空振り#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、北陸地方に来ています。


 今年鉄道関連で、最大の話題となるであろう「北陸新幹線」。開業自体大きなことですし、それに伴い無くなるものもあり、そちらも忙しいです。そこで今回も来ているのですが、タイトル通りの内容となってしまいました。


 あまり考えず自宅を出て、車中泊、今朝も取材を開始しました。


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 午前中はともかく、午後から移動を開始。最初は、糸魚川市の、「C12 SLパーク」から。写真のような看板があります(写真)。


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 そこには、C12 88があります(写真)。以前は小学校の校庭の一部だったので、内側からは写せませんでしたが、今はSL周辺が金網で仕切られ、立入可能となっています。昭和9年汽車会社の製造です。


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 軸配置は、外からでないと写せません(写真)。1C1のプレーリーで、アンチパシフィックのC11と比べ後1従軸が少ないです。


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 園内の様子(写真)。前に腕木式信号が立っています。


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 続いて、糸魚川駅、新幹線開業準備で完成した、「アルプス口」(写真)。左側に、旧糸魚川機関区の煉瓦矩形庫のポータルが復元されています。一番左の線には、線路も敷かれます。


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 その線路の後方、建屋のシャッターの内側には、キハ52 156が入っています(写真)。現役当時は首都圏色(タラコ色)でしたが、現在は朱のツートン、国鉄標準色に塗り直されています。


 続いて、専用線SLが保存される、「フォッサマグナミュージアム」に行きましたが、現在リニューアル中で、SLも整備中、撮影ができませんでした。


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 そして、上越市へ。上越市の公園に保存される、D51 75(写真)。「ナメクジ」です。


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 こんな外道をしたのは、このため、午前中が空振りであったためです。写真は189系「あさま」色、快速「妙高」です(写真)。同列車も、新幹線開業で廃止の運命にあります。


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 そしてもう1枚、115系長野色です(写真)。この区間を走ることも、無くなってしまうのか。


 本当に、外道ばかりで、残念です。専用レシーバーを持って、その車両が運転するかどうか、防護無線を傍受するのが一番ですが、準備しているうちに春シーズンになってしまいます。もう、間に合いません。


 当分は、この追尾ですが、もう1回大雪にならないと来ないのか。それとも、平日にしか来ないのか。悩ましいです。次のシーズンは無く、今年駄目なら、永久に駄目、ということです。当分は、つきっきりになるのでしょう。


 それでは、次回をお楽しみに。

お年玉#3

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日3回目の”Tetsu”をお届けします。今回も犬山、明治村です。


 先回とストーリーが相前後しますが、明治村2丁目、今は「リニア・鉄道館」にある、関西鉄道が製造し、後に尾西鉄道で使用された蒸気動車のあった場所には、現在名電1号形22が保存されます(写真)。名鉄が名古屋~栄間の路面電車として創業した当時の車両、後に札幌市電に移動し、引退後札幌市内で保存されていましたが、名鉄創業120周年記念事業で里帰りし復元され、数年間はここにあります。


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 運転台の様子(写真)。電制付きのマスコンはウエスティングハウス社製です。右手のハンドルは、ハンドブレーキです。


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 車内の様子(写真)。木製で、非常にウッディーです。


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 3丁目、品川灯台電停には、No.2、京都市電北野線(N電)115が停まります(写真)。マスコン等カバーが掛けられ、休車のようです。


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 4丁目には、尾西1号SLが保存されます(写真)。1897年アメリカのブルックス社製です。


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 SLがある場所は、旧六郷川橋梁です(写真、側面から)。トラス橋です。


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 橋は、片側が線路と枕木が敷かれ、片側が歩道橋になっています(写真)。橋梁部の枕木間隔は広く、歩行には適しません。


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 橋の製造銘板(写真)。1875年英国製です。


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 隅田川に架かっていた「新大橋」は、現在塗装の補修中で、通行できません(写真)。修復後の姿を、早く見たいですね。


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 帝国ホテル横、SL東京駅手前には、12号SLの、オリジナルのボイラがあります(写真)。つまり、現在は新缶に替わっているようです。


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 北口横のSL東京駅売店の、奥の出口はSL見学スペースです。奥の機関庫を覗くと、夏にはいなかったSL「9号」が停まっています(写真)。運用に復帰したようです。


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 間もなく、今日の運用に就く「12号」が、到着します(写真)。


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 直ちに転車台に載せられ、人力で回転します(写真)。この後機回し線で、客車の前方に出ます。


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 客車(写真)。手前から、ハフ14、11、13です(写真)。


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 2丁目まで戻り、京都七条電停に、No.1(N58)がやって来ます(写真)。


 建物の記録は完全ではありませんが、鉄道関連は大体押さえたと思ったので、ここで帰途に就きました。


 今日は5丁目の「菊の世酒造」でも日本酒の試飲が出来、今日は少量ながら5種の日本酒を体験しました。米から酒になるまでには手間がかかり、大変です。しかし、”Japanese Sake”は、世界的にも認知されてきたカテゴリーでもあるので、是非試してみたいですね。


 犬山には、モンキーパーク、明治村、リトルワールドといった名鉄関連施設が多いです。今回はそれらをまわれ、良かったです。鉄ちゃん的にもまあまあであったと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

お年玉#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、犬山市2回目です。写真は旧帝国ホテル玄関、水平をきちんとしないと迷建築になってしまう、実は難しい被写体です。


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 モンキーパークを出た私は、再び犬山駅へ。再びバスに乗り、明治村へ。もう一枚の「お年玉券」を使用するためです。割引を受け、入場。入口近くで、日本酒の試飲があり、良い気分です。


 エントランスにも近い1丁目には、鉄道局新橋工場の建物があります(写真)。


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 中には、2両の車両があります(写真)。左が、明治天皇用の6号御料車、右が皇太后用の5号御料車です。


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 順路は、5号から。御座所(写真)。菊の紋章と、座る場所が一致しています。


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 続いて、6号です(写真)。こちらも同様に、一致しています。


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 その横には、クラシカルな扇風機があります(写真)。今では何でも無いですが、明治期なら絶対に贅沢品です。


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 続いて、次回と入れ違いになりますが、4丁目に移動。建物脇には、車輪があります(写真)。1897年東京車両天野工場製の車輪、九州鉄道で使用の後、大分交通耶馬溪線で使用された台車の車輪とのことです。


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 隣は、1898年英国製の台車、最後は留萌鉄道ホハニ201に使用されました(写真)。


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 隣は明治20年代の台車、大分交通耶馬溪線ハフ26の台車とのことです(写真)。


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 その建物は、鉄道局新橋工場機械館でした(写真)。


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 中には、明治期に使用された旧式の機会が多数あり、富岡製糸場で使用された蒸気機関もあります。


 写真は乗車券印刷機(写真)、国友鉄工所製、国内では独占メーカーだった、とのことです。


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 鉄柱にも、「新橋工場」との標記があります(写真)。


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 イギリス製の旋盤、国鉄池田保線区で使用されたものだそうです(写真)。


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 アメリカ製の旋盤、国鉄都城保線区で使用されたものだそうです(写真)。サイズが少々小さくなっています。


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 これも国鉄寄贈、研削盤です(写真)。


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 同じく、ボール盤です(写真)。


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 同じく、丸のこ盤です(写真)。


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 国鉄浜松工場で使用された、空気圧縮機(写真)。大きな機械です。


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 国鉄鷹取工場で使用された、蒸気槌です(写真)。蒸気動の巨大なハンマーです。


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 5丁目に移動。東京駅警備巡査派出所(写真)。最近復元された東京駅と、デザインが一致します。こーでねーと?


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 今回最後は、名鉄岩倉変電所です(写真)。隣が、フランク・ロイド・ライトの名建築です。


 次回と入れ違っている部分もありますが、ストーリーの構成上、こうなっています。次回にも、ご期待ください。


 それでは、次回をお楽しみに。

お年玉#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、3回にわたり犬山市関連で取材しました。


 通常の金額からは破格の「新春1DAYフリーきっぷ」を購入、正月3日に使用しました。しかも、これにはおまけの「お年玉券」が2枚付いており、1枚は「モンキーパーク」「リトルワールド」「南知多ビーチランド」の半額券、及び「明治村」割引券でした。明治村は後にして、3つの施設で選べるなら、鉄ちゃんならやはり「モンキーパーク」を選ぶと思います。


 そこで、今日先ずは「モンキーパーク」を目指すべく自宅を発ちました。


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 先ずは平安通へ。予感して構えると、来ました、名古屋市7000系、7102Fが!(写真)小牧線は、早起きに味方します。


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 反対の先頭車、7602の、優先席(写真)。名古屋名物が織り込まれたモケットです。


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 同じく、普通席(写真)。同じに見えますが、青系が多くなっています。


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 そして、終点犬山に到着(写真)。編成写真の、チャンスです。いつもならこのまま帰庫ですが、今日はまだ早く、もう1往復するようです。


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 3700系3704Fは、「サクラトレイン」ラッピングになり、運用に就きます(写真)。フラットボディの3117Fを従えます。


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 隣には、日立製の名古屋市N3000系、N3101Fが出発を待っています(写真)。アルミ製のいわゆる「A-Train」です。


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 そして、駅を出て、バスターミナルへ。ロータリーには山車を模したからくり時計があり、定時にからくりが動くようです(写真)。


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 バスに乗り、モンキーパークへ。元々は、京大霊長類研究所があり、その施設を利用してサル類動物園が出来、現在の遊園地の元が出来ました。その足として、犬山遊園駅から犬山成田山を経由し同園まで走ったのがモノレール線で、日立アルヴェーグ式とも呼ばれ、跨座式としては日本初のモノレールでした。しかし、老朽化で廃止、同パーク内の旧駅に2両保存されます。駅全体の様子(写真)。遊園地としては一番奥、現在はこの先にゲートがあり、その向こうは動物園として分離され、追加料金が必要な場所になります。


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 正面から(写真)。手前の先頭車が101、奥の中間車が201で、塗色が新製時同様に復元されています。その向こうには整備工場があり、トラバーサもありましたが、現在は駐車場になっています。


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 シチサンで撮ります(写真)。構造が、分かります。


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 そして、手前に戻ります。遊園地の華、観覧車にメリーゴーランドです(写真)。メリーゴーランドの屋根には、ベネチアの絵が多数描かれます。聞いた話によると、輸入したものとのことで、フランスにほぼ同じものがある、とのことです。


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 エントランス左手の山には、巨大なオブジェがあります(写真)。「若い太陽の塔」という名で、故岡本太郎氏の手によるもの、大阪万博「太陽の塔」の前年の製作とのことです。


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 説明の看板(写真)。ご納得戴けたでしょうか。


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 遊園地の乗り物に、写真のようなものが(写真)。右は普通にトーマスですが、左はどうみても205系、列車番号は「205」です。「わんぱく線」の電車、京葉205系の色です。


 そして時間は早いですが、同園を後にしました。


 確かに、モノレール線車両は残っていました。日本初の跨座式で、東京モノレールの原型でもあり、貴重な車両です。今後とも維持できると良いですが、遊園地と動物園が分断された現在では、どうなのでしょうか。


 まだまだ先はあるのですが、1回目はこの程度にしたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

新春恒例#3

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、近鉄遠征3日目です。


 昨日は一旦帰宅し、投稿しました。そして自室で寝て、今朝は早めに出発しようと思っていました。しかし、またしても得意技をかましてしまい、寝ぼけて出発。幸い、荷物が日帰り用の鞄に準備してあったので、予備機を持ち、何とか間に合いました。


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 先ずは近鉄名古屋から、伊勢若松へ。2000系ワンマン車、2016始め3連が、鈴鹿線平田町への出発を待っています(写真)。


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 そして、終点平田町へ(写真)。アングルは、全く同じです。


 折り返し、若松に向かいます。


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 若松からは、四日市へ。先ずは9、10番線の、特殊狭軌線を目指します。


 渡り廊下を通り、地平ホームへ。9番線には、262始め3連、内部行きが、出発を待っています(写真)。乗車します。


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 もうすぐ終点、というところで、非番の編成が見えてきます(写真、264始め3連)。運転台のガラスが、ソフトフィルターのような効果になっています。


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 四日市から20分程度で、終点内部に到着(写真)。駅は、こんな感じです。


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 駅右手(北西側)には、内部車庫があります(写真)。富吉検車区の支区の扱いです。看板が見えます。


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 通路からは、264の相方の162が右に、その左に114が少し見えます(写真)。


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 線路は駅から少し先まで伸びていますが、その先には国道1号の擁壁と側道があり、側道の手前の金網で終わっています。金網の外からの眺め(写真)。ミラーレスで金網の網から写しましたが、少々障害が入り、残念。


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 再び駅に戻り、途中駅泊で行き違い(写真、115始め3連)。


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 そして日永で、小休止(表題の写真)。編成写真のチャンスです。


 行き違うのは、西日野行き列車です(写真、161始め3連)。乗車します。


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 一駅で、終点西日野に到着(写真)。かつては本当にその名のとおり、四日市市八王子まで走っていましたが、水害と、その復旧の際に廃止になりました。


 これら特殊狭軌線は、近鉄側は廃止しBRT等に転換したい意向があったそうですが、話し合いの結果上下分離が決定、「四日市あすなろう鉄道」という名に変わるそうです。同社が引き継ぐまでの間、特殊狭軌線専用のフリー切符が発売されます。当然私の切符でも乗車できましたが、記念にその切符を買いました。


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 そして四日市に戻り、元は特殊狭軌であった湯の山線へ。5、6番ホームがそうですが、5番線は本線とも繋がり、名古屋行き始発急行が発車するホームでもあります。


 そこから20分あまり、3連ワンマン車(鈴鹿線と共通運用)に乗ると、終点湯の山温泉駅に到着(写真、2544始め3連(2444系))。ここが鉄道の限界、温泉街中心部には、更に三交バスで少々あります。


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 菰野~桜間に、上り方から分岐する側線がありますが、今日はその側線に、レール運搬車を従えるモーターカーがありました(写真)。道路との間に、門もあります。


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 そして四日市に戻りましたが、まだ時間が早く、三岐鉄道もアイデアにありましたが、行くには時間が足りず、結果再び下り方面を目指します。


 伊勢神宮周辺には、歴史的な施設が多数あります。斎宮もその一つで、古典小説「源氏物語」でも、恋人光源氏そっくりの息子を産んでしまった藤壺が、その子を帝にするために都を離れ、終の棲家とした場所です。現在復元工事中で(写真)、数年後見学できる施設も完成するのでしょう。


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 そして、また来てしまった、宇治山田(写真)。12ミリの画像が気に入らなかったので、17ミリ(レンズメーカーK社製、N社のレンズのデフュージョン)で撮りました(写真)。屋根が渡るのは正面の中央入口であり、左端がまだまだですが、これが今日の限界です。


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 忘れてはいけない、文化庁の「登録有形文化財」のプレート(写真)。歴史的建造物ですが、外壁タイルの縞々は、デジカメの不得意な被写体です。ローパスフィルタレスの鬼門で、あってもこんな感じです。


 そして、帰宅しました。


 昔は伊賀線も養老線もあり、3日で全線走破するのはなかなか難しかったですが、伊賀鉄道、養老鉄道に続き四日市あすなろう鉄道も独立、支線区がまた少し減ってしまいます(まあ、それぞれの鉄道のフリーきっぷを買うのが一番ではありますが)。独立しても、永く走って欲しいですね。


 長い遠征でした。てんこ盛りですが、一応こなせ、良かったと思っています。


 それでは、次回をお楽しみに。

新春恒例#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、近鉄2日目です。


 昨晩は早めに片付け、アルコールの勢いもあり、気分良く寝てしまいました。すると今朝は、何と寝坊。目覚ましも聞き漏らしたのか、二度寝したのか、得意技をかましてしまいました。


 気を落とし、朝食を食べ、滞在先を出発しました。


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 先ずは天王寺へ。JR環状線、首都圏では絶滅した103系です(写真、クハ103 843他)。


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 天王寺から道を渡ると、ビルとしては高さ日本一の「あべのハルカス」があります。その地平部分は近鉄阿部野橋駅、近鉄南大阪線です。そのビルの写真を撮りたい気はしましたが、高さが分かる写真は遠くへ行く必要があり、断念。丁度列車が出るタイミングで、走って乗ってしまいました。


 そして道明寺から道明寺線、柏原へ(写真、6532始め2連)。JR関西本線乗換駅で、南大阪線の前身となる鉄道の、発祥の地です。


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 そして道明寺に戻り、準急河内長野行きへ。終点河内長野は、南海高野線乗換駅です(写真、6073始め4連)。


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 長野から古市へ戻り、尺土へ。御所線です。終点御所にて(写真、6428始め2連)。


 そして尺土へ戻ります。


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 橿原神宮前から、路線は吉野線になります。福神では、狭軌線のクイーン、「さくらライナー」26000系と行き違います(写真、26402始め4連)。


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 六田では、22000系のような車両がやって来ますが、ここは狭軌線、16400系という系列になります(写真、16502始め2連)。ちなみに22000系はオールM編成ですが、16400系はMTユニットになっています。また、本線系が22600系に移行したのに伴い、狭軌線も16600系が導入されました。


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 乗ってきたのは6620系6626始め4連、ラッピング編成です(写真)。吉野行き急行に使用されます。


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 向こうからは6020系、6134始め4連がやって来ます(写真)。


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 六田を過ぎると、間もなく吉野川橋梁、直角に曲がり、吉野に向かいます(写真)。


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 そして吉野に着いたのですが、記録を忘れ、特急割引券を使うのも忘れてしまいました。そして駈け乗ったのは16010系、16011始め2連です(写真、橿原神宮前にて)。1系列1編成2両、幌カバーがあり貫通路に方向幕がある、狭軌線で唯一の編成です。製作は、同時期に製造された12410系、12600系に同じ、しかし塗り分けは16000系とほぼ同じです。


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 その向こうからは16000系最終編成、16009始め2連がやって来ます(写真)。16010系との違いは、明らかです。


 16600系導入に伴い16005、16006の編成が廃車になりましたが、今後は16007と、4連の16008の編成の処遇が注目されます。


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 橿原神宮前で待っていたのは、12410系、12514始め4連です(写真)。12400系の量産形式ですが、5編成で打ち止めでした。


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 そして京都へ行き、あだ名の元を購入、折り返そうとすると、目の前で急行が発車!思わず駈け乗りましたが、冷静に考えると、途中で特急に抜かれるので、結果的に失敗であると分かりました。


 そのため、丹波橋で降り、特急券を購入。来た列車は、12400系12501始め4連(初号編成)でした(写真)。方向幕が微妙に異なるのが注目点です。


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 そして八木で名阪乙特急に乗り換え、名張で急行に乗り換え。行ったのは、宇治山田。4番線には22601始め4連特急、大阪上本町行きが停まります(写真)。


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 駅を降り、特急券の行列が気になりますが、取り敢えず外に出て、宇治山田の駅舎を撮影します(写真)。近鉄の前身である「大阪電気軌道」の子会社「参宮急行電鉄」が、青山峠をくり抜き伊勢神宮に辿り着いた、その終点とすべく建設された駅で、近代的なビルとして登録有形文化財になっています。超広角が必要な建物です。


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 撮影の間に、伊勢神宮の初詣客で指定券の行列は更に延び、気を揉みます。結局直近の特急は取れましたが、喫煙車でした。


 そして改札を通りホームに上がり、列車を待っていると、向こうの、普段は列車が入っているのを見たことが無い宇治山田1号線に、列車が入っています(写真)。折り返し普通白塚行き、1440系1438始め2連です。運が良いのか、悪いのか。


 そして宇治山田から特急に乗り、一旦帰宅しました。


 明日は、再び自宅から出発します。ということは日帰りということで、そう遠くへは行けません。どうなるのでしょうか。得意技をかまさないよう、気をつけます。


 それでは、次回をお楽しみに。

新春恒例#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、近鉄の「新春フリーパス」を使用して、乗り鉄に来ています。


 今朝は早く起き、名古屋へ。近鉄名古屋から、急行で伊勢中川へ。中川から大阪線、青山越えをして、関西へ。近鉄の大ネットワークに入っていきます。


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 大阪線を大和八木で降り、平端から天理へ。天理線普通、8101始め4連です(写真)。


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 天理駅前には、D51があります(写真)。691号機です。こちら側には白い金網がありますが、ミラーレスは、その網の隙間から入って写すことができます。


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 それともう1両は、オハ61 930です(写真)。こちらは普通にデジ一です。


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 平端に戻り、大和西大寺へ。丁度京都発橿原神宮前行き、奈良行き特急の分割をしていました。


 前4両は、特急橿原神宮前行き、12410系、12513始め4両です(写真)。


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 後2両は奈良行き、22600系22957始め2連です(写真)。


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 そして再び戻り、田原本へ、そこから徒歩で少々、西田原本へ。田原本線です。元々独立した路線であった田原本線が、近鉄の傘下に入り、以遠の路線を無くし、現在の姿になります。かつて中間駅であった名残を残す施設(写真)。かつては対向式2面2線の駅であったのが分かります。


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 その、新王寺側(写真)。左のホーム跡は工事車両用の側線となり、また橿原線からの渡り線が見えています。


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 そして、終点の新王寺少し手前の公園には、D51 895があります(写真)。


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 そして新王寺から徒歩で王寺(どちらもJR王寺駅前です)、王寺からは生駒線です(写真、1034始め4連、生駒にて)。ワンマン運転、バブルがもう少し続けば全線複線化されたでしょうが、その途中で終わっています。


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 生駒からは、「けいはんな線」へ。中間改札を通り、ホームへ。


 そして、先ずは学研奈良登美ヶ丘へ。同駅開業時に設置された、駅そばの電留線には、7020系7621始め6連、及び7000系7603始め6連が停まります(写真)。


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 そのまま長田へ。折り返しは大阪市交通局20系、ステンレスボディの24903始め6連です(写真)。乗り入れる大阪市営地下鉄中央線はアルミボディの20系が多いですが、少数この車両が、他線から入れ替わり入線しています。


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 そして再び生駒に戻り、奈良線東生駒へ。けいはんな線の前身「東大阪線」開業時に設置された、車両基地があります。保線基地もあるらしく、トラックを改造した軌道車両が2両停まっていました(写真)。他10tクラスのモーターカーもありました。


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 そこを、7000系7601始め6連(7000系初号編成)が学研奈良登美ヶ丘を目指し走行、その反対から7020系7124始め6連が、本線入線を待っています(写真)。


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 同駅に、ちょうどモハ1復刻編成、5802始め6連が停車、通過待ちをします(写真)。


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 東生駒から奈良線を布施へ、布施から再び大阪線を下り、河内山本へ。行ったのは、信貴線です。山本から2駅、信貴山口に着きました(写真、1432始め2連)。


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 信貴山口からは、ケーブル西信貴線へ(写真、8「しょううん」)。しかし時間が遅かったので、登るのは止め、ここで戻りました。


 そして今日の滞在先に向かいました。


 先ずは、一日目の予定をこなしましたが、そういえば、あの場所が、残っていると思いませんか?そうです、明日の予定に入っているので、今日は止めました。


 明日は、今日の続きです。


 それでは、次回をお楽しみに。

昂奮して嗚咽して、

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、「新春1DAYフリーきっぷ」を使用して、名鉄を取材しました。


 大晦日に帰宅して、正月の投稿を終え、以降は寝正月でした。しかし前売りの切符の引き換え有効期限が今日であり、明日にはただの紙切れになってしまうため、今朝は早めに起き、最寄り駅へ行き、きっぷに交換。明治村+モンキーパーク、リトルワールド、南知多ビーチランドのいずれかの割引券が付属し、これは別の日でも良いとのこと。後日、また行ってきます。


 スタートは名古屋本線、快速特急から(写真)。車番の記録も忘れました。


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 この時期は、通常快特の停まらない国府にも停車。階段を登り5、6番線へ。普通豊川稲荷行きに乗車(写真、豊川稲荷にて)。6503Fです。


 豊川稲荷駅から、豊川稲荷に参拝。東京都港区赤坂の豊川稲荷の、本社です。参道には「いなり」をアレンジした食料品が売られ、一部は早朝から行列が出来ていました。


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 豊川稲荷駅に戻ると、列車は6930始め2連(6830F)でした(写真)。国府まで戻ります。


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 国府駅下り普通ホームには、5652始め4連、5601Fが停まります(写真)。珍車です。普通東岡崎行きですが、東岡崎で長時間停車後、そのまま行き先を変え続行運転されます。


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 東岡崎でカードをゲット、続行普通で新安城へ。同駅1番線蒲郡方には、10tクラスでしょうか、クレーン付きモーターカーが留置されます(写真)。列車は寸手のところで吉良吉田行きを逃し、次の普通西尾行きに乗りました。


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 西尾で、行き違い列車は6002F急行佐屋行きでした(写真)。6000系初期車、三河線ワンマン対応車ですが、こういう運用もあるのですね。つまり西尾線~津島線急行のスジは、100キロ車でも可能な運用である、ということです。


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 続いてやって来たのは、3508F急行吉良吉田行きです(写真)。結局15分足止めとなりました。


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 吉良吉田から先は、蒲郡線ワンマン区間です。元々は西中金~豊田市~知立~碧南~吉良吉田~蒲郡と続いた旧三河鉄道の一連の路線でしたが、西中金~猿投間と碧南~吉良吉田間の利用者が少なく、その区間の電化を廃止しLEカーに置き換え(内燃化)したものの、結局廃止となりました。


 吉良吉田~蒲郡間も利用者は多くなく、結果蒲郡以外は駅員無配置、列車は料金収受も行うワンマン運転になっています。ICカード化がもう少し早ければ、全駅タッチセンサーとなったでしょうが、吉良吉田のこの中間改札で精算、という形態になっています(写真)。


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 使用されるのは、6000系連続窓の初期車の2連、3編成が90分パターンで入れ替わり、30分ヘッドとなっています(写真、6012F、蒲郡での撮影)。


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 6012の系統板(写真)。蒲郡市市制60周年です。


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 再び吉良吉田に戻り、接続する急行で神宮前、カードを受け取り、次に来た新鵜沼行き特急に乗車。犬山遊園で下車(写真)、犬山成田山(成田山新勝寺の別院)に行きました。


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 犬山遊園上りホーム横の支柱(写真)。これらはかつて営業していたモノレール線の残骸です。同駅から犬山成田山を経由して、日本モンキーパークまで走る、跨座式モノレール(日立アルヴェーグ式)で、東京モノレールの原型でしたが、老朽化に伴い廃止、現在は廃線跡も撤去が終了しています。


 そして犬山成田山を参拝、記念品を受領し、駅に戻ります。正直日陰には大晦日の雪が残っており、滑って大変でした。


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 そして駅に戻り、乗車。駅すぐ北は、元は道路併用橋であった犬山橋です(写真)。現在は別途道路橋が架かり、分離されました。


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 列車は新鵜沼から岐阜を目指します。向こうからは珍車、1384系がやって来ます(写真)。1編成のみの存在です。


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 各務原市役所前~市民公園前間は駅間僅か600メートル、次の駅ホームが見えています(写真)。


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 細畑~田神間で、線路敷が広くなります(写真)。これは美濃町線(廃止)の支線、通称「田神線」の跡で、この辺りが1500Vと600Vのデッドセクション、電圧切り替え地点でした。


 乗換駅でもあった田神は、軌道線ホームが撤去されただけでなく、駅ビルも解体され、無人駅となっていました。


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 そして、名鉄岐阜へ。地平の5、6番線の横に、現在は電留線となった7番線跡が見えてきます(写真)。7番線は軌道線車両用ホームでしたが、600V区間全廃で廃止されました。


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 岐阜でもカードをゲット、最後に太田川でもゲット、4枚の裏を合わせると1枚の写真になります。それは、集めた人だけの特権です。


 太田川からもう少し乗りたい、と思い待っていると、河和行き急行が来ました。どうせ行くなら内海まで、と思いましたが、分岐点富貴で20分待ち、撮影困難時間帯となりそうだったので、断念。今日の最南端は河和です(写真)。河和線は河和口~河和間が単線、つくづく名鉄はシーザスクロッシングを嫌っているのだ、と思います。


 車内で、荷物を座席に置き、3人分を独占する人がいたので、見てみると、荷物をワイヤーロックで固定、絶対に誰も座れないようにしていました。まあ、終点で降りて、止めるだろうと思ったら、ギリギリで錠を外し、河和で一番に下車。「あいつは、トップガンだ!」と言ったそこに待ち構え、再び折り返し列車に乗車。美浜町民でも、南知多町民でもなく、何のために名鉄に乗っていたのか不明ですが、大人げない行動は、馬鹿呼ばわりされる元凶なので、注意しましょう。


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 そして、再び太田川で下車。階下に降り、乗車した列車は3511F、空港準急です(写真)。


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 何より驚いたのは、運転台後の情報案内が、落成時のLEDではなく、フルカラー液晶に変わっていたところ(写真)。右半分の情報欄は、何も無い時は速度計になりました。なお、120キロ時の乗客が表示されるかどうかは、不明です。


 名古屋で、ラーメンといえば、やはり「台湾ラーメン」です。「台湾ラーメン」といえば、一番有名な「ああ、あの店か。」という店があるのですが、そこは市内中心部、地下鉄に乗る必要があります。しかしその直営店が、セントレアの店子になっていることを思い出し、セントレアに行きました。行列20分、注文後5分待ち、生ビールも注文し待っていると、来ました、とびっきりの一杯が!写真を撮るのも忘れる程腹が減っていたので、水を飲むと食べられなくなる、と気をつけ、その辛い汁を8割飲み干すまで辿り着きましたが、そこで咽が痙攣したのか、咳が止まらない!「台湾ラーメン」のオリジナルレシピを食する昂奮と、激辛の肉汁が原因の嗚咽で、大変でしたが、何とか完食しました。ただ、それは店員に言わせると「レベル3」だそうです。皆さん、名古屋にしか無い「台湾ラーメン」を食するのは良いですが、甘く見て「レベル4以上」のトラブルを起こさないよう、気をつけてください。


 そして、帰宅しました。


 今日は初詣に豊川と犬山に行き、願掛けしました。そして最後は満腹、香辛料で一時変調しましたが、今は大丈夫です。「ウー。まずいい!」次回こそは、本店でしょうか。


 それでは、次回をお楽しみに。

11回目の新春を仰ぎ

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 あけましておめでとうございます。管理人、Seichiroです。


 昨年は、「ブログ人」終了による引越等、いろいろありました。それでもなおご覧戴き、ありがとうございました。


 今年も、よろしくお願いします。

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電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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