(続)春の訪れ

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は昨日の続き、飯田線からです。




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 昨日の遺漏は、先ずは湯谷温泉から。湯谷温泉駅舎は、それ自体元は温泉旅館であった建物です(写真)。木造二階建て、現在旅館部分は閉鎖されています。




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 続いては、鳳来寺鉄道と三信鉄道の接続駅、三河川合です。同駅には多分バラストでしょう、積み込みのためのホッパがあります(写真)。現在は線路が無く、稼働していません。




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 そして、東栄へ。「花祭り」の、鬼の意匠の駅です(写真)。




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 そして、大嵐へ。東京駅をモチーフとした駅舎(写真)、しかし正面からの姿は(当然)見えません。




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 その次が、小和田です。古い木造の駅舎が建ちます(写真)。




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 駅名標(写真)。皇太子妃の旧姓と同じ字であることから、「恋成就の駅」とされます。私は、信じません。




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 同駅は、愛知・静岡・長野の三県の県境に位置します(写真)。すぐそばまで佐久間ダムの貯水池が迫り、現在駅周辺には1軒しか家が無いそうです。




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 次は、中井侍です。(写真)。




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 ここには舗装された道が通じており、車も到達可能なようです(写真)。少し、秘境度は下がります。




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 そして、鶯巣へ(写真)。豊橋方トンネル西方に線路が続いており、ここにかつての駅ホームと思われる構造物があります。路線付け替えで駅が移動したようです。駅に咲く桜が美しいです。




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 間もなく平岡、という所で、線路西側に鉄橋が見えてきます(写真)。路線付け替えで放棄された、旧線の橋梁のようです。




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 平岡を過ぎ、為栗へ(写真)。




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 駅周辺には吊り橋がありますが(写真)、他は何も無く、車では渡れない橋で、他の交通機関ではアプローチが不可能と思われます。




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 続いて、田本へ(写真)。




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 ここはホームギリギリまで斜面が迫り、建設当時処理しなかった転石が、今もなお斜面に残ります(写真)。取り除く土木的工法は色々あり、JRも全てを検討したでしょうが、その処理が原因で斜面が崩壊した場合、長期間運行停止となる可能性もあり、結局そのままです。まあ、現在のこの状態で安定している、という考え方もあります。




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 続いて、金野へ(写真)。




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 駅周辺(写真)。確かに、何も無い感じです。




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 最後は、天竜峡の一駅前、千代です(写真)。




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 ここも秘境駅とは言うものの舗装された道もあり、他の交通機関でのアプローチは不可能では無いようです(写真)。




 「小和田」と、大井川鐵道井川線「尾盛」と、土讃線「坪尻」だけは、本当に大変なところです。秘境駅としても別格という感じです。坪尻で降りた記事が何年か前にありますが、本当に不安でした。もう、降りる勇気はありません。また、「飯田線秘境駅号」も走るそうで、それも検討してみたいと思います。




 それでは、次回をお楽しみに。

春の訪れ

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、飯田線方面を取材しました。




 転勤の関係で車に機材が載せられないため、乗り鉄しか仕方ないなあ、と思っていたところ、既報のとおり地元系ICカードのキャンペーンで1万円相当が当たり、ホクホクしています。そこで、使われる予定のお金が浮き、結局今回はJR東海に乗ることを決断。今朝は目覚めも良かったので、飯田線方面に行くこととしました。




 先ず乗ったのは、東海道本線。313系5000番代6+2連、新快速は豊橋行きです(写真)。




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 そして豊橋からは、飯田線。213系5000番代普通、海カキ(JR東海大垣車両区)H14編成です(写真)。天竜峡行きです。元々は関西線用でしたが、余剰となり飯田線用に転用、トイレ設置改造などが近畿車輛等で行われました。




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 本長篠に到着。鳳来寺鉄道、後の豊橋鉄道田口線の分岐駅です。今は使用されない駅舎前の1番線から発車、間もなく左に分岐し山を登っていきました。その線路跡は今も残り、写真中央左の架線柱の辺りから砂利道、舗装道となって登っています(写真)。線路跡右側には、垂直の擁壁が線路跡に沿って立っています。




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 そして中部天竜へ。行き違い待ちで、30分のバカ停です。




 国鉄時代中部天竜には機関区がありましたが、国鉄改革の頃に廃止となりました。JR東海発足後、余剰施設に旧式車両等を並べ、「佐久間レールパーク」が設置されました。しかし、名古屋に「リニア・鉄道館」が建設されることとなったため閉園、資料の多くは名古屋に持って行かれました。




 現在同園跡は線路が外され、駅前側はアパートが建っています。機関区建物を利用した展示館は、現在も当時の名残を残し、残っています(写真)。JR東海らしからぬ、ささやかな施設で、私は好きでしたが、発展的解消としましょう。しかし、選に漏れた車両たちは、美濃太田車両区の片隅で非業の最期を遂げたことも事実です。




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 中部天竜側線には、いつも必ず非番で、トラブル時の予備となるべく車両が待機しています。今日は海カキH1編成が、それに充当されていました(写真)。




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 そして向市場~水窪間には、渡らずの鉄橋があります(写真、復路の撮影)。川の東側から西側に渡った、と思ったら元に戻る、という鉄橋です。トンネル工事が不調であったため、やむなく建設されたものです。




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 水窪では、飯田発豊橋行き特急「伊那路2号」、海シス(JR東海静岡車両区)F12編成が行き違います(写真)。




 佐久間~大嵐間は、従来の路線が佐久間ダム建設で水没することから新設された路線、近代的な工法で建設されていますが、その先は私鉄であった三信鉄道が大正から昭和にかけて建設した路線、未熟な技術であったことから、難工事の末完成したものです。さらに佐久間ダムで集落の多くが水没したことから、駅の設置時と状況が変わってしまった駅も多く、これが飯田線に幾つもの秘境駅が出来た理由です。この、秘境駅ネタは、次回以降としたいと思います。




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 列車は天竜峡に到着、駅北側の電留線に入ります。しかし、再び入線し、列車番号を変え、茅野行きとなります。




 その横、1番線には、特急「伊那路1号」飯田行きがやって来ます(写真)。海シスF10編成です。間もなく、発車、普通も追って発車します。




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 時又は、予感する駅です。「来るかな?」と思って見ていると、やはり来ました、313系1700番代、海シン(JR東海神領車両区)B152編成が、行き違います(写真)。313系1600番代(1500番代(3連)のマイナーチェンジ版)に、半自動ボタン、セラミック噴射装置を装備した車両だそうです。3編成のみの小所帯です。




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 そして線路は先まで続きますが、乗車券の有効区間の限界、飯田で下車。飯田駅3番線には211系3000番代長野色、長ナノ(JR東日本長野車両センター)N313編成でした(写真)。211系・213系、湘南色と長野色の競演です。




 しかし、373系特急「伊那路」は、211系の向こうに隠れてしまいました。




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 折り返しまで時間があったので、駅を出て、少々歩くと、先ほどの373系を眺める場所がありました(写真)。海シスF10編成、夕方の「伊那路4号」の運用までお休みです。




 しかし373系の運用は、特急「東海」も、快速「ムーンライトながら」も無くなり、特急「ふじかわ」と「伊那路」だけで、少々余剰気味でしょう。団臨や「飯田線秘境駅号」もありますが、特急「伊那路」の本数増とかは見込みが無いのでしょうか。現状伊那谷の交通は高速バスが優位なのは認めますが、リニアで再逆転は間違いなく、その布石もあるのでは?




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 そしてお帰りの電車は、313系3000番代、海カキR102編成です(写真)。元は中央本線中津川以遠のワンマン運転用の車両、固定セミクロスシートで、料金箱と整理券発行機が装備されます。移籍時に料金表示器が7セグLEDからフルカラー液晶モニターに変わりました。これもOSがWindowsでした。




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 そして列車は天竜峡で打ち切り、全員下車します。1時間あまり待ち、見ていると、さっきの電車がそのまま豊橋行きになっていました(写真)。再び乗車しました。列車は車掌が乗務しました。




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 中部天竜からは、再びワンマン運転に復帰。そして終点、豊橋に到着しました(写真)。313系、3000番代が並びます。




 そして、帰途に就きました。




 2週連続で、JR東海だけを乗り鉄しました。お酒も気にせず飲め、今は良い感じです。しかし、飲み過ぎにはご注意を。それが原因で、今日は飯田線が遅延してしまったのですから。




 それでは、次回をお楽しみに。

(続)ええじゃないか!

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。遅くなりましたが、日曜日の結果をお送りします。




 土曜日に急行「いせ」を見てしまい、しかし二日連続で乗り鉄という訳にもいかず、土曜の投稿後に雑誌を捲り、とある撮影ポイントを見つけました。そして、日曜日は、迷わずそこへ行きました。




 準備中に特急「南紀1号」が行ってしまい、最初は休日運転の快速「みえ91号」です(写真)。キハ75系2+2連です。







 その動画です。足回りはキハ85系と同一です。




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 続いては211系5000番代区間快速、海シンK16編成です(写真)。正面中央上部に、緑の「区間快速」を表示します。




 この頃からファンが集まりだし、私以外は全員知り合いでした。







 211系の動画です。電化の終点、亀山行きでしょう。




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 私の目的、急行「いせ」です(写真)。キロ85 2を先頭に、3連でした。愛称表示は、やはりステッカーです。







 こちらも動画があります。急行「かすが」もこれでやっていれば、まだまだ可能性もあったのでは?




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 大量投入された313系1300番代2+2連、海シンB403編成他の、関西本線快速が通過します(写真)。







 その動画です。こちらはまだまだ安泰でしょう。




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 皆さんのお目当て、専用5363レ、DD51 853牽引セメント貨物列車です(写真)。愛知機関区のDD51は、国鉄色を纏う機関車が再び増えてきました。







 こちらも、動画があります。やはり貨物列車、旅客に比べ重く、少し遅いです。




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 続いては海シンB502編成、ワンマン普通四日市行きです(写真)。313系1300番代2連です。







 こちらも動画があります。3000番代とは方向幕が異なり、フルカラーLEDです。




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 次は、快速「みえ3号」です(写真)。全列車キハ75です。




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 次は、高速2085レ、DD51 1805(最終号機)牽引の、コンテナ貨物列車です。







 こちらも動画があります。少し長いです。




 これを撮り終えると、私以外は全員撤収、乗り合わせで次のポイントへ仲良く向かっていました。




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 私の、このポイントでの最後は、特急「南紀3号」です(写真)。キハ85 201が先頭、非貫通の0番代ではありませんでした。







 最後の動画も、「南紀3号」です。




 これを撮り終え、私もこのポイントから撤収しました。




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 土曜日に、多気の手前で、気になる車両が停まっており、手はカメラに行きましたが、満足な写真が撮れず、再挑戦となりました。



 多気から鳥羽方面、参宮線に沿って専用線が走りますが、その先に目的の車両があるようです(写真)。ここでは、これが限界でした。




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 もう少し近づくと、「D351」と書かれた、青いDLが停まっていました(写真)。これを撮り、喜んで帰宅しました。




 そして帰宅したのですが、その後色々あったため、結果投稿が2日も遅れ、今日となりました。申し訳ありませんでした。




 これで関西線も、少し良いかなあ、しかし休日運休の石油タンク列車は撮っていないので、またかなあ、とも思います。それは、次回以降で。




 それでは、次回をお楽しみに。

ええじゃないか!

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、伊勢方面を取材しました。




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 昨日から連休です。本当はこの取材が昨日の予定でしたが、臨時列車のダイヤを見て予定変更。撮影ポイントへ向かいましたが、渋滞が原因で時間に遅れ、三脚を組んでいる間に目的の列車が通過。調子悪いと、そのまま帰宅し、荒んでいる自室を整理しました。




 そして、今日。急行に間に合うように出て、でも、間に合ったら良いかなあ、と思っていた快速が、駅では始発を待っていました。これはラッキーと、乗ってしまいました(写真、多気にて撮影)。快速「みえ」鳥羽行き、キハ75系2+2連です。




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 名古屋から約2時間かけて、終点鳥羽に到着。1番線、すなわち現在の近鉄志摩線が三重交通の狭軌路線であった頃のホームの線路は、少し南で終端となっています(写真)。大阪万博時に改軌、バブル期に線形改良が行われ、当時の路線は一部廃線跡として残ります。




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 そして戻り、松阪へ。駅で駅弁(松阪牛弁当もあります)を買い、向かったのは5番線。間もなく名松線列車、キハ11 109、家城行きが入線します(写真)。この列車は、接続を待って発車しました。




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 名松線下りは紀勢線上りと向きが同じ、本線途中に分岐があり、ここから別線、暫く並走してから西に分岐します(写真)。




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 そして約30分、現在の終点、家城に到着します(写真)。かつては行き違い駅でしたが、この先は災害で現在不通、出発信号にバッテンが装備され、先には行けません。




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 家城の狭い駅前広場に、バスが待っています(写真)。そう、代行バスです。ここから終点の伊勢奥津には、これに乗って行きます。




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 ほぼ線路に沿って走ります。それほど崩れていない感じだ、と以前書いた気がしますが、運転再開には路盤、法面とも相当の工事が必要であるようです(写真)。完了は、平成28年3月末と、工事看板には書かれていました。




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 そして各駅を経由し、伊勢奥津へ。駅は、津市施設の一部が待合室になっています(写真)。正確には、駅の遊休地に市施設を設置した、ということでしょう。なお、写真右側の小屋が、保線詰所です。




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 線路終端先には、給水塔が(写真)。SL運転の必需品です。




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 駅待合室奥の戸を開けると、ホームがあります(写真)。ホームには立入禁止です。昔は1面2線であった気がしますが、今は1面1線で、南側線路は潰れています。




 そして、折り返しバスは発車し、家城を目指します。




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 家城から松阪へ、そして津へ。津からは「伊勢鉄道」です(写真、イセ103)。特急「南紀」や快速「みえ」は同線を経由するため、運賃及び特急料金は同線料金を加算しています。今日使用した「青空フリーパス」は、同線もフリー区間に入っており、乗車も可能です。




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 そのため、伊勢鉄道の心臓部である、玉垣で下車。駅東方には車両基地があり、手前イセ104、奥イセ102が停まります(写真)。イセⅢ形と呼ばれる車両、イセ101のみ富士重工製で、他は全て新潟トランシス製です。新車だと思っていたら、経年10年を数えます。




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 駅西方には保線基地があります。クレーンを装備したモーターカーが、レール運搬用トロを従えています(写真)。後にはバラスト運搬用貨車があります。




 同駅の東西にはそれぞれロータリーがあり、東側ロータリーにはタクシーが待ちますが、駅跨線橋は位置がズレており、計画は夢として終わっています。




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 間もなく、キハ85系3連が行き違います(写真)。そう、急行「いせ」です。伊勢神宮式年遷宮に合わせ、昨年から一部の休日に臨時列車として運転され、今日もその運転日でした。




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 そのヘッドマーク(写真)。フィルム方向幕には当然装備されていないので、シール式のステッカーです。




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 伊勢市方先頭(写真)。キハ85 0番代、こちらもステッカーが貼られます。




 急行「いせ」は、多気までは臨時特急「南紀」のスジで入っており、特急「南紀」が臨時までフル運転される時には、運転できません。連休の初日以外がチャンスのようです。しかも、特急用車両キハ85系使用の急行であり、以前のキハ75系急行「かすが」(廃止)と比べても、お得感があると思います。




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 そして玉垣を発ち、南四日市へ。同駅構内に停まる山九のスイッチャー、左DB25、右DB20は、今日の運用を終え停まっています(写真)。




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 今日の最後は、313系1300番代、海シン(神領車両所)B511編成普通列車です(写真)。




 そして日没、帰宅しました。




 今日は豊作で、載せたかったもののボツとした写真が多数あります。それは、別館ブログのネタでしょうか、考えておきたいと思います。




 JR東海最大の赤字路線、名松線。災害区間はあのまま廃止かと思われましたが、まだ相当時間はかかるものの、本格的に復旧に向け動き出したのは、良いことです。期待したいです。




 そうすると明日のネタですが、朝まで考えておきたいと思います。




 それでは、次回をお楽しみに。

暢気な日

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、名鉄瀬戸線を再び取材しました。




 昨日JRがダイヤ改正を行い、勿論そのネタも行かねばならない、とは思いますが、ツイッターで既報のとおり一昨日の事情から昨日は行けず。結果今日になってしまいました。185系とか、ネタはありますが、少し遠かったのが残念です。




 そして、いつものポイントで構えます。到着間もなく、今日の主役が来てしまいました(写真、6035F)。取り敢えずデジカメでは撮りましたが、他の機材は準備できておらず、次を待ちます。




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 暫くすると、4000系初号編成、4001Fが通過します(写真)。少し鉄粉が気になってきました。







 同編成の動画です。何度か撮りましたが、これが現在の様子です。




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 先ほどの編成が、栄町から折り返してきます(写真、6035)。カメラを三脚から外し、撮りました。




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 6035の系統板(写真)。この写真のために、皆が撮りに来ています。




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 6235の系統板(写真)。あと、1か月もありません。




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 現在の最新編成、4017Fです(写真、4117)。まだ、輝きが眩いです。







 その動画です。製造年次に伴う細かい変更は、あまり感じません。




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 その結果最新編成から陥落した、4016Fです(写真、4116)。といっても、何ヶ月も差がある訳ではありませんが。




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 そして再度、6035Fです(写真、6235)。今回は、フィルムでの撮影も、バッチリです。







 その動画です。何度も撮りましたが、系統板以外はあまり違いがありません。




 そして、この場所を後にしました。




 撮るべき被写体はまだある感じがしますが、残念ながら今シーズンはこの程度です。やはり、最大の目標を達成しなかったことが、この原因で、残念です。今後も、続けていきたいと思います。




 それでは、次回をお楽しみに。

Last Chance

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、再び信越線を目指しました。




 季節は既に「春」、もう除雪列車を撮ることは不可能と思っていました。しかし、今週末は真冬並みの寒波が来る、と聞き、先回の失敗を取り戻すべく、信越線に向け出発しました。




 最初は長野県、黒姫へ。駅には、既に直江津からの往き道の運用を終え、帰りの時間を待つラッセル機関車、DE15 1538が停まっています。撮影は、夜間暗いところで新聞記者がよく使う手法、車のヘッドライトで照らし、撮影しました。




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 位置を変え、スピードライトを焚きます(写真)。大光量でもこれが限界です。




「DE15-1538.wma」をダウンロード




 DE15は、深夜の出発から、朝の帰還までエンジンはかかったままです。エグゾーストノートを、どうぞ。十数秒です。




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 すると、間もなく別のエグゾーストノートが、光とともにやって来ます。そう、除雪モーターカーです(写真)。最新式のEDR1000ではありませんが、今後除雪はこういった鉄道機械で行うということです。既にJR東日本の信越線以外の区間では置換が完了、信越線黒姫~直江津間が最後のサンクチュアリになっています。なお、このモーターカーは、推定ですが恐らく黒姫以南を管理する、長野支社所属のモーターカーと思われます。




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 そしてロータリーヘッドを南に向け、機械用の側線に入ります(写真)。同駅所属の様子です。




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 翌朝、スイッチバック駅、二本木に行きます。油庫(写真)。煉瓦を縦横交互に積んだ様式です。




 二本木駅、照明が点いた時間から待っていましたが、結局黒姫から帰るDE15には、出くわしませんでした。スイッチバック線をスルーしたのでしょうか。




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 そして、いつものポイントへ。最初は、115系長野色6連、上り長野行きです。




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 次は、「妙高」189系6連です(写真)。




 予定時刻まで待ちましたが、結局この日は除雪車は来ず、そのまま滞在先に向かいました。




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 その晩、黒姫行きDE15が運転されなかったことを確認したので、今朝も再び構えます。今日の写真(写真)。昨日昼は吹雪き、雪が軌道上に積もりましたが、今朝確認すると、ラッセル車が通った訳でも無いのに、きれいに除雪されていました。恐らく、夜間に直江津側から、新潟支社のモーターカーによる除雪を行ったと思われます。




 今年のシーズンの目標は、「ロータリー除雪車を撮る。」でしたが、残念ながら今日の天候を見れば分かるように、もう雪は降らないでしょう。目標は、来シーズンに持ち越しです。




 それでは、次回をお楽しみに。

不安な日(後半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、名鉄三河線を中心に取材しました。




 昨日のたったあれだけの投稿に夜中までかかり、しかもスマホの調子が悪く、午前様に。そして朝起き、まあいいやと思って、迂闊にも二度寝をしてしまい、既に日は高くなっていました。これはマズいと、慌てて乗り鉄用リュックを引っ提げ、出発しました。




 最初に向かったのは、知立。知立からは、三河線の、通称「海線」及び「山線」が分岐します。海線の電車は、6040始め2連でした(写真)。




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 同編成の前後には、青色の「三河線100年」の系統板が入っていました(写真、6040)。




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 そして終点、碧南へ。碧南では、記念台紙の配布と、抽選会をやっていました(写真)。刈谷と碧南中央の、スタンプのある硬券入場券を提示すると、左側で記念の台紙が貰えます。また三河線電車カード4駅分を提示すると、右側でガラガラポンが1回引け、キーホルダー、マグネット他グッズが当たります。私は系統板キーホルダー(「三河線100年」の赤と青の系統板を表裏に模したキーホルダー)が当たりました。




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 ホームに戻ると、1番線の先に6002F4連が停まっていました(写真)。




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 2番線先の、現在の三河線終点(写真)。かつては、ここからキハ20または30が吉良吉田に向け走っていました。しかし、架線を外し内燃化した時点で、危機を感じるべきだったのか。




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 暫くすると、6038Fがやって来ます(写真、新川町にて)。




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 6038Fの前後には、赤の「三河線100年」の系統板が装備されます(写真)。




 これを撮ったので、知立に戻り、次を目指します。




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 知立から新安城に向かい、西尾線列車を待つと、結局次の吉良吉田行き急行になりました(写真、6022F)。同時期の6000系は多数瀬戸線に入線し、ほとんどが引退、間もなく移籍組は全滅になります。この編成は、運が良かったのか、どうか。




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 そして終点吉良吉田で、乗り換えです。ホームとホームの間に、中間改札が設けられています(写真)。ICカードは、ここで精算済み券との交換が必要です。




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 この先はワンマン区間、料金は車内の料金箱に入れます。車両は6000系初期形の連続窓2連、乗ったのは、6011Fでした(写真)。ワンマン改造車、広見線新可児~御嵩間と共通運用です。以前は方向幕は白で、系統板に「吉良吉田~蒲郡、ワンマン」と表示していましたが、今は方向幕で表示します。




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 そして、電車は蒲郡に到着します。1番線終点(写真)。線路右(南側)に立つ「53」キロポストは、ここが終点であることを物語っていますが、起点は、新安城?刈谷?知立?よく分かりません。




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 そして折り返し、吉良吉田に戻ってきます。左から、(使用されていない)1番線、そこから分岐するワンマン車専用2番線、右分岐が新安城方面3番線、その手前の右分岐が、あまり使用されない4番線です(写真)。




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 吉良吉田からの急行は、5700系5705Fでした(写真、5805、知立にて撮影)。6000系と同時期の製造、6000系が100キロ車なのに対し、こちらは110キロ車、かつては特急一般席や高速などに使用されました。同様のスタイルの5300系もあり、これは(旧)5000系及び5200系の、冷房車体を新製したリサイクル車、一部に廃車が発生しています。また、その余剰先頭部と、5700系6連短縮による余剰車をニコイチした5600系(1系列1編成4両)もあり、珍車に入ります。




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 5700系は、パノラマカー7000系の流れをくむSR車、パノラマ全面展望とはいきませんが、それに近い前面展望が楽しめるよう運転台部が設計され、非貫通の正面は左右非対称、右側は眺望も良いです(写真)。スピードメーターも装備されています。




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 西尾線はかつて独立した鉄道会社で、南安城から(国鉄・JR)安城まで支線がありました。その、分岐点と思われる場所(写真)。複線用地のようですが、左に下がっており、これはJR安城の向きです。この先廃線跡は、一部痕跡が残る、とのことです。




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 そして再び知立で下車、今度は三河線山線へ。ワンマン対応の6042Fで、現在の終点猿投まで来ました(写真)。後は、猿投検車区(現在は新川検車区の支区)です。そこへの入出庫の関係で、線路自体は数百メートル先まで続いています。




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 豊田線分岐の梅坪を過ぎ、豊田市を過ぎ、上挙母へ。かつてはこの駅から挙母線が分岐し、松平家の菩提寺である大樹寺まで走り、同駅から岡崎市内線を経由し東岡崎、及び(国鉄・JR)岡崎まで接続していました。現在は双方とも廃止され、保線車両が通る線路として、分岐の跡が残っています(写真)。同線廃線跡の大半は愛知環状鉄道に取り込まれましたが、田んぼの中の大築堤も残ります。




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 そして三河知立駅北方には、ここから分岐し名古屋本線の知立信号場に入った貨物線がありましたが、現在は廃止され、分岐が残っています(写真)。廃線跡は一部残っています。




 そして一駅で知立、乗り換えは快速特急を待っても良かったのですが、途中で抜かれる急行の座席が空いていたので乗り、帰宅しました。




 今日は瀬戸線には乗りませんでしたが、一番の目的である抽選会に参加し景品も貰え、良かったです。また、次回でしょうか。




 それでは、次回をお楽しみに。

不安な日(前半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、再び名鉄瀬戸線を取材しました。




 ここ暫く愛車を整備に出しており、先週の取材は代車での取材でした。そのためカーナビ無しでも行ける場所として、あのような取材になりました。その帰りにガソリンを満タンにしたのですが、今朝受け取り、となったため、そのガソリンが勿体ないと、昨晩は不要なドライブを。ガソリン消費のため夜通し運転のつもりでしたがそれも止め、結局未明に帰宅しました。




 そして今朝も起き、愛車を受け取りました。試運転の欲求もありましたが、先ずは今日の取材をしてからにしようと思い、あまり考えず名鉄瀬戸線矢田川橋梁へ向かいます。「先着1名様」は残念ながら埋まっており、少し遠くに停めに行きました。




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 三脚を固定しましたが、駐車位置が遠方のため、動画用ミラーレスは断念。デジ一とフィルムのみで構えます。




 丁度4116始め4連(4016F)が、通過します(写真)。情報通によると4017Fは既に納車され、平日深夜に試運転も行ったとの由。今日は4017Fが目的だ、と言っていましたが、残念ながら今日は運用に入っていない様子でした。早ければ、翌月曜朝ラッシュからか。そして4018Fが納車され、運用が始まれば、瀬戸線の4000系への置き換えは完了です。




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 そして、瀬戸線最後のスカーレット、6235始め4連(6035F)が、やって来ます(写真)。下り準急、上り普通の運用です。今日のクライマックスです。




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 赤い電車が行き過ぎると、他のファンは皆撤収します。私はカメラを放置したまま、先着1名様が空いたのを確認し、車を寄せます。




 戻ると、丁度4101始め4連(4001F、4000系初号編成)が行き過ぎます(写真)。ここでフィルムは終了、自動的に巻き上げたため、フィルムカメラは収納します。フィルムカメラ用のVCレンズのキャップを、駐車場からの移動途中に落としたと思ってガックリしていたところ、実はカメラバッグに残っていて、本当に人騒がせです。




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 そして6035Fは、栄町から折り返し、尾張瀬戸行き準急運用に就きます(写真)。車両に合わせてカメラを傾けて構える悪い癖がありますが、今日は水平・垂直を確認しながら撮ったため、修正はありません。




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 6035の系統板(写真)。いよいよ瀬戸線最後のスカーレットとなりました。4月6日の最終運転は、何処で迎えるでしょうか。




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 そして行き過ぎ、矢田川橋梁に差しかかります(写真)。




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 6235の系統板(写真)。前後の違いが、分かるでしょうか。





 もう2時間粘って動画を撮る、ということも考えましたが、この後の予定があり、断念し、撤収しました。そのため、今日の取材はこれだけです。




 整備を終えた愛車は調子が良く、また次回以降の取材に使用したいと思いますが、明日は乗り鉄しようと思っています。それは、どうしてでしょうか。説明は、明日以降にしたいと思います。




 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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