The Baddest

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日に引き続き、城北線をお届けします。


 昨日は未明まで投稿していましたが、それが原因でしょうか、今朝は起きる気がせず、昼を迎えます。しかしこれではいけないと起き、取り敢えず、勝川の様子を見てから行こうと決断。勝川を目指します。


 城北線勝川駅東方の車両基地には、何も入っていません(写真)。キハ11 202も、運用に入っているようです。これは、期待出来ます。


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 しかし、通常の運用は、キハ11 301が入ります(写真)。どうしてなのか、その時は分かりませんでした。


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 同車の製造銘板(写真)。「JR東海」だったプレートが、新品の「東海交通事業」に変わっています。「新潟鐵工所 平成11年」は、変わりません。


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 車内のプレート(写真)。「NIIGATA 1999」「キハ11 301」と書かれ、オリジナルが盗まれずに残っています。


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 JR当時、トイレであった場所(写真)。「業務用」とされ、内部は見えません。


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 所属の「海イセ」の、ペイントの跡(写真)。ATS標記も、「S」のみだったのが、「ST」「PT」と書き直されています。


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 行きも気になっていた、キハ11 202の運用。折り返し勝川行きでは、小田井で降りる人がいました。そして間もなく、団臨の運用に就く同車と行き違います(写真)。咄嗟のことで、焦点距離もいい加減で、酷い写真です。


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 キハ11 202は、枇杷島から団体で、折り返し勝川から枇杷島に戻りました。しかし、明日のことを考えれば、整備基地の勝川に必ず戻ると思い、比良で下車。誰もいないホームで、「来るなら、他にも誰か待ってるよな?」「名古屋車両所に入っちゃった?」と不安になりながら、待ちました。


 そして、不安が忍耐の限度を超えた頃に、反対ホームの接近案内放送が入ります。「来る!」と思うや否や、キハ11 202は、やって来ました(写真)。方向幕は、「回送」でした。


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 そして、比良を、減速気味に通過します(写真)。


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 そして、行き過ぎました(写真)。


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 定期列車は、複線を続行運転します。階段を地上に降り、再び反対ホームを上り、乗車します。


 そして、勝川へ。キハ11 202は洗浄線で、機関を停めず何か車内の整備をしています(写真)。


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 そして、再び乗車。終点、枇杷島に、到着します(写真)。


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 間もなく折り返し時間となり、同車は発車します(写真)。


 もし、城北線の団体乗車を企画するなら、多分名古屋に近い枇杷島からの乗車を考えるでしょう。そして勝川を折り返し枇杷島に戻る、というのは普通の考えです。しかし、車両運用から考えると、通常勝川から運用が始まるので、一旦勝川から枇杷島に送り込み回送し、枇杷島から枇杷島へ1往復、そして勝川へ返空回送、という運用になることが読めたので、最後にバッチリでした。


 ただ、城北線は全線高架で、撮影場所が問題です。走行中の姿を線路外から、というのは全く不可能で、となると施設内に限定されます。勝川は単頭式でダメ、枇杷島は2分の1の確率で1番線になることから問題があり、更に小田井と味美は島式ホームとなると、自然と撮る場所が限られてきます。


 更に、2両使用は日曜以外の朝、及び土日以外の夕方のみで、202が昼間走らないとなると、通常運用を狙うなら、自然と日時が限定されます。エグゾーストノート等が狙えるのは、その時だけです。乗車ガイドは、これで十分書いたと思うので、これ以上はできません。あとは、自らご判断下さい。


 キハ11 201が運用に就いているうちから、きちんと記録しなければなりませんでしたが、新天地「ひたちなか海浜鉄道」で元気に走っていると思うので、こちらの残る最後も記録していきたいと思います。また、そのうち行きますからね、社長さん!


 それでは、次回をお楽しみに。

Bad,Worse,Worst#3

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日3回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、稲沢、愛知機関区関連です。


 先回の終わり枇杷島では、城北線と同じ線路で、EF200-19が名古屋貨物ターミナルに向け、コンテナ貨物を牽き走ります(写真)。


 そこで、この線路の始まりである稲沢に行くことを思いつきました。


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 電車は、清洲を過ぎ、稲沢に向け走ります。


 機関区、操車場は、清洲の北から始まります。最初は、DE10 1750です(写真)。


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 続いては、DD51 899(手前)及び1147(奥)です(写真)。


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 続いては、DE10 1546です(写真)。


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 続いては、DD51 852です(写真)。


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 続いては、EF64 1047です(写真)。


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 続いては、DD51 853です(写真)。


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 稲沢駅で、下車。いつ来ても飽きず、楽しい場所です。


 南側を、眺めます。最初は、左から、EF64 1049、同1042、DD51 1028、同853、EF64 1047です(写真)。


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 続いて、DD51 1805(DD51最終号機)、同1801、EF64 1023です(写真)。


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 続いては、DE10 1562、及びEF66 26です(写真)。


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 奥には、EF64 0番代(番号不明、ナンバープレート無し)、DE10 1727が見えます(写真)。


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 下り貨物本線上で停まっていたEF66 121牽引コンテナ貨物が、発車します(写真)。


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 EF210-105牽引上り貨物が、貨物上り本線を、通過します(写真)。


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 EF64 1026が、ホーム横に停まります(写真)。


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 続いては、DD51 893が、停まります(写真)。


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 続いては、EF64 1010が、停まります(写真)。


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 それと連結されて、EF64 1045が停まります(写真)。


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 以降は、全て一休車です。EF64 1041が、それに連結されています。塗装が著しく傷んでいます。


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 それと連結されて、EF64 1014が停まります。


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 その北側には、DD51 856が停まります(写真)。奥のDD51は、875です。856は、ヘッドライトが外され、今後復活するのは難しいでしょう。


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 DD51 856と連結され、DD51 825が停まります(写真)。


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 それと連結され、EF64 1044が停まります(写真)。


 新鋭機EH200は続々と増備され、EF64の活躍の場は狭まっています。見てのとおり0番代は全て無くなり、1000番代も休車がかなり発生し、一部解体も行われているようです。ナンバーの無いEF64 1000番代もありました。


 またDD51は、最終全検を記念する行事が昨年JR貨物大宮車両所であり、昨年の大宮でのイベント時に、そのような展示もありました。つまり最長でもそれから6年の命であり、今年から数えればあと5年です。今後、塩浜線を電化するのでしょうか、それともDF200を導入するのでしょうか、今からではよく分かりません。


 国鉄形の機関車は、塗色等を変えながら永く使われてきましたが、いよいよお別れを覚悟する時が来たのかも知れません。最期になってから慌てないよう、普段から地道に撮って、記録していきたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。

Bad,Worse,Worst#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は、城北線をお届けします。


 今年3月のダイヤ改正で、既存のキハ11 200番代が引退し、JR東海所有の300番代に置き換えが決まっている城北線。19日に202によるお別れ運転がありますが、そちらは残念でした。しかし、それまでの記録をもう一度しようと思い、大江に続いて勝川を目指します。


 勝川近くのJRの高架橋から、車両が見えます(写真)。キハ11 202です。この時点で今日は失敗でしたが、このまま続行することとしました。


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 勝川で降り、城北線へ。城北線勝川駅東方には、整備基地に準じた装備があり、キハ11が3両収納可能です。その一番東端に、キハ11 202が停まります(写真)。


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 銘板(写真)。「東海交通事業」「新潟鐵工所 平成5年」と入ります。


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 反対側、洗浄線の側からの写真(写真)。少々、窮屈です。


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 間もなく、キハ11 301が到着(写真)。折り返し、枇杷島行きになります。


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 中に入り、キハ11 202を撮ります(写真)。洗浄線の先で、ちょっと苦しいです。


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 出発準備をする、キハ11 301(写真)。ヘッドライトが点きました。


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 車内(写真)。右奥はトイレですが、使用停止になっているようです。城北線の運転時間では、通常は不要でしょう。


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 出入口の、ステップ(写真)。従来のホームより高いため、階段は埋められています。


 間もなく出発時間となり、出発します。


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 そして約20分、終点の枇杷島に到着(写真)。従来車との違いは、何といってもステンレス車体であること。ダイヤ改正でもう1両が入線し、置き換えが完了します。


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 合間に、キハ85系「ワイドビューひだ」が、通過します(写真)。基本編成が2両増結、富山行き3両で9連になっています。


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 そして、城北線は発車します(写真)。


 整備は美濃太田、検車等で代走が必要な時のために、203及び204もありましたが、入線することは無く、美濃大田車両所のキハ40が入ったりすることもありました。しかし、美濃大田区は全てキハ75及びキハ25に置き換わり、単行用の気動車はありません。今後は、名松線用キハ11 300番代も名古屋車両所の所属になることから、今後は此所との行き来になるのでしょう。


 なお、引退したキハ11 200番代は、一族4両全て「ひたちなか海浜鉄道」に移動します。一部は既に運用に就いており、そちらも見たいですね。


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 枇杷島で、以降JR改札を通るために貰う、降車証明書(写真)。磁気券で、自動改札、精算機で使えます。


 そして、次を目指しましたが、投稿出来るでしょうか。


 それでは、次回をお楽しみに。

Bad,Worse,Worst#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、名鉄、大江ネタです。


 昨日は通常勤務でしたが、仕事をまともに出来ないほどの風邪の症状が出て、結果早退。頭痛が酷いので、頭痛薬を飲むと、今度は夜中にお腹が痛くなり、昨晩は満足に寝られませんでした。本当に、最悪です。


 予定では、昨晩出発し、再度「しなの」ネタで行こうと思っていましたが、車の運転どころでは無く、結果断念。昨日は、暖かくして、ありったけの薬を飲み、やっと今日になり安定しました。


 太陽が真上を過ぎてから起き、遅ればせながら出発。あまり考えず、乗り鉄バッグにフィルムカメラを積み、代理人をぶら下げて、自宅を出ました。


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 大江まで、6000系に乗りました(写真、6008F)。名鉄が次に手を付けるのは、5300系か、6000系か、心配ではあります。


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 同駅5番線には、5010F、5110始め4連が停まります(写真)。大江発東名古屋港行き、午前の仕業を終え、午後の仕業を待ちます。方向幕、LEDには「東名古屋港」は登録が無く、助士席側に系統板を掛け、運転します。名鉄で唯一のスタフ閉塞区間として、よく知られています。


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 4番線の端から、南西方を眺めると、デキ400形が2両並んでいます(写真)。昨日の帰宅時から、動いていないようです。手前は、レール用チキです。


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 駅を出て、線路東方から眺めると、よく見えます(写真)。北側がデキ401、南側がデキ402です。しかし、どうやってもチキが邪魔します。


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 更に歩き、道路橋「大江橋」の上から眺めた図(写真)。まあまあですが、更に架線が邪魔します。


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 橋を渡り、真南に出ますが、一時開いていた金網の隙間は、補修され、再び入ることが出来ないようになっていました。当然といえば当然ですが、部品盗と破壊主義者から守るには、やむを得ません。


 ミラーレスで、金網の編目に突っ込んでの写真(写真、デキ402)。合法的には、これが限界でしょう。


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 デキ400を、もう少し広角で(写真)。左は2002F、右はチキ11で、EL120形プッシュプルに対応した引き通し線が装備されます。


 デキ600が、4両全機があんな唐突な形で引退、解体されたのは、大変残念でした。それだけの機数を維持するのは経済的に難しいというのは分かりますが、せめてお別れイベントでもとは思いますが、それは鉄道ファンだからでしょうか。いずれ、デキ400もそういう時が来るでしょうから、せめてその時ぐらいは考えて頂きたいですね。


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 おまけ。橋の上で撮っていると、系統板を装備した電車が、大江を出発します(写真)。6000系6028Fのようです。空港準急、系統板は「豊川稲荷」です。表示出来る車両が6000系のみで、徐々に狭まっているのは感じます。今後は、要注意です。


 本当に、すぐ終わる取材でしたが、まだ日は高く、当然これでは終わりません。その話は長くなるので、次回とします。


 それでは、次回をお楽しみに。

A Couple Of Days

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回も、「しなの」ネタです。


 昨日は投稿しなかったわけですが、その理由は後述するとして、金曜日も、天気予報を聞きつつ出発。そして、例によってポイントに立ちます。JR東海313系が、昨日の最初です(写真)。


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 そして、「しらさぎ1号」681系が、走り去っていきます(写真)。


 20代の後輩、A君とB子ちゃんが、金沢へ旅行とのこと。雪の北陸に行く運転の腕もないだろうに、多分乗っているなあ、と思いつつ、シャッターを切りました。必ず、ゴールしろよ!


 雨の予報に、当然雨天用レンズを使用しましたが、その後それでも耐えられないほどの強い雨となり、結局昨日はここで断念、残った時間は他の目的に使いました。


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 そして、今日。再び同じ場所に立ち、撮影開始。今日の最初も「しらさぎ1号」です(写真)。683系、則ち8000番代です。寝坊で、「しらさぎ2号」には間に合いませんでした。


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 JR貨物が、発足後最初に製造した電機、EF66 100番代、111号機が、上り貨物を牽きます(写真)。



 その動画です。まだ暫くは、安心出来るのか。


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 いつの間にか東海道の主力となった、EF210、100番代147号機が、下り貨物を牽きます(写真)。


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 EF200 15が、上り貨物を牽きます(写真)。地上設備の都合で、フルパワーを出すこと無く引退しつつあります。



 その動画もあります。EF200は、今後貴重となります。


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 「ワイドビューひだ25号」が通過します(写真)。この頃になってから、ギャラリーが増えてきました。



 その動画も、懲りずに撮りました。同じといえば同じ、しかし毎日車両は入れ替わっています。


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 下り「しらさぎ3号」が、行き過ぎます(写真)。


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 上り「しらさぎ4号」が、通過します(写真)。今日の本番が近づきます。



 その、動画です。昂奮が、高まります。


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 リハーサル、313系6+2連です(写真)。10連にズームが対応しているか、最終確認になりました。


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 そして、今日の本番「ワイドビューしなの9号」です(写真)。383系、A5+A103の6+4連です(写真)。この編成になるのを、永く待っていました。


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 そして、行き過ぎます(写真)。確かに、グリーン車2両の、最長編成になっています。



 その動画です。今日も貨物列車(多分高速1071レ)が、スレスレであったことがわかります。


 間もなく、全員撤収しました。


 土曜日は雨で残念でしたが、日曜に念願の編成を撮れ、良かったです。次回以降は、冒険も出来そうです。その片鱗が出ているのですが、どうでしょうか。


 それでは、次回をお楽しみに。

ご尊顔を拝し

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、名鉄ネタです。


 今日は仕事が早く終わり、早めに電車に乗ります。そして、何気なく大江を通過するので、眺めていると、側線に青い電機が停まっているではありませんか!そこで、帰宅してからカメラを出し、再度大江を目指しました。


 側線外側から見ると、デキ402を南に、デキ401を北に、デキ400形が2両並んでいます(写真)。パンタを下ろし、休息か、留置か、判断はつきません。しかし、この写真が遺影とならないよう、願うのみです。


 EL120形2両が新製され、出力の大きい凸型のデキ600形が4両とも解体、箱形なれど出力の小さいデキ400形が残るということから、箱形の方が使いやすいという事でしょうか。しかし予断は許しません。事ある毎に記録していきたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。


帰愁#3

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日3回目の”Tetsu”をお届けします。今回は土曜の最後、「中央郵政研修所」からです。


 先回訪問時には、十分な調査をせず断念した郵便車。しかし、今回注意して見ていると、外構から確認出来たので、勇気を出して守衛さんに尋ねると、内部も含め見学可能とのこと。ちょっと前にも見学者があり、まだ鍵は閉めていない、とのことで、住所氏名等記帳の上、入構許可を得ました。


 そして、念願の郵便車、オユ10 2555です(写真)。「郵便車」の現存は、同車と石川県「のと鉄道」の2両のみです。


 車両形式的には、車両軽量化設計をされた、いわゆる10系客車の一族です。徹底した軽量化のため、車両寿命が短い、との指摘もありました。


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 アプローチの階段に、説明の看板があります(写真)。同車の運用は、隅田川貨物駅から青函航路を経て根室まで行き、再び隅田川まで帰る、長距離の運用でした。


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 所有者「郵政省」のプレート(写真)。今は、ありません。


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 所属区「北スミ」の標記(写真)。東京北鉄道管理局隅田川駅の意です。


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 郵便車のマーク(写真)。意匠の元は”T”では無く、郵政省の前身逓信省の”テ”です。


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 同じく、郵便車を示す窓(写真)。意匠は、同じです。


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 階段から、車内に入ります。エントランスのデッキには、左右に丸椅子があります。


 その、デッキからの眺め(写真)。手前から郵袋室、仕分室、郵袋室になっています。


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 仕分室(写真)。右手前で郵袋を開け中身の郵便物を出し、左右奥の区分棚に区分します。


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 その奥には、冷水機があります(写真)。0系新幹線に装備された冷水機と同様のもので、飲料水が入っていたようです。


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 その奥には、トイレがあります(写真)。和式大便器です。


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 その対面には、喫煙室というか、休憩席があります(写真)。JNR灰皿も、バッチリそのままです。


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 奥の、郵袋室(写真)。各種の展示になっています。


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 その中の展示写真の、アルミ製有蓋車タイプのスユ44(写真)。調べると、パレット形荷物車スニ40及び41、有蓋車ワキ8000などと同一設計なのだそうです。全国各地にて見られた二軸有蓋車ワム80000を、ボギー車にして、アルミで造ったような感じです。ボディの凹凸は、コルゲートやビードと同じ、ボディ強度を増すための工夫です。


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 郵便電車、クモユ143(写真)。昭和50年代の製造も、間もなく国鉄改革で鉄道郵便が廃止、結果製造後僅か数年で解体された、悲劇の電車です。


 そして大方撮影を終え、入口の戸を閉め、守衛さんに断り、退場時刻を記帳して、退場しました。


 本当は、今日は23区内の車両の撮り直しをしようと思っていましたが、予報が雨とのことで、帰途に就きました。帰り道は、前が見えないほどの土砂降りの場所もあり、やはり正解でした。


 これで、撮影可能な保存車両は、ほぼコンプリートとなります。その後解体されたり、また保存車両が設置されたりもありますので、100%とは言いませんが、90%ではあります。後は、松戸と、三原と、といって指折りするほどです。


 当ブログを見てのとおり、状態が微妙で、今後を危ぶまねばならない保存車両も多いです。ですので、1両でも多くの車両が、状態良く残るよう願うのみです。


 それでは、次回をお楽しみに。

帰愁#2

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日2回目の”Tetsu”をお届けします。今回は先回の続き、土曜日2回目です。


 八王子市からは続いて多摩市、「多摩動物公園」に移動。京王電鉄「多摩動物公園」駅は、かつては周辺大学への通学利用で、自動改札が20連以上あった記憶がありますが、並行して「多摩モノレール」が開業し利用者が減ったのでしょう、現在はこの規模です(写真)。駅の遊休施設を利用して、「京王レールランド」が出来ました。


 入場料250円を払い券売機で券を購入、入場します。


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 先ずは、ジオラマです。Nゲージと思われ、小さいわりに実感的です。写真は”DAX”、6000系改造の電動貨車を従えています(写真)。手前の京王百貨店は、新宿では無く、聖蹟桜ヶ丘です。


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 奥には、最後の6000系であろう、5ドア車6772のカットモデルを使用した、車掌体験コーナーがあります(写真)。


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 パンタグラフの実演は、6000系の菱形パンタグラフのようです(写真)。スイッチオンで昇降します。


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 輪軸(写真)。狭軌(1,067ミリ)の3000系のものと、特殊軌間1,372ミリの6000系のものが、並びます。


 1,372ミリは都電と同じ、他に同じ軌間の会社は無く、それが京王の設備が特殊になる理由です。世界的にも、あまり見られない軌間です。


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 6772の相方、6722の運転台カットモデルを使用した、運転シミュレーターです(写真)。体験には別途料金が必要です。


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 2階には、子供の遊戯施設、プラレール、昼食場があり、その片隅に、京王の記念物が展示されます(写真)。


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 階段には、かつての名車のOゲージモデルが展示されます(写真)。側にはNゲージの車両もあります。


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 続いて階下に戻り、改札を出て、再度改札を通り、車両展示場に入ります。京王の歴史的車両が残ります。


 最初は、まだ過去の車両として語るにはあまりにも早すぎる、6000系、6438です(写真)。6420として製造され、都営新宿線対応改造を受け改番、後継車導入で引退しました。ワンハンドルマスコンは、首都圏では最初期の系列の筈です。しかし、6001の経緯から、永く使用されず、忌むべき系列のようです。塗色は、登場当時同じクリーム色に赤帯でしたが、CIでこの塗色になりました。大変お世話になった系列です。


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 井の頭線、3719です(写真)。京王初のステンレス車、3000系最終期の製造と思われる昭和54年製、現在保存されます。


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 5000系、5723です(写真)。現在各地の私鉄にて元気に働く同系、同車はオリジナルで京王に残ります。最終期の同系にもよく乗りました。通常京王で左遷された系列は、競馬場線か動物園線で最期を迎えます。


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 2015です(写真)。伊予電等に行き、それが更に銚子電鉄に払い下げられ、現在でも現役があるでしょう。


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 運転台(写真)。それほど古く感じず、現役電車だといっても驚きません。


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 車内(写真)。冷房の問題を除き、現在走っていても普通な雰囲気です。


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 2410です(写真)。半鋼製の、京王でも最古級の電車です。車体長は5000系でも18m級であり、これはそれらより短く16mと思われます。結局、京王は路面電車上がりの電鉄のため、車体大型化には多くの努力を必要とし、初めて20mになったのは6000系です。


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 2410の車内(写真)。床部分は木材で、老朽化により自由に見学することは出来ません。増して、運転機器など見えません。


 そして用を足し、車に戻りました。


 スタッフに「凄いカメラですね。」と言われたので、指で「あっち」と指すと、納得していました。カメラが恥ずかしくては、鉄ちゃんは出来ません。


 二十数年前、確か駅前には古い電車が1両置かれていた記憶があります。当時は何の興味も持ちませんでしたが、当時からの現在の変貌ぶりは、驚くばかりです。8時17分が懐かしいです。


 しかし、まだ日は高く、まだまだ行けます。当然行きましたが、それを書くと長くなるので、次回にします。


 それでは、次回をお楽しみに。

帰愁#1

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、昨日の取材、東京都多摩地区からです。


 金曜晩に出発し、山間ルートに入り、夜中に山梨県奥部の「大菩薩峠ルート」に入ります。雪も残り、あまり安心出来ませんでした。


 そして朝に奥多摩に入り、山中の小型ディーゼルを探しますが、該当はありませんでした。


 1枚目は羽村市の動物園の、C58 395です(写真)。入園料が必要です。


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 同機のキャブ(写真)。一部破損し、復元は難しそうです。


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 続いては、昭島市の0系新幹線、21-100です(写真)。白は、毎日洗車しないと汚れが目立ちます。


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 同車は、図書館になっています(写真)。階段が3箇所に設けられています。


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 同じく、昭島市の運動公園には、D51 451が保存されます(写真)。金網に覆われますが、状態は良くありません。


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 続いて、八王子市の市施設には、営団丸ノ内線500形652が保存されます(写真)。後に黒のペイントに変更された、丸ノ内線のステンレスの帯装飾が、そのまま残っています。


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 休日昼間には公開されていることから、中に入ります。運転台(写真)。少し古いですが、現役でもこの位の車両はあります。


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 車内(写真)。冷房も無く、少し古いですが、まだこの程度の車両は多く残っています。しかし、今は見られなくなった屋根の「ファンデリア」は、注目です。


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 外に戻り、台車に装備される、第三軌条に触れる集電靴(写真)。地下鉄特有の装備です。


 軌間1,435ミリ、600V第三軌条集電であることから、多くはアルゼンチン、ブエノスアイレスにて使用されるようです。同仕様の名古屋市営地下鉄もそうです。


 そして、次の目的地に向かいましたが、それは長くなるので、ここで一旦水入りとしたいと思います。


 それでは、次回をお楽しみに。


もしドラ!

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 皆様、如何お過ごしでしょうか。それでは、今日の”Tetsu”をお届けします。今回は、再び「しなの」ネタです。


 一時は6両まで減車されていた大阪「しなの」、いよいよ廃止1か月となり、乗車も増えたのか、休前日から10両になっています。撮影者も増えているようで、お話しする方も多数となりました。


 今日も、最初は貨物から。EF210-129牽引コンテナ貨物です(写真)。


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 続いて、上り「しらさぎ2号」です(写真)。681系、セッティングの最中で、動画はありません。


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 続いては、下り「しらさぎ1号」です(写真)。これも普通に681系です。


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 ギャラリーが増え始めます。間もなく、EF200牽引貨物が通過(写真)。ネットの「貨物チャンネル」によると9号機だと、誰かが教えてくれました。


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 そして、高山行き「ワイドビューひだ25号」が、行き過ぎます(写真)。所定の、キハ85モノクラス4両です。



 いつもどおり動画があります。先回との違いが、どうでしょうか。


 モードラの音が五月蠅いのは、フィルムが連写で、リモートコードにロックが掛かっていたためで、貴重なフィルムを10枚以上無駄にしました。


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 続いて、下り「しらさぎ3号」です(写真)。681系です。ここでは、旧北越急行車3000番代との区別は出来ません。


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 JR貨物発足後、最初に新製した機関車はEF66でした。平成仕様の100番台、助士席に運転台クーラー付きです。


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 上り「しらさぎ4号」です(写真)。帰宅して確認すると、パノラマグリーン車が連結器露出、則ち683系、則ち8000番代で、北越急行所属車でした。



 その動画もあります。説明は、投稿後修正しました。


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 そして真打ち、「ワイドビューしなの9号」ですが、これは6+2+2連で、運用は先回と同じでした(写真)。



 その動画です。先回と大体同じです。


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 今回も、懲りずに50ミリで撮りました。しかし、写真が「いもむし」との批判は当たっていると思うので、今回は、少し実験をしました。それは、「もし、私が望遠を使ったら?」ということです。メインの写真ではしませんでしたが、合間の普通で、代理人D600を使用し、ズーム一杯で撮ったものです(写真)。難を言えば少しありますが、確かに望遠の写真です。


 今は、標準ズームでも300ミリが入る時代で、28~300ミリは何社も出し、APS素子なら16~300ミリなどという超高倍率ズームもあり、中望遠域は今では普通、超望遠域まで入りつつあり、それまで一般的だった70~300ミリ等が、あまり目立たなくなってしまいました。だからこそ、PF300ミリとか、衝撃的な単焦点も出るんですね。今は、先ずF6を買わないといけないので、もう1年でしょうか。F7、技術的にはその域に達していますが、フィルム市場が縮小する今では現実的ではありません。


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 片付けの最中に、「しらさぎ5号」が通過します(写真)。慌てて撮った、そのままの姿です。


 よく考えてみると、383系は長野オリンピック関連整備で新造した車両、つまり大半は平成9年製で、そろそろ車内リニューアルや制御機器更新ということも考えねばならない時期に来ています。今更代車も新製出来ないとすると、宮原で夜を過ごす編成を減らさないと、リニューアルの着手も出来ない、という状態でしょう。JR東海の、苦しい胸の内でしょうか。


 鉄ちゃんで広角好きは珍しく、またズームを使わなかったのは常識に逆行するようですが、そういうアンチテーゼはあっても良いと思います。下手でも、自分が納得のいく写真を撮る、それが、やはり重要だと思います。ただ、決して上手いとは思ってはいけませんし、失敗の分析もする必要があります。でも、それこそが、上達の第一歩では無いでしょうか。


 願わくばA100代の付属を従えたフル編成を見たいのですが、なかなか会えません。また、次回でしょうか。でも、週末は、確か、雨だよなあ!


 それでは、次回をお楽しみに。

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Author:Seichiro
電車ばかり撮っている中年です。甥からは「おじちゃん」と呼ばれます。

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