雨に濡れても#4

Ichp1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回はボツネタ特集、一畑関連をお届けします。



 最初は、「島根県立古代出雲歴史博物館」の特別展、「一畑電車百年ものがたり」の入場券です(写真)。補充乗車券風、駅名は平成5年当時のものです。



Ichp2  昭和初期の一畑電車沿線図絵、有名な吉田初三郎の作に見えますが、実はその弟子の作品だそうです(写真)。



Ichp3  館内の展示、電車の座席が置かれます(写真)。旧式電車の固定クロスシートです。



Ichp4  そして出雲大社駅構内には、映画”RAILWAYS”公開記念の木柱が立ちます(写真)。



Ichp5  駅に留置された、デハニ52の車内から。製造銘板が貼られ、昭和3年日本車輌会社(右から左へ書かれている)製造、昭和31年ナニワ工機改造でした(写真)。



Ichp6  川跡の後は雲州平田へ。入場券で入場し写した、もう一つの5000系5010編成、5110が停泊します(写真)。5000系は2編成のみです。



Ichp7  その東方には、右から3016、3017、3018(庫内)、3015(柱の陰)、いずれも2連が停まります(写真)。3000系は、元南海21000系、同形は大井川鉄道でもオリジナルが見られます。



Ichp8  そして一畑口へ。木造駅舎の向こう、ホームから眺めた図(写真)。左が松江しんじ湖温泉方面、右が出雲市・出雲大社方面です。



Ichp9  こんな配線になったのは、反対側に続く線路があったからです。かつての終点、一畑薬師方面を眺めた図(写真)。昭和19年に不要不急路線としてレール等を戦時供出して休止、復活することなく廃止になりました。



Ichp10  そのため、松江しんじ湖温泉方面はここが起点。0キロポストが立ちます(写真)。



Ichp11  丁度昼に出雲大社駅でアルバイトをしていた5000系、5109始め2連が、松江への急行運用を終え、雲州平田に帰庫するため回送されます(写真)。間もなく、折り返し発車していきました。



Ichp12  駅前には、写真のような看板が(写真)。地元の足として、残ってほしいですねえ、というより私が乗らなければいけないのですが。



Ichp13  そして松江へ。一畑電気鉄道の本社は、当初雲州平田にありましたが、現在は松江に移動しました(写真)。しかし、鉄道部門は、現在「一畑電車(株)」に移管されているのを忘れていました。



Ichp14  そして、終点、松江しんじ湖温泉駅です(写真)。数年前に、モダンな駅舎に建て替えられました、といっても「出雲」の騒ぎの時には既にあった気がしますが。



 これで、今週分は大体さらった気がします。



 まだ来週は未定ですが、何かお届けできるようにしたいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

雨に濡れても#3

Tomq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日の取材、大阪の「ひらかたパーク」にて開催される、「きかんしゃトーマス ソドー島ツアー」を取材しました。



 先日の京阪の取材の際に、色々と割引券を貰ったのですが(ランチバイキング割引等)、その中に「ひらかたパーク」の招待券があり、こちらも7月4日まで有効でした(これは「トーマス」のイベントと合わせてありました)。その日は後の予定で行けなかったのですが、折角なので、今回土曜日に予定を全てこなしたら行こうと思い、招待券を持って出発しました。そして土曜は予定を全てこなし、日曜がオープンになったので、昼寝しながら枚方まで行き、駐車場に入庫、早速行ってきました。



 同イベントのエントランスの様子(写真)。京阪電車ならゲート横でありすぐに入れるのですが、自家用車駐車場は公園南側、園内を縦断し辿り着きました。400円払い入場します。



Tomq2  入口には「トーマス」と、日本製とされる「ヒロ」の展示が(写真)。確かに、「ヒロ」は日本風です。煙突前の給水暖め器までバッチリです。イメージは、D51か。軸配置も日本特有の「ミカド」ですし。



Tomq3  「おおきさくらべ」、と書かれた展示が(写真)。「ヒロ」は、「トーマス」よりはるかに大きい、テンダ形ですね。しかし、標準軌のようです。



Tomq4  「きかんしゃトーマス」の舞台、ソドー島の地図です(写真)。ここまで考えて、あの映像を撮っているのですねえ!



Tomq5  親子連れが記念撮影する、実物大トーマスです(写真)。他人の子供を写すのはルール違反ですが、子供を排除するのは絶対不可能ですし、私には子供はいません(当たり前か)。



Tomq6  こちらも実物大、ヘリコプターのハロルドです(写真)。仲間は、いっぱいいます。更に新メンバーが入ったのですね。



 私が子供の頃に「きかんしゃトーマス」の番組を見た記憶はありません。後に、子供が見ているなあ、というご時世に、時々見ていた、という程度です。その中で好きな話は、駅の片隅に忘れ去られた機関車が、小さな声で「たすけて!」と言ったのを聞いて、「トーマス」が助け出し、車庫で整備し「トーマス」の仲間になる、という話です。機械だって、修理不能になるまで使って欲しい筈なんです。SLって、息するでしょ!



Tomq7  「トーマス」のおもちゃのコーナーです(写真)。日本製トミーのプラレール版ではなく、木製軌道のイギリス版のようです。親子が多数遊んでいます。



Tomq8  続いて、「ヒロ」と「トーマス」の、港での壁紙です(写真)。ここも記念撮影多数です。



 ここを過ぎると、再入場不可能となります。



Tomq9  先では「きかんしゃトーマス」の映画「伝説の英雄ヒロ」の宣伝があり、更に外にはトーマスのミニSLがあります(写真)。おそらく電動でしょうが、親子連れが乗車し楽しんでいました。



 ここの次には、ふわふわトーマスがあり、子供達がエアクッションのおもちゃの中で遊んでいました。



 そしてイベントを出ました。



 話によると、「ひらかたパーク」のジェットコースター等の検修も、京阪の寝屋川工場が指導しているとのこと。鉄道会社の、意地ですね。昨日も多くの乗客を乗せていました。これらで遊んでいっても良かったのですが、時間の都合で、帰宅しました。



 土曜は雨で、どうしようかと思いましたが、日曜は何とか晴れました。良い感じで週末を終えました。



 来週のネタ(雨天ネタ)を考えねば。しかし、京成の新AEの試乗会(来週開催)の応募を忘れるなんて、私は何という愚か者!まあ、乗客として乗るだけなら、いつでも出来るのでしょうが。



 それでは、次回をお楽しみに。

雨に濡れても#2

Ichq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日の後半戦、一畑電車(ばたでん)関連をお届けします。



 豪雨の津山を後にして、一路向かったのは、出雲市。出雲大社の隣にある、「島根県立古代出雲歴史博物館」では、現在特別展として、「一畑電車百年ものがたり」が開催されています。特別展だけでも700円ですが、常設展と併せて入場すると1,000円でした。



 補充乗車券風の入場券を、写真のような改札風の入口(写真)で提示すると、懐かしい鋏で入鋏します。



Ichq2  展示は多数ありましたが、先ずは現在・過去の車輌の模型です(写真)。後には人力式軌道自転車が展示されます。



Ichq3  続いては、菱形パンタグラフ、旧式車の車輪が(写真)。奥の画面では一畑電車関連の映像が流れ、設置された電車の椅子で閲覧できました。



Ichq4  続いては、「23」の切り抜き文字、製造銘板などが展示されます(写真)。「ナニワ工機」(現在の「アルナ工機」)などの銘板でした。



Ichq5  奥には、かつて使われたCTCの操作盤がありました(写真)。一畑口の配線が特別になっているのが分かります。



Ichq6  続いて、ヘッドマーク各種です(写真)。昔は「準急」「急行」も運転していましたが、今はパターンダイヤになり、一部の出雲大社前行き直通を除き、運転されません。ほか多数展示されます。



 そして常設展を見学し、記念誌を買い、外に出ました。



 なお、今回の特別展は映画”RAILWAYS”の封切りに合わせたものであることから、7月4日限りです。気になる方は、お急ぎ下さい。



Ichq7  そして歩いても10分足らずの、一畑電車出雲大社前駅に行きました(写真)。省線大社駅に対抗した、昭和初期の擬洋風建築の名駅舎です。



 先ほどの特別展入場券を駅に提示すると、入場が可能です。早速中に入りました。



Ichq8  駅ホームでは出発を待つ5000系(旧京王5000系)が、出発を待っています(写真)。通常同系は松江~出雲大社前直通列車専用の車両ですが、今日は大社線区間運転のアルバイトをしていました。正面貫通路付き、側面3ドアだった種車を改造し非貫通2ドア化し、シートは転換クロスに交換した贅沢な車輌です。しかし京王は1,372ミリと特殊な軌間のため、一畑入線に当たり、台車は改造か、他車のものに履き替えたかしたのでしょう。



Ichq9  一畑電車では今回の映画の公開に合わせ、今話題のデハニ50系を展示しています(写真、デハニ52)。奥には、一畑電車の主力となった2000系、2112始め2連が写っています。2000系は、台車以外は京王5000系そのままです。



Ichq10  同車の反対側(一畑口側)の様子(写真)。なかなか、良い感じです。



Ichq11  同車の一畑口側の運転台の様子(写真)。速度計と圧力計(ブレーキ)、時計掛けが追加されています。この形の懐中時計、運転士のみが持てるんです!



Ichq12  同車の車内の様子(写真)。ロングシート、車内は木造です。シートは、今の電車より少し硬く感じました。



Ichq13  この電車が「デハニ」なのは、荷物を載せるからです。荷物室の様子(写真)。6つある客用のいずれのドアも、手動でした。壁には、デハニ50系の解説が貼られていました。



 そして外に出ました。



 このデハニ50系の展示、こちらも7月4日までで、52あるいは53のいずれかが展示されるそうです。日によっては変わるような書き方でしたので、皆さんも、是非どうぞ。



Ichq14  そして一畑電車の駅から更に南方、少し離れた場所に、省線、国鉄、則ちJR大社線大社駅があります(写真)。路線自体は平成2年に廃止されましたが、この駅だけは歴史的価値があることから残っています。寺社風の建築、立派な建物です。



Ichq15  かつては東京からも直通夜行急行があり、名古屋発急行「大社」、大阪発急行「だいせん」の終着駅だった同駅、非常に大きな構内で、3番線まであります(写真)。3番線には、D51 774が保存されます。それにしても、裏から見ても本当に立派な駅舎です。



Ichq16  そして出雲大社を後にして、向かったのは川跡。一畑電車北松江線と大社線が交わる駅です。



 暫くすると、先ず出雲大社から2112始め2連が、3番線に入線。続いて2番線に出雲市行き2111始め2連、1番線に松江しんじ湖温泉行き2113始め2連が入線、駅は乗り換え客で混雑します(写真)。一畑電車必殺のトリプルクロスか。そして各方向に列車が発車、駅は再び静けさを取り戻します。駅員さんは、私が160円の入場券で入場しただけでも、「ありがとうございました」と言ってくれました。いつか、時間を気にせず乗りに来たいですね!



Ichq17  そして、一畑電車の心臓部、雲州平田へ。一時期「平田市」と名乗っている時期もありましたが、市町村合併で再び当初の「雲州平田」に戻りました。入場し撮影すると、元南海高野線「ズームカー」21000系、現3000系が多数停泊していました。しかし、「あれ」がない。駅を出て、駐車場から庫の後を除くと、ありました、デハニ53が!(写真)なお、こちらは車内がお座敷車に改造されているそうです。しかしデハニ52、53ともに現在の基準を満たさないとして、営業が出来なくなり、引退しました。残念。



 丁度寝台特急「出雲」が廃止になる騒動の時に、一畑電車を訪問しました。その時は、昼間で時間的にも余裕があったことから、住所氏名を記帳すると庫内の見学をさせてくれました。今回は時間が遅く無理だったのですが、また、そんなことが出来るような時期が来ると、本当に良いですねえ!



 そして、一畑口へ。元々「一畑電気鉄道」などという名前からも分かるように、「一畑薬師」参詣鉄道であった同鉄道、一畑口から一畑薬師まで路線があり、その支線として一畑口から松江温泉(現在の「松江しんじ湖温泉」)行きが分岐していました。しかし一畑口~一畑薬師間は廃止、そのため一畑口の不合理なスイッチバックが、そのまま残ってしまいました。現在も全列車進行方向が変わります。同駅には、0キロポストも立っています。



 そして松江しんじ湖温泉に行き、本社を撮影、取材を終えました。



 そうすると、今日はどこへ行ったのか。実は帰り道、プチ取材を行いました。



 それでは、次回をお楽しみに。

雨に濡れても#1

Tuyq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、岡山県の旧津山機関庫を取材しました。



 例によって昨晩自宅を発ち、未明に津山着。そして夜を明かし、集合時間前に津山駅に到着しました(写真)。駅前の観光案内所には、津山近辺の鉄道の歴史、そして津山機関庫関連の展示が所狭しと並べられていました。



Tuyq2  10時になり、参加者は機関庫に向け出発しました。現在も使われる局舎は、一部が「なつかしの鉄道展示室」になっています(写真)。その前には、移設された腕木式信号機が立っています。



Tuyq3  その奥には、かつての機関区の扇形庫があり、現在は通常使用されないことから、保存車両の展示が行われています。



 最初は、先日大糸線での運用を終えたキハ52、115番です(写真)。朱のツートンの国鉄色、一番国鉄らしいキハ52です。同型2両は動態保存され、時々団体等の臨時運用に就きます。



Tuyq4  隣は、登場が遅すぎた客車オハ50系改造車、キハ33 1001です(写真)。「水鳥列車」から「鬼太郎列車」、最後は鳥取で運用を終え、同所にて保存されます。



Tuyq5  その隣は、DD51 1187です(写真)。完成度が高かったのか、全国各地で見られた本線用大型万能ディーゼル機関車、しかし国鉄改革で非重連形が全滅、重連形のみ残りました。その中でも同機は調子が良かったらしく、寝台特急「出雲」(廃止)にも使用され、最後にはお召し運用にも就いたといいますが、いわく付きのカマでもあるそうです。



Tuyq6  津山名物、DE50 1です(写真)。DD51に続き幹線形を目指し製造されましたが、1機のみの存在、量産されることなく運用を終えました。十数年前は岡山気動車区の片隅に荒れるがままに放置されていましたが、後藤総合車両所で再整備、現在は美しい姿で静態保存されます。



Tuyq7  扇形庫の柱には、「近代化産業遺産」のプレートが貼られます(写真)。現在使用可能な扇形庫では、京都の梅小路に次ぎ大きい扇形庫だそうです。



Tuyq8  扇形庫の中心には、当然転車台があります(写真)。昭和初期、津山に扇形庫が設置された当時からのもので、後に運転台の小屋と駆動装置が追加されたそうです。つまり、それまでは人力で回していたのでした。





 転車台回転の動画です。唐突に始まってしまい、イマイチですが、駆動の特徴などが分かれば良い感じです。



Tuyq9  転車台に使用されるレールは輸入品、”1922””U.S.A.”などと刻印されます(写真)。



Tuyq10  そして全景です(写真)。17番線まで設計されましたが、その後の運用で一部が廃止されました。1番から3番までは、整備用の天井クレーンがある関係で屋根が高くなっています。



 なお、今日はキハ58と28国鉄色は工場入場中で、不在とのことでした。



Tuyq11  扇形庫の見学に続いて、「なつかしの鉄道展示室」を見学します。局舎の隅が展示室になっています(写真)。



Tuyq12  最大の見せ物は、タブレット発行機です(写真)。子供たちが遊んで鐘を鳴らすだけの玩具と思いきや、実は使用可能で、OBと職員が示し合わせスイッチを入れれば、タブレットを発行!現役そのままでした。



 ほか、津山近辺に敷かれた私営・国営の鉄道各線の歴史・経緯や、写真各種が所狭しと展示されます。



Tuyq13  大宮の鉄道博物館でも同型が見られる、八角形の切符箱です(写真)。昔は、ここに硬券が並べられていました。



 そして自由解散、外に出ました。



 実はここの取材は2回目です。先回はDE50だけで、展示室もありませんでしたが、整備が進んでいて非常に興味深いものとなりました。また、そのうちに来たいと思います。



 なお、この見学会は、約2週おきの土曜および日曜に見学会が開かれ、前日までに予約が必要です。興味がある方は、一度調べられてては如何でしょうか。



Tuyq14  おまけ。今日の後半戦に向かうとき、偶然発見したC11 80号機(写真)。津山市立南小学校校門前に展示されます。偶然とはいえ、良い感じでしたが、雨が各部に入り込んで!



 それでは、今日の後半戦である、次回をお楽しみに。

峠屋三昧(後半戦)

Sasq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、笹子峠関連を取材しました。



 越後湯沢インターで高速に乗り、一路大月へ。正規料金で乗っていたら、一体幾らだったのでしょう。



 そして大月から少し走り、初狩まで来ました(写真)。駅舎です。



Sasq2  改札を抜け中に入ると、いきなり踏切です。踏切の向こうに地下道の入口があり、ここから本線を潜り、本線上の島式ホームに登ります(写真)。ホームは勾配の途中にあります。



Sasq3  左手、新宿方を望む(写真)。手前の線路は、平坦に敷かれているのが分かります。



Sasq4  右手を望む(写真)。平坦な線路は、現在保線基地になっています。



 これは、昔初狩駅は平坦線上にあり、スイッチバックし勾配を登る駅だったということです。則ち駅舎前の保線基地にホームがあり、ここを折り返し、再び勾配に入る、という構造でした。蒸気機関車、および電気機関車の時代は必要な構造でしたが、優等列車も普通も電車になり、貨物列車もEF64などの強力機関車になったこともあり、ホームを勾配上に設けても支障がなくなり、現在の駅になりました。



Sasq5  続いて、笹子へ。駅舎は、こんな感じです(写真)。無人駅です。



Sasq6  笹子駅ホームに入り、甲府寄りにも保線基地というか、保線の訓練所があります(写真)。この位置もスイッチバック、新性能化で余剰となった施設です。



Sasq7  駅を出ようとすると、上下とも通過列車が接近します。上り列車はEH200 14牽引のコンテナ貨物列車、抑速ブレーキを効かせ勾配を下りていきます(写真)。



 駅から僅かな距離の場所に、「笹子餅」の本店があります。普段見ない、量が普通の半分の袋詰めを買いました。



Sasq8  サミットの甲斐大和を行き過ぎ、少し走ると、写真のような場所があります(写真)。写っているのは旧横吹第2トンネルで、写真の反対側には現在の中央本線が見えます。同トンネルの付け替え線はこの部分を通り、トンネル左側の築堤を通り、写真左側奥に抜けて新横吹第2トンネルに入っていましたが、このルートも廃止、現在線は右側の斜面の向こう側をトンネルで抜けています。



Sasq9  その先、脇道にはいると、「ワインカーブ駅舎」という建物に辿り着きます(写真)。



Sasq10  この北側も、中央本線の廃線跡です。ワインカーブ駅舎左後方には旧深沢トンネル、現在は「勝沼ワインカーブ」というワイン貯蔵施設になっています。入口近辺は、見学可能です。



Sasq11  中の様子(写真)。中は非常に涼しく、トンネル等の地下施設の定温性を最大に生かす施設となっています。発酵時の余分な熱を取り除く、それが味の一番重要な要素です。



Sasq12  その反対側は橋梁、続いて大日影トンネルになっています(写真)。以前も書きましたが、ここは現在遊歩道になっています。



Sasq13  トンネルの反対側は、勝沼ぶどう郷駅です。駅前には、EF64 18が保存されます(写真)。この姿のEF64、0番台現役機は、あと1両とのこと。貴重です。



Sasq14  その東側には橋台があり、その先は行き止まりになっており、左の本線下には煉瓦のトンネルが(写真)。トンネルは「大久保沢河川隧道」で、直進方向東側が行き止まりなのは、この駅もスイッチバック構造だったからです。



Sasq15  横の階段を登ると、先ほどの大日影トンネルの入口になりますが、午後4時のため、入口を閉鎖していました(写真)。車を置いて通ろう、なんてことをしなくて、本当によかった!そして来た道を戻ります。



Sasq16  勝沼ぶどう郷駅の駅舎を行き過ぎ、反対側に行くと、鉄橋があり、その先はコンクリート製の旧ホームの残骸が残っていました(写真)。右後方に、現在の勾配上のホームが見えます(写真)。



 そして今日の予定を終え、帰宅しました。



 今思うと、信濃境の旧橋梁を取材しなければならなかった、と思いますが、後の祭り。計画的に回らねば。



 やはり、車も鉄道も、峠越えが一番の腕の見せ所です。非力な時代、勾配を苦労して越えていたのが、分かりますか?



 それでは、次回をお楽しみに。

峠屋三昧(前半戦)

Simq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、上越線上越国境(三国越え、清水隧道関連)を取材しました。



 例によって昨晩自宅を発ち、一路群馬県へ。サービスエリアで仮眠し、朝になり出発。水上インターを下り、最初の目的地に向かいます。



Simq2  最初は湯檜曽。かつては「新湯檜曽」とよばれた同駅、新清水トンネルが開通してからはここが「湯檜曽」となりました。駅舎は有人時代のものが取り壊されたようで、現在は左側に新築されたコンクリートの無人駅舎が入口です(写真)。



Simq3  駅に入り、手前の階段を登ると、上りホームになります(写真)。隣には単線時代のものでしょうか、渡り線があります。この渡り線は、長岡方面下り線から分岐した線路です。



Simq4  ホームの一番南端に行くと、下り線のトンネル入口が見えます(写真)。このトンネルこそ、「新清水トンネル」です。旧線を上り、新線を下りが使用します。



Simq5  階段を降り、トンネルを進むとそのまま地下のホームに辿り着きます(写真)。これが湯桧曽駅下りホームで、新清水トンネル内にホームがあります。丁度越後湯沢行き115系が到着しました。



Simq6  新湯檜曽と名乗るのは、別に「湯檜曽」と名乗る駅があったからです。それは、湯檜曽の中心街を過ぎた所にありました。現在も線路に至る階段が残りますが(写真)、現在ここには駅がありません。仮にあっても、上り線しか停まることができず、不都合な場所です。結果この駅は廃止され、「湯檜曽」の名を譲りました。この階段には屋根がついていましたが、扉にはかんぬきがあり、開ければ住居侵入に当たる可能性があり、扉を開けて階段を登り線路に辿り着くという勇気はありませんでした。



Simq7  そして、次の駅、土合に行きました。駅舎は有人当時のままでした(写真)。



Simq8  駅の改札を抜け、右に曲がり、普通に通路を通ると、ホームが(写真)。元は島式のホーム、現在は片側だけが使用され、通過線が設けられていましたが、上越新幹線が開業し緩急併合が無くなったので、現在は使用されません。なお、これは上りホームです。



Simq9  ならば、下りホームは?それは、改札から左に曲がり、渡り廊下を通り、国道を跨いだ反対側に行きます。すると写真のような階段が現れます(写真)。段数は約460段、この下にホームがあります。元は新清水トンネルの掘削土砂の運搬用に設けられた通路と思われ、階段は後付けの工作です。ただこの位置に設けられたのは、将来土合駅の通路にするためであったでしょうから、そこは計画的です。



 階段を降りる途中、制服のJR社員が二人、階段を登ってきました。



Simq10  下りきると、土合駅下りホームが現れます(写真)。この駅には元は待避線が設けられていましたが、上越新幹線開業でこちらも緩急併合が無くなり、本線上に停止できるよう待避線の上にホームを新設、現在の姿になりました。



 帰るべく階段を462段登り、、改札を通ろうとすると、先ほどのJR社員がカウンターに立っていたので、私は記念入場券を買いました。しかし、登りは本当にきつかった!



 上りホーム少し越後湯沢寄りに清水トンネルの入口があるそうですが、ホームからは見えませんでした。



Simq11  そして次の駅、土樽へ(写真)。鉄道では一駅ですが、並行する国道は峠越えが計画線だけです。そのため、車での最短コースは、関越自動車道水上インターに戻り、関越トンネルを通り、越後湯沢インターまで行き、戻ってくるというルートになります。しかも真横に土樽パーキングエリアがあり、非常に勿体ない!しかし人口希薄地帯で、スマートICを設置しても利用が見込めないのでしょう。



Simq12  同駅も、上下共に緩急併合が可能な駅でした。しかし優等列車廃止に伴い不要となり、現在は上下とも待避線上にホームを建設し、本線に停車し乗降可能なように改築されました(写真、南側からの撮影)。同駅には保線・除雪の基地があります。



Simq13  興味があったので、道を南に進むと、「清水トンネル」の記念柱が立っています。その横に階段があり、登ると上り本線に繋がっており、その向こう側には清水トンネルの土樽側入口が見えています(写真)。しかしこの階段は恐らく保線用の通路で、側方の柵も倒れ、少し危険な感じです。増してここから本線上に入り、鉄道会社の営業を妨害する、などということは絶対しないように!



 なお、単線当時はトンネルの中間がサミットになっており、その部分には行き違いのための信号場があり、その部分はトンネルの断面が大きくなっています。



Simq14  階段を降り、少し進むと下り本線が見えます(写真)。新清水トンネル土樽側出口です。



Simq15  そして道を戻り、次の駅、越後中里に行きました。カーナビが変な場所を指示し、駅裏のスキー場に出てしまいました。ここには、青く塗られた旧型客車利用の休憩所があります(写真)。10両も並ぶと、壮観です。



 目視で戻り、越後中里駅に辿り着きましたが、駅前駐車禁止で、山を登る上りループ線と、山を下りる下り線の合流の様子は撮れませんでした。



 そして三国越えの取材を終えました。



 上越国境、苦難の歴史が蘇るようです。苦難を乗り越え、現在の快適な鉄路があるのでした。感慨深いものがあります。



 そして午後は、後半戦に向かいました。次回をお楽しみに。

梅雨きたるらし#3

Neyaq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、京阪電鉄寝屋川工場を取材しました。



 知っている方も多いと思いますが、現在京阪では開業100周年事業として、宿泊と寝屋川工場見学をセットにしたプランを設定しています。どうも好評のようで、先日期日の追加設定が行われました。そのため、昨晩は京阪ホテルに宿泊し、今朝京阪電車で寝屋川に向かい、集合場所に到着しました。



Neyaq2  まず会議室で挨拶の後、ビデオで一通り説明を受け、早速見学です。



 入庫線には旧式な構内入換車が停まっています(写真)。京津線の古い車輌を改造したものとのことで、台車も明らかに戦前製の、懐かしい形のものです。



Neyaq3  続いて、入庫線には京阪特急用8000系、8004が(写真)。まだ塗り替え前の旧塗装です。現在改装の進む8000系、方向幕等を外すと窓だらけの車輌なのに気付きます。ここから入庫、1両ずつ整備のため分解されます。



Neyaq4  この線路の奥、整備工場では車輌の整備を行っています。無人牽引車(アント)が、車輌を牽引すべく移動を始めます(写真)。



Neyaq5  そして同車は8004の後にあった8104と連結、こちら側に牽引します(写真)。



Neyaq6  そして移動、8004と繋いでいた棒連結器を外すべくフォークリフトが近づき、外します(写真)。上では、車輌持ち上げ(リフティング)の準備が整っています。そして、車体を持ち上げ、台車は台車検査場に送られます。



Neyaq7  隣の建物へ。こちらは制御装置の検査場、現存する全ての制御装置を試験するため、試験用の運転台が全て揃っています(写真)。旧式からワンハンドルまで、時代の変遷を感じます。今日は特に何も繋いでいないらしく、見学客が操作することが許されました。



Neyaq8  次の試験場に移動中、台車専用のトラバーサがありました(写真)。フックを台車に掛け、ワイヤーで引っ張り自動的に載せられます。「日本車輌」のプレートが貼られていました。



Neyaq9  台車は温水洗浄後分解され、台車枠と輪軸に分解、それぞれ検査されます。輪軸は更に写真左の機械で洗浄され、車軸部分を超音波探傷機(写真のピンクの対になっている機械)で検査されます(写真)。更に5年程度で車輪は輪軸から外され、交換されるそうです。



 この後、低騒音形車輪が展示され、ハンマーで叩いた音の違いが分かりました。



Neyaq10  今回最大の見物、「びわこ」号、63号です(写真)。同車は昭和9年3月製造、京阪の昔の始発駅天満橋から、三条京阪で京津線に入り、浜大津まで直通した車輌です。所用72分、全線軌間は同じですが鉄道線と軌道線の違いがあるため、双方に対応した車輌になっており、パンタグラフとポールの2種類の集電装置が装備されます。現在は両線とも別々に地下化され、直通は不可能です。同車は引退後、公園で保存されていましたが、京阪が返還を受け、現在動態化すべく復元作業中とのことです。



Neyaq11  車内の様子(写真)。木製の内装、クラシカルですが整備が行き届き、美しい車内です。ただシート等は張り替えた、とのことです。中間の白い部分は連接台車の真上、2両で1編成です。



Neyaq12  運転台の様子(写真)。今でも使えそうな機器類です。



Neyaq13  入口は2種あり、鉄道線は全ドア使えますが、軌道線では軌道線用ドアが各車両1つずつです。軌道線ドアは位置が低く、車内にはステップが設けられています。写真は鉄道線の時、ステップに板が被せられた状態です(写真)。



Neyaq14  軌道線の時は、写真のとおり板を折り畳み、ステップを出します(写真)。



Neyaq15  先ほどの写真は三条京阪側で、こちらが天満橋側です(写真)。運転可能になったら、どうなるのでしょうか。



Neyaq16  最後に、洗浄体験が用意されました。10006始め4連に乗車、洗車機を通ります。この洗車機は、側面のみならず前面も洗浄可能で、写真手前側の移動式の前面洗浄ブラシが、前後左右に動き正面を洗いました。写真の向こうで構えているのはテレビ局の取材班で、今日のイベントに便乗したクルーです。テレビ局を撮影、あまりない話です。



 そしてこれが終わると行程終了、会議室に戻り質疑、そのまま解散しました。



 言われたことは、「ネットで公開すると、どうすれば撮れるのか、などという問い合わせの電話が殺到し、迷惑である。」とのことです。私が撮ったこれらの写真は、全て正規の手段で申し込んだもので、いささかも特別扱いを受けていません。もし、同様の写真が撮りたいのならば、ありえない鉄道ファンの特権を主張することなく、京阪に正規の申し込みをすることです。それでも電話を掛けたり、増して突然訪問して無理矢理撮影会を強要したり(実はよくあるんです、雑誌投稿のために!)して問題を起こしたりした場合、私は知りません。「鉄道ファンの特権などというものは、ありえない。」ということです。



 それでは、次回をお楽しみに。

梅雨きたるらし#2

Ikkq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、関西方面2日目をお届けします。



 今朝は滞在先を発ち、近鉄奈良線生駒へ。生駒からは、生駒山上ケーブルカーが走っています(写真)。駅に向かいます。



Ikkq2  駅(鳥居前)には、釣瓶式ケーブルカーが2本敷かれています。通常使うのは左側、今日は「ミケ」が電飾を点けています(写真)。乗車します。相方「ブル」も電飾を点けていました。こちらは20分に1本です。



Ikkq3  途中宝山寺で乗り換え、今回は「ドレミ」ではなく、「スイーツ」でした(写真)。これも電飾が点いています。こちらは40分に1本でした。



 そして遊園地のある生駒山上に到着しましたが、今日は遊園地が雲の中に入ってしまい、昨日のような晴天を期待した人は、今日の様子にガックリしたでしょう。まるで霧の中のようで、AFのピントが全く合いませんでした。



 そして次の便で山を下りました。



Ikkq4  そして生駒から再び近鉄に乗り、東生駒へ。駅ホーム横には、現けいはんな線、当時の東大阪線が生駒で終点だった当時から同線の車庫があり、現在はその一部を営業線に使用、残りで電留線としています。今日はそこにレール削正車(レールに砥石を当て平らに削る機械)が入っていました(写真)。軌間は近鉄各線と同じ1,435ミリ、同じ機械が使えました。



Ikkq5  それが可能なのは、以前も書きましたが、同駅東側に奈良線とけいはんな線を結ぶ連絡線があるからです(写真、左側に入る線路)。けいはんな線車両の検車時はこの線を通り、電動貨車に牽引され五位堂工場に入場します。



Ikkq6  そして大和西大寺へ。京都・大阪・奈良・大和八木、更に伊勢志摩方面へのジャンクションであり、車庫も併設され、非常に重要な駅です。



 最初、京都市交通局(烏丸線)1000系1801(初号編成)始め6連が、京都国際会館行き急行の運用に入ります(写真)。



Ikkq7  続いて12400系12403始め4連が、京都行き特急の運用に入ります(写真)。かつては12600系だったような気がしますが、同系は全車名古屋地区富吉車庫に移籍、西大寺車庫の同系が運用に入ります。しかし同系の量産型は12410系である、という細かい話もあります。



Ikkq8  続いて3020系か、3723始め6連が難波行き普通の運用に入ります(写真)。同車は京都市地下鉄烏丸線乗り入れ用3000系に引き続き製造された系列、いわゆる”シリーズ21”の一員とされます。その中でも京都・奈良ラッピングの同編成が難波行きなのは不思議ですが、同じ西大寺車庫であり、ありうる運用です。



 京都線も昔は細身の専用車両(8000番台)を使用しましたが、現在は全て同じ規格になっています。



Ikkq9  今度は阪神1000系、1208始め6連が、阪神三宮発奈良行き急行の運用に入ります(写真)。阪神は車体が短い(18メートル、近鉄は20メートル)のがポイントです。停車位置が近鉄車両と全て別になっています。



Ikkq10  3721始め6連が、京都市地下鉄直通運用に入ります(写真)。普通の”シリーズ21”の塗装に見えますが、編成の一部の車両は「橿原神宮」ラッピングが施されていました。



Ikkq11  3701始め6連が、京都国際会館行きの運用に入ります(写真)。2時間近く大和西大寺で粘っていましたが、ついにこれに乗車しました。



Ikkq12  丹波橋で、近鉄と京阪は乗り換えです。その少し北方には、かつて近鉄と京阪が乗り入れていた当時の渡り線跡があります(写真、京阪側からの眺め)。なだらかな斜面とカーブを描き、京阪から近鉄京都方面に繋がっていたのが分かります。



Ikkq13  丹波橋から京阪に乗り換え、先ずは八幡市へ。同駅前からは石清水八幡宮男山ケーブルカーがあります(写真)。徒然草の舞台の一つ、私もお参りはしたいとは思いましたが、丁度雨が激しくなりカメラに致命傷を与えそうだったので、断念しました。



 そして下山、京阪線に戻りました。



 そして中書島に行き、宇治へ。宇治線では、昔「六地蔵死の行軍」があったので、怖い思い出が残っています。それ以上は、「ティブルティーナ死の行軍」(ローマ市郊外のティブルティーナ駅からメトロで行けば良いところ、現地通貨リラが無く、両替所のあるテルミニ駅まで徒歩で行ったということ)位でしょう。地図と、お金は重要です。



Ikkq14  そして淀駅前にある京都競馬場のレース終了をを気にしながら枚方市へ、そして交野線へ。終点私市は、京阪10000系4連の停まる駅でした(写真)。撮影後枚方市まで戻り、再び本線に入ります。萱島からは複々線、電車も速い!



Ikkq15  京橋で下車。丁度新線の中之島から出町柳に向かう快速急行、3000系3001始め8連が入線します(写真)。全シートがスエード調の転換クロスシートで、普通の鉄道会社なら20000系とでもつけそうですが、頂点の特急が8000系であり、その上はつけられなかったのか。そこで現存1編成となった旧3000系(かつてのノンストップ特急用車)を8030に改番し、空いた3000を系列にしました。しかし、旧3000系と比べても、全く遜色のない系列ではありますが。



Ikkq16  そして現在新塗装化が進む8000系、8009始め8連です(写真)。京阪特急は「テレビカー」に始まり、ダブルデッカー、ほかサービスが行われています。



 枚方では8030系となった旧3000系最後の1編成も、京橋では旧塗装、車内改装前の8001編成も出くわしましたが、いずれも写真にならず、残念です。



 京橋で降りたのは、京阪100周年記念誌を買うため。京阪沿線、及び大阪市内の大手書店では、通常版の記念細密画集に京阪の車両パンフレットを加えた特別バージョンを売っています。しかしそれを買うために、不似合いなファッションビルの中を右往左往。警備員まで出させてしまいました。ああ、カメラがなかったら、こんな格好をしないのに(それ程鉄道写真が好きなのです)。



 いよいよ本日梅雨入りです。梅雨の時期は撮影が困難で、ブログネタ、鉄道ネタには困るものですが、今回は雨天用のネタを用意してあり、明日取材の予定です。といえば、勘の良い方は分かるでしょう。



 それでは、次回をお楽しみに。

梅雨きたるらし#1

Eikq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、関西方面に来ています。



Eikq2  今朝も自宅を遅めに発ち、新幹線で京都へ。京都でフリーパスを交換し、そのまま烏丸御池経由で行っても良かったのですが、乗り換え回数の関係で、一旦東福寺に出て、京阪に乗ります。



 そして三条京阪(三条川端)を通過、終点出町柳へ。地下駅の階段を登ると、地上の叡山電鉄出町柳に辿り着きます(写真)。今日の一回戦です。



Eikq3  出町柳の3ホームにはいずれも電車が入線、鞍馬行きは2連、801始め2連です(写真)。乗車します。



Eikq4  801の車内には、鞍馬寺のお札が(写真)。交通安全祈願でした。



Eikq5  約30分で、終点鞍馬に到着。駅舎は、木造の寺社建築風です(写真)。



Eikq6  駅西方には、昭和初期製造の電車、21番の先頭部、動台車の車軸が保存されます(写真)。



Eikq7  鞍馬寺内部にケーブルカーの路線が描かれ、お札のこともあり行ってみました。そこは鞍馬寺境内で、自然保護のために200円を寄進し(事実上の拝観料)、階段を登ると、普明殿という建物があり、そこからケーブルカー、牛若丸Ⅲに乗車できます(写真、乗車後の写真)。1乗車寄付金100円(事実上の乗車料金)で、山上の多宝塔駅に到着。単線1車両のケーブルカーでした。乗車料金は非常に安いですが、これは信徒の浄財で出来たケーブルカーとのことで、非常に安いのでした。そして下山、駅に戻りました。



Eikq8  そして鞍馬から宝が丘で乗り換え、八瀬比叡山口に到着(写真、724)。八瀬行きは通常単行電車のようです。



Eikq9  八瀬からは叡山ケーブルに(写真)。これはスルッとKansaiフリーパスの対象外です。ロープウェイと通しで片道840円でした。日本一の高低差を誇るという同ケーブルカー、車両は昭和62年武庫川車両製でした。



Eikq10  そしてロープウェイに乗り継ぎ比叡山山頂へ向かいます(写真)。山頂からは京都の町並みも小さく見えました。



Eikq11  山頂から徒歩約10分で京都バスに乗り、比叡山バスターミナル(根本中堂)経由で東塔下車、約600メートルで坂本ケーブル延暦寺駅に到着しました(写真)。黄色の洋館です。



Eikq12  日本最長のケーブルカーという同ケーブルカー、約13分で坂本駅に到着します(写真)。ケ1「縁」、平成5年近畿車輛製でした。



Eikq13  そこから徒歩10分(江若バスに乗ればすぐですが)で、京阪石山坂本線坂本駅に到着。入線したのは601始め2連、「龍馬」ラッピングがなされています(写真)。



Eikq14  浜大津からは京阪京津線。807始め4連(写真)、浜大津近辺で鉄道線用車両が道路併用軌道を走る姿は、圧巻です。



 浜大津はかつては省線の駅で、ここから琵琶湖連絡線に乗り換えでしたが、後に敷かれた江若鉄道も廃止され、現在は京阪のみです。京阪線・京津線地下化前、京阪線も600Vだった時代には、大阪発大津行き「びわこ」号が走り、同車は現在京阪電鉄寝屋川工場にて保存されている、とのことです。



 同車に乗車、そのまま京都市地下鉄東西線に乗り入れ、太秦天神川まで直通します。



Eikq15  太秦天神川駅は、嵐電天神川に接続しています。そのまま嵐電に乗り、嵐山へ。631「化け電」(水木しげる氏の描くキャラクターでペイントされている)が、折り返し四条大宮に向け発車を待っています(写真)。同線最新車には、VVVF車もあります。



Eikq16  嵐山の中心街を、カメラバッグを背負い歩きます。渡月橋を渡ると、対岸には阪急嵐山に辿り着きます。京都線特急専用車を引退し、編成を短縮改造された6300系、6353始め4連です(写真)。2ドアはそのままでしたが、車内はかなり手を加えていました(勿論阪急のIDは守られていますが)。昭和50年代に、ワンハンドルマスコンなどの新機軸を盛り込んで登場した同系、ノンストップ特急用に生まれ、途中停車を考えておらず、結果現在の京都線特急運用に適合せず、最近京都線運用から全て引退しました。一部は嵐山線用に転用されますが、多くは解体、なのでしょう。残念。



 そして今日の滞在先に向かいました。



 明日からは雨、いよいよ梅雨入りの様子です。明日は雨天の中での取材になりそうです。



 それでは、次回をお楽しみに。

The Gate for The Int’l Tourist Area

Niq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、国際観光地である「日光」の、2つの玄関口をご紹介します。



 まず最初は、省線から国鉄、JRと引き継がれた、現JR日光です(写真)。厳かな洋館建築になっています。しかし、来る列車は各停の区間列車107系のみ、「ジャパンレイルパス」を使用する外人を除くと、少し寂しくなっています。



Niq2  続いて、JRから西に約500メートルの場所にある、東武日光です(写真)。大きな山小屋風の建物、現在は栗橋の渡り線を利用したJRの特急列車も乗り入れます。やはり1720系DRCには、ボックスシートの165系では勝てません。”デラックス準急”157系の後継が出来なかったこと、そして宇都宮でスイッチバックになってしまう配線が、JRの弱みと言うべきか。残念です。



 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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