The End Of The Year#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、愛知県稲沢、愛知機関区をお届けします。


 先回は、枇杷島で終わっています。快速の停まらない同駅、稲沢は隣と思い、反対方向の普通に乗ります。実際には清洲があり、2駅先でした。


 かつて稲沢は、稲沢操車場があった場所で、それに伴い機関区も併設、これが現在の愛知機関区の元です。しかし国鉄改革に伴い、操車場で貨車を仕分けし輸送するというシステムから、コンテナ貨車直行直帰のスタイルに変わり、操車場は廃止、現在は再開発され、マンションとショッピングモールが建っています。


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 枇杷島の駅で待っていると、DD51更新色、889と857の重連が、塩浜に向け返空石油タキを牽きます(写真)。折り返しは、稲沢経由長野方面の、石油タンカーになります。


 電車に乗り、清洲を過ぎると、だんだん雰囲気が出てきます。東側の車窓は、楽しみです。


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 愛知機関区南方には、EF200-5が見えます(写真)。出力6000kw、JR化後に増備された有力な機関車ですが、地上設備の負担が大きく、フル出力では活躍していません。と言っているうちに、一部に廃車が出ています。


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 EF66 30と、EF200-2が見えています(写真)。何れも他区の機関車、待機中です。


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 DD51 1805が見えます(写真)。貨物用SG無しの800番代899の続番が、試作900番代、重連形500番代799の続番1001に干渉するため、1801まで飛び、その最後の番号で、DD51最終号機とされています。以前は吹田機関区所属だったようで、赤川仮橋を通る運用にも就いていましたが、末期に愛知機関区に転属、入れ替わったDD51は廃車されました。


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 EF64 1038(写真)。EF64 1000番代、元は高崎機関区所属で、永く上越線や中央東線の運用に就いていましたが、EH200増備に伴い愛知区に一族移転、愛知区のEF64 0番代を玉突き廃車することとなりました。


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 EF210-122(写真)。EF65代替、EF66代用も可能です。0番代は1C2Mでしたが、100番代から1C1Mに改められました。


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 DE10 1723(写真)。JR貨物更新色です。


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 その後も同じ、DE10 1726です(写真)。宇部線、美祢線貨物に萌えた日々が、懐かしい。因みに、その究極は岡見貨物で、昔一度撮りましたが、それも含め廃止されて久しいです。益田のあのホテルには、迷惑を掛けっぱなしでした。


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 EF64 1010(写真)。JR貨物更新色です。


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 EF64 1027(写真)。同じJR貨物更新色の向きが反対なのは、方転し、1位2位が逆になっているからです。


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 EF210-105(写真)。100番代です。国鉄色のまま、塗装が傷んでいるEF64 1041が、少し顔をのぞかせています。


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 DD51 1156(写真)。SG付き重連形、北海道用の酷寒地形DD51のような気もします。部品取り用でしょうか。


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 EF64 1042(写真)。運用札に、「一休車」の札が入っています。二休車になり、保留車になり、廃車が一般的なルートで、EH200の増備が続く現在、状況的に復活は難しいです。


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 DD51 856(写真)。この向きでは分かりませんが、目玉、則ちヘッドライトが全て無く、部品取り用になっている様子です。


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 一番北の端は、DD51 825でした(写真)。


 並んだ奥だけでも何両も魅力的な機関車がありましたが、撮影可能なのは、この程度でしょうか。


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 折り返し電車に乗ります。車窓から、EF66 120、DD51 852が見えます(写真)。


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 EF64 1003が、区内を移動していました(写真)。中勾配形EF64と、平坦形EF65の歯車比は実は同じで、EF64 1000番代の転属で、矢橋ホキ等の平坦運用にも使用されるようになりました。


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 最後は、清洲駅近くに停まる、オーストリア製マルタイです(写真)。JR東海の車両です。


 そして地元駅で313系を撮るとメディアが一杯になり、今年の鉄道写真の撮り終えとなりました。


 色々行きましたが、今年も無事取材を終えたことに、感謝します。お付き合い、ありがとうございました。


 それでは、良いお年を。

The End Of The Year#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、東海交通事業城北線を取材しました。


 JR東海からキハ40系、キハ11形初期形撤退の報道がなされ、ここ暫くはその関連を取材しています。併せて、城北線でもキハ11 200番代4両が使用されているわけですが、管理をしている美濃太田車両区からのキハ11撤退に伴い、この4両は「ひたちなか海浜鉄道」に譲渡、現在JR東海で使用されるキハ11 300番代が、これに取って代わることとなりました。そこで、その取材をしようとしたのが、今回の目論見でした。


 なお正確には、キハ11 200番代のうち城北線で使用されたのは2両のみ、残り2両は美濃太田車両区で太多線等に使用されてたことを、注記しておきます。本来は、検車時に交代する予定で導入されていましたが、実際は美濃大田区のキハ40が代走に入ることが多く、同線で走らなかった200番代もあるようです。


 先ずは、中央線に乗って、勝川へ。城北線高架の方向に、キハ11が見えています(写真)。


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 そして、勝川で下車。1番線と2番線の間には、写真のようなスペースがあります(写真)。下りのスロープになっています。


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 ホームの東側は、壁では無くネットフェンスになっています(写真)。構造的には、この部分はホームになるようです。間隔は、丁度鉄道2線分です。


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 東側も、2線分の間隔を置いて、先で複線になっています(写真)。合流する形態です。


 位置的にも城北線のホームにする予定地のような雰囲気ですが、現在のままでは不可能です。その理由は、追って。


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 丁度海シン(神領車両所)A8編成、松本行き特急「ワイドビューしなの」が、通過します(写真)。基本的には松本行きは、臨時列車です。白馬行きも合わせると、午前中に3本のスジが引かれています。


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 そして、階段を降り、駅を出ます。


 先ほどの下りスロープは途中で切れ、塩尻方面高架の下を潜る準備工が、施されています(写真)。その向きに、城北線があります。


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 しかし、城北線の高架は、中央線勝川駅近辺高架化の前に建設されているため、高さが合っていません。高架の終端は、写真のようになっており(写真)、JR勝川駅入線には、高架の一部取り壊しが必要となっています。階段が、城北線勝川駅の入口です。


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 そして、ホームに上がりますが、昼間は約1時間に1本で、時間がありました。


 暫くして、列車がやって来ます(写真)。キハ11-202です。LED電飾が、車両全体に施されています。この車両も、300番代の2両目が入線した時点で同線撤退、ひたちなか海浜鉄道へ移籍することが決まっています。


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 車内の様子(写真)。ピンクのモケットはキハ11 0番代や100番代と同一、ヘッドレストのビニールレザーまで同一です。なお、ドア部にはステップが設けられていない所が、オリジナルと異なります。


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 そして、JR勝川方は車両基地に準じた形になっており、洗浄線になっています(写真)。先日城北線に入線したキハ11-301が、入っています。つまり、キハ11-202も、間もなくラストランなのです。


 暫くして、列車は発車します。


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 最初の駅は、「味美」。島式ホームです。名鉄小牧線の同名の駅からは離れており、小牧線味鋺と味美の中間の位置です。夏に、無理して乗り換えようとして、大変だった記憶があります。


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 続いては、「比良」です(写真)。公共交通空白地帯で、駅の存在は大きいです。対向式ホームです。


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 次は、「小田井」です(写真)。島式です。名鉄・名古屋市営地下鉄上小田井と、名鉄犬山線中小田井の、中間の位置、ここも名鉄から見えても、乗り換えは不便です。心持ち、上小田井の方が近いのか。


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 城北線は、元は国鉄「岡多線」、現愛知環状鉄道を高蔵寺から延長し、勝川から分岐、稲沢に繋がる予定の貨物線でした。支線として、枇杷島から名古屋貨物ターミナル方面への分岐線が予定されており、それが、現在の城北線のルートになっています。つまり、稲沢方面に分岐するルートも計画されており、その分岐点では、上下が立体交差できる高架構造になっていました(写真)。しかし稲沢方面へのルートは、用地は買収されていたようですが計画廃止になり、予定地は国鉄清算事業団を経て売却処分されたようです。現在は高架では無い、一般の建物が建っているようです。


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 その分岐の途中に、「尾張星の宮」駅があります(写真)。後はキリンビール名古屋工場、同工場製と銘打ったビールもあります。


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 そして、終点枇杷島に近づきます(写真)。名古屋貨物ターミナルと、稲沢貨物駅を繋ぐ線路上にあり、貨物列車に支障しないようホームに停まります。


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 終着、枇杷島ホームに据え付けられた、キハ11(写真)。片道440円、一日乗車券は720円、往復すれば元は取れます。


 キハ11-202は、間もなく城北線での運用を終えます。その前に乗車でき、良かったと思います。新天地での活躍も、期待したいですね。


 しかし、まだ時間が早く、日も高い。折角だったので、もう少し寄り道をしましたが、以降は次回としたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

Local Orenges#5

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、先回の続き、伊勢方面です。


 「快速みえ」多気の次の停車駅は、松阪。時間的に昼だったので、「牛肉弁当」を購入。厳密な「松阪牛」では無いのでこの表示だそうですが、それに相当する牛焼肉が入っています。


 そして、3番線にキハ11が入っているなあ、と思っていると、こちら側4番線にもキハ11が入線(写真、左キハ11-10、右同3)。期せずして、キハ11 0番代のツーショットです。


 一時は寒冷地形100番代も入線していましたが、今日は全く見ませんでした。


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 そして、乗車はキハ11-305、家城行きです(写真)。名松線の運用に就きます。キハ11、後に増備された300番代、ビード入りステンレスボディに、トイレ付きなのが変更点です。


 同列車に、乗車しました。


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 そして、終点家城に到着(写真)。中間行き違いの構造ですが、以遠は災害で現在不通です。廃止も検討されたようですが、防災工事が完了したことから、来年3月改正で運転を再開するとのことでした。


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 駅前には、代行バスが停まります(写真)。以遠は、ご覧のとおりです。


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 そして、バスは終点伊勢奥津に到着。営業当時の、駅舎に相当する部分(写真)。津市施設の、一部になっています。


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 戸の向こう側は、待合室で、更に戸を開けると、ホームになっています(写真)。現在は1面1線の構造です。


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 少し離れた場所からの、駅の眺め(写真)。右奥には、SL時代の給水塔があります。元は1面2線の駅であったのも分かります。


 そして再び代行バスに乗り、家城から名松線、松阪に戻りました。


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 続いて、津へ。津からは、第三セクター「伊勢鉄道」が分岐します。名古屋発の特急「ワイドビュー南紀」、快速「みえ」は、紀勢本線の起点亀山を通らず、短絡線である伊勢鉄道を通ります。そのため、同社の出資者には、紀勢南部の市町村も名を並べている、とのことです。


 途中駅を停車する社内線は、優等列車より頻度が低く、一部1時間パターンが無い時間帯もあります。改札を出て買い物をし、戻ると、間もなくイセⅢ形、イセ101がやって来ます(写真)。行き止まりの1番線に停まります。


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 津から少しの場所で、写真のような場所があります(写真)。中央が亀山に続く紀勢本線で、右が「伊勢鉄道」、正面上の橋梁は伊勢鉄道の前身「国鉄伊勢線」当時に、複線化の工事が行われた名残です。左側の築堤も草刈りが終わりましたが、ここまで複線化するのでしょうか。


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 途中駅「中瀬古」から北側は、複線です。その、分岐・合流のポイント(写真)。高速ポイントでしょうか。


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 間もなく心臓部「玉垣」で、イセ103と行き違います(写真)。キハ11 300番代に近いスタイルです。


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 工場前の車庫には、手前からイセ104、イセ102が停まります(写真)。昔はレールバスでしたが、今は軽快気動車です。


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 玉垣で降りてしまうと、休日のため1時間半列車が無いとのことで、それでは日没となることから、下車を断念。そのまま乗車します。


 関西本線との接続駅、河原田の北方で、線路が合流します。その先の駅、南四日市で下車。貨物も扱う同駅は、普段ならコンテナ貨車を入換するスイッチャーの仕事が見られますが、今日は貨物は無く、スイッチャーも正月飾りを着け留置されています(写真、手前DB25、奥DB20)。


 なお、同駅構内には「伊勢線」、現伊勢鉄道の0キロポストがあります。


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 関西線電車で、同駅を出発。しかし、1駅、四日市で、見てはいけないものを見てしまい、下車します。


 四日市も大貨物ヤードがあります。駅北東方では、DD51 875が、機関を動かし、待機します(写真)。更新色、いわゆる「赤影」塗装です。


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 駅南西方には、DD51 853が、こちらも機関を動かし待機中でした(写真)。構内を、移動します。


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 駅東方を、DE10 1750が、石油タキを牽き、移動します(写真)。塗色は「サツマイモ」では無くJR貨物更新色で、本線走行も可能の筈です。


 ここから玉垣に戻ることも考えましたが、イセ101は四日市駅ホームで機関停止、当分発車の予定は無い様子で、断念。そして日没、次の列車で帰途に就きました。


 未明から日没まで、長い一日でした。しかし、キハ40系、キハ11、そしてDD51・DE10と、見たいものが見ることが出来、良かったです。これで、東海地方のダイヤ改正準備は、出来た気がします。


 あと、あれと、あれ、というのが今すぐ思いつきませんが、今後とも計画的に潰していきたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

Local Oranges#4

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、伊勢方面を取材しました。


 先回紀勢線で新宮まで行き、探したのは、キハ48。既にキハ25はかなり充足しており、ほとんど見かけませんでした。しかし、まだ全廃では無い。狙えば、正月輸送の車両運用で、必ず出る筈だと思い、今朝も未明に起き、探索の取材に出ました。


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 名古屋駅は、まだ日が差していません。電車は海シン(神領車両区)B503+B502編成、普通亀山行きです(写真)。


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 そして、終点亀山へ。3番線には、関西本線キハ120 8及び304が、今日も出発を待っています(写真)。


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 しかし、乗ったのは一発自摸、キハ48 3809始め4連です(写真、途中駅での撮影)。正月輸送で、通常2連であったはずが、2+2連でした。


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 車内(写真)。車端はロング化されていますが、セミクロスシート、ボックスに陣取っています。


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 最後尾(写真、キハ48 6804)。JR東海の塗色が馴染んでいます。


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 扇風機(写真)。流石に”JNR”マークは入っていませんが、その当時のものです。


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 クーラー(写真)。非冷房で落成し、冷房準備車でも無かったため、このような軽量な屋根形クーラーが何機か装備されています。おそらくミャンマーでしょう、次の移転先の国では、毎日動作する部分です。


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 料金表示器(写真)。伝統的な形の表示器、バス等と同じものです。現在は、Windowsに液晶画面の表示器が主流です。


 整理券発行機もバス用のものそのままで、ロール感熱紙の整理券もそのままです。


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 そして、終点、伊勢市に到着。3番線の向こう側は、伊勢車両区(海イセ)です。目立つ位置に、国鉄色メークのキハ48、6812及び3512が停まっています。ファンサービスという見方も出来ます。なお、国鉄当時にこのような塗色になったことはありません。


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 そして続いての鳥羽行き普通は、「快速みえ71号」が、そのまま運用に就きます(写真)。それは、折り返しの運用も、「快速みえ」だからです。平日は、伊勢出区の合間運用です。


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 その車両、キハ75 202の車内(写真)。武豊線用に落成した2次車、ワンマン対応改造は、まだ行われていません。


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 伊勢車両区の端には、恐らく保留車となったキハ48、キハ11が見えます(写真)。ミャンマー行きの準備でしょうか、まだ正月輸送にもう一回でしょうか。


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 列車は、夏だけの臨時駅「池の浦シーサイド」を通過(写真)。海水浴の雰囲気です。


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 そして、JRの終点、鳥羽に到着(写真)。0番線は、恐らく近鉄志摩線が狭軌の「三重交通」だった時代のホームでしょう。改軌され、線形も改良され、当時からは想像もつかない路線になっています。


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 そして、折り返し、多気駅近くの工場専用線には、大物車シキ800Cが見えています(写真)。大物車は、運搬方式でABCDの区別があり、これはCです。日通のマークも見えます。


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 それを繋いでいるのは、D351と書かれた、35tディーゼル機関車です(写真)。スイッチャーにしては大きいです。


 そして、もう一つの目的、及び次の目的地があるのですが、長くなるので取り敢えず水入りとします。


 キハ40系、いよいよJR東海では最期の時を迎えたのだ、という実感が沸きます。もう、残り僅かですよ!


 それでは、次回をお楽しみに。



雪上訓練

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、再び長野県方面を取材しました。


 先回青春18で行き損ねた、屋代と南松本。再び電車で行くのも難しく、結果今回は、車で。予報では長野県北部方面は雪で、途中でもちらつきましたが、気にせず車中泊。しかし通ったのが一般国道であったため、目覚めると、一面銀世界。一応スタッドレスは装備していましたが、途中で除雪もされていない場所があったため、逃げ帰る決断をしました。しかし、睡眠不足で再び仮眠すると、地面はともかく晴れています。気温も高くなってきたので、再度向かうと、積雪はシャーベットとなり、何とか進軍できる状態になりました。


 そして、目的地の途中、寄り道し、再び姨捨駅へ。景色は、一部白くなっています(写真)。しかし、車には怖い状況です。


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 そして山を下りると、千曲市、更埴です。沿道にD51があったので、寄り道します(写真)。1001号機が、「最後の」電飾となっています。同機の保存に、問題が生じたのでしょうか。戦時形D51の数少ない生き残り、注意が必要です。


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 そして、目的地、屋代へ。有人駅ですので、入場券を購入し入ります。


 2・3番線への跨線橋、その向こうには、長野電鉄屋代駅ホームに続く跨線橋があります(写真)。現在は旅客が無いことから、封鎖されています。ここから、構造物が木材なのが注目点です。まだ、撤去はされていません。


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 その、降りた側(写真)。長野電鉄ホーム跡に続きます。跨線橋は、梁も木材なのに気付きます。


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 ホーム跡(写真)。古くは客車、後にキハ57系、後に165系・169系と移り変わった、国鉄の長電乗り入れの玄関口でした。


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 その東側には、車両工場があります(写真)。長電系列の会社の工場で、長電としなの鉄道の両社の車両整備を目論みこの地に出来ましたが、長電が区間廃止で利用不可となり、しなの鉄道は利用しているのか、どうか。


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 工場前からの、渡り線の配線状況(写真)。長野方面から工場に入り、折り返し長電方面に繋がっていました。小田急10000系”HiSE”改造車である、長電1000系「ゆけむり」が、豊川の日車工場から首都圏を回り北から長野にやって来て、この線路から長電入りしました。今は、須坂に直接陸送でしょう。


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 その、須坂方には、鉄骨を組んだ鉄塔形架線柱が残り、廃線跡だと分かります(写真)。本当に、河東線廃止は残念です。


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 そして屋代を発ち、国道19号まで遠回りして、松本へ。松本市街地は、昼間は慢性的に渋滞します。


 そこから分け入り、南松本へ。駅東方は、貨物駅になっています。ちょうど、EH200-15が、石油タキの返空回送を牽き、首都圏に向け出発します(写真)。完全な日の丸構図で、恥ずかしい。


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 南方に少し線路側に張り出すスペースがあります。そこで動画を撮っている人がいたので、騒音等の支障が無いよう横に入り、撮影します(写真)。これも、日の丸です。


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 南東側には、入換機、HD300-10が停まります(写真)。電気式ハイブリッドディーゼル機関車です。同8号機も、撮れませんでしたが走っていました。


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 EH200-8(写真)。首都圏に向けての貨車を牽くべく、待機しています。


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 その西側がEH200-10、その更に西側がEF64、左奥1025、右手前1013号機です(写真)。EH200がEF64 1000番代を高崎から愛知機関区に押しやり、結果玉突きで、EF64 0番代がほぼ全面引退しました。


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 そして、村井に行きましたが、スイッチャーが貨車を授受したのは今は昔、信号所とレールの錆びた側線を残すのみとなっています。残念でした。


 そして一直線に帰宅する予定でしたが、途中欲が出て、塩尻市奈良井の、森林鉄道車両の展示を、撮りに行きました(写真)。何も変わりませんが、フィルムでも撮影、それは初めてでした。ただ、今回は芸術家のベルですが、やはり増感等を考えると、プロにすべきであったと反省しています。まあ、次回はそうします。


 そして、帰宅しました。


 今回もHD300を何両か撮り損ね、完璧ではありませんが、まあ心の支えは取れました。今後は、行動も注意深くしたいと思います。


 ピカピカだった車も、雪と融雪剤で泥だらけ!まあ、雪国ではそんな所でしょう。


 それでは、次回をお楽しみに。

Local Oranges#3

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は昨日の記録、紀勢線方面を取材しました。


 先回の高山本線では、既にキハ40系はほぼ引退、ということは、紀勢線方面も危ない。来年3月には完全撤退とアナウンスされているため、確かに乗車は何度かしていますが、このまま記録せず終わったら、正に不注意です。そのため、確認のため取材することとしました。


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 先ずは、名古屋へ。名古屋からは関西本線経由です。海シン(神領車両区)B518編成他、313系1300番代2+2連です(写真)。


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 そして、電化の終点、亀山へ。


 亀山からは、JR西日本キハ120、302他2連が、加茂方面への乗車を誘っています(写真)。


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 しかし、目的地は紀勢本線。スイッチバックの方向に向かうのは、キハ25 1500・1600番代、海ナコ(名古屋車両区)M107編成です(写真)。本線ですが、優等列車は伊勢鉄道経由、そのため津までは完全なローカル線です。


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 途中で、キハ11 10、亀山行きと行き違います(写真)。これも間もなく海外行きです。


 キハ11も、キハ40系と同じく撤退の対象で、後に新製された300番代以外は、残りません。


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 そう、お目当てのキハ40系、キハ48 6809と3809のペアです(写真)。国鉄色メークも、引退近しのサインでした。


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 そして、参宮線との分岐点、多気へ。「快速みえ」、キハ75 3505他が出発を待っています(写真)。


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 側線には、キハ25 1500・1600番代、海ナコM104編成が、待機します(写真)。この位置も、元はキハ48の定位置でした。


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 そして、私は海ナコM102編成で、新宮を目指します(写真)。1000・1100番代の暖地バージョンと思われます。製造は「2015 日本車輌」です。


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 途中駅で、M110編成と行き違います(写真)。目下の最終編成と思われます。


 そして紀勢本線最後の難所、新鹿を通過(表題の写真)。日本一きれいな海水浴場なのだそうです。


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 特急「ワイドビュー南紀」と行き違います(写真)。キハ85 3他6連、正月輸送の準備はOKです。


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 そして、終点近く、「鵜殿」駅には、紀州製紙の引き込み線跡が残ります(写真)。鵜殿貨物、DD51に萌えたのは、今は昔です。”BIGMA”は、あの列車のこの駅のためのレンズでした。


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 そして1駅、熊野川を渡ると、和歌山県、新宮です。新宮駅2番線には、海ナコM1編成が据え付けられています(写真)。番号はキハ25 1009と1109のペアで、高山線キハ25 1000番代の続番です。いずれ車両が充足した時点で美濃太田に返却、ということでしょう。高山線の海ミオ(美濃太田車両区)P110編成は、同番を空けてついている番号です。


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 同駅1番線には、近ヒネ(日根野支所)HC605編成、287系特急「くろしお」です(写真)。10月から投入が開始された289系、元683系2000番代は、制御装置の電圧が異なるため、併結不可とのこと。転属も考えて、設計すべきであったという気もします。


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 ローカル電車は105系、近ヒネ(日根野支所新在家派出所)、SF002編成です(写真)。一般型電車は、単色化が進んでいます。


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 お帰りの列車は、海ナコM106編成、亀山行きです(写真)。出発時刻を待っています。


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 3番線には、キハ85 8他、特急「ワイドビュー南紀」が入線(写真)。動物対策排障器が、物々しい。


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 その後には、105系、近ヒネSF006編成が入線(写真)。こちらも出発を待っています。


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 出発間際、京都から特急がやって来ます(写真)。283系、近ヒネHB602編成、元「オーシャンアロー」編成です。振り子電車ですが、18両のみの存在です。


 間もなく、列車は発車しました。


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 そして間もなく日没、写真撮影は困難となります。


 更に追い打ちをかけるように、関西本線でトラブル続発。一時は、帰宅も困難かと心配しました。


 そして終点亀山には、211系K52編成が入線(写真)。JR東海の211系0番代は、2編成8両のみです。


 乗車後、だんだんと復旧していき、何とか帰宅しました。


 キハ48を探すのに、新宮を目指したのは駄目でした。このままではダイヤ改正を待たずに置き換え、となりそうです。事は急ぎます。


 となると、あの方向ですが、取材機会はあるか、どうか。


 それでは、次回をお楽しみに。

Local Oranges#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日の取材、高山本線方面を取材しました。


 単線非電化の高山本線、午前中は早朝を除き高山までは特急のみ、普通は走りません。高山まで青春18で行くには、5時台に自宅を発ち、6時台に起点岐阜に到着している必要があります。そのため、地元JR駅を初電で出発。


 岐阜駅にはキハ25、1004及び1104のペア、海ミオ(JR東海美濃太田車両区)P104編成が、出発を待っています(写真)。乗車します。


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 途中駅で、特急「ワイドビューひだ」が追い抜きます(写真)。貫通型、先頭はキハ85 201、同1117、キハ84 4、キロハ84 1、キハ85 8が続く5連です。


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 居眠りしているうちに高山に到着。かつてキハ48が停泊した留置線には、海ミオP105編成が停まります(写真)。


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 折り返し美濃太田に向かうのは、同じくキハ25ながら、武豊線でも使用されたP1編成、1と101のペアです(写真)。かつて武豊線投入前に、試験装置を積んだ同編成の、高山駅に停泊する姿を捉えたとことがあります。


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 乗り継ぎ列車まで時間があったので、市内を散策。高山駅北西方の公園には、左ラッセル車キ132、右SL9600形19648が保存されます(写真)。屋根付きで、状態は良いようです。


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 そして2時間後、乗車列車は高山駅1番線に据え付けられます(写真)。海ミオP4編成、猪谷行きです。


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 途中駅で、P5編成と行き違います(写真)。キハ25、0及び100番代の最終編成、保守的なJR東海の車体設計の、ビード入りステンレスの最終編成となりました。以降の1000番代、1100番代はフラットステンレスに変更されています。


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 角川~猪谷間は、永く災害で運転が停まっていた区間です。橋梁が落ちたまま1年あまり経過し、地元では「復旧しないのでは?」との心配もありましたが、時間はかかったものの、復旧しました。


 途中駅「打保」には永くキハ48形2両とモーターカーが取り残され、ポイント部分を覆うシェッドの下に留置されていました。そのシェッド(写真)。この辺りは風雪が厳しいらしく、駅前後に設置されています。


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 そして列車は、終点猪谷に到着。1番線に、入換信号で入線します。


 その1番線前方は、JR西日本キハ120形、セミクロスの300番代、318と347が停まります(写真)。間もなく、富山に向け出発します。


 本当は乗車したかったのですが、富山まで行ってしまうと帰宅が深夜になることから、そのまま猪谷で折り返しを待つこととしました。


 P4編成は、折り返しに1時間以上あったため、手歯止め(ハンドスコッチ)を入れて車両を固定し、機関を停止ししました。


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 猪谷駅南側には、トンネル2つ(写真)。右が高山本線岐阜方面、左が国鉄神岡線、後に第三セクター「神岡鉄道」となったものの、廃止された路線跡です。神岡鉄道のトンネルは、金網で封鎖されています。


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 富山から、キハ120 352が到着(写真)。これに接続し、P4編成も折り返しますが、少々時間がありました。折り返し列車に乗車します。


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 猪谷からは、宮川に沿って遡ります。川に沿って国道360号が走りますが、現道は長大トンネル区間ですが、旧道は川沿いの隘路。昔は除雪もされず放置されていたような気がしますが、現在は災害で大きく崩れ寸断され、復旧の予定も無いようです(写真)。現道は上下分離の立派な道路で、旧道の復旧を必要とする事情も無いのでしょう。


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 そして、高山駅にはキハ25 1000番代、P110編成が留置されます(写真)。今年発行のJR気動車・客車編成表には載っておらず、今年度の落成と思われます。


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 列車は直通、普通美濃太田行きです。高山を過ぎると一気に日没となり、急に暗くなってきました。


 そして、P101編成と行き違います(写真)。キハ25、1000番代及び1100番代初号車の編成、この車両からJR東海もフラットステンレスボディを導入しました。


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 同駅で追い越すのは、キハ85 0番代を先頭にした、上り特急「ワイドビューひだ」です(写真)。100番代は貫通路設置のみで代用可能でしたが、身障者席を設定するためのハイデッカー撤去改造したことから1100番代となり、全車改造終了、代用出来なくなりました。


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 そして、美濃太田で乗り換えるのは、キハ75、3306と3206のペアです(写真)。200番代及び300番代にワンマン対応改造が施され、改番されました。こちらのほうが高山本線用で、ロングシートのキハ25 1000番代の方が太多線のような気がしますが、実際は逆です。


 見てのとおり美濃太田界隈からはキハ40系、キハ11は消え、JR化以降の新造車両となりました。JR東海も、置き換えは一気に行います。


 先日来年3月のダイヤ改正に関するプレス発表がありましたが、その中で、JR東海は国鉄形車両は全車引退するとのアナウンスもありました。既に、高山本線、太多線からは一掃されました。ということは、残るは伊勢界隈のみでしょう。キハ11さえ無く、こんなに進んだのか、と驚きます。そうすると、今後の取材は、そこと、あそこだなあ、と思います。このままではキハ11 300番代まで無くなってしまいそうです。


 まあ、これらの引退した車両たちは、ミャンマー等の外国に輸出され、彼の国では「エアコン車」というグレードになるのでしょう。新たな世界でも、永く残って欲しいですね。


 それでは、次回をお楽しみに。

冬らしい日(後半戦その2)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日の、後半部分です。


 先回は姨捨で終わっていますが、聖高原を越えれば、当然松本です。松本で、時間があれば、やはり行きたいのは(アルピコ交通)松本電鉄でしょう。その通り、大糸線の向こう、松本駅7番線から乗車します。


 終点新島々まで往復するなら、一日乗車券の元が取れますが、結局車庫のある新村で下車。乗ってきたのは「渕東なぎさ」ラッピング電車です(写真、3005)。当然、元京王井の頭線です。コルゲートステンレスまで白く塗っています。


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 ホーム前には、ED30 1が、電飾を装備して留置されます(写真)。アメリカ製の輸入電機です。


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 反対側からの眺め(写真)。歴史的な電機、残って欲しいですね。台車回りも注目です。


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 遙か向こうには、「アオガエル」5006が見えます(写真)。一時は松本電鉄の塗色を纏っていましたが、復元されました。


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 その奥の検修庫には、3008始め2連が見えています(写真)。今日は、非番です。


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 「アオガエルは、道路から、見えるよ!」と駅員が言うので、行ってみました。


 そう、踏切を渡り、向かうと、ありました、半鋼製の有蓋車が2両、ダルマになっています(写真)。目的物ももう少しです。


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 その横には、現在は倉庫となった5005があります(写真)。内部は不明ですが、外観は復元されました。


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 現駅舎の横には旧駅舎があり、その横には、写真のような看板があります(写真)。ハニフ1、元甲武鉄道の、日本最古級の木製電車のなれの果ての姿で、転籍の後客車となり、この地に残っていました。現在は、さいたま市の鉄道博物館にて展示されています。


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 そして、松本駅に戻ります。


 松本駅2番線には、新宿へ向け出発を待つ「スーパーあずさ」、長モトS22+S5編成の、連結面(写真)。今後、どうなるか。


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 松本駅0番線には、飯田行き313系1700番代、海シンB151編成が停まっていました(写真)。中央西線用3連1500番代と一部仕様が異なり、番代区分がなされています。やはり、神領車両区の車両は、このように松本経由で飯田線に送り込まれていました。


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 飯田行きが去った後に、徐に置かれるバケツに入った、道具(写真)。手歯止め、いわゆる「ハンドスコッチ」です。転動防止用の道具、長時間停止時に使用します。JR東海の車両は、JR東日本E231系のような駐車ブレーキは装備していません。


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 そして、続いて入線するのは同じ313系でも1300番代、海シンB508編成です(写真)。ワンマン仕様2連ですが、転換クロスシートです。関西本線や武豊線でも使用されます。木曽福島行きで、中津川行きにはもう1時間ありましたが、乗車しました。


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 それが失敗だったのは、すぐに分かりました。一駅先、南松本は貨物駅でもあり、多くの機関車が停泊します。EH200-1もあれば、HD-300も2両あり、一本前で行き、撮影しなかったことを悔やみました。窓からは、HD-300-7が見えました(写真)が、こんなヘタレです。


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 戻ることも考えましたが、断念。そのまま木曽福島まで行きました。


 木曽福島駅前には、非電化当時の主役であったD51、775号機が保存されます(写真)。


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 そして、一時間後、海シンB504編成が、中津川行きとしてやって来ました(写真)。


 そして、帰宅しました。


 昨日は、幾つか後悔が残ります。屋代といい、南松本といい、もっと注意を払えば撮影時間もあり、絶好の天気でもあり、惜しいことをしました。注意します。


 ここのところの睡眠不足が祟り、今日は寝坊を。まあ、出勤に遅刻したわけでは無いので、無事ですが。今夜は、ゆっくり寝ます。


 それでは、次回をお楽しみに。


冬らしい日(後半戦その1)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日の続き、長野県方面です。


 昨日の投稿後、思いっきり酒をあおり、そのまま寝ました。しかしそれが原因では無いですが、今朝も昨日と同じ時間に目が覚めてしまいました。


 そして、朝食。バイキングなので、食い意地が張って2食分食べてしまい、満腹です。そして、気分良く、出発しました。


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 そして向かったのは、長野電鉄。長電長野駅は、JR長野駅前地下にあります。大規模な地下鉄道は、北見に次いで2番目に小さな都市です。


 長野オリンピックに伴う長野新幹線開業、そして北陸新幹線金沢開業の2ステップを経て長野駅も大きく様変わり、はるか昔は善光寺に習った寺社風駅舎だったのが、近代的な駅舎に変わり、地下でも駅東西に通じ、隔世の感があります。


 そして発車を待つのは8504始め3連、東急田園都市線のお下がりです(写真)。


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 同車には、「ローレル賞 1976」のプレートがあります(写真)。名作と言えば、名作です。


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 長電探訪でも良かったのですが、やはり行きたいのは、須坂。かつては国鉄車両が乗り入れた、屋代から続く河東線(廃止)との合流点で、長電の車両基地のある場所です。


 丁度1002始め4連「ゆけむり」が、出発を待っています。元小田急10000系”HiSE”、後にバツを打ってはいけません。中線には元営団日比谷線の3000系「マッコウクジラ」、3526始め2連が見えます。3001及び3002は、長電引退後東京メトロに里帰りしました。


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 河東線の方向には、黄色の除雪モーターカーが見えます(写真)。伝統だけでは残らない、悲しいです。


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 南西方の車庫には、2100系「スノーモンキー」、他3500系が見えます(写真)。宝の山だったこの場所も、長野オリンピック前に整理され、寂しくなりました。


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 その北側には、長電最後の自社製造車、「OSカー」OS11、61始め2連が見えます(写真)。以前は河東線の方向の中線にあった気がしますが、現在はここです。


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 以前は撮れなかった方向で撮ろうと、フィルムカメラを出そうとすると、入換で、手前に8500系が入ってしまいました。しかし、暫くして移動し、入庫しました。これ幸いと撮りまくります。OS11、11です(写真)。初代OSカーは20メートル車4ドアでしたが、この形から18メートル車3ドアになりました。新性能車にもかかわらず引退したのは、非冷房だったからで、非常に残念。その後は他社のお下がりを使用するようになりました。


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 そして、長野に戻り、JRへ。


 駅の端には、牽引車代用のクモユニ143-1が停まります(写真)。


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 長野色のままの115系、「しなの鉄道」車両です(写真)。北しなの線以外にも使用されます。


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 「しなの鉄道」色の115系です(写真)。横軽通過対策車か、ジャンパ栓が3本あります。同塗色の169系が、懐かしい。


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 そしてJRの車両は、211系(写真、長ナノN302編成)。高崎地区の115系より早く、置き換えが進みました。


 この列車は篠ノ井線から中央東線に入り、甲府行きでした。乗車します。


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 かつての長電接続駅であった屋代へ行くつもりでしたが、すっかり忘れ、姨捨へ。姨捨三段スイッチバック、1段目の分岐点です(写真)。ここは、通過します。


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 そして2段目のスイッチバックが、姨捨駅です(写真)。写真左のスイッチバック線に一旦入り、停目で停止。運転士は窓から後を見て場内信号を確認、バックで駅に入線します。


 そしてホームには上下線普通が停止、待つのは383系特急「ワイドビューしなの」です。世界初の自己操舵台車を装備した振り子電車ですが、そんなことは宣伝しないのが、「トータルバランス」を重視するJR東海らしい。


 そして上り線ホーム中央には、展望台があり、善光寺平を眺めることが出来ます(表題の写真)。昼の景色も良いですが、きっと夜景も美しいでしょう。


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 そして3段目のスイッチバックは、電車及び機関車の性能向上で廃止され、保線用に一部線路が残ります(写真)。写真左方、真新しい電柱の方向に一旦分岐し、折り返しスイッチバック、そして缶を整え、聖高原への最後の勾配を目指したのでした。D51が喘ぎながら登った時代が偲ばれます。


 そして、聖高原を過ぎれば、間もなく松本ですが、まだまだ先が長いです。そのため、ここで一旦水入りとします。


 長電のOS11は、やはり思い入れがあるでしょう、残したいでしょうが、事情が許さないでしょう。今のうちに記録しておかないと、猫跨ぎしているうちに無くなってしまいます。今日前半の最大の目的が果たせ、良かったです。


 そして、次の山場は、読めそうですが、その通りです。ご期待下さい。


 それでは、次回をお楽しみに。

冬らしい日(前半戦)

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、信州方面を取材しました。


 当然今は「青春18きっぷ」のシーズンで、そういった乗り鉄になるのですが、そういえば大糸線、とりわけ北線は乗ってないなあ、と思い、時刻表とにらめっこ。朝5時半に家を出れば、回ってこれるということが分かり、早速今日も5時起床。JRまではアドバンテージがありましたが、結局中央西線中津川で予定と同じになりました。


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 中津川からは、313系ワンマン車、以前は固定セミクロスの3000番代でしたが、今は転換クロスの1300番代になっています(写真、海シンB508編成、塩尻で撮影)。


 塩尻では特急を待つバカ停でしたが、その後に影響が無かったので、結局乗り続けました。


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 南松本貨物駅には、ハイブリッドディーゼル機関車、HD300-7が、停まっています(写真)。電気式のハイブリッドディーゼルです。


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 その向こうには、上越線及び中央東線の現在の主力、EH200形、2号機が停まります(写真)。


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 そして、松本に到着。目的の大糸線の、起点です。


 松本駅7番線には、(アルピコ交通)松本電鉄、3000系3003始め2連が出発を待っています(写真)。見ての通り京王井の頭線1000系、同線引退後改造を経て、2連4本8両がやって来ました。


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 大糸線でも利用者が多い時間だったのでしょう、211系長ナノN315編成3連が、6番線に到着(写真)。211系は、長野県の、普通に見られる景色になっています。


 そして、ホーム上の立ち食い蕎麦で、蕎麦を食べました。信州に来てまで、うどんを食べるのでしょうか。蕎麦に食べ飽きたなら、分かりますが。基本、東の方は蕎麦ですよ。


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 しかし同編成は入庫、次の南小谷行きは、E127系100番代、長モトA9編成になっています(写真)。乗車しました。


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 途中、臨時駅の「ヤナバスキー場前」に停まります(写真)。スキー場までは、ちょっとです。


 沿線には、「白馬さのさかスキー場」も見えましたが、スノーマシンの努力にもかかわらずまだ雪が完全には覆っておらず、まだリフトは動いていませんでした。


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 そして、電車と電化区間の終点、南小谷に到着(写真)。JR東日本のテリトリーの終わりでもあります。電車は、折り返しまで、暫く時間があります。


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 30分程してから、特急「あずさ」E257系長モトM-113編成が、回送されてきました(写真)。大糸線最長の9両編成、こちら側は11号車です。


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 3号車側から(写真)。新宿~松本間で増結されるときには11連ですが、増結車が1、2号車で、通常は9連、3号車から数えます。


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 それに接続して、JR西日本のキハ120、329及び341が到着します。外人が多いのは驚きました。


 そして特急は発車、キハ120が残ります(写真)。これに乗車、更に時間をおいてから発車します。本当に、私も気が長い。


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 途中、根知でキハ120 354と行き違い。基本、大糸線は3両が常駐で、これはキハ52の時代から変わりません。


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 そして、大糸線の終点、糸魚川へ。糸魚川からは北陸新幹線と、「えちごトキめき鉄道」が接続します。どちらも青春18なら有料なので、新幹線にも傾きそうでしたが、結局在来線へ。


 「えちごトキめき鉄道」、「ひすいライン」は、路線途中の梶屋敷で電源の交直切り替えがあるため、交直両用電車を新造するのでは無く、JR西日本キハ122系同形の気動車を新造しました。そのET122-1(写真、直江津で撮影)。新潟トランシス2014年製です。


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 直江津からは、同じ「えちごトキめき鉄道」ですが、「はねうまライン」で、こちらはJR東日本のお下がり、E127系0番代を、ET127系にしています(写真、ET127-5)。この転属には、色々な非難があります。


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 代替車E129系の新造が遅れ、同車はJR東日本から移籍するまで殆ど時間が無かったことから、一部に新潟近郊で使用されていた時代そのままで使用されます(写真、ドアのステッカー)。その辺の経緯についての陰口を、ネットで見たことがあります。


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 そして、妙高高原からは「しなの鉄道北しなの線」です。車両は115系、長野色そのままで使用されていました(写真、S12編成、長野で撮影)。私が経営者なら、軽井沢から妙高高原まで通しで列車を走らせるでしょうが、恐らく輸送量の関係で、そのような列車は無いようです。やはりこちらもドタバタか、塗色変更が間に合っていないようです。


 恐らく、インドネシアなどの国では、まだ「抵抗制御」の電車が欲しい、と言うでしょうが、もう日本では大半は引退し、ODAでもチョッパ制御車を輸出する程です。115系なら、「エアコン1等車」になりますよ。増して、485系なら、と思いますが、もう残っていません。あんな、日本人にはボロに見える電車も、彼の国では「エアコンのある、夢の電車」なのです。日本って、本当に、豊かな国なんですね。


 明日は、今日の続きです。


 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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