雨天の筈が、

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の"Tetsu”をお届けします。今回は、JR東日本郡山車両センターにて開催された、「郡山車両基地まつり2013」を取材しました。




 今年の夏は暑い日が多く、そうでなければ災害が起きるような激しい雨で、不安定でした。今日の予報も時々雨と、不安な中出発。現在夜間の移動は、「自家用車」という選択を除くと、事実上夜行バスのみで、今回もそれを選択したわけですが、自由度は下がっています。まあ、バス1台なら経費も知れていますが。




 そして今朝郡山入り。郡山工場は駅の南側ですが、福島と新幹線駅舎が反対であり、もう少しで反対方向に行くところでした。もうしばらく辛抱すればシャトルバス(大人100円、子供50円)の時間でしたが、結局歩きました。




 すると会場には、片手で数えるほどの待ち客だけでした。ただ、間もなくシャトルバスが到着、すると一気に増加。開会セレモニーの後、中に入りました。




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 入口正面、ミニSL運転の横には、D51 235が、記念撮影用に展示されます(写真)。当然、これもミニSLです。




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 モーター展示の奥は、電動方向幕の展示です(写真)。485系用の、正面と側面の電動幕装置で、丁度特急「あいづ」を出していました。電動は485系から、583系までは手動でした。





 最初の動画は、南トラバーサから。通常は車両の移動用ですが、今回は観客の乗車体験用です。




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 奥のトラバーサ(南トラバーサ)の動画を撮ると、その横は座席の展示です。E5系の電動リクライニングシート(本革)の横には、ハイブリッド気動車HB-E300系のシートが展示されます(写真)。ヘッドレストには”Hybrid”と型押しされています。





 続いては、パンタグラフ職場から、シングルアームパンタグラフの実演です。





 菱形パンタグラフも、あります。



 横では、ドアエンジンの実演を行っていましたが、動画はボツです。




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 来た道を戻ると、輪軸工場では、輪軸の削正が行われていました(写真)。動画は、イマイチでした。





 その動画です。端から少しずつ、車輪が削られるのが分かります。




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 ミニSL、運転されるのは幻の制式機、C63 1で、切り取りデフを装備していました(写真)。親子連れを乗せた車両を牽き、走ります。煙がモウモウとたちこめていました。





 その動画です。煙がたちこめている感じが分かるでしょうか。




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 建屋では、電動のミニ新幹線が走ります(写真)。車両は、今話題の「スーパーこまち」E6系でした。





 その動画です。バッテリー駆動のようです。




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 輪軸を2つ並べ、行うのは、台車組み立て(写真)。動台車で、台車枠を載せ固定し、続いてモーターを載せます。動画は長く、整理できるでしょうか。少なくとも今は出来ません。





 組立の動画です。長いです。しかし、それだけ手間のかかる仕事ではあります。一日5、6台が限界とのことでした。




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 北側には、車両が並びます。最初は、8620形78693のカットモデル(写真)。教習用に切り取られています。




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 その北側には、キハ48 2140(仙コリ)、その後はE653系モハE652-6、モハE653-6のユニットと思われる車両が並びます(写真)。E653系7連8本は、全て特急「いなほ」用に改造されることが決まっています。しかし、4連3本は未定です。




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 その東側には、JR北海道からの譲受車、キサハ143、103及び101が並びます(写真)。元オハ50系客車、オハ51の気動車改造車、機番から分かるとおりエンジンは装備されていません。札沼線電化で不要となったところ、現在大宮工場で動態復活するべく整備されているC58の牽引用客車として譲受しました。今後改造される予定です。




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 その横は、ワム80000(車番不明)、控車(車番不明)です(写真)。




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 工場の片隅に、モハE531-2が留置されます(写真)。一般に交直流電車は、偶数形式モハがパンタグラフと交流機器を装備するパターンが多いですが、E531系は奇数形式です。




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 一番北東の位置で、ジャッキアップと台車入れ、トラバーサ実演が行われます(写真、キハ40 549)。4カ所のジャッキを同時に操作して車体上げ、同時に下ろし台車入れを行います。郡山工場の仮台車はバッテリー、モーター付きで、自走します。動画も長いですが、編集できれば。





 ジャッキでのリフティングの動画です。ここは通常、仮台車から通常の台車に交換する場所とのことです。





 続いては、リフティング会場から、北トラバーサへの移動の動画です。履いている仮台車は、モーターで自走します。





 そして車両の載ったトラバーサが、移動します。50トンまで積載可能だそうです。




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 そして休憩車両はE721系P10編成、LED方向幕に「原ノ町」と出し、ファンサービスをしています(写真)。




 大方見たと思ったので、ここで帰ることとしました。




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 帰りこそはバスに乗ろう、と思ったのですが、行きに見てはいけないものを見てしまったので、まだ暑いのに歩きます。工場一番北端は本線に繋がる場所、その間に解体場所があります。そこへ行くのか、手前から、スハネフ14 27、スハネ14 702、オロネ14 702が並びます(写真)。14系であることから推定すると、「北陸」用の14系寝台客車と思われます。もう用途も無いでしょう、そうすれば運命は、皆さんでも分かるでしょう。




 そして、今日の投稿場所にいます。




 今日はカメラの水没も覚悟しましたが、私は向日葵なのか、雨には遭いませんでした。また、朝晩も暑さが弱まり、少し秋の気配も感じます。季節は、変わろうとしています。



 ということは、いよいよ秋のイベントシーズンがやって来た、ということでもあります。楽しみですね。




 それでは、次回をお楽しみに。

夏の終わりに#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、名鉄のイベント「ハロー・マイ・レール~はたらく く・る・ま 大集合~」関連イベントを取材しました。




 昨日も予告したとおり、今日のイベントには参加しました。しかし、朝はまたしても予定より遅れてしまい、失敗です。開始10時より30分遅れで、柏森に到着。同駅1番線には、242始め6連が停まります(写真)。




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 同車の系統板入れには、「犬山線・鶴舞線 乗入20th」と書かれた系統板が入っていました(写真)。




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 同車がイベントであるのは、運転台が公開されているからでした(写真)。中央に速度計があるのは、その外側に地下鉄でのATC速度信号が表示されるからでした。地下鉄では、最高速が75キロのようです。




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 そして、次の会場に向かいます。柏森では新鵜沼行き特急に乗れたので、そのまま乗車し、犬山の次、犬山遊園で下車。続行する岐阜行き普通は、1384系1534始め4連でした(写真)。元特急車、事故で指定席車2両を失い、一般車4両で急行以下の運用をこなします。元は1230系、これも7500系リサイクル車であることから、2度目の改造になります。




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 続いては、三柿野。今回はデキ305が、見学用に同駅1番線に停まります(写真)。運転席ドアが開き、ここから入ります。




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 運転台(写真)。右手がマスコン、国鉄形機関車と比べると、電車に近い感じです。それもそのはず、扇形に何十段もノッチが刻まれているのではなく、シリーズ、シリーズパラ、パラレルにそれぞれ数段ずつノッチがあるだけだからです。非自動進段、しかし間接式のようです。




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 そしてメイン会場、「名鉄資料館」へ。日本ライン今渡から行くのですが、先回は歩いて大変な思いをしたので、今回はどうなるかと思ったら、無料シャトルバスが運転され、非常に楽でした。今回は岐阜バスの協力もあり、岐阜市内を走る「信長バス」も展示され(写真)、子供は制服記念撮影も出来ました。




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 建物横には、保線用軌陸車が2台展示されます(写真)。高所作業用、及び架線用の車両のようです。




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 奥の保線実習施設では、軌道自転車が置かれていました(写真)。子供なら乗車体験も出来ましたが、大人はダメです。




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 名鉄資料館の一番の資料は、やはり”Phoenix”マークです(写真)。今では伝説となった「パノラマカー」7000系の先頭に、当初飾られていたマークでした。後に逆富士形行先表示器が設置され、見えなくなりました。




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 その逆富士形行先表示器です(写真)。手動式、車内がグレードアップされた特急用白帯車用の表示器です。




 横には、一般形用の電動表示器も展示されていましたが、静止画を忘れ、動画は悲惨でした。




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 「パノラマカー」の象徴、ミュージックホンの機械です(写真)。左7040、右7703の機械で、確かに音が違います。現行2000系や2200系にも引き継がれた音色、基本は同じですが、微妙に変わってきています。




「7040m.wma」をダウンロード




 先ずは、7040のミュージックホンです。




「7703m.wma」をダウンロード




 続いて、7703です。確かに、違います。




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 キハ8200形、特急「北アルプス」の絵入りヘッドマークです(写真)。それ以前の、字だけのものは残っていないようです。




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 そして時間に、軌陸車が実演を行いました(写真)。踏切でジャッキアップし、可動式鉄輪でレールに乗り、ゴムタイヤで線路上を走ります。架線用、左右の信号線用に、カゴから左右に張り出すことができます。




 これを見終えて、会場を後にしました。




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 日本ライン今渡の隣は、JR太多線にも接続する、新可児です。元は多治見から始まる軽便鉄道で、可児駅の位置も違いましたが、一部が国有化され太多線の一部となり、残りが名鉄になりました。新可児から先、御嵩まではワンマン運転で、中間改札を通り乗車します。




 そして、御嵩に到着(写真、6213始め2連)。方向幕は「普通」のみで駅名は白地、系統板で行先を表示しています。6000系連続窓の初期タイプ2連で、昨日の蒲郡線同様専用運用です。




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 そして明智まで戻ると、八百津線の廃線跡が見えてきます(写真)。八百津線は軽便鉄道時代からの路線で、歴史ある路線でしたが、早くに架線が外されLEカーに転換したものの結局廃止、現在は駅跡を「YAO-BUS」が結んでいるそうです。




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 新可児から中間改札を抜けスイッチバックし、来た道を戻ります。



 犬山には100系、111始め6連が、1番線向こうの留置線に停まります(写真)。




 そして、帰宅しました。




 今回のイベントは、天気もあって、参加者はあまり多くありませんでした。それでも来るのは、名鉄に詳しい人が多かったようです。宣伝も、もう少し方法があったのでは、という気もします。まあ、人だかりする程では無かったので、今日は楽だったと言うべきか。また、次回を期待します。




 それでは、次回をお楽しみに。

夏の終わりに#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、名鉄を取材しました。




 明日は、名鉄でもイベントのある日。参加には明日有効のフリーきっぷが必要なのですが、1DAYで3,000円、2DAYで3,800円とくれば、1DAYの昼間特急指定席特典を考えても、やはり2DAYに傾きます。今日は、その差額800円で取材しました。




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 今日は大雨の予報。昨日のうちから萎えていて、全く出かける気がしませんでした。しかし目が覚めると、雨音では無く、日差しが。カメラを全部出す気がしなかったので、メインカメラと、同じ電池を使用するミラーレスの2台を出し、出発。既に太陽は真南にありました。




 始まりは、金山。少し待つと、吉良吉田行き急行がやって来ました(写真、3530始め4連)。タイミングが良い!




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 しかし、佐屋~吉良吉田急行(津島線~西尾線)は、名古屋本線では本線急行より格が低く、停車駅が多いです。そのため、通常本線急行が停まらない、豊明に停車。駅側の豊明検車区には、主にバラストホキをプッシュプルする、デキ402(右手前)デキ401(左奥)が、停まります(写真)。以前は、近辺で砂利も採れたであろう矢作橋に留置されていましたが、悪戯が酷かったらしく、金網でも効果無く、結果ここに移動しました。




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 そして、西尾線の分岐駅、新安城へ。出発を待っていると、本線に6207始め4連普通が入線(写真)。系統板入れに「常滑線100周年」が入っています。




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 列車は西尾を過ぎ、吉良吉田へ。吉良吉田からは蒲郡線(元は「三河線」の一部)、6000系ワンマン2連です(写真、6212、蒲郡にて撮影)。広見線可児市~御嵩間のワンマン車両と共通運用、車庫の犬山検車区から、営業列車に併結され送り込みが行われます。




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 線路は、三河地区南部を走ります。線路は旧幡豆町(現西尾市)から蒲郡市に差しかかるところで、海が見えます(写真)。間もなく西浦、西浦温泉のある西浦半島が見えています。




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 そして、蒲郡駅2番線に入線(写真)。位置が中途半端で、高架を残しているのは、JR蒲郡駅が地平にあった頃、この部分に跨線橋が接続していたからです。



 駅前南口ロータリーには、蒲郡にキャンプがある、「アメリカズ・カップ」日本チームの、実際に使用されたレース用ヨットがあります(表題の写真)。




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 そして再び来た道を戻ります。吉良吉田近辺の配線(写真)。左端が現在使われない1番線となり、その対面が蒲郡線ワンマン車両専用の2番線、中間改札を挟み右に西尾線3番線、その右奥に対向式ホームの4番線があります。現在は急行のみ入線することから、4番線への通路は歩行者踏切の手前で鎖錠され、通常は使われません。




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 中間改札を通り、再び西尾線へ。急行は6500系6524始め4連です(写真、西尾にて撮影)。6000系とも併結できますが、110キロ車です。




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 かつては独立した私鉄であった、名鉄西尾線。かつては、南安城からJR(国鉄)安城へ分岐する支線がありましたが、廃止になっています。その、JRを跨ぐ高架手前の、分岐の跡(写真)。廃止から時間が経ち、複線化用地に取り込まれていますが、複線化化完成はいつのことか。




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 そしてそのまま知立へ。三河線(海線)普通碧南行き、6021始め2連が入線します(写真)。こちらは料金収受はしないものの、運転士がドアの開閉を行う、ワンマン仕様となっています。6000系は100キロ車、支線ワンマン仕様に多数が改造されました。改造はされなかったものの瀬戸線に移動したグループは、間もなく命脈が絶たれようとしています。




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 そして、碧南へ。本線上に終端表示が設置されたのは、悲しいです。1番線奥には、6215始め4連が停まります(写真)。連続窓の初期のタイプです。




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 知立に戻ると、3番線に6000系初号車、6001始め4連が停まっています(写真)。整備困難な旧式吊り掛け車を引退に追い込んだ、旧形電車ファンの敵ですが、瀬戸線では全廃されると思うと、末永く残って欲しいと思います。




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 そして、今日の最後は、常滑線。開業100周年を記念して、8月初めから各駅で、「知多娘」が入る感熱プリントの入場券が発売されているのを知らず、今日まで来ました。下旬は常滑駅で発売され、最後の機会となっています。




 太田川からの列車は、準急中部国際空港行き、6500系です(写真、番号不明)。




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 そのまま空港まで行っても良かったのですが、常滑で下車(写真)。駅前は、こんな感じです。空港線開業準備で、2駅手前の榎戸から運転を休止し、高架化、延長を行いました。




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 その延長された、空港線(写真)。駅前に大きな複線アーチ橋が架かり、大改造であったことが分かります。




 そして日没、帰宅しました。




 明日がメインイベント、今日のようにだらけないよう、気をつけたいと思います。




 それでは、次回をお楽しみに。

涼を求めて

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「近鉄産業遺産 旧生駒トンネル見学ツアー」に参加しました。




 7月の撮影会の日に申し込んだ本ツアー。待ち遠しく思っていましたが、その間に新たなツアーが企画されていたのにも気づかず、今日の日を迎えました。



 今朝は、普通に自宅を発ち、近鉄乗車、大和八木から大和西大寺を経由し、石切へ。以前来た時は北西側出口から行ったため遠く感じましたが、案内どおり北東側から線路沿いに移動すると、新生駒トンネルの坑口上から少しで、想像以上に近く、知らないということは恐ろしいと思いました。



 駅で受け取ったヘルメットをかぶり、通常は開いていない金網のゲートを通り、旧「孔舎衛坂」駅跡へ(写真)。目的地へは、もうすぐです。




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 孔舎衛坂駅ホームのすぐ先には、封鎖されたトンネルがあります(写真)。このトンネルが「旧生駒トンネル」です。大阪電気軌道(通称「大軌」)が、阪奈間を短絡するため掘ったトンネルで、完成時には日本で2番目に長いトンネル、かつ日本初の標準軌複線断面トンネルでした。




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 駅横には、孔舎衛坂の駅名標(左「生駒」、右「石切」)が飾られています(写真)。




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 そして、待ちに待った、トンネル見学です(写真)。扉の左右には、往時の写真が飾られています。




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 しかし、すぐに次の扉があります(写真)。無断侵入を防ぐためでした。




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 この扉も開かれ、遂にトンネル内に入ります(写真)。




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 トンネル内部(写真)。煉瓦で造られており、側面の垂直方向はイギリス積み(煉瓦を縦横交互に積む方法)、天井のアーチは長手積み(横方向を段違いに積む方法)とのことです。約3,000メートルのトンネルで、約3千万個使用された、とのことです。また、近代的土木重機が無い時代であったことから、事実上手堀りであった、とのことでした。




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 トンネルの側壁には、所々に保線用退避スペースが設けられています(写真)。




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 トンネルを進むと、側壁が掘られており、扉が設けられています(写真、戻ってから)。これは、近鉄奈良線新生駒トンネルに続く横坑だそうです。災害時の避難路にもなっている、とのことです。




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 中に入りました(写真)。奥が少し下がっており、この先に新生駒トンネルが繋がっている、とのことでした。




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 丁度入口から330メートル、避難時に間違えないよう標識が設置されます(写真)。




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 そこから少し、465メートルまで行けました。同様の標識があります(写真)が、向きは反対です。




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 そこからもトンネルは続き、生駒に続いているとのことでしたが、反対側坑口は「けいはんな線」生駒トンネルの坑口として使用されている、とのことでした。




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 この位置に、「石切開閉所」との看板が立ち、左側に大きなトンネルが続いています(写真)。




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 このトンネルは下り坂で、この先は「けいはんな線」生駒トンネルに続くとのこと(写真)。新生駒トンネル掘削時には同トンネルは営業中でしたが、「けいはんな線」工事時には使用されていなかったことから、掘削した土砂の搬出に使用されたとのこと。ダンプ等も通れる大きさと勾配です。現在は、「けいはんな線」の避難路でもある、とのことでした。




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 天井には、金属の部品が固定されています(写真)。架線の吊り金具でした。




 そして、一時照明を切りましたが、その際の写真には、ヘルメットの蛍光が写っているだけでした。




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 そして来た道を戻り、トンネルを出ました(写真)。




 トンネル内は非常に涼しく、20度を切っているとのことでしたが、漏水除けに配布されたビニールのレインコートは汗が放出されず、レインコートの内側で蒸れて、濡れてしまいました。高級な登山用レインウェアなら、汗は放出されるのでそういうこともありませんが、事前準備しておらず、残念でした。来年行く方は、用意すると良いかもしれません。




 資本金300万円の大軌が、200万円の巨費を投じ完成した生駒トンネル。これが近鉄の発展の始まりでした。その子会社、参宮急行電鉄(通称「参急」)も、青山トンネルを貫通し、更に発展しました。一か八かの難工事を成功させ、発展していったのでした。正に、「近代化遺産」です。これらは、永く残ることでしょう。改めて、歴史的価値を感じました。




 それでは、次回をお楽しみに。

海千山千

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、名鉄三河線(通称「海線」)廃線跡を中心に取材しました。




 刈谷を起点に海山両方に伸びていった三河鉄道。後に名鉄の傘下に入り、「名鉄三河線」と名を変え、起点も知立からに変わり、現在に至ります。先日はいわゆる「山線」の廃線跡、未成線を取材したので、今回は「海線」になりました。




 三河線海線現在の終点は、碧南。市街地の細い路地の奥に、駅舎はあります(写真)。




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 そこから150メートルほど先に、現在の線路終端があります。次の踏切手前、4連が待機できる程度の長さを残しています(写真)。6000系ワンマン対応車4連が2本側線に停まり、駅ホームには2連が停まります。




 この南側で線路は合流、電化落成も内燃化で架線が廃止となり、キハ20あるいは30で営業されました。車両は、毎夜LEカーの基地猿投から営業しながら送り込まれ、運用を終えた車両は翌日三河線を営業しながら帰庫しました。




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 線路はこのまま南下し、市街地を大回りしながら吉良吉田を目指します(写真)。この大回りで、間を短絡する道路を走れば、電車より早く駅に到達したそうです。現在も営業していれば競争する人もいたであろうものを、廃止となり残念です。




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 そして廃線跡最大の遺構は、矢作川を越え、西尾市(旧「幡豆郡一色町」)にあります。国道が交差点で曲がるところをそのまま直進すると、写真のような高架橋が跨ぎます(写真)。これが廃線跡の橋梁です。新設の県道に踏切を造らないため、立体交差にすべく建設され、線路が切り替えられましたが、10年と使わずに廃止となり、勿体ないことをしました。




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 その北側(写真)。随分手前から高架が始まっているのが分かります。




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 その南側(写真)。こちらも長いです。




 この高架橋建設で、数億の建設費がかかっているそうですが、廃止により無駄となりました。




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 現在国道を走る代替バスに旧駅名を確認するも、さしたる施設も見つけられないまま吉良吉田に到着(写真)。廃線区間の終点です。




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 少し碧南寄りからのカット(写真)。左側2番線に、6000系ワンマン対応車、6211始め2連が停まります。蒲郡線の運用に就きます。




 右側の、土盛りのホームが1番線です。当初はこちらの碧南側から開通し、後に西尾線が到達したため、こちら側が1・2番線、現在ルートの西尾線が3・4番線となっています。1番線は、永く使われていません。




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 振り返ると、廃線跡が見えます(写真)。暫くは、レール、架線ともに残り、電車の留置も可能となっています。旧来は、左側(南側)の終端に、LEカーが待避することが出来る配線になっていました。




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 北側は旧来の本線、再び南側に切り替わり、碧南方面に繋がっていました(写真)。こちらも終端となり、レールの間には樹木も生え、廃止から永く時間が経っていることが分かります。北側は電車を留置することも可能ですが、現在そんな運用はあるのでしょうか。




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 まだ時間が早かったので、そのまま名鉄蒲郡線に沿って移動し、終点蒲郡へ。現在は三河塩津(名鉄は「蒲郡競艇場前」)での乗換も可能ですが、以前同駅は無く、蒲郡で乗り換えでした。




 そこで思いついたのが、蒲郡市博物館前庭に保存されるD51を撮ること。D51 201です(写真)。手入れは行き届いているようです。




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 しかし、まだ早い、そこで、欲を出して、以前中途半端なまま終わった、豊橋鉄道渥美線廃車車両を撮りに、田原市まで移動しました。




 終点三河田原からバスも無い、「サンテパルク田原」には、同線1500V昇圧で引退した2両が保存されます。1両は、デワ11です(写真)。電動貨車です。




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 運転台(写真)。東洋電機製マスコンとハンドブレーキしか無く、簡易な構造となっています。




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 車内の様子(写真)。木製の有蓋車、床も側も屋根も全て木材で、一部のみ鋼製です。




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 もう1両は、デキ211です(写真)。凸型電機です。




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 運転台(写真)。運転席は横向きに配置されています。ゼネラル・エレクトリック製の大型マスコンが鎮座し、右側にブレーキ、上には各種スイッチが配置されています。ボンネットには抵抗器、空気溜めが配置されます。




 そして、帰途に就きました。




 残念ながら名鉄は、幹線系以外は減量ダイヤが続き、路線網は縮小しています。やはり電車に乗ってもらうのが一番なのですが、そういう私も、今日は乗っていません。何か、効果的な方法は無いのでしょうか。




 それでは、次回をお楽しみに。

I Wander#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の"Tetsu”をお届けします。今回は、昨日から打って変わって、北近畿タンゴ鉄道を取材しました。




 昨日の投稿先を出発し、夜行快速へ。遂にこの夏は「青春18きっぷ」フルシーズンでは無くなってしまい、少し残念です。




 そして大垣ではエスカレーターが近く、生存競争に勝ちましたが、米原で最初からドロップアウト。遅れてもいいや、と思ったのが、後々に響きました。そのまま京都へ行き、京都から福知山へ。福知山からは、北近畿タンゴ鉄道宮福線が始まっています。1時間待ち、来たのはMF202(写真)。小豆色の宮福線用車両です。予感は当たります。




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 車内の様子(写真)。0系の簡易リクライニングシートを使用しています。2+1列なのは、団臨用とされています。




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 運転席(写真、運転していない側)。昭和63年富士重製、こんな感じか。




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 約1時間乗車し、宮津へ。4番線入線、形式記録を(写真)。少々塗装が傷んでいます。




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 ここでも約1時間待ち、宮津線の車両がやって来ます(写真)。右KTR701、左KTR707です。707に乗車しました。




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 途中で行き違ったKTR709(写真)。KTR700形、800形の塗装は、以前より良くなっているようです。




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 「列車行き違います。」とアナウンスされ、気づくと、丁度今話題の「あかまつ」「あおまつ」がやって来ました(写真、久美浜にて)。1本早ければこれに乗っていたわけで、だらけて遅れたことを悔やみました。




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 そして、豊岡に到着。続いて、KTR8001始め2連がやって来ました(写真)。





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 帰り道、KTR8013始め4連と行き違います(写真)。元「タンゴディスカバリー」用車両、183系協調制御の機能のある車両も一部ありましたが、現在はJRの381系・287系導入で使用されず、しかし一部「はしだて」「まいづる」に使用される運用もあります。





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 次は、KTR705、「宇宙戦艦ヤマト2199」のラッピングです。





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 そして丹後大宮まで戻ってきましたが、ここでストップ(写真)。雨量計が制限値を超えたようで、雨も止んでいるのに動けなくなってしまいました。「ゲリラ豪雨」は認めますが、雨量計に水を注いでいるのでは、という気もします。しかし、確かに川の水量は多かったです。





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 線路の点検は保線工の仕事、原付軌道自転車(レールスター)に乗って確認に行きます(写真)。昔も今もこのスタイル、しかし今は足こぎでは無く、原動機が付きました。




 結局ここで、1時間以上足止めを食らいました。





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 隣の駅「野田川」は、かつての「加悦鉄道」(廃止)との接続駅でした。加悦鉄道は更にここから港まで路線が続き、宮津線を跨いでいました。その跨いだ土盛りと橋台の跡(写真)。反対側は削られて、橋台は残っていません。





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 そして宮津から、福知山に出るべきか、西舞鶴に出るべきか迷いましたが、列車は西舞鶴行きだったので、そのまま乗車しました。




 間もなく終点、西舞鶴というところに、北近畿タンゴ鉄道の車両基地があります。




 最初は、今は定期仕業が無い、「タンゴエクスプローラー」、KTR001始め3連(写真)。まだ、生き残っています。しかし、設計時に目論んだハイデッカーが、それほど上手に出来なかったのが、運の尽きか。





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 先程の「あかまつ」「あおまつ」も、帰庫しています(写真、「あおまつ」)。次回訪問時の、最大の目標となりそうです。




 そして、帰途に就きました。




 そのまま「青春18きっぷ」で強行することも考えましたが、この天気では、今日中に帰れるか疑問だったので、仕方なく綾部から特急に乗り、京都から新幹線で帰りました。金8,000円也でした。しかし、特急も少々遅れ、各停だったらどれだけ遅れたのか、見当もつきません。




 チープに終わらせるはずの今回の遠征、またしても予算オーバーとなってしまいました。予想外の出費で、ショックです。次回は、気をつけましょう。




 それでは、次回をお楽しみに。

I Wander#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の"Tetsu”をお届けします。今回は、「青春18きっぷ」を利用して、いすみ鉄道を中心に取材しました。




 例によって昨晩発。未明に関東入りし、千葉へ。蘇我で乗り換え、上総一ノ宮で乗り換え、外房線大原へ。同駅から、「いすみ鉄道」が始まっています。トイレに行っている間に1本行ってしまったので、約1時間待ち、列車がやって来ました(写真、いすみ301)。いすみ鉄道も、遂に車両置き換えを始めました。




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 すると、駅に急行「夷隅」がやって来ます(写真)。これが今回の主役です。




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 先ずは「国吉」駅へ行き、同駅横に保存される、キハ30 62を撮ります(写真)。昨年まで久留里線で使用されていた車両、置き換えで全車廃車となり、うち1両がやって来ました。外吊り戸が不格好ですが、台枠強度上の理由であり、やむを得ません。しかし、本当にキハ35系って、残っていないですねえ!




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 そしていろいろと乗車し、今日の主役キハ28 2346を捉えます(写真)。キハ58系1エンジン車、空いたスペースに冷房用電源を搭載し、+2000されています。初期形の平窓車です。




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 その車内(写真)。固定クロスシートですが、JR最後の運用であった高山本線時代に一部ロングシート化され、現在に至ります。急行運用では、ボックス部のみ指定席とされます。しかし、大半のボックスにはテーブルがセットされています。




「Kiha28-2346.wma」をダウンロード




 キハ28 2346の、上総中野から大多喜まで坂を下る添乗音です。下り坂で、冷房電源のエンジンの音の方が大きいです。これは、上り坂録音途中で、ICレコーダーが電池切れとなったためです。




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 仲間が減ってきた、いすみ200形いすみ206です(写真)。現在は鉄道車両製造を止めた富士重製「LEカー」で、同形はあまり残っていません。




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 キハ28の相方は、昨年から運用に就くキハ52 125です(写真)。こちらは、大型のヘッドマークを装備します。




「Kiha52-125n.wma」をダウンロード




 キハ52の、上り坂での添乗音です。2エンジンで、余裕です。




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 キハ28の、サボを見ていきます。最初は、「急行 指定席」です(写真)。




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 続いて、「大原-上総中野」のサボです(写真)。急行運転の範囲も書かれます。




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 最後は、「急行 夷隅」です(写真)。




 これらのサボの一部は、大多喜のいすみ鉄道売店にて販売されています。




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 そのまま次へ行こうと思ったものの、心残りがあり、再び大多喜へ戻ります。さっきは2番ホームの後に入っていた、新製の団臨対応車「いすみ351」が、位置を移動していました(写真)。これはキハ28に匹敵する話題です。クラシカルな外観ながら、新車です。




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 その横には、こちらも新車、いすみ302です(写真)。いわゆる「軽快気動車」で、「新潟鐵工」、現「新潟トランシス」の第三セクター向け気動車です。




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 「いすみ鉄道」の元は国鉄「木原線(木更津と大原を結ぶことからその名になった)」、その元は、「大多喜人車鉄道」だそうで、大多喜1番ホームにはその復元車両が展示されています(写真)。




 そして、上総中野へ向け出発します。




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 上総中野では、「小湊鐵道」と接続します。現役のキハ200形が、やって来ます(写真、車番不明)。




 一時は上総中野接続が減便され、一つ手前の「養老渓谷」打ち切りが多かったのですが、現在は再び接続が改善されています。後は、利用者次第でしょう。




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 そして、同線の起点、五井へ。車両基地の「五井機関区」もあります(写真)。




 同機関区の隅には、小湊鐵道草創期に活躍した3両のSLが保存されており、写真も許可を得て撮りましたが、都合上省略します。




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 そして、久留里線に乗りたいと思いましたが、1本遅かったのが災いして、断念しました。現在はキハE130 100番代で全運用がまかなわれています。




 ちょうどその時、木更津駅1番ホームには、千マリ(JR東日本幕張車両センター)の団臨用電車、「なのはな」が停まっていました(写真)。初めて、撮りました。




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 その横、2番線には、こちらも団臨用電車、「華」が入線(写真)。お座敷電車が並びました。




 いずれも485系に分類されますが、種車は189系、交流機器追加で485系になりました。




 そして木更津を発ち、今日の投稿をしています。




 長い一日でした。本当に、彷徨う一日でした。しかし、英単語の綴りを間違えるとは!浅はかでした。




 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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