越能鉄道(だそうです)から入線したキハ430をモデルにした、キハトロ430です(写真)。



Kahq6  こちらは機関車DD901から、DD-900です(写真)。人車のようです。いずれも本物は解体され現存しません。



Kahq7  園内の芝生には、SL形遊具、C12 16があります(写真)。汽笛ならぬ鐘があります。



Kahq8  そして、50メートルの線路上で、KR505はエンジンを掛けています(写真)。この車輌は、動態保存なのです。平成4年製、本当ならまだまだ現役で営業しているはずだったのに。



 エンジンがかかっているのは、移動するから。最初はキハ601を牽引・推進し移動、後に切り離し再び移動しました。



「KR505Irekae.wma」をダウンロード



 KR505のエンジン音です。移動開始時にエンジン音が大きくなり、変化が解ると思います。





 一旦北側に移動後、再び南側に移動します。推進運転です。KR505は、現役でも十分通じるのが分かるでしょう。





 更に切り離し、KR505単独で移動します。元社員か、指示は的確です。



Kahq9  そして切り離されたキハ601です(写真)。階段が設置され、車内公開の準備が整いました。



Kahq10  601の車内(写真)。HOゲージ(16ミリ)とNゲージ(9ミリ)の鉄道模型が展示運転されます。床は木張りです。



Kahq11  601の運転台(写真)。現役当時は、日本最古の気動車とされていました(スタイルは変化したといいますが)。



Kahq12  そして切り離したKR505(写真)。こちらも車内が公開されました。



Kahq13  車内の様子(写真)。まだまだ現役でも良い車両なのですが、動態保存なのでした。線路は50メートル、動けるのも僅かです。



Kahq14  運転台の様子(写真)。普通の軽快気動車、現役の車輌たちと全く同じです。



Kahq15  切り離された車輌の間には、鉾田の駅名表が移設されていました(写真)。もう一つの駅名表の裏には、車輌の由来も書かれます。



 そして鹿島鉄道存続運動にかかわったミュージシャンが、ミニライブを行いました。これが終わる頃にはかなりの見学者が来ましたが、投稿の時間を稼ぎたい私は、去りがたく会場を後にしました。



 TX開業に伴い、ドル箱だった高速バスつくば線の利用者が減った親会社の関東鉄道に余裕が無くなり、結果金融的後ろ盾を失ったため鹿島鉄道は廃止になりました。無くなる前に、皆がもう少し何かできなかったのだろうか、とは思うのですが、全ては後の祭りです。でも、茨城空港のアクセスに線路跡を使用する、というのは如何でしょうか。やはり夢物語か。この辺りも、車でも遅刻しない地域なのでしょうか。それでは、鉄道は残りません。残念です。



 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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