空振り!

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、東紀州方面を取材しました。



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 例によって昨晩自宅を発ち、仮眠し、今朝向かったのは、鵜殿。いわゆる「紀勢貨物」と呼ばれる貨物列車を撮影するためです。



 時間に間に合うように到着すると、行き違う特急「ワイドビュー南紀4号」が行き過ぎます(写真)。しかし、同駅から工場まで貨車を引っ張るスイッチャーが来ないなあ、と思っていると、駅の詰所にいる職員が声を掛け、「ウヤだよ!」とのこと。3日連続ウヤとのことで、こんな形で突発運休に出くわしてしまいました。毎日運転ではない、とは思っていましたが、今後が心配な状況です。



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 仕方がないので、熊野川を渡り新宮へ。旧新宮貨物駅跡に繋がる廃線跡(「あけぼの団地児童公園」)に、C11 96が保存されます(写真)。昭和11年川崎車両製です。



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 キャブにも入れました(写真)。バック運転対策か、加減弁のみならずブレーキ弁も機関士右手側についています。左手側には、滑り止め砂撒き弁と、ネジ式逆転機があります。



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 続いて、紀伊勝浦駅からも程近い「築地公園」には、C58 353が保存されます(写真)。



 写真を撮っていると、この機関車の保存会のことが地元紙で取り上げられたとのことで、女性からその記事のコピーを貰いました。



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 続いて、熊野市紀和町の、旧紀州鉱山の坑道を利用した、紀州鉱山トロッコに向かいました。



 公営の宿「瀞流荘」近くにある駅横の車庫には、トロッコの予備車両が入っています(写真)。



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 ここから東方にトンネルが続きますが、現在は閉鎖されています(写真)。





 そしてトロッコが到着。その時の動画です。これ以外の動画も、追って投稿します。





 入換の様子の動画です(後での撮影)。バッテリーロコの動く感じは、如何でしょうか。



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 そして入換、出発の準備が整います(写真)。



 時間になったので、乗客が乗り込むと、出発です。



「Kisyu.wma」をダウンロード



 往き道の、添乗音です。約8分です。



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 そして終点、「湯ノ口温泉」に到着(写真)。山奥の湯治場、宿泊も可能なようでした。





到着すれば、直ちに入換、帰り道の準備の動画です。客車は、職員が手で押しています。



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 駅名標は、ホーローの上に木製のものが重ねてあります(写真)。



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 現在の終点(写真)。この先も複線の坑道が続きますが、現在は閉鎖されています。線路配置から推定すると、編成の向きを変えるための三角線が、この場所にあったようです。



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 駅横には、京大の気象観測機械が設置されていました(写真)。



 そして、定時に来た道を戻りました。





 帰り道の、機関車直後からの展望です。約8分、暇な方はどうぞ。



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 同じ熊野市内へ行くのに、御浜町を通ります。国道沿いには無人販売の箱が多数置かれ、極早生みかんが、等級不明ながら多数販売され、ワンコインでした。



 そして熊野市中心街に保存される、とされたC58 418号機は、噂どおり撤去されていました(写真)。保存するのも危ないほどの状態であったのでしょう。非常に残念です。



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 そしてフィルムが1枚余ったので、先回取材時周辺整備の工事中であった、津偕楽公園へ。同公園で保存される、D51 499です(写真)。切り取りデフは、恐らく鷹取工場式でしょう。



 そして日没、帰宅しました。



 トロッコ乗車は目論見どおりでしたが、紀勢貨物が、ちょっと残念です。次回紀勢方面へ行く時は、紀勢貨物の話題になるのでしょうが、高速の延伸が進み、今後が心配です。早めに、記録しましょう。



 それでは、次回をお楽しみに。

予定違えて#10

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、北海道遠征の記録最終回、小樽市総合博物館3回目をお届けします。



 アイアンホースの走る線路脇には、石碑が(写真)。これが北海道鉄道開通起点標(0哩標)で、正に起点です。準鉄道記念物だそうです。



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 そして線路を再び渡り、目の前にはDE10 503が(写真、再掲)。機関はDML61Zのインタークーラーを増強したDML61ZAで、1,250PSを誇り(DML61Zは1,100PS)、中型SLを置き換えるべく製造されました。手前の3軸台車に見える部分は特殊な構造をしており、軸配置はC-BではなくAAA-Bです。キャブ後方は、SGです。



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 それに続くは、代表的な貨車、ワム80000形82506です(写真)。形式の前には小さく「パ」と書かれ、パレット用有蓋車です。どこかで見たことのある貨車でしょう。



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 続いてセキ6000形7342です(写真、再掲)。道内専用の石炭車、底が開く形になっています。



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 その次は、トラ55000形57964です(写真)。2軸の無蓋車、これも見たことありそうなスタイルです。数は勿論ワム80000形には敵いませんが。



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 次はホキ2200形2226です(写真)。ホッパ車にもいろいろ種類がありますが、これは穀物用のホッパ車で、これも代表的な貨車です。



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 この列最後は、ワフ29500形29984です(写真)。有蓋車ワムを半室車掌室にした形で、ローカル線ではよく見られた形の貨車です。



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 そして、かつての手宮の石炭積込のための桟橋に繋がっていたであろう土手の列、すなわち一番海側の列の最初は、DD51 615です(写真、再掲)。DML61Z(1,100PS)を前後に1機ずつ搭載した液体式のDLで、大型SL(C62、D51等)を置き換えるべく製造された、本線用大型万能DLです。故にD51等の活躍の場が狭まっていったのは事実ですが。フォイト式コンバーターが、成功の鍵でした。



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 続いては、救援車が2両。先ずは、オエ61 309です(写真)。要するに、事故時に救援用の設備を用意した車両です。



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 次は、同じくスエ78 5です(写真)。「エ」は、救援車の記号です。



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 その後は、操重車ソ30形34と、その控車チキ6000形6141です(写真、再掲)。控車チキの「チ」は長物車の記号、長いアームを収めるのにも役立ったのでしょう。閉園となった「佐久間レールパーク」にあった操重車も、チキを従えていました。



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 そしてこの列の最後は、車掌車ヨ7904です(写真)。元々は編成が途中で切れた場合に後方でブレーキを掛けるのが役目でしたが、自動ブレーキでは編成が切れれば自動的にブレーキが掛かる、ということになっているので、廃止になりました。



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 坂を下り、下の編成を見てみると、ED76 509が、スユニ50 501、オハ36 125、あともう1両客車が続きます(写真)。往時の客車列車の気分です。



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 スユニ50は郵便荷物車です。荷物室の様子(写真)。客車列車が荷物を運んだ、往時が偲ばれます。今時「チッキ」などと言っても、イメージが湧かないでしょう。



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 中間は郵便仕分室です(写真)。人形のように、郵便職員が中で仕分をしていました。列車内で郵便を出すことも可能だった、とのことです。



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 郵便室の様子(写真)。こんな感じで郵便を積み込み、列車内で仕分け、各駅で配布し、一方で収集し、主要駅に戻っていきました。



 正直、車両は多く、しかもいずれも重要な車両であり、これらの記録をしたパンフレットを売ってもそこそこ売れるのでは?と思いますが、どうでしょうか。2千円位なら、買っても良いですね。



 まだ館内が残っている気がしますが、あまりの暑さにその気にならず、館内の模型まで記録するのは、旧式客車同様神経が行き届かず、また来年行かなきゃならなくなってしまいました。記録は、丹念に、忠実に、ということのようです。この位で、終わりにしたいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

予定違えて#9

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、小樽市総合博物館展示車両の2回目です。



 転車台を発車した「アイアンホース号」本線の踏切を渡ると、次の展示が見えてきます。最初は、DD13 611です(写真)。区名札は「築」、小樽築港機関区です。C62も配属された、SLファン垂涎の名門機関区ですが、現在はその跡形も残っていません。



 DD13は、国産初の本格的DLです。直6の31リットルディーゼル機関(DMF31S)を2機搭載しています。この機関を元に、V12のDML61Zが完成し、DD51等の本線用DLが製造されました。なお、DD13の除雪機関車バージョンがDD15で、ラッセルヘッドを外せば全く同じです。



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 隣は、DD16 17です(写真)。区名札はこれも「築」でした。



 DD16は、C12、C56等の簡易線用SLを置き換えるため製造されました。機関はDML61Zですが、800PSにデチューン(通常は1,100~1,250PS)され、軽量化が図られています。同機は手宮線用に配置されました。なお、同形機の一部は300番台に改番され、ラッセルヘッドを装備、日本一長い機関車となりましたが、現在は大糸線用に1両(304号機)が残るのみです。



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 急行形気動車、キハ58系ですがキハ58ではなく、北海道バージョンのキハ56、23番です(写真)。二重窓等、酷寒地装備になっています。



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 続いて、こちらもキロ28ではなくキロ26、107番です(写真)。こちらも同様です。



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 キハ56の相方は、キハ27と決まっています(写真、11番)。つい数年前まで内地でもキハ58系が見られたように、北海道でもアコモ改善車が各地で(札幌でも)見られましたが、現在は残っていません。



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 キハ20系でしょう、キハユニ25 1です(写真)。普通・郵便・荷物合造車です。



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 続いて、再掲、ED75 501です(写真)。



 ED75が東北以外で残らなかったのは、SGの有無もありますが、中間台車がないために軸重が重くなり、入線できる線区が限定されたことにあります。例えば九州といえばイメージはED76ですが、ED75 300番台もあったという記録があります。しかしED76 500番台、ED76 551も含め、北海道の生きたELの記録は、ED79を除き撮れなかったのは残念。



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 一般形気動車、キハ20の北海道バージョン、キハ22です(写真、56番)。同形により、北海道も本格的に気動車化が始まりました。



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 続いては、キシ80 12です(写真)。前掲の34番とは向きが逆、通路が手前側です。



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 その次は、C12 6です(写真)。DD16配属前の手宮線は、同形機で営業されました。



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 そして間もなく手宮口、という所に、「アイアンホース号」折り返し用の転車台があります(写真)。この先が旧手宮線で、約20年前は線路跡、踏切も残っていましたが、現在は遊歩道になっています。



 2回目は、こんな所でしょうか。次回が、最終回になるでしょうか。



 それでは、次回をお楽しみに。

予定違えて#8

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回から3回にわたり、小樽市総合博物館の展示車両を見ていきたいと思います。



 最初は、左からED76 509、C55 50、キハ82 1です(写真)。



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 キハ82 1の車内(写真)。早期に引退したらしく、回転クロスシートのまま残ります。背面テーブルは、半分位壊れています。



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 その後は、キシ80 34です(写真)。その名の通り食堂車、しかし車内は改造され、面影は残っていません。なお、開いているドアは業務用のドアで、本来は調理室入口でした。



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 屋外展示一番西の端には、DD15 37があります(写真)。区名札は「岩2」、岩見沢第二機関区でした。



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 その隣には、ロータリー除雪機関車、DD14 323があります(写真)。区名札は「空」、空知機関区と思われます。深川でしょうか。



 なお、除雪ディーゼル機関車は、本体部分の製造メーカーにかかわらず、除雪部分は全て新潟鐵工所製です。



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 続いては黒いラッセル車、キ270(キ100形)です(写真)。単線ラッセル、「釧」(釧路鉄道管理局)池田駅常備と書かれます。よく見られるラッセル車です。



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 隣にはキ1567(キ550形)がありました(写真)。「札」(札幌鉄道管理局)追分駅常備と書かれます。「どこ違う?」と思いますが、同車はラッセルが片端に寄っており、すなわち複線用ラッセル車です。末期までSLの走った複線は室蘭本線程度で、それで運良く残りました。SL時代の複線ラッセル車は、他では米原市でしか見たことがありません。



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 その横には転車台、手前の扇形庫は、手宮3号機関庫です(写真)。



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 中にはレールバスのキハ03 1、および30号(後の「7150」)「大勝号」が保存されます(写真)。同機は、「義経」「弁慶」「しずか」といった輸入機関車を元に製造した国産のSLで、日本では2番目、現存最古の国産SLでした。



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 屋根のない部分には、左キ752、右キ718が並びます(写真)。いずれもマックレー車(掻き寄せ車)、全て旧式小型SLを改造した車両であることから、残っています。



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 隣は、キ800です(写真)。これも同様に、マックレー車です。



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 その横はロータリー車、キ601です(写真)。



 いわゆる「キマロキ」編成では、ロータリー車の前にはマックレー車が必要で、相方になっていたようです。



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 キ800、キ601の入っている機関庫は、写真右側の2線で、この部分が手宮1号機関庫です。この部分が一番古い機関庫のようです。



 取り敢えず、1回目はこの程度に。しかし、北海道ならではの車両が、多いですねえ!



 それでは、次回をお楽しみに。

予定違えて#7

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日の主要部分、小樽市総合博物館本館の取材をお届けします。



 小樽駅からは、迷わずバスターミナルから総合博物館へ。間もなくバスは到着し、渡りに船でした。



 そして入館料400円を払い、本館に入ります。エントランスには「しずか」、北海道開拓使6号、後の7106が展示されます(写真)。ポーター1884年(明治17年)製でした。



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 建物の中も興味深いですが、やはり同館は屋外が重要です。先ずは気動車特急「白鳥形」と呼ばれたキハ82、後に北海道に渡った1号車が、函館本線山線特急「北海」のヘッドマークを装備します(写真)。一時塗装が傷み心配されましたが、現在補修中です。



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 隣は、C55 50です(写真)。日本初の急行形パシフィックC51の軽量化改良版で、失敗作と言われるC54を改良したSLです。SL末期には、北海道と九州で見られました。



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 その後には、マニ30 2012があります(写真)。聞き慣れない車両ですが、日銀の現金輸送車で、用途が明らかにならないように、できるだけマニ50形に似せて造られています。



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 現金輸送関係者の、輸送中に滞在する場所(写真)。開放形A寝台同様、レール方向に寝台がセットされるようですが、左手前のボックスは喫煙用か、座席に交換されているようです。



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 現金を置く場所(写真)。荷物車と大体同じですが、置く場所が床にペイントされます。



 同車は現存では唯一の車両で、鉄道で現金を輸送した時代の証人ですが、あまり展示では目立っていません。



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 北海道での主力電機であった、ED76 509です(写真)。客車列車用にSGが装備されます。しかし客車列車は無くなり、貨物列車はDD51等で運用され順次引退、1両が551号機に改番され青函トンネル用になりましたが、これも引退しました。



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 運転台の様子(写真)。左がブレーキで、右の扇形の大きな装置は、アクセルに相当するマスコンで、手動進段式のようです。



 機関車の機器配置はSLから来ており、SLでは右が加減弁で、そのためブレーキが左に来ます。電車は左マスコン、右ブレーキで、反対です。



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 国鉄の「レールバス」、キハ03 1です(写真)。恐らく機械式気動車で、国鉄も線路を残す努力をしていたのでした。



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 国内現存3両の、蒸気式ロータリー除雪車のうちの1両、キ601です(写真)。しかし車庫に収めるためにテンダーが外されていると思われ、現役復帰は不可能と思われます。



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 ポーター1909年(明治42年)製の動態保存SL、「アイアンホース」が扇形庫を出庫し、転車台にゆっくり載ります(写真)。日に4度、休日のみ行われる運転の準備を始めます。動画は載せたいと思いますが、パソコンの調子次第です。





 転車台に載るまでの様子の動画です。ゆっくり、転車台に載ります。



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 そして客車と連結、出発します(写真)。やはり生きたSLは、魅力的です。





 その、発車の動画です。ロッドの動き一つ一つも映っています。



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 準鉄道記念物、ED75 501です(写真)。東北用の0番台、九州用の300番台に続き、500番台として試作されましたが、量産形はSGが追加されたED76 500番台となり、1両のみの存在となりました。



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 中型SL代替として開発されたDL、DE10、503号機です(写真)。現用されるのは1500番台で、インタークーラーを増強し機関出力が更にアップしています。



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 石炭車、セキ7342です(写真)。青函連絡船に載らないように、「道外禁止」と大きく黄色で書かれます。



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 大型SLを引退に追い込んだ、SLファンの敵DD51、重連形500番台615号機です(写真)。ブレーキまで総括制御できる全重連形と、そうでない半重連形があり、全重連形には運用札差しに「重」が入ります。また使用される地区により暖地形、寒地形、酷寒地形があり、北海道で使用されるのは当然酷寒地形です。SG非搭載形が800番台とされたため、799号機の次は1001号機、現在「北斗星」「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」「はまなす」の、非電化区間で使用されるのも同機です。因みに800番台899号機の次は1801号機で、最終は1805号機です。



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 その後にはスエ、オエといった救援車が並び、その後には操重車ソ34が、控車チキ6141を従え並びます(写真)。要するに鉄道クレーンで、事故復旧に使用される車両です。



 本館建物の中の展示も興味深く、また屋外展示車両も多数あり、とても一回では載せきれません。北海道ならではの車両も多く、いつも時間不足を感じます。また、そのうちにじっくりと載せていきたいと思います。



 「アイアンホース」終点の横に、「手宮口」と呼ばれる出入口があり、その近くには「北海道中央バス」の営業所・バスターミナルがあり、ここからはバスが頻発です。60年ぶりの暑さという北海道でも、クールにいきましょう。



 ついに、北海道遠征も最終日を迎えました。派手に散財もしましたが、まだ同僚へのお土産という問題が残っています。女性職員の恨みを買わないためには、花関連が良いと思うのですが、富良野や美瑛には行かなかったからなあ!新千歳でアリバイをつくるかなあ!



 それでは、次回をお楽しみに。

予定違えて#6

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、2回にわたり北海道遠征最終日の様子をお届けしたいと思います。写真は、外観を旧来に近い姿に戻した、小樽駅です(写真)。



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 今日も滞在先を発ち、札幌駅へ向かいます。札幌駅10番線には、キハ143 154始め3連が停まります(写真)。間もなく苗穂へ回送されました。





 その回送発車のシーンです。間もなく、この姿も永久に見られなくなります。



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 その後の10番線には、今日最初の目的、特急「旭山動物園号」が入線します(写真、キハ183 3)。1両1両、それぞれに動物があしらわれています。この車両は、ホッキョクグマです。



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 中間に3両キハ182(元急行「宗谷」用改造車)が続き、5号車はキハ183 4です(写真)。テーマは、ペンギンです。



 先週の旭川運転所でのイベントでも、同編成は撮影会用に並んだそうです。来年こそは、是非参加したいです。



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 「旭山動物園号」のヘッドマークです(写真)。





 その入線、及び発車の様子です。投稿は多数ですが、閲覧は何れも少数回のみです。



 これと同時に、札幌駅の反対の端の方で、SLの汽笛が聞こえます。「SLニセコ号」です。同じ時間帯で、向きは反対、ホームも遠く、二兎を追うことはできないと、諦めました。



 そして次の普通で、小樽に行きました。



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 小樽に着くと、小樽駅のメインステージ4番線には、その「SLニセコ号」が長時間停車をしています(写真、C11 171)。小樽駅発車からすぐに始まる、オタモイ峠越えに備えています。昭和40年代、SLファンを魅了した(日本最大のSL”C62”重連が牽引した)急行「ニセコ」(元は急行「ていね」)でも、小樽の発車を失敗すると、火床を造り直すまで、長時間もう1両にぶら下がる状態になる、とのことでした。



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 編成の後補機は、DE15 1520(「旭」)です(写真)。夏場は除雪ヘッドを外し、DE10同様に働くことが出来ます。3番線にはアルミ車体の新車、735系電車が写っています。



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 編成は、14系客車を旧式な固定クロスシートに交換した、冷暖房完備の車両が大半ですが、中間の1両はスハシ44 1、「つばめ」「はつかり」などに使用された特急用固定シートの旧式客車スハ44に、供食設備を設置した、”C62 3”が復活した当時からの「SLニセコ号」に使用される客車です。冷房も無い筈ですが、これが一番歴史ある車両です。



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 「SLニセコ号」のサボ(写真)。蘭越(らんこし)行きです。昭和40年代に、「ニセコ」のため渡道した人々には、懐かしの地名です。



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 そう、小樽駅4番線(「裕次郎ホーム」とも言うそうです)には、旧来の駅名表が残ります(写真)。しかし新しい感じで、レプリカか。



 そして小樽に鉄道ファンが行けば、普通は行く先は一つですが、その内容を載せてしまうと、投稿3、4回分に相当するので、次回に概略を載せたいと思います。



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 そして小樽での取材を終え、小樽~手稲~桑園と経由し、札沼線(学園都市線)へ。時刻表では列車番号が「D」だったので、キハ141系かと思いきや、来たのは気動車でしたが、近代的なキハ201系でした(写真、キハ201 302始め3連(札ナホD-102編成))。731系の気動車バージョン、731系と併結(総括制御)も可能です。



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 同列車は「あいの里公園」にて打ち切り。電化区間終点を見たいので、次の列車を待ちます。来たのは731系、札ナホG-118編成でした。



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 しかし同列車も石狩当別で打ち切り。最後、一駅が足りない。そのため、同駅から気動車キハ40 402に乗車。可能なら新十津川にも行きたい気もしましたが、乗ったのは浦臼行きであり、同駅まで行く列車は午後5時まで無かったので、結局当初の計画通りとしました。



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 そして一駅、遂に「北海道医療大学」に到着(写真)。右が旧来のホーム(1番線)で新十津川までスルーでき、左が新設のホーム(2番線)で折り返し用ホームです。



 駅は事実上大学専用駅で、申し訳程度に駅ロータリーもありますが、部外者が学校に入らないよう、警備員も立っています。列車も、平日にはもう少し多くやって来るようです。



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 1番線側の架線終点(写真)。「雷」マークが、電気が無くなる標識です。横には29キロポストが立ちます。



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 暫くして、列車がやって来ました(写真)。キハ201系、札ナホD-101(初号編成)です。



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 キハ201 101の連結部(写真)。密着連結器、電連付きで、完全に電車と同じです。731系電車との併結・総括制御機能があります。



 そして今日の滞在先に向かいました。



 この春の札沼線(学園都市線)電化で、客車改造のキハ141系シリーズは、朝夕のラッシュ時のみの運用となったようです。間もなく電車も増備され、キハ201系も他の運用に就くこととなるでしょう。そして、50系客車の末裔も、トロッコのみとなります。それは、間もなく起こることです。北海道は、そうも頻繁に来れる所ではありませんが、お早めに。



 それでは、次回をお楽しみに。

予定違えて#5

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、今日の取材からお届けします。



 今日も滞在先を発ち、向かったのは帯広駅。「スーパーとかち」1号の折り返し、「スーパーとかち」4号が、ホームに据え付けられています(写真、キハ261 1202)。



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 同車のヘッドマーク部分(写真)。キハ283系がLED式であるのに対し、キハ261系1000番台の同車は、フィルム式になっています。



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 側面のロゴ(写真)。”Tilt 261 Active Air Suspension System”と書かれます。261系は、空気バネのエアの圧力で車体を傾斜させる、いわゆる「空気バネ振り子」車です。オレンジは、「スーパーとかち」運用に入るキハ261系1000番台(札サウ(JR北海道札幌運転所)所属車)のイメージカラーです。



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 5連の1号車、下り方先頭は、キロ261 1101、初号車でした(写真)。



 そして定時に発車しました。



 間もなく右手に帯広貨物駅、その先には、先日廃止になった貨物専業の十勝鉄道のDL(国鉄DE10と同形)が停まっていましたが、向きが反対で残念。次回、多分来年には残っていません。



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 石勝線と根室本線の分岐前の最後の駅である新得には、キハ40が停まります。写真はキハ40 1749、タラコ色(首都圏色)です(写真)。



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 そのまま札幌まで乗れば良いところ、新札幌で下車。何度もエスカレーターを上下し、走って乗った最終バスで、「北海道開拓記念館」へ。木造客車のカットモデルで目的達成と安心し、帰りのバスを待っていれば良かったのですが、待ちきれず、歩いてバスの起終点のである、「北海道開拓の村」まで行きました(写真、エントランスの旧札幌駅舎)。しかし中には入らず、バス停で待ち、バスに乗車しました。



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 しかし、そのバスで外を眺めていると、「いけないもの」を見てしまいました。まあ、明日時間が余ったら、タクシーで行けばいいか、とは思ったのですが、潰せる時に潰すのがノルマというもの。結局野幌森林公園入口で、バスを降りてしまいました。



 そして坂道を遡り、その場所へ戻り、撮影しました(写真)。電車形の物体がレールに載り、シートにくるまれています。これが、北海道開拓記念館に保存されるとされている、元函館市電の電車のようです。現在は屋外のヤードで放置されます。



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 その横には、同じくシートにくるまれた、森林鉄道のものと思われるDLがありました(写真)。



 これでつっかえが取れたので、次のバスに乗ろうと思いましたが、待っている間に歩けば良い、と思っているうちに、JR森林公園駅に着いてしまいました。しかも、この電車の留置場所は、記念館入口前バス停から僅か500メートルの所で、バス代も含まれたフリー切符でしたが、時間と労力を非常に無駄にしてしまいました。窓外の監視を怠ると、こういうことになります。



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 そして森林公園からJR函館本線普通に乗車。苗穂駅西方には、恐らく苗穂運転所(札ナホ)のものと思われる、扇形庫がありました(写真)。転車台は、分かるでしょうか。



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 苗穂駅北方にはJR苗穂工場が広がり、事実上苗穂運転所と一体化しています。丁度「スーパー宗谷」の運用に就く、キハ261系0番台6連が、札幌への回送を待っていました(写真)。「スーパー宗谷」のイメージカラーは、黄色です。通常4両編成の所、2両普通車を増結していました。まだ「利尻」があれば、稚内も行くのでしょうが、切符の有効期限も少ないので、今年は残念です。正直言うと普通で行き、音威子府でのバカ停の間に、真っ黒な「音威子府蕎麦」を食べたい気もしますが。



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 苗穂工場の保存車か、左は郵便車か、中央は711系オリジナル塗色、その右にステンレス扉の高速ボギー有蓋車、多分ワキ10000形と思われる車両が写っています(写真)。



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 電化区間は「学園都市線」とも呼ばれる札沼線、同線の非電化時代運用に就いた車両、キハ141系シリーズ(キハ141~144)が停まります(写真)。客車オハ51形の気動車化改造車、間もなく電車の充足に伴い、全滅します。



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 そして札幌で乗り換え、発寒中央へ。丁度札幌運転所から回送される寝台特急「北斗星」、DD51 1137及び1147の重連に牽引された編成が通過します(写真)。



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 そこまで行ったのは、「農試公園」にて保存される、D51 11を撮りたかったからです(写真)。園内にはゴーカート用の園路もありますが、現在は使われていません。いわゆる、「交通公園」のスタイルです。丁度発寒中央と琴似の中間で、歩くには非常に距離がありました。



 途中、アルミ車体の耐候性試験も兼ねる新車、735系が通過し、こちらは表面が梨子状に処理されているとはいえ、眩かったです。



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 琴似に着くと、丁度反対側ホームに、リバイバル塗装の711系、クハ711 214始め3連が入線します(写真)。札サウ(JR北海道札幌運転所)S-114編成です。



 そして今日の滞在先に向かいました。



 ここ数日の雨を境に、やっと北海道も秋の気候へと変わりました。しかし今日は途方もない距離を歩いたために汗まみれとなり、道民にまで、相当の寒冷地の出身と間違われてしまいました。折角全部洗濯したのに!



 明日は、今日の続きです。次回をお楽しみに。

予定違えて#4

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。先ず今回は、昨日の取材からお届けします。写真は、展望台から眺めた十勝平野です。



 昨日は、滞在先で目的地を検討。アドバイスもあり、車でまず十勝平野北方を目指すこととしました。



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 最初は、国鉄士幌線(廃止)士幌駅から(写真)。同駅は廃線後、鉄道記念館となりました。



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 ホーム跡地には線路が残り、そこには左奥からワム187936、ワム187711(いずれもワム80000形)、ヨ4842が保存されます(写真)。ワム80000形は、全国でみられた有蓋貨車、一体総数は何両あったのでしょうか。



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 そして北上し、国道の看板を見て車を停めると、士幌線第三音更川橋梁がありました(写真)。コンクリート製のアーチ橋、鉄を節約し現地資材を有効に使用する(骨材に現地の砂利を使用した)戦時設計の橋梁、同線での成功で、全国でコンクリート橋が増えることとなりました。



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 続いて次の看板で、第二音更川陸橋を見つけました(写真)。この先に第四音更川橋梁があるとのことでしたが、道が奥深く、確認できませんでした。



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 「糠平温泉」入口に、上士幌町鉄道資料館があります(写真)。入館料100円、展示では士幌線廃止を残念がっていました。今も残る旧橋梁の情報は、ここで手に入るようです(有料のパンフレットもある)。



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 同館横には、ヨ4843が保存されます(写真)。



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 「幻の橋」と言われる「タウシュベツ橋梁」へは、かつては糠平湖北方から林道を通り、すぐ近くまで行けましたが、林道及び橋梁での事故が多かったとのことで、現在は林道に入ることが出来ません。その代替措置として、対岸に展望台が設置されましたが、昨日の状況は、写真の通りダム湖に水没し、その姿を見ることは出来ませんでした(写真)。渇水期が良いようです。



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 ここで折り返し、然別湖(然別温泉)を通り、鹿追へ。鹿追には、北海道拓殖鉄道(廃止)8622(国鉄8620形)が保存されます(写真)。同鉄道は廃止後バス会社(拓殖バス)となり、同所へは拓殖バス鹿追営業所が目標になるようです。



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 そして高速道路を駆使し、帯広市愛国へ。国鉄広尾線(廃止)「愛国」駅も、廃止後鉄道資料館となっています。ホーム跡には、9600形19671が保存されます(写真)。



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 次の駅、「大正」駅は、ホームのみ残ります。



 その次、「幸福」駅は、駅舎(といっても小屋同然ですが)とホーム、車両が残ります(写真)。手前から、除雪モーターカー、キハ22 221、同238が並びます。



 国鉄時代、愛国発幸福行き切符は、縁起が良いとして多くのカップルが買い求めていました。廃止になった現在も、幸福駅周辺の売店では、その切符を売っているようです。しかしそれは、私とは別の価値観です。



 なお、この先忠類、広尾等にも広尾線関連施設は残りますが、日没により取材を断念。滞在先に戻りました。



 そしてそれに続く今日も、取材を敢行しましたが、長くなるので次回とします。



 それでは、次回をお楽しみに。

予定違えて#3

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、北海道からお届けします。



 昨日も、滞在先を発ち、向かったのは、北見駅西方の、「ハッカ記念館」前の公園へ。以前「ちほく鉄道ふるさと銀河線」廃止の時に見つけた、保存車両の並ぶ場所へ行きました(写真)。左キ754(マックレー(掻き寄せ)車)、右DD14 312(ロータリー除雪車)です(写真)。



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 その左はキ229、ラッセル車です(写真)。



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 その隣は、スユ15 2033(郵便車)です(写真)。



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 その後は、右手前ヨ4674、左奥ワフ2450形(車番不明)です(写真)。



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 奥には、キハ27 36が残ります(写真)。



 この横には、昔北見駅の給水塔が転がっていた記憶がありますが、現在は残っていません。また、この横には国鉄池北線、後の「ちほく鉄道ふるさと銀河線」の廃線跡があり、反対側には車両工場もありましたが、こちらも現在は残っていません。



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 慌てて北見駅へ向かい、入場券を購入したものの、駅員からも「今日は走っていません。」と言われます。間もなく石北貨物の到着の時間になりましたが、例の海峡線の脱線の関係で、駅員の言うとおり運休になってしまいました。残念でした。



 仕方がないので、乗車します。網走行きはキハ40 827、旭アサ(JR北海道旭川運転所)所属でした(写真)。



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 網走では、列車待ちの時間に、記録します。特急「オホーツク」、キハ183 209始め5連(札サウ(JR北海道札幌運転所))でした(写真)。



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 奥には、キハ54 517が停まります(写真)。



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 網走からは釧網本線。暫くはオホーツク海沿いを走ります(写真)。



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 時間があったので、「原生花園」駅で下車。しかし9月ということもあり、花の時期は終わり、ハマナスは実をつけていました(写真)。7月、遅くとも8月がシーズンだそうです。



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 原生花園駅舎(写真)。簡易な流しがある、待合室になっています。



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 そして列車がやって来ました(写真)。キハ54 517(釧クシ(JR北海道釧路運転所))です。「足湯めぐり」号になっています。



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 日没間近に、釧路湿原に差し掛かります(写真)。もう少し明るければ、写真もバッチリだったのですが、もう既に季節は秋です。



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 そして釧路に到着。釧路駅5番線の向こうには、封鎖された階段があります(写真)。釧路駅まで乗り入れた、雄別鉄道(廃止)のホーム跡です。



 そして滞在先に向かいました。



 今日も道内、今は今後の計画を練っています。今後の展開にご期待ください。



 それでは、次回をお楽しみに。

予定違えて#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、北海道遠征2日目です。



 昨日北海道上陸後に、海峡線で貨物列車が脱線したそうで、今日は不通でした。そのため、海峡線関連の車両が、今日は函館で多数見られました。最初は、ED79 9です(写真)。ED75 700番台に、海峡線対応改造を施した車両です。



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 私が乗るのは、「スーパー北斗」キハ281系です(写真、キハ281 4)。振り子気動車、函ハコ(JR北海道函館運転所)所属です。間もなく、発車しました。



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 不通により、内地に帰れなくなった”トワイライトエクスプレス”、カニ24を手前に留置されます(写真)。



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 続いて、同じく”北斗星”、こちらもカニ24を手前に留置されます(写真)。内地に帰るのは、いつのことか。



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 その横には、DE10 1737、789系”スーパー白鳥”編成が停まります(写真)。



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 少し北側には、函館運転所があります。建屋の前には、キハ40 1801、DD51 1148(「北斗星」色)が停まります(写真)。



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 その更に北側、線路が途切れた場所には、キハ56 211(キハ58北海道仕様)、オハ50 5003(元快速「海峡」用)が留置されます(写真)。



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 そして一駅で五稜郭駅です。同駅で海峡線と函館本線が分岐します。その分岐点近くに、JR貨物五稜郭機関区があり、同じ場所にJR北海道青函運転所があります。かつて青函間の列車は快速「海峡」が主流で、ED79+オハ50または51で運転されました。その関係で、同じ場所になっているのでした。



 建屋の前には、ED79 18(「北斗星」ヘッドマーク付き)、ED79 52及び59(ED79としてJR貨物が新製した機関車)が並びます(写真)。快速「海峡」廃止、及びEH500大量増備で、ED79は数年前大量に廃車となり、更に新幹線新函館開業により青函トンネルが20000Vから25000Vに昇圧される関係で、JR貨物は青函用にEH800を製造する旨発表しており、同機の運命は風前の灯火です。



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 「スーパー北斗」の終点は札幌。同駅で乗り継ぎに時間があったので、小遣い稼ぎを。



 最初は、スラントノーズのキハ183系初期型、特急「オホーツク」です(写真)。後に機関換装を行い、200番台に改番されました。前面スカート形状が異なった試作車900番台は既に廃車、国鉄色に塗り戻された1番、2番の編成は、塗装もそのままミャンマーに売却されました。政治の話題である北海道新幹線が札幌まで開業すれば、余剰置き換えで同系は全滅します。



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 丁度入線した「スーパー宗谷」稚内発札幌行きです(写真)。空気バネ振り子のキハ261系が最初に投入された列車、写真のキハ261 104は、増結用に追加投入された2両のうちの1両です。1日2往復に、計14両使用されます。



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 ステンレスの光沢も眩い733系、731系と同様の形態、ロングシート車1M2Tの3連です(写真、クハ733 207始め3連)。



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 稚内行き、キハ183系特急「サロベツ」です(写真)。以前は夜行特急「利尻」と共通運用でしたが、「利尻」廃止で単独運用となりました。基本的には稚内行きは、朝、昼、夕です。



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 キハ283系特急「スーパーとかち」、帯広行きです。他の「スーパーとかち」はキハ261系1000番台で運用されますが、この列車は「スーパーおおぞら」の間合い運用で、所属は釧クシ(JR北海道釧路運転所)です。



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 そして乗ったのは、789系1000番台特急「スーパーカムイ」、HL-1001編成でした(写真、旭川にて撮影)。初号編成でした。



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 旭川駅は、高架新駅が完成し、現在旧駅の撤去が進みます。その跡地が再開発されると、完成をみます。



 旭川からは、快速「なよろ」もありましたが、乗るのは特別快速「きたみ」です(写真)。国鉄末期に製造されたキハ54 500番台、転換クロスシートは新幹線0系の余剰品を使用、その他リサイクル部品が多い車両です。



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 列車的には特急「オホーツク」でもありそうな時分ですが、特別料金不要は大きい。1両編成でしたが、乗客は多数でした。非冷房で、扇風機のみですが、窓を開ければ寒い位の風が入ります。



 そして石北本線の最初のサミット、上越信号場に到達(写真)。行き違い可能ですが、駅ではありません。ここを過ぎると、すぐ「石北トンネル」です。



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 石北トンネルを過ぎて間もなく、奥白滝信号場で”クリスタルエクスプレス”と行き違います(写真)。同編成は、JR北海道に多数ある”ジョイフルトレイン”の一つです。また、同信号場は元は「奥白滝駅」で、利用客減で信号場に格下げになりました。



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 列車は遠軽で小休止、スイッチバックします。



 すると次のサミット、「常紋」に差し掛かります。常紋トンネルを抜けると、そこには常紋信号場(廃止)があります(写真、右分岐方向奥)。2本の分岐線が確認できると思います。同信号場周辺にはSL時代からの名撮影地があり、多くの作品が残ります。



 そして今日の滞在先に向かいました。



 今日の滞在先はモロバレです。そうすると、明日の予定も読めそうな気がしますが。



 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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