本懐遂げず(前半戦)

Tadq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、”SLみなかみ号”を取材しました。



 いつもどおり昨晩自宅を発ち、未明に関東入り。そして”SLみなかみ号”の出発地点である、高崎を目指しました。



Tadq2  高崎駅ホームで待っていると、昭和29年からSLを撮っているという、撮り鉄の男性(年金生活者)に出会いました。私も年金生活になるまで鉄道を撮り続けることができるか心配ですが、焦りすぎなければ無理でもないか、という気はします。まあ、ぼちぼちと。



 話しているうちに189系国鉄色が去り、続いてSLが。「やった!今年の話題、C61 20だ!」と思ったら、それは浅はかでした。来たのはD51 498、以前も乗っているSLでした。単機で来ており、今日は話題のC61には乗れません。テンションが少し下がってしまいました。まあ、ボイラは同じですから、気を取り直しましょう。



Tadq3  そして今日の仕業が始まるまで、D51は側線で待機します(写真)。機関士たちは、「今日は空転しないように」とか「起動は滑らかに」などと考えているのでしょう。



Tadq4  続いて、12系客車が入線します。動力は、後からプッシュするDE10 1698でした(写真)。DE10、数は減っていますが、後継機はまだ開発中なので、当面は代わりがありません。



Tadq5  客車の方向幕(写真)。今日は終点水上まで、行きます。



 そして客車にD51を連結、間もなく出発しました。



Tadq6  渋川で、長時間停車します。これは普通電車を先行させるための措置です。停車約20分、ちょうど良い撮影タイムになります(写真)。子供の記念撮影が多く、いつまでたっても撮影が出来ない携帯やコンデジを横目に、撮影をしますが、決断が本当にいつまでもつかないのには閉口します。やはり、液晶では構図は決められません。ファインダーで覗けば一瞬、だから一番レフはカメラの完成形なのです。



Tadq7  側面の区名札と運用札(写真)。区名は「高」、運用は真鍮の板にペンキで描かれます。



Tadq8  キャブの中を、覗きました(写真)。普通のSL、と言ってしまえばそれまでですが。左側が機関士席、右側は機関助士席です。



Tadq9  そして水上に到着。駅の中での撮影は上手くいかないことを知っているので、直ちに駅を飛び出して、旧水上機関区跡地へと向かいました。



 既に機関車は客車から切り離され、転車台の目の前に移動していました(写真)。



 そして転車台でSLは転向しました。その動画は、帰宅後に。







 遅くなりましたが、転車台の動画です。左右どちらにも回るのは、初めて見ました。



Tadq10  転車台の全景(写真)。この転車台、回転は一方向だけではなく、左右どちらの方向にも回ります。



Tadq11  そして入換、ピットのある側線に移動(写真)。ここで、出発のための整備を行います。



Tadq12  炭水車の上では、スコップで石炭を前に掻き寄せています(写真)。これをしないと、走っている間に後に寄った石炭を、走行中にくべられなくなります。



Tadq13  そして関節部に潤滑油を注油、機関士はポーカー棒で燃焼室下の揺り格子を突き、残った灰を一気に落とします(写真)。大量の灰が溜まっています。



Tadq14  そして炭水車に給水、命の水が補給されます(写真)。



Tadq15  そして整備終了、折り返しの仕業の準備が整い、機関士たちはやっと昼食にありつけます(写真)。



 私はこれで撮影を終え、帰途に就いた、はずでしたが、今日の撮影に納得できなかったので、明日の”SLみなかみ号”を予約をしました。予定では、明日こそはC61 20が仕業に就くそうなので、今度こそ決めたいと思います。



 そのために今日は全く予定もしていなかった宿泊を決断しました。ああ、夏休みは幾らお金があっても足りないなあ!



 それでは、次回をお楽しみに。

最大のイベント

Haiq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、JR東海浜松工場にて開催された、「新幹線なるほど発見デー」を取材しました。



 昨日も同イベントは行われていたのですが、昨日は既報の通り三岐鉄道のイベントに参加。そのため昨日は行けなかったのですが、今日は三岐鉄道に続けては行かず、JR東海を選択しました。



 昨晩はブログの後にツイッターを書いていたら夜中になってしまい、目が覚めると既に日は高く昇っていました。慌ただしく今日も出発しました。



Haiq2  在来線を乗り継ぎ、JR浜松へ。浜松からはシャトルバスが出ています。それにすぐに乗れ、そのまま場内へ。バスは先ず解体場を通り、乗降ターミナルに入ります。解体場では、300系の解体の真最中です(写真)。パンタカバー、窓の大きさから、間違いありません。残存はこの4月時点で9編成(JR東海所有分のみで)、来年3月改正前にも「さよなら300系」イベントが予想されます。



Haiq3  入口から入り、建屋奥では既にリフティングの最中でした。間もなく終了、タイトルの写真を撮りました。



 そしてその奥へ。今日のイベント準備に大活躍したであろう、モーターカー、左L11、右L9です(写真)。新幹線と同じ位置に新幹線用密着連結器を装備、入換を行ったことが容易に想像できました。ご褒美でしょうか。



Haiq4  その前では、700系C15編成1号車、723-14が、制服記念撮影の場所となっています(写真)。



Haiq5  隣には、N700系Z39編成1号車、783-39が停まります(写真)。これも当選者は運転台が見学できました。



Haiq6  そして隣の屋外の線路には、”ドクターイエロー”923形T4編成が停まります(写真、923-1)。ここが一番混んでいたのか。



Haiq7  中間車、923-4は軌道検測車。922では3台車式でしたが、技術の進歩により中間台車は廃され、レーザー光線の基準からの誤差で軌道を検測します。T5編成(西日本の”ドクターイエロー”、同型)ではその検測機器は日立の製造とのことで、恐らく同編成も装置は日立製でしょう。台車も通常は片側で十分なヨーダンパが、前後両方に装備され、正確な検測が出来る構造のようです(写真)。



Haiq8  反対側、923-7です(写真)。待機室で、実質的には座席車です。”リニア・鉄道館”に展示される、T3編成921-26も同じ位置、同じ座席車です。



Haiq9  建屋の反対側に出ます。先ほどのZ39編成の16号車、784-39です(写真)。Z39編成は、定期入場、とのことです。



Haiq10  その隣には、まだ編成が組み上がっていないZ71編成、784-71が置かれます(写真)。JR東海によると、現在運用に入るのはZ69編成までのようで、同編成は本線試運転を待っています。なお、JR東海新幹線の最初の試運転は、浜松工場から名古屋車両所までで、名古屋から浜松まで戻り、それから営業運転に入ります。



Haiq11  784-71先頭部のアップ(写真)。真中に見えている非常用連結器は、先端部を外し連結します。普段の営業時は、ここにカバーがあります。



Haiq12  隣はC15編成、724-14です(写真)。そのうちこの写真も、300系のように貴重になるのか。



Haiq13  そして入口に戻ります。入口が広いのは、通常はトラバーサが移動する場所で、建屋も何もない場所だったからです。そのトラバーサ(写真)。やはり25メートル級の車体を運搬するので、大型です。トラバーサ乗車体験、というのも思いつきますが、同工場ではトラバーサには「添乗禁止」と書かれ、乗車を禁じていました。



Haiq14  そして工場に戻り、軽食を摂りました。そして移動すると、輪軸が多数並ぶ場所に出ます(写真)。新幹線?と思いましたが、チョークで”Mc119”などと書かれ、大半は在来線車両用の輪軸のようです。





 そして1時間後のリフティングを捉えました。僅か30分で20アクセスありました。





 続いて、シングルアームパンタグラフの動作の様子の動画です。300系のパンタグラフのようです。



Haiq15  N700系のパンタグラフ(写真)。JR西日本500系のように過激なパンタグラフでありませんが、JR東日本E2系と似てきた、というのは気のせいか。





 続いては300系の空調装置、約1.2トンを設置するのに使う、リフターの動作体験です。大人20人分、落とせば顔は潰れ、建物も破損します。そのため油圧で持ち上げる力持ちが必要、その結果移動式の同機が用いられるようです。



Haiq16  「EX-ICお持ちの方はお寄り下さい」と書かれた看板があり、行ってみると、ICカードをかざすだけで抽選が行われ、見事「当たり」を引きました。その結果、当日参加にもかかわらず、写真のZ7編成16号車、784-7(写真)の運転台見学が出来ることとなりました。正直車輌を撮ったらすぐ帰るつもりで、当選した14時半以降という、閉場間際の時間まで待とうかどうか考えましたが、折角の機会でもあり、行くこととしました。



 ちょっと早く待機場所に行くと、「前の人が終わったら、いいですよ。」とのことで、それまでN700系の客室で待ちました。すると、少し早く前の回が終わり、運転台に入ることが出来ました。



Haiq17  運転台は、旅客機のコクピット、といった感じでした(写真)。ただ旅客機は複座ですが。以前入った500系の運転台は、明らかに戦闘機でした(500系は、”The Ganbler”ですから)が、こちらは少し落ち着いています。なお、左のハンドルはマスコン(アクセル)で、加速度が7段選べ、縦軸回転、右のハンドルがブレーキで、横軸回転です。右の2画面が液晶モニター、編成状態を直ちに一覧できるシステム、左の小さい画面が速度計及びATC信号の速度指示器、左側写真外に各種スイッチが多数並びます。



 そして、この撮影を終え、帰途に就きました。



 まあ、やはりJR東海は、ヘビーユーザーは歓迎する、ということでしょう。行って良かったと思います。



 今年は、この時期に行われていた仙台での新幹線イベントが出来なかったのは残念ですが、また状況が許せば、是非開催して欲しいものですね。



 それでは、次回をお楽しみに。

Quatre-Vingts!

Safq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「三岐鉄道80周年感謝まつり」を取材しました。



 今日と明日、JR東海浜松工場でもイベントがあります。実は2日とも重なっており、どちらか一方は断念しなければなりません。そのため、三岐鉄道の貴重な電気機関車を見られる今日を三岐鉄道に、明日をJR東海に充てる予定を立てました。今日一方に行った方は、明日はもう一方に行くことが出来ます。ということで今日は三岐鉄道を目指しました。



Safq2  先ずは自宅を発ち、JR名古屋駅へ。乗るのはJR関西本線普通です(写真、クモハ313 3014始め2両)。



Safq3  そして富田へ。富田は、三岐鉄道とJRとの貨物授受駅です。JR貨物のDD51を狙っていましたが、残念。三岐鉄道の電気機関車、左奥ED453、右手前ED458が、貨物列車の到着を待っています(写真)。ED453は丸っこく、ED458は角張り、同じ形式ながら外観に差があります。なお手前のホームは、かつて三岐鉄道旅客列車が国鉄富田に乗り入れていた頃の旅客ホームで、現在は使用されません。



 そして駅を出て、複雑に入り組んだ道路を通り、近鉄富田を目指しました。



Safq4  そして近鉄富田から、三岐鉄道に乗車し(写真、クモハ106始め2連)、今日のイベント会場、保々を目指します。



Safq5  早速駅から保々車両区に入ります。駅では、電車から降りた客のみに、かき氷、及びたこ焼き又は焼きそばの割引券を配っていました。



 私は先ずは撮影を。今日最大の主役、ED301が、ワム229を従え、撮影位置に停まります(写真)。通常は東藤原のセメント工場内での入換に従事し、めったに外に出ないこの機関車を、これだけ完璧に捉えたのは初めてです。やはりセメントで汚れていますが、いかにも仕事する機関車、という雰囲気です。



Safq6  もう一方の主役、三岐鉄道用として竣工した、ED5082です(写真)。いかにも元東武の機関車の雰囲気です。



Safq7  その後には、マルタイ、モーターカー2両、軌陸ショベルがあります(写真)。バックホウとユンボの区別は、私にはつきません。マルタイは、私が到着して間もなく、見る人がいなかったために機関を停止し、実演を終えてしまいました。続けていれば、動画でも紹介できたのですが。



Safq8  合間に本線を、前ED452、後ED455の重連が、セメントを満載したホキを牽き、富田を目指します(写真)。貨車はその先DD51に引き継がれ、四日市の有名な鉄道開閉橋を通り、四日市港のセメントターミナルに運ばれます。



Safq9  庫内に手前ED459、後ED451が停まります(写真)。ED45は全9両、古い機関車ですが現役です。



Safq10  車輌入換用のトラバーサの上に、洗車体験の850形(元西武新101系)3連が入線します(写真、クハ1751始め3連)。



Safq11  隣の庫内では、ED5081の改造が最終段階を迎え、塗装中の姿がありました(写真)。窓はマスキングされています。



 そして割引券を利用して軽食を摂り、会場を後にしました。



Safq12  続いて、終点西藤原へ。明日のイベント会場です。富田方から、SL102、25トンディーゼル機関車、EL502「いぶき」が並びます(写真)。



Safq13  戻り道、東藤原には、今日は前ED456、後ED454が、非常時に備え待機していました(写真)。



Safq14  その横、出発線では前ED458、後ED453がセメント用タキを従え、出発を待っていました(写真)。



Safq15  次の伊勢治田にはヤードがあり、余剰車の疎開先となっています。秩父鉄道ファンは見たくない、203及び202が処分保留となり、側線で時間が過ぎるのを待っています(写真)。後は部品取り用か、クハ1238(元西武新101系)が並びます。



Safq16  一駅戻り、丹生川には、「貨物鉄道博物館」があります(写真)。毎月第1日曜日(1月は第2日曜日)に開館します。今日は休館日でしたが、屋外に並ぶ車輌は見学可能でした。横にはSL39があり、その後には貨車が多数です。



Safq17  見るべき貨車は多いですが、一番目立つのは、大物車シキ160です(写真)。片側に3軸台車が2つ並ぶ、全部で12輪の巨大な貨車です。運搬時には、中間で分離し、間に挟み込んで運搬します。実は大物車の運搬方式は4つあり、それぞれ形式区分があります。



Safq18  そして更に2駅戻り、大安駅近くの公園には、ED222があります。元信濃電気鉄道(現JR大糸線の一部)の機関車、国有化され国鉄を経て三岐入りした、戦前アメリカのボールドウィン・ウエスティングハウス製の機関車です。製造銘板まで載せる予定でしたが、枚数の関係で割愛しました。しかし窓ガラスは全部割れ、反対側のヘッドライトは外された上に叩き割られ(写真左下に落ちている物体がそうです)、かなり悲惨な状態です。心ない人によって、貴重な資産がスクラップに変わっていきます。



 大安駅前でバス停を見ると、阿下喜行きのバスの便がありました。しかし本数が少なく(一日6本程度)、結局近鉄富田から近鉄で桑名に行き、北勢線西桑名に行き、阿下喜を目指しました。



Safq19  そして阿下喜駅前には、先回同様モニ226があります(写真)。写真を撮って、駆け足で電車に戻りました。



Safq20  現在の運転交替駅、東員は、以前の北大社に代わり北勢線の基地となっています。下りホーム向こうには、モーターカーがトロを従えています(写真)。何だ、普通じゃないか、というのはまだ早い。三岐北勢線は、近鉄内部・八王子線、黒部峡谷鉄道と並ぶ、日本で3つだけとなった特殊狭軌の路線です。線路幅は762ミリ、2フィート6インチであることから「ニブロク」とも呼ばれます。いわゆる「軽便鉄道」で、モータリゼーションの進展で多くが廃止され、残りは3つです。このモーターカーは、その「ニブロク」専用に造られた、特注品なのです。これまで私もうっかりしていましたが、特別な1両なのです。要注目ですね。



 そして途中色々写し、記事1回分ぐらいの内容はありましたが、そのまま帰宅しました。



 今日浜松に行かれた方は、明日は三岐鉄道に行かれては如何でしょうか。



 しかし、これだけ乗っても、三岐鉄道1日フリー乗車券のお陰で、乗車料金千数百円で済み、お得感があります。今日は十分に堪能しました。



 それでは、次回をお楽しみに。

Cento!

Sacq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、JR参宮線で運転された”参宮線全通100周年記念号”を取材しました。



 仕事で新任地に就いて、間もなく4か月。仕事場に元関係者がおり、乗車を薦められた今日の列車。早速乗車すべく、夏期休暇を申請し仕事を休み、今日に備えました。



Sacq2  先ずは名古屋駅へ。駅には海シン(神領車両区)B401編成ほか4連の、快速亀山行きが入線しており(写真)、これに乗車しました。



Sacq3  間もなく名古屋車両区の転車台が見えてきます(写真)。昔はSLも回したのでしょうが、いまはキハ85の方転に使用しています。



Sacq4  今日は全般的に列車が遅れており、亀山では走って乗り換え。列車はキハ11 5の単行、鳥羽行きでした(写真、津で撮影)。



Sacq5  津駅1番線には、伊勢鉄道イセⅢ形イセ101が、四日市への折り返しを待っています(写真)。伊勢鉄道も、各停はそれなりですが、特急「南紀」と、快速「みえ」が通ることから、確実に運賃収入が入り、安定的に運営しているようです。同鉄道の主要株主には、特急「南紀」利用地域である、紀勢地域の市町村も入っています。



Sacq6  そして、参宮線と紀勢本線の分岐駅である、多気に到着。トラブル時の予備車輌を撮影し、乗車列車の到着を待ちます。駅の電光掲示にも、苦労してデータを入れていました(写真)。



Sacq7  4番線向こうに、0キロポストがありました(写真)。元々は亀山から参宮線として伸びてきた同線、多気から紀勢東線が分岐し、和歌山から紀勢西線、新宮から紀勢中線が伸び、紀勢本線が完成したことにより同線に亀山~多気間を組み入れた関係で、起点が亀山から多気に移動、現在の姿になります。



 なお、昨年紀勢本線は全通50周年を迎え、夏休みの時期に記念列車をJR東海が仕立てましたが、運転が平日であったことから、乗車は断念しました。



Sacq8  そうしているうちに、記念列車が入線しました(写真)。中途半端な写真なのは、左手で動画カメラを構えていたからで、そちらはボツ動画になりました。



 乗客は全員下車させられ、車内清掃を。そして一から乗車でしたが、中学生ぐらいの子供が先頭にいた私の横に立ち、次に入りたいというので、私はこの位置で1時間待っていること、皆行列をして後にいることを伝え、行列の最後に行かせました。子供だからといって割り込みを許したら、後に並んだ人々から非難されてしまいます。



 そして、乗車し、列車は発車しました。



Sacq9  田丸で最初の長時間停車をしました。そこで、カメラを持った人々は、下車し撮影しました。下り先頭側の写真(写真、キハ40 3005ほか)。こちら側の記念ヘッドマークは、白ではなく青でした。



Sacq10  最後尾からの写真(写真、キハ48 6812及び3812ほか)。同編成にはタラコ色単色(首都圏色)の前の標準色、朱とクリームのツートンカラーの車輌が充当されています。国鉄時代、キハ40系ではこの塗色は使用されたことは無いのですが、復元塗色ということでリバイバル列車に使用されます。なお、キハ40は海イセ(伊勢車両区)、キハ48の2両は海ミオ(美濃太田車両区)所属の車輌で、美濃太田から伊勢への送り込み回送、また明日以降行われる返却回送が興味ある、というのが皆の話でした。



「SanguKiha40.wma」をダウンロード



 そして添乗音を。最初はエグゾーストノートの録音のつもりでしたが、いつの間にか雑談になってしまいました。約1時間です。



Sacq11  そして終点、鳥羽に到着。ホームでは歓迎の踊りと太鼓が披露されていました。私は慌てて駅を出て、撮影しました(写真、キハ40)。



Sacq12  反対のキハ48(写真)。折り返しの準備をしていました。



Sacq13  この後、同列車の折り返しに乗車しても良かったのですが、結局、先行する快速「みえ」に乗車。多気に先着しました(写真、キハ75 105始め4連)。快速「みえ」は、元はキハ58・キハ65の2連で運転開始、後にキハ85系と同じ足回りのキハ75の2連で置き換え、伊勢神宮の式年遷宮対応で、今年4連化されました。



Sacq14  キハ75運転台後には、記念ステッカーが貼られます(写真)。武豊線の運用に入る同系も、同じと思われます。



Sacq15  紀勢線のクイーンは、他でもない特急「南紀」。丁度特急が多気に停車、一足早く名古屋に向かいました(写真)。使用される車輌はキハ85系で、一時はモノクラス3両まで減車されましたが、今は全列車グリーン車半室のキロハ84が連結されるようになり、利用が増えているようです。





 そして”参宮線全通100周年記念4号”が、多気に入線します。今回は動画カメラだけなので、ミスは少ない方です。



Sacq16  そして折り返し”参宮線全通100周年記念3号”として発車の準備をしています(写真)。本当はインチキですけど、割と合っている感じです。この姿を撮りに、各地からファンが大挙してやって来た位ですから。有名ポイントには、この悪天候の中、多数のファンが構えていました。



 そして、私は帰途に就きました。



Sacq17  帰りは、またしても亀山に出てしまいました。亀山からは、関西線上りと同時に、紀勢線下り普通が発車します(写真、前キハ11 301、後キハ11 111)。



Sacq18  南四日市には、スイッチャーが2台。先ずは、DB25から(写真)。コキ104を牽いています。



Sacq19  次は、DB20です(写真)。小さな内燃機関車も、良いですねえ!



 そして途中色々写真を撮りましたが、次回の取材と重なりそうなので、割愛します。



 まあ、平凡車であったキハ40系に、晴れ姿があったのは良いことではないでしょうか。実はJR東海は、これら国鉄から承継した気動車にまで、キハ85やキハ75と同じカミンズ社製のディーゼル機関を搭載し、統一しています。そのためエグゾーストノートも面白くない、という気もしますが、既存車を有効に活用することも良いことでは?私は良いと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

取材は”Cool”に#6

Na6q1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、名古屋市交です。



 昨日も書いたとおり、昨晩地下鉄桜通線のホームドアは設置が完了しました。どの駅に行ってもホームドアは(使用中かどうかは別として)あるわけですから、良い写真は撮れません。しかし、その中で条件の良いところを探すべく、自宅を出て、地下鉄に乗りました。



Na6q2  始発駅中村区役所なら、発車準備の時間があり、良い場所があると思って期待したのですが、スペースが無く残念。そんな合間に、起点の向こう側にある中村検車区が気になって行ってみました。南側は写真のとおり、3線か4線あり、長さは2編成分あるようで、奥に編成が入っています(写真)。



Na6q3  北側の線路は洗浄線になっており、今池開業時の儀典編成、6108Fが入っています(写真)。画像がRAWでなければ判別不能の、ただの失敗写真でした。



Na6q4  そしてポイントを決めるべく乗車します。その駅からのショット(写真、6151)。桜通の地下にある駅は、ホームが広く移動が大変です(国道19号、左折車線のある道路ですから)。



Na6q5  野並開業時の儀典編成、6118が入線します(写真)。間は省略しましたが、編成が一巡したので移動しました。



Na6q6  そしてこの前の市交職員も言っていた、市営交通資料センターへ行きました(写真)。久屋大通駅、市役所駅、丸の内駅いずれからも少々距離があり、しかも道に迷いましたが、何とか辿り着きました。名古屋市丸の内会館6階です。



Na6q7  入口には、地下鉄開業時に各駅の時計を制御した、マスターとなった時計が展示されます(写真)。振り子式の時計です。



Na6q8  名古屋を模したジオラマです(写真)。本物の電車のマスコンとブレーキでHOゲージ電車を運転できます。今日は上飯田線7000系(勿論、手作り)でした。



Na6q9  後には、3050系の部品を使用した、地下鉄鶴舞線シミュレーターがありました(写真)。駅入線が下り勾配が多く、ブレーキングに苦労しました。やはり、電車の運転は難しいですねえ!



Na6q10  隣には、100形(地下鉄東山線最初の電車)の運転台、市電のマスコンのオープンカットモデル、他部品があります(写真)。



Na6q11  壁にはCTC、地下鉄名城線金山~名古屋港及び金山~新瑞橋間の表示板が、下には中村区役所~中村検車区か、車庫線のCTCがあります(写真)。その右には、各種の貴重な部品があり、後には第3軌条式集電靴、車輪、パンタグラフの集電舟体がありました。



 他鉄道図書、切符、記念式典時の写真などが飾られ、名古屋市の過去を顧みるには良い場所です。定休日は水曜(休日の場合は直近の平日)、年末年始で、朝10時から夕方5時まで開館しています。



Na6q12  そして久屋大通に戻ります。桜通線ホームにはガラスケースで壺と模型が飾られ、何だろうと思いますが、壺は久屋大通の粘土で焼いた壺で、模型は写真のとおり久屋大通駅の立体模型で、中が見通せるよう壁と床が透明プラ板で出来ています(写真)。左下に桜通線、右端に名城線の模型もあります。150分の1で作れば、市販の模型も使えます。



Na6q13  乗った列車は6112F、今池開業時の車輌と思われます(写真、下車時の写真)。1989年(平成元年)日立製、しかし中間車6312は異なります。



Na6q14  同車を含む初期車は、電光掲示が両先頭妻面になく、設置位置は貫通路上ではなく、妻窓上にあります(写真)。JR東海311系と同様です。



Na6q15  しかし6312は、電光掲示が貫通路上にあります(写真)。これは、何故?



Na6q16  6312の製造プレート(写真)。この車輌だけ「日車 1993年」です。つまり当初4両で落成したものが、増結で6300形を挿入、5連になりました。時期的には野並開業時で、野並開業用に落成した編成は、当初から5連で落成しています。6113Fは未確認ですが、6114Fからはそうです。



 そして昨日と同じ野並で釣りを楽しみましたが、釣果無し。ボウズではありませんが、残念でした。



 やはり瞼の6101Fは、今日も現れませんでした。検車には余りに長く、車内が客用に供せないとしか思えません。残念。



 これで名古屋市交ネタは暫くお休みにして、夏休み取材を始めたいと思います。夏休みと来れば、あれですよねえ!



 それでは、次回をお楽しみに。

取材は”Cool”に#5

Na5q1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、名古屋市交モノです。



Na5q2  遂に最後の日を迎えてしまいました。地下鉄桜通線ホームドアは、今夜設置工事完了予定で、来週末にも完成する見込みです。明日には最後となった野並も設置完了で、ホームからの編成写真は撮影不可能になってしまいます。そのため、今日は早く起きようと思ったのですが、昨晩の取材後にイベントで、ドイツ直送生ビールとドイツフードを喰らい、酔いが回ってしまい、今朝はまたしても得意技を。出発から失敗でしたが、なんとか午前中に間に合いました。写真は、2130他が名城線左回り運用に就いている写真です(写真)。



Na5q3  そして今日も野並へ。先日もホームドア工事の警備をしていた警備員さんと再会。「肥えたねえ!」と言われてしまいました。



 間もなく6151他が入線(写真)。先ずは、上々です。



Na5q4  これは確実、6103他が入線(写真)。今日の最若番になってしまうのか?



Na5q5  そうではありませんでした、今日は6102Fはフルに運用に入っていました(写真)。約90分待てばまた戻ってきますが、一発で決めました。フィルム、きちんと写っているかなあ?



Na5q6  そして一巡を確認し、大曽根へ。2121Fが、名古屋港行き運用に就いています(写真)。



Na5q7  続いて、2101Fが入線します(写真)。運転士が写っていないのは、ハイビーム攻撃(AFが動作しなくなる)にタイフォンを鳴らし、臨戦態勢で運転台を飛び出してきたからです。幸いこちらに悪意はないと分かったらしく、何もありませんでしたが、正直撮影者への激しい苛立ちを露わにしていました。地下鉄駅には十分な照明があるのですから、デジカメの感度を上げ、フラッシュは発光禁止にしましょう。コンデジレベルのフラッシュでは、地下鉄撮影には効果が全く無く、しかも運転支障の重大原因(目眩まし)になるので、止めましょう。だからといって、プロ用の大光量フラッシュを焚いたら、あとでどうなっても知りません(「お年玉」は確実です)。



Na5q8  続いて2000系量産初号編成、2102F(平成元年日車)がやって来ます(写真)。



Na5q9  暫くすると、2126F、今年の「ドラゴンズトレイン」が名港線運用に入りました(写真)。今日はナゴヤドームで野球があるらしく、名港線はナゴヤドーム前矢田まで延長運転をしていました。待機時間を短縮し運用を守ると思ったら、1編成間に入れ、折り返しのパターンを10分ずらすようです。



Na5q10  そして再び2101に乗車。2101のプレート(写真)。平成元年日車の製造です。



Na5q11  先回は失敗した電光掲示板(写真)。これは、シャッターを手ブレ限界スピードまで落とさないと、綺麗に写りません。割とLEDの点滅は遅いようです。



Na5q12  そして平安通に行きましたが、今日も釣果無し(写真、312始め4連)。やはり、平日に休むしかないのか(休んでも、運用に入っていなければ意味がありませんが)。



Na5q13  そして午後の運用を見に、再び野並に戻ります。6102Fは、今日最後まで運用に就いているようです(写真)。



Na5q14  最後は、6154Fで(写真)。再び一巡を確認し、明日のロケハンを。まあ、明日以降はどの駅でもホームドアはある訳ですから、同じといえば同じ、でも写しやすい駅、そうではない駅があります。少しその見極めが必要か。



 その際に桜通線の運転を見ていましたが、運転士はATOの動作の確認が中心で、ドア開閉以外は自動化できる雰囲気でした。まあ、ATCの奴隷になってしまうよりは、その方が良いのか。難しい。



 明日名城線を写していると、運転士と喧嘩になりそうで、怖いです。まあ鉄道会社に迷惑をかけない限りは、手出しはしないと思いますが。兎に角、フラッシュと三脚は全面禁止ということで、お願いします。でなければ、撮影そのものが禁止されますよ。



 それでは、次回をお楽しみに。

取材は”Cool”に#4

Na4q1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、再び名古屋市営地下鉄を取材しました。



 地下鉄桜通線のホームドア工事完了まで、あと1週間とされています。完了が1週間後ということであり、それは調整も終了ということであり、工事自体は今週中に終わるものと思われます。その残された時間を有効に活用しようというのが、今回の取材の目的です。



 最寄り駅から新瑞橋へ、名城線2000系2136F2136に乗車しました(写真)。名城線環状化完成用に2004年(平成16年)日車で落成した、2000系最終編成です。



Na4q2  そして桜通線野並へ。同駅は、ホームドア工事が最後まで残った駅です。徳重延長まで終点の駅でした。同駅中村区役所方面ホームに、6000系量産初号編成である、6102F6802始め5連が入線します(写真)。Mi Amore!



Na4q3  同編成徳重側先頭の、6102です(写真)。当然尾灯が点いています。この編成が同駅に戻ってくるまで待とう、そう思いました。



Na4q4  続いて6050系量産先行車、6151F6851始め5連が入線します(写真)。



Na4q5  朝ダイヤから昼ダイヤまでに間引かれた編成は、今日は6118Fでした(写真、6818始め5連)。無駄の無いよう、全照明を切っています。車の教習を受けると分かるのですが、車内が明るいと暗い場所での視認性が下がるので、夜間はバス以外車内照明を切るように教わります。トンネル内も夜と同じなので、運転室は暗くします。



Na4q6  続いて6050系量産初号編成、6152Fがやって来ます(写真、6152)。



Na4q7  暫くすると、6050系最終編成、6154Fが入線します(写真、6154)。今日の釣果は上々です。あと6102Fが戻ってくれば、80点です。



Na4q8  と思っていたら、6102Fが戻る前に、6151Fが戻ってきてしまいました(写真、6151)。順番が入れ替わる訳がないので、朝ダイヤから昼ダイヤに切り替わる際に、中村区役所からも1本間引きしている、ということで、ガックリしてしまいました。これでは60点、及第なるも残念です。



 このまま待っても変わる気配がなかったので、仕方なく野並を後にしました。



Na4q9  そして名城線に乗り換え、大曽根へ。間もなく2000系量産初号編成、2102Fが、名城線左回り運用でやって来ました(写真、2102)。平成元年日車製です。チョッパ制御の東山線5000系最終編成5123F製造が平成2年、VVVFへの転換の時期は、その位の時期です。



Na4q10  続いて2000系最終編成、2136Fがやって来ました(写真)。日車2004年(平成16年)製です。



Na4q11  名城線右回り運用に2131Fが入っていました(写真、2631)。2000年(平成12年)日立製、名城線名古屋大学開業時の新車です。2000系は黄色に紫帯の1000系置き換えで整備され、置き換え後も名城線延伸で増備、同形のまま全線開通を見たため、仕様の違いはあるものの同形で揃っています。名城線は車輌も統一され、ホームドアを整備しやすい路線だと思うのですが、どうでしょうか(合理化に協力してもいいのか、分からないのですが)。



Na4q12  2134F2634始め6連が、名城線右回りの運用に入ります(写真)。2133F同様2004年(平成16年)日立製、この4年間のブランクの間に、ヘッドライトがハロゲンランプからHIDに切り替わりました。なお、従来車のヘッドライトが、検車時に交換された例はありません。



Na4q13  そして上飯田線を撮るべく平安通に行きましたが、今回も7000系は残念でした(写真、名鉄300系311、平安通)。名鉄が遠慮しているのか、それとも他の理由か。



Na4q14  そして最後の望みを託し野並に戻りますが、残念ながら6102Fは戻らず、残念でした(写真、6152F6152)。6050系は名古屋市では最新の系列ですが、4編成という少数のため、ライトはHIDではなく、従来のハロゲンライトで統一されています。



 つまり、名古屋市は「早起きは三文の得」と言っているようです。Try Again!スポ根モノのようです。



 多分今夜にも野並駅にホームドアを搬入し、片側は設置が終わるでしょう。多分乗車利用の多い中村区役所方面が先でしょうが、予断は許しません。明日が、最後のチャンスになりそうです。



 でも、野並の搬入が終わったら、運搬に使った車輌も旅客に戻せるんでしょ!今度こそ6101Fを、是非営業運転で見たいですね。



 それでは、次回をお楽しみに。

ドッキング失敗!

Yorq1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、養老鉄道を取材しました。



 本来ならまたしても名古屋市交の取材になるところでしたが、今日は他社ツアー参加者と逢える気がしたので、予定を変え大垣へ。行き違う樽見鉄道(元「三木鉄道」の軽快気動車)からも確認し、到着。間もなく養老鉄道ホームには、506始め2連、”ラビットカー”復活塗色車輌が、桑名行きで入線します(写真)。



Yorq2  ”ラビットカー”のシンボル、ラビットマークです(写真)。元々は、近鉄南大阪線優等列車の時分維持のため、各停用に高加減速の車輌を投入したのが”ラビットカー”でした。その後車輌の世代交代で支線区に移動、今は近鉄養老線から養老鉄道の車輌になっています。



Yorq3  しかし、今回も全線走破を目指し、先ずは揖斐へ。揖斐行きは511始め3連です(写真)。停止位置の都合で、写真が窮屈です。



Yorq4  揖斐線の運転パターンが40分パターンから60分パターンに変わる途中だったため、往き道の東赤坂で、602始め3連と行き違います(写真)。



Yorq5  大垣から30分弱で終点、揖斐に到着(写真)。この先、谷汲方面へは、バスになります。



Yorq6  線路の終点(写真)。何度も撮りましたが、ここで終わっています。



 数分の停車で折り返し、大垣行きになります。帰りは列車と行き違わず、大垣に戻りました。1時間パターンでは行き違い無しで、20分パターンでは東赤坂、池野の交換設備で行き違います。



Yorq7  大垣駅2番線横には、”0”と書かれたキロポストが立ちます(写真)。揖斐方面の起点のようです。



 その後には線路が多数並びます。元は養老線の貨物授受用の線路でしたが、養老線が貨物を扱わなくなったために、JRの廃車見込み車輌の疎開先となっています。古くは381系を見たことがありますし、最近では113系なども並んでいました。次は、117系、119系の順番です。ああ、一般車の系列が、211系、213系、311系、313系の4種に集約されてしまいます。ただ、既にフラットなステンレスボディも可能なのに、イメージ統一で313系もビード入りで統一されています。そこが、JR東海のこだわりか。



Yorq8  東海道線を、313系2連が通過します。LED方向幕で、手前車輌のナンバーを「クモハ313 1301」と読んでいましたが、帰宅後画像を解析すると、ナンバーは「クモハ313 5301」に見えます。なお、編成番号は、Z1でした。今後、海カキY編成も番号を整理しないと、運用が混乱する気がします。



Yorq9  続いて、一駅桑名寄りの西大垣へ。駅の西側には車庫、東側には養老鉄道本社が建ちます(写真)。約40分居ましたが、あまりの暑さに撮影をする気が萎えてしまい、日影で休んでいました。



Yorq10  間もなく先ほどの”ラビットカー”が、桑名から戻ってきました(写真)。これで一旦大垣まで戻りました。この車輌はこの後帰庫し、洗車後、奥の電留線で他編成と共に撮影会のような並べ方をしていました。



Yorq11  次の桑名行きの合間に、東海道本線にはEF200 15牽引の貨物列車が(写真)。1300t貨物を牽引していたようで、貨車の列は非常に長かったです。



 EF200は、6000kwの出力を誇る日本史上最大出力の機関車でしたが、セノハチ以外でのオーバースペック、地上設備の不足(電気容量不足)のため、少数の製造にとどまり、JR貨物での主力はEF210になっています。



Yorq12  そしてツアー客の到着を大垣で待ちましたが、こちらの時間切れで乗車、桑名へと向かいました。あと1時間待てれば、撮影会に潜り込めそうでしたが、残念でした。



 電車は美濃高田で601始め3連と行き違います(写真)。養老鉄道では、塗色の近鉄ツートンを止め、”ラビットカー”編成を除きマルーン1色(昔の近鉄の塗色)になりました。



Yorq13  大垣~桑名間は1時間パターンから30分パターンに変わる時間で、主要駅で行き違います。



 そして播磨を過ぎると、間もなく桑名です。本線西側には検車時に通る軌間切り替え区間が見えます(写真)。ここで養老鉄道車輌は仮台車に履き替え、モトに牽引され工場に入場します。また、検測時にはここでクワ25が台車を狭軌用に履き替え、電車に牽引され検測します。モワ24は、ここで相方の帰りを待ちます。



Yorq14  そして、終点桑名へ。線路終点が見えます(写真)。なお左側(東側)の線路も養老鉄道の線路で、昔はJR関西線との貨物授受が行われましたが、貨物営業を廃止した今、線路が続いているのか、どうか。



Yorq15  桑名からは、ひねくれてJRに。1番線に、亀山行き快速が入ります(写真)。車輌は海シン(神領車両区)B403+B401の4連で、313系1300番台を名乗っていました。



Yorq16  間もなく、行き違う「快速みえ」キハ75 4連がやって来ます(写真)。貫通路上のライトが無いことから、0,100番台と判ります。



Yorq17  そして、名古屋に戻ります。ホームで構えると、キハ25 4及び104(海ナコ(名古屋車両所)P4編成)が、名古屋車両所に帰庫します。外観は、本当に313系の兄弟、しかし気動車です。



Yorq18  その向こうには、「リニア・鉄道館」に行く時に乗る「あおなみ線」1000系、1607始め4連が見えます(写真)。将来は6連にしたいのか、1400形と1500形はありません。8人兄弟、車止めを外さずに発車したために脱線し、長期入場修理した編成もありましたが、現在は復帰、今後少し気合いを入れ撮りたいですね。



 こんな感じで帰宅しました。



 ドッキングできなかったのは残念ですが、まあ次回もありますから、そのうちに。



 それでは、次回をお楽しみに。ああ、それにしても桜通線が!

取材は”Cool”に#3

Na3q1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、名古屋市交ネタです。



 既報のとおり、名古屋市営地下鉄桜通線では着々とホームドアの建設が進み、残るは2駅となりました。その2駅、どちらにするか悩みましたが、やはり客の多い、かつての終点野並ではなく、客の少ない鶴里へ。ここの所の最若番、6103F6103です(写真)。



Na3q2  今日も運用に入っていました、6000系最終編成、6120F6120です(写真)。



Na3q3  電光掲示に「回送」と出ていたので、どんな列車が来るかと期待すると、先ほどの6103Fが6803を先頭に、前照灯と尾灯以外の全照明を消し、方向幕を赤い「回送」にして通過していきました。方向幕の照明まで消していました。流石、省エネか。



Na3q4  どうもピントが合わない、と思っていると、スイッチがいつの間にかシングルAFに入り、AF-Sになっていました。ダイナミック9点AFに直し、AF-C(動体予測)に切り替え、やっとピントの誤動作が止まりました(写真、6115)。しかし、帰宅して画像チェックするまで、VR(手ブレ防止)が切れているのに気付きませんでした(メタデータに愕然としました)。



Na3q5  続いて6050系量産第1編成、6152Fがやって来ます(写真)。



Na3q6  次は徳重開業儀式編成、6153Fが入線します(写真)。ヘッドマークを掲示している時には、ホームドアなんて気にしていなかった、つかの間の油断でした。



 そして編成一巡を確認して、次の目的地、大曽根に行きました。



Na3q7  名城線右回りに、2132Fが入っていました(写真、2132)。2000系ハロゲンライト最終編成で、この後の2133FからはHIDヘッドランプです。



Na3q8  2124Fが名港線名古屋港行きの運用に就きます(写真)。大曽根始発時に、前面ガラスの汚れを落としていました。新瑞橋にも同様の準備があるようです。



Na3q9  HID初号編成、2133Fが、名城線左回りの運用に入っていました(写真)。今日は、残念ながら最終2136Fを見かけませんでした。



Na3q10  今日は2000系初号編成の2101Fは、左回りの運用に就いていました(写真、2101)。再び乗車しました。



Na3q11  車内には”2101””平成元年 日本車輌”とのプレートが入っています(写真)。北神急行の昭和62年は早いですが、平成元年なら量産型VVVF車も多数現れました。基本的には、平成になってから実用化された技術です。



Na3q12  運転台貫通路上には、電光掲示が(写真)。隅には「平成元年度 快適空間賞」とのステッカーが貼られます。実はシャッタースピードが速く失敗の写真が残り、絞り一杯でスローシャッターの画像を消してしまいました(LED電光掲示はスピードが遅く、手ブレギリギリのシャッタースピードでないと綺麗に写らない)。



Na3q13  桜通線での撮影に納得がいかない私は、再び新瑞橋へ。乗り継ぎで時間があったので、気になっていた、新瑞橋駅東改札口横(改札外)の展示を記録しました。最初は、パンタグラフです(写真)。台座は桜通線のラインカラー、赤になっていますが、3000系か6000系か判別は不可能でした。しかし、東洋電機だけは間違いありませんでした。



Na3q14  横には、車輪が並びます(写真)。左は現在の車輪、右は古い車輪です。車輪には輪心と外側のタイヤ部分が別の金属で出来ていましたが、今は一体型があったり、弾性車輪があったりします。



Na3q15  その右側には、密着小型自動連結器がありました(写真)。自動連結器形、名鉄の機関車による牽引も考えていたのか、名鉄車輌と同形です。



Na3q16  そして信号、入換信号、その他展示があります(写真)。奥のガラスケースには、300形321のプレート他があります。いずれも「非売品」と書かれていました(当たり前か、しかし盗んでネットオークションにかける輩も現れそうで、心配です)。



Na3q17  そして桜通線に戻りました(写真、6153)が、殆ど入れ替わりはありませんでした。



 しかし、同駅で会った若き市交関係者から、重大情報を手に入れました。



 1.鶴舞線新車のN3000系初号編成(日立製のA-train)は、既に名古屋市交日進工場に搬入され、試運転の準備をしていること。



 2.上飯田線7000系7101Fは、現在日進工場に入庫していること(検車(電車の「車検」)は名鉄舞木検修場で行われており、不自然)。



 これから推定すると、同じ日進工場で検車する鶴舞線3000系、3050系、桜通線6000系等の記録すべき編成も、比較用に入庫している可能性が高く、これでは一般客は空振りが続くわけです。まだプレス関係者ならともかく、一部のファンの勝手撮影会のためなら、明らかな威力業務妨害です。多分、「私立難化、公立易化」県の彼奴(鉄道No.1ブログを自認するあの人、平日も毎日フルサイズのブログを書く、職業不詳(分類不能の職業)の人)でしょう。初心者イジメと鉄道会社からのピンハネが得意で、発想は港湾労働者相手と同じなのでしょう。N3000系を最初に載せた奴、そいつがヤクザだ!



 まあ、インチキをしていても、一般客は文句が言えません。早期に正常な状態に戻していただくよう、願うのみです。ただ、個人的には、ホームドア工事完了前に、6101Fと6102Fだけは、何とかして!



 それでは、次回をお楽しみに。

ナローの記憶

Sanp1  皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、三岐鉄道北勢線電化80周年関連イベントを取材しました。



 今日は夏期休暇を取得し、仕事は休み。早速取材に、というところですが、休日モードに入ってしまい、またしても得意技を。出発時にはかなり日が高く、既に暑さは本格的になっていました。正直車で行こうか、と思ったのですが、やはり電車のイベントですから、電車で行くのが礼儀かと思い、困難は予想しながら電車に乗りました。



Sanp2  桑名から北勢線西桑名に行くと、間もなく楚原行きが発車するとのことで、列車の発車を待たせてしまいました。そのため西桑名での記録はなく、1枚目が楚原終着です(写真)。



 このまま駅で30分待ち、阿下喜へ行くことも考えましたが、そうすると第二目的地は最も暑い時間帯になってしまいます。そのため、駅から外に出ました。



Sanp3  予定したルートを歩くこと20分、用水路沿いの雑草の生い茂った未舗装農道に入り、数分で、見えてきました、「ねじり橋」が(写真)。下の用水路・農道と上の線路が斜めにクロスする関係で、コンクリートのアーチがねじれており、「ねじり橋」と呼ばれます。



Sanp4  アップで見ると、アーチを構成するコンクリートブロックが、ねじれて積まれているのが分かります(写真)。これは通称「ねじりまんぼ」と呼ばれる積み方で、上下を斜めにクロスさせるために、このようになっています。



Sanp5  この技術を保存すべく、「土木遺産」に一昨年指定された旨のプレートが設置されています(写真)。



Sanp6  橋の南側から(写真)。ここから10メートル橋に近づいて撮ると、三岐鉄道のホームページのような、鬱蒼とした山中の橋梁のように見えます。確かに右(西桑名方)は切り通しですが、左(阿下喜方)は築堤であり、あと20メートル下がると、左に田んぼが見えてきます。



Sanp7  この場所でのもう一つの目的、「めがね橋」(3連コンクリートアーチ橋)に、西桑名行き列車が差しかかります(写真)。



Sanp8  その列車と楚原で行き違った、阿下喜行きが「めがね橋」を通過します(写真)。車輌は、後3両が「ナローの女王」として有名な200形です。



 200形は、旧三重交通湯の山線(現近鉄湯の山線)が特殊狭軌だった時代に新製された連接車体の新車でしたが、湯の山線改軌で北勢線に転出、現在は電装解除され全車付随車となり、他の電動車を連結しています。他車と比べれば車齢は浅いと思われますが、未だ冷房改造が行われておらず、今後の動向は注目です。



Sanp9  列車が行き過ぎた後、「めがね橋」に近づきます(写真)。3連コンクリートブロックアーチ橋、歴史的な構造物です。これも土木学会の「土木遺産」のプレートが設置されていますが、近くまで寄って撮影することは出来ませんでした。



 そして約20分かけて楚原に戻ります。そして今回の主目的地へと向かいます。



Sanp10  楚原から2駅、終点阿下喜駅横には、モニ226が保存されます(写真)。北勢線から内部・八王子線に移動、引退し解体の危機にあった所、この車輌だけ保存されたのだそうです(他車は用途廃止後、即時解体された)。四日市市内で保存されていた所、縁あって元の北勢線に里帰りしましたが、放置されていた関係で腐食が進んでおり、相当の修復が必要でした。しかし、北勢線電化80周年記念に合わせボランティアによって整備され、外観の修復が写真のとおり終わり、機能も相当修復されました。今後内装も修復する予定だそうです。



 実は、今日午前10時から、阿下喜駅側の会場で「北勢線電化80周年記念祝賀会」が開かれていましたが、得意技と昼の寄り道で終わってしまいました。既に会場は片付けモードになっていました。



Sanp11  反対側の様子(写真)。先ほどの写真側が荷物室で、片側に客用ドアが3つありました。



Sanp12  北勢線電車を模した電動の乗り物が、後にありました(写真)。この手前には軌道自転車がありました。



Sanp13  電車の後には、活動の拠点である「軽便鉄道博物館」があり、収蔵品の収納、他各種展示がありました(写真)。前には腕木式信号機が立ちます。



Sanp14  ちょっと運転台を覗きます(写真)。戦前の電車の運転台です。しかし、客用シートは無く、車内は今後整備する、とのことです。



 半鋼製電車ということで、雨の溜まり方によって金属外板も木材も傷んでおり、以前見た時にはかなり傷んでいるなあ、と思っていましたが、外観だけでもここまで修復したのは、相当の苦労があったのだろうなあ、と思いました。



 なお、ライトがシールドビーム2灯(通称「ブタ鼻」)になっていたのを、一方は旧式大型ライトに復元した、とのことでした。



 このまま整備を進め、車内も見学できるようになると、もっと良いですね。今後に期待します。



Sanp15  駅寄りには、SL時代の転車台を移設した、とのことです(写真)。これも良い感じですね。そして、帰りの電車に乗りました。



Sanp16  戻り道、北大社信号場を撮りました(写真)。右が本線、左の分岐は、そのまま車庫・工場へと繋がっています。



Sanp17  そして終点、西桑名に戻りました(写真、200形202始め4連)。少し早い気はしましたが、そのまま帰宅しました。



 日本では3路線だけとなった、特殊狭軌(762ミリ、2フィート6インチ)の路線。このまま各種の資産と共に、永く続くように心から願っています。皆さんも、是非乗ってみては如何でしょうか。



 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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