赤い電車の通る路#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、先週に引き続き、名鉄瀬戸線を取材しました。



 名鉄瀬戸線を、線路外で捉えるなら、何処が良いでしょうか。それは考えるまでもなく、矢田川橋梁です。「矢田」~「守山自衛隊前」間の、一級河川「矢田川」を渡る同橋梁は、北東から南西に向け架かる橋で、上り栄町方面行きは、午前中から午後相当の時間まで半逆光から順光であり、上路式のガーダー鉄橋であることも相俟って、好適地とされます。しかもお誂え向きに、「一級河川 矢田川」と国交省設置の看板が立つ辺りは平らで線路と同じ高さ、まさに「お立ち台」となっています。その通り「お立ち台通信」にも載るほどの場所で、有名撮影スポットとなりつつあります。ただ、駐車場は運の良い方にのみ1台だけありますが、長時間停めた場合、河川管理の車両に支障し、殴られるか罵倒されるかは知りませんが、非常に好ましくない場所です。近くには他に適当な駐車場もなく、ナゴヤドーム近辺の駐車場では車で行く意味がないと、結局電車に乗り、瀬戸線矢田から歩きました。このために新調した三脚はアルミ製、雲台とも「重くてしっかりした」物を選びましたが、車でないと運ぶのは困難であると感じました。



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 到着すると、7、8人ファンがいます。後に入ると、間もなく今日の主役、6600系が通過(写真)。スローモーションでした。不意打ちにショックを受けましたが、単独路線で、追い越しも無く、2時間程度で一巡し再び来るであろうから、気を落とさずに、三脚の組み立てを続けました。他のファンは、目的を達成したので、間もなく全員撤退しました。



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 組み立てが終わると、瀬戸線の「新車」から「主力」へと変わりつつある4000系、4108始め4連(4008F)が通過します(写真)。瀬戸線は、間違いなく数年内に全車4000系に統一されます。



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 続いては、4104始め4連(4004F)が通過します(写真)。



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 何本か行き、暫くすると、1人ファンが来ました。彼は情報通らしく、残存車両の情報を持っていました。6600系は残存4両、6000系は先日1本廃車になり残存4編成、4000系は13番(4013F)が入ったらしい、とのこと。しかし今日の「赤い電車」の運用は、6600系と合わせ2つだけ、と言っていました。



 間もなく、その内の1運用をこなす、6235始め4連(6035F)が通過(写真)。2番目の目的は達成しました。





 その動画です。こちらも間もなく見納め、生きている内の記録が重要です。



 ちょうどこの時に、「4文字の地元ナンバー」の車が停まり、降りてきた男性は一通りHDビデオとデジ一で写し、すぐに帰ってしまいました。確かに、赤い電車ならば、名鉄です。



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 次は、4103始め4連(4003F)でした(写真)。



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 次は、4107始め4連(4007F)でした(写真)。



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 その次は、4106始め4連(4006F)でした(写真)。



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 尿意を感じ、河川敷公園に置かれ徒歩2分ほどの距離にある簡易トイレに行こうと思いましたが、イヤな予感がしたので、我慢します。順番的に、主役は次くらいに来るであろう気がしたのです。



 間もなく側方道路の踏切が鳴り、構えると、やはりそうでした、6600系最終編成、6704始め4連(6604F+6601F)でした(写真)。もしトイレに行っていたら、本当に本物の馬鹿、更に2時間以上待つことになっていたのでしょう。こんな寒い日に!





 その際の動画です。これを撮り終え、ダッシュでトイレに行きました。



 実際、肝心な部分というのは、長くてもたった数分間なのです。本番一発しかない列車では、それで全てを決してしまいます。



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 早速、三脚をたたみます。しかしその合間に、列車は何本も行き過ぎます。デジ一を首に提げていた関係で、瞬間だけ構えました。



 先ずは、4102始め4連(4002F)でした(写真)。



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 続いては、4109始め4連(4009F)でした(写真)。



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 続いては、4111始め4連(4011F)でした(写真)。



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 そして4110始め4連(4010F)が行き過ぎた(写真)頃にやっと片付き、この「お立ち台」から撤収しました。



 ICレコーダーも持っていたので、6600系の急行運用の添乗音を録ることも考えましたが、余りに代理人が重く、気力が続かず、結局帰宅しました。



 基本的には名鉄瀬戸線は30分パターン、普準普急の順で走り、追い越しも無い(その代わり普通は「尾張旭」折り返しがある)ことから、時間8本、2時間程度居れば当日の運用は出尽くします。やはり平日の朝ラッシュ時に、稼働編成総動員になることが想定されますが、職業人に、そんなことが出来る訳もないでしょう。合法的に平日に休めるということは、普通滅多にありません。



 ということは、「またあした」ということなのでしょうか。一晩、考えたいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

赤い電車の通る路

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、瀬戸電6600系を中心に取材しました。



 デジカメで動画が撮れると喜んでいたら、YouTube投稿で不具合が発生、結局以前の動画専用カメラに戻し撮影しています。昨日もつまらない失敗で動画を撮り損ねたため、結局撮りなおしを。しかも今朝は寝坊し、1便の整理券配布時間に遅刻。結局1便を電車で横目に見ながら米野へ行き、2便を撮影。取り敢えず、次回未定のイベントは記録しました。



 しかしまだ昼前。半日なら何処へ行く、と思い、先ず思いつくのは、名鉄瀬戸線6600系。まだ走っているかなあ、と思い米野から名古屋を経由し(”SKE48”の活動する)栄へ。現在の瀬戸線は、栄町を起点としています。



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 瀬戸電の新車と驚喜した4000系も、既に11番か12番がデビュー、今日も4011Fは運用に入っていました。写真は、その喜んだ初号車、4001Fです(写真)。瀬戸線の急カーブ対策で、ボルスタレス台車が通常の現代電車にあって、旧来のボルスタ(揺れ枕梁)付き台車が用いられているのが最大の特徴です。流石に「ガントレット」(狭隘な橋梁下を通るため、上下線が一時的に交差した線路)も、「サンチャインカーブ」(「3チェーン」(R60m)のカーブ、いずれも「瀬戸電」が「お堀電車」だった時代の名物)もありませんが、かなりの急曲線が残っています。



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 赤いのは無いのか!と思っていると、元は本線用の6000系、6031始め4連がやって来ました(写真)。しかし本線の6000系と比べてもかなりくたびれた印象で、ナンバー周辺のみ塗装が新しい車両もあり、実際にはニコイチとかやっているのでは、と気になります。確かに地下線は湿度が高く、ボディに悪影響を与えた可能性はあります。このままでいくと、6600系に続いて6000系も引退し、瀬戸線は全て銀色の4000系の天下となります。検車区も既に喜多山から尾張旭に移動、本線のお下がりの旧式車を苦労して整備したのも、昔の話となります。



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 そして待つこと1時間、やって来ました6601始め4連が!(写真)6750系1次車6751、6752同様ブツ4で、後2両は6604他でした。尾張旭検車区は4000系導入を前提に塗装設備を廃したのか、と思うくらい、塗装はくたびれています。洗車だけでは何ともならないのでしょうが、最期だと思えば、もう少し綺麗にしても良いのでは?なお、系統板入れの位置には、「34年間ありがとう 6600系引退」と描かれます。瀬戸電栄町乗り入れに合わせ製造された系列であり、正に瀬戸電の生き証人です。



 6600系は、本線系列6000系に準じ製造された瀬戸線専用系列、カルダン駆動で新しい系列、と思っていましたが、それから34年、JRでも113系・115系を廃車する時代、当然といえば当然の理です。しかし、これより古い、本線6000系初期形に比べても、特に最近は塗装が傷んでいる感じを受けます。



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 6601の運転台(写真)。当時は最新式でしたが、確かに見た目古くなっています。



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 6601の車内(写真)。こちらは、まだそれほどではありません。まだまだ、走りそうな気がするのは気のせいか。



「6701.wma」をダウンロード



 Tc車6601では駆動音が無く面白くないので、Mc車6701で添乗音を録音しました。普通尾張旭行き、各停です。抵抗制御のカルダン駆動車らしい音がします。



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 そして尾張旭2・3番線に入線。折り返し栄町行き普通になります。相方、6704(写真)。6600系さよなら運転は、この4両で行われるものと思われます。



 実際尾張旭検車区には、赤い電車は2、3編成停まるのみで、運用2編成、6600系は残存4両のようです。本当に、「お別れ会」の雰囲気です。



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 そして、いつもの駅撮りの駅で下車します。間もなく4001Fが入線(写真)。こちらは、踏切事故にでも遭わない限り、当分は安泰です。



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 手前側4000系が発車を躊躇う間に、目的の6601がやって来ます(写真)。ギリギリセーフです。



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 そして停止位置に停車(写真)。この勇姿も、あと僅かです。



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 6600系の次の「お別れ会」は、瀬戸線6000系になりそうです。6031F、同僚も少なくなりました(写真)。





 6600系、動く姿です。これも、あと僅かか。



 そして、帰途に就きました。



 昨年の編成表では、6603、6606が残ると書かれますが、現在は不明、廃車を前提に考えた方が良さそうです。



 先日、早朝から行列して買ったのは、6600系さよなら運転応募券付き入場券セットです。早速応募しましたが、結果は今月末にしか分かりません。もし今回も当選したら、また宝くじを買うかどうかは、その時の気分次第です。



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 午前中は、「SLあおなみ号」の撮影で、巨大なカートを持ちながら、使ったのはポケットサイズの動画カメラのみ。そのため、今日の最初の1枚は、近鉄米野駅向こうに見える、キヤ95の屋根付き車庫です(写真)。いわゆる「ドクター東海」、JR東海管内で定点撮影しているとよく見かけるそうですが、そういう撮影は通常はしないため、運用中に逢ったのは1回だけです。そうですねえ、これがやっぱり一番撮りたいですねえ!また、そのうちに。



 それでは、次回をお楽しみに。

100倍の日

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、本日と明日運転される、「SLあおなみ号」を取材しました。



 「SLあおなみ号」運転が報道され、取り敢えず申し込みの往復葉書を送りました。しかしその後、倍率が100倍にまで膨れあがったとの報を聞き、「あーあ、今回はハズレだ!」と思ったところに当選通知が届き、驚喜しました。「これはツイてる。」とその日の内に宝くじを買いましたが、こちらはハズレ、どうも運を使い尽くしてしまったようです。



 前日は飲み会。深夜まで遊び、寝坊することを心配しましたが、幸い通常に起きることが出来、間に合いました。そして葉書で乗車券を引き換え(500円)、入場、時間に乗車しました。



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 車内のサボ(写真)。今回の運転は「リニア・鉄道館」のある終点「金城ふ頭」ではなく、途中の「名古屋貨物ターミナル」内の特設会場まででした。車両は3号車、一般乗車の車両でした。



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 チケット(写真)。首から下げるIDカード風の乗車券です。これで、有人改札から入場出来ました。



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 乗車時には撮影禁止であったので、そのまま乗車し、目的地の「名古屋貨物ターミナル」まで車内からは出られません。



 そして到着、早速撮影を始めます。先ずは、ヘッドマークから(写真)。「名古屋臨海高速鉄道」社章、牽引機C56 160と、名古屋の高層ビル(実は4箇所5ビルしかありません)があしらわれます。



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 牽引機C56 160です(写真)。西日本各地で活躍し、イベント時にいつも主役になるSLです。



「c56-160.wma」をダウンロード



 汽笛が、会場で予告の上、鳴りました。その音の録音です。



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 正面から(写真)。C56は細いボイラの、簡易線用軽量小型テンダ機関車です。C12をベースに造られたとのこと。



 C56は便利な機関車であったことから、1号機から90号機までは南方戦線に徴用され、2両を除き帰国することはありませんでした。帰国した42号機は靖国神社で静態保存、44号機は大井川鉄道で動態保存されます。



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 側面のプレート(写真)。機番「C56 160」、区名「梅」(梅小路機関区(梅小路蒸気機関車館))、昭和14年川崎車両製です。



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 1号車のサボ(写真)。この車両は「指定席」でした。



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 その他の車両のサボ(写真)。「SLあおなみ」と書かれます。



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 客車(12系)の方向幕(写真)。当然「臨時」です。



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 客車の所属区(写真)。「大ミハ」、JR西日本大阪支社宮原総合運転所所属です。



 見ての通り全てJR西日本の車両で、補助のDE10も含め、すべて借り切って運転しました。経費は莫大ですが、鉄道と無縁と思われるような人からも注目を浴びただけでも、十分効果があったと言うべきか。



 なお、この列車には、このイベントの発案者である名古屋市長も乗っていたらしく、何人もの乗客と記念撮影を行っていました。



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 そして名古屋に戻ったものの、場内の混乱を避けるため、撮影は禁止。直ちに外に出ました。



 この後の行動を考えましたが、あのポイントが良いと思い、近鉄の普通に乗り米野へ。米野から歩き、「向野橋」へ。元は自動車橋だったものの、老朽化から車両は通行止め、歩道橋となっています。撮影ポイントとしてはまあまあですが、橋梁強度上の理由、および交通安全上の理由から、SL通過時は通行止めになり、「通行券」所持者のみ橋に入ることが出来る、とのことでした。2便通過には間に合わなかったので、3便の通過時の券を受け取ることとしました。通過約30分前に配布(写真)。人数は、早い者順で限定です。



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 そして通過約10分前に、整列入場。皆、構えて待っています。



 間もなく、名古屋方面から、煙が上がるのが見えてきました(写真)。



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 そして列車は「ささしまライブ」を通過し、架線柱の合間から、C56が現れました(写真)。



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 そして、全体が見えてきます(写真)。C56 160、12系客車3両、DE10 1118の5両編成です。



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 そして橋を通過、行き過ぎました(写真、反対側からの撮影)。



 3便の返し、そして回送でもう一度通行制限がかかります。回送の行き過ぎた後の15時30分に、この制限は解除されました。





 返しの上りでは通行制限はかからなかったものの、立ち止まることは禁じられ、橋の横で撮りました。もう一度、回送で通るのですが、下半身が我慢出来ず断念しました。



 そして、帰宅しました。



 取材自体は「ちょっと、ちょっと!」という所があり、明日撮り直すか、現在考えています。まあ、明日もありますので、今日残念だったという人は、どうでしょうか。





 翌日撮り直した動画です。こんな感じに走りました。



 本日は、新聞及びテレビ各1社ずつから取材を受け、鉄道ファンとしての意見を言わせていただきましたが、ボツになったのか、どうか。確認はしていません。



 今後このイベントの恒常化、最終的にはSLの毎日運転などという考えもあるようですが、先ずは走るSLの確保が重要です。東海地方じゅうの保存SLを掻き集めれば、D51、あるいはC11、C12位なら部品が揃うかもしれません。しかし静態保存から動態保存にするためには多大な努力が必要で、梅小路や大宮のように技術者が揃ったところなら簡単ですが(それでも平均1年くらいかかる)、名古屋地区は電化が早く、SL整備経験者もかなりの高齢である可能性が高く、技術的にどうなのか、難しい気がします。実際梅小路のSLの動態化でも、JR社外の専門会社の手を借りており、名古屋でそこまで出来るか、少し疑問には感じます。しかし「他機関区には迷惑は掛けない。」という誇り高き名古屋機関区の伝統もあり、困難でも夢を追う価値はあるのか。正に「ものづくり」の原点、技術力を見せる時であると思います。期待したいですね。



 それでは、次回をお楽しみに。

山陽道#3

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、中国地方訪問最終日です。



 月曜朝、滞在先を発ち、向かったのは福山。市街地の公園には、D51 860、及びワム88085が保存されます(写真)。



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 福塩線神辺に近い保育園には、2両の保存車が。1両は、井笠鉄道(廃止)ホハ11です(写真)。



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 もう1両は、黒いSL様の機関車です(写真)が、いわゆる「カトーくん」で、刻印もあります。元遊園地の機関車とのことです。



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 府中市の公園には、C56 106が保存されます(写真)。まあまあですが、電球は割れています。



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 少し戻り、神辺に近いゴルフ場には、SLの井笠2号、及びホハ12が保存されます(写真)。こちらは、それなりです。



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 そのまま岡山県入り。井原市内のキャンプ場には、気動車の井笠ホジ101、及び客車ホハ8が保存されます(写真)。塗装は少し煤け、窓ガラスは全部割れています。



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 井原鉄道井原にも近い公園には、SL井笠9号が保存されます(写真)。軸重が大きく、短命だった、と書かれています。



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 新山の井笠鉄道記念館には、SL井笠1が転車台に載り、ホハ1、ワフ1が続きます(写真)。こちらは塗装も補修され、大変綺麗です。しかし、車を停める場所には苦労しました。



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 笠岡駅南側には、気動車、井笠ホジ9が保存されます(写真)。



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 大移動し、倉敷市水島には、D51 842が保存されます(写真)。メインカメラの画像は、囲いの金網にピントが合っています。



 デジカメの受光素子を大きく、前玉も大きいと写真も美しいですが、金網をすり抜けるには前玉を小さく、つまり素子もそれなりに小さい方がメリットがあります。ミラーレスに通常規格を使うのは、あまり賢くない。それでは、金網も写ってしまいます。



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 続いて総社市のD51 889です(写真)。だんだんSLとの距離が、遠くなっていきます。



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 岡山市「池田動物園」には、3両の保存車があります。SLは井笠3号、後には西大寺鉄道(廃止)ハボ13が写っています(写真)。



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 後には、西大寺ワ1が続きます(写真)。



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 岡山市中心街の下石井公園には、D51 917が保存されます(写真)。



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 玉野市へ移動。いつもの、琴電760(元玉野市電103)です(写真)。時間が遅く、今回も中には入れませんでした。



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 岡山湾と児島湖の仕切りの堤防を通り、岡山港へ。岡山臨港鉄道(廃止)DL102が保存されています(写真)。汽車会社(現在「川崎重工」の一部)製のDLです。



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 近くの保育園には、岡山臨海キハ7003が保存されます(写真)。新潟鐵工所製、反対側は貫通路横に運転台があるようで、単行も可能なようにヘッドライトも装備されていました。



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 両備バス西大寺バスターミナルには、西大寺キハ7が保存されます(写真)。自然光では不足し、VRでもこの程度です。



 なお、この後に写る美術館は、頻繁に収蔵品を変えるらしく、来る度に名前が変わっている気がします。



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 旅の最後は、長船(瀬戸内市)です。国道2号沿いの「おさふねサービスエリア」には、3両の保存車が。1両目は木造客車、ホハフ2です(写真)。下津井電鉄(廃止)の車両とのこと。



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 続いて、ホワ10です(写真)。木造有蓋車です。



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 最後は、クハ6です(写真)。下津井港の保存車両も、またそのうちに行きたいと思います。ここも、日光の照っている時間帯にもう一度来たいと思います。



 同施設のレストランで、人気のラーメンを食べました。普通盛りでも具だくさん、量もガッツリで、多くのトラッカーに鍛えられた味であると実感しました。この上に大盛りもあるとのことで、大食漢を自認する私でも、少し自信がありません。並盛りで、十分満足しました。



 そして、高速を駆使し帰宅しましたが、既に午前様、それから4日ぶりの風呂を浴び、疲れを流しました。しかし、正直ここ二日程は、仕事が辛かったです。行程には、余裕を持って行きましょう。



 今週末は、倍率100倍の抽選でゲットした乗車券で、列車に乗ります。こちらも、請うご期待。



 それでは、次回をお楽しみに。

山陽道#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、中国地方2日目です。



 今朝も滞在先を発ち、向かったのは岩国。岩国駅からも程近い公園に、D51 103が保存されます(写真)。状態は、まあまあか。しかし缶のハンドルを喪失しています。



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 そのまま普通に出発すれば何でもなかったのですが、15分だけ調整しようと思って、シートを傾けたら、うっかり寝過ごし、1時間も経ってしまいました。慌てて飛び起きたものの、宮島口で大渋滞にかかり、予定時刻を1時間ほど遅れ着いたのが、広島市交通科学博物館。勿論館内の展示もありますが、屋外の保存車両は、広電市内線654です(写真)。いわゆる「被曝電車」です。中には入れません。



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 続いて広島市中心部へ。「子供図書館」前に保存される、C59 161です(写真)。近辺は色々な施設の地下駐車場が地下通路で繋がり、地下要塞のようで、中で迷いそうでした。



 構えていると、若い男性が、「撮って!」と言います。そんな、撮られたら、「インターネット晒し者」になりますよ!



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 続いて、広島車両所も近いショッピングモールには、C11 189が保存されます(写真)。



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 次は呉まで行きます。坂町との境界に近い「呉ボートピア公園」には、仙台帰りの呉市電「1001」が保存されます(写真)。Zパンタグラフは紐で運転台に繋がり、子供が引いて遊んでいました。



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 車内の様子(写真)。木製の床は、一昔前のバスと同じ、少し古いスタイルです。それ以外は現役のトラムと同様です。



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 運転台(写真)。左のマスコンは三菱電機製でした。スピードメーターはありません。



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 次は、瀬野にも近い「瀬野川公園」に保存される、D51 720です(写真)。準戦時形ではあるものの、中期の安定した形態のものに近いスタイルです。



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 同機の正面ナンバープレートは、形式入りでした(写真)。売れば評価が高い、からといって、盗んではいけません。



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 続いて三原市にある、昔の名門車両工場入口傍にC57が保存され、撮影すべく入口で交渉しましたが、撮影そのものが(企業秘密等が写る可能性があり)禁止で、門の外からでもダメと言われました。許可があれば可能なようですが、今日直ちに下りるわけもなく、缶を目の前にして断念しました。残念。



 続いて尾道市へ。海沿いの公園には、D51 422が保存されます(写真)。



 その次を目指し移動したものの、残念ながら日没、撮影には間に合いませんでした。



 そして、今日の滞在先に向かいました。



 3連休ということで、今回は遠出しています。少し、疲労が溜まってきたのか。安全運転に心がけたいと思います。



 それでは、次回をお楽しみに。

山陽道#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、中国地方山陽方面に来ています。



 例によって昨晩発。財布と免許を仕事場に忘れ、走って戻り、何とかセーフ。そして機材を詰め込み、食料を調達し、出発しました。



 最初の目的地は、下関。関門トンネル、関門橋入口も近い、一里山公園には、D51 768が保存されます(写真)。少し塗装が傷んできました。



 そのまま関門トンネルに入り、今年最初の九州入りもしたかったのですが、時間的に余裕はなく、目前で断念。徹夜運転にもかかわらず、既に日は高くなっていました。



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 続いて厚狭駅にも近い公園に、D51 300があります(写真)。正直状態が悪く、これより良くても解体された例もあり、今後が心配です。



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 続いて、美祢市役所にも程近い場所に、美祢線で活躍したC58 36が保存されます(写真)。これはなかなか良い感じです。



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 同機の正面には、美祢線大嶺支線(廃止)の大嶺駅駅名票が設置されています(写真)。なお、駅跡地には石碑しかない、とのことです。



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 宇部市常磐公園には、D51 18が保存されます(写真)。これも、状態はまあまあです。



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 新山口駅も近い旧小郡町には、準戦時形のD51、813号機が保存されます(写真)。これもまあまあか。



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 山口博物館脇には、D60 1が保存されます(写真)。ミカドのD50に従軸を追加しバークシャー、軸重制限の厳しい線区に進出しました。しかし同形で残るのは同機のみのようです。



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 防府駅間には、防石鉄道2、他客車2両が保存されます(写真)。SLは、クラウス製です。いかにもそんな形態です。



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 周南市徳山動物園前には、D51 395が保存されます(写真)。光線が、気になってきました。



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 下松市役所には、「下工弁慶号」が保存されます(写真)。下津井電鉄、三岐鉄道北勢線に貸し出されましたが、現在はガラスケースの中で保存されます。



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 下松市笠戸島には、日立製D51、D51 592が保存されます。



 日立製作所笠戸製作所もここから近く、E5系とN700Aが見えていました。



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 続いて光市へ。C58を発見できず、続いて路面電車は、と見ると線路跡が発見され(写真)、車両は解体されたようです。



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 そして最後は、柳井のC50 125です(写真)。8620の改良型とされますが、車両生命は短かったようです。



 そして日没、今日の滞在先に向かいました。



 長い一日、しかし下関は遠い!やはり体に堪えます。「無理のない計画を。」



 明日は、今日の続きです。



 それでは、次回をお楽しみに。

永き日(後半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は昨日の続き、関西方面からです。写真は、明石海峡大橋です(写真)。



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 今朝は普通に起き、大阪上本町へ。「団体」を求めて行ったのですが、別のホームに「団体」のアナウンスが。行ってみると、何と15400系、「かぎろひ」初号編成ではありませんか!新車投入で余剰気味の12200系を、まだ廃車は早いとリニューアル、「クラブツーリズム」専用車とした車両です。2編成あり、第2編成は以前塩浜で見つけましたが、やはり第1編成は高安車庫所属のようです。



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 同編成の側面には、大きく「クラブツーリズム」と書かれます(写真)。



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 特急ホームには、12400系12402始め4連が停まります(写真)。同系は3編成12両のみの存在で、量産は12410系になりました。



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 大阪上本町駅3号線の案内(写真)。昨日撮った「鮮魚列車」は、この列車の間に上本町3号線に到着し、折り返し高安へ回送されます。



 今日は残念でしたが、少し冷静になると、鮮魚列車は日曜運休、土曜も運休の日がある、ということを思い出しました。朝の到着の動画は、またいつか(確か2年前に取材した記憶もありますが)。



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 そして上本町地下ホームへ行き、阪神直通尼崎行きに乗ります。そして尼崎で小遣い稼ぎをしようと思っていたところ、尼崎の反対ホームには「直通特急」が来ています。あまり考えずに、そのまま乗ってしまいました。



 阪神の「直通特急」は、神戸高速鉄道線を介し山陽電鉄姫路まで直通することから、その名になります。つまり、近鉄名古屋に始まる標準軌は、そのまま山陽姫路まで繋がっているのです!勿論現在名古屋発姫路行きは無く、その実現には多数の困難があるでしょうが、全く不可能な話ではないということです。アーバンライナーが山陽姫路に入線する、それは全くの夢ではありません。



 阪神三宮は地下ホームを大改造しているらしく、以前は端にあった梅田方面折り返しホームが、今は中間になり、配線も変わった感じです。



 そして新開地を通り、山陽電鉄へ。東二見でしょうか、3068始め3連が、引上線に入っています(写真)。アルミ無塗装車体、貫通路方向幕とも神戸電鉄同様で、正に地元神戸の川崎重工製です。



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 東二見の車庫の隅には、アルミ無塗装車体の元祖、2012他が停まります(写真)。恐らく現役ではなく、動態保存であるかどうかも疑問ですが、正に最初期のアルミ車体です。それは、営団6000系を経て、日立A-Trainに繋がる路です。



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 そして阪神赤胴車で、山陽姫路に到着(写真)。右にはいかにも山陽電鉄らしい車両、3000系が写ります。駅正面は、山陽百貨店です。



 全国各地に店舗を持つ今川焼きの本舗、「御座候」の始まりは姫路らしく、姫路近辺では看板を多数見ます。改装なったJR姫路駅内にも店舗があり、正直「本店の味」という興味もありましたが、時間の都合で断念しました。



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 再び来た道を戻ります。姫路駅から手柄山公園までロッキード式と呼ばれる跨座式モノレールがありましたが、営業不振により短期で廃止されました。同線の遺構は多数残っていましたが、時と共に減り、JRの高架化工事関連でかなり解体されました。山陽電鉄そばに残る橋脚跡(写真)。無念です。



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 そして飾磨で下車し、山陽電鉄の夢の跡、網干線へ。山陽網干に到着した3605始め3連(写真)。社名の通り山陽を目指した山陽電鉄、取り敢えず姫路でルートを確保していますが、網干線は本線から直進しているのに対し、本線は飾磨から大きく右にカーブを切り、東に戻る方向に進みます。夢は山陽進出、しかし網干で力尽きた、ということでしょう。明治期の「山陽鉄道」も神戸を起点に下関に達し、国有化で山陽本線に編入されたのを思い出します。



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 そして飾磨に戻ると、来るのは「直通特急」ですが、今度の車両は山陽電鉄の車両、アルミ無塗装の5000系、5632始め8連です(写真)。阪神車は赤胴車でもロングシートですが、山陽車はクロスシート、しかし転換もあれば固定もあり、製作時期で異なります。この編成は全車2+1のオール転換クロスシートでした。なお、この編成は阪急乗り入れ対応もなされていたらしく、ATS表示には「山陽」「阪神」と並び「阪急」の表示灯もありました。



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 そしてそのとおり新開地で阪急の特急に乗り阪急梅田へ行き、御堂筋線に乗って帰ろうと思いましたが、尼崎で見てしまったものが思い出され、そのまま阪神尼崎まで戻ってきてしまいました。



 それは、車庫の片隅に停まる救援車、101です(写真)。1000系2連の奥に隠れています。まあ、この車両が役に立たないことが、一番良いことではあるのですが。



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 そして尼崎車庫といえば、202、201でしょう(写真、手前クレーン装備車両が202)。電動貨車、昼間はいつも、大体この位置か。動くところを拝むには、我が家は少し遠いです。



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 そしてここまで戻って、梅田というのも捻くれています。結局、来た道を戻り大阪難波へ。せめてこのまま近鉄奈良線東生駒でも、とも思いましたが、昨日の積み残しを思い出し、特急回数券を指定券に換え、帰ることとしました。



 大阪難波2号線には、12410系12414始め4連、近鉄奈良行き特急が入ります(写真)。ビスタカーⅢ世と同時代の、いわゆる第2世代に当たりますが、高速車両では省エネ制御は一般的でなく、VVVFも技術的に未確立だった時代、結果抵抗制御で、多数を占める第1世代(”エース”等)に対するアドバンテージも少なく、量産車とはいえ5編成20両で、小さな所帯です。



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 間もなく、”Ace”22600系2連+”ACE”22000系2連の編成が3番線に入線します(写真)。22600系は22651+22951で、2連の初号編成でした。



 もしバブルがそのまま続いていれば、近鉄特急一般形は全部22000系に置き換えられる予定でした。しかしバブルは平成3年に崩壊、結果”スナックカー”12200系は、置き換えが20年遅れました。金が全ての拝金主義の時代は、いつかは終わるのです。確かに男性には楽しい時代でしたが、女性にとってはどうだったのでしょうか。



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 そして難波発アーバンライナーは、終点の近鉄名古屋に到着しました(写真、21609始め6連)。



 そのまま真っ直ぐ家に帰れば、もう少し投稿は早く出来ましたが、結局瀬戸電へ。記念入場券は昨日中に全駅完売、通常の硬券に記念台紙を付け販売していました。昨日行けば全部買えたのでしょうか、時間的限界で、残念でした。まあ、意地で台紙だけは揃ったので、それで良いのか。後は、抽選に当たることだけです。やはり、「時は金なり。」「早起きは三文の得。」のようです。



 名鉄瀬戸線の記念入場券セットは、プレミア付きでも欲しい方はいるのでしょうか。やはり、ネットオークションで換価するのでしょうか。早起き代を正当に評価していただけるなら、良いですよ(勿論応募券はあげません)。



 それでは、次回をお楽しみに。

永き日(前半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、関西方面に来ています。



 今朝は、5時起き。今後の取材の事前準備で、記念列車乗車のための応募券付き記念切符を買うため、普段は切符を収集しない(買っても整理しないため無駄になる)私が、始発に乗り売り場へ。6時前に到着しましたが、既に50人が並び、切符ファンは本当に忍耐強いと思いました。幸い6時半に整理券が配布されたため、8時50分の再集合時間までに合間が発生、各駅販売のバラ売り購入行脚を。しかし再集合時間に遅れては元も子もないので、中途半端に断念しました。そして9時から開始された目的の切符の販売で、購入上限まで買い、一番欲しかった応募券を手に入れました。



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 そして安心し、アーバンライナーに乗り、難波へ。難波から乗った御堂筋線は、新車30000系でした(写真、31601始め10連)。30000系は、谷町線に続き投入されましたが、御堂筋線ほど車両が多いと(北大阪急行車両もあるわけですし)、20系原形車からある訳で、全形式の撮影は、定点観測でもしないと、とても不可能です。



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 そして、淀屋橋へ。今回も、懲りずに京阪です。8000系8051始め8連(8000系初号編成)が、入線します(写真)。当然、折り返し出町柳行き特急になります。



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 3000系3051始め8連(新3000系初号編成)が、特急運用に就きます(写真)。



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 淀屋橋で2時間待ち、これで駄目なら諦めよう、と思ったその列車に、何と目的の8000系30番代(旧3000系)がやって来ました(写真)。京阪特急は130分パターンであることが分かり、実はこの列車は私が来る10分前に淀屋橋に来ていたことから、今日何度目にかなるタイムロスを悔やみました。光陰矢のごとし。



 そして、今回目的の車両に乗車しました。



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 それは、「テレビカー」。京阪特急の伝統で、ダブルデッカーが無かった時代の旧3000系には欠かせない車両でした。しかし、8000系リニューアル車からは無くなり、地デジ化でも設備が更新されないまま、8000系30番代引退で廃止になります。



 その最後のテレビカーに、乗車しました。車内の様子(写真、8731)。テレビの近辺は、照明が暗くなっています。



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 そのテレビ(写真)。カラーブラウン管の時代には、架線の直流強電が原因で、専用の特殊なテレビが使用されたとのことですが、現在は普通の液晶平面テレビになっています(写真)。アナログ放送の時代、京都と大阪ではアンテナの向きが異なり、それを操作するシステムが搭載されていましたが、それはアナログBS放送開始で解消しました。しかし地下では電波が届かないので、地下でも映るようトンネル内に再放送システムが設置されたものの、デジタル化で使えなくなり、最後の1両も引退で、設備も廃止となります。



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 そしていつもの駅撮りの駅で下車。ダブルデッカー8831の「時代祭行列絵図」のイラストも、間もなく見納めになります(写真)。



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 再び3000系初号編成、3051始め8連です(写真)。同系も特急運用に就き、必要編成数を充足しました。





 その到着から発車までの動画です。前のカメラに比べ、ピントがしっかりしており、像の歪みも減りました。





 おまけのレベルですが、8000系(初号ではない)の到着から発車までの様子です。スチルカメラの動画は当てにしていませんでしたが、使えばそれなりのモノですね。



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 まだ残っていました、京阪一般車旧塗装車両です(写真、2456始め7連)。昔は、特急車の旧3000系を除き、全てこの緑のツートン塗色でしたが、現在9割方塗色変更が終わり、京阪の旧社紋、車番表示も、間もなく見納めとなります。



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 そして旧3000系、現8000系30番代の編成写真です(写真)。4月からは、大井川鉄道、あるいは富山地方鉄道でしか見ることが出来なくなります。



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 テレビカー8731の写真です(写真)。普通の平屋のサハですが、窓上部の「テレビカー」表示も最期です。



 関連動画は、また、そのうちに。





 その8000系30番代の動画です。確かにまだ現役ですが、これもあと僅かです。



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 そして次の3000系特急に乗り、ハラハラしながら「天満橋」から谷町線に乗り「谷九」、地下道を走り「大阪上本町」へ。エスカレーターで気が急いてカートをステップに引っ掛け、あわや大事故に。それでも大阪上本町3号線には、まだ目的の電車の前の電車が停まっており、ホッとしました。



 その電車が出ると、間もなく高安車庫から回送されました、近鉄名物「鮮魚列車」です(写真)。早朝に伊勢地方を発車し、朝上本町着、夕方上本町から伊勢方面に帰る運用です。昼間は高安まで回送され昼寝し、夕方に再び回送され運用に就きます。方向幕は「鮮魚」ですが、駅案内表示は「団体」です。



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 そして折り返し宇治山田に向け発車の準備を始めます(写真)。運転士は方向幕等表示に誤りがないか確認すると、私に「どっから来たの?」と声を掛けます。アーバンライナーに乗って来た、と伝えると、上機嫌で、記念撮影までしてくれました。



 そして鮮魚列車は、定刻に上本町を発車しました。少し古い一般形3両編成ですが、速度も停車駅も急行並みです。なお、乗車には「組合員証」が要るようですが、朝はともかく帰りは急行で帰る組合員も多いらしく、同列車はあまり乗っていませんでした。





 これも何度目かの、「鮮魚列車」の動画です。次回は、朝バージョンが撮りたいですが、平日に撮るか、平日に泊まって撮るかのどちらかしかありません。職業人が、そんなこと出来ますか?



 今日はここで打ち止め、私は滞在先に向かいました。



 明日は、今日の続きです。



 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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