噂の真相(鵜殿から)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、紀勢貨物、鵜殿駅を取材しました。



 紀勢貨物は、この3月に廃止と地元紙に載った旨、雑誌に掲載されていました。その真相を確かめるべく、金曜の晩に自宅を発ち、土曜朝に鵜殿着。貨物時刻表のほぼ定刻に、DD51 890牽引の貨物列車は鵜殿駅に入線します(写真)。テレ端500ミリの効果が出ています。



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 そして下り本線に据え付け(写真)。同じズームレンズのワイド端、50ミリまで戻しました。





 到着後DD51が、下り本線から側線に貨車を移動させます。





 そしてDD51は貨車を切り離し、単機で待機位置へ移動します。



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 駅南西方には、紀州製紙からのお迎えのスイッチャー、DL-106が待機します(写真)。





 間もなく、DL-106は貨車に連結されます。





 そしてDL-106は貨車を牽引し、工場に戻っていきます。



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 通常は11時と13時の2回に分け、貨車を工場から運び込むとのことですが、昨日は日曜日(今日)の運休の関係で、1回目が10時30分に搬入されるとのこと。駅南西方の国道を渡る専用線踏切には、その時刻どおりに貨車が現れます(写真)。



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 その列車は、先ほどのDL-106が後押ししています(写真)。





 その動画です。こんな感じで、踏切を通過します。



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 貨車を押し込むと、DL-106は工場に戻ります(写真)。





 工場に戻る動画です。これも、こんな感じです。



 続いて定刻の11時にも3両押し込み、計7両のコキが駅に入ります。



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 その間、DD51 890は機関を止め、休んでいます(写真)。



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 貨車は7両、繋いだままだと駅旅客の通行の妨げとなるので、5両目と6両目の間で切り離し、通路が通行できるようになっています(写真)。



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 それから午後3時を過ぎるまでは、何もないので、昼寝を決め込みます。



 3時を過ぎると、慌ただしくなります。先ずはDD51がバックし、コキ5両と連結。18分の普通が行き過ぎると、残り2両とも連結。貫通試験が終わると、一旦本線に入り、上り本線にバック入線し、出発信号を待ちます(写真)。





 DD51は起動し、貨車を連結します。その動画です。





 そして入換、一旦本線上り方に入り、上り本線にバックで入線します。その動画です。



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 そして15時40分、ほぼ定刻に出発(写真)。今時のカメラは、動画を撮りながら静止画も(Jpegながら)撮れるので、それは進歩です。D800でも試験しましたが、ミラーが動作し残念でした。





 出発の動画です。三脚を使わなかったのが残念です。動画も、鵜殿で撮れるものは大体撮ったのでは?鵜殿駅の一日でした。



 そして雪の舞う夜に帰宅、転送だけで日を跨いでしまいました。



 昨日も、実際に作業する社員の方と話しましたが、同列車の廃止は、「多分、間違いない。」とのことで、廃止は確実なようです。残るは2か月、時間はあまりありません。皆さんもいろいろ忙しいと思いますが、どうか忘れることの無いように。



 それでは、次回をお楽しみに。

平地はいいのですが、

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、山陰地方を取材しました。



 金曜日の晩に自宅を発ち、土曜日未明に鳥取県入り。



 最初は、山陰本線日野川橋梁から。愛知機関区のEF64 1000番代が、貨車を牽引し通過します(写真)。日の出間もなくで、スピードが取れず、番号が写りませんでした。





 その動画です。こちらは、それなりに写っています。



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 約45分後、次の貨物列車が通ります(写真)。EF64 60牽引、今回のメインです。しかし、貨車がコキ4両とは、残念。FXでの連写は、D700、D800とも14枚が限界で、早くシャッターを切りすぎ、手前で途切れてしまいました。





 その動画です。こちらは、静止画ほどには写っていません。



 このポイントは、以前も構えたポイント、この場所自体は何の問題もありませんが、車を停められるスペースが遠く、そこからの間は河川工事の仮置場になっており、地面がぬかるみ、長靴を必要としました。



 このまま、このポイントで「サンライズ出雲」を待つことも考えましたが、待つことなく出発しました。



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 続いて、米子市内の「湊山公園」には、D51 195が保存されます(写真)。



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 以前はあった西伯小のデハは、発見できず。次を急ぎます。



 安来市和鋼博物館駐車場には、D51 488があります(写真)。



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 松江市北公園には、C56 131が保存されます(写真)。急行「ちどり」のヘッドマークを掲出します。



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 出雲市内の保育園には、一畑電車デハ6(手前)、3(奥)が保存されます(写真)。



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 ここで構えていると、一畑電車デハ2000形(元京王5000系)リバイバル塗色編成が通過しました(写真)。



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 そして出雲大社へ。一畑電車出雲大社前駅は、擬洋風のモダンな駅舎でしたが、更に改装され、その姿を美しくしていました(写真)。



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 続いてJR大社線(廃止)大社駅へ(写真)。こちらは本格的な寺社建築風駅舎です。



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 そのホーム跡3番線には、D51 774が入ります(写真)。



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 続いて、雲南市木次へ。体育館横には、木次線で活躍したC56、108が保存されますが、雪対策でブルーシートが掛かっていました(写真)。私がどこから来たか、車のナンバーを見れば分かりますが、木次の子供達はそれでも挨拶が出来、素晴らしいところです。



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 続いて大山口駅前は、空振り。次を急ぎます。



 倉吉は、山陰線が町外れを通ってたため、後に倉吉線が中心街までやって来ましたが、廃止になりました。その跡地に、C11 75が保存されます(写真)。



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 その横には、「倉吉線鉄道記念館」があります。中には写真が並び、中心には協三工業スイッチャー、1020が保存されます(写真)。



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 続いて鳥取市、鳥取砂丘こどもの国駐車場には、D51 303が保存されます(写真)。



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 若桜鉄道の因美線からの分岐点、「郡家」も近い場所に、元若桜鉄道「さくら2号」の車体の一部が、保存されます(写真)。道側からは倉庫のようですが、線路側からは正面が見え、田んぼから望遠で写しました。しかし時間が遅かったために、VRでもブレが酷く、車に両肘を固定、更に感度を最大にしてやっと止まりました。フィルム写真は、多分駄目でしょう。



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 そして若桜鉄道「隼」駅へ。駅西脇には、非電化なのにELが。元北陸鉄道ED301で、後には元JR四国「ムーンライト高知」用客車、オロ12 6が保存されます(写真)。寝台特急「はやぶさ」に掛け、オハネ25を期待していましたが、残念。



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 オロ12 6のドアには、写真のようなサボ「ムーンライトはやぶさ 指定席」が入ります(写真)。ここで完全に真っ暗となり、目的地数箇所を残し、帰途に就き、今日未明に帰宅しました。



 今回の取材は、事前に天気が「雪」ではないことを確認し、出発しました。その通り雪ではなく、一時は晴れました。海沿いの平地はそうでしたが、一歩山中にはいると、これは大変。一面真っ白で、車は雪氷対策が必要でした。取材の前後は夜間に車で移動し、深夜から未明の、路面凍結が一番心配される時間帯であり、本当に大変でした。特に帰りは「氷の山」を通り、関西のスキー場の横を通り、しかも道を間違え一面真っ白で、私しか通っていない山中に入り、生きた心地がしませんでした。雪は、本当に怖いです。



 それでは、次回をお楽しみに。

恒例行事#3

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、近鉄3日目です。



 昨日遅くに帰宅して、投稿後、就寝。今朝目覚めると、屋根を叩く雨音が。「やはり、雨か。」と、また寝てしまいたくなりましたが、気合いを入れ、コーヒーを飲み、出発しました。



 今日の最初は、伊勢若松です(写真、2008始め3連)。ここから近鉄鈴鹿線が分岐します。



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 発車から4駅、終点平田町に到着(写真)。ワンマン3連は、直ちに折り返しました。鈴鹿サーキット最寄り駅とされます。子供の頃行きたいと強く願ったものの、家族は誰も車の免許を持っておらず、結果20代になってから、遅れてモータースポーツがマイブームになりました。ただ、環境の時代にガソリンを浪費するのは、贅沢と言われます。



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 伊勢若松に戻り、四日市へ。塩浜で下車も考えましたが、雨は止む気配が無く、断念しました。



 近鉄四日市の改札を出て、通路の階段を上下し、9、10番線改札に到着(写真、265始め3連)。内部・八王子線です。特殊狭軌(762ミリ)、本当にミニ鉄道です。来ている列車は西日野行きで、これに乗車しました。



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 3駅で、終点西日野に到着(写真)。この先は昔水害に遭い、復旧することなく廃止されました。



 この列車で、来た道を戻ります。



「1mo265.wma」をダウンロード



 265の添乗音、日永までです。吊り掛け音が、なかなかです。オリジナルファイルはwavファイルでした。



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 日永は、分岐駅。ここで、内部行きがやって来るので、乗り換えです(写真、163始め3連)。



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 そして泊で列車交換、終点内部へ。来た列車は到着後直ちに駅を出発、入換手も出て行きます。



 その列車の向こうには、114が留置されます(写真)。



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 先ほどの列車は、114の後に入ります(写真)。



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 内部駅(写真)。特殊狭軌区間では、四日市を除くと唯一の有人駅です。



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 駅出口右手には、内部車庫があります(写真)。ここがナローゲージ車両の整備場です。





 間もなく車庫から162始め3連が入線しました。正直、動画は拙いです。



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 そして工場に入っていた編成が出てきて入線し、四日市に向かいます。四日市到着の図(写真、262)。内部行きが9番線、西日野行きが10番線と、大体決まっています。



 正直本線からの乗り換えは、階段をアップダウンし、カートには辛い。しかし、バリアフリー対策を、などと言っていると、この路線自体が廃止、などという事態になりかねません。近鉄としても赤字路線でもあり、本音では廃止したいと思っているでしょう。だからバス専用路線にするなどという計画もあり、真剣に考えるときが来ています。同じナローの北勢線では、三岐鉄道に移管してから冷房化するなどという方策も採っていますが、電気容量的にも冷房化は厳しいらしく、このままでは先行きは厳しい、としか言えません。方法は、本当に無いのでしょうか。



「2mo262.wma」をダウンロード



 同じ吊り掛け音、262です。消極的には、このように保存するしかありません。マイカーは便利、それは確かにそうです。



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 そして高架ホームに上がり、6番線には湯の山線普通がやって来ました(写真、2010始め3連)。湯の山線も元は特殊狭軌でしたが、特急入線のために改軌、現在に至ります。



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 湯の山線終点、近鉄湯の山温泉駅です(写真)。湯の山温泉には、ここからバスかタクシーで、少々行かねばなりません。鉄軌道登坂の限界か。



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 同駅2番線から、行き止まりの線路が分岐しています(写真)。これは、特急が到着後、発車まで時間がある場合に、一旦引き上げ2番線を空けるために設けられた線路で、有効長は3両分です。一時近鉄も3連特急がありましたが、今は2連または4連です。



 一時、夏休み期間中の週末に、名古屋発、四日市で大阪発特急に接続する、湯ノ山行き特急が復活運転されていました。12200系で十分なので、是非今年も期待したいです。



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 そして四日市に戻ります。時間的には早く、三岐鉄道にも寄りたい気はしましたが、多分中途半端になると思い、そのまま帰途に就きました。



 四日市から乗った急行の前面助士席窓には、写真のようなヘッドマークが(写真)。「なばなの里」ウィンターイルミネーションのヘッドマークで、休日の夕方以降の急行は近鉄長島に停車し、同駅からシャトルバスで行ける、とのことです。多分美しいのでしょうが、一人で行ってもなあ、とは思います。



 そして帰宅しました。



 結局午後になってから晴れ、午前中は、一体何だったのか、分かりません。まあ、今回も無事取材を終え良かった、と思いましょう。



 残念ながら、近鉄全線走破は達せられませんでした。まあ、また次回に期待したいです。



 それでは、次回をお楽しみに。

恒例行事#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、近鉄訪問2日目です。



 今朝滞在先を発ち、向かったのは阿部野橋(天王寺)。JRは「天王寺」、近鉄は「阿部野橋」、阪堺電軌は「あべの」です。



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 平日には「さくらライナー」8連が来る、朝の近鉄南大阪線。それを狙って行ったのですが、先ずその前の特急が入っていました。写真左は16006、右は16107(相方は16007)で(写真)、16000系で、現存2番目と3番目に古い編成です。16006の編成は留置線に入庫し、16007の編成は次の吉野行き特急になります。遂に16005は、対象となってしまったのか。



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 次は「さくらライナー」運用の時間、と思っていると、連休中日であった今日は、最新16600系が代走に入っていました(写真、16701)。2編成しかないため、検査が入るとこういう形になります。



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 その編成は、左16702、右16601で、16600系のみで4連が組まれているのが分かります(写真)。



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 待っている間に、普通列車ホームに見慣れないオレンジの電車が入ります。南大阪線でオレンジ、といえばピンと来るのが通です。早速移動しました(表題の写真、6136)。4連の反対側の先頭は、6051です(写真)。6020系、「ラビットカー」です。



 「ラビットカー」は、優等列車の時分維持のため、高加減速性能のある車両を各停用に導入した、その南大阪線の車両です。養老鉄道でも復刻塗装を行っていますが、これはその本家のバージョンです。発想は阪神の「ジェットカー」も同じです。



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 その「ラビット」マーク(写真)。全車に入っています。



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 機嫌を良くしてから、もう一つの「さくらライナー」運用を待つと、これはきちんと来ました(写真、26402始め4連)。リニューアル前は腰部が緑のグラデーションでしたが、今はピンクのグラデーションになっています。



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 そして、「さくらライナー」に乗ってしまいたい、と思いましたが、特急でもなく、急行でもなく、準急に乗ります。降りたのは道明寺(急行は通過)、そこから2駅戻り、柏原へ(写真、6525始め2連)。



 近鉄南大阪線のルーツは「大阪鉄道」で、関西線柏原から河内長野を目指したのが始まりであったことから、現在も本線は道明寺と古市で厳しいカーブを描きます。



 写真横、柏原駅ホーム隣には、関西線各停、ウグイス色の201系が停まっていました。



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 道明寺に次に来た列車は長野行き準急、丁度目的地へ行きます。終点河内長野は、南海高野線との乗り継ぎ駅。丁度特急「りんかん」11000系(手前11001)が入線していました。こちらも是非乗りたいですが、今回はパスです。



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 そして長野線を分岐点古市まで戻り、南大阪線尺土へ。同駅から御所線が分岐します。近鉄御所着(写真、6531始め2連)。



 御所は、行き止まり式ではなく、先への延長が可能な構造となっていました。和歌山県の五條から山中に分け入る計画だった「五新線」(未成線)に接続するという計画があったものの、五新線の採算が疑問であることから立ち消えとなり、後はバスルートのテリトリー争いのみとなりました。確かに五新線のルートを近鉄系の奈良交通バスが通りますが、今では日に数往復しか走りません。



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 そして尺土から急行に乗れば良いのに、特急券を買おうと思いついたのが元で、うろうろしている内に逃してしまいました。こんな時のために近鉄時刻表2012年版を持っていたので、見てみると、何と15分後の特急は、終点吉野まで追いつけないことが分かり、後悔しました。結局500円払い次の特急に乗り、吉野へ(写真、16107始め2連)。幸いまだ本線ほど大きな損には感じませんでした。



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 16007の車内(写真)。16000系初期の編成(大井川鉄道にある)では、ドアすぐに客室がありましたが、同車はリニューアル時にデッキの仕切り(パーテーション)が設置され、16010系や、本線の12410系と同様となっています。しかしリクライニングは座面スライド式、再度リニューアルするか、16600系を導入するか微妙なところです。今年の5月、吉野の花見が終わった頃が要注意です。



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 同じ特急電車で吉野線を戻り、橿原神宮前へ。橿原神宮前発京都行き特急、22600系2+2連が時刻を待っています(写真、手前22951)。



 大和八木からは特急に乗るつもりであったので、料金早見表を見てみると、何と八木からでも吉野からでも、目的地への乗り継ぎ特急料金が同じ!迷わず吉野で特急券を買いました。



 そして橿原神宮前での待ち時間に昼食を手に入れ、ついでに「ずんだ団子」も買い、ご満悦。八木までの10分間、この特急に乗りました。



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 八木からは22000系”ACE”に乗りました。伊勢中川では、バッチリ短絡線が見えます。丁度、旧線の最後の橋脚を撤去する作業が始まりました(写真。)



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 列車は鳥羽行きでしたが、宇治山田で下車。駅を出て、いつもの歩道橋を駆け上がろう、と思うと、何とその歩道橋は無い!確かにその歩道橋は古かったので、今年の伊勢神宮の式年遷宮に合わせ撤去され、大きな木製の屋根付きプロムナードになりました。その下からの眺め(写真)。宇治山田駅舎は、文化庁認定近代化産業遺産に認定されています。



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 そしてホームに戻ると、賢島行き普通が入線していました。飛び乗ると、間もなく発車しました。



 丹念に駅を辿り、列車は賢島駅普通ホームに入線しました(写真、1259始め2連)。



 このまま賢島で泊まる方法もありましたが、次の特急を奮発し、鳥羽で特急を乗り継ぎ、帰宅しました。しかし、鳥羽からは喫煙車しか空席が無く、燻製になってしまいました。美味しくもない!



 明日も3日目、頑張って行ってみたいと思います。(パターンがモロばれ!)



 それでは、次回をお楽しみに。

恒例行事#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「新春フリーパス」を利用して、近鉄を巡っています。



 名鉄も年末決算対策の切符を出していますが、近鉄は伝統で、各地発伊勢神宮往復と、関西圏発橿原神宮行きと、フリー3日間の前売り切符があり、テッチャンにはやはりフリーが良いと、フリーパスを選びました。葛城山ロープウェイ半額券、及び特急割引券2枚があり、これが通常のフリー切符との違いです。しかし、今から駅へ行っても売っていません。12月中に買いましょう。



 そして今日は早く起き、近鉄名古屋08時01分の急行にランニングゴール。これで中川もバッチリ、と思ったら、残念なことに20分待ちで、かつ普通2連の名張行きでした(写真)。東青山行きの場合は接続はありませんが、名張行きは名張発上本町行き急行に接続があるので、これは乗りましょう。しかしそれは、新青山トンネルを越える輸送が如何に少ないか、雄弁に物語っています。確かに、それだけ移動するのであれば、普通は特急に乗るでしょうから。



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 伊勢中川北方には、いわゆる「中川短絡線」と呼ばれる線路があります。名阪甲特急、及び名阪乙特急のみ通るルートで、この線が完成したことにより、名阪特急は伊勢中川でのスイッチバックが解消されました。ここ数年程、同線が渡る雲出川の河川改修工事に伴い新橋梁を建設しており、昨年落成、現在は旧橋梁の撤去工事が行われています(写真)。



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 伊賀神戸で、伊賀鉄道(旧「近鉄伊賀線」)の誘惑に駈られましたが、我慢して八木へ。大和八木からエレベーターで下りると、何と橿原神宮方面行きホームでした。必死に階段を上り下りし、西大寺方面へ移動。八木の駅は、カートには厳しい設計です。



 そして何とか平端まで行き、天理線へ(写真)。1341始め4連、ブツ4です。



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 そして天理へ。天理駅前にはD51 691が保存されます(写真)。正面へ回り写すつもりでしたが、行っていると30分待ちになってしまうので、泣く泣く断念。また、そのうちに。



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 そして平端から急行に乗り、京都へ。竹田駅北方には京都市営地下鉄烏丸線の車両基地があります(写真)。京都市1000系、営団6000系のパクリのようなスタイルですが、これだけ並べば壮観です。



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 そして京都へ。私は、京都では「八橋検校」と陰口を叩かれる程ですので、当然ゲット。



 近鉄京都駅2番線には、「ビスタEX」30206始め4連奈良行きが、出発を待ちます(写真)。



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 1番線では、22124始め2連奈良行き、及び22106始め4連橿原神宮前行きの併結特急が、次の発車を待っています(写真)。



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 ビスタEXの後には、「サニーカー」量産車(12410系)初号編成が、入線します(写真、手前12511)。行先表示は、フィルム幕からLEDに変わったようです。



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 そして再び南下。竹田では、左京都市1000系1119始め6連、右近鉄3000系3105始め6連が停まります(写真)。停止位置は寸分の狂いもなく、ピッタリと並んでいます。



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 続いて、”ACE”22000系4連(車番不明)と行き違います(写真)。



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 次は京都市、1812始め6連が行き違います(写真)。



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 近鉄奈良にも寄りたかったのですが、橿原神宮前行きであり、結局「田原本」まで行きました。田原本から徒歩2分、西田原本へ。田原本線です(写真、8315始め3連)。元々は王寺から同駅を経て桜井に抜け、その先を目指した壮大な計画の私鉄でしたが、結局近鉄に併合され、西田原本以遠は廃止となりました。兵どもが夢の跡、ということです。



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 田原本線の起点「新王寺」から徒歩数分で、生駒線「王寺」に辿り着きます(写真、1125始め4連)。連続させるメリットは、無いのでしょうか。



 そして生駒線は、複線化工事が途中で止まっています。バブルの頃は遙か名張の先の「桔梗が丘」から特急で大阪に通勤する人も多かったようですが、最近の通勤圏縮小によって、ここまで来て一戸建てを買う、という人も減ったのでしょう。あのままバブルが今も続いていたならば、一体どうなっていたのでしょうか。



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 そして昨年行けなかった「けいはんな線」へ。生駒で中間改札を通り、けいはんな線ホームに入ると、列車は大阪市20系原形車、2934始め6連が来ました(写真)。平成元年川重の製造、VVVF車ですが、見た目に古く見えてしまうのは私だけでしょうか。デビュー23年、何と言うべきか。



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 終点学研登美ヶ丘には、近鉄7000系7107始め6連が入っています(写真)。タッチで折り返すつもりでしたが、行き違いで発車、残念でした。



 学研登美ヶ丘駅も、開業時は山の中、といった感じでしたが、駅前にイオンモールが出来、街らしくなってきました。今後けいはんな線が終点高の原まで延びるかどうかは、利用者次第である、ということだけは確かでしょう。



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 学研登美ヶ丘駅西方には、電留線があります(写真)。ここは車両区ではなく、電車を留置する場所です。車両区は生駒終点であった時代から奈良線東生駒駅北側であり、ここから検車のため五位堂工場に入線するための渡り線もあり、軌間は同じ1,435ミリながら、電気方式は第三軌条式750Vであるため、モトに牽引されるのでしょう。



 生駒の車両区も撮りましたが、シャッタースピードが足らず、ボツ。明日、行っている時間はあるでしょうか。



 そして今日の滞在先に向かいました。



 明日は、今日の続きです。今日は、重要な幹線を一つ、丸々残していますよねえ!



 それでは、次回をお楽しみに。

寒き日に(後半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、京阪電鉄旧3000系を中心にお届けします。



 昨晩の、今シーズン最後の「ムーンライトながら」で、寝付けないなあ、と思っている内に記憶が飛び、意識を取り戻すと、既に姫路行き新快速に乗っていました。大垣での生存競争に負けトイレの前で立って、米原で地の利を生かして座ったようですが、記憶がありません。あるのは、間もなく新大阪、ということでした。



 そこで再び寝ることなく、大阪(梅田)で環状線に乗り換え、京橋へ。京阪で本線運用に就く車両なら、必ずここを通るので、網を張って待っていると、やって来ました、旧3000系、現8000系30番代です(写真)。新系列製造のため改番されましたが、表示は元に戻りました。



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 乗るなら、やはりダブルデッカーです。特に8831は、8000系にダブルデッカーを導入する検討のため、平屋の車両を改造して製造したダブルデッカーであり、京阪でも唯一の存在です。



 2階が空いておらず、残念ながら1階へ。2+1列の固定クロスシートが、集団離反式に並んでいます(写真)。シートのモケットは、青系です。



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 2階も覗いてみました(写真)。こちらはやはり2+2列、固定クロスがこちらも集団離反式です。カーペットは同じでしたが、シートはグレー系でした。隣の車両は、京阪特急伝統の「テレビカー」で、電車の中にテレビが設置されていました。



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 そして、駅撮りならあそこで、と心に決めていたその駅で降り、出町柳から戻るのを待ちます。合間に、小遣い稼ぎをします。知っている人なら、分かるでしょう。



 写真は、新3000系です(写真、3053始め8連)。中之島線開業に伴い登場した、「快速急行」用の車両です。「特急」に次ぐ格付けの列車で、一部ロングシートもあるものの、全てスエード調生地のシートで非常に高級感があり、京阪の意気込みを感じたのですが、残念「快速急行」はその後廃止になり、特急や急行に充当されます。



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 現在の特急の主力、8000系です(写真、8053始め8連)。元々は特急増発用に、旧3000系で不足する編成分を製造するだけの予定でしたが、時はバブルの世、一気に全車置き換え、という話になり、増備が進みました。全車置き換えとなったものの、3000系が1編成予備編成として残された、ということから、また話が変わってきました。



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 同編成のダブルデッカー、8803です(写真)。かつて描かれた行列のイラストは既に無く、中之島線開業に伴い進められた新塗装に、装いを改めています。



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 そして旧3000系がやって来ます(写真)。車番は3006が復刻されていますが、少し新しい感じです。



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 ヘッドマーク近辺のアップ(写真)。鳩のヘッドマークは京阪の伝統で、8000系登場時に同車もフィルム幕式に改められましたが、現在は再び板式で復刻しています。貫通路渡り板も復元で、要注目とのことです。助士席窓下、則ち写真左下隅には、現在の車号、「8081」が黒字で小さく書かれています。



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 ダブルデッカー、8831です(写真)。行列のイラストも、最後まで残るのでしょう。しかし、平屋の車両を、一体どうやってこんな形に造ったのでしょう。



 京阪旧3000系が、こんなにリバイバルを行っているのは、この3月に引退が決まっているからです。今関西での最大の話題で、多くのファンが京阪に通っているとのことです。機会がありましたら、皆さんも、どうぞ。



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 京阪特急色を見てしまうと、もう一つの特急色も見たくなってしまいました。そのため京阪三条へ行き、地下鉄に乗り入れている京阪京津線に乗り、浜大津から近江神宮前へ。同駅間近の錦織車庫には、旧京津線用80形、82が見えています(写真)。自社保存は81のカットモデル、この車両について以前社員の方から聞いたところでは、個人の所有物(ファンが所有している!)とのことでした。静態保存です。



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 そして近江神宮前からの眺め(写真)。右端に82、中央に工場、左寄り留置線に800形、本線上に700形が見えています。



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 捜索のため一旦坂本へ。丁度600形オリジナル塗装の619始め2連が停まります(写真)。ラッピング車は、増えました。



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 網に掛かったので、再び近江神宮前にて待つと、来ました、京阪特急色の604始め2連が(写真)。先ずはこれに乗り、これを撮る場所を考えました。



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 で、結局近江神宮前で降りて待つと、間もなく同駅で折り返します(写真)。



 形式記録は、FXで28~85ミリ程度で、それ以上でもそれ以下でもあまり特徴を捉えられないとのこと。自分で撮るときは、自分のフォーマットで考えてください。





 結局、もう一度浜大津まで乗り、浜大津で降りて動画を撮りました。次回は、やはり3000系の動画か。



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 添乗音もありますが、雑談が多くボツ。



 そして浜大津から再び京津線へ。往き道に撮り損ねた四宮車庫には、815始め4連(800形最終編成)が顔を覗かせています(写真)。



 そして石山や膳所からでも良かったのですが、結局山科でJRに乗り換え。日は高かったのですが、ここで帰途に就きました。



 元旦に発症した風邪が未だ治らず、今日も尾を引いています。しかも暫くまともに寝ていないので、体に堪えます。まあ、「無理のない計画を。」



 それでは、次回をお楽しみに。

寒き日に(前半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、関東地方に来ています。



 また例によって昨晩自宅を発ち、「ムーンライトながら」で東京着。そこで、寝ぼけ眼で総武地下ホームの電車に乗ったまでは良かったのですが、木更津で降りるはずが、気付いた時には既に電車は君津で、折り返しの準備を。グリーン車なら乗り越し注意も兼ねてアテンダントさんが教えてくれることもありますが、普通車は自己責任です。仕方がないので、すぐに出る電車に乗り換え、木更津へ。



 幕張車両センター木更津支所一番南端には、先頃の置き換えで定期仕業が無くなったキハ30、62番が停まります(写真)。他の旧式車、キハ36及び37、他の30は、ありませんでした。



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 乗る列車は、久留里線。置き換えで、最新鋭のキハE130 100番代が投入されました(写真、手前103、次106)。水郡線に投入されたキハE130系列には、片運転台のキハE131及び132がありましたが、木更津にはありませんでした。



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 車内(写真、キハE130 103)。大体同じですが、料金箱等のワンマン設備はありません。



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 運転台(写真)。だんだん電車に近くなり、変速段・直結段の切り替えレバーは無くなっています。変直自動切り替えと思われます。



「1kihae130103.wma」をダウンロード



 そのエグゾーストノート(キハE130 103)。サウンドまでターボ車です。



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 そして終点、上総亀山に到着(写真)。安全な場所では、編成写真を撮れません。撮ろうとすれば、怒られるでしょう。



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 そして戻り、木更津へ。木更津支区は、駅東方に広がります(写真)。洗浄線、検修庫、奥に留置線が見えます。



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 検修庫には、DE10 1202が入っています(写真)。



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 木更津を後にして、房総一周も考えましたが、少し戻り五井へ。五井からは、「小湊鉄道」が走っています(写真)。時間があれば五井機関区の片隅に保存される、古い静態保存SLも撮りたかったのですが、次が上総中野行きで、逃せば2時間待ちになるため、断念。同駅で「房総横断記念乗車券」(大人1,600円)を買います。



 ホーム南東方には、小湊鉄道五井機関区が広がり、多数のキハ200形が並びます(写真)。一時は塗装がくたびれた感じでしたが、現役の車両は美しく再塗装されたようです。



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 私の乗るのは、キハ200形キハ211です(写真)。国鉄キハ20形に相当する車両ですが、冷房化されています。これが、終点上総中野まで行きます。



「2kiha211.wma」をダウンロード



 キハ211のエグゾーストノートです。ターボ化されていない(過給器のない)、NAエンジンのような感じの音です。



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 そして終点上総中野で暫く待つと、接続する「いすみ鉄道」がやって来ます(写真)。車両は新型の「いすみ300形」、302です。



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 車内の様子(写真)。車両が大型化した(新潟製「軽快気動車」になった)関係で、セミクロスシートになりました。身障者トイレもあります。



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 そして大多喜で下車。駅の側線には、いすみ301、及びいすみ201(写真、富士重製「LEカー」)、いすみ200形(番号不明)がありました。



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 駅南側の検修庫には、キハ52 125が停まります(写真)。「急行」用車両です。建屋には、「いすみ351」が入っていました。



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 キハ52 125の隣には、キハ28 2346が停まります(写真)。美しく再塗装され、整備もほぼ終わっており、私も乗りたかったのですが、まだ検査期限の月が入っておらず、本線上を走れません。残念でした。恐らく、今年3月か、4月のデビューとなるでしょう。既にヘッドマーク「犬吠」が装備されています。なお、標記区名は、「千カウ(かつての勝浦機関区と思われる)」になっています。



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 そしてキハ52 125急行「夷隅」が、2条の煙を吐き、ホームに入線します(写真)。乗車には別途急行料金が必要で、自由席は300円、指定席は計600円必要です。



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 キハ52 125車内(写真)。4ボックスが指定席、その他の場所が自由席です。多少いじった感じですが、大半は大糸北線当時のままです。確か、定期運転引退後の「ジオパーク号」では、ロングシートも指定席だった記憶があります。



「3kiha52125.wma」をダウンロード



 キハ52 125のエグゾーストノートです。最悪、機関が一基ダメになっても運転できる、とのことです。



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 そして、JR接続駅大原に到着(写真)。



 まだ日没までは時間があったのですが、このまま普通列車で帰京し、今日の投稿先にいます。



 今夜がこの冬シーズン最後の下り「ムーンライトながら」になるようで、まあ終わりの時期は仕方ないものの、12月中の運転開始が遅く、今シーズンは「青春18きっぷ」をあまり有効に生かすことが出来ませんでした。意地で取った昨日は、2,3号車が当たり、未だ簡易リクライニングが残っていて、寝心地はイマイチでした。まあ、今夜は違いますから。



 そして明日が、今シーズン最後の「18きっぷ」旅行です。明日も、今日のように行ってきます。でも、正月からひいたままの風邪をこじらせないでしょうか。



 それでは、次回をお楽しみに。

正月早々

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「新春1DAYフリーきっぷ」を利用して、名鉄を取材しました。



 昨年は「リニア・鉄道館」からでしたが、毎年年初の取材は、大体名鉄から始まっています。普通の民鉄は、年末決算対策で前売りの初詣乗車券を売っており、名鉄もそのご多分に漏れずそうであることから、今回も購入しました。値段も1,500円と破格(通常は3,000円)であり、乗り鉄では無い人にも使えるよう、色々な施設の割引券も付いています。しかし、使用期限は1月5日まで、発売は昨年中であり、今から駅へ行っても、売っていません。



 そして今日も起きて、出発。寝正月を通してしまったために遅く、しかも機材を出す気力もない。結局年末に届いたV2テストのためとして、何とか家を出ました。



 行き先は、金山。有人駅でしか切符を引き換えられないために、そうなりました。ホームに降りると、間もなく特急岐阜行き1000系+1200系+1800系8連が入線(写真)。これに乗車しました。



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 津島や玉ノ井、新羽島への寄り道も考えましたが、結局名鉄岐阜へ。価格的にもスピード的にもJRと勝負にならないことから、急行は一宮打ち切りが増えた中、岐阜発豊橋行き急行が珍しいなあ、と撮って、各務原線ホームに降りると、何と1384系が、ドアを閉めてしまいました(写真)。後悔先に立たず。



 Nikon1シリーズは、沈胴式ズームを繰り出すと自動的に電源が入りますが、V2は沈めると自動的に電源が切れ、一歩進歩です。しかし、また新しいバッテリーと充電器が必要で、そこはちょっとバツですね。Li-ionは航空機では禁制らしく(テロリストが爆弾に使用するらしい、またそれ自体発火する危険性がある)、「絶縁は大丈夫です。」と言っても預けることは出来ません。このままでは電池貧乏になりそうです。



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 そして乗ったのは、1800系1807始め2連です(写真)。特急増結用車両、前面展望は1200系同様です。



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 視界は非常に広く、シートは特急一般席の重厚な転換クロスで、良い感じです。



 間もなく田神で、そこからは通称「田神線」と呼ばれた路線が分岐していました(写真)。同線は美濃町線(廃止)競輪場から分岐し、整備工場である岐阜工場に繋がる路線で、同工場が各務原線沿線であることから、更に延長し田神まで繋ぎ、新岐阜各務原線ホームに乗り入れていた路線ですが、600V区間全廃により、廃止になりました。写真の位置辺りに各務原線の1,500Vと、600V区間のデッドセクションがあり、この辺りで電車は電圧を切り替えていました。切り替え対応電車も製造しましたが、全廃で無用となり、車両は豊橋鉄道市内線、福井鉄道に譲渡されました(路面区間用車両には、土佐電鉄に譲渡された車両もあります)。



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 そして分岐し工場横を抜ける部分は、工事用柵で止めてあり、工場はパチンコ屋になっていました(写真)。



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 市民公園前から各務原市役所前までの駅間はたった600メートル、次の駅のホームが見えています(写真)。



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 そして新鵜沼へ。かつて名鉄名古屋発高山行き、一時は唯一の高山本線経由富山行きであった、特急「北アルプス」が通った、鵜沼短絡線の跡地を見ると、舗装が終わり、4月から公道として使用されるようです(写真)。また一つ、痕跡が消えてしまいました。



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 新鵜沼からは木曽川を渡り犬山遊園へ。元は道路併用橋であった犬山橋の現況(写真)。道路橋開通後、鉄道線の間隔を広げたのでしょうが、やはり狭い橋でした。



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 犬山遊園からは犬山成田山を経由してモンキーパークへと繋がっていた、日本初の跨座式(日立アルヴェーグ式)モノレールがありましたが、老朽化で廃止になり、遂に駅舎も撤去されました(写真)。恐らく犬山成田山の駅(駐車場の中にある)も撤去され、モンキーパーク内の旧駅でのみ車両とも保存されているとのことです。



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 そして駅に来たのが豊橋行き特急で、吉良吉田(蒲郡)と、碧南とを迷いましたが、猿投のことも気に掛かり、結局知立で下車。三河線(海線)に行きました。6000系6017始め4連、三河高浜での停車中の図(写真)。ワンマン対応車、しかし料金箱はありません。



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 そして碧南へ。1番線ホーム、ホーム先の留置線にはそれぞれ6000系が入り、2番線に乗った電車が入り、同線と奥の留置線には電車はありません(写真)。ここから三河線は吉良吉田まで続き、現在の西尾線より歴史がありましたが、電気設備を撤去しLEカーで経営しても維持できず、遂に廃止になりました。この先には、億単位の金をつぎ込み建設した高架橋がありますが、無用の長物となりました。



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 そして知立に戻り、三河線山線へ。山線はかつて飯田を目指し、旧足助町まで路盤は出来、西中金までは開通しましたが、その先は未成線となり、猿投~西中金間も内燃化の末、廃止されました。しかし猿投には検車区があり、その配線が西中金側から入る構造のため、現在の終点は少し先になっています。



 検車区横の留置線には、6000系初号、6201始め4連(6001F)が停まります(写真)。



Mesp13



 その南側には、地下鉄鶴舞線乗り入れ用車両100系、146始め6連が停まります(写真)。



 鶴舞線乗り入れ車両の検車は、当初猿投で行われていた関係で、行き違う越戸の駅では、6連が交換可能な構造となっています。



Mesp14



 そして戻り道、豊田市では、後追いの豊田線からの列車は、名古屋市3000系初号、3101始め6連でした(写真)。



 間もなく日没、帰途に就きました。



 今日本格的に取材できなかったのは、正月早々風邪をひき、体調が万全ではなかったからです。次回までには、整えておきたいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

9回目の新春を仰ぎ

Nenga2013t



 あけましておめでとうございます。当ブログの管理人、Seichiroです。毎度ご愛読いただき、有り難うございます。



 毎年正月には必ず書くことですが、平成16年8月に、通信試験から始まった当ブログ。最初は、本当に「拙い」ブログでしたが、色々な試行錯誤の結果、一つのスタイルが出来上がってきました。特に昨年は、リニューアルによるデザイン変更、そして投稿1,000回と、記念すべき出来事がありました。



 遂に9年目に突入するのですが、先ずは順調に取材をこなしていきたいと思います。やはり、次の目標は10周年であり、来年8月まで続くかなあ、と一抹の不安はあるものの、特に止める理由も無いので、このまま何とか続けていきたいなあ、と思っています。今後とも、徹底的ではあるものの、初心者の方でも楽しめるブログとしていきたいと思いますので、今後ともご愛読よろしくお願いします。



 それでは、次回をお楽しみに。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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