Bullet Train(Story2)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、再び新幹線を取材しました。



 今年の3月ダイヤ改正で、100系と300系が運用を離脱する、というのは皆知るところです。先日の九州行きで100系の取材は終えているので、出来れば300系を取材したい。財布と相談すると、「豊橋往復きっぷ」に、新幹線利用券を使うと丁度良いということが分かり、その予定で、昨晩床につきました。



 そして今朝は8時40分の下り「ひかり」を見て、11時58分の上り「こだま」に乗車する予定でしたが、昨晩未明まで続いた投稿で、一応目覚ましは鳴りましたが、自分で二つとも止めてしまい、結局得意技をかましてしまいました。そのまま午後まで寝てしまおうとも思いましたが、「まだ間に合う!」と自分に言い聞かせ、床を出て出発。最寄り駅から名古屋駅まで向かいました。



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 幸い、まだ手を打てる時間であったので、朝の「ひかり」には間に合いませんが、真昼の「こだま」には十分間に合いました。名古屋駅で「新幹線利用券」を購入、新幹線改札を通ります。



 15番線には、間もなく予定の列車「こだま650号」がやって来ます。乗車位置にも、表示がされます(写真)。



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 電光掲示も、間もなくの到着を案内します(写真)。



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 そして322-3008始め16連、福ハカF8編成が、定時に入線(写真)。予定通り、300系です。しかし露出がヘッドライトに合ってしまい、RAWでなければ100%ボツでした。



 乗車すると、間もなく発車です。



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 禁煙自由席車で最も東京寄りは、14号車。しかし後のことを考え、13号車に陣取りました。



 その13号車、326-3508の車内の様子(写真)。JR東海のJ編成ではシートはもう少しベージュっぽい色であった記憶がありますが、F編成(JR西日本)はグレーです。



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 窓の様子(写真)。300系は割と大きく、700系になると少し小さくなり、N700系では更に小さくなりました。比較用写真を撮れば良かったのですが、気付くのが遅れました。



「326-3508.wma」をダウンロード



 同編成の、名古屋~三河安城間の添乗音です。案内放送はJR西日本の「いい日旅立ち」で、完全にJR西日本のものです。また、VVVFも初期のもので、音の違いを感じます。約10分です。



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 途中、三河安城で3分程停車とのこと。撮影を、豊橋とどちらにしようか考えていましたが、三河安城で下車することとしました。



 そして鞄をホームに置いて、ダッシュ!ダッシュ!階段を下り、反対ホームに駆け上がり、その端へ。息を切らして行った先には、見えました!322-3008が!(写真)。可能なら編成写真を、と思いましたが、それは角度的に無理でした。



 次回があるなら、前もってホームに立つ、という方法も思いつきますが、それは三河安城以外の駅にした方が良いと思います。



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 同編成15号車、329-3508の方向幕(写真)。これ自体は700系でも残りますが、だんだん貴重になります。



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 そして323-3008を末尾に、東京へと過ぎ去ります。16両は、やはり「長い!」



 元のホームに戻ると、駅員が「あの鞄、お客さんのですか?」と尋ねるので、「はい。」と答えます。忘れ物と思われていたようです。やはり、誰のものか分からない荷物は、爆発物ではないかと誰もが心配になります。



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 反対側下りホームには、700系C52編成が入線します(写真)。写真を見れば分かるように、名古屋方に向け上り勾配のある区間に、レベルで駅を作ったので、東京方からは段差を登ってから駅に入ります。名古屋方には段差はありません。



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 そして30分後、後続の名古屋発「こだま652号」は、福ハカB12編成でした(写真)。JR西日本の車両が、JR東海管内のみで使用されます。



 十数分乗ると、切符の終点、豊橋です。



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 帰りは、在来線で。もう少し豊橋に滞在しても良かったのですが、投稿のことで頭が一杯であり、次の快速で帰ることとしました。



 駅を出ると、進行方向右手に飯田線の基地、旧豊橋機関区があります(写真)。119系とも、お別れの時がやって来ました。改正後は主に213系(5000番台)、及び313系が使用されるとのことで、213系はここ数年間にトイレ設置改造が進められてきました。一気に置き換えは難しいらしく、少しずつ取り替えるようです。



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 そして飯田線のクイーン、特急「ワイドビュー伊那路」用373系、F14編成(写真はクモハ373 14)が待機します。現在の定期運用は「伊那路」と「ふじかわ」のみ、身延線不通で「ふじかわ」は運休中、使わない車両は一体どうなっているのでしょう。



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 そして、謎の場所は、大府~共和間にあります。写真のようにロータリーが線路の両側にあり、駅が出来るかのようです(写真)。この場所に、JRは駅を設置するのでしょうか。



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 快速を、金山で降りました(写真、クハ312 5009始め6連(海カキY109編成))。記念すべき、V1初の投稿写真です。



 V1は、ファインダーを覗くと自動的に液晶画面が消え、良く出来たカメラです。しかし、コネクターが標準のUSB-ミニBコネクターではなく、ニコンのコンデジと同じコネクターであるのがいただけない。デジ一のサブに使う人からは、絶対にそこは指摘されるでしょう。J1がミニBコネクターであるだけに、余計惜しい。



 300系、特に深い思い入れがあるわけではないので、徹底的に行こうとまでは思っていませんが、やはり発車の動画は撮りたいです。財布と相談しながら、良い方法を考えたいと思います。



 なお、JR東海所有のJ編成は、定期列車から運用を離脱し、記念列車にのみ使用されます。明日以降行っても、普通の方法では撮れません。記念列車を狙って行くか、JR西日本のF編成で満足するか、どちらかしかありません。正直、もう遅いですよ!



 それでは、次回をお楽しみに。

大人です!

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「めいてつ・大人の社会勉強in舞木検車場」を取材しました。



 今までは抽選という抽選に全部外れていましたが、今年になってからは、「カメラバッグ」に「消えた轍」10冊揃い、そして今回の「大人の社会勉強」と、3回も当たりくじに当たりました。年賀状は末等も当たらない悲劇に見舞われましたが、ちょっと最近ツいています。宝くじでも買った方が良いのでしょうか。



 そんな今日、朝早くから家を出て、今日のイベントの集合場所である、本宿に向かいました。



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 先ずは、受付を。当選はがき、事前購入したイベントチケットを提出し、班分けの札をもらいます。その横には、今日のイベント列車用の系統版が展示されています(写真)。



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 そして行列し、ホームに上がります。本宿駅1番線には、専用列車「団体」、3533Fが入ります(写真)。撮影タイムの後ドア閉、今日の会場の舞木検車場へと向かいます。



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 先ずは管理棟2階の食堂へ通されます。説明の後名鉄検定を受験、外に出て班毎に行動すべく分かれます。その移動の間に、管理棟エントランスに展示される、末期の鳴海工場のNゲージ模型、及び名鉄のNゲージ模型を撮りました(写真)。下段は、他社車両の鉄道おもちゃが並びます。



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 3533Fの横には、現在は牽引車として働くデキ303が、トラ(車番不明)を従えています(写真)。横には、脱線時用の救援車、黒いワムが2両並びます。



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 私たちは、先ほどの3533Fに戻り、車内放送体験を。予め例文が二つ用意され(写真)、それを読み上げるのですが、それに飽き足らない人は、オリジナルの放送をしていました。名鉄の社員の制帽をかぶるので、雰囲気は出ています。



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 続いて、展示車両に移動します。クレーのテニスコート跡地に3両の保存車が並びます。最初は、”パノラマDX”8803の前頭部です(写真)。



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 同車の運転台(写真)。2階展望席の下の運転台で、狭いと思っていましたが、それほどではありませんでした。



 なお、中央部後方にはドアがあり、展望席に入ることが出来ますが、部品が置かれていたようでした。



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 続いてはモ3401、通称「いもむし」です(写真)。戦前の高速電車、「なまず」共々流線型電車として長く残り、旧式車置き換え用の6000系がデビューするも同編成は残り、還暦を迎え「エバーグリーン賞」も貰いましたが、時代の波には勝てず引退、同車のみ静態保存されます。正面が曲面ガラスに変わり、冷改されたところはデビュー時とは異なりますが、オリジナルの感じは出ています。



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 車内の様子(写真)。ブルーのモケットは、他の車両と異なります。しかし、戦前の高速電車の感じは残っています。



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 運転台の様子(写真)。簡単な運転台で、計器類も少なく、速度計もありません。しかし運転士OB曰く「感じで分かります」とのこと。



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 そしてこれは前頭部のみ、5500系5517です(写真)。デビュー当初の塗色、末期に同編成が塗り戻され、これのみ残ります。



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 続いては、7000系展示に移動。7001が、デビュー当初の”Phoenix”マークのみの姿に復元されています(写真)。



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 相方の7002は、電動の逆富士形行先表示器付きです(写真)。同車は、中に入れます。



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 通常は側面の階段から出入りしますが、小田急NSEのように客室からも入ることが出来ます。その梯子が用意されます(写真)。前面展望の車両の形態は、確かに今も残ります。



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 そして梯子を登ると、運転台が見えます(写真)。座りたかったのですが、時間の都合で駄目でした。どうしても運転台に座りたい人は、中京競馬場の保存車で座ってください。



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 横には「リニモ」の原型、”HSST”右001、左002が展示されます(写真)。





 時間があったので、合間に動画カメラを使用していると、7001が回転灯を回し、ミュージックホーンを鳴らしていたので、動画で録りました。ICレコーダーでも録ろうと思ったものの、暫く使わない間に電池が消耗し作動せず。残念でした。まあ、名鉄のホームページには7000系のミュージックホーンが登録されているので、そちらでどうぞ。



 続いて、工場見学が行われましたが、今日は展示のための作業ではなく、通常作業が行われていたため、撮影は禁止でした。規模は大体近鉄の五位堂工場の半分程度、車体吊り上げクレーンが1台で、同時に10両の整備が可能とのこと。関東で言えば、恐らく関東最大の東武南栗橋の3分の1程度の規模です。



 場内はそれに見合った規模の施設があり、平成になってから建設された新工場で、近代化、自動化が進んでいました。



 しかし、何故そんな休日を返上して作業をしていたのか。それは地下鉄鶴舞線乗り入れ用車両の100系、111FがVVVF化改造を行っており、車両整備10両スペースのうち4両分を使用しており、その関係で忙しかったようです。



 そして見学を終え、管理棟食堂に戻り、検定試験優秀者を表彰しました。



 そして、来た列車に再び乗り、本宿に移動、解散しました。



 舞木のイベントは通常子供同伴で、事前申し込みが必要、そのため子供のいない私には縁遠いイベントであり(他所から子供を借りて参加する人がいる、と言ったら職員が噴き出していました)、なかなか行くことが出来ませんでしたが、今回こういう形で見学でき、良かったと思います。次回があるなら、是非参加したいと思います。



 解散は午後1時、午後の部と入れ替えで、まだ十分に時間があったものの、国府、豊川稲荷、美合、東岡崎でカードを貰い、「さあ、中京競馬場へ、行くぞ!」と思った矢先に、人身事故が起き、名鉄名古屋本線、他主要各線が完全停止、途中でどこにも行けなくなってしまいました。4時を過ぎれば競馬場は終わりですので、仕方なく代行輸送のJRに乗り、明日の個人的用事をこなしました。



 100系もVVVF改造を開始しました。全編成がそうなるには時間がかかりますが、今後そうする意向でしょう。それなら、今の名鉄の状況から考えても、瀬戸線を全部4000系置き換え、というのも苦しいのでは。6032Fは解体されましたが、まだ遅くはない、瀬戸線だけでも6000系をVVVF改造する、というのはどうでしょう。確かに、新車の方が整備は楽なのは分かりますが、再考の余地があるのでは?



 それでは、次回をお楽しみに。

Bullet Train(延長戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、先回の残り、博多から帰宅までです。



 熊本で「つばめ」に乗り換え、博多に到着。切符の都合上、博多から「のぞみ」に乗ります(写真)。JR東海所属、Z31編成です。



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 新鳥栖からの長いトンネルを抜けると、そこは銀世界。福岡は日本海側である、ということと強く感じさせる風景でした。右にJR西日本博多総合車両所(「福ハカ」、元の「幹ハカ」)を見ると、左には博多南駅があります。雪が積もり動かない500系W1編成が印象的でしたが、残念、シャッターチャンスを逃しました。



 そして鹿児島本線と合流すると、左手にJR九州南福岡電車区(「本ミフ」)が見えてきます(写真)。写真中央は、気動車「アクアライナー」の、生き残りの1両です(写真)。



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 そして車庫の端にはDE10、原色切り抜き文字の1638号機、及び黒く塗装を改めた1753号機が写っています。



 間もなく博多到着です。



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 博多駅11番線の向こうには、在来線が見えます。丁度キハ72系「ゆふいんの森Ⅱ世」が、入線しました(写真)。アンケートで「乗りたい列車」に必ずランクインする列車です。JR九州のサービスは隅々まで行き届いているので、リピーターが増えているのです。それは単に水戸岡デザインといった、ハード面だけではありません。やはり、長距離(長時間)鉄道で旅行するには、サハシ787のような息抜きと供食が出来る場所があると、じっと座っているだけにならず、良いと思うのですが。



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 小倉を過ぎると、すぐに山岳トンネル、と思いきやそれは新関門トンネルで、出口は本州、すぐに新下関です。



 雪は消え、瀬戸内の温暖な地域を走ります。新山口(旧称「小郡」)は、かつて東西に転車台と扇形庫がありましたが、今は東側のみ残ります(写真)。以前はこの場所に、検測用のキヤ191系が留置されていましたが、キヤ141系のデビューに伴い、廃車されました。



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 同駅にもDE10、1514があります(写真)。原色、切り抜き文字です。



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 広島を過ぎると、間もなくJR貨物広島車両所、EF67が多数待機します(写真)。0番台(EF60改造)には、西条方(写真左側)にデッキがあり、100番台(EF65改造)にはそれがありません。EF65も廃車される今、代替機はどうするのでしょうか。関門EH500を延長するのでしょうか。なお、背景は「マツダスタジアム」です。



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 そして岡山が近づくと、先ずは新幹線の電留線があり、続いて在来線の岡山電車区(「岡オカ」)があります。現在車両の単色化が進むJR西日本、117系も岡山地区では黄色く塗っていますが、まだ「サンライナー」塗色も残っていました(写真)。



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 続いてJR貨物岡山機関区、でしたが、上り線のため下り線が支障し良い写真が撮れませんでした。その東側には、瀬戸大橋線(旧称「宇野線」)が走ります(写真)。写真右側は岡山機関区です。複線準備は出来ているようですが、着手には色々な法的手続きが必要なようです。



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 そして夕日の京阪神を走り、帰ってきました(写真、Z31編成)。



 そして日没を迎えたので、私はカメラをしまいました。



 これで一応は帰宅ですが、昨日午前中の鹿児島市電訪問の記録が、未整理です。これもまた、そのうちに。



 それでは、次回をお楽しみに。

Bullet Train(後半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、新幹線後半戦です。



 昨日は、博多でS12編成に乗ったところで記事が終わっていますが、同編成は昨日「みずほ605号」の運用に就いており、そのまま熊本ワンストップで鹿児島中央へ。そのまま投宿、投稿し、朝を迎えました。



 今朝はゆっくり起きましたが、それでも出発予定には早い。今朝は結局鹿児島市電を取材しましたが、載せると長くなるので、次回以降にしたいと思います。



 そして今日の出発地、鹿児島中央へ(写真)。注意して見ると、黒くなった部分に「鹿児島中央駅」と書かれ、その上に架線の終端が見えますが、その部分が新幹線ホームで、在来線と直角に交わっています。これは、在来線が山地を避け回り込んでいるのに対し、新幹線はその山地に直接トンネルを刳り貫いているからです。



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 発車時間が近づいてきたので、2階のコンコースに上がり、3階新幹線ホームへ。ここが新幹線の終点です(写真)。



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 南から11番、12番となっており、島式2面4線になっています。左13番線にはR6編成、右12番線にはR1編成が入ります(写真)。



 11番線の、新大阪行き「さくら」の近辺が、マスコミ関係者で騒がしいなあ、と思ったら、6号車グリーン席付近にはSPが数人立っています。昨日政治家が鹿児島に来ていたので、その帰京の列車だったようです。



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 そして私は博多行き「さくら」に乗ります。鹿児島中央発「つばめ」は、朝と晩に1本ずつしかないため、昼間の場合は合わせ技しかありません。



 間もなく川内、という場所で、左手に車庫が見えてきます(写真)。これが部分開業当時の「幹セイ」、川内車両基地で、現在は熊本(「幹クマ」)の派出所になっています。鹿児島中央が手狭で、構造的に車庫が設けられない関係で、車両基地がこの場所に設けられました。



 部分開業当時、毎年この基地で新幹線イベントが行われており、全面開業前に是非行きたいと思っていましたが、残念ながら間に合いませんでした。



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 そして一駅目、川内です(写真)。薩摩川内市の中心駅です。



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 続いて出水近くには、「肥薩おれんじ鉄道」の気動車が多数並びます(写真)。同鉄道はJR当時から電化路線を引き継ぎましたが、営業車両は全て気動車、架線は一日数本のJR貨物の列車しか使用しません。余剰寝台車でクルーズトレイン、というのは無理でしょうか。



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 そして二駅目、出水です(写真)。



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 次は、新水俣です(写真)。上りは緩急併合が可能な構造となっていますが、施設はまだ使用されていないようです。



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 その次は、部分開業当時の暫定起点駅、新八代です(写真)。



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 同駅の下りホーム(写真)。以前は下りホームのみ使用し、その反対側には特急「リレーつばめ」が入線し、対面ホームで乗り換えが可能でしたが、現在は「リレーつばめ」側は使用されません。最終的には、下り緩急併合駅になるのでしょうが、まだ未完成です。



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 その熊本側には鹿児島本線からの乗り入れの線路があり、同時に新在直通可能な「フリーゲージトレイン」の試験線となっていましたが、その施設は使用を停止したようです。途中に柵がしてあります(写真)。フリーゲージトレインは二次試作車が製造されていますが、軸重が重すぎ、まだ実用化の目処が立っていません。



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 そして右手には、JR九州熊本総合車両所、「幹クマ」が見えてきます(写真)。JR九州所属新幹線車両の整備工場でもあり、大規模な施設です。



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 そして、熊本に到着(写真)。在来線熊本運転所跡地に建設されました(熊本運転所は移転)。島式2面4線の駅です。



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 熊本の次は、新玉名(写真)。在来線接続はありません。難所、田原坂を避けたのでしょう。



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 続いて、新大牟田に到着(写真)。ここも接続なし、西鉄を避けたのか。



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 次は、筑後船小屋です(写真)。ここは、在来線船小屋駅を移転しました。



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 その次は、久留米です(写真)。西鉄が接続しないから、だけではなく、久大本線も接続するからです。



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 次は、新鳥栖です(写真)。ここも2面4線、単に長崎本線接続のみならず、最終的には九州新幹線長崎ルートの分岐駅になる予定駅で、分岐線の準備工も施されています。



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 そして800系「つばめ」U002編成は、博多駅16番線に入線します(写真)。折り返しは「さくら」で、800系「つばめ」のLED方向幕は撮れませんでした。



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 博多駅に行ったら、やはり11番線を見なければなりません。博多折り返し九州新幹線専用ホームで、8両分しかホームがありません。その先には、終端表示があり、行き止まりになっています(写真)。これで、九州新幹線の全駅に停車しました。



 そして、帰途に就きました。



 今朝の鹿児島市電ネタも、博多から「のぞみ」に乗った後のネタもありますが、これだけで十分に長いので、また次回以降にしたいと思います。



 開業から乗車まで一年かかってしまいましたが、やっと乗車することが出来、嬉しく思います。皆さんも、一度乗車されてみては如何でしょうか。



 それでは、次回をお楽しみに。

Bullet Train(前半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、新幹線の特集です。



 現在、東京~博多間の「のぞみ」は全てN700系で、本年3月改正で定期「のぞみ」は全てN700系に置き換えます。一方、300系、及び山陽での100系は全車引退、全て500系以降の車両となります。そのため、今回は九州と引退新幹線、双方の課題を解決すべく計画を立てました。正月から準備をして、予定では来週行くつもりだったのですが、25日は別の行事に当選したので、まあいいやと一週間早め、今朝出発しました。



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 自宅から名古屋へ、そして「のぞみ」へ(写真、博多での撮影)。東海道・山陽新幹線の「のぞみ」は、N700系、JR東海はZ編成、JR西日本はN編成です。乗車はZ16でしたが、写真はZ1のようです。



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 先ずは300系を撮ろうと思い、朝から出掛けていたのですが、300系最後の2往復のうちの一つ、昼の新大阪発東京行き「こだま」は、今日の天候が原因か、急遽700系B13編成(JR西日本所有編成)が代走に入ってしまいました(写真)。多くのファンが、がっかりしていました。



 そしてこの撮影の後、立ち食い「きしめん」を昼食としました。名古屋では、「そば」でもなく、「うどん」でもなく、「きしめん」ですよ!



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 今日のダイヤの乱れの原因は、滋賀県地方の降雪が原因で、徐行していたからとのこと。米原は晴れで、「どこが?」と思っていると、彦根を過ぎた辺りから、一面銀世界になっていました(写真)。これが原因で、京都到着が9分遅れました。安全のためですので、やむを得ません。



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 そして新大阪でJR西日本に9分遅れで引き継がれ、岡山では7分、広島では4分まで詰めていました。間もなく広島、といえば名物はセノハチ、後補機(「押太郎」とする案もあったらしい)EF67、100番台が出発を待っています(写真)。広島球団の本拠地、「マツダスタジアム」も後に写っています。



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 そして日没後、博多に到着。N700系7000番台S8編成が、「ひかり」運用に就きます(写真)。側面のLED方向幕も赤くなっており、まさに「ひかり」です。



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 間もなく反対側に「みずほ」新大阪行きが入線します(写真)。N700系8000番台R6編成(JR九州所有)が運用に就きます。



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 側面のLED方向幕は、オレンジです(写真)。多くは、語りません。



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 続いて100系、K53編成が入線します(写真)。「こだま」です。これも、今回の2番目の目的でした。



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 フルカラーではないLED方向幕は、「こだま 岡山行」を表示します。いつのまにか、100系4連(P編成)も無くなり、6連だけになりました。この6連も、この3月に運用が消滅します。



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 続いてN700系の方向幕、「さくら」です(写真)。その名のとおりピンクです。



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 博多駅中心には、「東京起点1069K100M」という表記があります(写真)。一日に往復2000キロ、100系といい、300系といい、傷みは想像以上なのか。



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 まもなく「つばめ」が入線し、折り返し「さくら」の運用に就きます(写真)。800系U001編成でした。



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 側面のフルカラーではないLED方向幕(写真)。そのまんまです。



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 U001編成、折り返し出発の準備が整い、ヘッドライトが点灯しました(写真)。間もなく、出発です。



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 800系の側面のロゴ(写真)。元は「つばめ」専用だったものの、「さくら」にも運用されることとなり、「つばめ」は消えました。



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 一方N700系の「つばめ」もあります。遠くに見えた「つばめ」のフルカラーLED方向幕、水色で、「こだま」とも異なります。



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 そしてN700系7000番台S12編成が入線します(写真)。これに乗車し、今日の滞在先に向かいました。とすると、今回の遠征の最大の目的が分かるでしょうか。



 震災があり、全て予定が狂ってしまいましたが、1年経ったこともあり、そろそろ仕切り直し、というところか。皆さんも、機会があったら是非ご乗車されると良いと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

Latitude 35 Degree North

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も思い出写真集、加悦鉄道関連です。



 加悦鉄道関連は、昨年2度訪問しているのですが、その際は加悦SL広場に関する情報が多く、なかなか関連施設まで手が回りませんでした。今回はその関連施設がネタです。



 最初は加悦鉄道と宮津線の接続駅、現北近畿タンゴ鉄道「野田川」駅です(写真)。



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 同駅の旧称は「丹後山田」、KTRに移管されるときに改称しました。同駅には「丹後山田駅資料室」があります(写真)。



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 資料室左手には木製およびホーローの駅名票、他写真等が保存されます(写真)。



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 右側には、最盛期の丹後山田駅のジオラマがあります(写真)。サイズはNゲージと思われ、スケールは150分の1です。



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 同駅改札から見た駅のホーム(写真)。ホームの向こうに島式ホームがあります。その奥の草原は、加悦鉄道の駅およびヤードの跡です。



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 同駅北東側には写真のような施設があり(写真)、かつては貨物駅だったようですが、現在は保線基地として使用されます。



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 同駅から南方に行った先に、与謝野町加悦庁舎があり、その前には旧加悦駅を移築した「加悦鉄道資料館」があります(写真)。かつては加悦庁舎の位置にあったそうですが、現在は180度回転し移築されました。



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 同館入口(写真)。駅名票を模した看板があり、横には昔懐かしいポストがあります。中に入ります。



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 最初の部屋は旧待合室。C57 189の赤ナンバーが飾られます(写真)。



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 奥が改札、ホームにつながる位置でした(現在は180度回転しているため反対側になる)。右手には出札、手荷物窓口跡が残り、大きな掛け時計があります(写真)。



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 事務室跡も資料室になっています(写真)。信号、転轍機、タブレット閉塞の機械、その他多数展示されます。



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 入口右手には、車両の座席があります(写真)。背ズリにクッションがない、3等車の座席です。



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 同館の道を挟んだ反対側に、サイクリングロードがあります(写真)。これが加悦鉄道廃線跡で、加悦庁舎裏側に回り込んで終わっています。



 先月から今月にかけての2度の大雪で、あちらもきっと雪が降り積もり、KTRも運行が大変でしょう。そんな思いを馳せながら、今回は終わりたいと思います。



 今週は風邪で取材に行けず、残念でした。来週は、一年来の懸案、開業1周年で仕切り直しを狙う、あの線に行きたいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

米沢で会った男性

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は思い出写真集、米坂線を中心にお届けします。



 米坂線は旧式気動車の使用が多く、一部は国鉄色に塗り戻されファンを喜ばせていました。写真はキハ28 2371、相方はキハ58 1022です(写真)。平成19年1月の撮影です。



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 それから2シーズン後の平成20年12月、私は再び米坂線乗車のため、米沢に行きました。そこで、「寿郎」という男性に出会いました。この日はちょうど金曜日、新津運輸区唯一のキハ48が入線しているとのことで、その男性は来たのだそうです。その横には”East i-D”、キヤE193系が入線していました(写真、キクヤE193 1始め3連)。



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 同車は、新潟鐵工所最後の新車でした。製造銘板は「新潟鉄工所 平成14年」になっています(写真)。以降製造した車両は、「新潟トランシス」になります。



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 側面のロゴ(写真)。同車は気動車なので”East i-D”、電車版の”East i-E”(E491系)もあり、新幹線用”East i”と併せ、3兄弟になっています。



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 反対側の様子(写真、キヤE193 1ほか)。これだけで十分に幸運でした。



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 4番線には、国鉄色のキハ52 127が、新潟色のキハ40 502とともに停まります(写真)。



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 側線には予備車でしょう、同じく国鉄色のキハ52 137が、新新潟色のキハ47 516とともに停まります(写真)。



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 2番線では、当時まだ存命だった400系、仙カタ(山形電車区)L1編成が、東京に向け出発準備中です(写真)。



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 続いて、1番線下り「つばさ」L8編成、2番線上り「つばさ」L12編成が、共に発車時刻を待っています(写真)。L12は、確か最終編成では?



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 そしてお目当てのキハ48(今でいう”KIHA48”)523番が、キハ52 123と共に5番線に入線します(写真)。新新潟色です。



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 その車内の様子(写真)。セミクロスシートです。



 そして私は同車に乗り、坂町を目指しました。



 私はこの日、「寿郎」さんにより、これだけの幸運に恵まれました。



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 しかし、幸運はこれだけではありませんでした。



 翌土曜日、新潟から上越線に乗車、水上に来ると、「あっ!」間もなく2度目の引退をする「ムーミン」EF55 1が、転車台に載り方転、折り返しを待っていました(写真)。古くは「カバ」と呼ばれた同機、現在は静態保存です。



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 続いて高崎では、上信電鉄ED316にを写せました(写真)。



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 そして静岡県内で夜を明かし、翌日曜日は岳南のイベントに参加しました。静態保存される、ED29 1です(写真)。



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 続いて岳南主力のED402(茶色)と、ED403(赤白)の重連で貨物を牽き、比奈に入線(写真)。直ちに切り離され、撮影会の準備をします。後ろのワム80000も、貴重ですね。



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 そして現役のED501(写真)。



 それから暫くは幸運が続きました。



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 平成21年8月、再び米坂線を訪問すると、キハE120が側線で待機します(写真)。体質改善のため、新型に置き換えが行われたのでした。



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 乗車したのはキハ110系、キハ112 202とキハ111 202のペアでした(写真)。もう米坂線でも、国鉄色の旧式気動車に出会うことは出来ません。時代とともに、車両は変わっていきます。



 懐かしい写真がご覧になれたと思います。歴史は元には戻れませんが、記録から記憶を思い出すことは出来ます。そのうちに、また行きたいですねえ!



 それでは、次回をお楽しみに。

多難な日(後日談)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、小田急遠征の後の話です。



 小田急の撮影を午後3時半で切り上げ、246を通り帰途に就いたのですが、松田からは御殿場線近くを走り、「そういえば山北と御殿場にはD52があったよなあ、」と思い、真っ直ぐ帰るはずが寄り道をしてしまいました。



 最初は、山北駅南口近くに保存される、D52 70です(写真)。屋根はしっかりついており、保存状態はまずまずか。しかし、余りに柱が太く、記録写真には向きません。



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 テンダー側面には、鉄道省の鉄柱、ほか記念碑が多数並びます(写真)。この線が東海道本線だった頃は、多数の機関車が並ぶ機関区があったとのことです。箱根越えの最難関、C51牽引の超特急”燕”も、D50に押され登った峠道です。しかし丹那トンネル開通でローカル化し、戦時に不要不急と単線化され、近代化から取り残されてしまいました。それで呉線同様大型SLのサンクチュアリとなりましたが、電化でSLは引退となりました。なお、この後には動輪が保存されます。



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 キャブにも入れます(写真)が、ガラスと金網で肝心の場所には入れないようになっています。悪戯が多い、ということでしょう。



 同機は山北駅南口の、山北町の施設内の公園に保存されます。



 写真を撮っていると、主婦らしき人が興奮気味に話しかけてきました。いわゆる「カメラ女子」も、裾野が広がっている、ということでしょう。ミラーレス一眼は、コンデジからデジ一への橋渡し役として、今後も使用者が増えることでしょう。やはりニコンファンを自認するなら、是非V1を買いましょう。バッテリーは中級機D7000や新発表されたD800と同じ、今後の標準となるのでしょう。私もV1は予定に入っていますが、肝心のD800の予定が立ちません。いわゆる「可及的速やかに」ということです。ただ、D800はファン待望のマシン、多分売れるでしょうね。私はそこまで待てませんでした。



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 続いて、県境を越え御殿場へ。御殿場駅西口北側広場には、D52 72が保存されます(写真)。最近まで他の場所で保存されていた同機、某誌がここに移設される際の解体時に記録を撮り、鉄道模型の資料にしていましたが、細かいディテールまで記録していました。全ての部品が、必要とされる理由があって組み立てられています。「モノには、理由があるんですよ!」



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 前方には鉄道唱歌を歌う石碑等が立ち、後方には御殿場の駅名票、転轍機の信号、そして出発信号が立ちます(写真)。



 そして日没、撮影を止め帰途に就きました。



 D52の実物は、梅小路のヨーロッパ(D52 468、D52最終号機)しか見たことが無く、今回はD52の大きさを実感することが出来ました。小田急を撮りに行かなければ、通常昼間には通らない場所なので、今回はいい機会となりました。



 それでは、次回をお楽しみに。

多難な日(後半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、小田急を取材しました。



 一昨日中央線を取材し一旦帰宅、投稿後再び出発。高速のサービスエリアで夜を明かし、「さあ、朝だ」と出発しました。



 そして予定ポイントに到着。早速MSE60252始め6連が行き過ぎます(写真)。



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 続いて、EXE30000系10連が、特急”はこね”の運用に就きます(写真)。下り箱根湯本方面です。



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 朝の目標はこれ、特急「あさぎり2号」です(写真)。JR東海371系、やはりこれも引退とのことです。



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 その相方、20000系RSEが、合間運用で”はこね”の運用に就きます(写真)。この3月で引退します。間もなく、引退関連ステッカーが貼られるとのことです。



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 こちらも引退、5000系5063始め4連が、1000系と併結し新宿行き運用に就きます(写真)。帰宅後調べると、同編成が5000系の中でも最も古いようです。最も小田急らしい顔が、無くなっていまいます。



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 こちらも引退、HiSE10000系、10001始め11連が箱根湯本に向け走ります(写真)。ハイデッカーがバリアフリーに災いしました。



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 続いてLSE7000系、7001始め11連が上り”はこね”運用に就きます(写真)。7000系現存3編成、うち2編成は旧塗装に戻し、残り1編成は引退とのこと。この塗色も無くなります。やはり、これも後がないのか。



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 そして先ほどのHiSEが、新宿行きになって戻ってきました(写真)。



 太陽が高くなり、南寄りになってきたので、光線が逆光側になり正面に光が回らなくなってきたので、位置を移動しました。



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 下り”はこね”運用にRSEが就きます(写真)。残された時間は、あまりありません。



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 LSE7000系、7804始め11連が、特急”さがみ”運用に就きます(写真)。SE以来のデザインの旧塗装、間もなく2編成になりますが、その先はあまり明るくありません。残せるうちに残しておきましょう。



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 続いて、7801始め11連がやって来ました(写真)。



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 そして今の看板特急、VSE50002始め10連が、箱根湯本に向かいます(写真)。今後の増備は、どうなるのでしょうか。



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 後がないHiSEが、新宿に向け走り去ります(写真)。



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 続いてVSE50001始め10連が行き過ぎます(写真)。50000系VSEは、新宿~小田原ノンストップの”スーパーはこね”を中心に、運用が組まれています。



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 そしてRSE20301始め7連が、「あさぎり5号」の運用に就きます(写真)。残された時間は、もう僅かです。



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 それを後追いし、RSE20301始め7連が、箱根湯本に向け走ります(写真)。



 いろいろ失敗は続きましたが、取り敢えず撮るべきは撮ったと思ったので、帰途に就きました。



 10000系HiSE、20000系RSE、5000系が引退とのことで、今後いろいろ行事があるとのこと。無くなるのは残念ですが、せめて記録は残しておきましょう。



 2日間屋外ということもあり、北海道用の上着にスキー靴下にマフラーで、防寒は完璧でした。まあ、なんとか取材を終えることが出来ました。でも、やはり寒かったです。



 それでは、次回をお楽しみに。

多難な日(前半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、地元ネタです。



 目標としていた大遠征の日程が決まり、現在予定の調整中です。「そういえば、春日井へ行っていないなあ!」と思い、先々週の失敗の後、再度練り直した計画を立てました。それは、中央本線(西線)矢田川橋梁へ行く、というものです。取り敢えず、近くの地図を取り寄せ、あまり考えずに同橋梁南東側に位置を占めました。



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 間もなく、反対方向に貨物列車が走ります(写真)。EF64 1008牽引のコンテナ貨物、1653レです。行き先は、多治見でした。しかし、こちら側には誰もおらず、反対側には何人かカメラを構えています。「何故、あの方向に?」と思っていました。そのため、先客である彼らのカメラに写る範囲には構えられませんでした(トラブルの元です)。



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 次の列車で、その謎は解けました。春日井(王子製紙)行きの貨物673レは、牽引機EF65 1058の次位に、DD51が無動力で付いています(写真)。車番を記録できず、DD51は機番不明です。



 この列車が行くと、対岸のファンは撤収しました。



 なお、この位の時間までは、対岸(北東側)でも正面に光線が回ってくるので、あの位置に立つのは納得しました。



Kapq4



 暫くしてから、EF64 1026及び1005牽引の、南松本発四日市行き石油タンク車の返空回送列車が行きます(写真)。3088レです。



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 合間に、”セントラルライナー”名古屋行きが走ります(写真)。ド派手なオレンジの車体、形式は標準形汎用電車313系ですが、8500番台(クハは8000番台)を名乗り、車内は転換クロスシートながら豪華な雰囲気です。なお、”セントラルライナー”運用時は、中間ドアは締め切りです。



Kapq6



 中央線の主力、211系5000番台です(写真)。3連と4連があり、更にトイレ有りと無し、狭小トンネル対応に分かれましたが、シングルアームパンタグラフになり、5600番台は違いが無くなっています。しかし、元大垣区のK51、K52編成は東海地区では数少ない0番台、貴重です(正面が「普通」と出る編成です)。



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 そして今日の目的、ワム80000貨物列車です(写真)。春日井の王子製紙発、越谷貨物ターミナル行き670レ、一旦稲沢に入ってから東海道線で関東を目指します。



 ワム80000(通称「パワム」)は、北海道から九州まで、全国どこでも見られましたが、この3月の改正で、全廃になります。多分皆さんも、茶色の有蓋車ならイメージが湧くと思います。パレット対応の有蓋車ですが、二軸車のため速度が出せず、高速コンテナ主流の時代の、輸送上のネックになったためと思われます。春日井行きはコンテナ貨物に置き換え、岳南鉄道は貨物列車廃止だそうです。



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 中央西線のクイーンは、特急「ワイドビューしなの」。長野方先頭は流麗な流線形のクロですが、反対側は実用的な正面、貫通幌等の装備がカバードアの後にあります(写真、クモハ383 7始め10連)。名古屋・大阪方先頭は、基本編成・付属編成とも、全てクモハ383で統一されています。



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 続いて、下り貨物がやって来ます(写真)。名古屋貨物ターミナル発北長野行き81レ、右前EF64 1039、左後EF64 1010です。JR東海管内でもATS-P使用が開始されたので、それに対応していないEF64 0番台は、二度と同線を走ることはありません。



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 そして今日の最後は、南松本発塩浜行き3084レです(写真)。石油タンク車の返空回送、EF64 1033及び1023の牽引です。



 これで日中の貨物列車は全て来たので、帰途に就きました。



 これらの貨物列車は、業務用ということもあり、土日には運休になります。そこで、平日に休めた今日、撮影することが出来ました。まだまだ分からないことが多かったため、失敗が多く、特に朝一番に構える場所を知らなかったので、次回は失敗しないよう気をつけたいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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