赤い電車の通る道#7

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、名鉄瀬戸線を取材しました。


 昨日に引き続き、今日も寝坊を。窓を見ると、「今日は天気が悪いのでは?」と思っていたのが、晴れています。となれば、行くのは上小田井と矢田のどちらかですが、上小田井に行くには時間が遅く、結果矢田へ。


 しかし、いつもの場所に行って驚いたのは、草が伸び放題であったこと(写真)。この夏で、一気に成長しました。


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 そして、今日の最初は、4000系4109始め4連(4009F)です(写真)。続々と登場し、現在15編成、来年にも全編成が4000系に統一される予定です。


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 そして約1時間待ち、6000系6235始め4連(6035F)がやって来ます(写真)。瀬戸線6000系で、一番出ている編成です。これが6000系最後の編成になるのでしょうか。



 その動画です。この編成は動画も多く、時期を入れないと区別がつきません。


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 今日出ている編成で、一番新しかったのは、4114始め4連(4014F)でした(写真)。それ以降は、今日は見かけませんでした。


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 そして、先ほどの6035Fが、折り返し下り方面運用に就きます(写真)。


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 そして、今日の2本目の6000系は、6231始め4連(6031F)でした(写真)。こちらは、塗装の補修の跡が痛々しい。



 その動画です。これは、今後貴重になりそうです。


 瀬戸線6000系は、先日また1本解体されたそうで、数も少なくなってきました。解体は検切れや調子を比べて決めているのでは無く、どうも番号順にやっているようです。来年の新春にも予想されるお別れ会では、どうも6035Fがその運用に就きそうです。今後、注目していきたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

晴れた日に

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、武豊線方面を取材しました。




 愛車が引退となり、乗り換える関係で、今日は洗車を。しかし洗車してもあまりきれいにならず、ガックリしています。そしてミラーレスを持って転がしていると、たまたま鉄道施設の側を通ったので、車を停めました。




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 その場所(写真)。円形のテントとなっています。




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 それは、武豊線の旧「武豊港」停車場(廃止)の、貨車方向転換用の、転車台です(写真)。石油タンク貨車を、1両ずつ進行方向を変えるのに使用された、とのことです。戦時中近辺に石油関連施設があったからですが、現在は遺構としてのみ残ります。




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 側には、「転車台ポケットパーク」という、JR東海形の駅名標を模した看板が立ちます(写真)。




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 その向こうには、石碑が建ちます(写真)。



 同所は、東海道本線東海地区建設のため、武豊港から建設を開始した関係で、東海地区で最初の鉄道開業区間となっています。その後武豊駅移転で一旦廃止になりましたが、戦時に「武豊港」として復活、しかし戦後また廃止となり、現在に至ります。武豊線開業100年を機に、この転車台近辺が公園として整備されたそうです。




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 続いて、半田へ移動。半田駅北東方には、C11 265が保存されます(写真)。手入れが行き届き、非常に美しいです。




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 その横には、「半田市鉄道資料館」があります(写真)。毎月第1、第3日曜日に開館します(1月のみ異なります)。




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 そして、半田駅の中には、写真のような表示があります(写真)。




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 その近辺は、写真のようになっています(写真)。




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 それは、この跨線橋です(写真)。明治43年に建設された、JRで最古の跨線橋だそうです。主要部分のみ金属で、他は木で造られています。電化工事のコン柱が写真に入ってしまい、早く来るべきであった、と反省しています。




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 駅側の橋脚部(写真)。歴史ある鉄柱が4本立ちます(写真)。後には、煉瓦造りの油庫があります。




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 ホーム側の橋脚(写真)。こちらもクラシカルな鉄柱4本で、後の工作でしょう、筋交いが入っています。




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 丁度ワンマン普通武豊行き、キハ25 2始め2連が入線(写真)。JR気動車初の編成番号、P2編成を名乗ります。車号が示すとおり1エンジン車で、電化後は太多線へ移動でしょうか。以前高山で、P1編成の走行試験に出会ったことがあります。




 今日はネタ切れの状態で、取材のイメージが湧きませんでしたが、何とか行ってきました。明日以降も、検討したいと思います。




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 おまけ。半田市には、明治後期に、ドイツ式の製法を直輸入した「カブトビール」というビール会社がありました。主に中埜家(酢の「ミツカン」創業家)と盛田家(日本酒「国盛」蔵本、ソニーの盛田氏の実家)が関与し、煉瓦を一個一個磨いた煉瓦造りの工場を建設、ドイツ製の機械とドイツの職人を呼び寄せ、本格ビールを製造しました。後の不況で清算、その後紆余曲折を経て現在の姿になります(写真)。なお、北側には銃痕も残ります。中は、約30度の気温にもかかわらず涼しく、発酵には適した環境である、と思いました。




 それでは、次回をお楽しみに。

当てが外れて#6

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、北海道遠征、最終日までの様子をお届けします。




 滞在先を発った私は、かつての道東からの主要ルート、現在は「道東自動車道」完成で利用者の減った、日勝峠を越え、日高へ。占冠方面との交点、日高町近くの施設内にある、79616(9600形)を撮影。近くにはキャンプ場、ロッジがあります。




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 そこから南下し、平取町振内へ。国鉄富内線(廃止)振内駅跡には、D51-23とプレートを掲げるSLが保存されます(写真)。樺太帰りのSLと思われます。




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 横のホームには、水色に塗られた旧客が2両保存されます(写真)。現在はライダーハウスになっているようです。




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 横には、鉄道記念館があります(写真)。普段は閉まっていますが、平日昼間に限り、平取町振内支所の職員がやって来て鍵を開け、見学することが可能です。ただ、当然人を呼ぶ話ですので、礼儀は守りましょう。




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 自転車に乗ってやって来た職員に、鍵を開けて貰い、見学しました(写真)。動輪のモニュメント、奥は保線道具や旧振内駅の様子なども保存されていました。




 元はバス待合室も兼ねていたらしく、待合室用のベンチなどもありました。




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 続いて、富内へ。富内駅は、以前訪問した時は修復中でしたが、現在は修復も終わり、美しい姿となっています(写真)。




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 内部には、映画「鉄道員(ぽっぽや)」の撮影の様子が写真でありました(写真)。映画の最後の方、高倉健と広末涼子が話すシーンを撮った場所なのだそうです。




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 こちらにも、旧客が2両(写真)。本当に、多く残っています。




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 ここから北上すると、紅葉山(石勝線「新夕張」駅のある場所)に到達します。




 紅葉山から三笠方面へ北上する国道に沿って移動すると、シューパロトンネルという長いトンネルがあり、その出口の少し先には、駐車場があります。そこから下流方を眺めると、遙か向こうに、トラス橋が姿を見せます(写真)。これこそ、「三弦橋」です。




 三弦橋は、大夕張ダム建設に伴う森林鉄道の代替ルートとして建設されたトラス橋で、下2弦、上1弦の四角錐を並べたようなトラス橋で、世界的にも貴重な橋梁なのだそうです。撮影したかったのですが、既に新たな「シューパロダム」建設で、国道がルート変更し、工事関係者以外は近くに寄ることも出来ません。ダメモトで行ってみたところ、遙かに望む位置で捉えることが出来ました。FXで420ミリ、超望遠レンズの世界です。



 なお、シューパロダム完成の暁には、水没する運命にあります。




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 少し戻り、シューパロトンネル入口前の駐車帯から捉えると、全部は見えませんが、ハッキリと赤いトラス橋が確認できます(写真)。




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 トンネルの夕張方の入口には、シューパロダムのインフォメーションセンターがあり、その横には三菱大夕張鉄道の車両群が保存されます。



 最初は、キ1、国鉄キ100形だそうです(写真)。




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 この車両群には保存会があり、茶色の旧客3両では、保存会の活動記録が展示されます。




 その後はセキ1、セキ2です(写真)。石炭車、下から落とせる構造です。




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 その横には、三菱大夕張鉄道のバスが保存されます(写真)。




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 そしてこの日の最後は、夕張鉄道25(写真)。元国鉄49694で、譲渡された車両です。




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 日を跨ぎ、翌日、苫小牧へ行きました。苫小牧市街地には、王子製紙軽便鉄道4、及び貴賓車が保存されます(写真)。貴賓車は、木造で窓毎に布のカーテンが装備されていました。




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 そして最後は、苫小牧科学センターの、C11 133です(写真)。日高本線でも同形が使用されましたが、このSL自体は主に道東で使用されたようです。




 そして、帰途に就きました。




 長い間、電波が届かず、心配でした。幸いコンセントはあったので、準備だけは進めることが出来ました。不幸中の幸いです。




 長い遠征でした。また、次回に向け準備していきたいと思います。




 それでは、次回をお楽しみに。

当てが外れて#5

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお送りします。今回は、北海道遠征5日目をお届けします。




 最初は、新得町、根室本線沿線にあるD51、95号機です(写真)。ナメクジとしては、最後の方です。




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 続いて根室本線旧線、新内駅跡に、59672、その後に20系客車が3両並びます(写真)。中には1人個室「ルーメット」のあるナロネ22(個室寝台・開放寝台合造車)もありますが、この日は平日で、見学できませんでした。




 この手前の線路は、軌道自転車の乗車体験が出来る線路で、複雑なループになっており、信号等もあります(1回600円です)。




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 続いては、北海道拓殖鉄道(廃止、現「拓殖バス」)の8622、鹿追町内の公園に保存されます(写真)。目標は、拓殖バス鹿追営業所です。




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 上士幌町には「交通公園」がありますが、保存されるとされた鉄道車両は無く、「火気注意」の看板が立ちます。




 少し戻り士幌町士幌駅跡(士幌線(廃止))には、有蓋車2両(ワム80000形)と、車掌車が並びます(写真)。車番は、不明です。ここ数年で、駅前にあった日通の営業所が、空き地になりました。




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 南に下り、音更町には、2両の保存車が。1両は、キ700形キ704です(写真)。広幅雪かき車、ジョルダン車と書かれます。




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 もう1両は、48624(8620形)です(写真)。解剖図のようなカットモデルになっています。




 札幌を東京、釧路を大阪、帯広を名古屋と仮定すると、道東道帯広音更インターは帯広中心街からこの位離れるでしょうが、少々現状では遠い。まだ鉄道が少々高速バスにメリットがありますが、釧路行きの主力、私の大好きなキハ283系が!何とか、頑張ってください。




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 帯広市中心街、「とてっぽ通り」には、十勝鉄道No.4と、コハ23が保存されます(写真)。




 同鉄道は十勝の主産品目の一つ、甜菜を製糖工場に搬入し、各地へ発送する鉄道であった関係で、ナローの762ミリと狭軌1067ミリの入り乱れた複雑な路線でしたが、市内は全廃、最後に西帯広駅近辺のみで営業するも、昨年廃止となり、JR払い下げと思われるDE10が、社章とナンバーを外され留置される姿を、7月にお届けしています。




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 続いては帯広市愛国町にある、19671です(写真)。後の建物は広尾線(廃止)の元駅舎、現在は「愛国鉄道記念館」になっています。




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 そのまま南下、帯広市幸福町には、右手キハ22 238、左同221、その先には除雪モーターカーがあります(写真)。旧「幸福」駅は、駅と言うよりむしろ停車場で、木造のホーム1面1線で、名前以外は一小駅でした。




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 先日の全国ニュースでも流れたとおり、旧「幸福」駅舎は、木造で老朽化しており、解体される姿が写っていましたが、既に現在は礎石のみとなっています(写真)。今後、この周辺一帯を再整備するそうです。



 「幸福」ですか、それが分かるまでこのブログを止めないのでしょう。




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 旧広尾線に沿って南下、幕別町忠類、忠類駅跡は駅舎が記念館になっており、線路跡には車掌車、無蓋車、有蓋車が並びます(写真)。



 忠類は「ナウマン象」化石発掘で有名な場所、第一発見者は道路工事の作業員でした。




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 その南、大樹町には、59611(9600形)が保存されます(写真)。ここで日没時間切れ、滞在先に向かいました。




 広尾線終点広尾は、以前行った時は駅舎が記念館兼バス待合室になっており、線路跡は関連物がオブジェとなった公園になっていた記憶があります。また十勝港も近く、襟裳岬経由日高本線方面へのバスの中継地にもなっています。




 「デジタルバックパッカー」の生命線、データ携帯が不調で、電波は認識するのに通信せず、SIMが調子悪いのか。そのため、今頃投稿しています。この後も、どうかご期待ください。




 それでは、次回をお楽しみに。

当てが外れて#4

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 皆様、如何お過ごしででしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、北海道遠征4日目の様子を、遅れてお届けします。




 滞在先を発った私は、向かったのは北見駅。北見駅西方には、トンネルの出口が見えます(写真)。このトンネルが石北本線遠軽方で、高架化せず、地下化されました。



 なおその左のスペースは、ちほく鉄道ふるさと銀河線(廃止)線路跡で、元国鉄池北線、石北本線開通までは網走本線で、道東への唯一のルートでした。




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 駅ホームには、キハ54 527、特別快速「きたみ」が据え付けられています(写真)。車両は、JR四国キハ54 0番代と同様に、2エンジン両運転台ですが、北海道仕様であることから500番代に分類されます。また特別快速「きたみ」は、道東方面唯一の追加料金不要の長距離列車、特急のスジでも良い気はしますが、「特別快速」です。昔は、ほぼ同時刻に「ふるさと銀河線」快速帯広行きも走り、かつては華やいだ時刻でした。



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 そして、北見駅2番線に、石北貨物(臨時高速貨物8071レ)が、定時に到着(写真)。スイッチバック駅の遠軽から前後が入れ替わり、本務機DD51 1089、後補機1160です。更新色も、一時のJRFオリジナル塗色から、国鉄色風の塗装に改められました。





 その入線の動画です。トンネルから出てくるのが分かります。




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 そして、大移動し、釧路へ。釧路臨港鉄道(現「太平洋石炭販売輸送臨港線」)です。春採湖そばの野鳥観測場所に到着し、三脚を立てるか否か、列車がやって来ました(写真)。DE601です。不意打ちで準備が足りず、手撮りで、フィルム写真はありません。




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 その末尾には、D301でした(写真)。知人で石炭を下ろし、30分ほどで戻ってきます。




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 輸送が多い時は、平日なら最大6往復ある、とのことで、恐らく2時間待てば再び来る、と思い、構えます。



 待っていると、地元の方が、「あの橋の辺りが良いよ!」とか言って、飴を貰ったりもしました。この場所は自販機が近くになかったため、大変感謝しています。




 そして予想通り、2時間後、列車はやって来ました(写真)。広角好きでこんな写真になりましたが、やはりここは望遠を効かせて撮る場所である、と感じました。次回は、失敗しません。





 その、往き道の動画です。石炭を満載しているようです。





 暫くして、列車が戻ってきます。港で編成を分割し、ホッパーで一気に船へ落とすそうです。




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 もう2時間は待てなかったので、結局移動。釧路市街地の公園にある、C58 106です(写真)。




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 そして最後は、8722です(写真)。釧路市内の「釧路製作所」敷地内にあり、当然撮影許可を貰いに行くのですが、内地の某重工とは異なり、簡単に「いいですよ。」と言われました。ただ、当然営業中の会社敷地内なので、礼儀は守りましょう。




 この日はここで終わり。滞在先に向かいました。




 色々と、この日は道民の方に気を配っていただき、上手く事が進みました。都会に疲れた方は、是非どうぞ。私には、新たな戦場が待っています。




 それでは、次回をお楽しみに。

当てが外れて#3

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の"Tetsu”をお届けします。今回は、北海道3日目です。




 昨日は、常紋を目指すファンがキャンプ地にする、有名なホテルに泊まりました。そして、今朝は早く起き、いわゆる「146キロポスト」へ。最初は、キハ40の4連、下り普通です(写真)。




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 次は、特急「オホーツク2号」札幌行きです(写真)。キハ183系0番代、最後の活躍です。




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 そして、クライマックス、「石北貨物」です(写真)。遠軽からは本務機DD51 1162、後補機DD51 1089です。




 この「石北貨物」は、北見地方の農産物を輸送するための貨物列車で、JRが存廃を検討しているところです。地元の協力で残す方向に進みそうですが、DF200によるプッシュプル運転の試験も行われており、恐らくDD51での運転は今年が最後になりそうです。そのため、何としても今年中に来たかったのでした。




 列車が行くと、約20人いたファンは、全員撤収しました。





 その動画です。実は、約5分前から大きなブロアーの音がして、「まさかDF200?」と心配させましたが、大丈夫でした。




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 次の目的地は、北見市留辺蘂の公園に保存される、D51 311です(写真)。昨晩の雨で公園が泥濘み、靴が泥だらけになりました。




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 続いて北見市街へ。SL公園(地下化された石北本線の地上部分)には、3両の保存機があります。一番前は、C58 119です(写真)。




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 その後は、D51 444です(写真)。




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 一番後は、DB12です(写真)。いわゆる、スイッチャーです。




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 北見市「ハッカ記念館」の近く、「ふるさと銀河線」廃止の際に覚えた場所へ行きました。今日も左キ754、右DD14 312は、ここにあります(写真)。




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 隣は、キ227、キハ27 36です(写真)。




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 その横は、スユ15 2033、後に車掌車が続きます(写真)。



 何故、この私有地と思われる場所に、これらの車両が並んでいるのかは、不明です。また、以前はこの横に北見駅の給水塔のタンク体も置かれていました。




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 その後は、「ふるさと銀河線」廃線跡、その先には車両工場の建物が見えます(写真)。現在は、自動車整備工場になっているようです。




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 北見駅近くの公園には、D50 25が保存されます(写真)。D50のままで保存される機関車は、少ないです(多くはD60に改造された)。




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 美幌町の公園には、C58 82が保存されます(写真)。駐車場の、目の前です。




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 そして、北見相生駅跡へ。何両かありますが、そのうち2両を。最初は、当時の主力、キハ22 69です(写真)。ツートンの国鉄標準色です。




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 旧式客車(ライダーハウス)、貨車の向こうに、キ703があります(写真)。マックレーか、ジョルダンか、私には分かりません。




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 砂利道(未舗装の道道)を爆走し、その向こう、鶴居村には、鶴居村民軌道の車両、DA120及び自走客車39が保存されます(写真)。




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 今日の最後は、元国鉄、後に雄別鉄道(廃止)に譲渡された、C11 65です(写真)。




 そして、今日の滞在先に向かいました。




 多分今年で最後の、「DD51石北貨物」を撮れたのは大きい。多分来年は車で北海道に行くことは無いと思うので、間に合って良かったと思います。




 それでは、次回をお楽しみに。

当てが外れて#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の"Tetsu”をお届けします。今回は、北海道2日目です。




 例によって今朝も滞在先を出た私は、名寄へ向かいます。名寄には、いわゆる「キマロキ」があります(写真)。機関車、マックレー車、ロータリー車、機関車の順に並ぶことから、その頭文字をとって「キマロキ」と呼ばれます。先頭は59601、マックレー車キ911、ロータリー車キ604、D51 398、後は車掌車ヨ4456です。蒸気ロータリー車は、ここと小樽、会津の3両のみ残ります。




 なお、この置かれた場所は、旧名寄本線(廃止)の本線上です。




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 その横を、宗谷本線普通列車、キハ54 511が通ります(写真)。かつての旭川発稚内行急行「礼文」も同車を使用しましたが、現在は普通のみです。




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 南に下り、士別市の公園には、D51 397が保存されます(写真)。少々傷んでいます。




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 更に下り、和寒町の施設には、D51 337が保存されます(写真)。こちらは、上々です。




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 続いて上川町に移動するも、空振り。そのまま今年も、丸瀬布いこいの森に行きました。




 丸瀬布といえば、北海道遺産「雨宮21号」です(写真)。今日も、走ります。



「amamiya21.wma」をダウンロード



 動画は当分投稿できないので、出発のサウンドをお届けします。汽笛も、こんな感じです。





 その動画です。後に軌道自転車が来たのは、本当におまけです。




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 奥には、モーターカーが保存されます(写真)。丸瀬布駅で入換に従事したスイッチャーだそうです。




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 今日は、SLに続行して、原付軌道自転車が走っていました(写真)。




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 そして、雨宮21号、力行です(写真)。生きているから撮れるのです。




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 奥には、各地の軽便鉄道で使用された木造客車が並びます(写真)。これらも、貴重な車両です。




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 出来れば動態化したかった、532です(写真)。こちらまでは手が回りません。




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 その横には、鉱山で使用されていたであろうトロッコが並びます(写真)。




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 駐車場には、青く塗られた旧型客車があります(写真)。内地ならオハ46であろう、と思いますが、北海道なので違うのか?詳しくは分かりません。




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 そして、最後は、遠軽から。遠軽駅からも近い「えんがる公園」には、2両の保存車があります。




 1両は、D51 859です(写真)。




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 もう1両は、単線形ラッセル車、キ282です(写真)。




 少し早いですが、ここで切り上げ、明日の下見をして、今日の滞在先に向かいました。




 明日は、今日の続きですが、目論見通りいくでしょうか。




 それでは、次回をお楽しみに。

当てが外れて#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の"Tetsu”をお届けします。今回は、今年2度目の北海道へ来ています。




 例年通りなら、今日はJR北海道旭川運転所にて、イベントが行われたであろう日です。しかしここ暫くのトラブルで、イベントどころではない、ということで、今年は残念でした。しかし、予定は変えることが出来ないので、そのまま来てしまいました。



 一昨日晩に自宅を発ち、昨日昼に青森からフェリー、夕方に渡道、昨日は道内某所で休憩するつもりが、疲労のあまり寝てしまい、結局今朝まで起きられず、今朝出発しました。




 今日の最初は、三笠市「クロフォード公園」のキハ82、いわゆる「おおぞら」です(写真)。数年前に塗装を補修し、かなり美しく、現役時代を彷彿とさせます。




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 その横には、DD51 548と、貨車の列(写真)。こちらも状態は非常に良いです。




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 続いて、三笠鉄道村へ。駐車場には、鉱山用バッテリーロコ、ELが並び、その隣にはキロ26 104が並びます(写真)。この横には、補修中の旧客、モーターカーが並びます。




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 動態保存のS-304、「テツゲン」は、今日も走ります(写真)。しかし、雨交じりの今日の天気で、ライダー以外のお客はいませんでした。




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 建物の横の収蔵庫には、9600形59609があります(写真)。手前には、C12 2が見えています。




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 隣は、ED76 505です(写真)。横には、国産初のDL、DD13形、重連形300番台353が収蔵されます。




 他にも価値ある車両が多数保存されますが、長くなるので、こちらは別館ででも取り扱いたいと思います。




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 入口に、「トロッコ」券売所があります。聞くと、クロフォード公園前からここまで、幌内線の廃線跡を、トロッコで走るとのこと。往復約1時間、時間があれば乗りたかったですが、残念ながら断念しました。その車両(写真)。晴れていれば、最高です。




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 そして、美唄市の三菱美唄鉄道東明駅跡へ。同駅跡には、元国鉄4110形、三菱2号機があります(写真)。E形タンク機、急勾配用で、主に奥羽本線板谷峠、及び肥薩線山線で使用された形です。後に払い下げとなり、同鉄道にやって来ました。




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 続いて、上砂川へ。映画に使用された「悲別」駅に、旧客と車掌車が保存されています(写真)。




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 滝川市の市施設には、D51 297が保存されます(写真)。いわゆる「標準形」のスタイルです。




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 赤平市の公園では、保存機を発見できず、そのまま芦別へ行きました。



 芦別から夕張に向かう国道沿いに、三井芦別鉄道(廃止)の鉄橋上にある、同鉄道DD501が見えます(写真)。なお、こちら側には歩道は無いので、お気をつけて。




 ここから夕張に行きたい気もしましたが、収拾がつかなくなる可能性があったので、断念しました。




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 続いて、深川市の公園には、2両のSLが保存されます。1両はD51 312(写真)、パークゴルフ場の施設内にあります。




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 もう1両は、C58 98(写真)。駐車場の中にあります。




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 留萌市内の公園には、現存唯一のD61、3号機があります(写真)。元D51 181、6両のみの改造で、羽幌線に集中配置されました。




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 そして今日の最後は、神居古潭。函館本線旧線「神居古潭」駅跡に、3両のSLが保存されます。




 1両は、9600形29638です(写真)。




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 その後、深川方は、C57 201です(写真)。C57の4次形、北海道と九州に少数存在した戦後製造のバージョンです。




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 最後は、D51 6です(写真)。いわゆる「ナメクジ」、初期の製造です。




 そして、今日の滞在先に向かいました。




 イベントの中止は残念ですが、確かに今はそれどころではない、という感じです。いつか、安心してイベントを楽しめる時期に、再開してくれたらなあ、と思います。それまでは、少し辛抱でしょうか。




 明日は、今日の続きです。




 それでは、次回をお楽しみに。

(続)雨天の筈が、(宇都宮の奇跡)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、先回の帰り道、宇都宮線の写真です。




 郡山から黒磯まで乗ると、黒磯からは直流区間。以前は211系3000番台、高崎車両センターの車両が受け持っていました。しかし両毛線を移動させるのも大変、また高崎からも211系は無くなる予定である(E233系3000番台に置き換え)こと、また107系も引退となることから、京葉線で使用されていた205系が転出、宇都宮地区に配備されることとなりました。先ずは日光線107系を置き換え、現在宇都宮線用に改造が行われています。




 その初号となるべき車両、宮ヤマ(JR東日本大宮支社小山車両センター)Y1編成です(写真、手前クハ205 601)。改造されて205系600番台を名乗るようで、側面のナンバーはステンレスに旧車番、旧所属区(「千ケヨ」(JR東日本千葉支社京葉車両センター))がうっすらと残っていました。




 ポスターによると、宇都宮~黒磯間全42往復中21往復を205系に置き換えた、とのことで、今後この区間の211系は貴重となるでしょう。




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 そして、10番線から列車が発車すると、その向こうに広がる旧宇都宮運転所が全景を現し、目の前に国鉄メークに直したキハ40、手前1003、奥1007が停まるのが見えました(写真)。烏山線90周年記念列車用か、「祝 九十」というヘッドマーク風のシールが貼られています。何という奇跡!タナボタです。




 このままもう少し宇都宮で粘って、日光線205系も捉えたかったのですが、昨日の投稿時間が欲しかったこと、また目の前に快速「ラビット」が停まり、来た船だったので、断念しました。残念。




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 と思うと貴重なのは、この写真か(写真、クモハ211 3032始め5連)。高タカ(高崎車両センター)A32編成です。これも信越方面への転出が予定されています。やはり、宇都宮方面は、注目ですね。




 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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