灯台下暗し

Set2b1




 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、昨日に続き瀬戸電から取材しました。




 昨日のショックからも立ち直れず、今朝も寝坊を。しかし起き、あまり考えず矢田へ。到着し、三脚のセットが終わる前に、早速主役が登場(写真)。6031F、6231始め4連です。フィルムも、動画も準備できておらず、少しショックでした。




 これを撮り終えたファンは撤収、残ったのは私一人でした。




Set2b2




 仕方がないので、次を待ちます。




 4000系は多数来ますが、その一つ4004F、4104始め4連です(写真)。




Set2b3




 「鉄ちゃんバー」は、クイックリリースであったのを思いだし、外してみることとしました。




 すると、間もなく先ほどの折り返しが、やって来ます(写真、6031)。「惜別」のヘッドマークは、前後が違います。




Set2b4




 1時間ほど待つと、こちらはまだまだ、6035Fです(写真、6235始め4連)。瀬戸の「お雛祭り」の系統板です。





 その動画です。外観も、音も、まだまだ大丈夫そうな雰囲気です。




Set2b5




 この折り返し、6035です(写真)。こちらの系統板は前後同じですが、瀬戸電での系統板掲示は、多分最後となるでしょう。4000系では、ハッキリ見えませんし。




Set2b6




 そして、一巡し、6031Fが再び戻ってきます(写真、6231)。





 その、動画です。来週の撮影は、多分困難でしょう。




 隣にいたニコンファンに、「標準レンズ、F1.4とF1.8、どっちが良いと思う?」と聞かれ、迷わず「F1.8じゃない?Dfもそうだし。」と答えました。「そうだね、値段も半分だし、」と納得していました。個人的には、D7000以上であれば外部駆動も使えるので、絞り輪付きのF1.8Dが、リバースもベローズも(現在売ってませんが)有用で、マクロもこなすので、一番良いと思うのですが、個人の思い入れだけではいけません。ただF1.4は、50ミリ以外では10万円を超えるので、安くて明るいレンズを選ぶなら、標準F1.4はきっと期待に応えてくれる筈です。




 再び集まったものの、目的を達したファンは解散、私は昨日のもう一つの無念を晴らしに行きます。




Set2b7




 そして昨日同様に、再び三岐鉄道北勢線、めがね橋へ。明るい時間帯に「ナローの女王」に逢うためです。




 4連の編成が、めがね橋から楚原への勾配を登ります(写真)。





 その、動画です。風が強く、「ブレ」と表示されました。



Set2b8




 先日来たときから、少し猿が気になっていましたが、遂にめがね橋の上にまで居座っていました(写真)。再びクイックリリースを外し、「なんちゃってネイチャーフォトグラファー」になります。しかし少し距離があり、300ミリではこの程度でした。勿論”BIGMA”も装備していましたが、取り出してまで写す気はしませんでした。




Set2b9




 そして阿下喜を出た3連が、逆勾配を登ります(写真)。これも、昨日と同じ時間です。





 その、動画です。4連とは長さが違います。




Set2b10




 次の3連ラッピング編成も、同じ時間に通過します(写真)。「もしかして、あれまで、昨日と同じ時間?」という漠然とした不安を感じました。





 これも、動画があります。確かに、違います。




Set2b11




 デジカメは、感度を上げればスピードが確保できますが、フィルムはそうではない。露出補正して増感、も考えましたが、その前に、ズームレンズの焦点距離が気になり、見てみると、何と50ミリ!これは、もう、標準レンズを使うしかない!ラバーフード付きF1.8Dを入れているのは覚えていたので、フィルムカメラは早速交換。絞り開放で測光すると、250分の1秒が確保され、ベルビアではなくプロビア400Xを常用していたことを喜びました。画質、発色は意見のあるところでしょうが、ISO50を増感するよりISO400を増感する方が確実と思われ、今後フィルム現像に注文を出す事前準備もしているのでした。




 そして主役、「ナローの女王」の登場です(写真)。昨日よりは、晴れている分明るいです。しかしこれは、阿下喜行きのテールゲートをロックオンしただけです。





 その、動画です。下り方面、ここでは勾配も下りです。




Set2b12




 折り返しを待つ間、デジカメのVRズームで測光すると、スピードが確保できない。そこでカメラバッグを探すと、何と50ミリF1.4Dが出てきました!早速フィルムカメラはF1.4Dにして、F1.8Dはデジカメへ交換。ISOも800にして、万全の態勢で臨みます。




 そして、一番撮りたい写真を撮ります(写真)。ご覧のとおり、F1.8Dだって、点は点に写っています。「たかが2万円」と笑うこと勿れ。今でこそ2番手メーカーですが、それがあのメーカーのプライドなのです。





 その、上りの動画です。時間的に光量が厳しいですが、こちらは自動感度であったため、こんな感じです。




Set2b13




 撤収を始めますが、メインデジカメは最後に片付けます。そう、それは、間もなく楚原行き違いの列車がやってくるからでした(写真)。これが、「たかが2万円」での画像です。今更ながら、「何と恐ろしいメーカー」と思います。




 これで当面の話題は何とか収束したと思います。来週は、乗り鉄でもしようかと思っています。




 父親に買って貰ったフィルム一眼レフ、それがあのメーカーとの馴れ初めでした。「他社と比べてレンズが高い」と思ったこともありましたが、きちんとガラスで造ると、やはりその程度はかかります。AF化でも、デジタル化でも、最近のフルサイズ化でも、レンズはそのまま移行でき、結果的には正しい選択だったのだなあ、と思います。「1強」の時代も間もなく終わろうとしていますが、「私以外全員同じメーカー」の頃は全面処分も考えましたが、思い留まって良かったと思っています。そうすると、欲しいのは、やっぱり”F”なんですかねえ。




 それでは、次回をお楽しみに。

空振り!#1

Set2a1




 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、最初に瀬戸電を取材しました。




 実は、昨日は仕事を休んで取材したのですが、見事な大三振でした。そのため、帰宅しそのまま布団をかぶって寝て、今朝起きると、既に日は高い。しかもリバーサルを使い果たしてしまったので、先ずはリバーサルを購入し、あまり考えず矢田へ。名鉄瀬戸線矢田川橋梁の袂に辿り着きます。




Set2a2




 一発目は、4109始め4連(4009F)です(写真)。ああ、間もなくこの4000系で、瀬戸電も統一なのですね。本線のお下がりだった時代は、いつのことか。




Set2a3




 続いては、4106始め4連(4006F)です(写真)。




Set2a4




 次は、4101始め4連(4001F)です(写真)。4000系初号車です。




Set2a5




 何人かのファンがいて、情報交換をします。2月2日引退の6031Fの代替車、4016Fは先日納車され、営業運転を待っているとのことですが、その間にもう少し使う予定であった、「まねき猫」のペイントのあった6023Fが車両故障しそのまま廃車、現在編成数が不足している、とのことです。




 今日は4114始め4連(4014F)までは見かけました(写真)。昨年度最終納車の4015Fは確認できませんでした。




Set2a6




 やはり元気な6035F、本当に最後の編成となりました(写真)。単に番号が最後なだけでは無く、検査期限も余裕があり、調子も良さそうです。



 なお、この編成が、4月の「さよなら赤い電車」の運転に使用される予定です。




Set2a7




 今回は、2月2日引退の6031Fの写真が撮りたくて行ったのですが、後から来たファンが、「今日は1編成のみ」と聞いた、とのことで、今日は入庫したらしいことを確認、結局4004Fを撮って、断念しました(写真)。



 今日は空振り、これは改めて取材が必要なようです。今後にご期待ください。




Set2a8




 そして行ったのは、三岐鉄道北勢線。例の場所で、例の写真を撮りたい。そのため、見込みの無い瀬戸線を断念し、やって来ました。




 先ずは、施設の観察から。先日も撮った、「ねじり橋」です(写真)。水路を斜めに渡るためにブロックを「ねじりまんぼ」で積み、上手く渡っています。




Set2a9




 その、南西側にある、「土木遺産」のプレート(写真)。設置は「文化庁」ではなく、「土木学会」の誤りでした。




Set2a10




 同じく、「めがね橋」です(写真)。3連のアーチ橋です。




Set2a11




 これも、「土木学会」認定のプレートがあります(写真)。しかし、間近では撮影できず、標準ズーム最大望遠で撮影。粘性のある草の種が多数付き、脛がチクチクしました。




Set2a12




 そして、カメラを三脚に固定。間もなく、3連の編成が西桑名に向け通過します(写真)。北勢線は、全編成阿下喜側1両のみ電動車、経済編成ですが、空転しやすいときは楚原付近の逆勾配が心配です。




Set2a13




 続いて、3連ラッピング編成が通過(写真)。下り通過から約40分で戻ってきます。




Set2a14




 次は、4連が通過します(写真)。この編成も、阿下喜側1両のみ電動車です。




Set2a15




 かつて三重交通湯の山線で「ナローの女王」と呼ばれた連接車100系は、同線が改軌されたことにより北勢線に移動、後に電装を外され、201は運転台を貫通路に改造され、電動車を連結しました。その編成が、三重交通塗色に復元された、というのが、現在北勢線最大の話題です。春には連結した電動車も塗り直すそうですが、現在は100系のみが復元塗色です。



 その、楚原からの勾配を下る姿(写真)。こちらが正面、と言う嘘はつけません。




Set2a16




 その折り返しを待っているうちに日没、撮影に必要な光量がなくなってきました。露出補正や感度変更する方法もありましたが、結局それをせず、こんな写真になってしまいました(写真)。これも、完全な失敗、再挑戦が必要です。




 ダメ写真のオンパレードで、恥ずかしい気もしますが、事実はこうです。再度、挑戦したいと思います。でも、昨日は本当に大失敗だったもんなあ!投稿するかどうか、考えておきます。




 それでは、次回をお楽しみに。

長い昼#3

Set14a1




 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、名鉄を取材しました。




 昨日は午前3時に起き、午前4時には行列していました。しかし、どうやって来たのか、その時点で既に約20人の列になっていたのは、ツイッターでも既報です。そこまでして手に入れたかった第一の物は、いずれ投稿という形で明らかにするとして、第二の物は、抽選籤付きフリー乗車券でした。早速購入後に使いたかったのですが、移動司令室があったので、それから帰宅して再度出発、というのもあまり現実的では無く、結果昨日の取材となりました。




 そして今日の出発、となったのですが、昨晩は未明まで投稿に時間を費やし、結果今朝はどうやっても起動せず、日が高くなってから出発しました。




 先ず向かったのは、栄町。フリー乗車券を磁気券に引き換えると、電車カードが貰えます。それが、今日のツアーの最大の目的です。今回は、瀬戸線有人10駅にて配布されています。




 そしてホームに降りると、4000系4008始め4連が、出発を待っています(写真)。




Set14a2




 続いて東大手で下車、次に大曽根で降りると、ホームでカメラを構えるファンがいます。見ていると、2月に引退する6031Fが、やって来ます(写真)。瀬戸線6000系では、最後から2番目となる編成です。




Set14a3




 栄町側の系統板(写真)。2月2日の撮影会が最後のようです。




Set14a4




 尾張瀬戸側の系統板(写真)。名残を惜しんでいます。




Set14a5




 続いて小幡で降り、隣駅喜多山へ。元は検車区のあった同駅、1番線先には保線練習用か、保線機械留置用か、それとも過去の車庫線か、途切れた線路跡が残ります(写真)。




Set14a6




 2番線向こう側には、かつての検車区跡が広がります(写真)。2両編成の時代は良かったのですが、4連化で手狭となり、経緯はあるものの、最終的には尾張旭検車区移転となりました。手前の架線柱は鉄骨を組んだ支柱、コンクリート柱では無く、「お堀電車」時代からのものと思われます。




Set14a7




 3番線先にある、出区時の標語の看板(写真)。どんなことでも、「基本に忠実」は鉄則です。




 現在喜多山近辺は、高架化が計画されています。小幡~喜多山間には、幹線道路である瀬戸街道を横断する踏切があり、これが道路交通を支障するためです。検車区移転はその第一歩、高架化完成の暁には、これら「お堀電車」時代の痕跡は、全て消滅する運命にあります。




Set14a8




 そして大森・金城学院前、尾張旭、三郷、新瀬戸と下車し、終点尾張瀬戸へ(写真)。カード集めの終点でもあります。




 駅改札横に置かれたスタンプに、重要なことを思い出します。「そうだ、フリーきっぷには、スタンプ押印欄があったんだ!」取り敢えず手元の券片には押し、仕方が無いので、もう一方の栄町に戻ることとしました。




Set14a9




 そして、喜多山でもう一度降り、再び赤い電車に乗ります(写真)。6035F、今年4月の「さよなら赤い電車」運転に使用される予定の編成です。




 そして栄町まで戻り、再び大曽根まで行きます。




Set14a10




 取り敢えず今日の目的は達したので、次なる目的を探しに、大曽根から地下鉄に乗り、平安通で乗り換え、行ったのは上飯田。かつて名鉄小牧線の終点がここにあり、小牧方面の旅客はここから徒歩で平安通を目指すか、バスで目的地へ行くしかありませんでした。しかしそれでは不便とのことで、一駅手前の味鋺から地下化し、上飯田から平安通まで連絡するいわゆる「上飯田連絡線」が計画され、結果世界最短でギネスにも載っている、「地下鉄上飯田線」が建設されました。



 そこで、地下化された後の旧「上飯田」駅がどうなったか興味があったので、上飯田で下車しました。




 旧駅跡は、UR住宅と一体の「名鉄上飯田ビル」であり、旧来の駅出入口目の前に、現在の地下駅入口が設置されています(写真)。




Set14a11




 旧駅は、先ほどの出入口を登った2階にあったようで、駅への通路は塞がれていました。その、外からの様子(写真)。確かに、コンクリート板で封鎖されています。




Set14a12




 その先の線路跡(写真)。現在は、駐車場となり、痕跡は残っていません。




 この少し先には矢田川、庄内川があり、橋梁から上飯田側からの地下化は困難であったため、結果手前の味鋺から地下化され、現在の姿となっています。




 現在名鉄小牧線は名鉄300系、及び名古屋市7000系のみが使用され、現在の所は名鉄最新の路線ですが、この地位は間もなく、瀬戸線に譲られます。




Set14a13




 小牧線を、小牧で下車。それは、このループを見るため(写真)。これは、新交通システム桃花台線、通称「ピーチライナー」(廃止)の路線跡です。ピーチライナーは、出庫時を除き進行方向が一方向であり、結果このようなループ線になっています。




Set14a14




 駅跡(写真)。現在も、撤去できずに残っています。




 多分桃花台ニュータウンは、バスや自家用車でも時間に間に合う所なのでしょう。




Set14a15




 乗ってきたのは名鉄300系、311始め4連です(写真、犬山での撮影)。名古屋市7000系は、通常は午前中にしか走りません。




Set14a16




 地下鉄鶴舞線乗入用車両100系、212始め6連が、犬山駅側線で待機します(写真)。名古屋市はチョッパ制御車3000系を廃車しN3000系を導入、一方名鉄は同時期製造の100系を全VVVF化改造、抵抗制御車は改造を終えています。続いて界磁添加励磁制御車も改造するのか、興味があります。




Set14a17




 そして犬山からは迷いましたが、知多半島方面の列車が次に来たので、結局河和に行きました(写真、左6524F、右1113F)。もう少し行きたいなあ、内海も行きたいなあ、とは思ったものの、出発が遅く、日没に間に合う見込みが無かったために、断念。そして帰宅しました。




 名鉄瀬戸線は、間もなく名鉄最新の路線となります。全VVVF、ステンレスボディの4000系で統一です。しかし、それは一方旧式車の引退、ということでもあります。今のうちに、しっかり記録していきたいと思います。




 それでは、次回をお楽しみに。

長い昼#2


Yok1b1




 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、三岐鉄道です。




 内部を発った私は、JR富田へ。駅西側にはJR駅舎、東側には三岐鉄道本社等があり、旧来は三岐鉄道の起点、昔は旅客もあり、現在も旅客ホームが残ります。駅では、ED455とED451の重連が、フライアッシュ運搬用タキの、入換を行っていました(写真)。三岐鉄道も、今後石灰石ピストン輸送を行うのか。




Yok1b2




 続いて、保々の検車区では、電車、機関車が多数留置されていましたが、ED5081が、運転席窓をベニヤ板で塞ぎ留置されます(写真)。未だ竣工しないのか。




Yok1b3




 続いて、大安駅近くの公園には、ED22 2が保存されます(写真)。保存状態が悪く、今後が心配されます。




Yok1b4




 次は、丹生川へ。駅前には、タム8000(過酸化水素水用アルミタンク車)、と、無蓋車ト15が保存されます(写真)。




Yok1b5




 同駅には、「貨物鉄道博物館」があります。開館は毎月第1日曜日(1月は第2日曜日)、多くの資料があります。倉庫であった同館横には、車両が多数保存されます。一番前は、39(B4)です(写真)。無蓋車、有蓋車が続きます。




Yok1b6




 有蓋緩急車ワフの横の修繕スペースでは、元日本石油輸送のタンク貨車が、塗装修繕中でした(写真)。赤いのは、下地の錆止めです。




Yok1b7




 そして色々な貨車がありますが省略し、保存車最大の大物車、シキ160です(写真)。大物車は運搬方式により、ABCD4つの形態があります。




Yok1b8




 続いて伊勢治田へ行ったのですが、保留車が並んだ大ヤードは整理され、一部線路が剥がされています。




 続いて東藤原へ。大口荷主である、太平洋セメントの工場がある駅です。駅前には記念の貨車が保存されますが、それはさておき、同駅にはヤードがあり、セメントタキを牽くED45の横に、相方が竣工しないED5082が、スノープラウを装備し停まります(写真)。




Yok1b9




 西藤原には、今日もSL102、三岐通運スイッチャー、いぶき502が保存されます(写真)。




Yok1b10




 そして、三岐鉄道北勢線へ。阿下喜には、元は北勢線、後に内部・八王子線に移転、廃車後保存されていた226が、美しく補修され保存されます(写真)。




Yok1b11




 そして、北勢線の土木遺産、「ねじり橋」へ(写真)。「ねじりまんぼ」でブロックが積まれた同橋、左下には、文化庁のプレートも設置されています。




Yok1b12




 その近くの「めがね橋」へ(写真)。こちらも、右下にプレートが確認できます。




Yok1b13




 間もなく、北勢線4連上り列車が通過します(写真)。




Yok1b14




 楚原行き違いの、北勢線3連下り列車が通過します(写真)。




 先日来たときは、あまりにも簡単に「三重交通」色の100系(通称「ナローの女王」)を見かけたので、今日も簡単かと思っていましたが、残念ながら日没、帰途に就きました。




 最後で、「三重交通」色に出くわさず、残念でした。それ以外は目的を達成し、まあ満足です。また、めがね橋で腰を据え、じっくり撮影したいと思います。




 四日市近辺も、ネタは多いです。皆さんも、どうでしょうか。




 それでは、次回をお楽しみに。

長い昼#1

Yok1a1




 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、四日市近辺を取材しました。




 今後の取材の準備で、撮影会参加権を得るために切符の購入が必要であり、その購入のため午前3時に起き、愛車で市街地へ。駐車場代は勿体ないですが、初電前で交通機関が無く、タクシーよりは安いと決意し、行きました。結果権利を確保し、更に抽選券付きフリーきっぷを購入。当たって欲しいですねえ!




 そして車には事前に機材が積まれており、きっぷ購入後に出発。車ということで、あまり考えず、四日市の末広可動橋へ(写真)。休日は全日降りていると聞いていましたが、今日は上がっていました。




Yok1a2




 間もなく列車の時間、という頃に、JR貨物社員が自転車でやって来て、ブザーと共に可動橋を動かします。ゆっくり動かし、鉄道橋が架かります(写真)。準備完了です。しかし、以前は柵が無く自由に撮影できましたが、今は壁に金網で、撮影位置が限定されます。危険な撮影があったのでしょうか、予防では仕方ない。





 可動橋降下の動画です。サイレント共に降下、反対側のバランサーは上がっていきます。




Yok1a3




 間もなく、更新色のDD51 893牽引のセメントタンク貨物列車が、定刻でやって来ます(写真)。デッキには社員が乗り、前方を監視します。





 貨物列車通過の動画です。通過の様子が分かります。




Yok1a4




 そして踏切を渡り、編成は一旦停止。DD51は切り離され、機回しされます(写真)。そして、入線した方向に戻り、一旦停止します。




Yok1a5




 間もなく、入換機DD452牽引の、空のセメントタンク貨物列車が、やって来ます(写真)。返空回送です。




Yok1a6




 そして、DD51が反対側に連結され、来た道を戻ります(写真)。行き先は、JR富田です。




Yok1a7




 DD452は、返空回送の貨物列車が出た後機回しされ、先ほどの貨車に連結、四日市港の工場に牽引します(写真)。これが一連の運転で、日に4回行われます。ただ、末広可動橋の向きから、撮影は午前中に限られます。





 そして橋は跳ね上げられ、船の通行が出来るようになります。その動画です。




Yok1a8




 四日市港に続いて行ったのは、塩浜。近鉄塩浜駅の横は、JR貨物塩浜線塩浜貨物駅です(写真)。石油タンク車の編成はありますが、牽引機の姿はありませんでした。




Yok1a9




 続いて、南四日市へ。南四日市も貨物列車が来ます。側線にはコンテナ貨車と、左DB25、右DB20のスイッチャーが停まります(写真)。移動はありません。




Yok1a10




 次は、近鉄内部線泊へ。着くと、ちょうどその時に行き違い、結果30分待ちに。そして狙った行き違い(写真)。左265始め3連、右261始め3連が行き違います。




Yok1a11




 そして、その終点内部へ。近鉄四日市側からの眺め(写真)。左263始め3連、右261が入庫、駅ホームには編成が入っていますが、ここからでは見えません。




 この後、終点側に初めて行き、あんな場所があるということを覚え、次の場所へ行きました。しかし、ここからの続きは長く、ここで前半を終えたいと思います。




 それでは、次回をお楽しみに。

雪見の筈が#2

Hok2b1




 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今日は、昨日の続きです。




 昨日の失敗を引きずり、今朝も起きます。見ると、街は真っ白。そうです、雪です。しかし、残念ながら綿帽子程度、一番の期待は、今回達成できません。




Hok2b2




 そして向かった、昨日のポイント。昨日の失敗を取り戻すべく構えますが、16011始め2連が、通過します。またしても、悪夢のスローモーションでした。




 気を取り直し、構えます。14768始め2連、新地鉄塗色です(写真)。




Hok2b3




 元東急、17484始め2連です(写真)。





 その動画です。雪の中を、走ります。




Hok2b4




 14774始め2連、地鉄旧塗色です(写真)。




Hok2b5




 続いて、上り運用、10034始め3連、「ダブルデッカーエクスプレス」です(写真)。京阪時代の「特急」ヘッドマークも、しっかり入っています。




Hok2b6




 そう、昨日の激しい雨の中、撮影を強行したのは、すべてこのため、「アルプスエクスプレス」のためでした(写真)。結局、昨日と同じ運用に就いているところを撮りました。





 その動画があります。こちらは、バッチリです。




 そしてフィルムカメラの予備ズームのズームリングを動かすと、またおかしい。昨日の雨が原因で、2本目のレンズまで壊れてしまいました。光学トップメーカーは大きなレンズを造りますが、それとは反対の方向性を持ったレンズメーカー製で、軽量・小型・空力的洗練が施されており私は好きなのですが、「虚仮威し」が好きな人には売れず、結果会社の方針を曲げたのは気の毒。修理もしますので、よろしくお願いします。




 間もなく雪は止み、晴れてきました。時間的には早かったので、もう少し寄り道して行こうかとも思ったのですが、ショートカットして帰っても帰宅は日没に間に合わず、結果現在投稿中です。やはり、北陸は遠いのだなあ、と改めて思いました。




 それでは、次回をお楽しみに。

雪見の筈が#1

Hok2a1




 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の"Tetsu”をお届けします。今回は、北陸方面へ来ています。




Hok2a2




 昨日は投稿しませんでしたが、それは、この写真のため(写真)。ポイントまで決めて行ったものの、釣果は長野色115系数本のみ。とてもブログネタにはならないので、その日はそのまま布団に入って寝ました。




Hok2a3




 そして気を取り直し、今朝は富山へ。富山地方鉄道立山線の、いくつかある常願寺川橋梁の一つ(写真)。鉄骨を組んだアーチ橋です。長時間車を停めるには安心できず、結果列車が来るまでは待てませんでした。




Hok2a4




 続いて立山駅手前の、ガーダー橋(写真)。10037及び10038の、地鉄色の編成が富山を目指し山を下ります。




Hok2a5




 続いては、普通運用に就く16011及び16012の2連が、立山を目指し登ってきます(写真)。見てのとおり元西武「レッドアロー」、2編成6両が地鉄に入線、中間電動車の付随化、先頭付随車の電動化で、2連でも3連でも運用できるように改造されました。




Hok2a6




 そして山を下り、地鉄本線の常願寺川橋梁へ行きます。もう1つの「レッドアロー」、現「アルペンエクスプレス」が悪夢のように過ぎ去り、少し残念でした。




 気を取り直し、カメラを用意します。三脚を組む間に、地鉄オリジナルの車両、右手前172、左奥14722(14720系)が行き過ぎます(写真)。頭の「14」は、モーターが140PS(100kW)、つまり172は付随車です。伝統の地鉄塗色を纏います。





 折り返しですが、同編成の動画です。まだ、生きています。




Hok2a7




 昨年東急から入線した、17482始め2連が、立山を目指し走ります(写真)。地鉄も、随分長く車両の新製はしていないですね。




Hok2a8




 10038始め2連、普通宇奈月行きです(写真)。元京阪特急、地鉄色にほとんどが塗り替えられています。




Hok2a9




 東急2編成目、17484始め2連、普通上市行きです(写真)。




Hok2a10




 先ほどの16011始め2連が、寺田経由で富山を目指します(写真)。




Hok2a11




 昨年も京阪特急色の10030系を写しましたが、その後京阪で引退したダブルデッカー車を譲受し改軌、サハ31として地鉄入線、中間に挿入し「ダブルデッカーエクスプレス」として運用に就きます(写真)。サハ31にはアテンダントがいて、座席は有料です。今地鉄での最大の話題です。





 その、動画です。こちらは、まだまだこれからです。




Hok2a12




 14760系、14762(右手前)14761(左奥)です(写真)。




Hok2a13




 新塗色の、14767及び14768が行き過ぎます(写真)。




Hok2a14




 雨が強くなってきたので、一旦撤収。しかし、取り損ねの失敗を取り戻すべく、再度外に出ます。




 さきほどの悪夢、「アルプスエクスプレス」、上り特急が行き過ぎます(写真)。後向きになっています。いわゆる「水戸岡デザイン」の一つです。




 再び、雨は小止みになってきました。




Hok2a15




 先ほどの「ダブルデッカーエクスプレス」が、宇奈月から戻ってきます(写真)。こちらも、後向きです。




Hok2a16




 10030系最初の編成、10032及び10031が行き過ぎます(写真)。




 この後、再び雨が強くなり、レインカバーが原因でフィルムカメラ用レンズ(VRではなくVC)を破損し、代用のレンズも使用しましたが、止む気配も無く、どうしようも無かったので、やむなくここで断念しました。




Hok2a17




 今日の最後に、途中気になった岩峅寺近くの、公園のような場所へ行きました。見ると「雄山神社」と書かれ、その駐車場になっています。その前には、地鉄の不二越・上滝線が走り、鳥居の方向には踏切もあります。



 その向こうは、不二越・上滝線の常願寺川橋梁があります(写真)。こちらはトラス橋です。




 今回は、雪の写真を撮りに来たのに、これは何だ、雨の写真になってしまいました。雪とくれば、撮りたいのはあの写真だと、分かる方は分かると思いますが、まだ雪は少なく、残念でした。今後暫くは、雪見を目指し頑張りたいのですが、早くても、大学入試センター試験前日まで駄目なのか。でも、それって、金曜日ですよね?仕事休んだら、何て言われるんですかねえ?




 明日は、今日の続きの予定ですが、雨は止むでしょうか(雪なら、問題ないんですけど)?




 それでは、次回をお楽しみに。

新春早々#4

Kin14c1




 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、近鉄取材3日目です。




 昨日は南大阪線を丹念に潰したため、賢島が駆け足になってしまいました。結果伊勢方面で残したのは、やはり宇治山田。大阪上本町から、近鉄の前身「大阪電気軌道」の子会社「参宮急行電鉄」が、終点として選んだ場所で、神都の玄関口にふさわしい建物とすべく、駅舎が建設されました(写真)。フルサイズ14ミリ程度、APS-Cでは10ミリが必要です。復活成った12ミリの画像です(純正の規格では許せない画像かもしれませんが)。




Kin14c2




 そのとおり、駅の中には文化庁認定「登録有形文化財」のプレートがあります(写真)。歴史的建築物です。




 今朝の出発は遅く、結果この写真を撮るために午前中が潰れ、確かに勿体ない時間の使い方でした。




Kin14c3




 そして当初の予定分が始まります。伊勢若松には、写真のような標柱が(写真)。いわゆる「0キロポスト」、鈴鹿線の起点です。




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 暫くしてから、鈴鹿線電車がやって来ました(写真)。平田町行きです。




 先回来たときは20分パターンだった気がします。そのために2編成使用で、鈴鹿市で行き違った記憶がありますが、今日は30分パターンで、1編成が行ったり来たりでした。




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 そして、他の編成と行き違うこと無く、終点平田町へ(写真)。5分と停車せず、慌ただしく折り返します。私も午前中のロスが気になり、出発を見送り次の列車で帰る、という余裕もありませんでした。結果、そのまま伊勢若松まで戻りました。




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 伊勢若松から普通で移動、近鉄四日市へ。階段を降り、改札を出て、通路を上下し、9、10番線改札に来ました。改札を通ると、間もなく八王子線西日野行きがやって来ました(写真)。内部・八王子線の軌間は762ミリ、特殊狭軌です。それもその筈、元は軽便鉄道として開通し、会社の分合を繰り返し、結果現在は近鉄です。




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 そして、3駅で終点西日野へ(写真)。旧来は、その名の通り四日市市八王子町まで走っていたそうですが、水害に遭い、結果西日野の先は廃止となりました。




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 ATS地上子は、通常の軌間ではレールの間に入っていますが、同線は軌間が狭いため、レールの下り右手方向(山側)に設置されています(写真)。車上子も、それに相当する位置にあるのが分かります。




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 一駅戻り、日永は、内部線と八王子線の分岐点。今度は内部線に乗るべく、乗り換えます。かつてはホームが4つあり、両線が同時に行き違い可能な構造になっていたようですが、八王子線のホームは現在一つ廃止されています。




 間もなく、161始め3連がやって来ます(写真)。




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 日永から2つ先、泊は、行き違い可能駅。丁度263始め3連が、反対ホームに入線します(写真)。




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 そして、終点内部が近づくと、線路の数が増えてきます。右手には、265始め3連が入庫しています(写真)。




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 左手には、264他が留置されています(写真)。




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 それもその筈、内部には特殊狭軌線の車庫があります(写真)。位置づけは、富吉検車区の支所という形です。ここが、近鉄特殊狭軌線の心臓部でした。




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 内部駅(写真)。この左側に、内部車庫があります。




 この特殊狭軌線、近鉄としては廃止したい意向があるらしく、地元四日市市と協議していたそうで、BRT等も提案したそうですが、地元が強く鉄道として維持して欲しいとの意向で、地元所有、近鉄運営という形で、上下を分離し残ることとなった、と近鉄HPに載っていました。確かにバス専用道の方が速いのは分かりますが、やはり整備困難でも、冷房をつける電気容量も無いとしても、このレールを維持して欲しい、とは思います。まあ、経済原則に反してまで維持してくれ、とも言えませんが。だから、是非、皆さんも乗りに来てください。




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 そして近鉄四日市に戻り、湯の山線へ(写真)。ワンマン3連は、鈴鹿線と共通運用です。




 湯の山線も元は特殊狭軌でしたが、特急の直通が計画され、改軌、現在に至ります。正直、特急に乗るには少々近い感じもあり、一時全廃になりましたが、現在は夏休み期間の週末に、1日1往復、特別なサービス付きで運転されます。




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 桜~菰野間に、写真のような分岐があります(写真)。保線施設のようでもありますが、線路の分岐の向きから考えると、ブレーキ故障時の衝突防止の待避線のように思われます。現在も使われているかどうかは、不明です。




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 そして終点、近鉄湯の山温泉へ。終端は2面2線、2番線は特急が主に使います。




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 それは、2番線側には、特急電車用の引上線があるからです(写真)。現在も使う運用があるかどうかは知りませんが、使用は可能なようです。



 そして、近鉄四日市に戻り、帰宅しました。




 昔なら、伊賀線や養老線も行かないと完乗にはなりませんが、今は何れも「伊賀鉄道」「養老鉄道」と独立した第三セクターであり、勿論これらの路線は近鉄のフリーパスでは乗車できません。結果、近鉄の支線は完乗しました。ただ、個別ネタでは随分取りこぼしがあり、完全だとは思っていません。また、次回の乗車の機会があることを期待しています。




 それでは、次回をお楽しみに。

新春早々#3

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、近鉄遠征二日目です。




 今朝も滞在先を発ち、ICカードをかざすと、改札が通れません。見て貰うと、昨日の近鉄乗換改札での入場がそのままとのこと。ここでは直せない、とのことで、その区間は現金で乗り、阿倍野へ。近鉄の駅員に取り消して貰い、事なきを得ました。




 JRは天王寺、その前には近鉄「阿部野橋」駅があります。近鉄南大阪線の起点です。丁度「さくらライナー」が行ってしまい、ああ残念、と思ったら、その30分後の、次の特急も「さくらライナー」で、ラッキー!(写真、26401始め4連)




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 その吉野側の先頭(写真、26101)。昔はグリーンのグラデーションでしたが、今はピンクのグラデーションになっています。また、1両がDXシート車になりました。しかし、これを撮っている間に準急が1本行ってしまい、これが後々に大きく響きました。




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 準急に乗り、道明寺にて下車。目的の列車が来ないなあ、と思っているうちに、先ほどの「さくらライナー」が、吉野に向け通過します(写真)。




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 道明寺で降りたのは、道明寺線に乗るため。同駅で約20分待ちました。道明寺線は、JR関西本線柏原と道明寺を繋ぐ路線で、南大阪線のルーツにあたる路線であり、一番最初に建設された路線です。そのため、柏原~河内長野間がほとんど直線なのに、阿部野橋、橿原神宮前方面の路線は急カーブを描くのです。




 道明寺線、今日は6525始め2連の、ワンマン運転でした(写真、柏原での撮影)。




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 準急は10分おき、橿原神宮前行きや古市行きもありますが、3分の2は河内長野行き。次の目的地は、長野線です。




 古市では、南側は3つに分岐(写真)。左が南大阪線本線、中央が長野線、右が古市車庫に続く線路で、この方向は堺の方向、堺方面への計画線の痕跡だとする説もあります。




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 長野線終点、河内長野は、南海高野線との接続駅、昨年は特急「こうや」の入ったベストショットが撮れましたが、今年はステンレスの普通列車でした(写真)。近鉄の駅は、元は1面2線の駅だったようですが、1線を潰しエレベーターを設置、事実上1面1線です。




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 再び古市へ。列車を待っていると、本線の”ACE”のような特急列車が通過します(写真)。形式は22000系では無く、狭軌形16400系、本線の特急の進化と一致しています。




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 次の乗換駅「尺土」へ急行で行きたいのですが、ワンマン普通の方が早いとのことで、乗りました。




 尺土では普通は待避、急行が発車してから発車します。その普通の後に、御所線普通が入線、ここもタイムロスが大きかったです。




 そして終点、御所へ(写真)。葛城山ロープウェイ行きのバスも、この駅から出ています。駅が終端では無くスルーする形なのは、ここから五条へ延長し、国鉄の未成線「五新線」に繋ぐためだとする説もあります。近鉄系と南海系の争いの後、未成線を専用道路として利用するバスは、近鉄系の奈良交通が走らせていますが、今では一日数往復、風前の灯火です。




 再び尺土へ戻ります。阿倍野方面への乗り継ぎに便利なようにホームに入るため、ひねくれ者は階段を駈けます。ただし、上下ホームとも上りエスカレーターはありました。




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 そして、急行に乗車。橿原神宮前で初詣客は降り、客席が空きます。ここからは南大阪線では無く、吉野線です。




 待っていると、先ほど道明寺で見た悪夢、オレンジの電車がやって来ます(写真)。6136始め4連、「ラビットカー」塗色です。



 「ラビットカー」は、南大阪線での優等列車の時分確保のため導入された、一般列車用の高加減速車です。現在、養老鉄道(旧「近鉄養老線」)にも残り、こちらにもその塗色の電車があります。南大阪線系列にも1編成4両復刻され、今日は急行運用に就いていたのでした!細かな遅れが、こんなに響くとは!元は朝寝坊が原因ですが。




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 更に、壷阪山では、本線22600系”Ace”に相当する16600系2+2連と行き違い、GPSの調整をする合間で、大失敗。今日は本当にツキがありません。




 六田では、16000系最終編成、16109始め2連と行き違います(写真)。貫通幌剥き出し、特急シンボルも以前の形で、行先は窓に表示しています(通常は、阿部野橋と吉野のどちらかしか無いのですが)。




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 そして大和上市を過ぎると、吉野川を渡ります(写真、吉野川橋梁)。渡れば吉野神宮、終点吉野も間もなくです。




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 そして終点、吉野に到着(写真、6047始め4連)。




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 吉野駅(写真)。花見の時期には、賑わう場所です。土産物店も、多数並びます。




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 続いてやって来たのは、「さくらライナー」です(写真、16102始め4連)。帰りは、これに乗車しました。




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 吉野口で、16010系16011始め2連が行き違います(写真)。16010系は1系列1編成2両の系列、貫通幌にカバーが付いています。




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 26402の運転台後のデッキ(写真)。ガラス張りの運転台、前面展望を楽しめるよう、ベンチが設置されています。




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 そして吉野から橿原神宮前、大和八木と特急を乗り継ぎ、八木から賢島行き特急に乗りました。




 途中を省略し、賢島へ(写真)。12200系4連+22000系2連でした。




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 そのまま帰途に、と思ったのですが、伊勢神宮初詣で特急は混雑、直近は満席とのことで、直通ですが40分待つ特急で帰りました(写真、30263始め4+2+2連)。しかし喫煙車で、燻製になってしまいました。




 そして今日は帰宅しました。




 明日は、再度自宅から出撃ですが、また寝坊しそうです。仕事もあるのですから、生活リズムは、きちんと管理しましょう。




 それでは、次回をお楽しみに。

新春早々#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の"Tetsu”をお届けします。今回は、「新春全線フリーパス」を使用し、近鉄を取材しています。




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 昨日の反省もあり、今朝は早めに行動します。その結果、特急にも乗らずに伊勢中川まで行き、対向ホームで急行上本町行きに接続(写真、大和八木での撮影)。朝から、上々です。そして大和八木の階段を降ります。




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 地平の橿原線ホームに、12410系+22600系特急が入線します(写真)。橿原神宮前行き、吉野接続と出ています。




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 私は、1262他6連、急行京都行きに乗車します(写真)。車両限界は今は同じですが、車両運用は大和西大寺を通る系統と通らない系統に、今も分かれます。




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 向こうからは3122始め6連、急行奈良行きがやって来ます(写真)。いわゆる「シリーズ21」、しかし近鉄は車両総数が多いので、まだまだ少数派です。




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 途中駅で、明らかにデザインの違う車両が(写真)。京都市交通局1000系1101始め6連(初号車)、地下鉄烏丸線車両で、サイリスタチョッパ車、アルミ無塗装梨子状処理といい、営団(現「東京メトロ」)6000系の影響を受けています。製造は同じ川崎重工か。




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 近鉄側の京都市乗り入れ用車両は当初3000系の予定でしたが、建設の遅れから3100系に変わってしまいました。3000系は結果6両の小所帯となり、他系列併結不可で使い勝手が悪く、結果全廃となりました。乗り入れ車両3100系の竹田での停止中、右3103始め6連の左に、3101始め6連が姿を見せています(写真)。




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 そして京都で大好物を買い、再び戻ります。丹波橋は近鉄京都線の前身奈良電と、京阪電鉄の接続駅で、軌間(1,435ミリ)も架線電圧(600V)も同じで、乗り入れが可能でした。その、渡り線跡(写真)。緩やかなスロープになっています。




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 そして、西大寺、平端を経由し天理へ。天理は、地平が近鉄天理線、2階がJR桜井線の駅になっています。駅の南西方にはD51 691が保存されています(写真)。「昭15 鷹工」(昭和15年鷹取工場)とプレートが入っています。なお、反対側は白い金網の向こうで、どちらも撮影にはイマイチです。




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 そして、再び平端で乗り換え、田原本へ。田原本から少し歩き、田原本線西田原本へ。元々は別の鉄道会社であったことから、長く乗換は不便でしたが、両駅間を広場にして、接続が便利になるよう改良がなされました(写真、西田原本からの眺め、奥が橿原線田原本)。田原本線は昔、別の鉄道会社であり、ここから更に桜井方面に伸びていましたが、会社の分合で近鉄になり、西田原本以南は廃止されました。そのため、この位置関係になっています。




 そして新王寺に行き、徒歩で生駒線王寺に行きます。地元は両駅の一体化を期待していたようですが、当の近鉄が興味なかったらしく、結果駅前広場もそのまま造ってしまいました。国鉄、JR関西本線も接続し、桜井線も分岐する王寺には機関区があったらしく、D51 895が保存されますが、車内からは撮影に失敗し、時間が無く撮りにも行きませんでした。




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 そして生駒線を生駒へ行き、奈良線を1駅、東生駒に行きます。「けいはんな線」が「東大阪線」であった頃、車庫は東生駒駅前に造られました。左7000系7105始め6連、右7020系7122始め6連です(写真)。




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 これらの車両も、五位堂検修車庫で検車します。軌間は同じ1,435ミリですが、電気方式が大阪市営地下鉄中央線と同じ第三軌条750Vで、本線を自力では走行できないため、ここから電動貨車モトが牽引します。その、渡り線(写真)。手前が東生駒の下りの停車線、一つ左が通過本線、右に引き上げ線が分岐、合流から斜めに進む先が「けいはんな線」、ここを通り本線に入ります。




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 その西側には、軌陸車2台、モーターカーが停まります(写真)。保線用車両です。




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 生駒に戻り、中間改札を抜けると、「けいはんな線」です。丁度7000系初号車7601始め6連が、コスモスクエアに向け発車しました(写真)。




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 日本初の鉄道用VVVF制御車である大阪市20系に乗り(初の実用VVVF車は熊本市電)、学研奈良登美ヶ丘に行きます。最終的には京都線高の原に接続させる計画だそうですが、今のところはここに車止めがあります。




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 けいはんな線延長で、生駒車庫に続く車庫として、登美ヶ丘少し手前に電留線があり、将来の需要増に備えています。7000系7604始め6連、他が停まっています(写真)。




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 そして生駒まで戻り、再び中間改札を通り奈良線、そのまま今日の滞在先に向かおうとも思いましたが、まだもう少し日照がある。そこで、布施で降り、階下の大阪線で山本、そこから2駅、信貴山口へ。信貴山ケーブルカーです(写真、8「しょううん」)寅年の時に、この塗装になりました。




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 そしてお迎えは、1431始め2連でした(写真)。




 ここで日没、今日の滞在先に向かいました。




 まだまだ三が日で、正月の気分です。しかし、今年は本当に休みが長くて、良い感じです。しかしそうすると、明けてからの仕事は大変なのか。少しずつ、準備していきたいと思います。




 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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