Travel About#9

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、JR西日本金沢総合車両所(本所)公開イベントを取材しました。



 昨日の投稿後、夜間に移動。昔は東トウと金サワを、急行「能登」で掛け持ちした記憶がありますが、既に「能登」は定期列車としては廃止され、乗ることは出来ません。そこで「ムーンライトえちご」に乗ることを思い立ちましたが、長岡で午前3時に降りても、新潟で降りても同じ列車になり、途中特急を入れないと午前中に松任には着けないことが分かり、結局いつもの「ムーンライトながら」になってしまいました。



 そして今朝、熱田で貨物列車待避及び時間調整のための停車中に目が覚めましたが、その後記憶が飛び、次の記憶は大垣駅構内で、生存競争に負け、大垣から立席になってしまいました。そこで汗まみれのTシャツを、トイレで着替えました。



 米原で多数派と別れ、北陸線へ。敦賀で521系同士を乗り継ぎ、松任に到着。目的地は同駅北口目の前に広がる訳ですが(国鉄時代は「松任工場」と呼ばれ、JRになって金沢運転所と合併し「金沢総合車両所」と改称した)、橋上駅舎が完成し様変わりしました。駅南側では、北陸新幹線の工事が盛んに行われています。



 そして入場、入口一番前には、先日運用を離脱した419系クハ418 1始め3連が停まります(写真)。



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 その横には、DD15 39が、引退するかの様子です(写真)。ラッセル前頭部が機関車固定式で軸重が重く、簡易線に入れないのが災いしました。



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 「食パン」の反対側はクモハ419 1、初号の編成でした(写真)。横には、ラッセル車キ209が並びます。



 419系、元は寝台特急電車581系で、クハ419はクハネ581そのままにドアが増設され、末路の哀れさを誘いました。



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 松任名物、2272です(写真)。オープンキャブの旧式SL、子供記念撮影の会場でした。



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 その後には、軌陸車の高所作業車がありました(写真)。隣には、同じ軌陸車の架線作業車もありました。



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 工場建屋は、整備工場です。最初は、クロ683 4506が、仮台車を履いた姿です(写真)。「ヨンダー」は、ついにパノラマグリーン車を廃し、このスタイルになりました。貫通路は、準備工です。



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 隣には、521系、クハ520 10がありました(写真)。



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 ラッセルヘッドの実演、と放送が入り、行ってみると、DD15 13(でした)のラッセルヘッドのウイングの、展開、収納を実演していました(写真)。動画は、後日。





 その実演の動画です。広角側が、少し足りないのが残念です。



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 反対には、DE15 1004が、ラッセルヘッドと並べられています(写真)。



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 DE15の横には、北越急行(ほくほく線)所有681系(2000番台)の運転台公開が行われていました(写真、クモハ681 2502)。残念ながら、事前応募制でした。



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 一番の見せ場、リフティングです(写真)。クモハ683 5506が、空中を移動します。仮台車に載せる所まで見られました。この動画も、そのうちに。





 その動画です。2件のリフティングの動画調整、アップロードは徹夜仕事となりました。



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 その横では、「トワイライトエクスプレス」塗色のEF81(機番不明)が、全検で整備中、腐食部にパテを塗った姿で並びます(写真)。



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 クハ415 801が、トラバーサに載っています(写真)。トラバーサ移動実演が行われていましたが、クレーンの撤収中に終わってしまいました。



 415系800番台は、元113系、七尾線用に485系から交流機器を移設され(その485系は183系800番台(山陰特急用)に改造・改番された)発生した形式です。単色化が進むJR西日本、今後七尾線はワインレッドの単色になるようです。



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 そして「最後の勇姿」と書かれた、その場所には、クハ489が2両。最初は、クハ489 1です(写真)。特急「こだま」スタイルの最後の継承者、遂にボンネット特急も終焉を迎えました。



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 その相方は、クハ489 501(写真)。今時なら、「クハ488 1」と番号を付けそうですが、方転は可能なようです。



 クハ489、0番台はクハ481 100番台(MG出力アップ版)に相当、0番台の相方は500番台、200番台(貫通形)の相方は600番台、300番台(非貫通形)の相方は700番台と決まっています。これらは、クハ481 200番台、300番台に対応しています。更に、モハ484は200番台になり定員が増えました(エアコンが、0番台のAU13+床置形から、AU75(集中形)になったため)が、中間車掌室設置形は600番台、これも同じ対応です。



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 クハ489 500番台の最大の特徴は、連結器が露出していること(写真)。これは、横軽対策で、EF63と連結するためです。右端には見落とす無かれ、協調用ジャンパ栓があります。



 クハ489は、車両ごとにタイフォンの位置が異なり、車両趣味人を喜ばせてきましたが、「最後の勇姿」となっていることから、来年以降実車で見ることは出来なくなるのでしょう。残念。



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 大糸線非電化区間の運用を務めたキハ52、156が展示されます(写真)。同線で運用に就いた赤のツートン115番は津山扇形庫で保存、青のツートン125番は赤のツートンに塗り替えられ「いすみ鉄道」へ行き、残る最後の1両となりました。既に営業は、津山から移動したキハ120に置き換えられています。



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 ボンネット用の絵入りヘッドマークが並びます(写真)。これも、鉄道博物館でしか使える場所が無くなるのですね。



 そして展示館のNゲージを見て、食堂で遅い朝食を食べ、帰途に就きました。



 思えば動画は撮り直した方が良かったかなあ、とは思うのですが、後悔先に立たず。また、来年ですね。



 そして帰り道、松任駅南西方、北陸線沿いに「北陸新幹線 白山車両基地」が建設中で、興味深く眺めていました。しかし、途中ルートも決まっていない筈なのに、既に新幹線福井駅は完成、強い意志を感じます。十何年前に、既に新幹線金沢駅が完成していたようなもので、時期の前後はあれ通るのでしょう。また、完成後は金沢~富山間は新幹線に移行なんて、乗り換えが手間ですので、少し考えて頂きたいのですが。確かにそれは、北越急行ほど深刻ではありませんが。



 長い週末でした。また明日から、仕事を頑張りましょう。



 それでは、次回をお楽しみに。

Travel About#8

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、本日後半戦、「2012 JR東京車両センター 夏休みフェア」を取材しました。



 午前中、あれほど「川越」に拘ったのは、川越からは川越線、そのまま埼京線に直通し、そのまま「りんかい線」になだれ込めば、乗り換えなしに大井町まで行くことが出来たからです。しかし本川越~川越間徒歩移動を断念したため、高田馬場で山手線に乗り換え、品川から京浜東北線に乗り換え、大井町まで行きました。



 そして徒歩数分、東京車両センターはそこにあります(写真、帰り道の撮影)。



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 エントランスには、昔クモハ100 902(東京車両センターの前身「大井工場」で試作された、国鉄近代電車のはしり)が保存されていましたが、同車が大宮の鉄道博物館の展示物となったため、暫く空きになっていました。後に、現在のJR東日本の電車製作の基礎となった901系、後の209系900番台の初号、クハ901 1(後に改番され「クハ209 901」になった)が廃車されたことから、この位置の新しい主になりました(写真)。川崎重工製、製造は鮮明に記録できませんでした(絞り過ぎました)。



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 入場すると、間もなく車体上げの実演を行う、とのことで、先ずはその会場へ移動しました。



 クハE230 6017が、30トンクレーンに吊り上げられます(写真)。動画は、帰宅後に。





 そのリフティングの様子、動画です。約10分、長いといえば長いです。



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 建屋と建屋の中間にあるトラバーサは更新されたらしく、新しくなっていました(写真)。2010年5月、日興工機の製造のようです。その上には、車掌放送体験用のE231系が載っており、動かすことは出来ません。



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 撮影会会場、右側のスペースには、左クモヤ193 1及びクモヤ192 1(電気検測車、手前クモヤ193 1)、右クモヤ143 9(牽引車)が並びます(写真)。



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 撮影会左側のスペース、一番左には、157系風塗色に改められた、185系宮オオ(大宮車両センター)OM08編成が並びます(写真)。



 157系は、当初は準急「日光」用で、のちに特急「ひびき」にも使用され、最後は特急「あまぎ」で一生を終えました。



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 愛称表示(写真)。新特急「水上」になっています。国鉄形ですので、特急エンブレムもしっかり付いています。



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 隣には、「星ガマ」EF81 81が並びます(写真)。これは、最後の勇姿か。



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 同機は、寝台特急「はくつる」のヘッドマークを掲出しています(写真)。「はくつる」も廃止されて、いったいもう何年経つでしょう。



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 その右には、E233系3000番台、NT55編成(恐らく東チタ(田町車両センター)でしょう)が並びます(写真)。田町も一気に211系がE233系に置き換えられ、現在最後に残る高崎の211系の置き換えの準備をしています。来年は、211系がこの位置に並ぶのかもしれません。



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 その隣には、E259系「成田エクスプレス」、横クラ(鎌倉車両センター)Ne001編成です(写真)。先代の253系は、まだ新しい系列だと思っていましたが、いつの間にか置き換えられ、少数の残存(「日光」等用の1000番台、及び長野電鉄2100系「スノーモンキー」)を除き、廃車になってしまいました。



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 その後方には、E231系が(写真)。左の編成はU-118編成と入っていますが、右の編成は分かりませんでした。検車の場所から、所属は横コツ(国府津車両センター)ではないかと思いますが、宮ヤマ(小山車両センター)の可能性も排除できません。



 そして色々記録し(”PS33D”の動画も録りました)、会場を後にしました。





 その”PS33D”の、動作の動画です。



 今日は、例えば「郡山車両センター」でもイベントを行っていましたが、新幹線を駆使しても3か所は難しい(「新前橋」、「尾久」、「浦和美園」の掛け持ちの実績はありますが、埼玉高速鉄道は終了間際で、中途半端になってしまいました)。やはり、これが限界だと思います。今年は南入曽が初めてでしたので行きましたが、来年は郡山も是非検討したいです。



 今日も、交通新聞社の物販ブースに行き、「『JR電車編成表』は、ありますか?」と聞くと、無いとのこと。ネット本屋で注文しても、完売で在庫無しとのことで、どうして無くなってしまったのでしょうか。追加印刷も、是非検討して欲しいのですが。なお、「私鉄編成表」、「JR気動車・客車編成表」も忘れずに。



 そして、今日の投稿先にいます。明日は、一体何処へ行くのでしょうか。



 それでは、次回をお楽しみに。

Travel About#7

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「西武鉄道100年アニバーサリー・南入曽車両基地電車夏祭り」をお届けします。



 今日は各地でイベントがあるのですが、取り敢えず東京まで行き、東京から電車を乗り継ぎ川越へ。川越から本川越へ行き、入曽から歩く、というのを考えましたが、先ず川越から川越市までが非常に遠く、早朝でなければ忍耐は不可能でした。そして入曽まで行きましたが、入曽駅から南入曽まではこちらも非常に遠く、短絡する道もなく、遂に忍耐の限度を超えてしまいました。基地の入口を発見した時は、なんという大きな喜びであったでしょうか!汗まみれで到着、帰り道に著しい不安を残しました。



 そして10時に開場、中に入りました。



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 最初に、撮影会会場へ。先ずは10000系”ニューレッドアロー”の、旧”レッドアロー”風リバイバル塗装車が並びます(写真)。なかなか撮る機会もなかったので、今回はラッキーです。



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 続いて、その隣には6000系、6001始め10連が入ります(写真)。確か有楽町線・副都心線乗り入れ対応車だと記憶します。



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 反対には、20000系20007他の編成が入り、「花と寺社」のヘッドマークを掲示します(写真)。



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 その間には、新101系、左は行先表示幕式の編成、右はLED式の編成です(写真)。この系列も運用が狭まっている、といいます。しかし他私鉄(流鉄、伊豆箱根鉄道、三岐鉄道等)に譲渡され、生き残っている編成もあります。黒前面ではないところに、価値があります。



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 奥の子供制服記念撮影用に、左10000系”ニューレッドアロー”通常塗装、右2000系が並びます(写真)。子供の記念撮影用の場所であり、かつ待ち時間が約30分とのことで、子供もいない私は、これ以上の撮影を断念しました。



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 20000系の左には、2000系の新旧前面の編成が並びます(写真)。いずれも4ドア車、地下鉄東西線に乗り入れたい西武新宿線の気持ちを現しています。



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 中央部には保線用モーターカーに挟まれた、バラスト運搬用の貨車が並びます(写真)。モーターカーは、「松山重車両工業」という新潟の会社の製造です。



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 保線工が移動に使う、「レールスター」です(写真)。原動機が付いています。



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 建屋の中には、2420および2419の2連が、綱引き用に停まります(写真)。2両ですが、子供がよく引っ張り、位置一杯まで移動したため、次回のために元の位置に戻るところでした。



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 クモハ295(新101系)が、方向幕を回し、撮影会をやっていました(写真)。もっと粘れば色々な行先も出たのでしょうが、今回はこれだけです。



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 奥の2510他(2000系)では、抽選会とクイズを行っており、その間に方向幕を回しているようでした(写真)。



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 そして帰りはどうしようか、タクシーでも乗ろうか、と思っていると、新所沢から基地の洗浄線まで臨時列車が走っており、これに乗ろうと思いたちました。



 行列して待っている間に、架線用軌陸車の実演が見えました(写真)。保線の魅せ方、というのは、何か妙手はないのでしょうか。



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 臨時列車は、30000系38806始め8連でした(写真、新所沢での撮影)。最新の系列、”スマイルトレイン”と呼ばれます。日立製です。専用ステッカーを貼っています。



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 38806の車内(写真)。通路も幅の広いガラス戸で、バリアフリー対応でしょうか。



 そして新所沢に着きましたが、本川越へは戻らず、西武新宿線高田馬場から、次の目的地へと向かいました。



 そうするとこの後の展開が読めますが、それは長くなるので、次回とします。



 それでは、次回をお楽しみに。

Travel About#6

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、再び関西まで移動しました。



 昔、「ムーンライトながら」が単に「大垣夜行」と呼ばれていた頃、ある人が毎日東京から大垣夜行に乗り、静岡で降り、東京行き大垣夜行に乗り換えて夜を明かしたそうです。単に宿泊費を節約したいだけだったそうですが、2週間続けた結果、10キロ痩せたそうです。そういう私も宿泊費を節約するために乗っている訳ですが、やはり朝早くに目的地に着けるメリットは、捨てがたい。普通に寝てたら、多分得意技をかましてしまい、昼まで起きないでしょうから。



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 そして、早朝に大垣に着き、大垣からお迎えの223系、米原から新快速、大阪で関空・紀州路快速に乗車(写真)。紀州路快速は日根野以遠の各停も兼ねており、15分ヘッドで走ります。そのため車両も223系・225系で統一、旧式車を一掃しました。しかし今朝のペアは223系0番台4連同士で、6+2両、5+3両の時期を経て4+4両になった現在、全て共通運用となっています。



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 当然途中駅では、281系特急「はるか」に抜かれます(写真)。京都・新大阪からの関空への最短ルートです。大阪(梅田)は通りません。



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 もうすぐ終点和歌山、というところで、381系特急「くろしお」に抜かれます(写真)。振り子車体の、傾斜が分かるでしょうか。先頭はクロ380、パノラマグリーン車です。パノラマグリーン車のある編成のみ残り、他は福知山に移動のようです。



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 和歌山から先へ進みます。向こうからは、グリーンの117系4連がやって来ます(写真)。JR西日本での、塗装単色化のはしりです。



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 和歌山からの電車は御坊で終点。電車は223系でしたが、0番台ではなく2500番台でした(写真)。ヘッドライトが丸目ではなく、1000番台及び2000番台同様の、フォグ・テール一体型のケーシングです。実は、少数派です。



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 御坊で電車を待つ傍らに、新車287系がやって来ます(写真)。6+3の9連ですが、編成表にも載っていない最新編成です。しかし、福知山の287系のような編成表記(連結器バッファ側部)はありませんでした。



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 御坊から紀伊田辺へは、もうこれしかありません、E231系ではありません、113系2000番台の2連化改造車です(写真、手前クモハ113 2060)。2連の105系が足りず、しかし新製するにも新系列が必要で、結果残ってしまったのでしょう。



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 紀伊田辺からは、長距離普通、105系です(写真、クモハ105 6)。



 105系には、当初から105系として新製されたグループと、103系から改造されたグループがあります。見分けは簡単、3ドア車が元から105系、4ドア車が103系(主に1000番台(千代田線乗入用)が種車)から改造のグループです。



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 283系基本編成が、紀伊田辺で運転士を交代し発車の準備中です(写真)。283系は「オーシャンアロー」と以前は区別しましたが、現在は「スーパーくろしお」も含め、全て「くろしお」に統一されました。



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 283系の、もう1本の基本編成が、行き違います(写真)。283系は、基本編成6連2本、付属編成3連が、パノラマグリーン車ありとなしが各1編成、計18両の小所帯です。追加製造もありませんでした。



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 続いて、381系「くろしお」と行き違います(写真)。こちらは、国鉄時代からの絵入りヘッドマークです。



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 反対は、パノラマグリーン車、フルカラーではないLEDで「くろしお」(以前は「スーパーくろしお」)と表示されます(写真)。



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 そして新宮で乗り換え。時間が3分しか無く、夕飯は手に入りませんでした。



 新宮からは非電化、JR東海管轄の区間です。キハ85系特急「南紀」と行き違います(写真)。今日は、普段より2両多い6連です。



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 そして長距離普通で多気に到着。向こうには国鉄色メークのキハ40、3005が運用に就きます(写真)が、編成の中間ではこの塗色の意味がない気がします。



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 乗ってきたのはキハ11、300番台+0番台の2連(写真)、300番台は単に車体がステンレスになっただけではなく、トイレも設置されました。



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 多気の待ち時間に、駅前のコンビニで食事を買います。閉店間際で品数も少なかったですが、それは仕方ない。



 そしてお帰りはキハ75、快速「みえ」です(写真)。これで帰宅しました。



 今週も長い取材となりました。明日からの仕事に、影響無いようにしたいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

Travel About#5

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、前半から大移動し、常磐線特急E657系を取材しました。



 午前中の取材を終え、電車でNさんと話しましたが、あちらは午後は「いすみ鉄道」を予定しており、私は家の直近を甲種輸送されながら未だ記事にしていないE657系に行きたいと言い、結果蘇我でお別れ。この後の旅行の無事を祈って貰いました。



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 千葉から、成田・我孫子ルート、および西船橋・武蔵野線・新松戸ルートも考えましたが、結局秋葉原・上野ルートで行きました。



 松戸電車区(東マト)は、本線から離れた場所にあり中は見えませんが、天王台の電留線は上下本線の間にあり、中がよく見えます。常磐快速用E231系が、ずらっと並びます(写真)。これは壮観です。



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 その隅に、常磐緩行線・千代田線乗り入れ用車両、E233系2000番台が停まります(写真)。いつの間にか203系・207系はいなくなり、209系1000番台、E233系2000番台だけになってしまいました。



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 土浦貨物駅には、EF510 513が、コンテナ貨車を従え、出発を待っています(写真)。



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 石岡からは鹿島鉄道(廃止)が分岐していましたが、現在は橋脚の基礎に当たる部分のホームの一部が残るのみ(写真)で、本当に跡形無くなってしまいました。茨城空港アクセス鉄道としても見込みがあった気もしますが。線路跡をバス専用レーンにするなら、そういう方法も思いつくのですが、親会社関東鉄道も、自社を守るので必死だったのでした。



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 水戸駅横には、左DE10 1697、右DE10 1603が、仕業を待っていました(写真)。



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 「星ガマ」EF81 98が、待機します(写真)。常磐線のこの区間の貨物輸送は、交直切り替えの関係でJR東日本の機関車をJR貨物が借りており、昔はEF81、今はEF510 500番台を使用します。「北斗星」「カシオペア」だけの運用なら、十何両も製造されなかったでしょう。もう間もなく、同機も最期か、それとも青森か長岡に転属か、分かりません。



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 奥の建屋の中には、EF510 514が、中に入っています(写真)。これは、どうしてでしょうか?



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 水戸保線区の移動用モーターカーは、左E531系、右E501系を模した塗装になっています(写真)。



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 そして勝田に到着。駅前の側線には、目的のE657系水カツ(勝田車両センター)K6編成が入っています(写真)。これだけで帰ろうとも思いましたが、これだけで取材というのは、インチキな気がしました。もう少し、詳しく撮らねば。



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 間もなく、下り「スーパーひたち」に、同じE657系水カツK3編成が入ります(写真)。非番の編成と、ツーショットです。



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 勝田と言えば、昔「茨城交通」、今は「ひたちなか海浜鉄道」の起点です。今日は新車の3710(湊)が運用に入っています。



 茨城交通のイメージと言えば、普通はキハ20系ですが、セミステンレスのダルマ、ケハ601もそうです(知る人ぞ知る、私のイメージ写真です)。



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 常磐線で永く活躍した651系、初代「スーパーひたち」が入線します(写真)。デビューして20年近く経ち、少し古い感じもしますが、まだ国鉄時代の485系リニューアル車も走るJR東日本では、この車両を必要とする線区があります。再デビュー時に、どんな姿になるか、興味があります。



 なお、651系もNゲージモデルになり、LED愛称表示まで再現されています。



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 間もなく、「貨物列車が通過します。」と放送があり、構えると、EF510 506が、単機で回送されました(写真)。



 同機は、帰り道に確認すると、水戸駅で停泊、次の仕業を待っているようでした。



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 そして、E657系水カツK7編成が、勝田駅に入線します(写真)。運用は、「スーパーひたち」ですが、最終的には「スーパーひたち」「フレッシュひたち」は双方とも廃し、E657系「ひたち」に統一される予定でした。しかし、例の大地震で、大きく予定が変わってしまいました。



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 K7編成10号車、クハE657 7の車内(写真)。デッキは木目調パネルで暗めに設定、車内は黒いモケットのシートに白いパネルで構成されます。



 そして上野着、今日の投稿ポイントに到着しました。



 長い一日でした。これでE657系にも乗車し、一つ支えが取れました。さあ、明日も行くぞ!



 それでは、次回をお楽しみに。

Enthusiasm(Story2)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、今週のメインイベント、京葉臨海鉄道50周年イベント、第2回目をお届けします。



 確か5月に第1回目のイベントがあり、これは車で行った記憶がありますが、今回は、電車です。今朝は滞在先で寝坊してしまい、朝食もそこそこに出発すると、Just On Time!丁度予定の列車がやって来て、非常にラッキーでした。しかし降りる浜野でもまた寝坊し、危うく降り損ねるところでした。



 そして朝から暑い中、目的の会場まで歩いて行きました。



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 最初には、やはり機関車の展示を。今日も運用に就くKD603、「50周年」の記念ヘッドマークを装着しています(写真)。



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 その横、機関庫には、左端に運用に就いていないKD55 101、中央にはKD55 201、KD604が並びます(写真)。



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 間もなくKD604は発車、その後にはKD55 102が入っていました(写真)。



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 横の物販ブースはコンテナの中に入り営業しています。「よしず」が掛かる中を覗くと、コンテナの中にNゲージのレイアウトがあり、鉄道模型が走っていました(写真)。



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 その西側の展示スペースには、現在増備中の石油タンク貨車、タキ1000形、その中でもまだ新製間もないと思われる、333号車が展示されます(写真)。



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 その横には、大物車シキ600が展示されます(写真)。間に挟み込むタイプの大物車、富士電機製造の所有です。3軸台車が8つ連なり、24軸48輪の貨車です。



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 その隣には、こちらも大物車、シキ280B2がありました(写真)。



 大物車は、運搬方法(挟み込み、落とし込み等)によりABCD4種の区別があり、このシキはB形です。これも富士電機の所有です。2軸台車8つで16軸32輪です。



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 そして展示運転が始まります。運転体験も行うKD604が、入換運転しています(写真)。運転体験はくじ引き、1回当たり30組が当選しました。



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 そして奥ではKD602が、コキ(コキ106のような色のコンテナ貨車)を牽き、移動します(写真)。この投稿場所の回線速度ではYouTubeに投稿できないので、見るに耐える画像なら、後日掲載します。



 そしてどうしよう、と思ったところに、関東で有名なNさんと再会。「この前、『信州』にも来てただろう。」と言われ、図星でした。結果ここでこの会場は後にしようという話になり、勿論割り勘ですが浜野までタクシーで一緒に行きました。



 今でこそ仕事で今の場所に居ますが、元々は私は東男ですので、こちらにはそれなりに知り合いが多くいます。でも、こんなに当たってしまうのは、運が良いのか?



 そしてこの後も取材を続行しましたが、長くなるので、また次回としたいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

Travel About#4

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、関東地方に来ています。



 明日の予定があり来ているのですが、明日は明日として、今日は先ず東京駅から。千葉に行く最中に人身事故との報に、京成に乗りました。しかし余裕があったため、結果JRに乗り続けていても影響なく、損してしまいました。



 そして成田へ。成田からは211系3000番台、504編成に乗車(写真)。行き先は、銚子です。



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 銚子駅からは、銚子電鉄が走っています。単行電車を思っていたら、今は2連の電車です(写真)。2002、元伊予電モハ823、その元は京王帝都デハ2069でした。



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 その相方2502(元伊予電クハ853、元京王帝都サハ2576)の、終点外川到着の図(写真)。横の801は、銚子電鉄最悪期に走った電車で、現在は同駅に疎開留置されているようです。



 2502にも、高額寄付者の名前が載っています。ここにも「鹿島鉄道保存会」が10口寄付しています。代表者は私の知人で、この時期に金は有り余っているらしく、私生活ではキャバ嬢を店から自宅に持ち帰る程だそうで、私との人生観の違いを感じさせます。しかしその金を手にするために、彼は高校時代ラジオで、私には耐えられないような痴態を曝したのでした。



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 そして仲ノ町まで戻ります。1001は、地下鉄銀座線メークになっています(写真)。しかし、しっかりパンタグラフはついています。



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 銚子電鉄のマスコット、ドイツ製電機、デキ3です(写真)。昔は黒一色でしたが、今はツートンに塗り替えられています。集電装置も、ビューゲルからポールに復元されたようです。



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 奥の車体上げリフトには、地下鉄丸ノ内線メークの1002が載っています(写真)。しかし、黒のウェーブラインはまだ入っていません。1001、1002とも元営団地下鉄丸ノ内線の車両らしく、塗装は似合っています。



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 笠上黒生駅側線には、昔はもっと古い車両が朽ちるのを待っていたような気がしますが、今はトロッコ「澪つくし」が疎開留置されます(写真)。



 時間があれば、タイ焼きで有名な、観音駅のタイ焼きも手に入れたかったのですが、時間の都合で断念しました。



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 そして銚子まで乗っていたのは、2001始め2連、元伊予鉄(元京王帝都)でした。こちらは、京王帝都の時代の復元か、緑一色になっています。



 私の過去の復元には、京王帝都6000系は欠かせないのですが、かつて京王帝都で一時代を築いた同系も、20メートルボディ、特殊軌間台車が災いし、最後の一両までも残らず廃車になってしまいました。



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 銚子から総武本線で千葉に戻ると、255系Bo04編成、特急「新宿わかしお」が入線します(写真)。短距離の房総特急に9両編成は少々輸送力余剰で、少数の増備に終わりました。



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 現在の特急の主力はE257系、モノクラス5連で、必要な時は2編成10両で輸送力を確保する、という方式に落ち着きました(写真、NB05編成、茂原にて)。特急「あずさ」E257系の派生形です。でも、通勤特急ですよねえ!



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 そして外房線、内房線の普通は、すべて209系改造車に統一されました(写真、C408編成始め8連)。4連と6連を状況により増結し、8連、10連を組成することが出来ます。種車は試作車以外でも870両あったわけですから、それは可能でしょう。



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 安房鴨川で内房線に乗り換え。線路はスルーで、区間では外房線と内房線をスルーする運用もあるようですが、全線を通ってしまうと方転してしまうので、ほとんどの運用は安房鴨川で切れます。そのため同じ向きでも、ここで奇数向きの編成から、偶数向きの編成に変わります。写真は、安房鴨川で待機する255系Bo02編成特急「わかしお」(写真)。まだ発車には時間があります。



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 列車は、安房鴨川~館山間も、209系改造車です(写真、C418編成)。他線直通を除き、普通は全て209系改造車で充足されました。ここで、209系6連に乗り換えです。



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 木更津では、今年度中に車両を置き換えると発表があった、久留里線が分岐します。幕張車両センター木更津支区には、写真のキハ30(車番不明)ほか、後がない車両が並びます(写真)。ただキハ30は冷房が無く、夏の乗車は正直苦痛です(キハ37、キハ38は冷房がある)。秋か、冬なら良いのですが。エンジン音の録音は、エアコンが動作しない時期が理想です。



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 そして五井には、小湊鉄道のキハ200(国鉄キハ20と同様の設計の車両とのこと)が並びます(写真)。心持ち、外観が綺麗になったかなあ?という気がするのですが、気のせいでしょうか。



 そして日没、今日の滞在先に向かいました。



 明日が、本番です。しっかり取材したいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

Travel About#3

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、関西方面を取材しました。



 昨日は気分良く起き、少し早く出発をしました。しかし大垣からもたつき列車が遅延し、結果アドバンテージがなくなってしまいました。



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 新快速は姫路に到着。3番線には、丁度姫新線キハ127が到着しました(写真、キハ127 1004及び4)。



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 4番線には、キハ127初号ユニット、1及び1001が停まります(写真)。播磨新宮行きでした。



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 そのまま乗っていきたいとも思いましたが、今回は予定があり播但線へ。2番線には、103系3500番台が入線します(写真、クモハ102 3501始め2連)。以前は沿線の生野銀山関連で「銀の馬車道」ラッピングがなされていましたが、現在は元に戻っています。



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 そして電化区間の終点寺前からは、気動車です(写真、キハ40 2046、和田山にて撮影)。キハ47を両運転台改造したキハ41もありますが、今日は運用に入っていませんでした。



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 和田山駅北側には、旧和田山機関区の煉瓦機関庫があります(写真)が、屋根が落ち危険な状態です。勿論立入禁止で、まるで自然倒壊を待っているかのようです。



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 そして福知山への戻り道、上川口で特急に抜かれる旨アナウンスがあったので、構えます。車両は287系上り特急「こうのとり16号」7連でした(写真)。



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 福知山に到着、長い列車待ちとなりました。4番線には287系3連付属編成(福フチFC06編成)が停まります(写真)。間もなく同編成は、福知山電車区に帰庫しました。



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 北側にある「北近畿タンゴ鉄道」宮福線に、同鉄道MF201が入線しました(写真)。2両しかない同形、赤の塗色が特徴です。



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 篠山口行きとして、223系5500番台福フチF2編成が入線します(写真)。223系ですが、221系と性能を揃えているようです。



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 反対側の端、奥1番線には183系(485系改造)特急「はしだて」京都行き、隣2番線には381系特急「こうのとり」大阪行きが並びます(写真)。183系は福フチB65編成、381系は元の近ヒネ(日根野電車区)HD302編成としか分かりません。この直後には、3番線に287系特急「きのさき」、4番線に287系特急「こうのとり」が並び、特急ばかりが集結する瞬間が見られます。



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 そして篠山口で丹波路快速に乗換。丹波路快速は、225系6連、ML05編成(運用から近ミハ(宮原総合運転所)と思われる)が入線します(写真)。テールライト点灯時は、こんな感じです。



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 間もなく運転士が乗り込み、発車の準備をします(写真)。ヘッドライト点灯時は、こんな感じです。HIDか、LEDかは、難しい。



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 車両銘板(写真)。クモハ225 6016とされ、6000番台になっています。223系6000番台(MA編成)同様に、東西線対策で2パンタ装備がなされているようです。しかし、6連でした。



 その下には、「グッドデザイン大賞 2011」の銘板がついています。223系からの衝突対策強化は評価すべきですが、JR東日本のE257系貫通型と似ている、と思うのは私だけか。しかし、あちらは「通勤特急」のようでもあり、一般型にこのデザインを取り入れたことを評価したのか。



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 そして、終点の大阪到着(写真)。福知山線経由ですから、尼崎の例の事故現場も通り、エコノミークラス症候群のような感じがしました。まあ、運転再開時からATS-Pも装備されていますから、そうも心配する必要はないのですが。



 225系は、既にNゲージ鉄道模型が2社から販売されています。実車のヘッドライトは外側が白色のLED、内側のフォグは点灯時は緑、次第に白、最後はこの写真のとおり黄色になることから、こちらはHIDのようです。市販の模型も、このヘッドライトの色を小型LEDで再現しています。勿論、前後が入れ替われば、赤いテールライトがしっかり点きます。模型を想像しながら、今回は眺めていました。



 帰り道、吹田工場では、183系の解体が行われ、中途半端な編成が留置されていました。続いて、阪急正雀工場では、何故か大阪市地下鉄堺筋線の新車らしい編成が入っていましたが、手が反応せず、撮り損ねてしまいました(阪急は同線の乗り入れ先ですから、線路は繋がっています)。そして最後に、京都総合運転所にも興味深い車両がありましたが、時間的に遅く、撮影は困難でした。



 そして場所により雨が降っていたのは気になっていましたが、米原から全く電車が動かない。最初は乗務員の手配が原因かと思いましたが、車両区のある大垣では、そんなことはありません。雨は既に止み、コムトラックの設定も難しくはないでしょうから、その他の要因で動かなかったようです(読者は悟れ)。そして日を跨ぐ少し前に帰宅しました。



 本当に、長い一日でした。でもまた行ってしまうのは、やはり好きだからでしょうか。



 それでは、次回をお楽しみに。

Travel About#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、関西まで移動しました。



 経緯を説明すると、昨日の投稿を終え、出発。そして夜行快速に乗り、大垣へ移動。そのまま帰宅しても良かったのですが、券面は1日有効なので、少し惜しい。そのため、大垣で関西からのお迎え223系に乗り、米原から新快速、京都に到着。京都からは嵯峨野線(山陰本線)に。京都駅まで出てくる運用では、全て221系に置き換えが完了しています(写真)。こうしてみると、福フチR1編成は、本当に貴重なのですね!



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 後4両は園部打ち切り、前4両は列車番号を変え福知山まで直通します。しかし私は綾部で下車します。



 列車を待っていると、ホームに381系が入線します(写真、クハ381 111始め4連)。特急「くろしお」用381系が285系に置き換えられ、近ヒネ(日根野電車区)から玉突きで発生した車両です。



 昨年日根野から来ていた381系は、日根野からの借り物のように一切手を加えていなかったようですが、現在は日根野時代のオリジナルにはない4連が発生、福フチ(福知山電車区)は自区の車両として扱っているようです。なお昨年福知山に入線していた381系は、廃車されました。



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 実は、こちらの方が置き換えが早かった、285系がやって来ます(写真)。編成は福フチFA01+FC01で、7両全部初号車です。前4両が特急「きのさき」(FA01編成)、後3両が特急「まいづる」(FC01編成)です。



 同列車は綾部で分割、私は動画カメラも構えずただ呆然と眺めていました。もう、貫通幌と渡り板以外の設定は、全部自動なのですね!



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 続いて入線は、福フチS4編成です(写真、クモハ112 5304)。方向幕が壊れたのか、こちら向きは「ワンマン 東舞鶴」になっており、いわゆる「幕張本郷」です(チハラシですよ)。車内は221系相当に整備された体質改善車で、カフェオレ塗色ですが、方向幕が壊れていてはいけません。



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 そして乗車は223系5500番台、福フチF10編成です(写真、クハ222 5510)。行先は、東舞鶴です。



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 西舞鶴で、再び「北近畿タンゴ鉄道」という誘惑もあったのですが、東舞鶴へ。同駅で走って乗り換え、小浜線に乗車しました。小浜線は、全列車125系です(写真、小浜での撮影)。



 125系は、223系の一族、単行運転が可能な1M電車で、3ドア化可能なように中間ドア部には戸袋の準備工が施されています。系列番号は、113系用ステンレス二階建てグリーン車のみに使われた125を使用、荷電改造の123系の後継も意味するようです。正直、グリーン車だけ立派な東京への嫌味にも映りますが、結局JR東日本は13年電車(減価償却期間だけ保てば良い(※耐用年数別表))という結論を得ました。なお、223系2000番台以降のJR西日本の車両は改造を前提とした準備工が施され、更に尼崎脱線事故以降の車両は、編成中の各車両重量の平均化という所まで考えています。しかし会社が大きいため、壇ノ浦まで届くには、少々時間がかかるでしょう。



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 毎度ですが、若狭本郷駅前には、北海道での開拓使による鉄道開業時の機関車、「義経」号のレプリカがあります(写真)。確か大阪花博で展示され、その後同駅に来たようです。



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 そして中心駅、小浜へ。125系がホームを埋め、壮観です(写真)。しかし、この写真が撮れたのは、バカ停だったからです。



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 バカ停のある運用にしたかったのは、小浜駅の重要な遺構、煉瓦の土台の給水塔を撮りたかったからです(写真)。タンクは鉄製で容量35.0と書かれます。蔦が匍った様子が分かります。



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 そして、敦賀に到着(写真)。同駅で、やっと昼食にありつけました。



 同駅もバリアフリー化工事が進行中で、跨線橋が設置されるようです。その方が地下に構造物を造るよりかは簡単です。



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 敦賀から、新疋田方面行きに乗車。昔の敦賀第一機関区、現在の敦賀地域鉄道部(金ツル)の横を通ります。



 最初は、北陸地区の新たなスタンダードとなりつつある521系、後には小浜線用125系が写ります(写真)。



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 続いて、元「日本海」用EF81(サーモンピンク色)、108号機です(写真)。後にはDE10が写っており、1119号機と思われます。



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 次はEF81 106、検修庫の前に停まります(写真)。



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 521系の合間に、左DE15 1532、右手前DE15 1518が停まります(写真)。1518号機は塗装が傷み、今後が心配です。



 敦賀は前後を峠に囲まれ、かつては敦賀第一、第二機関区がありました。第一機関区が新疋田方にあり、敦賀駅裏の広大な線路に第二機関区があったようです。古くはD51、後にEF70が在籍し、その名残で現在もEF81の区名札に「敦」が残ります。現在は北陸本線上り方に深坂トンネル、同線下り方に北陸トンネルが開通し、かつてほどの峠越えの苦労も無くなりました。



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 列車は近江塩津から湖西線経由姫路行きとなるため、同駅で下車。同駅始発、米原経由姫路行きが、やって来ました(写真、近ホシV19編成、クハ222 2023始め4連)。



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 そして米原へ。新快速は前方に8連が停まり、場内停止ながら入換注意で入線、連結し12連になります。しかし乗ったままでは京都、大阪に行ってしまうので、下車し、東海道線上り方面ホームに行きます。



 同ホームをEF210 161牽引コンテナ貨物が通過します(写真)。「桃太郎」、岡山機関区は充足し、続いて新鶴見機関区に逐次増備、いわゆる「鶴太郎」です。EF210も0番台はインバーター節約型でしたが、間もなく100番台が登場、100番台も61両なんですね。川崎重工・三菱電機の製造です。



 なお、間もなくセノハチ補機EF67後継用に、EF210 300番台が登場する、とのことです。合間運用で他の地区に入線するのか、注目されています(といっても東海道・山陽以外に来ることは、まずありませんが)。



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 そしてお帰りは313系、海カキ(JR東海大垣車両所)Y3編成です(写真)。



 大垣から更に乗り換え、新快速に乗りましたが、運用に入る313系5000番台のクーラーの効きがイマイチ。新幹線以外では初となる車端ダンパーも装備され「究極の一般型車両」を自負する同形、つまらない所で転ばないでください。



 そして帰宅しました。



 当分は、電車で出鱈目に彷徨くように取材をしそうです。しかし、福知山という旧型電車特急の新たなる聖地が出来たようで、昨冬の失敗も取り返しに、行ってみたいと思います。しかし、「くろしお」置き換えの進む紀勢線も、注目か。その辺は、気まぐれに、行きたいと思います。それがタイトルの”About”の所以なのですから。



 それでは、次回をお楽しみに。

Travel About#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、しなの鉄道「リバイバル信州」を中心にお届けします。



 「青春18きっぷ」のシーズンとなり、この夏もいろいろと行く場所を考えています。今週は、夜行快速だけは確保してあったこともあり、とりあえず東京に行き、横浜の「みなとみらい」に出来た鉄道模型博物館にでも行こうか、と思っていたところ、「リバイバル信州」の記事を見つけ、時刻表で調べると十分間に合う時間に行けることが判明。そこで予定を変更して、長野県に行くことにしました。



 未明に東京に着き、上野から高崎線211系に乗り、高崎から横川へ、そこから代替バスへ。そこには、長野新幹線と「しなの鉄道」の共用駅、軽井沢があります。



 横川~軽井沢間は、元は信越本線の一部でしたが、急勾配のため特殊な装備が必要であったために、長野新幹線開業とともに廃止になり、バスに転換されました。バスは、立ち席が出る程の乗客を乗せました。



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 そして軽井沢では、バスの客が全て「しなの鉄道」に流れます。新幹線に乗るつもりなら、この区間でバスなど乗ったりはしないからです。全員が「リバイバル信州」の客と思っていましたが、大半はそのままフリー切符を買って乗っていってしまい、撮影ポイントへと散っていきました。



 お目当ての列車がまもなく入線、とのことで改札が始まります。到着前に、行きがけの駄賃を。軽井沢駅舎博物館展示の、除雪モーターカーの西には、「強力」EF63 2が保存されます(写真)。常に重連で、行きは後押し、帰りは強大なブレーキとして、横軽間の安全に寄与しました。



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 その西には、日本初の輸入電気機関車、10000(10000形、後のEC40)が保存されます(写真)。横軽間のアプト式SLを置き換えるため輸入されたアプト式EL、後にアプト式の機能を外し私鉄入りし、最後は京福電鉄に辿り着いたそうですが、同線で引退後、所縁ある軽井沢に戻ってきました。



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 そして湘南色の169系、S52編成が入線します(写真)。かつては長野地区のJR各線にも入線した同車ですが、JRでのATS-P本格導入に伴い、同車はATS-P装備の対象から外れたことからJRへの乗り入れが不可能となり、同系のS54編成は廃車されました。169系3×4連で長野駅に入線したのも、もう過去の思い出となりました。確かに活躍しすぎではありましたが、もう先は長くありません。



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 そして軽井沢駅2番線に据え付け(写真、クハ169-19)。横軽を通る急行形(165系、169系とも)は、横川方にMc(クモハ)が来て、他の地区の編成とは向きが反対でした。



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 サボ(写真)。「急行」表示がなされています。



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 もう一方のサボ(写真)。「軽井沢 急行 リバイバル信州 篠ノ井」となっています。もう、この区間しか走れないのです。間もなく、夢は終わろうとしています。



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 車内の様子(写真)。既にオリジナルの固定クロスシートは取り外され、新幹線0系余剰品の簡易リクライニングシートに交換されています。団体臨時用車両に使用されていた時代の名残です。



「kumoha169-6.wma」をダウンロード



 添乗音、軽井沢から中軽井沢までです。やはり183系といい、165系といい、この169系も使用するMT54は、「野太い」音だといいます。急行形だと「ドソ」の和音ですが、特急形では「レラ」と、スピードが上がるだけ音が高くなります。



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 そして軽井沢から、「リバイバル信州1号」に乗車しました。戸倉~屋代間で乗車証明書を貰いました(写真)。



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 本日の急行券(写真)。金300円也、やはり硬券です。篠ノ井から軽井沢行きもありました。



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 屋代駅の北側には、長野電鉄屋代線(廃止)のホーム跡があります(写真)。この3月に廃止になってしまいました。踏切以外はそのまま残り、無念さが滲みます。



 屋代駅では、長電としなの鉄道のコラボが何度も見られ、S52編成と2000系(りんご電車)、ゆけむり(元小田急HiSE)、スノーモンキー(元JR「成田エクスプレス」)が並ぶ撮影会も行われました。それでも、こうなってしまたのは、「残念」の一言では表現しきれません。長電のルーツである路線であり、同線を経由して上野発湯田中行きも運転される程の、名門路線だったのでした。



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 そして、篠ノ井に到着(写真)。



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 暫くして、折り返し軽井沢へ向かいます(写真)。うっかりして、動画を撮り損ねてしまいました。



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 形式写真、169系モハ168形(写真、モハ168-6)。小断面トンネル対策で低屋根、パンタグラフ一基は急行形標準スタイルです。



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 同車の車両表記(写真)。形式前の●は、横軽対策で台枠が強化された車両を意味し、その前の◆は、パンタグラフ小断面トンネル対策済みを意味するものと思われます。一時JR東海でも113系に同様の対策を施し◆が入り、8000番台を名乗る車両もありましたが、結局全車廃車で、その機能を使うことはありませんでした。



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 そして関東から中央東線経由篠ノ井線のルート、及び上越線の主力、EH200です(写真、EH200-17)。JR貨物高崎機関区に配備され、EH500(同じ東芝製)程ではありませんが徐々に数を増やし、EF64 1000番台を愛知機関区に追いやり、愛知機関区のEF64 0番台を追い詰めています。EF64 0番台はATS-P搭載の対象となっておらず、伯備線に最後の活路を見いだしています。しかし、これも時間の問題、という気がします。



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 そして篠ノ井から松本に抜け、中央東線へ。富士見~信濃境間の、中央東線旧橋梁です(写真)。電化もされたようですが、複線化及び線形改良で放棄されました。



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 最後は、215系です(写真、NL1編成)。両先頭がハイデッカー、他の車両はダブルデッカーの系列、東海道本線用に製造されましたが、現在は小淵沢まで入る運用があります(設計当初から小断面トンネル対策も取られていた)。今日の席は二階建ての一階で、乗る前からガッカリしていましたが、乗ってみると、思った程悪くもないかなあ、という気もしました。ただ、正直地平ギリギリなのは気になりました。



 そして明日に向け、現在投稿をしています。明日は、一体何処へ行くのでしょうか。それが、”~about”という意味なのですが。



 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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