Across The Channel#3

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、先回の記事の補足です。




 現在門司港駅駅舎は修復中ですが、その修復前の姿(写真、平成22年5月撮影)。大きな木造駅舎で、手入れが大変でしょう。




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 続いては、その近くに立つ元の「門司鉄道管理局」、後のJR九州本社となったビルです(写真)。現在は博多に移転、空き家となっているようです。




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 最後、「旅立ちの鐘」「幸福の泉」です(写真)。通常の方法ではダメな方は、どうぞ。




 それでは、次回をお楽しみに。

Across The Channel#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、先回の帰り道です。




 昨日朝起きて、最初に行ったのは、小倉駅(写真)。駅ビルの吹抜の中に、モノレールの駅があります。




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 そして、JRに乗車。国鉄分割民営化後、JR九州が最初に製造した一般形電車、811系です(写真)。ステンレスボディにFRPのお面をつけています。門司港行きです。




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 貨物ターミナルの先は、機関区です。左の方から、ED76 1012、EF81 303(最後のステンレスEF81)、EH500-68、EF81 455です(写真)。455は富山機関区から関門に帰ってきました。




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 そして、終点門司港へ。鉄骨木造のホーム上屋です(写真)。支柱は、古レールと木の両用でした。




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 ホームには、28627のスポーク主動輪があります(写真)。右には、腕木式信号が立ちます。




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 その横には、0哩の碑が立ちます(写真)。明治期に、下関で終わった鉄道から関門連絡船に乗り、渡った九州側で最初の駅でした。九州鉄道の本社もあり(現在の「九州鉄道記念館」)、門司鉄道管理局を経て、JR九州も設立当初、門司に本社を置いていました(現在は博多にある)。



 この横には「幸福の鐘」があり、鳴らしてみました。そうすると、意外な結果が待っていました。




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 ホーム北側には、関門連絡船営業当時の、桟橋との連絡通路跡が残ります(写真)。2つの隧道があり、乗降を分けていたものと思われます。




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 門司港駅駅舎は大きな木造建築物で、国の重要文化財に指定されています。傷みが激しいらしく、現在修復中で、囲いがされています(写真)。




 門司港駅周辺は、「門司港レトロ」と言われるほど歴史的な建築物が多く、かつての繁栄を物語っています。これらの建築物も時間を掛け撮りたかったのですが、時間の都合で断念、関門トンネルの入口、門司まで移動しました。




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 門司からは415系。車内電源がSIV(スタティック・インバーター)ではなくMG(電動発電機)の場合、交直切り替えのデッドセクションでは照明等の電源が落ち、非常照明が点きます(写真)。そういえば、昔の銀座線や丸ノ内線も、第三軌条から離れるとそうでした。




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 そして、下関からは115系(写真)。私が「決戦形」と呼ぶ、簡易改造形のクモハ115です。




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 そして列車は、徳山で乗り換え。合間に立ち食いうどんを、持ち帰り容器(50円追加)で買いました。




 列車は下松に来ました.貨物線の分岐を向こうに見ると、日立製作所の電車工場、笠戸工場が見えてきます(写真)。以前近くへ行くと、E5系とN700Aが並んでいましたが、そろそろ製造も落ち着く頃でしょう。




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 岩国で再び乗り換え。駅北東方には、「サツマイモ」DE10 1577がありました(写真)。




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 同様に大竹駅南西方には、DE10 1731が停まります(写真)。「サツマイモ」は、単独では本線を走ることが出来ません。




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 そして広島で再び乗り換え。広島機関区には、EF210-302が停まります(写真)。




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 続いて、EF210-301です(写真)。通常のEF210として合間に運用した際に方転しても良いように、どちら側でも後押しできる構造になっています。




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 矩形庫前には、EF210-303、同101(100番代(1C1M)初号車)、DE10 1042が停まります(写真)。完全逆光なのが残念です。




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 そして、東福山貨物駅から東方に分岐する、貨物線の跡(写真)。道路を跨ぐ大きなアーチ橋があります。




 まだまだ戻り道にはいろいろある筈ですが、間もなく日没、撮影を終えました。




 しかし、帰宅にはまだ遠い。姫路からは2時間半でも、やはり遠いです。結果帰宅は昨日中でしたが、入浴中に日を跨いでしまいました。そのため昨日中の投稿を断念、今日になりました。




 昨日は偶然とは言え、「幸福の鐘」を鳴らしたせいか、昔の恋人との10年ぶりの再会がありました。電車に乗ることが楽しいと思ってくれれば、それはとても良いことだと思います。




 本年一年間、ご愛読本当に有り難うございました。それでは皆さん、良いお年を。

Across The Channel#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の"Tetsu”をお届けします。今回は、再び山陽方面を目指しました。




 先週も、朝が決して遅かったわけではありませんが、乗り換えのロスが大きく、随分目的地が遠かった気がします。そのため、今朝は先週よりも更に早く起き、駅を目指します。結果30分前の米原行き区間快速に乗ることが出来ました。311系4+4連でした(写真は、先行313系です)。




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 今朝は寒かった気がしますが、そう、関ヶ原に近づくと、一面は銀世界でした(写真)。道理で寒いわけです。乗換の米原から先も暫く白く、鉄道を選択したのは正解であったと思いました。しかし、ドアが開くと寒い。この区間のためには、半自動化が必要では?




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 そして米原で乗った新快速は姫路が終点、15分待ち、次の列車がやって来ます(写真)。223系4連、播州赤穂行きです。これで相生まで行き、相生から乗り換えなのですが、京都線遅延で相生駅1番線に入り、重い鞄を抱え、乗り換えは大変でした。




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 そして相生で乗った115系を、岡山で乗り継ぎます(写真)。115系、単色化が進行中です。向こうは381系特急「ゆったりやくも」です。




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 駅を出て、右手に岡山電車区が広がります。待機中のキハ187系、1500番代×2+500番代です(写真)。0番代、500番代、1000番代共に乗降デッキは連結面側ですが、1500番代のみ運転席直後に乗降デッキがあります。特急「スーパーいなば」用です。




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 続いて、117系「サンライナー」塗色です(写真)。実は、この車両のNゲージを、現在も所有しています。




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 そして列車は三原行きでしたが、続く乗換列車は糸崎発で、糸崎で降ります。糸崎の電留線の向こうに、キヤ141系が停まります(写真、車番不明)。後藤で面は見たことがありますが、編成で撮ったのは初めてです。




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 そして、セノハチでEF200牽引貨物と行き違います。後補機に、EF210 302が入り、新たな時代を予感させます。




 そのまま行くと、JR貨物広島機関区には、山陽筋のELが多数入っています。最初はEF200-6とEF210-109、後の矩形庫にEF210-135が入っています。




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 その西側には、EF210-301が(写真)。電車の窓越しでしたが、迷わずフィルムカメラでも撮りました。これで、先回の無念は、半分晴れました。




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 その先には、左からEF210-303、EF210-901(EF210試作機)、EF67 1、DE10 1055、EF210-18です(写真)。EF210、901及び0番代はVVVF1機に2モーター、100番代になり1モーターに1機になりました。新鶴見機関区配属のいわゆる「鶴太郎」も出て、EF65淘汰も本格化します。




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 列車は広島で5分停車。迷わず夕食と酒(発泡酒)を手に入れます。




 そして列車は岩国が終点。岩国1番線先に、入換動車となりATSを外された、通称「サツマイモ」、DE10 1577が停まります(写真)。




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 駅向こうには、広セキ(JR西日本下関車両所)P-13編成が停まります(写真)。よく見るとクハは111、則ち113系です。103系同様に、「セノハチ」の「瀬野」以西で使われる車両です。111系、113系と115系の違いは、改めて説明はしません。




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 列車は徳山でバカ停。何故かと思っていると、岩徳線列車を待っていたからでした(写真、キハ47系)。納得。




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 そして新山口(旧称「小郡」)で乗換、乗ってきたのは117系C-105編成でした(写真、下関での撮影)。菜種色の117系、全部300番代の編成でした。




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 下関からは、JR九州です。どちらも415系、左Fo520編成(分オイ(JR九州大分運転所))、右Fm1516編成(本ミフ(JR九州南福岡電車区))です。JR九州は直流区間の下関入線のために415系が必要であり、国鉄時代に製造された1500番代を、JR東日本(常磐線用、勝田車両センター所属)から一部譲受し、既存の1500番代と混用しています。




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 下関の先は、関門トンネルです。戦時中に、潜函工法で建設されました。もし先の戦争があそこで終わっていなかったら、九州上陸の「コルネット作戦」の最初に、このトンネルの上で大量の爆薬を積んだ船を爆発させ、トンネルを破壊する予定だったのだそうです。トンネルは現存します。




 そして列車は、関門海峡を越え、九州に入ります(写真)。



 現在私は、九州アイランドにいます。今年は九州は無理かなあ、と思っていた所でしたが、最後に到達しました。




 今年は北海道に2回行き、四国も1回行きました。しかし九州はご無沙汰で、年の最後に実績が出来ました。今後も懐具合を見ながら、可能な限り各地へ行きたいと思います。




 明日は帰り道ですが、投稿は一体何時になるのでしょうか。




 それでは、次回をお楽しみに。

Sunnyside Holidays#4

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、山陽方面遠征最終日です。




 昨日は、岡山で終わりました。そう、今日は岡山から始まります。




 岡山は、古くは宇高連絡船に続く「宇野線」、現在は瀬戸大橋を通る「本四備讃線」の起点でもあります。岡山駅6番ホームには、JR四国2000系特急「南風」が停まります(写真)。暫くすると、8番ホームには8000系特急「しおかぜ」もやって来ました。




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 岡山は、陰陽連絡線の最重要幹線、伯備線の始発駅ともなっています(路線は倉敷から分岐)。岡山と米子、松江、出雲市を連絡する381系特急「やくも」が入線し、出発を待っています(写真)。伯備線は陰陽連絡で最初に電化され、振り子電車が投入されるほどの幹線です。




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 伯備線普通は、以前なら間違いなく115系でしたが、今日は213系2+2連が入ります(写真)。クロ213を失って、先頭車に改造されたクハ213 100番代、ステンレスボディに先頭構体を接合した改造車です。




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 そして山陽本線上りで和気へ。和気駅から少し歩いた場所に、片上鉄道(廃止)の橋梁が残ります(写真)。しかし渡る川は「吉井川」では無く、その支流「金剛川」であることが、写真のGPSデータとも照合し、判明しました。お詫びして訂正します。




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 その南側すぐには築堤があり、そのまま山陽本線を跨ぐ跨線橋があります(写真)。現在、このルートは自転車道となっています。




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 そして和気に戻り、ホームに入ると、キハ187系特急「スーパーいなば」が通過します(写真)。500番代あるいは1500番代に区分されるのは、智頭急行線内で使用するATS-P装備の有無の違いです。




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 ホームには、117系、岡オカE05編成が停まっています(写真)。菜種色の117系は、「サンライナー」編成の来たるべき姿です。岡山方面への折り返しを待っています。




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 和気駅南側は、片上鉄道の駅跡地です。写真用のような看板があり、廃止を残念がっています(写真)。




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 上り方面、やって来たのは115系湘南色、岡オカD-27編成でした(写真)。115系300番代、割と残っていました。




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 そして相生で223系に乗り換え、姫路に来ました。姫路駅で焼きたてを購入し、ホームに再び上がります。姫新線ホームには、姫新線高速化事業で導入された気動車、キハ123系2連が停まります(写真)。両運転台形、片運転台形はキハ127系です。




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 姫新線と千鳥配置となっている播但線ホームには、103系3500番代が入ります(写真)。一時は、編成毎に違う「生野銀山」ラッピングがなされていましたが、今は元の赤紫の単色に戻りました。




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 そして、新快速に乗車。関西圏を2時間半で突き抜けます。




 新大阪を少し過ぎると、「おおさか東線」高架工事が行われていました(写真)。新大阪駅在来線も、ホームを1面ずつ東に移動、入線準備が進みます。




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 間もなく、JR西日本吹田工場です。クモヤ143が、モハネ583ユニットと連結し、移動しようとしています(写真)。定期運用も無くなった583系、いよいよ解体か。




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 少し先は、阪急正雀工場です。8304(阪急京都線用8300系)が、外板も含め整備中でした(写真)。




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 そして山崎を越え、京都府に。昔の「向日町運転所」、現在の「京都総合車両所」の南端には、転車台がありました(写真)。




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 北側には、381系「スーパーくろしお」パノラマグリーン編成と、113系単色化編成(緑色)が見えます(写真)。




 少し先には、287系「くろしお」も見えていましたが、以前ほどは珍しくはありません。そのうち、乗車したいですね。




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 そして乗り進み、近江八幡には「あかね号」は無く、残念でした。




 続いて彦根で下車も考えましたが、機関車見学には少し遅く時間が足りず、残念でした。ホーム向こうには濃紺の900形がありましたが、駅看板で隠れ、ボツ。その少し先には、同じく元西武新101系、色は水色の車両が停まっていました(写真)。車番は、「902」「1902」のように見えますが、不鮮明で読めません。




 そして米原からJR東海に乗り、帰宅しました。




 大遠征でした。しかし、新幹線どころか特急にも乗らず、我ながら本当にケチな旅行でした。ただ、無駄遣いだけが楽しみでもありません。必要なところで使い、楽しみたいと思います。




 それでは、次回をお楽しみに。

Sunnyside Holidays#3

Sen1c1




 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の"Tetsu”をお届けします。今回は先回の続き、山陽方面です。




 広島方面からの電車は、三原が終点、乗換です。三原から岡山方面は電車多数、昨日は、その反対でやられたのでした。ダッシュすれば再び「瀬戸内マリンビュー」が停まっていたので撮れそうでしたが、寸手の所で逃しました。




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 そして列車は岡山県に入り笠岡、昨日撮り損ねた「あれ」を撮りに、下車します。




 町中に入り組んだ地下道で線路南側に行き、道路高架下に行くと、ありました!井笠鉄道(廃止)ホジ9です(写真)。前後に荷物用バケットのある、軽便鉄道用ディーゼルカーです。




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 運転台(写真)。窓ガラスが全部無い時点で想像できましたが、錆止めのペンキで全部ロックしていました。




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 車内の様子(写真)。床は抜けたりはしていませんでしたが、照明等全てのガラスはありませんでした。今後が少し心配です。




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 再び乗車、倉敷で下車します。倉敷からは、「水島臨海鉄道」が伸びています(写真、MRT301)。こちらも、今話題の鉄道です。




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 列車を待っていると、山陽本線をDE10 1512が、貨物を牽き走ります(写真)。高速形ではありませんが、まだまだ本線を行けます。




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 途中駅で、ラッピング車MRT305と行き違います(写真)。




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 水島で、乗ってきた列車は終点。その先は、左に専用線、右に「三菱自工前」方面の線路が分岐しているのが分かります(写真)。




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 30分待ち、三菱自工前に到着。左が水島方面の本線で、右に専用線が分岐します(写真)。




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 そこから線路に沿って歩くこと5分余り、水島臨海鉄道の貨物駅、及び機関区が広がる場所があります。




 写真は、キハ37と思われる車体(写真)。水島臨海鉄道の塗色になっていますが、元はJR久留里線で使用された車両で、幕張電車区木更津支所の一族が、ほぼそのままやって来ました。




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 そして、キハ30 98です(写真)。これも久留里線で使用された1両、あのキハ35系でありながら、本当に強運の持ち主です。




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 これらの車両の入籍によって引退となる、キハ200形(写真)。左が水島色キハ206、国鉄標準色キハ205、及び208と思われます。




 しかし、ここでの撮影が長引いたために、ただでさえ少ない三菱自工前発着列車を、更に1本逃してしまい、寒空の元大変でした。




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 そして、起終点「倉敷市」手前では、水島臨海鉄道とJR線との渡り線があります(写真)。左に2回分岐した所が、山陽本線です。




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 倉敷から乗った電車は、「サンライナー」、しかもデビュー当時のオリジナル色でした(写真、岡オカE01編成、クハ117-9始め4連)。この塗色も、間もなく単色化で菜種色になる運命にあります。




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 そして最後は、岡山駅。対面の電車が、115系湘南色、しかも300番代であったため、撮りました(写真、クモハ115 323始め4連他、岡オカD-24編成)。この塗色も同じく菜種色で消える運命ですが、それまでこの車両が生き残るか、どうか、微妙です。




 そして今日の滞在先に向かいました。




 本当は可能なら、キハ200のエグゾーストノートを登載したかったのですが、やはり無理でした。一番確実なのはあのツアーですが、時間的に合うか、どうか。検討したいと思います。




 明日も続きですが、投稿は、可能か、どうか。




 それでは、次回をお楽しみに。

Sunnyside Holidays#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の"Tetsu”をお届けします。今回は、山陽地方2日目です。




 今朝も滞在先を出て、駅に向かいます。そして、「青春18きっぷ」で乗車します。




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 天神川で下車。目の前には、JR貨物広島機関区があります。おもむろに、DE10 1042が停まります(写真)。少し汚れています。




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 その向こうには、DE10 1053と、EF200-15が(写真)。EF200も、デビュー当時から塗色変更しました。




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 ホームの北側には、JR西日本広島運転所が広がります。クモヤ143が、105系を連結しています(写真)。




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 その西側には、多数のキハ47があり、「瀬戸内マリンビュー」も停まります(写真)。




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 正面を見ると、本線の隣の貨物線を、EF66 120がコンテナ貨車を牽き、セノハチに挑みます(写真)。1000tか1200tか、貨車の両数は数えませんでした。




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 当然、後補機は付きます(写真)。EF67 104でした。現在は、広島貨物ターミナルから西条まで付きます。




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 機関区を見ると、EF67 1の向こうに、EF67 101が並びます(写真)。101は、そのまま矩形庫に入りました。EF67 0番代、他の機関車は何処へ行ったのでしょう。




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 EF67 1の西側には、同103が停まります(写真)。




 今回の遠征の目的の一つ、EF210 300番代のフィルム記録は、残念ながら達成できませんでした。でも、まだまだ生産が続くので、次の機会はありそうです。




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 そして再び乗車、瀬野へ行きます。




 瀬野は、「セノハチ」の麓側の駅、かつては山陽本線上りは全列車停車し、瀬野機関区(廃止)の機関車を連結し、山側の八本松まで押し上げられていました。古くはC52、D52、電化後はEF59(EF53あるいはEF56改造機)、そして現在のEF67となりました。



 瀬野機関区の機関車が待機した場所は、現在線路が撤去され、レベルになっている敷地のみが残ります(写真)。




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 瀬野には、名物があります。それは「スカイレール」、鉄のレールにぶら下がったゴンドラです。しかし、これは「軌道法」が適用される、れっきとした鉄道です。




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 列車を待っていると、先ほどのEF67 104が、任を終え西条から折り返し、単機回送されます(写真)。




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 それで、西条での入換を撮りたくて、粘ること2時間余り、駅員から怪訝な目で見られながら、待っていると、3番線向こうの線路に、突然EF210 3牽引のコンテナ貨物が入線しました(写真)。不意打ちでしたが、何とかなりました。




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 その末尾には後補機、EF67 105が付いています(写真)。セノハチ越えに勝利し、任務を終えます。




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 任を解かれ連結器が外され、少しバック、編成から離れました(写真)。連結器に注目してください。




 切り離しの動画です。そのために専従のJR貨物職員がいます。



 間もなく貨物列車は出発し、EF67は単機回送の時間まで、一旦入換信号で駅東方の引上線に入り、回送を待ちます。





 そして、入換信号まで移動します。ここから引上線まで移動し、合間に広島貨物ターミナルまで戻ります。




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 そして、次の列車を待っていると、下り線をEF66 36牽引のコンテナ貨物が通過します(写真)。EF66 0番代、今後貴重な記録となります。




 寒い中西条で2時間以上待ったのは、時間が勿体なかったですが、やはり今回の最大の目的であり、外せませんでした。そのため白市以東へ行く列車が無く、更に待ちましたが、やむを得ませんでした。




 しかしこれは、午前中の話。午後には、もう一つ目的地がありましたが、その話を続けると長くなるので、次回とします。




 それでは、次回をお楽しみに。

Sunnyside Holidays#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の"Tetsu”をお届けします。今回は、山陽方面に来ています。




 今朝は、普段でも起きないほど早く起き、JRに乗車。米原から新快速で、姫路へ。姫路まで来たのは、223系神ホシV24編成です(写真)。製造は225系に移行しましたが、まだまだ大勢力です。




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 そして、乗換駅相生へ。相生からは岡山支社、岡オカA-06編成です(写真)。115系、菜種色に単色塗装されます。国鉄色も、だんだん貴重になっていきます。




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 待ち時間に、小遣い稼ぎを。EF66 33が、コンテナ貨物を牽き通過します(写真)。これが、ミラーレスの限界です。




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 カメラを取り出す時間があったので、取り出したのはメインカメラ、の筈でしたが、現在メンテナンス中のため、サブカメラが入っていました。しかし、速写はこれが一番です。




 EF210-156牽引のコンテナ貨物が通過します(写真)。ミラーとペンタプリズムのお陰で、本当にストレスフリーです。




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 続いては、智頭急行HOT8000形、特急「スーパーはくと」が通過します(写真)。車両のボンネットに、サインが入っています。




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 そして、乗車します。




 和気は、片上鉄道(廃止)の接続駅、貨物の授受もあったそうです。片上鉄道は、和気駅南西方から山陽本線を乗り越し、北に向かいます。その先の、吉井川橋梁(写真)。線路跡は、サイクリングロードになっています。




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 間もなく岡山、という所に、北東方には岡山電車区支所(岡オカ、旧来は「岡山気動車区」(岡ヤマ))があります。津山線、吉備線の車両基地ですが、ちょうどキハ47 2002が、「そうじゃ吉備路マラソン」のヘッドマークを装備し、停泊していました(写真)。総社は、吉備線の終点です。




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 岡山着。381系「ゆったりやくも」が、向こうの上りホームに入線します(写真)。終着です。所属は米トウ(後藤総合車両所(出雲支所)、旧来は米イモ(出雲電車区))です。




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 笠岡駅南西方の、井笠鉄道(廃止)の保存気動車は、失敗。間もなく、広島県です。




 新幹線の高架が寄り添うと、間もなく福山。南東方の福山貨物ターミナルでは、DE10 1191が、入換に従事します(写真)。切り抜き文字のDE10は、最近あまり見ません。




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 岡山から乗ってきたのは、213系、C06編成です(写真)。快速「マリンライナー」当時のオリジナルのクハ212で、1M2Tの3連そのままです。三原まで来て、またしてもバカ停です。




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 三原駅に、105系2連が入線します(写真)。呉線、広行きです。




 これに乗ろうとも思いましたが、広島到着が1時間遅くなることから、断念しました。




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 待っていると、EF200-18牽引のコンテナ貨物が通過します(写真)。JR化後の新鋭機、出力6000kWは日本史上最強ELでしたが、地上施設の制約もあり力を落とし運転、ついに廃車も発生しました。




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 そしてセノハチの麓、機関区のあった瀬野を過ぎ、広島へ。間もなく広島、という場所に、JR貨物の機関区が広がります。




 最初は、EF210のセノハチ後補機バージョン300番代、303号機です(写真)。外観では金帯が増えた程度ですが、連結器にシリコン緩衝器が追加され、全長も少し長くなっています。「押太郎」という名前にする案もあったそうですが、一般形同様「桃太郎」でした。




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 続いては、EF67、左が103号機、右が1号機です(写真)。




 EF67、0番代はEF60改造車、当時は八本松で走行解放を行っていた関係でデッキがあります。100番代はEF65 0番代改造車、既に主力貨車がコキ100シリーズとなっており、コキフ50000のような走行解放装備のある車両も改造で造られましたが、結局、西条駅構内で停止し切り離すこととなり、走行解放装備も省略されました。




 EF67は、EF210 300番代により置き換えられることが決定しており、1両増備の度に1両運用を離脱します。今後、動向が注目される形式です。




 そして、今日の滞在先に向かいました。




 というと、今いる場所が大体分かると思います。今日は名物を食べ、明日に備えています。




 それでは、次回をお楽しみに。

The Exportasion

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、台湾国鉄「プユマ号」の甲種輸送を取材しました。




 日本から台湾に自強号(特急に相当)「タロコ号」が輸出されたのは、記憶に新しいところです。しかし「タロコ号」は日立製、車両としては最高でしたが、台湾国内での鉄道車両製造の合弁相手が日本車輌となったため、特急電車も日本車輌製「プユマ号」に移行、ここ暫く輸出が続いています。基本的には輸送は平日のため、仕事を休むこととなり取材は困難でしたが、やはり地元ネタを取材しないのは心残りであり、最終段階となった今日、取材しました。




 車両輸送ルートを説明すると、豊川の日車工場を出た車両は飯田線を豊橋、スイッチバックし東海道線を笠寺、ここからスイッチバックし名古屋臨海鉄道に入線し東港、再びスイッチバックし名電築港、再度スイッチバックし名古屋鉄道築港線に入線し東名古屋港、そこから名鉄・名古屋市営地下鉄は大江に入線し夜間まで輸送を待ち、輸出車両は東名古屋港から押し込まれ岸壁に送られる、というのがパターンです。豊川、豊橋は少し距離があり、多分取材の機会は無いでしょう。




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 最初のポイントは、名電築港駅。名鉄築港線とのダイヤモンドクロスで有名な場所です。既に、大江から職員が自転車でやって来て、誘導のため待機しています(写真)。




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 いよいよ到着、という時間に、職員が踏切前で車両を制止し、入線の準備をします(写真)。




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 列車がやって来ました(写真)。名古屋臨海鉄道ND55 23を先頭にしています。道路通行が完全に停止するのを、待っています。




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 そして、汽笛一声、道路を渡ります(写真)。




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 輸送される台湾国鉄「プユマ号」です(写真)。確か8連の振子電車です。花蓮~台東間の電化に合わせ導入されます。




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 その末尾(写真)。白地に赤の派手な塗装です。







 その、踏切通過の動画です。確かに、編成は長いです。




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 そして名電築港でスイッチバック、向きを西に変え名鉄東名古屋港に入線します(写真)。ND55 29が先頭です。




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 編成写真(写真)。日本人と多少デザインセンスが違います。







 東名古屋港入線の動画です。




 ここでタブレットを授受し、西に向かいます。




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 東名古屋港駅西側の、県道の踏切を、列車は横断します。これも、道路交通を完全に停止してからです。







 踏切横断の、動画です。幅の広い道路で、職員の心労も分かります。




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 そして編成が道路を渡りきってから、停止します(写真)。この間に、先頭のディーゼル機関車は切り離され、後の機関車に押し込まれる形になります。




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 そして、押し込まれ、名古屋港の岸壁に入っていきます(写真)。ここからの船積みも見たい気がしますが、残念ながら関係者以外立入禁止です。なお、この後1両毎に切り離し、前後をクレーンで吊り、船に縦に並べます。




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 先頭であったND55 29は、23が戻るまで、ここで待機です(写真)。




 後は、DLが来た道を戻るだけで、日没も近いことから、ここで今日の取材を終えました。




 なお今週水曜日に、今年最後の「プユマ号」の甲種輸送が行われるそうで、平日に行ける方は、そちらもどうぞ。




 実は、今日は某テレビ局の事前取材があり、出演を持ちかけられましたが、後が面倒なので止めておきました。出演したいという人は、是非どうぞ。




 これらの車輌が日本で活躍する姿は見られませんが、彼の地で活躍することを期待して、今日は終わりたいと思います。




 それでは、次回をお楽しみに。

シーズン終えて

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は滋賀県方面を中心に取材しました。




 12月初めの東武南栗橋のイベントを終えると、鉄道のイベントシーズンは終了、冬の青春18の時期となります。先週はひたちなかのネタがありましたが、遂に今週は谷間となってしまいました。普段なら多分、土日で廃車ネタに行くであろう所、明日は愛車の整備で遠征も出来ません。今週の取材のイメージが湧かないので、鉄道ネタ無しでのドライブも考えましたが、取り敢えず一番小さいミラーレスだけは持って出発しました。



 ただ、まだ冬タイヤを装備していないので、北陸は止めようと思い、米原で南下します。すると、目の前に「JR総研」の看板が見え、ああそうかと戻り、JR総研で保存される車両を見に行きます(写真)。同施設北側は、公園になりました。




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 同施設には3両の車両が保存されます。最初は、一番北側の”300X”です(写真)。JR東海の新幹線試験車、この実績を元に700系が製造されました。相方は、名古屋の「リニア・鉄道館」にあります。




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 その南側には、”STAR21”があります(写真)。JR東日本の新幹線試験車、これを元にE2系が製造されました。相方は、仙台の「新幹線車両センター」にあります。




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 一番南は、”WIN350”です(写真)。JR西日本の新幹線試験車、500系900番代が入っています。相方は、JR西日本博多総合車両所にあります。




 この3枚に金網は写っていませんが、これは施設内側に入ったのではなく、金網の隙間に前玉を差し込み、写らないように工夫したからです。内側に入ったら侵入者になってしまうので、お気を付けください。




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 米原駅北側には、電留線が広がっています。現在は歩行者専用となった陸橋から眺めると、JR東海313系、JR西日本683系、225系、223系が見えます(写真)。本格的な望遠レンズがあればそこそこの写真が撮れたでしょうが、簡易な3倍ズームのため、この程度です。また、ここも金網があり、前玉が大きいレンズは受け付けません。




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 道路は彦根駅近くを通ります。同駅には、近江鉄道に集結した省線電化草創期の輸入電機が並ぶのですが、時間的に遅く、パスしました。あの魅力的な機関車たちは、じっくりとフル版カメラで撮りたいものです。




 そして道路を山岳に向けると、廃施設跡にD51 999、本当の番号は1149が残ります(写真)。戦時形のD51、ドームもかまぼこ形の簡易な形になっています。初期のナメクジと、これでも同形なのです。




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 帰路に就こうと思い、カーナビをセットすると、鈴鹿山地を分け入る道を指示します。「ノーマルタイヤ進入禁止」と書かれ、チェーンを巻く覚悟もしましたが、幸いまだ暖かい時間帯であったため、杞憂に終わりました。ただ、冬期は樹氷もみられる鈴鹿山地、冬の備えは万全に。




 トンネルの向こうは三重県、どこかで見た場所を指しています。そう、三岐鉄道北勢線です。地図上にも「楚原」が表示されていたことから、いい線いってる、と思い、少し指示をそれると、ありました、「めがね橋」が!(写真)少々早ければ、三重交通色に塗り替えられた「ナローの女王」200形も通ったのですが、残念でした。また次回です。




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 その西桑名方には、「ねじり橋」があります(写真)。「ねじりまんぼ」で積まれたアーチ橋です。




 これら2つは、近代化産業遺産となっており、文化庁のプレートもあるそうです。もっと時間があるときに、きちんと撮りたいと思います。




 間もなく冬休みで、青春18、新春きっぷの後は、いよいよ今年引退の車両たちの時期が来ます。更に今年は、冬場に大きな目標を立てているのですが、達成できるか、どうか。




 それでは、次回をお楽しみに。

故きを温ねて(2013年)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「ひたちなか海浜鉄道」を取材しました。




 金曜の晩に出たのですが、勝田の到着予想は土曜昼頃、間に合うか心配しましたが、実際には早朝着。仮眠し、今日の目的地に行きます。




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 勝田は電車区がある場所。現在は「JR東日本勝田車両センター」と呼ばれます。そのため、多くの電車があります。写真は、まだ生き残っていました、651系、K105編成です(写真)。7両の基本編成です。




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 そこへ下り特急がやって来ます(写真)。E657系、K16編成です。「スーパーひたち」「フレッシュひたち」のほとんどの運用を置き換えましたが、早朝勝田発に651系の運用が残っているそうです。




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 こちらも数を減らしている415系1500番代、K530編成です(写真)。211系同様のステンレスボディですが、従来の415系同様抵抗制御、永く常磐線の主流でしたが、勝田以南はE531系、以北は一部501系に置き換えられ、肩身が狭い思いをしています。一部は廃車されました。




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 K105編成と連結する付属編成は、K201編成でした(写真)。後に屋根上のエアコンが見えますが、これはE653系付属4連の屋根で、K351~354編成のどれかですが、分かりませんでした。




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 そして、本題のひたちなか海浜鉄道へ。同線の前身、「茨城交通」は、全国各地からキハ20同形車を集め、営業していました。最終的に第三セクターになり、現在の「ひたちなか海浜鉄道」となりました。




 営業列車、キハ222が発車を待っています(写真)。運転士窓が旋回窓となっていますが、それもその筈、元は北海道の「羽幌炭砿鉄道」の車両で、同線廃止で入線しました。昭和37年富士重製です。




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 キハ222車内(写真)。床は木製で、エンジン点検蓋が分かります。




「Kiha222.wma」をダウンロード




 その添乗音、勝田から終点阿字ヶ浦までです。約20分、少々長いです。




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 そして、阿字ヶ浦到着(写真)。西側には、未だ給水塔が残ります。




 再び乗車、那珂湊に向かいます。




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 那珂湊は、「ひたちなか海浜鉄道」の中心駅。車庫があります。




 矩形庫からは、元三木鉄道(廃止)、ミキ300-103が顔を覗かせています(写真)。




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 横には、キハ2004、準急色か、ストロークリームに赤帯です(写真)。




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 その反対には、キハ205、朱の国鉄標準色です(写真)。湊線100周年ヘッドマークが付いています。




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 そしてこの度入線となった、キハ2005です(写真)。元島原鉄道、島原南線廃止で余剰となり、引退した車両がここにあるようです。いわゆる「島鉄急行色」、電化前の長崎本線急行に連結されました。サボは「南島原」になっています。




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 駅を出て、今日のイベント会場へ。矩形庫の反対側には、第三セクター化後の新車、キハ3710形、左02、右01が停まります(写真)。現在の主力車両です。




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 キハ20 429が、片側運転台にシートが掛かっています(写真)。現在稼働しない同車は、シミュレーターになっています。これが、昨日今日と一般公開になっていたのでした。




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 その横には、日本初のセミステンレス車、ケハ601のダルマがあります(写真)。ネットで、この写真を探してみてください。







 そして、寄り道している間に、乗ろうと思っていたキハ37100が、行ってしまいました。仕方がないので、動画を撮りました。同車も三セク化後の新車、イベント対応車です。







 キハ222は、ずっと調子が悪く、休車だったとのことでしたが、機関を換装したので復活したそうです。どこからその機関を持ってきたかは気になりますが、まあ喜びましょう。そのキハ222の那珂湊到着の動画です。




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 そして勝田に帰還しました。間もなく、キハ222は次の運用に就きます(写真)。







 勝田発車の動画です。




 これを撮り、勝田を後にしました。




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 もう1か所、寄りたかったのは、竜ヶ崎。近くへ行くと、関東鉄道竜ヶ崎線を、キハ532が走っているではありませんか!竜ヶ崎へ行くと、その前に新しい気動車が入り、運用が入れ替わりました。そうすると、帰庫になるので、慌てて撮影しました(写真)。







 その、竜ヶ崎駅から出て入換、駅横の機関区へ戻る、動画です。




 そして、帰宅しました。




 やはり、生きているから動画が撮れる訳で、生きている内に記録せねばなりません。ひたちなかも竜ヶ崎線も、生きている古い車両に、また是非乗りたいですね。




 しかし帰宅は今日の午前2時、本当に大変でした。もう少し、計画的に行動したいと思います。




 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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