聖域無き改革ですか?

6332



 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。



 雑誌によると、名鉄瀬戸線で、6000系6032Fが廃車されたとのこと。整備が困難だった喜多山検車区で、苦労して整備した車輌だったのでしょうが、最近の4000系の増備で、放棄されたと言うことでしょう。残念です。



 手持ちで良い写真がないか探しましたが、適切なものが無く、タイトルの写真となりました。そんな、廃車するとは思っていませんでしたから、意外でした。



「6332kyu.wma」をダウンロード



 しかし、6000系の駆動音のサンプルとして、偶然同編成の中間電動車、6332において録音を行っていました。下り急行の栄町から大曽根の間の添乗音です。



 正直、本線でもこれより古い6000系は走っており、まだ早い気がするのですが、残念です。これは、瀬戸線は全車4000系に置き換えるという意味で、聖域はないのでした。早ければ来年にも、6600系とのお別れ会もありそうです。準備をしておきましょう。



 それでは、次回をお楽しみに。

梅雨の季節となりました。(延長戦)

Unoq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日の続き、美濃太田から帰宅までです。写真は高山本線沿線の木曽川、「日本ライン」です(写真)。



Unoq2  美濃太田からは、岐阜行きの各停に乗りました。キハ48 5501、相方は同6501です(写真)。



Unoq3  時間があったので、記録を。丁度2番線と3番線の間の中線から、キハ11 113と102の2連が、美濃太田車両区に帰庫します(写真)。



Unoq4  連結されていた残り2輌、キハ11 118及び101は、次の運用まで待機します(写真)。



 間もなく、列車は発車しました。



Unoq5  坂祝のスイッチャーの撮影に失敗し、鵜沼へ。手前には第2場内信号と共に分岐があり、分岐線は車止めがあります(写真)。特急「北アルプス」(廃止)が出入りした、鵜沼連絡線の残骸です。



Unoq6  橋上駅舎になったJR鵜沼から、名鉄新鵜沼に行きます。列車には時間があったため、連絡線跡を撮影します。こちらは高山方の様子(写真)。線路が撤去され、舗装工事が始まっています。先の方は雑草が生えています。



Unoq7  犬山方の様子(写真)。新鵜沼駅東口ロータリーが建設され、そのアクセス道路に変わるようです。



Unoq8  名鉄の車内からの眺め(写真)。列車が廃止されてから長い時間が経ち、遺構は無くなっていきます。



Unoq9  最後は、木曽川の「日本ライン」に架かる元道路併用橋、犬山橋です(写真)。名撮影地でしたが、道路橋が架かったことにより現在は鉄道専用橋になっています。



 時の移り変わりにより、様子はだんだんと変わっていきます。それを忘れずに、一つ一つ残していきたいものです。



 それでは、次回をお楽しみに。

梅雨の季節となりました。

Nanq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、長良川鉄道を取材しました。



 私の住む地域でも、昨日入梅しました。しかも台風まで接近し、撮影には最悪です。本当は先週行く予定だったのですが、先週は既報の通り事情により変更、今週までは保って欲しかったのですが、残念ながら雨の季節となりました。予報も一日中雨とのことで、気が重かったのですが、明日はもっと悪くなるとのことで、今日行くこととしました。



Nanq2  先ずは鵜沼へ。鵜沼からはJR高山本線、キハ11 101始め2連です(写真)。寒地形100番台トップナンバーです。



Nanq3  そして美濃太田へ。長良川鉄道は、美濃太田から始まります。車輌はナガラ300形303です(写真)。デジカメが不得意な赤系の色、光量が不足すると途端に発色が悪くなります。



Nanq4  スイッチバックする方向に発車して間もなく、進行方向右手に転車台が見えます(写真)。1輌が限界の小さな転車台、現在も使用可能なのでしょうか。



Nanq5  乗車2時間、終点北濃に到着します(写真)。



Nanq6  同駅には、明治35年に岐阜駅に設置され、昭和9年に北濃に移設された、歴史ある転車台があります(写真)。上路式、下には水がこんこんと湧き出ています。明治期のSLかC12がぴったりのサイズ、テンダ式SLには小さいです。回転の動力は、人力です。



Nanq7  側面には「登録有形文化財」のプレートと、”AMERICAN BRDGE CO OF NEW YORK USA 1902”と刻印されたプレートがあります(写真)。明治35年製です。



Nanq8  終端は、駅から50メートルほど先にあります(写真)。長良川鉄道の国鉄時代の呼称は「越美南線」、福井から九頭竜湖に続く「越美北線」と接続する壮大な計画がありましたが、国鉄改革で潰えました。道路は美濃白鳥から油坂峠を抜けますが、鉄道は北濃から迂回し九頭竜湖を目指す予定だったようです。なお、並走する「東海北陸自動車道」は、当時の土木技術からはクレージーなルートを通り、富山県の小矢部砺波まで繋がります。



 そして30分後、列車は折り返し発車しました。



Nanq9  そして郡上八幡で下車(写真)。岐阜県郡上市の中心部である旧八幡町になります。徹夜踊りの「郡上踊り」で有名な街です。



Nanq10  同駅には除雪も行うモーターカー、NTB209が留置されます(写真)。奥のシャッター付きの車庫には、軌陸車のトラックが顔を出しています。



Nanq11  同駅には、「ふるさとの鉄道館」が併設されます(写真)。国鉄当時に使用された数々の品々が保存されています。写真もありますが、都合により今回は割愛します。



Nanq12  入口上には、手荷物約款と、古い運賃表が掲示されます(写真)。いずれも現在は使われていません。



 八幡市街の観光もアリだとは思いました(お城や名水「宗祇水」など、見どころは多い場所です)が、天気を気にしていると、やはり雨が降ってきました。しかし、午前中いっぱい保ったことの方が、運が良かったと言うべきか。そして次の列車に乗車しました。



Nanq13  次の下車は美濃市にしようか(名鉄美濃町線美濃市駅跡の施設)、関にしようか迷いましたが、結局関にしました。



 関は長良川鉄道の心臓部、本社、車庫、整備工場があります。写真は整備工場で整備中の、ナガラ300形301と306です(写真)。



Nanq14  車庫には最新のナガラ500形503が、リバイバル塗色で停まります(写真)。後はナガラ302です。



Nanq15  ホーム奥の側線には、2輌停まります。手前はナガラ1形10です(写真)。開業当初のレールバス、数年前訪問時は休車が多数残っていましたが、現存はこれだけのようです。



Nanq16  その後には、ナガラ200形201が(写真)。軽快気動車の形ですが(「軽快気動車」の呼称は、新潟鐵工所、後の「新潟トランシス」のもの)、富士重での呼び名は、何と言っていたのでしょうか。LEカーでもありませんし。



Nanq17  その先には、名鉄美濃町線部分廃止後の終点、名鉄関駅跡地があります(写真)。全部廃止は残念ですが、地元に保存の熱意がなかったのが一番の原因でしょう。でもこの路線跡を使用して長良川鉄道が岐阜に乗り入れれば、利便性がもっと向上する気がするのですが、併用軌道区間の処理が難しく、岐阜駅まで行けない気もします。



Nanq18  関からは同駅始発列車に乗り、美濃太田に戻ってきました。車輌は最新型のナガラ500形501でした(写真)。絞りを開けすぎシャッターが速くなってしまったので、LED方向幕が上手く写っていません。



 そして帰途に就きました。



 長良川鉄道も、美濃太田が起点というのが難しい。関までのルートが高速のように長大トンネル、というのは無理ですが、せめて長良川に沿って岐阜に出ていればもっと便利な気がするのですが、諸般の事情で難しいのでしょう。それならJRがキハ75か、それとも余剰気味のキハ85を使って、直通列車を運転すれば、まだまだ利用者は増える気もするのですが、どうでしょうか。



 それでは、次回をお楽しみに。

急遽変更

Tefq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日と本日開催された「天浜線フェスタ」をお届けします。



 実は、昨日は別の場所に行くつもりで準備を進め、出発する手はずが整っていましたが、前の晩にネットを閲覧していると、「天浜線フェスタ」の情報を目にしたため、急遽行先を変更。晴天の空の元、天浜線を目指しました。



Tefq2  天浜線の西の入口は、新所原。豊橋から僅か2駅です。豊鉄などを眺めながら、同駅に到着。天竜浜名湖線の駅舎に入ります。焼きたて鰻弁当も手に入ります。駅で一日乗車券を購入すると、当然天浜線フェスタのパンフレットが渡されます。そしてホームにはTH2100形、TH2104(平成14年新潟鐵工所)が出発を待っています。これに乗車しました。



Tefq3  乗車約1時間、遠州鉄道との接続駅西鹿島で乗客が増え、目的地天竜二俣に到着。駅には、左タブレット受け、右タブレット渡し器が並びます。はやる気持ちを抑えて、先ずは駅側から行きます。



Tefq4  駅の西側では、「天竜レトロ・トレインクラブ」がナハネ20 347とキハ20 443を整備しており、昨日はこれを公開していました。



「1-kiha20soto.wma」をダウンロード



 キハ20の機関は運転しており、その音を録音しました。DMH17、横置きではないサウンドです。





 稼働の様子も録画しました。トランスミッションまで治れば、動態化も可能では?頭が下がります。当面は電源として使用するのでしょう。



Tefq5  ナハネ20の側面には、「東京」「下関」「あさかぜ」「3」の方向幕が表示され、横には一つ星(客車3段寝台)、「B寝台」が表示されます(写真)。



Tefq6  キハ20の車内(写真)。最近まで残ったキハ52等と同じですが、機関が縦置きのため、機関点検蓋が設けられています。



「2-kiha20naka.wma」をダウンロード



 車内では、機関の音はこんな感じです。



「3-kiha20kiteki.wma」をダウンロード



 汽笛を鳴らすとのことで、頼んで鳴らしてもらいました。近くでは大きな音です。



Tefq7  ナハネ20の車内も、一部公開されていました(写真)。手前のブロックは昼の姿、奥のブロックは夜の姿です。寝台の幅は52センチ、座席の設計から幅は決まりましたが、14系以降は70センチに改められました。



Tefq8  駅北側の公園には、C58 389が保存されます(写真)。状態は、微妙です。



Tefq9  そして再び駅に入り、駅南側から会場に入ります。写真は扇形庫、鉄道歴史館の部屋も見えます。扇形庫には保線用モーターカーも入っていました。



Tefq10  扇形庫の横、車輌検修庫にはTH3501が入り、運転席に座った子供の写真から缶バッジを作っていました(写真)。



Tefq11  そして転車台回転体験が行われました。以前訪問した時に乗車は体験しているので、今回は外から撮影しました(写真)。12ミリが覿面に効いた一枚です。





 回転の様子です。職員のいる運転席の下に駆動部分がありますが、上手く写っているでしょうか。



Tefq12  運転区の建物の2階では、プラレールの運転が行われていました(写真)。ここまで来ると、トミカのようです。



Tefq13  転車台の向こうには、腕木式信号器、動輪、C58 200の缶の蓋が保存されます(写真)。この左側は、一般の車輌が停泊する場所です。



Tefq14  駅に戻ると、浜松市政100年記念の臨時列車が戻ってきました(写真)。TH9200、「宝くじ号」です。





 同列車は客扱いを終えると、入庫します。入換の動画です。



Tefq15  そしてそのまま帰っても良かったのですが、フリー乗車券が勿体ない。結局約1時間乗車し、東の起点、掛川まで行きました(写真)。再び、新所原を目指します。



Tefq16  そして新所原まで戻ります。JRのホームに入ると、キヤ97 4及び104が、高速で通過しました(写真)。



Tefq17  続いて311系海カキG2編成が、到着します(写真)。突出した光源にはパターン測光も駄目、スポット測光が有効なようです。



Tefq18  新所原駅西側には、天浜線から東海道線を乗り越す高架橋の残骸があります(写真)。国鉄時代に貨物営業を計画した名残でしょう。



 そして日没、帰宅しました。



 昨秋に続き、天浜線を訪問しました。やはり、「動く」ということには、人手が掛かるものです。このまま産業遺産たちが残って欲しいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

故きを温ねて(Story2)#6

Aitq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、愛知県の旧車群を取材しました。



 久しぶりに土曜の朝を自室で迎えました。前の晩に呷った酒が原因で、寝坊を。出発時には、既に太陽は真ん中にありました。



Aitq2  最初は、3回目の登場である、武豊線武豊港貨物駅跡に残る、転車台です(写真)。FXフォーマットになってからは、12ミリはあまり登場する機会がありません。流石に視角122°を通常使う機会はあまりありませんが、DX時代には重要なレンズでした。



Aitq3  続いては、同じ武豊町の東大高児童館に残る、日本油脂の車輌、デ2です(写真)。黄色い機関車、銚子電鉄のデキ3に似ています。



Aitq4  その後は、ク102です(写真)。運転台のついた客車、ヘッドライト及びテールライトもありますが、保存状態はイマイチです。



Aitq5  次は、同じ武豊町の長尾児童館では、同じく日本油脂モ101が、児童用の施設として利用されています(写真)。



Aitq6  そこからも程近い所に、武豊町歴史民俗資料館があります(写真)。入場無料、月曜及び祝日休館です。



Aitq7  中の展示、はじめは東海道本線建設のため東海地方で最初に開通した、武豊線関連の展示です(写真)。ポイントの矢羽根形表示器、信号、駅名票等が並びます。



Aitq8  隣には、レールが展示されます(写真)。奥の2本は、カーネギー(アメリカ)と、キャンメル(イギリス)製のレールです。いずれも武豊町内にて使用されていたものです。



Aitq9  中心には、日本油脂で使用されていた箱トロッコが保存されます(写真)。「火」とは、火薬の意味です。日本油脂は日本有数の火薬メーカー、戦後はロケット燃料まで製造するメーカーでした。事故対策で人里離れた場所に工場がありますが、以前爆発した時には、それでも民家の窓ガラスが割れたりして大変でした。



Aitq10  行程の途中だったので、三河部でしたが寄り道したのは、刈谷市交通児童遊園です。同公園には2輌の保存車があります。



 1両目は、名古屋市交通局1603です(写真)。塗装は美しく、手入れが行き届いているのが分かります。



Aitq11  同車の車内(写真)。木製の床で、半鋼製です。戦中製と思われますが、思ったほど古く感じません。



Aitq12  同車の運転台(写真)。各種メーターが無く、簡素な運転台です。マスコンは、これも「奥村電機商会」なる会社の製造でした。



Aitq13  もう1輌は、D51 777です(写真)。国鉄長野工場で整備された旨表記が残り、恐らく中央西線で使用されていたものと思われます。番号は、パチンコファン向けか、それとも999ファン向けか。



Aitq14  続いて、日進市内に残る、1426です(写真)。外観は美しいですが、中に入ることは出来ません。



Aitq15  続いて、尾張旭市城山公園に行きました。駐車場から見た、名鉄瀬戸線尾張旭検車区の様子(写真)。製造間もなく、まだ雑誌にも載らない新車、4007Fが入庫しています。先日引退した6750系に続き引退するのは、やはり6600系か。本当に、全車4000系に置き換えてしまうのか。6000系中期形が廃車にならないよう、だれか運動しませんか?



Aitq16  同公園には展望台、「スカイワードあさひ」があり、入場無料で入れます。展望台からの尾張旭検車区の眺め(写真)。高い所からの俯瞰は、あまり得意ではありません。



 なお、一部の資料には、同公園には森林鉄道のDB33が保存されるとされますが、既に撤去されたそうです。



Aitq17  最後は、春日井市交通児童遊園に保存される、D51 792です(写真)。写真には入っていませんが、全面金網張りで、保存という行為の難しさを感じました。



 ここで今日の予定は終了で、帰宅しました。



 暫く鉄道では行けない所が続いており、ずっと車で行動していましたが、そろそろ鉄道に乗りたい気がします。



 それでは、次回をお楽しみに。

故きを温ねて(Story2)#5

Kbfq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は連休最終編、再び関西地方を取材しました。



Kbfq2  一昨日晩に自宅を発ち、高速のSAで夜を明かし、辿り着いたのは福知山。駅南口には、転車台のモニュメントに乗るC11 40(昭和8年川崎車輌)です(写真)。福知山駅は高架化が完成し、駅周辺に以前の面影はありません。



 なおここからは、「ポッポランド」にも、南丹鉄道記念公園にも近かったのですが、今回は訪問しませんでした。こちらも、またそのうちに。



Kbfq3  続いて、兵庫県多可郡多可町中区、鍛冶屋線(廃止)の終点、鍛冶屋駅跡です(写真)。現在は鍛冶屋線記念館になっています。中には展示がありましたが、時間が早くまだ開いていませんでした。



Kbfq4  その裏には、鍛冶屋線で用いられていたのでしょう(加古川線電化まで同線で用いられ、その支線である鍛冶屋線でも同様であった)、キハ30 69です(写真)。多少変わっているのでしょうが、営業当時のオリジナルに近いのでは?なお、車内には入れません。



Kbfq5  続いて、西脇市内の市原駅跡も、「鍛冶屋線市原駅記念館」があります(写真)。駅舎を再利用したのでしょう。



Kbfq6  建物内の展示は、見学可能でした。「さよなら鍛冶屋線」のヘッドマークです(写真)。他展示多数でした。



Kbfq7  同駅北側には、キハ30 70及び72が保存されていますが、塗装補修も兼ねペインティングが施されました(写真)。そのためどちらが70か72か分かりません。でも、同形の片運転台車、キハ35って、残っていないですねえ!



Kbfq8  続いて、加東市播磨中央公園にて展示される、C56 135です(写真)。同機は一時山陰でも用いられたそうですが、主に九州で使用され、山野線吉松で引退、同所にやって来たそうです。



Kbfq9  次は加古川市鶴林寺公園にて保存される、C11 331です(写真)。播但線・姫新線及び高砂線(廃止)で用いられたようです。



Kbfq10  続いて、別府鉄道(廃止)円長寺駅跡に保存される、別府鉄道キハ2です(写真)。バケット付きの気動車、しかし窓は殆ど割れ、今後の保存が心配です。



Kbfq11  続いて播磨町郷土資料館に保存される、別府鉄道DC302、及びハフ5です(写真)。DC302は、ロッド式です。



Kbfq12  ハフ5は半鋼製、車内には木材が多用されます(写真)。なお同館の見学は無料ですが、駐車は有料です。



Kbfq13  明石市王子町1丁目にある王子公園には、元神戸市電945を利用した「電車会館」があります(写真)。しかし既にダルマであり、電車というより建造物と言った方が良いような状態になっています。ただ、ナンバー及び神戸市章はそのままでした。



Kbfq14  続いて大移動し、三田市南ウッディタウン駅にも近い、「はじかみ池公園」に保存される、D51 25です(写真)。初期の「ナメクジ」形、状態は良好です。マニ50とヨ8682、いずれも昭和50年代製の車輌を従えています。製造後間もなく国鉄改革が行われ、用をなさないうちに廃車されたものでしょう。



Kbfq15  再び大移動、尼崎市水明公園にて保存される、阪神電鉄国道線(廃止)71です(写真)。樹木に埋もれ、家庭用エアコンが設置されていますが、台車は残り、まだ原形を保っています。



Kbfq16  続いて尼崎市蓬川公園に保存される、阪神国道線74です(写真)。こちらも同様、ダルマではありません。



Kbfq17  続いて尼崎市大物公園に保存される、D51 8です(写真)。こんな場所で保存されている割には、状態は良いのでは?回転火の粉止め(通称「クルクルパー」)は装備されなかったのか、煙突はそのままのようです。



Kbfq18  最後は吹田市万博記念公園の無料施設に保存される、D51 764です(写真)。時間が遅く、閉園間際で、出る時は業務用出口から出ました。その向こうには、岡本太郎の「太陽の塔」が立っていました(表題の写真)。ここで日没、帰途に就きました。



 連休最終編、今回も移動が多く、時間の割には成果が乏しいとは思います。でも、これら保存車が少しでも永く、良い状態で残って欲しいものですね。



 それでは、次回をお楽しみに。

博物館に入る前#2



 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は約束の、えちぜん鉄道「テキ6」の動画です。



 2004年(平成16年)8月7日、のと鉄道穴水~蛸島間の廃止に合わせたイベント、急行「能登路」復活運転の抱き合わせで、北陸鉄道、あるいは福井鉄道・えちぜんを鉄道訪問をするというツアーがあり、私は前者に外れ後者に当選し、福井鉄道・えちぜん鉄道を訪問しました。



 当日福井駅に集合し、先ず福井鉄道を訪問、午後からえちぜん鉄道を訪問、最後に福井口車庫で撮影会と即売会が行われました。そこでテキ6が並んでおり、職員が動かしてくれました。その際の記録です。



 記録したのは覚えていたのですが、動画はDVが最新だった時代、どのテープに入れたか忘れてしまい、しかも他のイベントのテープの片隅に僅かに残った画像であり、発見までには非常に苦労しました。でも、まだ現役とはいえ、福井鉄道デキ11の動画って、撮り忘れたっけ?残念でした。



 それでは、次回をお楽しみに。

故きを温ねて(Story2)#4

Takq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、北陸からの帰り道です。



 今朝、滞在先を発った私は、先ず高岡へ行きました。高岡城址、古城公園に保存される、C11 217です(写真)。捜索は朝の心地よいウォーキングになりました。ああしんど!



Takq2  続いて、海へ、伏木貨物駅(廃止)へ。いつも列車で行く伏木へ、今回は車で行きました。中の様子は、写真のとおりです(写真)。黒いホッパ貨車、ホム1と書かれた私有貨車が増えていました。どこかの私鉄の貨車のようですが、社紋からは分かりませんでした。



Takq3  一番奥にモーターカーが入っているなあ、と思い近づくと、何と”KINTETSU””115”と書かれています(写真)。線路はJRの狭軌のレール上ですので、南大阪線用か。



 この後、如意の渡しのあった場所に完成した橋を渡ると、対岸は高岡貨物ターミナルでした。付近に2つの貨物駅は不要、ということでしょう。



Takq4  そして、富山へ。富山城址公園には、9600形9628が保存されます(写真)。しかしナンバープレートを喪失しており、遅ればせながら富山市も悪戯対策に乗り出したようです。



Takq5  そして今回の極限、滑川市内の東福寺野自然公園に保存される、D51 260です(写真)。後のログハウス(宿泊施設)が列車風に並んでおり、雰囲気が出ています。しかしナンバーがいただけない。黒地か赤地、せめて緑地位で文字は真鍮の色、できれば砲金製が一番ですよ!



 このまま黒部方面の車輌群も撮りに行きたい気はしましたが、都合により断念。また、砺波市の件もありますし、そのうちに。



Takq6  そして北陸を目指したのも、昨晩無駄遣いして泊まったのも、全てこのため、岐阜県高山市の昭和児童公園に保存されるSL、19648を撮りたかったからです(写真)。以前近辺に来た時に、当てずっぽうに探したため発見できず、個人的には幻にしていた缶です。インターネット地図で割り出せば、一発!丹念な事前調査は、重要です。



Takq7  同機の隣には、キ132が保存されます(写真)。ここは雪国、冬には重要な車輌ですが、現在は美濃太田のDE15が、1輌で関ヶ原と掛け持ちで当たります。



Takq8  そしてかつて幹線道路だった、国道41号を下ります。七宗町上麻生駅前には、「蒸気機関車展示館」があります(写真)。



Takq9  中にはC12 163が入っていますが、今日は開いていません。平日朝10時から午後4時までの間、町役場担当部局に電話すると、職員が開けてくれるようです。しかし相手は仕事中ですので、ご配慮を。



Takq10  そして今回のツアー最後は、美濃加茂市立古井小学校にて保存される、C58 280です(写真)。門は無かったのですが、部外者立入禁止ですので、一応断りは入れてから入りました。流石学校の中だけあって、保存は良い感じですが、正面の缶のハンドルがオリジナルと一緒かどうか、疑問です。札差しには、しっかり「美」(美濃太田機関区)の区名札も入っていました。



 日帰りで終えるはずの今回のツアー、延長戦までしてしまいました。久しぶりに風呂に入り酒をくらっているので、3日分寝てしまおう!誰だ、私を「車上生活者」などと呼ぶのは!



 それでは、次回をお楽しみに。

故きを温ねて(Story2)#3

Tukq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、保存車特集です。



 またしても昨晩愛車で自宅を発ち、車中泊、今朝最初に訪れたのは、敦賀駅近辺にある、C58 212です(写真)。連休シリーズ中間編第1枚目です。



Tukq2  続いては、今庄駅前、今庄総合事務所内にある、D51 481です(写真)。ここまでは悪戯には来ないのか。



Tukq3  続いて、福井鉄道南越線(廃止)村国駅跡近辺にある廃車体、モハ161-1です(写真)。なお同車は、個人の所有です。



Tukq4 同じくモハ161-2が、福井市下馬中央公園に保存されます(写真)。



Tukq5 福井少年運動公園には、D51 607が保存されます(写真)。状態は、まあまあか。



Tukq6 続いて、えちぜん鉄道勝山へ。電動貨車のような機関車、テキ6が、ト68を従えていますが、同車に車籍はありません(写真)。昔にテキ6の動画を撮った記憶があるので、そちらもそのうちに。



Tukq7 そのまま石川県に入り、北陸鉄道の廃止区間、山中温泉の道の駅に、「しらさぎ」6011及び6010の2連が保存されます(写真)。足回りは旧車の再用ですが、セミステンレスのボディが当時注目されました。運用区間廃止後は大井川鉄道で運用に就きましたが、現在は引退し同所で保存されます。



Tukq8  続いて、大聖寺中心街の船着場待合室に、北陸鉄道モハ3751が保存されます(写真)。車内は装飾程度であまり手を加えておらず、かなりオリジナルのまま残っています。



Tukq9  続いて、粟津温泉駅裏にある、石川県小松児童会館には、尾小屋鉄道(廃止)の車両が動態保存されます。今日は、キハ1がお客を乗せ運転されました(写真)。私が到着した時には、既に午前の運転を終えるところだったので、入庫しか動画を撮ることが出来ませんでした。そちらも、またそのうちに。



「1-kiha1.wma」をダウンロード



 先ずは、エグゾーストノートから。かなり大きな音です。





 そして入庫の動画です。今でもなお、生きているんです!



Tukq10  隣にはDL、DC121が保存されます(写真)。これも、動態保存機です。



 なお、来る5月5日に、キハ1及びDC121の双方が運転されるそうです。私は行くことが出来ませんが、時間の都合の付く方は、粟津温泉駅から踏切を渡り徒歩20分弱ですので、是非行かれては如何ですか?ただし、11時半か15時半かのいずれかしか運転されません。



Tukq11  続いて尾小屋鉄道の終点、尾小屋へ。尾小屋鉱山資料館の前には、尾小屋鉄道保存車両が展示されます。最初はSL、No.5(昭和22年立山重工業製)です(写真)。



Tukq12  続いてはキハ3です(写真)。元は他社でキハ1803と名乗っていたところ、同線入線時に他の数字をペンキで塗って、キハ3としたそうです。この後には客車がありました。



 尾小屋鉄道は、最後の軽便鉄道として昭和50年代まで残りました。小松で保存される車両以外、ここに保存された車両は、赤門鉄道研究会所有とされていましたが、今はどうなっているのでしょうか。今日も資料館近辺では、新たなる鉄道アトラクションを設置すべく、ボランティアの人たちが汗を流していました。



Tukq13  続いて、能美市立博物館に保存される、北陸鉄道モハ3761です(写真)。中は北陸鉄道廃止区間のパネル展示が行われていました。



 北陸鉄道も痛みを伴う改革が行われました。廃線は残念ですが、1両でも多く保存車が残るよう、期待したいですね。



Tukq14  続いて、松任青少年宿泊研修センターに保存される、EF70 57です(写真)。485系か、特急塗色を模しているのでしょうが、中途半端でイマイチです。唯一の救いは、ステンレス帯にペンキを塗らなかったことか。正直、あまり見たい姿ではありません。なお、同機の後には客車が2両続き、宿泊施設になっているようです。



Tukq15  松任駅南口には、D51 822が保存されます(写真)。松任駅には金沢総合車両所(旧「松任工場」)のイベントで2回ほど訪れていますが、こんな綺麗なSLが保存されているとは、気付きませんでした。



Tukq16  続いては金沢西部緑地公園にて保存される、D51 522です(写真)。状態は良いですが、キャブにはオリジナルには無い扉が設置されています。



Tukq17  そして今日の最後は、富山県南砺市、福光公園のD51 165です(写真)。まあまあ綺麗ですね。



 最後は砺波のSLでトドメを刺そうと思いましたが、近辺は「チューリップ祭り」で有料施設となっており、費用対効果で断念。そして今日の滞在先に向かいました。



 日帰りで帰るはずが、宿泊になってしまいました。そのため、動画は明日以降です。



 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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