(続)台風一過

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日の続き、飯田線方面をお届けします。




 昨日一旦帰宅し、今日は愛車の点検を。意外と早く終わったので、昨日の続きを、とまたしても出かけます。目的地は静岡県ですが、カーナビは長野県を指示します。そして、辿り着いたのは「大嵐」(写真)。この建物は、主に利用する愛知県富山村(現「豊根村」)が建設しました。東京駅丸の内口をモチーフにしています。所在は、静岡県浜松市天竜区になります。




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 大嵐駅下り方(辰野方面)です(写真)。トンネルの入口が広くなっており、内部で上下線が合流します。




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 上り方(豊橋方面)です(写真)。こちらも同様、トンネル内で上下線が合流します。




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 大嵐駅に続く道は、この橋です(写真)。この橋はダム湖を渡り、愛知県に繋がっています。少し北上すれば、長野県です。




 この橋の手前右側から林道が走り、水窪方面に続いていると書かれますが、現在は通行止めです。




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 少し待っていると、踏切が鳴ります。見ると、下り天竜峡行き213系5000番代、海カキ(JR東海大垣車両所)H7編成がやって来ました(写真)。119系は、もうありません。




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 駅南側に続く道があります。間もなく、その道はトンネルとなっています(写真)。このトンネルこそ、佐久間ダム建設前の飯田線旧線跡です。現在線は水窪から大嵐へ続く長大トンネルになっていますが、旧線は天竜川に沿って建設されていました。




 奥のトンネルは照明が点いており、行ってみることとしました。




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 一つ目のトンネルは50メートルほどで外に出ますが、次のトンネルは長い。数百メートル進むと、出口があります(写真)。この後はダム湖で、線路跡は途切れ、道路(県道)は直角に曲がり(写真右)、反対方向に私道があります(写真左)。しかしその県道も、100メートル足らずで通行止めとなり、追跡は不可能となりました。



 そして来た道を戻り、愛知県から長野県に渡り、帰宅しました。




 電車のブログですから、電車で来なければ、とは思うのですが、やはり時間に制約があるのが難点です。内燃機関が無いと、帰宅の保証が無く、野宿になる危険があり、結果安易な路を選んでいます。また、そのうちに飯田線も是非乗りたいですね。




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 来た道を戻ると、木々の合間から一瞬対岸が見えます。見ると、駅が見えます(写真)。カーナビの地図も、写真のアップも、駅名は「中井侍」と出ています。こんな山にへばりつくような場所にも人が住んでいるのだ、と思いますが、ガードレールなどが整備されている雰囲気から見ると、道路は続いているようです。やはり、四国の「坪尻」や、同じ飯田線の「小和田」みたいに、車ではアクセス不能な駅こそ、真の「秘境駅」であると思います。降りる勇気は、ありません。(この、根性無しが!)




 それでは、次回をお楽しみに。

台風一過

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、飯田線方面を取材しました。




 今日は各地でイベントが計画されていましたが、台風が原因で中止が相次ぎました。尾久のイベントもその一つで、参加すべく準備していましたが、昨日のうちに中止が決定、出発を取り止めました。そうであれば山陽電鉄もあっただろうに、お酒を飲んでしまい、出られなくなってしまいました。なら、せめて明日の隅田川だけでも、とは思うのですが、明日は愛車の点検が入っており、動かせません。結局今日中に完結する場所にしか行くことが出来ませんでした。




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 今朝自宅を発ち、目的地途中、浦川に寄ります(写真)。浦川には、知る人ぞ知る施設があります。




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 それがこの「電車トイレ」です(写真)。パンタグラフもあり、明かり取りのダブルルーフまであり、凝った意匠となっています。




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 そして目的地は、城西~向市場間にある、通称「渡らずの鉄橋」です(写真)。佐久間ダム建設で飯田線の付け替えが行われたのですが、その際のトンネル工事が不調で、やむなく鉄橋で通過したという場所です。川を渡りきる寸前で戻り、緩やかなカーブを描いています。




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 本線上から俯瞰した図(写真)。本当は斜め右に直進する筈が、やむなく左に曲がる鉄橋で通過したのが分かります。




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 少し戻り、「佐久間レールパーク」があった、中部天竜へ(写真)。いまは静かな駅となっています。




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 「佐久間レールパーク」跡地の様子(写真)。中部天竜機関区時代からの建物は残っていますが、それ以外は全て無くなっています。跡地にアパートが建っています。




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 駐車場からの眺め(写真)。左端(北端)に保線機械の車庫が出来ましたが、それ以外は全て無くなり、雑草が生えています。




 本当は、もう一つ行きたかったのですが、途中道路がVICSで「通行止」と表示され、強行も考えましたが、道路パトロールも入っていない雰囲気であったことから、生死に関わる可能性があったので行軍を断念、日没となり帰宅しました。




 台風に起因する大雨で、このような取材になりましたが、結局台風の影響で中途半端に終わりました。残念。明日、時間があれば続行したいと思います。




 それでは、次回をお楽しみに。

夜露の合間に(延長戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、高崎からの帰り道、碓氷峠関連をお届けします。




 高崎を発った私は、もみじ平運動公園を経由し、横川へ。夕食の釜飯を買うと、横には「碓氷峠」力餅が並びます。思わず買ってしまいました。この力餅、一番歴史があるのは熊ノ平のもので、碓氷線新線複線化で熊ノ平が駅から信号場に格下げになった時に、麓の坂本に移転、現在に至ります。たかがあんころ餅ですが、機会があればぜひどうぞ。




 そして旧18号沿いには、碓氷線の遺構が多数見られます。その中でも最大のものである、めがね橋です(写真)。煉瓦で建設された、巨大な構造物です。駐車場が遠いのが、少し難点です。




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 そこから更に登ると、駐車場と階段があり、階段を登ると、熊ノ平信号場の跡地に辿り着きます。階段左手は軽井沢方面です(写真)。旧線の煉瓦のトンネル、新線のトンネル二つ、行き違いのトンネルがあり、計4つのトンネルがあります。




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 旧上り線(横川方面)ホームには、石碑が3つ(写真)。碓氷線開通の石碑、アプト開通の石碑、碑文が読めない石碑です。左の石碑は、関東大震災の際に崩れ、後に修復されました。




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 その説明文(写真)。安中市が設置しました。




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 右に線路を進むと、横川方のトンネルが見えてきます(写真)。左の大きいのが新線上り方面、真ん中が新線下り方面、一番左の煉瓦のトンネルが旧線です。




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 旧下り線ホームには、新線開通時に変電所が設けられていました(写真)。見学が出来るようになる前も、白い建物が道路から見えており、写真を撮りたいと思っていましたが、今は外観のみですが、可能です。




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 変電所の隣には、慰霊碑と、熊ノ平大社が(写真)。昭和20年代に同所で土砂崩れが発生し、職員と家族50余名が亡くなったことから、慰霊碑が設置されました。母子像もあります。大社は、「稲荷大明神」と書かれます。




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 その左は、旧線の煉瓦のトンネルです(写真)。横川駅から始まる碓氷線旧線を辿るハイキングコースは、現在ここが終点です。延長の予定があるかは、知りません。




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 線路上からの眺め(写真)。左右にホームがあったのが分かります。




 長野新幹線開業に伴う廃止で、一時は放置されていた場所ですが、再び手が加えられ整備され、見学が可能となりました。これ以上の拡大は無理と思われますが、遺構が永く保存されるよう願うのみです。




 それでは、次回をお楽しみに。

夜露の合間に

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日開催された「高崎鉄道ふれあいデー」を取材しました。




 例によって、前日晩に出発。カーナビは夜間にもかかわらず山岳ルートを指示し、こんな道もある、と実感しましたが、不安な夜でした。しかも、雨が。早朝まで降り続き、これは大変だなあ、と思っていました。しかし、高崎市街地に入ると、雲はありましたが、何とか保っています。それなら、と鞄を持って会場に向かいました。




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 10時に開門となりました。車両撮影は誰もいないうちが一番ですが、その後の予定を考え、整理券を貰い、第2会場へ。新幹線保守車両の展示に向かいます。エントランスには、写真のような看板が立ちます(写真)。整理券なしに直接来る人もいましたが、残念でした。




 そして車用のスロープにて待機、10時半の見学開始を待ちました。




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 早速見学開始。最初は、軌道モーターカーです(写真)。後には、機械を載せたトロが続きます。




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 そのトロには、「トラックライナー、オートパワーレンチ(TL,APW)」と呼ばれる軌道修正装置が載っています(写真)。無限軌道(キャタピラー)があり、線路外も移動可能な様子です。




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 乗用車に車輪が付いた軌陸車です(写真)。「業務用車のベンツ」として有名なウニモグは知っていますが、日本車もやはりあるのですね。




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 レール削正車です(写真)。レールを砥石で削り、平らにする機械、私鉄各社も持つ、有名な輸入機械です。




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 架線作業車です(写真)。複数の作業員が乗れるように、昇降式の作業台は広くなっています。




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 次は、高所作業車です(写真)。アームを伸ばし作業員の乗ったカゴを持ち上げ、トンネル天井等の作業をします。




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 そして、確認車です(写真)。線路の最終点検をする車両、製造時期により多少の違いがあります。




 大方撮影し、元の会場に戻りました。やはり、新幹線の本線側であることから、実演等が出来ないのが残念でした。




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 続いては、逸る気持ちを抑えて、枕木交換実演へ。これを逃すと午後まで見られないので、外すことが出来ませんでした。




 線路上には、軌陸車が2両、4頭式のタイタンパ、後が枕木を扱う重機です(写真)。




 枕木交換実演は約40分、その動画は、約13分まで縮めました。






 その動画です。かなり短縮していますが、雰囲気は感じていただけると思います。




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 そして念願の車両撮影へ。会場中央にはDE10 1705が、普段は閉じているドアを全開にして、内部構造を公開しています(写真)。長いボンネットの前半分が機関と駆動系、短い後半分は主に蒸気暖房装置です。




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 C61 20です(写真)。D51を旅客化改造したハドソン、同型機は丙線区のエースとして「はやぶさ」九州区間や「はつかり」仙台以北の本務機として使用されました。JR東日本の本線用SLとしては3両目、大宮車両センターで復活しました。




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 D51 498です(写真)。全国各地で見られたSL、JR東日本初の復活機です。




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 続いて、EF55 1です(写真)。昔「カバ」、今「ムーミン」、現在は車籍が無く、本線走行は出来ません。2CC1の前後非対称、故に向きが限定され、架線のある転車台を必要とします。




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 その隣はEF65 501、通称「Pトップ」です。その隣はEF60 19、同形にも500番代がありましたが、高速走行性能の問題があり、65Pの落成で貨物用となりました。




「TakaKiteki.wma」をダウンロード




 10時半、11時半に汽笛吹鳴がありましたが、10時半には新幹線保守基地、11時半には枕木交換実演におり、結局それだけのために、最後の13時まで待ちました。C61 20、D51 498、EF55 1、EF65 501、EF60 19の順に鳴らしました。




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 休憩用車両は、昨年は211系であったような記憶がありますが、今年は旧式客車でした。一番入口寄りはオハニ36 11で、荷物室のある車両でした(写真)。




 結局最後まで雨は降ること無く、会場を後にしました。やはり、高崎でしか見られない車両は多く、来て良かったと思います、また、次回に期待したいですね。




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 時間があったので、先ずは上信電鉄の上州富岡に行きましたが、世界遺産関連整備で、駅前の「デキトイレ」は、無くなっていました。




 そのまま「もみじ平運動公園」へ。同公園駐車場には、上信電鉄デキ2が保存されます(写真)。ドイツ・シーメンス製の輸入機関車、上信電鉄の貨物輸送廃止に伴い廃車、同所にて保存されます。




 そしてここまで行くと、あの公園へ行くかはきわどいですが、その先は行きそうです。しかし、長くなるので、それはそのうちに。その結果、雨の中未明に帰宅しました。そして今日の行事を終え、投稿します。遅くなり、申し訳ありません。




 それでは、次回をお楽しみに。

雨のち晴れ#5

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、今は無き、蒲原鉄道(廃止)「私設」車両保存場所の、昨年6月に存在した当時の写真をお届けします。




 蒲原鉄道は、部分廃止後五泉~村松間の鉄道となっていましたが、その部分廃止後の終点「村松」駅、現在の村松バスターミナルにも近い田んぼの中に、その保存場所はありました。営業当時からあったのか、踏切の警報装置が立っています(写真)。




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 その右側には、この展示場所の所以が書かれます(写真)。個人の方が私財を投じ、この保存場所を造った、とのことです。




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 車両は、2両保存されていました。1両は、モハ71です(写真)。貫通路つきの運転台を持つ電動車です。




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 もう1両との連結の様子(写真)。右側が、モハ71です。




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 もう1両は、クハ10です(写真)。こちら側は貫通路が無い、制御車です。




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 その全景(写真)。蒲原鉄道保存場所としては、最大の規模を誇りました。




 確かに塗装も補修されず、増して内部見学は全く不可能のことで、確かに危ない感じはありましたが、まさかこんない早く無くなってしまうとは、非常に残念でした。せめて、他の車両は、永く残るよう願うのみです。




 それでは、次回をお楽しみに。

雨のち晴れ#4

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、新潟遠征2日目の続きです。




 冬鳥越を発った私は、再び新潟市に戻り、南区月潟へ。月潟には、新潟交通(廃止)月潟駅跡を利用した保存施設があります。川の堤防上に、旧月潟駅の駅舎があります(写真)。




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 保存車両は、3両です。



 最初は、モハ11です(写真)。日車標準車体、則ち旧式車の足回りを再利用し、車体を新製したリサイクル車です。




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 相前後しますが、運転台の様子(写真)。こちらもそこそこ新しいです。それもその筈、新潟交通も全面廃止は平成であり、運輸省令(国交省令)改正に伴う整備が行われています。




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 車内の様子(写真)。車体は新製であることから、床はリノリウム張りです。緑のモケットは、こちらも補修を不要としています。




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 続いては、モニ51です(写真)。元は荷物電車でしたが、最後は機関車代用で、除雪時にも出動しました。




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 車内は木造荷物電車で、現在は倉庫代用であり、写真は掲載しません。




 運転台の様子(写真)。少し古い運転台です。この部分まで木造です。




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 最後は、キ116です(写真)。国鉄キ100形、単線形ラッセル車です。モニ51に後押しされ、使用されました。




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 車内の様子(写真)。真ん中にエアタンクがあり、これで各部を動作させます。先頭は、運転席3人です。



 この施設には「保存会」があり、車両の整備、冬期の腐食防止のための保護シート掛けなど、丁寧に保存しています。この日も、鉄道の日に合わせた、展示の準備を行っていました。




 そして月潟は去り、次の目的地、長岡の大学構内へと向かいましたが、残念ながら越後交通(廃止)の保存車両は発見できませんでした。




 そして、帰宅しました。



 新潟交通は、新潟市と燕市を結んでいましたが、上越新幹線が建設され並行路線となり部分廃止、その後全面廃止となりました。新潟市側が信濃川を渡れず、新潟駅に乗り入れ出来なかったのが、少し苦しかったようです。全面廃止となり、残念です。せめて、保存車両は残るよう願いたいです。




 今日も愛車の習熟訓練を行い、動画投稿の時間を稼ぐことが出来ませんでした。前の車も3ナンバーで大きすぎると思っていましたが、今度の車は幅がそれから更に20センチ広がり、本当に大きい!長さ以外はトラック並みです。バックガイドモニターも無く、頼り切って腕が落ちたのを、痛感します。たかが車庫入れで一苦労です。しかもハイオク車で、駆動輪を最小にしても、燃費が!正に「万札吸い込むパチスロ」並みです。まあ、買ってしまったのですから、仕方ない。




 それでは、次回をお楽しみに。

雨のち晴れ#3

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、新潟遠征2日目の様子をお届けします。




 昨日朝、滞在先を発った私は、先ず安田へ。阿賀野市安田には、「安田民俗資料館」がありましたが、現在は管理者がいません。写真は、同施設に残る、蒲原鉄道(廃止)の、村松にあった本社ビルを移築した建物です(写真)。洋館風の木造建築です。




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 同施設には、蒲原鉄道車両が保存されます。モハ51です(写真)。



 なお、この周りには、蒲原鉄道全駅の駅名標が立っています。




 同施設は、元は有料の博物館施設であったようですが、現在は管理者もおらず、荒れるに任せています。今後の取り扱いが心配です。




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 続いては、蒲原鉄道起点の五泉にも近い、五泉市粟島公園には、蒲原鉄道モハ41が保存されます(写真)。




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 同車の運転台(写真)。旧式の電車に、速度計等が後付けで設置されているのが分かります。




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 同車の車内の様子(写真)。手入れが良く、木造の床も傷みが無く、シートの赤いモケットも補修さえ必要としていません。




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 続いて、五泉市村松の「私有の」保存施設へ行きましたが、取り壊され、更地になっていました。悲しいです。




 続いて「村松郷土資料館」へ。同館横には、蒲原鉄道モハ11が保存されます(写真)。中は、見られません。




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 次は、加茂市冬鳥越の、蒲原鉄道保存車両です。冬はスキー場、夏はフラワーガーデンとなる場所の側に、保存されています(写真)。




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 近くに行きます。木造の電車、モハ1です(写真)。何とも言えない色に塗られています。




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 車内の様子(写真)。モケットは赤ではなく青ですが、木造の電車で、手入れが行き届いています。




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 運転台の様子(写真)。開放形の運転台で、速度計は右のメーターですが、後付けなのが分かります。




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 続いて、モハ61です(写真)。半鋼製の電車です。




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 車内の様子(写真)。モケットは赤、これも床は木造です。状態は非常に良いです。




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 運転台(写真)。半室運転台、近代的な雰囲気になっています。蒲原鉄道の廃止は平成に入ってから(部分廃止はもっと前ですが)であり、当然といえば当然ですが。




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 最後は、ED1です(写真)。凸型の電気機関車です。




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 運転台の様子(写真)。やはりクラシカルな機関車、装備は簡単です。これが2組、凸部の前後に付いています。




 そして次の目的地に向かったのですが、蒲原鉄道が終わったということで、以降はまた次回としたいと思います。




 蒲原鉄道は部分廃止を経て全線廃止、現在はバス会社に改組されています。今後の盛業と、一部は解体されましたが、現存車両の末永い保存を期待したいです。




 それでは、次回をお楽しみに。

雨のち晴れ#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の"Tetsu”をお届けします。今回は、新潟市秋葉区のJR東日本新津車両製作所公開イベントを取材しました。




 いったん新潟に戻り、信越線を新津へ。新津は交通の要衝であり、鉄道関係者の多い場所として知られています。現在は、JR東日本の自社車両等を製造しています。




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 製作所は、新津駅から少し離れています。駅前からシャトルバスに乗るのですが、バス乗り場の前には、8620形68635のスポーク動輪のモニュメントがあります(写真)。鉄道の街ならではです。




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 エントランスには、看板が掛かります(タイトル写真)。横では、レールスター乗車体験が行われていました(写真)。




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 工場内部に入ります。先ずは、プレスされたステンレスの板が立っています(写真)。形から、車両の妻部の構体と思われます。



 なお、ステンレス電車のこの部分、波板なら川崎重工、フラットなら東急車輌(総合車両製作所)製だそうです。




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 続いて、組み上がった構体、向こう側が先頭のクハと思われます(写真)。




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 構体が出来上がると、次は艤装です。各種配線、配管を施し、組み立てられていきます(写真)。銀色の車体、帯は深緑です。




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 車両に用いられるエアコン(写真)。屋根に載せる集中型、家庭用エアコンの23倍の能力とのことです。




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 奥には、入換用ディーゼル動車が(写真)。出来上がった車両を入換して、編成を組み上げます。




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 ボルスタレス台車枠を組み立てる、全自動溶接ロボットです(写真)。新津車両所も、工場の無人化が進んでいます。




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 車体の艤装が終わり、台車入れを待つ車体(写真)。ご覧の通り、これらの車両は全部E233系7000番台、埼京線置き換え用車両です。こんな感じで量産されています。




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 奥の留置線には、現在編成組み立て中のE233系7017番、置き換えられる205系宮ハエ(JR東日本川越車両センター)25番編成、その右には甲種輸送を待つE233系7016番が並びます(写真)。




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 トラバーサに載るのも、E233系7000番台です(写真)。このように、JR東日本は、一気に車両を量産し、置き換えていきます。




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 エントランス横では、ミニSL、D51 498が、子供たちを引っ張ります(写真)。




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 反対では、ミニ電車が、子供たちを載せ一周します(写真)。編成写真は、失敗しました。残念。




 そして、会場を後にしました。




 同じ車両ですが、大量に生産されており、自動化できる部分は自動化され、進んだ生産方式をとっていることが分かります。先進的な工場を見学でき、良かったと思います。




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 時間があったので、少し足を伸ばして、福島県へ。西会津町には、蒸気時代の除雪車が保存されています。再掲ですが、新カメラでの画像としてお許しを。



 最初は、ロータリー除雪車、キ621(キ620形)です(写真)。現存3両のうちの1両です。



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 向きを変えて一枚(写真)。この、赤い回転羽根で、雪を吹き飛ばします。




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 その後は、キ172(キ100形)単線形ラッセル車です(写真)。




 新潟まで来たので、もう少し行きたかったのですが、天候が悪く、断念。しかし、西の空は明るく、明日は期待されます。




 それでは、次回をお楽しみに。

雨のち晴れ#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、新潟方面へ来ています。




 いつものように昨晩自宅を発ち、一路新潟へ。僅かな仮眠で、新潟市に入ります。先ずは、東新潟を目指しました。




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 東新潟から皆が目指す方向へついて行くと、皆陸橋を渡り、JR貨物東新潟機関区のエントランスに到達します(写真)。




 今日は、東新潟機関区の公開日です。10時に開場となりました(タイトル写真)。




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 入口近くには、SLの動輪を模した「安全の塔」が立ちます(写真)。




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 今日は早く来たので、運転する機関車の運転台に添乗することが出来ました。機関車は、EH200 17です(写真)。





 その運転の、外からの動画です。順番は相前後しますが、どうぞ。




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 順番待ちの時間、後の建屋を覗きます。DE10 1554が、制服記念撮影用に停まります(写真)。




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 その隣には、コキ106 837が、コンテナ展示用に停まります(写真)。コンテナ3種です。




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 添乗の時間が来て、乗り込みました。EH200 17の1エンド側運転台(写真)。右のモニターにはモーターの出力、回生ブレーキの動作がグラフとなって表示されます。




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 機関庫の端には、JR東日本が発注したEF510、「北斗星」用でしたが、運用の変化で余剰となり、JR貨物に譲渡された機関車が停まります(写真)。EF510 506です。




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 同じくEF510 503です(写真)。





 内部からの展望の動画、往き道です。構内の様子が、分かるでしょうか。




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 戻り、撮影会場へ。奥には、先ほどの「北斗星」ガマの前に、DE10 3505が停まります(写真)。DE15を転用したため、3500番台を名乗ります。




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 撮影会に並んだ機関車(写真)。左から、EF510 21、DE10 1728、EF510 12です(写真)。EF510 21は、運転台見学用になっています。




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 貨物駅からの側線を、DE10 1730が入換で通過します(写真)。本線を走るEF81 600番台牽引の貨物列車と併走する姿は、ボツになりました。




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 EF510 12の運転台に機関士が入り、パン上げ、ヘッドライトを点灯しました(写真)。




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 建屋の横には、かつては北海道から九州まで各地で見られ、数も多かった有蓋車、ワム80000です(写真、車番不明)。この春、全運用から撤退しました。




 そして、この後の用事があったので、これで東新潟を後にしました。




 大きな機関区では無いので、展示車両も限られましたが、乗車体験も出来、良いイベントであったと思います。日程が合えば、是非次回も参加したいと思います。




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 東新潟機関区の北側は、JR東日本新潟新幹線車両センターです。よく見ると、昨年運用を離脱したE1系”MAX”の、先頭車が残っていました(写真)。速度向上についていけない車両のため、200系より早く撤退しました。




 そして、多くの人は、新潟というと、あそこを思い出すと思います。それが、今日の後半です。




 それでは、次回をお楽しみに。

木曽谷の奥深くで

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「第4回 王滝森林鉄道フェスティバル2013」を取材しました。



 私事で恐縮ですが、先週は前の愛車とお別れし、昨日新たなる相棒が到着。早速試し乗りし、長野県へ。仮眠し、今日の会場へ向かいます。早いと思って行ったのに、来場多数、車の列に圧倒されました。



 そして今日の主役が登場(写真)。間もなく、開会セレモニーです。





 早速オープニングの動画です。場所は、バッチリです。



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 間もなく、今日のお客を乗せる客車列車が入線。定員14人を載せ、発車します。





 その動画です。小さな、列車です。



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 会場は運動公園。その片隅を利用して線路が敷かれています。中央の公園の広場には、ミニ列車たちが並び、サービスしています。最初は、恐らく井笠鉄道でしょう、1号機関車のミニSLです(写真)。



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 次は、9633と書かれた、ミニ列車です(写真)。他、多数が用意されていました。



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 もう一方の乗り場(C乗り場)には、客車列車の向こうに運材列車が停まります(写真)。客車列車は20分おき、運材列車は合間を縫って何回か運転されます。



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 公園の隅には整備庫があり、車両の動態化が進められています(写真)。



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 途中に、No.4と関電のモーターカーが、お客を乗せるべく入線します(写真)。





 お客を乗せ、関電のモーターカーが先に発車。その動画です。





 続いて、No.4が発車。その動画です。





 その後は、運材列車が出発。その動画です。



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 空になったC乗り場には、タンク列車が入線(写真)。燃料のタンクです。





 入線の動画です。今日1回限りの運転です。



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 そして、展示運転の準備をしています(写真)。間もなく、発車です。





 発車の動画です。一回きり、撮り直しは出来ません。



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 運材列車は、再び戻ってきました(写真)。そして機回し、午後までお休みです。



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 タンク列車を牽いていたNo.142は、途中でタンク貨車を車庫に収納し、単機で再び客車を牽くため戻ってきました(写真)。



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 そして客車列車の出発の準備をしています(写真)。再び、営業を始めます。





 最後は、C乗り場での機回しの様子の動画です。DLを側線に入れ、客車を人力で押し入換、再び連結し乗客を乗せる準備をします。



 そして、大方撮影したので、会場を後にしました。



 今日は西の方からのツアーで来ている人がおり、知っている人に挨拶し、旧交を温めました。再会は、良いことです。



 2週間ぶりの投稿となり、ご心配をおかけしました。また、再開します。



 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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