Southern Rollers#4

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、二日遅れとなりましたが、九州遠征最終日の様子をお届けします。



 火曜日も滞在先を発ち、向かったのは熊本城。熊本城内の監物台樹木園(農林水産省九州森林管理局運営)には、九州最後の森林鉄道DLが保存されます(写真)。昭和36年製、昭和43年の九州での森林鉄道全廃まで使用されました。なお同園は入場料200円です。



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 熊本城内にある熊本博物館には、69665(9600形666両目)が展示されます(写真)。流石展示用なだけあって、美しい状態で保存されます。入館料は、失念しました。



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 続いて大牟田市、延命公園内市立動物園には、48695が保存されます(写真)。かなり壮絶な姿ですが、これは悪戯が原因ではなく、”SLあそBOY”の58654の維持に、部品を提供したからだそうです。お役目ご苦労様です。なお、同園入園料は、360円です。



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 続いて大牟田市石炭産業科学館には、ボールドウィン製SLのレプリカが展示されます(写真)。実寸ではなく、縮小版です。



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 同館には坑道用EL、KCOE1015も展示されます(写真)。昭和43年東芝製です。



 海沿いの同館、三池炭坑は海の炭坑で、展示が地下エレベーターを模して造られており、本当に地下坑道に降りたかと思いました。出口を出て、「なあんだ!」とは思いましたが。なお、同館は入館料400円です。



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 本当は、今回もフェリーに乗れば時間節約になる、とは思ったのですが、お財布と相談し止めました。陸路佐賀経由で鹿島市へ。同市内の保育園にある、長崎電軌1015です(写真)。建造物になりかかっていますが、ダルマではありません。



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 続いて諫早市内の、長崎県立総合運動公園内にある、C57 95です(写真)。同公園メインスタジアムは改築中で、展示は中止かとも思いましたが、同公園第三駐車場そばにありました。



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 島原市霊丘公園(「島鉄本社前」駅そば)には、島原鉄道C1201が保存されます(写真)。国鉄制式機C12と同形、お召し運用にも就いたSLだそうです。



 大牟田から島原に行くにはフェリーが最短、長崎本線のバイパスルートなのだそうで、大牟田から西鉄に乗る、というルートを推奨していました。



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 今回もまた来ました、南島原市「ふかえ桜パーク」にある、D3703です(写真)。島原鉄道のDL、普賢岳噴火で寸断された島鉄の復旧に貢献した功績で残るのだそうです。しかし、苦労して復旧したものの、結局島原南線廃止で水の泡となりました。残念です。



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 その横を島原鉄道島原南線が通っていました(写真、水無川橋梁)。復旧時に建設された新しい橋梁で、まだ列車が走ってくるかと錯覚します。



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 そして長崎市中央公園に保存される、C57 100です(写真)。ここにも「C51を保存したかった」と書かれています。しかし、同公園はカーナビの50音には登録されておらず、発見には苦労しました。



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 そして日没、約一日分残したまま他の地点は断念しましたが、一か所だけ行きたい場所がありました。それは国鉄佐賀線(廃止)筑後川昇開橋です(写真)。2年前に来た時には足場が組まれシートで覆われ、被写体とはならなかったのですが、現在は夜間もLED照明で美しく飾られています(写真)。



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 その船を通すための可動部分(写真)。通常は桁を持ち上げておき、列車が通る時のみ下げる構造です。



 今回は、昼間にも来て可動部の動作の動画も撮りたかったのですが、現在可動部は故障し、動かないそうです。残念。



 そして、今回の休暇を利用した遠征は終わり、のべ24時間運転し、帰宅しました。



 筑後川昇開橋からの帰途、休暇中私の分も働いてくれた同僚にお土産を買っていないことを思い出しました。夜中であり、ドライブインなども今は少なく、コンビニでは扱っておらず、高速SAでも店が閉まっており、大問題でした。結局門司港ギリギリの24時間スーパーで買い、何とか事なきを得ました。僅か数キロ、150円で通れる関門トンネルの向こうにある本州が、如何に遠かったことか!



 それでは、次回をお楽しみに。

Southern Rollers#3

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、九州からです。



 例によって今日も滞在先を発ち、向かったのは志布志。志布志鉄道公園には、3両の保存車両があります。最初は、キハ52 130(写真)、ヨ8451が続きます。



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 その反対側には、C58 112があります(写真)。やはり九州の缶、門鉄デフです。



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 続いて南大隅町「セルブ花の木」には、2両の保存車両が。いずれも元鹿児島市電、写真は503です(写真)。



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 もう1両は502(写真)、こちらは中にも入ることが出来、車内も記録しましたが、容量の都合で割愛します。



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 鹿屋市吾平鉄道記念館には、キハ20 452が保存されます(写真)。同所は、国鉄大隅線(廃止)吾平駅跡地になります。記念館もありますが、月曜休館でした。



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 鹿屋市役所南側、大隅線鹿屋駅跡地には、鹿屋鉄道記念館があり、軌道モーターカーとキハ20 441が保存されます(写真)。



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 鹿児島湾を国分まで回っても良かったのですが、桜島フェリーで直接鹿児島市に入りました。



 鹿児島市内「ベイサイドガーデン」には、D51 714が保存されます(写真)。



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 指宿市長崎鼻パーキングガーデンには、鹿児島市電手前514、奥509があります(写真)。



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 国道への戻り道、指宿枕崎線西大山駅を通りました(写真)。本土、及びJR最南端の駅として知られています。



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 そして少し大回りして、枕崎へ。JRの最終端(写真)、丁度キハ47が入線していましたが、写真は割愛します。



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 続いて南さつま市加世田運動公園に保存される、鹿児島交通12です(写真)。小型のタンク機です。



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 鹿児島交通加世田駅跡、現加世田バスターミナルには、鹿児島交通4が保存されます(写真)が、錆止めの朱色が露出し、今後の保存が心配です。



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 その隣にはDL、DD1201があります(写真)。



 鹿児島交通は鹿児島本線伊集院と枕崎を結び、支線もありましたが、水害で寸断され、全線廃止となりました。現在も廃線跡が残り、車両も一部残りました。



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 続いて、阿久根へ。「肥薩オレンジ鉄道」阿久根駅前には、「あくねTouring Station」があります(写真)。手前がオハネフ25 2309(”Duet”)、奥がオハネフ25 206です。寝台車使用の簡易宿泊施設となっています。



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 テールマークは色褪せているものの、寝台特急「なは」でした(写真)。側面方向幕も、国鉄式「なは」「西鹿児島」でした。



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 今日の最後は、九州新幹線・肥薩オレンジ鉄道出水駅前に保存される、C56 92です(写真)。「昭和17年 日立」とプレートが付いています。



 そして、今日の滞在先に向かいました。



 投稿中に地図を確かめていると、鹿児島市「平川動物公園」のSL、路面電車を失念しているのに気がつきました。すぐ真横を通ったのに、地図の出力をしていなかったために、通過してしまいました。今更戻るわけにもいかず、次回、多分来年くらいか。非常に残念でした。



 明日は、最終日となるでしょう。次回をお楽しみに。

Southern Rollers#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、九州からです。



 例によって今朝も滞在先を発ち、向かったのは大分。若草公園には、C55 53と書かれるC55 46が保存されます(写真)。昭和12年三菱神戸造船所製と書かれます。



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 C55までが、ヨーロピアンスタイルのスポーク動輪、補強の「水かき」付きです(写真)。以降はアメリカンスタイルのボックス型動輪になります。



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 続いて、大分市佐野植物公園には、大分交通別大線(廃止)車両、506が保存されます(写真)。路面電車ながら、大きな菱形のパンタグラフが付いています。



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 車内にも入れます(写真)。路面電車のスタイルで、別大国道を走りましたが、現在は廃止になっています。



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 次は、宮崎県延岡へ。延岡市大瀬町児童公園には、D51 485が保存されます(写真)。昭和15年小倉工場製、安定した時期の車両です。



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 続いて日向市役所にある、D51 541です(写真)。少々塗装が派手になっています。



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 美々津駅近くには、国鉄の初代リニア実験線があり、現在も高架等の施設が残ります。その最も北側には、写真のような管理建物等がありました(写真)。ここから都農に向け実験線が残ります。



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 そして、宮崎市に入ります。福祉総合センター横の交通公園には、2両のSLが。最初は、C11 191です(写真)。



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 もう1両は、宮崎交通(JR日南線の前身)のSL1号です(写真)。762ミリのナローのSL、独コッペル製だそうです。



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 続いて青島少年自然の家には、C57 175が保存されます(写真)。青井岳に挑んだ一両でしょうか。



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 次は小林市まで戻り、C58 277を捉えました(写真)。山の上の広場に保存され、探すのに苦労しました。



 ここまで来てから、フィルムカメラが調子が悪い。F値が操作できなくなり、絞り優先を使う私には、手に負えなくなってしまいました。スイッチを押したままロックされたことが原因のようです。オークションで手に入れたカメラで、トラブル多数、新しいのが買えるくらい修理代にかかっています。



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 続いて、霧島高原へ移動するも、残骸を発見できず。時間もなかったので、仕方なく移動します。



 同じ霧島市城山公園には、C61 19が保存されます(写真)。一番違えば、動態復活出来たかも?



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 同園展望台横には、黒いワムがダルマか、倉庫として使用されます(写真)。閉園間際で、車番までは調べられませんでした。



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 そして、今日の最後は、志布志線(廃止)今町駅跡に残る、C11 49です(写真)。この登場は、2回目です。



 そして日没、今日の滞在先に向かいました。



 明日は、今日の続きです。次回をお楽しみに。

Southern Rollers#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、九州に来ています。



 関東では今日は大宮、明日は京急の、中部・関西では今日明日と近鉄塩浜でイベントがあり、全て行きたいとは思いましたが、ゴールデンウィーク直後の観光オフシーズン、天候の良い時期を逃してしまいます。そのため何れのイベントも残念でしたが、昨晩大阪からフェリーに乗り、今朝九州入りしました。



 乗船の待機時間中にカーナビを前もってセットしておき、最初に行く場所は決めていましたが、実際行くと目的の車両がなく、道路対面の閉鎖中のプールしかありそうな場所もなく、仕方なく捜索を断念。次の場所へと移動しました。



 そして今日の最初は、苅田町苅田小学校の豊国セメント5号、「苅小号」です(写真)。運動会の最中に、先生の許しを得て撮影しました。



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 続いては、行橋市役所内にある、D51 10です(写真)。ナンバープレートもなく、塗装もゴテゴテで、今後が心配です。



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 続いて直方市内の模型店にある59647を見に行きましたが、写真のとおり位置は確認できましたが、シャッターが下り、見学できませんでした(写真)。



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 次は「直方いこいの村」にある、D51 225です(写真)。「昭和14年鉄道省小倉工場製造」のプレートも残り、こちらは状態が良いです。



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 続いて今回も来ました、直方石炭博物館です。ここには2両のSLがあります。最初は、C11 131(昭和13年日車)です(写真)。キャブにも入ることが出来ます。



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 もう一つは貝島炭坑32です(写真)。ドイツ・コッペル社製のプレートがあります。



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 続いては中間市の垣生公園(「はにゅうこうえん」と読むのだそうです)に保存される、C11 260です(写真)。「門デフ」になっています。



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 宮若市石炭資料館には、貝島22号機が、石炭ホッパ車を従えた姿で保存されます(写真)。貨車は国鉄制式ではないので、「ロト」という記号でした。



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 小竹町の運動施設には、同じく貝島23号機が、こちらも「ロト」を従えています(写真)。22、23ともサイドの水タンクが、延長一杯まで延ばされています。



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 飯塚市勝盛公園には、D60 46が保存されます(写真)。化粧煙突の上に回転火の粉止め(通称「クルクルパー」)が装備され、残念。ナンバープレートもありません。



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 こちらも2回目、田川市石炭・歴史博物館横に保存される、59684です(写真)。門デフになっています。



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 こちらは初期の石炭車、セ1208を従えます(写真)。



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 大移動し、大分県日田市、日田駅北公園には、D51 176が保存されます(写真)。駅裏ではなく、少し北西方の駐車場の隅、機関区があったであろう場所にありました。



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 そして、大分県玖珠町豊後森へ。現存最大級の扇形庫、旧豊後森機関区跡です(写真)。現役ではなく、ガラスも割れ、かなり傷んでいるのは残念です。しかし、観光施設に活用するのも難しいところです。何か良いアイデアはないのでしょうか。



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 同じ玖珠町、三島公園には、C11 270が保存されます(写真)。



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 そして今日の最後は、由布市湯布院町のD51 1032です(写真)。番号が飛んでいるD51戦時形、1115両目の最終号機は1161番というのは、よく知られています。



 そして次を狙っていたものの、日没時間切れ、今日の滞在先に向かいました。



 長い遠征の、初日です。もう少し行きたかったですが、手順が悪く行き戻りが多く、これが限界でした。明日は、もう少し効率的に回りたいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

春を感じぬままに(後半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は今週のメイン、「春の阪急レールウェイフェスティバル 2012」を取材しました。



 今朝も滞在先を発ち、向かったのは正雀。会場の阪急正雀工場は、イベント開始前でした。他には11時開始のイベントもある中、阪急は早起きで9時開場とアナウンスされ、しかも集まりが良かったため9時少々前に始まりました。



 最初に行くのはやはりそう、新京阪P-6(後の阪急100形)と、神戸線900形の動態保存(写真、手前116、奥900)。直行で整理券を貰い直ちに並ぶと、今朝最初の運転に乗車出来ました。



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 どちらか一方、しかも1回きりなので、今回はP-6に乗車。車内の様子です(写真)。この頃から現在に至るまで京都線は、セミクロスシートの伝統が続いています。



 阪急京都線は、戦前「新京阪鉄道」として京阪の手で設立された路線、併用軌道もあり線形の悪い京阪線の新線として、天神橋(現在の「天神橋筋六丁目」)から京都に向け建設された路線です。同線のP-6が有名なのは、国鉄の超特急「つばめ」(SL牽引)を、並走する山崎で待ちかまえ、悠然と抜き去ったという逸話があるからです。その伝説の車両に乗ったのです。



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 同車の運転台(写真)。戦前製の電車で、装備はマスコン、ブレーキ弁に圧力計のみで、簡単です。しかし、何といっても動態保存であることが素晴らしい。



「P6.wma」をダウンロード



 そして場内を2往復します。その添乗音です。吊掛駆動なのは、当時としては標準的です。これが100キロ以上で走っていたら、と思うと、感慨があります。勿論、現在ではそんな走行は出来ないでしょうが。



 出来れば900も乗りたかったのですが、1人1回、参加証の葉書に入挟の証拠があり、断念しました。





 その運転の動画を、すぐに撮りました。これが動くことが、どれほど貴重なのか、分かるでしょうか。



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 続いて、JR東海道本線側に静態保存される、602です(写真)。大正15年川崎造船所製の電車です。



 同車も車内が見学出来ましたが、容量の都合で省略します。



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 続いて、工場内に移動。京都線特急用9300系9303が、補修中の姿で並びます(写真)。外板が補修されパテが塗られ、平らになっています。塗装が薄いですが、これは表面塗装を少し落とした姿、内部整備を終えると、窓のマスキングの後、下塗りの上阪急マルーンに塗られます。阪急には自動車体塗装機もあると、過去のイベントで見ました。



 これだけ銀色の電車が増え、京急までもステンレスを導入する中、阪急は頑なに塗装車に拘っています。外側のマルーンといい、内側の木目デコラ(古くは木材だった)といい、これは「ポリシー」ですね。



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 そして同編成の中間車、9873が、リフティングで、他の車両の頭の上まで持ち上げられます(写真)。東武南栗橋ほどではありませんが、近鉄五位堂とほぼ同規模、阪急線全車を整備します。



 なおクレーンは、地上の職員がリモコンで遠隔操作しており、自動化が進んでいます。





 その様子を、動画で撮りました。約15分を少々カットし、時間内に収めました。





 こちらも工場内で、菱形とシングルアームのパンタグラフが同時に上下していました。子供のスイッチ操作で、動作していたようです。



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 外には「阪急阪神ホールディングス株式会社」を示すように、阪神タクシーの「タイガースキャブ」が展示されます(写真)。



 他黒塗りの阪急タクシー(ハイヤーか?)、阪急バスが運転席試乗(子供制服体験)に用意されていました。



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 そして阪急ミュージアムへ。最初は5251、5000形の増備形ですが、最初から冷房が装備されていたことから、新形式5200形となった、とのことです。現在は前面部分のみがカットされ、残ります。サボは、山陽電鉄乗り入れ時の「特急 須磨浦公園~梅田」になっています。



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 続いて能勢電鉄、2番と書かれた電車です(写真)。客室部も一部残り、路面電車であった雰囲気が出ています。



 その後能勢電鉄は、阪急のお下がりをオリジナル塗色に塗り替え使用しましたが、現在は阪急マルーンに統一されています。やはり、マルーンは阪急電車に一番似合った色です。



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 続いては、931と600の貫通ドアです(写真)。奥の茶色のドアはドアの裏側で、ハニカム構造の展示です。手前には、デッドマン付きのマスコンがありました。



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 続いて800形800のカットボディです(写真)。運転台部分のみ残ります。甲陽園線の分岐駅である「夙川」、読めますか?



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 能勢2の後は、301のカットボディです(写真)。半鋼製電車の、何処が鋼製で何処が木材か、が分かるようなモデルになっています。



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 元「新京阪」の電気機関車、ED2003のカットボディです(写真)。一部電装部品も残ります。



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 隣は、P-6、後の100形101のカットボディです(写真)。前にスイッチがあり、標識灯及び前照灯の点灯が可能でした。



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 隣は920のカットボディです(写真)。これも前照灯が点灯可能でした。



 阪急は、母体の箕面有馬電鉄から戦時統合、そして解体され阪急となるまでの間に、多くの名車を輩出しましたが、それらの全てを丸のまま保存するにはスペースがあまりに足りず、そこでやむなくカットボディで保存しているのでしょう。苦渋の決断、どこか保存出来る場所があったら良かったのでしょうが、残念でした。



 また、朝一番なら、もう少しお客が少ない状態で撮影出来たでしょうが、P-6乗車が先であったため、また多数来場で、これが限界でした。やはり子供向けイベントであり、子供を排除するなんてことは、絶対に不可能です。



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 そして、リフティングと時間が重なったため先ほどは見られなかった、マルタイの実演です(写真)。動作の動画の方も、そのうちに。





 マルタイの動画です。全部で20分近くになりますが、こちらも一部カットし、時間内に収めました。



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 最後に、見学用に柵が設置された内側からの、車庫の眺めです(写真)。左から7303始め8連(京都線)、7012始め8連(神戸線)、9007始め8連(と思われる新車、宝塚線配属と思われる)、3324始め8連(京都線)、5315始め8連(京都線)です。



 以前は百位0が神戸線、1が宝塚線、3が京都線と区別されていましたが、今は京都線とそれ以外、の区別のようです(神戸線と宝塚線の区別が無くなった)。



 また、6300系以降は妻面屋根を白く塗る、というのが新たな標準となっています。



 そしてもう少し滞在したい気もしましたが、大体撮るべきは撮ったと思ったので、投稿時間を稼ぐべく、帰途に就きました。



 阪急のイベントは久しぶりです。やはりP-6に乗れたのが一番大きい。このまま永く動態で残して欲しいものですね。



 帰宅すると、大きな段ボールが。心待ちにしていた、新キーボードが届いたのでした。早速快調に使用し、良い感じです。消耗品とはいえ、相性は多少あるでしょうから、永く使いたいものです。



 それでは、次回をお楽しみに。

春を感じぬままに(前半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、飽きずに関西に来ています。



 明日のイベントの準備があり、こちらに来ているのですが、昨晩発つはずがつい一杯ひっかけてしまい、飲酒運転をするわけにもいかず、未明に発とうと思ったものの更に寝坊し、結果今朝出発。午前中は、移動でつぶれてしまいました。



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 そして今朝の最初のお題は、新幹線。鳥飼基地東方にある、新幹線分岐用の立体交差構造物です(写真)。昭和39年開通後、現在に至るまで使用されていません。800系を割り当てる予定だった、新幹線貨物電車用の施設という説もあります。



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 続いて、大阪産業大学構内になる、阪堺電軌モ229です(写真)。周辺は学生による無断駐車が非常に多いらしく、車を停める場所には苦労しました。20分以上駐車は即警察通報、という場所もありました。時間貸し駐車場を経営すれば、成り立つ可能性もあります。



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 同車は昭和13年南海鉄道工場製です(写真)。阪堺のオリジナル塗装で保存されます。



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 続いて、東大阪大学構内に保存される、近鉄モ1474です(写真)。内部からの撮影を希望しましたが、土曜日で学校は休み、警備が対応できない、とのことで、中には入れませんでした。そこで、外から、写る範囲で写しました。床下機器は既に無く、T車状態です。



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 続いては、大阪市内の運送会社に保存されるSLを見に、移動しました。建物の外側には小さめのスポーク動輪、大きめのボックス動輪が保存されます(写真)。小さいのは8620、大きいのはC57以降の急行形の動輪と思われます。



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 建物の中には、C57 148が保存されますが、今日は休みで中には入れません(写真)。中の注意書きを読むと、仮に平日に入館し見学できても、撮影(静止画及び動画とも)及びキャブ見学は出来ないとのことで、悪しからず。



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 同社の大阪南港にある倉庫には、C12 38が保存されます(写真)。ここも同様でしょう。



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 堺市の焼肉屋には、C11 213が保存されます(写真)。正面からの姿、缶の蓋のハンドルが、ちょっとイタズラされた感じです。



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 側面からの眺め(写真)。樹木と一体の風景となっています。



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 そして江坂に近い小学校に保存されるという、大阪市電を探すも、日没前とはいえ午後5時を過ぎ、門は閉まり確認は不可能、増してその後に中学校に保存されるSLなど、撮れる筈も無いので、学校は止めました。普通の屋外展示は無いかと記録を捲ると、鳥飼基地北側に面する歩道に保存される車両があると書かれ、2回目になりますが行きました。



 最初は、21-73です(写真)。初期型の0系先頭車です。



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 もう1両は、EF15 120です(写真)。戦後製の標準型貨物電気機関車、EF58と同じ時期であり、共通する部分も多いとのことです。



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 同機のメーカーズプレート(写真)。昭和29年三菱電機・新三菱重工製です。



 間もなく日没、今日の滞在先に向かいました。



 明日が、今回のメインイベントです。しっかりお届けしたいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

West Wind#7

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、関西まで戻ってきました。



 昨日は、ネットカフェで投稿し、そのまま宿泊しても良かったのですが、新航路開拓のため高松の街中に午前0時に集合。そこからバスに乗り、港に泊まるフェリーへ。いつもなら移動司令室と共に乗るところでしょうが、今回はカメラバッグだけで乗船。高松~神戸間片道1,800円、往復3,300円は破格です。昼の移動なら間違いなく2等船室ですが、夜間睡眠をとることを考え、2,000円追加し個室寝台へ。未明までですが4時間寝られるのは有り難い!出港のドラもありませんでしたが、爆睡し、到着直前まで寝ました。



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 そして午前5時に神戸港着。港からバスで三宮まで移動します。三宮から何処へ行こう、と考え、思ったのは、神戸電鉄粟生線。採算性が悪く、周辺自治体が真剣に対策を考えている路線です。そのため、応援も兼ね乗車しました(写真、新開地にて)。1101始め3連です。



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 シートのモケットの柄には粟生線活性化のイメージキャラである「しんちゃん」「てつくん」が入る、専用の編成と思われます。ただ早朝ということもあり、粟生行きは最後の方貸し切り電車でした。流石に折り返しは新開地行き準急となり、これは始発からそれなりに乗客がありました。



 正直経営的には苦しいのかなあ、とは思うのですが、粟生でJR加古川線や北条鉄道との接続があって発生する乗客もあると思うので、仮に一部廃止などということをすれば、途端に廃止されない部分までも採算性が悪くなると思います。ただ現状も難しい、とのことで、良い方法が分かりません。やはり、少し面倒でも駅まで行って利用する、位しか解決法は無いようです。最後は、地元の熱意でしょう。



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 そして、新開地に戻ります。隣のホームにはアルミ無塗装車、3003始め4連が三田行きとして発車を待ちます(写真)。やはり神鉄といい、山陽電鉄といい、如何にも川崎重工製車両然としています。



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 そして新開地からは、阪急9000系9100始め8連(9000系初号編成)が阪急梅田行き特急運用に入り、発車を待っています(写真)。阪急は20メーター車8両ですから、ホーム一杯で、撮影は苦しい。



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 それに対し阪神、山陽は、同じ3ドアでも18メーター車、直通特急5000系5014始め6連です(写真)。姫路発阪神梅田行きです。これに乗車しました。



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 そして尼崎で下車。尼崎車庫には「工事」と書かれた業務用車202、及び相方201と思われる車両が停まります(写真)。業務用車は、その鉄道会社の特徴が出て、なかなか興味深いものがあります。



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 尼崎からは阪神なんば線に乗り、大阪難波で下車。難波から再び南海に乗ります。行ったのは、南海線浜寺公園駅(写真)。風格ある駅舎、戦前の一大リゾートの玄関口でした。



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 浜寺公園から雨の中浜寺駅前まで歩き、阪堺電気軌道に乗車。車庫のある我孫子道で下車しました(写真)。左から352(オレンジ)、601(緑)、170(昔の南海のグリーンのツートン)、701(アドベンチャーワールドラッピング)です。



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 丁度下り線には、都電塗装の502が入線します(写真)。



 阪堺電軌は”スルッとKANSAI”は使えず、また以前は大和川を越えると料金が上がった気がしますが、今は政令指定都市となった堺市が支援しているようで、全線どれだけ乗っても200円均一になっています。やはりかけがえのない足なのです。



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 そして住吉鳥居前で下車、住吉公園から南海線に乗ります。天下茶屋で、左南海線”ラピート”、右高野線”りんかん”が難波を同時発車、並行する天下茶屋まで並んで走ります(写真)。阪急のような三複線同時発車は出来ませんが、阪急には有料特急を同時発車させるような観光地はありません。



 なお、”りんかん”は、11000系でした。



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 正直急行で行きたかったのですが、極楽橋へ行くには”りんかん”の橋本接続を逃すと、次は1時間後の”こうや”迄無く、急行ではもっと後、目的が果たせなくなるため、”りんかん”に乗車。11000系の車内も、色々と記録しました。



 そして橋本到着(写真、11201始め4連)。後は、30000系です。



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 橋本駅の側線には、「天空」2258他が待機します(写真)。今日はこんな複雑な天気であったためキャンセルが発生、「天空」に乗車が出来ました。しかも窓側!こんな日でなければ、不可能だったでしょう。



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 そして今日も30001始め4連は、紀伊神谷で行き違ってしまいました(写真)。3編成を輪番で運用することから、運用が3日周期であることは容易に想像出来、先回から丁度一周した今日も駄目だろうとは思いましたが、やはりそうでした。残念。



 「天空」自体は乗車3度目で、以前も投稿しているので、今回は載せません。しかし、自費乗車も初めて、窓側も初めてでした。



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 そして、予定の時刻まで時間があったので、高野山までケーブルカーに乗車しました(写真)。2両連結のケーブルカー、貫通路は広幅です。



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 その勾配は、最大551.6‰になります(写真)。通常の鉄道からは想像もつかない勾配です。



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 最後は、今回も同じ、31000系と30000系の並び(写真)。位置を変え、表題の写真も撮りました。



 そして30000系「こうや」に初乗車し南海難波へ行き、難波から近鉄特急で帰途に就きました。



 長い遠征でした。ここ数日は十分に睡眠もとれず、正直オーバーワーク気味でした。今夜は、しっかり寝たいと思います。



 最後、フェリーに関しコメントすると、車では一部例外はあるものの、ほぼ本四架橋並みの金額になります(確かに、休憩出来るというメリットは非常に大きいとは思いますが)。しかし2等船室で良いのなら、乗客は破格の待遇です。行列と不十分なカーペット敷きでの就寝に耐えられるなら、これはお薦めです。香川名物うどんツアーでも、琴電の旧式車詣でも良いですね。



 それでは、次回をお楽しみに。

West Wind#6

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、琴電を取材しました。



 昨日は日没後まで取材しましたが、投稿は何とか間に合いました。今日こそは寝坊、と思っていましたが、結局いつも通りに起きてしまいました。そして、今日もまた琴電を目指しました。



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 仏生山では、先ず駅を出て、駅舎の東側へ。そこには琴電仏生山工場の入口があるのですが、その横に入換のための線路が飛び出ています。その手前端には、今日はデカ1が停まります(写真)。琴電の電動貨車、確か発生部品を寄せ集め、自社で製造したと記憶します。中間に運転台、その屋根にパンタグラフがあります。



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 反対側の様子(写真)。運転台の前後が、無蓋の運搬部になっています。他のどの会社にも無い、独特の形態の車両です。



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 そして今日の主役は、本線西側の車庫の中に入っています(写真)。この状態では、こんな写真しか撮れません。



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 間もなく出発時刻、という頃に庫内を移動し、本線手前までやって来ました(写真)。入換信号の指示で本線に入ります。





 そして1番線に据え付けられ、私も乗車します。一旦高松築港まで運転し、それから琴平を目指します。



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 300の車内(写真)。木材が多用されますが、23のようなニス塗りではなく、多数派のペンキ塗りです(写真)。グリーン系の塗色は、ほぼ統一されています。



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 300も、「近代化産業遺産」のプレートが貼られます(写真)。



 一時の琴電は、阪神や三岐、京急等各社から旧式車を購入し、まるで生きた電車の博物館のような状況でしたが、旧式車は当然非冷房であり、整備も困難であることから、冷房化率、整備性向上のため置き換えを進め、数年前に定期営業車の冷房化率は100%となりました。しかし、それは旧式車の廃車ということでもあり、引退時には1両ずつお別れ会をしていきました。そして最後まで残ったのが、この4両なのでした。



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 今日も滝宮で、運用が変わる長時間停車をします。撮影タイムです。300を先頭に、23、500、120の4両が並びます(写真)。まさに、オールスターキャストです。



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 反対からの眺め(写真)。120が先頭です。



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 時間があったので、名駅舎という滝宮駅を撮影しました(写真)。モダンな木造建築であり、これも「近代化産業遺産」に認定されています。



 そして定時に琴平に向け出発しました。



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 琴平到着直前に、JR土讃線の下を潜ります(写真)。3連のガーダー橋ですが、これは琴電と、現存しない「琴参」(琴平参宮電鉄)及び「琴急」(琴平急行電鉄)が潜っていたからで、戦時期の統廃合及び不要不急路線の資材供出で両線廃止、バス・タクシー等に業態を変えました。



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 そして琴電琴平に到着。早速行先表示を「高松築港」に交換します(写真)。



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 琴電琴平の駅舎(写真)。寺社風の建築です。この付近に、琴参と琴急の駅があった、とのことです。



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 そして徒歩数分の所に、JR土讃線琴平駅があります(写真)。こちらは、モダンな建築です。駅からの灯籠に挟まれた通路横には、「四国鉄道発祥の地」というSL動輪の記念碑があります(写真左端)。



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 そして再び乗車。そのまま高松築港で取材を切り上げ、帰途に就こうと思っていたのですが、車内で「午後3時20分から4時まで撮影会を行います!」と何度もアナウンスしていたので、結局運用が終わる仏生山まで来てしまいました(写真)。列車は運用を終え、撮影会の準備のため2両ずつに分かれ、東側の車庫に入線します。



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 一旦デカ1の前まで入り、庫の奥に移動します。どうするのか?と見ていると、左から車両番号順に並びました。窓を全部閉め、行先表示を全て装備し、撮影会が始まりました(写真、左から23、120、300、500)。そして記録し、会場を後にしました。



 結果、今日中に海を渡る筈が、明日になってしまいました。予定が変わる期待以上のハプニングは良いですが、これがトラブルにならないよう願っています。



 明日は、四国アイランドを去る予定です。ああ、2年ぶり上陸の実感が湧いてきました。



 それでは、次回をお楽しみに。

West Wind#5

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、琴電を中心に取材しました。



 昨日は南海特急”サザン”に乗ったところで終わっていますが、乗車した同列車は和歌山港行き(通常は「和歌山市」行き)、和歌山港からは鉄道連絡船、昔は小松島港行き、現在は徳島フェリーターミナル行きの南海フェリーが出ています。同フェリーに乗り、海を越え四国入り。フェリーターミナルからは最終市バスに乗り、徳島駅前の滞在先に向かいました。



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 そして今朝も早起き。寝坊すると12時まで列車が無い、と念じ、気合いで起きました。



 徳島駅には、左キハ185系海部行き特急「むろと」、右N2000系岡山行き特急「うずしお」が入線します(写真)。2分遅れで普通が出るのに、勢い余って自由席特急券付きの乗車券のボタンを押してしまいました。乗車料金1,000円、特急料金約1,200円、乗車料金より高いのはちょっと勿体ない。



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 そして予定通り志度で降り、JR駅から徒歩数分の所に、琴電志度駅(琴電志度線の終点)があります。そこで一日乗車券を買い、乗車します。



 間もなく、724始め3連が入線します(写真)。元名古屋市営地下鉄、地下鉄では車両限界があり冷房化出来ませんでしたが、余裕のある地上線では屋根にクーラーを載せても問題ありません。軌間も同じ1,435ミリで台車もそのまま使え、相性もバッチリ!



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 そしてそのまま乗り続ければ良かったのですが、塩屋で下車。車なら簡単に行ける、「道の駅源平の里むれ」へ、同駅から歩いて行きます。同所には、元琴電の335が静態保存されます(写真)。少し塗装が傷んできた感じです。



 車内も撮影しましたが、容量が大きくなるので、割愛しました。



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 同所には、琴電志度線の撮影ポイントがあります。琴電は外側の海岸沿いを大きく回るのですが、その回る内側が小高い丘になっており、旧式車引退時はそこから構えるファンも多数いました。その撮影ポイントに行くと、丁度804始め3連が通過しました(写真)。



 そして、慌てて駅に戻ります。



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 そして志度線の起点であり、琴電全線の集まる最重要ターミナル、瓦町に行きます。そこから長尾線に乗り換え長尾へ。元京急のラッピング車に乗り、途中のネタも多数ありますが、容量の都合で割愛します。



 琴電長尾線では、今朝レトロ電車が走り、その後午前中に撮り鉄のため回送を2往復しました。私の到着時にはそれも終わり、レトロ電車手前300、奥23はパンタも下げ、休憩中でした(写真)。



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 そして再び瓦町に戻り、香川名物を食べ(常識です)、琴平線仏生山へ。琴電名物デカ1(電動貨車、無蓋車の中間に運転台があり、その屋根にパンタグラフがあり、他社では見られない独特の形態の電動貨車となっている)が、少し隠れていますが停まっていました(写真)。



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 そして今日の主役、レトロ電車500及び120が、運用を待っています(写真)。今日は琴電検定があり(それを受けるのは相当の琴電エンスーでしょう)、それが終わるまで運転を待っていたのでした。



 ふと気付くと、重たい相棒がいない。電車に忘れたか、遺失物相談所に行き、今日のメインイベントを全部キャンセルか、と肝を冷やしましたが、電車を降りたホームの、何故かど真ん中に、誰からも忘れ去られた相棒を発見。取り返し、ほっとしました。しかし、サイズ的に爆発物と間違われる可能性もあり、今後とも相棒を忘れないよう気をつけたいと思います。しかしこれで3回目です。これ以上の感動は、恋人との再会位でしょうが、実は一度だけあります(しかも原因は鉄道でなのです)。





 そして電車は出区、ホームに据え付けられる、その動画です。現役ではありませんが、動態保存です。



「1-mo120-1.wma」をダウンロード



 そして仏生山からレトロ電車に乗車。最初は120、仏生山から高松築港までの添乗音です。吊掛駆動の音が、感動的です。吊掛讃歌!約20分です。



「2-mo500-1.wma」をダウンロード



 こちらも負けていません、片運転台付随車から両運転台電動車に改造された500、高松築港から滝宮までの添乗音です。今、なかなか聞けないですよねえ!約40分です。



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 そして滝宮で、運用が変わる長時間停車をします。やっと120が写せました(写真)。120は1000形、汽車で製造された琴電生え抜きの車齢80余年ですが、現存は同車のみです。



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 500の運転台後妻面には、昭和2年加藤車両製、近代化産業遺産のプレートが貼られます(写真)。



「3-mo500-2.wma」をダウンロード



 そして滝宮から琴電琴平まで、500の添乗音です。約30分です。



Kan5q11



 琴平で折り返し。運転士が貫通路を開け、方向幕を交換します(写真)。だから琴電は全車貫通路があるのです。



Kan5q12



 丁度空っぽになったタイミングで、車内の撮影を。最初は、120です(写真)。



Kan5q13



 もう一両、500の車内です(写真)。



「4-mo120-2.wma」をダウンロード



 そして琴平から高松築港まで、120の添乗音です。約70分、暇な方はどうぞ。



Kan5q14



 そして高松築港から瓦町まで運転され、今日は終了。長尾線ホームに入り、どうなったかと思ったら、側線に入線、片割れを待つようです。私は、それに乗車すべく、再び長尾を目指します。



Kan5q15



 長尾では、昼も見た23及び300が、出発準備を始めます(写真)。パンタ上げは営業電車が支障し見えませんでしたが、入換、ホームに据え付けられます。その動画は、帰宅後です。





 そして入換、ホームに据え付けられル、その動画です。



Kan5q16



 そして、乗車します。23の車内(写真)。唯一の内装(木材)ニス塗りであったことから、同系他車(ペンキ塗りだった)と運命が入れ替わった、幸運な1両です。



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 相方、300の車内(写真)。レトロな雰囲気です。



「5-mo23.wma」をダウンロード



 長尾から23に乗車し、瓦町まで添乗音を録音しました。約30分、気の長い方はどうぞ。



 そして日没、列車は瓦町で運用を終え、他の2両と合流、仏生山工場へ帰庫したものと思われます。



 明日は、オールスターキャスト4両編成で運用に就きます。都合の付く方はどうぞ、というと私が乗れなくなってしまうかもしれませんが。



 明日は、今日の続きです。



 それでは、次回をお楽しみに。

West Wind#4

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、再び関西に来ています。



 連休も後半戦、初日の今日は兎に角移動が大変で、名阪特急は甲乙とも前売りだけで11時半まで満席、名伊乙特急中川乗換、阪伊乙特急でなければ関西圏への移動は不可能でした。阪伊乙特急は大阪上本町起終点なので、難波にこだわるといつまでも待たされますよ!



 そして近鉄名古屋で80分待ち、脱出。連休初日の往きは、やっぱり大混雑です。前もって、確実な時間の席を取っておくべきでした。



 中川乗り換えの間に、”アーバンライナー”は中川短絡線を通り先行します。これは、乙特急故の悲しさか。



 そして終点上本町の地上ホームでも良かったのですが、難波には地下ホームへ入る必要があるので、鶴橋で乗り換え。3分の合間に、姫路発祥らしい今川焼き(鶴橋に支店がある)を購入、昼食に充てます。



 そして難波で下車、再び南海を目指しました。



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 そして懲りもせず、再び高野線を目指します。30000系特急「こうや」が発車を待っています(写真)。難波で30000系を撮るときは、何故かいつも30003・30004の編成になります。これは、運命か。



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 そして特急でも良かったのですが、今回は後続の快速急行極楽橋行きに乗車。6連ですが橋本で2両切り離し、4連になります。



 紀伊清水で、遂に30001・30002の編成とご対面(写真)。しかし、ここで出会うということは、今日の最大の目的は達せられない、ということがこの時点で確定しました。やはり、この前押さえておかねばならなかったのでした。



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 九度山には保線基地があり、バラスト運搬のモーターカーが並びます(写真)。急勾配・急曲線の区間ではレールも消耗が早く、保線は生命線です。



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 高野下にもモーターカーがあります(写真)が、これは足場付きで、架線用のモーターカーです。



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 そして終点極楽橋に到着。左3番線には30003始め4連「こうや」、右4番線には2304(2300系最終編成)他が停まります(写真)。



 2300系は橋本以遠専用の系列、性能的には2000系等に準じるようですが、車内が2+1列の転換クロスシート(2000系はロングシート)とグレードアップされ、4編成それぞれに、高野山の四季の花の名を冠しています。



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 駅からの眺め(写真)。右3番線30000系は特急、左4番線2304の相方は2258始め2連「天空」です(写真)。



 「天空」は、元22000系(南海「ズームカー」一族)で、新系列充足後ローカル運用に転属しましたが、同編成は車内を改装し高野線橋本以遠に復活、休日は予約も取れない程の人気がある展望列車です。しかし現役当時は、同じ「ズームカー」でも非貫通の21000系とは異なり貫通路があり、冬期はすきま風が寒かった、という話もあったそうです。



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 今は写真しか残らない、20000系「デラックスズームカー」、特急「こうや」の一枚看板でした(写真)。1編成だけしか存在しなかったそうです。



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 「天空」は出発し、2300系2+2連が入線します(写真、2352始め2+2連)。



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 そして、31000系が4番線に入線し、特急「こうや」が2編成並びます(写真)。30000系同士が並ぶ写真は、また次回以降です。やはり先回、特急料金760円をパーにしてでも撮るべきでした。



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 30000系中間2両の連結部の様子(写真)。左はドア準備工か、右は業務用出入口です。31000系には、このような設備はありません。



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 引き上げ線には2191始め4連が待機し、その横の本線から2196始め4連が入線します(写真)。橋本以遠に入る列車は、特殊装備が必要である関係で、限定されています。



 そして橋本に戻りました。



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 橋本からは急行に乗り換えですが、平坦型の車両でした。列車が行き違いに入ったので見てみると、特急「りんかん」11000系、11001始め4連でした(写真)。31000系と外観は似ていますが、平坦線専用で橋本以遠の運用に就くことができず、即ち「りんかん」専用です。



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 そして、高野線急行を天下茶屋で下車、間もなく南海線特急「サザン」10000系10908他が入線します(写真)。私は同列車に乗って、新しいステージを目指します。それは、何所でしょうか?請うご期待。



 明日は、今日の続きです。



 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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