West Wind#3

Ka3q1



 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、近鉄3日目をお届けします。



 昨晩帰宅し、投稿後床に就くと、気持ちよく寝てしまい、今朝は寝坊を。慌てて自宅を発ちました。



 そして着いたのは、四日市。近鉄四日市駅南改札から出て徒歩数分、同駅10番線には、間もなく264始め3連が入線します(写真)。近鉄内部・八王子線、軌間762ミリの特殊狭軌(ナローゲージ)です。行先は、西日野です。



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 日永で内部線と分岐。かつては名前のとおり、四日市市八王子町まで繋がっていたので「八王子線」ですが、災害に遭い西日野以遠は廃止されました。行違い可能だった時代の名残、日永駅4番線ホーム跡が残ります(写真)。



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 そして一駅で、終点西日野へ(写真)。小さいながらも貴重な足です。



「mo264.wma」をダウンロード



 Mc車264の、四日市~西日野間の添乗音です。約8分です。



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 そして日永に戻り、内部へ。内部には内部車庫(富吉検車区の支区になる)があり、163始め3連が、出発の準備をしています(写真)。



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 駅向こうの留置線には、115及び262の2連が、「試運転」を表示しています(写真)。竣工したのでしょうか。



「mo265.wma」をダウンロード



 そして、再び四日市まで戻りました。その時の添乗音です。約15分、こちらもどうぞ。



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 四日市からは湯の山線ホームから始発の急行に乗り、富田へ。富田からは、三岐鉄道が分岐しています。写真は1852始め3連、懐かしい元西武の車両です(写真)。



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 大安を過ぎて少しの所に、ED222が保存されます(写真)。走る車内からの撮影で、少しぶれています。



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 丹生川には貨物鉄道博物館があり、いろいろな貨車が収蔵されます。先ずは駅前から、手前は薬品用2軸タンク貨車(銀色)、奥2軸無蓋車(黒)です(写真)。



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 続いて、手前2軸タンク貨車(黒)、奥ボギー無蓋ホッパ車(黒)です(写真)。この奥にはボギータンク貨車と、大物車が保存されますが、何度か取り上げているので、今回は掲載しません。



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 ヤードのある伊勢治田には、通常多数の貨車がありますが、連休中ということで1両も無く、保留車のみが並びます(写真)。奥には元秩父鉄道のED202、203があり、その手前は部品取り用と思われる西武新101系2両があります。



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 セメント工場がある東藤原には、多数の貨車が並びます(写真)。セメント用ボギータンク貨車がほとんどですが、左端には無蓋ボギーホッパ車がありました。



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 いつもどおり西藤原には、SL102、スイッチャー、「いぶき502」が並びます(写真)。駅舎もSLを模したものとなっていますが、今回は掲載しません。



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 再び戻り、結局東藤原で下車。駅前にはセメント用ボギーホッパ車、ホキ5700形25767が保存されます(写真)。



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 側線にはED454、ED451の重連が停まります(写真)。ED451は、ナンバープレートが新品に交換され、真鍮の輝きが眩かったです。



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 その後には、無蓋ボギーホッパ車、ホキ10248他4両が停まります(写真)。先日廃止になった、骨材輸送用の貨車でしょうか。



 そして、近鉄富田に戻りました。



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 更に富田から急行で桑名へ行き、同駅東口南方にある三岐鉄道北勢線「西桑名」に行きました。駅で待つと、次の電車は楚原行きでしたが、「ナローの女王」200形がやって来ました。途中撮影の機会が無く、結局楚原で編成写真を撮りました(写真)。



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 次の電車で、終点阿下喜へ行きました。駅南側には木造電車226、奥には「軽便鉄道博物館」がありますが、既に閉まっていました。



 そして駆け足ながら、今日の取材を終えました。



 帰り道、小雨が降っていたのですが、楚原の手前の上り坂で列車がストップします。そして何度も前後します。何が起こったかすぐには分かりませんでしたが、少し考えると分かりました。楚原に着くと、運転士が「空転で遅れました。」と車内放送し、雨でMc車が空転し登れなかったのだ、と分かりました。北勢線では、通常Mc車は山側でありこんなことはないのですが、丁度逆向きの坂でMc車が低い側であり、雨でレールが濡れ、1M3Tという経済編成もあって悪条件が重なり、結果空転したようです。まあ、少々遅れても、無事帰れれば、良いか!



 これで連休前半戦は終わりですが、明明後日からの後半戦も、関西経由となりそうです。請うご期待。



 それでは、次回をお楽しみに。

West Wind#2

Ka2q1



 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、南海電鉄を取材しました。



 昨秋、南海線特急に、新車”サザン・プレミアム”(12000系)がデビューしました。デビュー直前には撮影会や試乗会のイベントが数多く行われ、南海の期待を背負ってデビューした車両です。しかし私は何れにも参加出来ず、非常にもどかしく思っていました。幸い今回は関西で丸一日自由に出来る時間があったので、乗車を試みることとしました。



 事前に調べていた時刻は指定運用となっており、やはり時刻表どおり入線しました(写真)。12102始め前4連が、”サザン・プレミアム”(指定席)です。



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 側面の、フルカラーLED方向幕です(写真)。



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 側面のロゴマーク(写真)。大阪湾と南海線本線のイメージ図です。



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 そして乗車します。指定席は4号車、12002でした。車内の様子(写真)。青系のモケットの、大型バケットシートでした。



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 約1時間乗車し、終点和歌山市に到着(写真)。編成写真を撮る、絶好のチャンスです。12102、12852、12802、12002と並びます。



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 その相方(自由席車)は、こちらもステンレスが眩い8000系、8001始め4連です(写真)。注意して見ると、12000系同様連結器が小型自連ではなく、電連付き密連になっているのが分かります。



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 12852と12802の両側は、両車ともドア準備工が施されています(写真)。左12852は荷物置き場、右12802は客室とされていました。



 そして、定時に難波へ向け、折り返し発車しました。



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 30分後、従前の特急”サザン”、10000系他が入線(写真、10905他)。新旧指定席の比較乗車を試みます。



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 10000系の相方(自由席車)は、従前の7000系、7121始め4連です(写真)。連結器が密着小型自連なのが分かります。



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 乗車した10805の車内(写真)。回転リクライニングシートですが、”サザン・プレミアム”に乗った後では、少し寂しく感じます。結局必要編成数の充足しか解決法は無いようです。



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 そして難波に戻ります。2号車10105の運転台跡(末尾4、5、6は2連を4連に組成変更、中間の運転台撤去改造が施された)には、元車販準備室、現在のサービスコーナーがあるのが分かります(写真)。1時間という乗車時間では、車内販売は必要かどうか微妙です。



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 関空特急「ラピート」が、発車時刻を待っています(写真)。50000系、50701始め6連です。デビュー当時はバブル期で、正にその時代を代表する特急電車の一つでしょう。あまりに近未来的すぎる気はします。



 デビュー当初は難波~関空間ノンストップの「ラピートα」と、停車形「ラピートβ」がありましたが、現在ではほとんどβです。



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 そして時間があったので、出来心で高野山を目指しました。特急を待つと、そこに来たのは非貫通30000系ではなく、貫通型31000系でした(写真、31001)。



 31000系は、30000系の増備車ですが、「りんかん」11000系との併結機能を備え(当然30000系とも併結可能)、橋本切り離しの「こうや・りんかん」に使用されます。1系列1編成4両です。



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 31100車内の様子(写真)。10000系とほぼ同様の内装ですが、妻面パネルは木目調です。



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 そしてこちらは50分足らずで長大な紀見峠トンネルを抜け橋本(JR和歌山線乗換駅)、それから約30分で終点極楽橋(高野山の入口)です(写真、31002)。こちら側には貫通幌はありません。



 高野山ケーブルカーを写し、このまま帰ろうと思い、急行、それとも可能ならば元22000系「天空」でも、と思ったのですが、次の「天空」は満席、急行は50分後であったため、やむなく760円払い、再び直近の特急「こうや」31000系に乗車することとしました。今日は本当にお大尽です。



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 帰り道、学文路(読めますか?)で30000系「こうや」と行き違います(写真、30001始め4連)。



 以前、2編成8両しか存在しない30000系が極楽橋で並ぶ、というブログ記事を読み、そんなことが可能なのか?と思っていましたが、帰り道に南海の特急時刻表を解読すると、休日に一回だけ10分間並ぶ時間があることが分かりました。次回関西に出向く時には、必ず撮りたいと思いますので、また、そのうちに。



 途中の千代田工場(高野線整備工場)では、”サザン・プレミアム”投入で余剰となったと思われる10000系が1編成、塗色も変更せず入場していました。これは、11000系に改造するのでしょうか。そうすれば、「りんかん」運転本数も増え、便利になるような気もします。まあ、山男ではない平坦形には橋本以遠は無理ですが、可能性として考えたいと思います。どうせやるなら、1時間ヘッド、というのはどうでしょうか。



 今回の南海での宿題は、「30000系「こうや」極楽橋並び」と、「11000系「りんかん」(これも1系列1編成4両という、希少な系列)」か。予算的に可能なら、挑戦したいと思います。



 そして難波から近鉄に乗り、上本町で急行宇治山田行きに乗れたので、難なく青山峠を越え、中川で乗り換え帰宅しました。切符はまだ明日も有効なので、活用したいと思います。



 しかし、高野線20分短縮に760円払えるのに、近鉄線2時間以上の短縮に千幾らが払えないとは!お大尽なのかケチなのかよく分かりません。



 昨晩は午前様、しかし今朝は5時に目が覚め、今日は早朝のスタートから全開でした。長かった一日、もう寝よっと!



 それでは、次回をお楽しみに。

West Wind#1

Ka1q1



 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、正月に引き続き、近鉄沿線に来ています。



 ついに今年のゴールデンウィークも始まったわけですが、昨年に引き続き今年もチープに旅行をしています。連休前半は、近鉄の「週末フリーパス」を使用しました。



 近鉄に乗ると、先ず行くのは伊勢中川。複雑な配線のホームで待っていると、一日1往復だけの、名伊乙特急に使われる”アーバンライナー”21000系が、入線します(写真)。23000系”伊勢志摩ライナー”投入までは、伊勢志摩方面で唯一DXシート車のある運用でした。



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 予定より早く移動でき、「あそこに何時」と決めた時間があったので、余裕があることが分かり、寄り道を思い立ちました。そこで、折角上本町行き急行に乗っていたのを、伊賀神戸で降りてしまいました。まあ、青山町さえ越えれば20分ヘッドなので、このときは深刻に考えていませんでした。



 伊賀神戸からは、伊賀鉄道(旧称「近鉄伊賀線」)が分岐します。車両は元東急のVVVF車を改造し、ラッピングしています(写真、204)。



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 その相方、104の運転台(写真)。両手ワンハンドルマスコン、ほか近代的な運転台です。



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 製造銘板(写真)。平成元年東急車輌(現「総合車両製作所」)製、2010年(平成22年)東急テクノシステムで伊賀鉄道用に改造されました。



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 そして乗車30分、中心駅上野市へ。引退する今までの主力860系、763始め2連(茶)が留置されます(写真)。



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 伊賀鉄道は、上野市で系統が分断されます。上野市からは、100系最終編成105・205に乗車します(写真)。初代「忍者列車」のデザインを復刻する、緑の忍者のラッピング(ビードステンレスボディのため塗装ではない)です。



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 ホーム横にもう一つ残る860系、862始め2連(緑)も捉えました(写真)。



 伊賀鉄道では5月3日にイベントを行うそうで、引退する860系の部品も出るそうです。興味のある方はどうぞ。



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 そしてもう一方の起終点、伊賀上野へ。伊賀上野は、JR関西本線との接続駅です。しかし、亀山~加茂間は単線非電化、1時間に1本下りと上りのディーゼルカーが通るだけで、完全なローカル線になりました。今日は連休で、通常1輌のキハ120が、上下とも2輌に増結されていました(写真)。



 そして、来た道を戻ります。



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 そして上野市で再び乗り換え。乗り継ぎに時間ロスが多く、往復2時間を見ていましたが、30分以上オーバー。メインイベントへの遅刻を心配しました。



 しかしすぐには列車は来ません。暫く待って、やっと102・202の2代目「くノ一」がやって来ました(写真)。



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 猪田道で、伊賀鉄道近代化のトップバッター、101・201の「新・忍者電車」と行き違います(写真)。同車の「お披露目会」にも行きましたが、そのお披露目の前日に一連のデザインをした漫画家松本零士氏が、同車にサインを残しているそうです。



 そして伊賀神戸から上本町行き急行に乗りました。



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 大和八木で橿原線に乗り換え、橿原神宮前から吉野線へ。壷阪山で、16007始め2連と行き違います(写真)。16600系デビューで、ついに16000系も16004に続く廃車が発生か。そうすると、同編成が最旧となります。少し古さはありますが、正直引退は惜しい。今後の動向は要注目です。



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 そして、吉野に到着(写真)。電車側からはこんな感じ、大きな鉄骨の屋根は、ヨーロッパのターミナル駅のような雰囲気です。



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 今日の最大の目的は、昨年リニューアルが完了した「さくらライナー」の乗車です。やって来たのは、2編成のうち先にリニューアルを完了した、26101の編成でした(写真)。正直、間に合わないかと肝を冷やしましたが、結局最後は30分余裕がありました。



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 同車の3号車、26201は、DXシート車に改造されました(写真)。大型のゆりかご型シートが1+2列で並び(一般席は2+2列)、贅沢です。この車両を導入するために、DXシートの料金体系が変更されました。南大阪線・吉野線系統は特急料金も安い(阿部野橋~吉野間でも500円)ですが、DXシートの追加料金も阿部野橋~吉野でも200円、確かに急行でも行けなくはありませんが、近鉄としてはやはり吉野特急に乗って欲しいようです。



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 運転台後の様子(写真、26101)。運転台後に展望室があり、ベンチシートも用意され、運転台かぶりつきも可能です。



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 そして阿部野橋に到着(写真)。無事今日の目的を完遂し、滞在先に向かいました。



 伊賀鉄道で意外と時間がかかり心配しましたが、何とか間に合い、良かったと思います。



 今日ここまで来たので、明日は昨年からの懸案であるあそこに行きたいのですが、時間に間に合うでしょうか。



 それでは、次回をお楽しみに。

The Draw

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、近鉄大阪線旧線跡を取材しました。



 先週は休載したわけですが、結局良いネタが思いつかず、新開通した高速で車を転がし、日曜は昼寝を決め込みました。



 そして、今週のブログネタを気にしながら一週間が過ぎたわけですが、結局イベントを見つけることは出来ませんでした。といって2週連続で休載するわけにもいかず、そういえば以前行こうと思っていた青山トンネルでも行こうかと、前日にインターネット地図で位置を確認しカーナビをセット、そして今朝の出発を迎えました。出発時は雨模様、気にはなりましたが伊賀市までいくと晴れ渡り、まあいいやと強行しました。



 しかし名張はやはり雨。道はだんだん細くなり、舗装も不安になった所でストップ。通行の支障にならないよう停め、歩きます。ぬかるんだ路面には鉄板が敷かれ、一般の車には通行が困難であることを物語ります。



 そしてその先に、近鉄大阪線が見えてきます。その横に、小さなトンネルが(写真)。参宮急行電鉄時代からのトンネル、宮下トンネルです。この先伊賀上津側から、複線の新線(現在線)が分岐し、側方の新宮下トンネルを通ります。



 この写真を撮り、戻ろうと思い歩くと、さっき踏んだかもしれない場所にマムシが!もうですか!足下には十分注意しましょう。増して、近鉄の営業の支障になるようなことは、絶対しないように!



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 戻り道、新線が新北山トンネルに差し掛かり、旧線もトンネルがある筈だ、と思っても、見当たりません。おかしいと、藪に分け入ると、ありました!北山トンネル上本町方入口です(写真)。



 分け入る際に、途中切り倒した枝で腕を擦ると、かゆくなります。そう、ウルシです。マムシに、ウルシに、ハチではたまりません。つまり、ここにゴミを捨てないように、入れなくしてあったのでしょう。



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 往き道には気付かなかったのですが、進入路南側から掘り割りが見え、そこが旧線で、北山トンネル宇治山田側出口でした(写真)。不法投棄があまりに多く、あまり見たい姿ではありません。



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 一旦車に戻りましたが、続きが見たい。カメラの水分を拭い、向きを変え再び出発しました。



 旧線谷奥トンネルは、養鶏場(私有地)の裏手に当たり、両出口は見えません。養鶏場の外を回り、覗くと、三軒家トンネルのポータルが見えます(写真)。



 ついでに谷奥トンネルのポータルも見たい気がしましたが、線路跡の堀割は深く、とても降りられる高さではありませんでした。



 そして車に戻り、次の目的地に向かいました。



 なおこの近辺は、2軒の養鶏場の裏手になりますので、防疫上の理由から場内への一般人の立入は禁じられています。養豚ほどではありませんが、場外でもそれなりの臭いもありますので、それなりの対策を講じて行かれた方が良いと思います。



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 そして国道165号に戻り、西青山近くまで行くと、近鉄の橋梁と、その横に並ぶ橋脚が(写真)。ここが先ほどの三軒家トンネルの反対側で、橋を渡ると新線は西青山、旧線は三軒家信号場になります。橋脚は旧線の橋梁跡で、計4本ありましたが、1本は国道の線形改良で撤去されました。



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 そして新線西青山駅前には、登り階段があります(写真)。この上が、旧線跡です。



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 階段を登ると、広い空間が(写真)。西を見ると、新線が見えます。ここが三軒家信号場跡になります。



 この位置に新線の西青山駅があるのは、この東側がすぐ「新青山トンネル」だからです。因みに同トンネルは、現在民鉄最長直線区間です。



Satn8



 ここに階段が設けられているのは、旧線跡が遊歩道になっているからです(写真)。先週来れば桜のトンネルだったのでしょう、今日は葉桜のトンネルです。



Satn9



 続いて、東に約1キロ移動すると、乗馬クラブがあります(写真)。この場所が、昔の西青山駅の跡です。以前はホーム跡に建物が建っていたようですが、改築で跡形が無くなってしまいました。



Satn10



 ここは私有地、乗馬クラブ職員の許可を受け奥へ入ると、水路の両側に二つの橋台が見えます(写真)。これは、旧西青山駅の線路分岐の跡です。



Satn11



 そして、職員から「柵から先には入らないでください。」と言われ、その柵から眺めると、トンネルがあります(写真)。これが参宮急行電鉄の運命を決めた「青山トンネル」です。長さ3キロあまり、当時の私鉄最長トンネルでした。参急といい、南海高野線といい、大阪の私鉄は長大なトンネルを掘っています。なお手前の鉄塔は近鉄の送電線鉄塔で、柵の先は近鉄の管理地、無視して入るファンが多いらしく、そういう注意が必要なのでしょう。



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 トンネルポータル上方には扁額があり、右から「徳無彊」と書かれているようですが、垂れ下がった竹のため、全部を写すことは出来ませんでした。正直柵を越えたい気はしましたが、トラブルの元となると思い、止めました。



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 そして今回最大の難所、旧東青山駅です。公共交通機関での訪問は不可能、車で途中まで行き、最後は歩く、と書かれ、「ほんまかいな?」と思いましたが、実際行くと、途中で車は降りざるを得ませんでした。結局途中のキャンプ場の駐車場に車を停め(有料)、歩きました。



 徒歩約20分、舗装はコンクリートで固めた部分が大半を占めましたが、上には枯れ枝が多数散乱し、スリップの可能性が高かったです。更に最後には車でも厳しい急勾配になり、道幅の狭さと相俟って、軽クロカン4WD、しかも運転に慣れた人でなければ困難な道で、免許歴18年の私でも、車を置いたのは正解でした。そして、きつい坂だなあ、と思った途中で一服かな?と思った、その場所にありました!旧東青山駅です(写真)。島式及び対向式ホーム各一つが見えます。



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 天候は雨と霧で、精密光学には危険な水分です。線路跡に立ったものの、周辺は霧に包まれ何も見えません。長大トンネルの合間の、信号場に毛が生えた程度の駅で、猫の額ほどの土地にある、とは思ったのですが、周辺が全く分かりません。青山トンネル側(写真)。視界5メートル程度です。



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 同じく 滝谷トンネル側(写真)。



 帰宅後、資料を確認すると、駅のすぐ前後に両トンネルともあるそうで、調査不足を身にしみて感じました。再調査が必要です。



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 車に戻り、次は現在の東青山駅前に広がる、四季のさとへ。「四季のさと」と看板の掛かる場所が、垣内信号場跡地だそうです。その上本町方を目指すと、途中にゲートが(写真)。その奥には、更に金網のゲートが見えています。この先に二川トンネルがあるとのことですが、資料にも記録が残っていません。



 垣内信号場(正確には垣内西信号場~垣内東信号場間)は複線で、行違いが可能な構造、線路跡は広くなだらかでした。



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 その東側には、総谷トンネルがあります(写真)。資料ではこのトンネルを抜け、次のトンネルまで写していますが、現在はこのトンネルの手前から通行禁止とされています。なお、右手(南側)には、現在の近鉄大阪線が通ります。



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 車を置き、更に遊歩道を歩き、溝口トンネルまで行きたかったのですが、残念ながら「四季のさと」閉園時間となり、それは不可能となりました。また次回です。



 そして今日最後の目的地、猪の倉温泉橋へ行きました。橋の下には川と旧線が走ります(写真)。



 そして帰途に就きました。



 やはり今回の取材がやりやすかったのは、旧線跡に沿って近鉄が高圧鉄塔を建てたため、目標を捉えやすかったからです。再度訪問する機会があったら、旧東青山は悔いが残るので、きっちり写したいと思います。



 雨の中、取材を敢行したため機材は濡れ、手入れが大変でした。壊れないよう、カビが生えないよう願うのみです。しかも山中分け入った関係で、服も靴もドロンコ!お気に入りのスニーカーを、一足駄目にしてしまいました。あーあ、どうしょう?



 それでは、次回をお楽しみに。

Enthusiasm(後半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、京葉臨海鉄道50周年記念イベント第1回目をお届けします。



 昨日あそこまで千葉市内を穿ったのはこのため、そう今日のイベントのためでした。しかもこのイベントは、今年3回開かれるため、次回以降の準備もあり、やはり昨日の行動は必要なものでした。



Ker1q2



 イベントは、京葉臨海鉄道が今年で創立50周年を迎えるため、それを記念して開かれるものでした。ポスターにもそれが表示されます(写真)。



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 開場1時間前から行列しました。貨物駅入口の様子(写真)。ゲート左に部品目当ての人々の行列、右にそれ以外の行列が並びます。やはり部品目当ての人は早い。オークションで転売して高く売れるものが欲しいからでしょう。私は物の管理が悪く、転売は恐らく不可能でしょう。



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 そして10時に開場します。勿論最初から目的は撮影、撮影会会場へと向かいます。最初はKD602、日車製の60トン級DLです。



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 その後には、KD55 103、KD55 101が続きます(写真)。101号機は運用から外れて長いらしく、かなり窶れています。



 KD55形、各地の臨海鉄道に同形がありますが、要するに国鉄制式機DD13の同形、重量が55トンであることからD55と付番されます。



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 検修庫前には、左KD55 201、右KD601が停まります(写真)。



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 その後には、KD55 102が停まります(写真)。



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 その後には本線、「浜野川橋梁」と書かれたポニーワーレントラス橋が架かります(写真)。ここは本線上、非電化のため走っていない線路のように見えてしまうのは、錯覚でしょうか。





 続いてKD601が、仕事のためか、展示運転のためか、発車します。その入換の動画です。KD55 101は不明ですが、殆どのDLは生きています。余剰機は仙台等に移籍させるそうです。



Ker1q9



 そしてKD601の後に並んだKD55 102が、左のKD55 201と並びます(写真)。角形ライトが、オリジナルのDD13と異なります。



Ker1q10



 そしてもう一つの撮影会場へ。左奥から、タキ43519(黒)、タキ43014(紺)、タキ1000-663(緑と灰のツートン)、タキ143645(銀)のタンク貨車が並びます(写真)。いずれも日本石油輸送のガソリン用タンク貨車です。



 まだこの後もDLの「展示用」臨時入換があり、少し時間的には早いと思いましたが、開場を後にしました。



 これで今回のメインイベントを撮ることが出来ました。まだ今年の夏及び秋に同所でイベントがあり、次回以降も期待したいと思います。



 往き道はレインボーブリッジの下を通り笑っていましたが、帰りは東京ゲートブリッジを通り、更に近道を覚えました。しかし東京も沖合へどんどん拡張しており、それだけよく埋め立てる物があるものだなあ、と妙に感心してしまいました。しかし投稿は半日後、遠かったです。



 それでは、次回をお楽しみに。

Enthusiasm(前半戦)

Chiq1



 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、千葉方面に来ています。



 明日の予定があり来ているのですが、それなら当日間に合うように行けば良い気もしましが、当日駐車場を探しウロウロして、イベントに参加できないのはカタルシスです。そのため、事前偵察を前日である今日行いました。そのまま今日は終わり、と思ってディスカウントショップの駐車場で花見団子を食べていると、こんな時のために鉄道地図を持っている、というのを思い出しました。そこで、遅ればせながら、今日の取材を開始しました。



 最初は千葉市中央区「千葉市菰池公園」にある、”NUS6”です(写真)。川崎重工製の入換用C型タンク機です。現JFEスチール工場内で使用されました。



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 同機のキャブ(写真)。右が機関士席です(通常は左が機関士席)。足下は一段高くペダルが設けられ、座席は更に高い位置に設けられています。助士席も同様です。



 後もありますが、見るに堪えない落書きがなされ、写す意欲は沸きませんでした。



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 続いて、JR千葉駅からも程近い「千葉公園」内に、”NUS5”が保存されます(写真)。これも川崎重工製の、同様なSLでした。



Chiq5



 後からの眺め(写真)。こんな感じです。



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 キャブの様子(写真)。これも”NUS6”と同様です。



 なお、同機は加熱蒸気式ではなく、飽和蒸気式だそうです。



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 続いては千葉市美浜区「稲岸公園」に保存される、”NUS7”です(写真)。これも川崎製の同様なSLです(写真)。



Chiq7



 このリアビュー(写真)。タンク機であることから、後方の見通しは良好です。



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 同機も、キャブに入れます(写真)。やはり国鉄制式機関車とは反対です。



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 更に足を伸ばし、習志野市袖ヶ浦東小学校校庭に保存される、”NUS2”です(写真)。同様に使われた入換用SLですが、歴史が古く、大正13年コッペル(ドイツ)製の輸入機です。写真のとおり金網を越えることは容易だと思いましたが、それをすると最低でも警備会社、多分警察の手を煩わせることになるので、止めましょう。



Chiq10



 そのため、外部道路からの撮影となりました。リアビューです(写真)。どうも今までのSLは、同機と合わせるため向きが国鉄制式機と向きが反対だったのでしょう。戦後製のSL完成期の缶が、飽和蒸気とは、技術的逆戻りで不思議でしたが、これに合わせて造ったとすれば納得です。



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 そして最後は、津田沼駅からも近い「津田沼一丁目公園」に保存される、K2型134です(写真)。日没で、暗くなってからの撮影でした。



 そして今日の滞在先に向かいました。



 今日は、撮ろうと思った時刻が遅く、中途半端な取材になってしまいました。行動は、早く起こさねばなりません。「後悔先に立たず。」です。



 今回の取材は明日が本番、しかし彷徨かずに済むでしょうか。



 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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