山嶽党(延長戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、先回の続き、日曜日の後半の取材からお届けします。



 薮原から南に下った私は、上松町へ。同町内の「赤沢自然休養林」には、森林鉄道が一部復元され、営業運転を行っています。上松から山道を約10キロ遡ると、有料駐車場があります。そこに車を停め、森林鉄道を目指します。



 先ずは、森林鉄道記念館から。ボールドウィン製SL、1号です(写真)。特徴ある煙突は、戦時中に薪を燃料とした頃の名残です。



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 その前には、No.122(酒井製作所製DL)が(写真)。懐かしい塗装に復元されています。



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 こちらは新しい、北陸製作所製のDLです(写真)。営業運転も同型機です。



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 保線用の小型モーターカーです(写真)。4人乗りの、レールスター並の大きさです。



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 隣には、展望客車が(写真)。木造の客車、貴賓車だそうです。



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 入口側には、ボギー式DL、No.136が(写真)。鉄道車両並みの大きさです。



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 外に出ると、理髪車があります(写真)。何と理髪師も職員だったのだそうです。営林署の組織は大きかったのでした。



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 その後には、モーターカーが(写真)。これはレールバス並みです。





 間もなく営業線では、この日の最終運転となる営業運転のための入換を行っていました。本当は運転終了時刻だったのですが、お客が7、8人まとめて来たので、臨時で運転が行われました。その際の動画です。



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 駅前の待合室も、ダルマとなった木造客車でした(写真)。



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 記念館横には、寸詰まりの木造客車が(写真)。展示用に収めるため、車両を切断したのか。よく分かりません。



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 その横には、運材車が2両並んでいました(写真)。



 気付くと記念館も閉館し、「蛍の光」でも放送されそうな時間帯になってきました。



 そして、来た道を戻ります。



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 上松町の中心街で国道19号に入ると、間もなく浦島太郎が目覚めた場所とされる、「寝覚ノ床」です。「寝覚ノ床美術公園」には、2両のDLが保存されている、と書かれ、捜索すると、皆が忘れているような場所に、ありました!手前No.99、奥No.120で、いずれも酒井製作所製DLです(写真)。横の案内看板は、文字が消えていました。



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 続いて、南木曽町「福沢桃助記念館」には、DLと運材車が並びます(写真)が、DLはナンバーが分からなくなっています。



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 そして最後は、南木曽駅にも近い「SL公園」にある、D51 351です(写真)。昭和15年日立笠戸工場製です。



 これを撮り終えると間もなく日没、取材を終え帰宅しました。



 木曽の森林鉄道については、ロングセラーの写真集があります。20年前には5,000円という値段で、確かに当時としては高かったのでしょうが、それはゲーム機「ファミリーコンピューター」(通称「ファミコン」)と同程度の値段で、子供達はどうしてこの本を買わずに、ゲームを買うのだろう、という感想がありました。現在は1万円まで値段は上がりましたが、カラー写真も多数ある記念誌であり、この貴重な記録を手に入れる、というのはどうでしょうか。



 今回は、山男の写真が多数ありました。かつて鉄道しか移動手段がなかった頃に、思いをはせてみてください。



 それでは、次回をお楽しみに。

山嶽党(後半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日開催された「王滝・滝越りんてつまつり」を中心にお届けします。



 前回の投稿を終え、滞在先を翌朝発ちました。そして木曽福島から延々山道を登ること30キロ、王滝村滝越に到達。先ずはメイン会場の一つ、旧平沢商店(「平沢デパート」)に行きました(写真)。確かに、何の変哲もない一軒の家ですが、この店は、昭和40年代まで滝越で唯一の商店だったのだそうです。



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 この家が現在の持ち主になってから、森林鉄道があった時代を復元すべく、色々な展示がなされました。室内は古いポスターで飾られ、中心には森林鉄道のNゲージジオラマがあります(写真)。



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 運材車の模型です(写真)。常用レンズでも、ここまでマクロ撮影ができます。被写界深度の見本のような写真です。



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 店の前では、ミニSL9633が、お客を乗せ往復します(写真)。しかし動力は蒸気ではなく電気のようで、パノラマカーと同じミュージックホーンを鳴らしながらの走行も出来ます。



「9633.wma」をダウンロード



 走行音の、録音です。汽笛も、それなりの音です。





 そして動画です。走行は舗装路面に敷かれた、即席軌道です。



 もう少し早く来れば、ガイド付きの路線跡探訪ハイキングに間に合ったのですが、残念でした。



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 そして、もう一つの会場、「水交園」へ。並んでいる車両の中、No.119が、エンジンカバーを外し、並んでいます(写真)。





 私が写真を撮っていると、横にいた地元の人が、「エンジン、掛けようか?」と言います。頷くと、エンジンを起動してくれました。しかし、ラジエーターキャップのシーリングが丁度良い物がないために封が出来ず、水を絶えず注入する必要があるとのことでした。



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 その南側には、関西電力のマークの入ったロータリー除雪機があります(写真)。昭和42年新潟鐵工所製でした。



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 奥の列には、通学列車「やまばと」のDLと、客車2両が保存されます(写真)。地元の人には、思い出深い存在なのでしょう。



 そして大方撮影を終えたと思ったので、同園で食事を摂り、会場を後にしました。



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 ネタ本に「りんてつ倶楽部」と書かれた場所があり、その辺りにカーナビをセットすると、王滝川を渡る橋が出ています。この橋の南側、「松原スポーツ公園」の一角に、森林鉄道の線路が敷かれ、左からNo.142、No.132、及び客車が並びます(写真)。線路は長く続いています。



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 その先に新しい建屋があり、その前にはモーターカーが3両出ています。手前がNo.4、後がNo.14です(写真)。気分は「レールバス」です。



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 その後には、関西電力のマークの入った、モーターカーがありました(写真)。



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 建屋は車庫兼整備工場となっており、奥では酒井製DLの整備に着手したようでした(写真)。



 なお、現在も線路は少しずつ延長中で、最終的には公園を一周したいようです。



 この写真を撮り、私はこの場所を後にしました。



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 戻り道、木曽町三岳中学校には、No.98とされるDLと、客車、運材車が保存されます(写真)。



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 木曽町、木曽福島駅前には、何度か登場したD51 775が保存されます(写真)。横の信号機は、遠方付きの腕木式信号機です。



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 続いて、木曽町開田郷土館へ。同館には、DL No.135と客車、運材車が保存されます(写真)。山一つ越えた高原、もう少しで岐阜県です。



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 続いて木祖村木祖村民センター(藪原駅裏手)には、D51 238が保存されます(写真)。昭和14年苗穂工場製の道産子ですが、北海道には一度も配属されていません。



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 その隣の木祖村郷土館には、モーターカーNo.20と運材車が保存されます(写真)。



 私が思っていた場所は、この先、奈良井のようでした。しかし分水嶺向こうのため、行くことを断念しました。



 しかしまだ日は高い。そこで次の目的地に行ったのですが、話が長くなるので、今回はここで終わり、以後は次回にしたいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

山嶽党(前半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、甲信方面に来ています。



 今回も、明日の予定があって出ているのですが、昨晩自宅を発ち、静岡で仮眠、今朝山梨県に入りました。



 今日最初は、山梨交通(廃止)で新製され、上田電鉄を経て最後は江ノ電に入線した、801です(写真)。江ノ電時代は間違いなく緑だと思いますが、山梨交通時代の朱色に戻されています。



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 続いては、南アルプス市若草支所前にある、ED16 15(昭和6年三菱造船・三菱電機)です(写真)。F級電機の寸詰まりのような姿です。当初は中央東線貨物で用いられたようですが、後にF級貨物電機入線で青梅線等に追いやられ、引退しました。



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 韮崎中央公園には、以前も取り上げましたが保存車両があります。最初は、EF15 198、及び無蓋車トラ3両に車掌車ヨが続きます(写真)。



 EF15は戦後製の幹線用貨物電機、同時期の旅客電機EF58と共通点が多い機関車です。勾配線区用に回生ブレーキを装備した、EF16もあります。



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 もう1両は、C12 5です(写真)。



 横にはミニSL用の線路があり、日祝日には運転されるようですが、今日は土曜日、運転しません。



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 そして信濃境近くには、元富士急行3101・3102があります(写真、3102)。昭和31年日車支店製ですが、冷房化できず短命に終わりました。



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 先日も行った、辰野町にある、D51 59です(写真)。この向きなら、「ナメクジ」であるのが分かります。



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 これもそうです、ED19 1です(写真)。電化初期のアメリカ製輸入電機、後に浜松工場にて貨物用に改造されました。



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 伊那市伊那公園には、D51 207が保存されます(写真)。



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 駒ヶ根市北の原公園には、D51 837が保存されます(写真)。柵も無いのに、手入れが行き届き美しいです。



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 飯田市動物園の東方、扇町公園には、D51 402が保存されます(写真)。キャブにも入れますが、シャッターが設置され、ちょっと残念。



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 同じ飯田市でも、南アルプス山中になる上村地区、しらびそ高原「ハイランドしらびそ」には、旧遠山森林鉄道(廃止)のDL、客車、及び木材運搬車が保存されます(写真)。DLは、酒井製作所製でした。なお、ここは涼しく、避暑地であることが分かりました。



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 そして今日最後は、飯田市南信濃地区の公営食堂にて保存される、遠山森林鉄道の客車です(写真)。DLと共に保存されると書かれていますが、客車内部にはDLのエンジンカバーがあり、DL自体はありません。



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 よく見てみると、現在線路を敷設中でした(写真)。ゆくゆくはDLを動態復活させ、走らせたい、という意向のようです。なお人手及び資金は、募集中のようです。



 そして日没、今日の滞在先に向かいました。



 海無し県の山梨、長野を巡り、明日は一体どこへ行くのでしょうか。どうぞお考えください。



 それでは、次回をお楽しみに。

The 1,000th Anniversary

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。当ブログの管理人、Seichiroです。普段からのご愛読、本当に感謝しております。



 遂に当ブログも、投稿1,000回を数えるに至りました。平成16年8月24日深夜の、拙い通信試験に始まり、最初2年ほどは本当に「拙い」ブログでした。それが、コツを掴んだことにより、写真技術及び機材の向上も相俟って、段々と「見ていただける」ブログとなりました。



 休日は大体ブログ取材のため、何らかの形で鉄道に関連する場所へ行くのですが、一番感じることは、やはり「人の縁」です。鉄道を通じて、いろいろな方と出会い、いろいろなお話を聞くことが出来、私に多くの経験をもたらしました。更に、「永久に逢うこともない。」と思っていた方に逢うことさえも叶えてくれる、本当に魔法のような乗り物である、と思います。今後とも、この築かれた「人の縁」を、大切にしたいと思います。



 今後とも、鉄道の「楽しさ」を伝えるブログとしていきたいので、皆様、ご愛読のほどよろしくお願いいたします。



 それでは、次回をお楽しみに。

Galaxy Express

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、JR東海浜松工場で今日と明日開催される、”新幹線なるほど発見デー”を取材しました。



 昨日は会社で行事があり、遅くまで飲んで歌っていました。そのため、今朝は起きる気がしませんでしたが、次回の予定があった関係で、強制起動に成功。遅いながらも、何とか間に合う時間に出発が出来ました。自宅を発って間もなく雨が降り出し、不安な出発となりましたが、三河地方に入ると雨は止み、何とかいけるかな?という感じになってきました。



 そして、浜松へ。浜松駅からシャトルバスに乗るのですが、丁度親子連れが集中する時間にかち合ってしまい、「待ち時間は30分」と言われました。しかし20分足らずで乗れ、ラッキー!今年は渋滞しにくいルートを通ったため、更に早い!しかし、会場到着時点で昼12時でした。



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 リフティングは丁度12時からで、間に合わず、次の回を待つこととしました。



 最初に、EX-ICのコーナーへ。昨年くじ引きで運転台見学が当たったので、今年もいけるかと挑戦。2個のサイコロ振りで、大当たりでしたが、既に見学券は全部出てしまった、とのことで、300系J0編成のNゲージダイキャストモデル(新幹線は1/160)を貰いました。



 続いて、同コーナーの向かい、「リニア・鉄道館」紹介コーナーでは、記念展示が。中央には、0系東海道新幹線最終運転時のFRP前頭部が、0系の写真パネルの前に飾られます(写真)。あれは、平成11年9月18日のことでした。



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 その左側には、100系の同様な展示が(写真)。100系東海道新幹線最終運転は、2003年(平成15年)9月16日とのことでした。確か、この日には私は新幹線には乗っていませんでした。



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 そして0系の右側には、先日最終運転を迎えた300系の、記念装飾を合成したパネルと、記念撮影用のパネルが並びます(写真)。



 何れも、親子記念撮影用のパネルであり、職員が来客の持参カメラで記念撮影してくれます。何れも子どもがいない一瞬を狙っているだけで、家族連れの方はご心配なく。



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 西側の、本線からの引込線側には、「ドクターイエロー」923形T4編成が展示されます(写真)。静止画でも、ドクターイエローの編成写真は初めてです。



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 その東側、出発線には、編成が組み上がったZ23編成が、運転台見学用に並びます(写真)。



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 その隣、もう1つの出発線には、組み上げ中のZ24編成と思われる編成と、入換用のアントが入っています(写真)。



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 その隣、入場線には、700系C59編成が入っており、運転台見学と制服記念撮影を行っていました(写真)。



 今後、N700A(N700系1000番台)の新造がアナウンスされ、これらが落成すると、700系はJR西日本譲渡車を除き廃車、という運命が待っています。あの特徴的な顔つきも、今後減少、ということです。この記念撮影は今後貴重となるでしょうから、お薦めしておきます。



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 北西端にある体育館では、工作コーナーで300系のペーパークラフトを造れ(子供限定)、その右側にはNゲージジオラマが置かれ、運転操作が出来ました(写真)。パワーパックはトミックスのワンハンドル形パワーパック(私も持っています)でした。欲を言えば、HOゲージの方が実感が湧く気がしますが、ゲージが倍に広がれば、レイアウトは4倍の大きさが必要で、体育館内への設置も難しくなるのでしょう。更に、Nゲージなら大抵プラスチック製の車両で、数万あれば16両編成だって揃いますが、HOゲージは大きいことから細かい造作をしないと実感的ではなく、結果ブラス製となり、3、4両で十数万となります。まあ、JR東海の車両は殆ど鉄道模型メーカーが模型にしていますから、社員の自作は少ないでしょう。



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 そして1時15分のリフティングに合わせ、会場に移動。会場は、通常は台車入れの場所とのことで、パネルに工場での車両の流れが描かれていました(写真)。





 そしてリフティングが始まりました。本来なら往復を入れるべきですが、残念バッテリーが2個ダウンし、2個目は戻りの撮影の最中に電池切れとなり、中断してしまったためカットとなりました。残念。やはりバッテリーメーカーのカメラは、純正バッテリーが一番のようです。なお、使用された車両は、783-24(Z24編成の1号車)でした。



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 リフティングが終わり、皆移動します。私は、部品の展示会場へ。先ずは、パンタグラフから。現在のN700系用シングルアームパンタグラフです(写真)。Zでもなく、途中に折れ曲がりのない、ポールに近い形です。





 その横では、折れ曲がる300系形のシングルアームパンタグラフの、動作実演が行われていました。



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 続いて、検電アンテナです(写真)。新幹線のみならず、在来線でも485系などで見られる形です。架線電力の検知と、無線通信と両方の機能がある、とのことです。



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 隣の、謎のT形の装置は、真空遮断機です(写真)。交流電機の技術開発の過程で開発されたものです。



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 隣には、変圧器があります(写真)。電力、電圧がそれ相応であることから、やはり大型です。なお、超伝導技術を使うと、この変圧器を軽量化できる、とのことですが、床下にマイナス百何十度の機器がある、というのは、少し気になるのか。まあ、超伝導リニアも、同じと言えば同じですが。



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 CP(コンプレッサー)です(写真)。700系からは、レシプロ式(ピストンで圧縮する方式)から、スクロール式に改められたそうです。



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 N700系が700系から進化した部分、CC装置(車体傾斜装置)です(写真)。車体の空気バネを操作して、車体を数度傾けることによって、カーブを以前より高速走行させることが可能になりました。社員曰く「地味で分からない部分」とのことですが、実は大きな進歩なのです。



 そして、リフティングの撮りなおしも考えました(「リベンジ」などという言葉は、肉親が殺された位でなければ、使うべきではありません)が、帰りのバスの行列に並び、帰途に就きました。



 本当は、今日は北海道の釧路運転所でもイベントが行われており、参加を渇望しましたが、残念ながら叶いませんでした。最東端のイベント釧路運転所と、真の最北端のイベント旭川運転所は、地理的に遠く、年に何度も行く場所ではありませんが、可能な限り参加したいと思います。



 今日は暑さの中休みで、丁度良い天候となり、楽な取材となりました。まだ、同イベントは明日も開催されますので、参加できる方は、どうでしょうか。



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 そして帰り道、浜松から高塚寄りの場所に、浜松工場に入場する引込線が続いているのですが、その入口のあたりには、数年前はイベントに並んでいたDE15と、先日全車運用を離脱した多数の119系が並びます(写真)。何れも、解体待ちの様子です。葬送行進曲が、聞こえるでしょうか。



 今回は、エクスプレスのイベントでしたが、「銀河鉄道」は、一体何号だったでしょうか。暇な方は、投稿数を数えて戴くと良いのですが、それが原因で高額な通信料の請求が来ても、当方は責任を負いません。悪しからず。



 それでは、次回をお楽しみに。

North By Northeast#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、昨日に引き続き、東北からです。



 今朝、滞在先を発った私は、福島市郊外の「霊山子どもの村」に行きました。同所には、福島交通1115が保存されます(写真)。中にも入ることが出来、色々と記録しました。



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 続いて、角田市角田中央公園内の交通遊園には、DE10 88と、ヨ13797が保存されます(写真)。DE10の初期型です。



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 船岡駅横の公園には、ED71 37と、オハフ61 2527が保存されます(写真)。



 ED71は初期量産型の交流電機、越河越えに用いられましたが、東北本線が完成形ED75で充足するようになり、引退しました。



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 そして仙台市郊外の秋保温泉には、長崎電軌1053(元仙台市電119)が保存されます(写真)。故郷に帰還しました。



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 仙台市中心部の西公園には、C60 1が保存されます(写真)。ハドソン3兄弟、C59の最後の姿です。



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 利府市森郷児童公園(東北本線山線廃線跡)には、2両の機関車が保存されます。1両目は、C58 354です(写真)。



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 もう1両は、ED91 11です(写真)。交流電機試作機、仙山線作並で試験されたのでしょう。



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 小牛田公園には、C11 367が保存されます(写真)。



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 大崎市西古川駅横の公園には、C58 19が保存されます(写真)。



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 岩出山の有備館駅近くにある城山公園には、C58 114が保存されます(写真)。



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 中山平温泉駅前には、C58 356が保存されます(写真)。陸羽東線は、客貨両用のC58が多いようです。



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 栗原電鉄、後の「くりはら田園鉄道」(廃止)細倉マインパーク駅跡には、電化時代の機関車ED202と、ワフ73が保存されます(写真)。



 この後、くりでん若柳駅跡に行くと、すっかり整理され、車両が新車並みにピカピカに塗装され並んでいました。時間が遅く、中には入れませんでしたが、要注目です。



 そして石越の遊園地に保存される栗原電鉄の機関車を見に行きましたが、既に閉園時間を過ぎており、現在もあるかどうかさえ分かりませんでした。



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 そして今日最後のつもりで撮った、一関市のC58 103です(写真)。錠を外すと連結器が動くのに、子供が驚いていました。



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 今日はそれで終わりの筈が、日程をこなすために残業した、花巻市内の花巻電鉄「馬づら電車」です(写真、モハ3)。ありとあらゆる光源を駆使した結果、ここまで写りました。



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 今日本当の最後となったのは、JR釜石線の宮森川橋梁です(写真)。夜一定時間までライトアップされます。なお、中央に写るのは、旧線橋梁の残骸です。



 そして今日は打ち止め、滞在先に向かいました。



 明日は、今日の続きです。次回をお楽しみに。

North By Northeast#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、連休を利用して東北に来ています。



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 例によって昨晩自宅を発ち、未明に新潟入り。新潟から只見線に並走し福島に入る計画で、通行止め情報等も確認し到着。今朝最初は、魚沼市小出の公園に保存されるC11 46(写真)。早朝からスタンバイです。



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 続いて守門温泉SLランドへ。29657及びオロネ10 2885が並びます(写真)が、キューロクはキャブの屋根が潰れ、10系客車は傷み、立ち入り禁止になっています。



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 そのまま只見へ行けるかと思いきや、なんと国道は復旧工事で通行止めでした。まあ、只見線が致命的に寸断されているわけですから、並行する道路も相当程度の被害を受けていて、当然です。仕方なく村松、五泉まで周り、福島県西会津へ。



 観音の前には、除雪車が2両並びます。1両は、蒸気式ロータリー除雪車、キ621(キ620形)です(写真)。蒸気ロータリーは、小樽、名寄とここだけにしか残っていないそうです。



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 その後には、キ172ラッセル車が並びます(写真)。豪雪地帯、欠くことべからざる車両でした。ここへは鉄道では無理、バスか車しか交通機関はありません。



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 そして大回りして、只見へ。只見には、C58 244が保存されます。



 途中会津若松~会津川口間は列車が走りますが、その先ではトラス橋が落ちていたり、どの駅にも到着できないキハ48がスノーシェッドの下で停まっていたりで、かなり大変です。福島県は、本当に泣きっ面に蜂です。高山本線の寸断を思い出してしまいました。



 国道は、新潟・福島県境で工事のため本年は通れないらしく、冬期は雪で通行止めであり、通れるのは来春か。



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 戻り道、会津柳津には、C11 244が保存されます(写真)。



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 会津坂下の坂下小学校には、C58 215が保存されます(写真)。中程度の勾配で亜幹線、客貨両用のプレーリーが多いのは納得か。動輪は少々大きいものの、D51の弟分です。



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 喜多方市内の日中線緑道公園には、C11 63があります(写真)。1日3往復の路線でした。



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 その後には、新潟鐵工所昭和28年製のスイッチャーがあります。このクラスのDLが、国産DLの始まりでした。



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 熱塩にある日中線記念館に行きました(写真)。丁度説明をしてくれる、地元の方という女性がいて、実は廃止後荒れていた同建物をボランティアが再整備して、現在の美しい姿にしたとのこと。その甲斐あって、この建物(旧熱塩駅)は産業文化遺産に指定されたとのこと。喜びもひとしおでしょう。



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 奥にはキ287、オハフ61 2752が保存されます(写真)。客車では、写真展が行われていました。



 なお、同館そばには熱塩温泉、日中温泉があるそうで、是非来ていただきたい、と言われました。今日はこの後があるので駄目でしたが、またそのうち機会があれば、是非お伺いしたいと思います。



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 そして猪苗代「緑の村」へ。沼尻鉄道DC121と、客車2両が保存されます(写真)。



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 同列車の前には旧翁島駅舎が、蕎麦屋として使用されます(写真)。移築されました。



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 続いて峠を越え、郡山へ。開成山公園には、郡山工場製のD51、264号機が保存されます(写真)。



 隣の球場では高校野球、甲子園の予選が始まりました。いよいよその時期ですが、私の高校には硬式野球部が無く(遙か昔に廃部された)、実感が湧きません。



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 ゆべし工場にC58があると聞き、入ろうとしましたが、食品工場は衛生上の理由で入れないとのこと。泣く泣く断念します。



 続いて福島市飯野町には、C12 60が残ります(写真)。この先の川俣にはC12 66が保存されていましたが、後に真岡鉄道にて動態復元されました。故に「川俣号」とのこと。納得です。



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 福島市交通遊園には、C57 46が保存されます(写真)。駐車場発見には、苦労しました。



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 そして今日最後は、福島市の小学校に残る、福島交通1119です(写真)。



 間もなく日没、今日の取材を終えました。



 明日は、今日の続きの予定です。次回をお楽しみに。

No.2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、名古屋市交通局を中心にお届けします。



 今週は名古屋市と決めていたのですが、昨日は朝の雨音で起きる気がしなくなり、寝坊を。気付くと2人の甥が訪ねてきて、その応対で午後は潰れてしまい、結局昨日は取材をサボってしまいました。



 そして今日も晴れると思い、起きようと目覚ましをセットするも無視してしまい、時間だけが過ぎていきます。しかし、「今日こそは行こう!」と意を決し、カメラだけ持って自宅を発ちました。



 先ず、あまり考えずに平安通まで行くと、上飯田線ホームには名古屋市7000系が!しかもRAWで撮ったことのない7102Fで、これは一発でした。しかしカメラを準備する内に出発時間が来ていまい、撮影出来ず。単線行き違いで長時間停車の田県神社前(名鉄小牧線内)で撮る、ということも思いつかず、そのまま犬山まで行ってしまいました。



 犬山では、隣に間もなくミュースカイが入線、この程度の写真です(写真)。



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 時間的に限界だと思っていると、間もなく7102Fは、犬山検車場に帰庫します(写真)。今日はこの程度で、残念でした。



 名古屋市7000系は、大体午前11時までには帰庫するようです。つまり名古屋市の車両は、寝坊には写せない、ということのようです。本気で撮る気なら、朝一番が良いようです。



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 7602の車内(写真)。大体名鉄300系に準じますが、細部が異なります。



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 シートのモケット、優先席は名古屋名物が黒、一般席は白で織られています(写真)。



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 仕方がないので、今回のメイン、地下鉄鶴舞線へ。途中柏森3番線に111Fが停まっており、VVVF改造車の音は聞けないことが分かりました。



 そのまま上小田井へ(写真)。乗っていたのは3300系3304F、”エコトレイン”でした(写真)。



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 そしてしばらく待つと、新車N3000系、この5月に納車されたばかりのN3102Fが入線します(写真)。テールゲートにロックオンです。



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 豊田市行きに214Fが入線します(写真)。100系最終編成、これも全VVVF化改造されれば、200系に編入されるのでしょうか。



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 そしてお目当てN3102Fは、引上線で出発の時間を待ちます(写真)。



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 そしてホーム据え付け、赤池行きになります(写真)。



 N3000系、N3101Fは日立製”A-Train”であり、当然アルミ製ですが、写真のN3102Fは日車製、日立の特許を使える訳が無く、アルミ車体で製造したのか興味がありましたが、光沢はステンレスのようです。アルミ無地なら梨子状に処理(営団アルミ車(Ex.6000系)、川崎重工が確立した処理)されるはずで、これはそうではありません。



「N3102.wma」をダウンロード



 そして発車、磁歪音を残し走り去りました。





 その動画です。VVVFは名鉄200系と同じ位置、2・4・6両目にあるようです。



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 動向を気にしていた3159Fは、未だ組成変更を行っておらず、凸凹編成のままです(写真)。このままでは、JR九州883系のようになってしまいそうです。



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 その凸凹の原因です(写真、3806及び3706)。多分一番調子が良いから3050系に挿入したのでしょうが、編成美には程遠い。やはり、これを何とかしなくては。



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 その合間に来ました、名鉄5600系5601Fです(写真)。5700系余剰中間車に、廃車5300系前頭部を接合したニコイチ車、7100系亡き今、1384系に次ぐ珍車です。



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 やっと仲間が出来た200系、215Fです(写真)。111F全VVVF化改造が終わり、2編成になりました。



 でも、100系がVVVF改造が出来るなら、瀬戸線6000系も出来そうな気がしますが。しかし6000系に続き、6600系まで手がついてしまいました。



 そして一巡を確認し、もう一度N3102Fが戻るのを待ちましたが、その後に豊田市に向かった編成が戻り、今日の運用を終え、赤池から日進工場に入庫したことが分かりました。



 さあ、行こうかなと思った所で、私のデジ一を見た女性(若かったです)と、撮影法について話をしました。私は、写真の8割は偶然ですが、1割は道具、1割は技術だと思います。勿論意図したとおりの写真になるには、やはり良い道具と技術があった方が、少し確率が上がりますが、道具(カメラ)がどんなに良くても、技術がどんなにあったとしても、「シャッターチャンス」という偶然を支配できません。だから、いつあるか分からない「シャッターチャンス」のために、常に技術を向上させ、意図した写真となる努力をするべきだと思います。技術の向上に一番良いのは、「失敗」です。失敗を研究分析し、「次回はこうしよう」と分かれば、少し技術が向上すると思います。敢えて言うなら、「とにかく撮って、色々試してみる」か。みなさんも、どうぞ。



Nat1q14



 そして、時間があったので、東山線藤が丘へ。いつものポイントで、5177Fの写真を撮るべく、構えます。早速次の列車が5177Fだったのですが、撮ろうと思った時には折り返し列車が被ってしまい、失敗。幸い列車を間引く時間ではなかったので、同編成が高畑まで行き、折り返し藤が丘に戻るのを待つこととしました。しかし、被ったのは今日二回目です。



 暫くすると、昨年春入線の最新編成、N1000系N1104Fが到着(写真)。昨夏も紹介した気がしますが、N3000系新造の関係で、未だ最新編成です。



Nat1q15



 間もなく、N1101F(N1000系初号編成)が入線(写真)。これも撮り忘れていた編成です。



Nat1q16



 続いて、N1103Fが(写真)。今日はN1000系が4分の3出ていて、5000系:5050系:N1000系は、2:7:1でした。



 確かに5000系最終編成は平成2年製、まだ撤退は早いという判断もあるのでしょうが、正直廃車が発生した3000系に比べてもシートが安物で悪く、一部には蛇行動の酷い編成もあり、やはりこちらの手を打つべきだと思います。



Nat1q17



 そして約80分後、5177Fは、高畑から戻ってきました(写真)。列車を間引く時間ではなく、本当に良かったです。



 そして帰宅しました。



 今回は7000系第2編成、N3000系第2編成を捉えました。やはり、どちらも早起きに味方するようです。今回は失敗した7102F、およびN3000系初号N3101Fを、次回の目標としたいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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